ラブライブ!School idol diary風 ~µ'sの樹~   作:@ぷくぅ

3 / 3
3.梯梧。

「お嬢さんたち、アイドルだったんですか!」

 

 快活で大きな声が私の隣から上がります。

 

「ええ、お恥ずかしながら……」

 

 時は再び流れて翌週の水曜日。μ'sメンバーでの話し合いも滞りなく進み、ほぼ満場一致で記念植樹に決まりました。――唯一にこだけが「アイドルが植樹ぅ~?」と難色を示していましたが――

 

「いやー自分、そういうの疎くて、すみません。でも、大変だったんじゃないですか? 廃校の危機を救うってすごいことですよ!」

 

 そして、理事会からもOG会からも承認が下りたため、正式に庭師さんに依頼し、打ち合わせを行うことになりました。

 

「思い返せば大変だったのかもしれません。ですが、それ以上に楽しかったので、苦に思ったことはありませんよ」

 

 他愛のない話を交えながら、植樹予定場所へと案内します。予定場所は校舎裏。アルパカ小屋のすぐ南にある、少し開けた場所です。日当たり良好、風通しもよく、木を植えて育てるにはもってこいの場所ですね。

 

「一応、このあたりに植えようかと考えているのですが、どうでしょうか。立地的に問題ありませんか?」

「日当たりも風通しもいいですし、雑草もあまり生えていません。土もさほど固くなさそうですから、どんな樹を植えられても問題なく育つと思いますよ」

 

 よかった。私の見立ても悪くはなかったようです。

 

「それで、今日相談したかったのは木についてなんですが」

 

 こう言ってしまうのもよくはないのですが、植える場所については特に問題視していませんでした。音ノ木坂には他にも開けた場所はたくさんありましたし、ここがダメでもいくつか候補は挙がっていたので。しかし、樹種についてはいくら調べても何も決まらず、完全にお手上げ状態なのです。

 

「少し調べてはみたのですが、いかんせん知識不足で……」

「そうですねぇ……一般的な記念樹と言いますと、ポプラやユズリハなんかになるんですが、今回の場合廃校の危機から脱した記念ってことですもんね……そうなると、卒業とか創立って言う意味合いとは少し離れてるし……うーん、ぱっと思いつかないですね。すみません」

「そうですか……」

 

 子方さんは、すみません、と言いつつも長い間考えを巡らしているようでした。確かに子方さんの言う通り、卒業記念や創立記念とは少し違います。かといって適当な木を植えるわけにもいきませんし……何か学校に関係するようなもので、木にも関係するようなもの……学校……校歌には……何も出てきませんね……校章……校章?

 

「……! 桜はどうでしょうか?音ノ木坂の校章は桜の花がモチーフになっているようですし!」

「お嬢さんもそこに気づきますよね……自分も考えたんですが、サクラって小さく育てるのが難しいんですよ。サクラ切るバカ、ウメ切らぬバカということわざがあるくらい、あまり剪定しちゃいけない樹なんです」

 

 そういえば、エジソンが桜の木を切って叱られた話が有名ですね。つまり、そういうことだったんでしょうか。でも、あれは根元から切ってしまったんでしたっけ。いえ、そもそも、あの話は創作だったと聞いたことがあったような……

 私がそんなことを考えている中、子方さんが周囲をぐるりと一周見回してながら続けます。

 

「そうなると伸び放題になってしまって、動物小屋が陰ってしまうんじゃないかなって。校内全部見て回ったわけじゃないですけど、サクラを植えるのはあまり現実的じゃないような気がします」

「そう、ですか……」

「すみません。一回持って帰って、後日連絡でも大丈夫ですかね…? ちょっと図鑑とかでも調べてみようと思うんで。結構急ぎだったりしますか?」

 

 落胆した私の様子を見て、子方さんは少し慌てた様子で、ちょっぴり早口に話します。

 

「いえ、緊急というわけではありません。ですが、記念碑の代わりになるようなものを探すのにかなり時間をかけてしまっていますから、あまり悠長に構えてはいられないかと思います」

「わかりました。じゃあ、今週中には必ずご連絡しますんで」

 

 急ぎじゃないことがわかって安心したのか、子方さんの声のトーンが少しだけ上がったような気がしました。

 

「それにしても、アイドル活動で廃校を救うかぁ。え、でも、お嬢さんの家、日舞の先生ですよね。日舞はやってみえないんですか?」

「日舞と、それから弓道部も同時に所属していました。家では剣道の稽古もあったり、二足の草鞋どころか、三足も四足も履いて、よく一年間やってこれたと思います」

「すげ……」

 

 子方さんが思わず息をのんでいます。歌の練習、作詞、基礎トレーニングのメニュー作り、日舞、弓道、剣道。それに加えて穂乃果のお世話。自分でも、本当によくやったと思っています。これからは、アイドル活動の負担は多少軽減されるでしょうけど、代わりに生徒会の仕事が増えて、ますます穂乃果のお世話も増えてくることでしょう。考えるだけでもため息が出てしまいます。

 

「自分も、お嬢さんを見習わないと……自分なんて目の前の仕事だけで精一杯で……この記念樹の仕事も、いい経験になるだろうからって親方に言われて来たんですよ。実際考えないといけないことばかりで、ほんとすみません。親方なら、きっとこの場で植える樹も決めちゃって、お嬢さんの手を煩わせるようなこともなかったと思うんですけど」

 

 申し訳なさそうに、それでいて、少し悔しそうに話す子方さんは、先日の、堂々と植樹について説明している様とはまるで別人のようでした。そんな、もっと役に立ちたいと思いひたむきに頑張る姿が、どことなく、穂乃果に似ているような気がして、少し親近感がわきます。

 

「海未です」

「え…?」

「園田海未と申します。見知らぬ人、というわけでもありませんし、それに、この学校は女子校ですから、全員お嬢さんになってしまいますよ?」

 

 タイミングを逸してしまった自己紹介とともに、少し、ほんの少しだけ、イジワルを言ってしまいました。

 

「あ、あぁ、すみません……あーっと、じゃあ、海未さん、自分のことは、大志(たいし)、とお呼びください。苗字だと親方と混同しちゃうんで。あと、木の種類は任せてください。絶対気に入るようなものを選んできます!」

 

 太陽のようにまぶしい笑顔のその人は、ありがとうございました、と言い残して私のもとを去っていきます。私も軽い会釈と謝辞を述べ、今日は、私も久しぶりに練習に顔を出しててみようかな、なんて思いながら部室へと足を向けます。少し気分が高揚している今日のような日は、何かいいことがありそうな、そんな気がして。

 

 

 

♥♥♥♥♥♥♥

 

 

 

「廃校阻止の記念樹、かぁ」

 

「なんかしっくりこないんだよなぁ。でも、そろそろ決めないと」

 

「……そういえば、俺、海未さんたちがどんなことやってるか全然知らないんだよな」

 

「ちょっと調べてみるか。そしたら少しはイメージ湧くかもしれないし」

 

「音ノ木坂、スクールアイドル」

 

「ん?なんて読むんだろ」

 

「ミューズか」

 

「文芸の神がモチーフとかおしゃれな名前だな」

 

「ムーサではさすがに樹まではイメージつかないか……それもそうだよな」

 

「あ、これ最後のライブの動画か」

 

「聞いてみよ」

 

「……へぇ」

 

「なんかプロみたい。いや、プロに失礼なんだけど、でも……」

 

「なんか、すごい」

 

「……」

 

「……夢」

 

「夢、だな、うん」

 

「……あ、もしもし、私、音ノ木造園のものですが、海未さんのお電話でよろしかったでしょうか。植樹についてなんですが…」

 

 

 

♥♥♥♥♥♥♥

 

 

 

 翌週、音ノ木坂に一本の梯梧(デイゴ)の木が届きます。

 

「一応賛成したけど、記念樹ってやっぱりちょっと地味なんじゃない?」「にこっち、賛成したんやからそんなこと言ったらあかんよ」「希の言う通りよ。それに、デイゴってあの真っ赤な花が咲く樹よね? 私は全然地味じゃないと思うけど?」「どーせにこちゃんは穴掘るのがめんどくさいからゴネてるだけにゃー」「わー! にこちゃんその握り拳はおろして! おろして!」「り、凛ちゃん……それは言い過ぎだよ……」「にこちゃんも、いちいち凛の煽りに反応してないで、さっさと準備するわよ」

 

 アルパカ小屋の前には元μ'sメンバーが勢揃いしていました。ふふ、やはり九人も揃うと賑やかになりますね。

 

「海未ちゃんはそんな端の方にいていいのかな?」

 

 そういうことりこそ。

 

「えへへ、私はねー、こうやって遠巻きから見てるだけでも幸せなの♪」

 

 日曜日の朝、アイドル研究部の練習は、ワケを話して午後からにしてもらっています。元µ’sメンバーが集まって、これから何をしようというのか。……言わずもがなですね。

 

「お待たせしました! 音ノ木造園です!」

 

 爽やかなお声と共に、大志さんが軽トラックから下りてきます。少し汚れた薄灰色の作務衣を身にまとい、頭には、さながら剣道の面手拭いをつけているかのような装いで歩み寄ります。

 

「とんでもありません。私たちも今集合したばかりですので」

「本日はよろしくお願いします」

 

 少し離れたところで騒いでいる七人を尻目に、私とことりで挨拶を済ませます。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。梅雨時なんで天気が心配でしたけど、晴れてよかったです」

 

 二週間ほど前までぐずついていたお天気も、今日この日を祝福してくれているかのような真っ青な空模様。お天道様に感謝しなければいけませんね。

 

「みんなー! 庭師さん来てくれたから始めるよー!」

 

 私が大志さんと話している間に、ことりが穂乃果たちを呼びに行きます。騒がしかった七人もほどなくして静かになり、軽い挨拶を大志さんと交わしました。

 

「早速ですが、記念植樹の方に入らせていただきたいと思います」

 

 そういうと、大志さんは一度車に戻り、荷台から二メートルほどの苗木と何か板状の物を持ってきました。

 

「これがデイゴの樹です」

「なんか、海未ちゃんちに植えた木よりちっちゃいね」

 

 穂乃果が苗木をまじまじと見つめながらつぶやきました。確かに、私の家に植えた花海棠(ハナカイドウ)は三メートル前後。それに比べて、梯梧は一回り小さいように感じます。

 

「すみません。ですが、記念樹は、苗木を植えて、ここから大きくしていく目的も含まれているんで、小さめになってしまうんですよ。この大きさなら、来年は、数は少ないかもしれませんが花も咲きますし、育て甲斐がありますよ!」

 

 大志さんの説明にみんなは、なるほど、と相槌を打ち、納得した様子を見て説明を続けました。

 

「これから植えていただきますけど、その前に、芝を切って穴をあける必要があるので、下準備は自分がやっておきます。その間に、皆さんには樹名板を作っていただきたいと思ってます」

「樹名板、ですか?」

 

 樹名板とは、その名の通り、木の名前が書いてある板のことです。しかし、よく見かける短冊状の板に木の名前が書いてあるものですと、すぐ終わってしまうような気がするのですが…?

 

「はい、今回は、樹の名前だけじゃなくて、デイゴの特徴なんかも皆さん流にアレンジして書いてもらって、この樹がどんな樹なのか、誰が見てもわかるような、そんな樹名板にしていただこうかと思って、少し大きめのを持ってきました」

 

 そういって先ほどから手に持っていた板状の物を私たちに差し出します。一辺が四十センチほどの正方形でしょうか。表面は少しざらざらしているものの、きれいに加工してあり、角はきちんとヤスリをかけられている、厚さ一センチの木の板です。

 

「デイゴについては自分が調べてきましたんで、そこに書いてある特徴を書いていけば大丈夫です」

 

 大志さんは、さらに何枚かの紙を渡し、それじゃあお願いします、と言ってその場を後にします。ペンを持ってきてほしいというのはこのことだったんですね。

 

「それでは、いただいた資料を見ながら、作っていきましょうか」

 

 そして、私たち九人は部室へと引き上げるのでした。

 

 

 

♥♥♥♥♥♥♥

 

 

 

「できた!」

 

 穂乃果が完成した樹名板を掲げて誇らしげにしています。

 

「できた! じゃないわよったく」

 

 とふくれっ面のにこを、花陽がやんわりと諭します。

 

「にこちゃん……もらった資料、いっぱいありすぎてなんて書いたらいいかわかんなかったよね。でも、私たちが作ることに意味があったと思います!」

「かよちんいいこと言うにゃー」

 

 それに乗じて、凛が花陽に抱き着きます。花陽の方は、消えてしまいそうな声で、凛ちゃん、苦しい……と助けを求めていました。

 

「でも、にこちゃんの気持ちも分からなくもないわね……この資料、書いてあることがそれぞれちょっとずつ違うんだから」

 

 真姫が、手に持っていた資料を、ぽい、と机に放り投げました。数枚に閉じられた資料は、ばさばさ音を立て机の上を軽く滑ります。

 

「確かになぁ。サイトの印刷は専門用語が多くてよくわかんなかったし、庭師さんが自分でまとめてくれたっぽいプリントは、のようなーとか、みたいなーとかが多くて、ちょっとイメージし辛かったしなぁ」

 

 お兄さんなりに言葉を選んでまとめてくれたんやろうと思うけど、と付け加えて、希は真姫が放り投げた資料をひとまとめにしました。

 

「完成したんだからいーじゃーん」

 

 先ほどからずっと樹名板を掲げていた穂乃果が、くるくるとその場で二回転、三回転し、樹名板を机の真ん中に優しく置きました。

 

「こんなの、私たちにしか作れないよ」

 

 

──────────────────────

 

   アメリカデイゴ             

南アメリカ原産の落葉樹で、鹿児島の県木、アルゼンチンやウルグアイの国花になっています。

六月~九月にかけて、真っ赤な花が下を向くように咲きます♪

花は、上下逆さまみたいな形で咲くけれど、真っ赤な花がたくさん咲いてる風景はとっても情熱的。

一度花が咲いた後も、そこから伸びた枝に花をつけることがあり、一年に二、三度開花することもあります。

花が咲いた後は豆みたいな実をつけるにゃ!

生命力旺盛で、どんどん大きくなります。

強く剪定しても、どこからでも芽吹く、強い樹なんです!

そんなアメリカデイゴの弱点は寒さと湿気!

けど、冬の寒―い北風はアルパカさんが守ってくれるから安心やね。

花言葉は……『夢』!

 

──────────────────────

 

 

 

♥♥♥♥♥♥♥

 

 

 

 私たちが植樹場所に戻ると、下準備を終えたらしい大志さんが、何やらアルパカとお話をしています。

 

「これからここに真っ赤な花が咲く樹を植えるんだけどな、μ'sのみんなが廃校を救ってくれた記念の樹なんだぞー。お前たちも感謝しなよ」

「めぇ~」「めぇ~」

「あの……」

「はい!? あ、す、すみません!!」

 

 近づいてきた私たちには全く気付いていなかったのか、素っ頓狂な声をあげながら、梯梧のように真っ赤な顔をして振り返る大志さんは、びっくりして飛び上がってしまうかと思うくらいでした。

 

「こちらこそすみません……樹名板が完成したのでお持ちしたんですが、作業の方はどうですか?」

「あ、そうでしたか! こちらの方は完了していますので、あとは植栽のみですね」

 

 大志さんが手で指示した方向には、何やら鳥居みたいな形の物体が、デイゴを植える予定のところに突き刺さっています。

 

「あれは…?」

「あれは支柱です。いくら背が低いといっても、これから九月の終わり頃までは台風の心配もありますし、あれくらい頑丈な物を取り付けておけば安心でしょう」

 

 なるほど。植えた後、あの支柱に樹の幹を縛り付けて固定するわけですね。景観を損なわないように、それでいて安全性も確保できる、先人の知恵は、私たちでは考え付かないようなことばかりで言葉も出ません。

 

「では、早速記念植樹を始めましょうか。皆さんスコップをどうぞ」

 

 そういって大志さんは九本のスコップを差し出します。花海棠を植えたとき使ったものより一回り小さく、柄には紅白のテープが巻いてあります。まだ新しそうではありますが、こんな小さなスコップで掘れるのでしょうか。先日の、汗だくになって穴掘りをしたことを思い出して、少し寒気がしました。ふと横を見ると、穂乃果とことりも難しい顔をしています。きっと同じことを考えているのでしょう。

 

「ここに穴を掘ればいいんですか? 大きさはどうしたらいいですか?」

「そうですね、直径四十センチ、深さは三十センチ程度の穴であれば問題なく植樹できますよ」

「よーし!掘るにゃー!」

 

 私たち三人が少し棒立ちになっている間に、あとの六人は意気揚々と植樹位置に向かって突き進んでいきます。前回よりも小さい穴とは言え、きっと今回も……

 そんなことを考えながらしばらく傍観していると、穴はさくさくと掘り進んでいきました。穴の横に広げられたブルーシートには、掘り起こされた土が着々と山になっていきます。

 

「ほら、あんたたちもぼーっとしてないで交代しなさいよ」

 

 にこに言われてはっと我に返ります。ごめんごめんと言いながら、まずは穂乃果がにこと代わり、それに続いてことりと絵里が、私は希と交代します。

 

「じゃあ……掘るよ…!」

 

 穂乃果の語尾に力がこもっていました。もうあと十センチ程度掘れば完了でしょうか。しかし、穴掘りはここからが本番なのです。表層に近ければ近いほど、土は柔らかく、スコップを入れる角度も自由がききます。ですが、終盤になってくるにつれ土は固くなり、スコップは垂直に入れ込まないと深さが足りなくなってしまいます。

 

「穂乃果ちゃん、今日はことりも頑張るから…!」

「つらくなったら言ってください、私もできる限り頑張ります」

 

 私たちは意を決してスコップを握りしめました。穂乃果がスコップを振り下ろします。

 

「たあぁーーーっっ!!」

 

 

さくっ

 

 

「……あれ?」

「穂乃果?」

「穂乃果ちゃん?」

 

 勢い良く突き刺さったスコップを見つめたまま、穂乃果が固まっています。

 

「やわらかい」

「え?」

「なんか、すっごくやわらかいよ、この土」

 

 そういうと、穂乃果はざくざく穴を広げていきます。

 

「どういうことですか?」

 

 私も穴へと歩みより、スコップを突き刺してみました。

 

「これは…!」

 

 ちらりと横目に大志さんを見やると、しばらくはにこにことしていましたが、私が見ていることに気づいたのか、人差し指を口に当て、イタズラっぽく笑って見せました。

 

 

 

♥♥♥♥♥♥

 

 

 

「ありがとうございました。お陰様で素晴らしい記念品になりました」

 

 最後の記念撮影も終え、ひとまず解散となった後、私は片づけをしている大志さんのもとへ足を運びました。

 

「そういっていただけて幸いです」

 

 大志さんは片付けの手を止め、私の方に向き直り、少しはにかんで答えました。

 

「植え穴、一度掘ってくださっていたんですね」

「さすがに一度経験がある方にはわかっちゃいますよね。この間の植樹で本当にしんどそうだったので、ちょっと手助けさせていただきました」

 

 おせっかいでしたかね、なんて少し照れくさそうにする大志さんを、私はまっすぐ見つめて答えます。

 

「とんでもないです。そういった気遣いができる方って、すごく素敵だと思います」

 

 そろそろお昼に差し掛かろうかという頃、強い日差しのなか立ちつくす私達二人の間を、爽やかな夏の風が通り抜けていきました。心地よいそよ風に身を任せ、時が経つのも忘れてしまいそうです。

 

「デイゴは、気に入っていただけましたか?」

 

 どれくらいの時間が経ったでしょうか。静寂を破って、大志さんが話しかけます。

 

「はい、とても」

 

 対する私は、一呼吸おいて、柔らかい微笑みを浮かべながら、そう返します。

 

「よかったです。実は、木の種類を絞るのに結構苦戦して……」

 

 私の表情を見て安心したのか、大志さんは、私との打ち合わせの後に、何があったのか教えてくださいました。

 記念樹の候補として、サクラやポプラ、ユズリハの他に、近隣の大学で植樹したクロガネモチ、願懸けの意味があるアスナロ、優勝記念のゲッケイジュ、などが挙がっていたこと。でも、それら一般的な記念植樹に使われる木のイメージが、打ち合わせの時の雰囲気とあまり合わなくて、毎晩夜中までインターネットや図鑑とにらめっこしていたこと。そこまで一息に話してしまうと、大志さんは先ほど植樹した梯梧をしばらく見つめ、口を開きました。

 

「デイゴって、関東なんかじゃふつう育たないんですよ。沖縄の有名な歌があるじゃないですか。あのあたりが産地なんです」

 

 確かにそうです。ですが、どうしてそのような木をわざわざ植えようとお考えになったんでしょうか。

 大志さんは袖で額をぬぐうと、少し恥ずかしそうにしながら続けました。

 

「でも、海未さんから聞いた話とか、海未さんたちのライブの映像とか、そういうのを見たり聞いたりしてたら、自分でもなんでかわからないんですけど、急に『夢』っていうフレーズが浮かんできて。あ、µ'sは夢をかなえたんだなって」

 

 私たちのライブ映像までご参考にされていたなんて……なんだかとても恥ずかしいです。ですが、なんでしょう、この気持ちは。久しぶりに、それこそ本当にラストライブ以来感じていなかった、この気持ち。私たちの想っていることが、全部伝わった時のあの感動に近い気持ち。

 

「樹名板にも書いていただいてましたけど、デイゴの花言葉は『夢』。夢をかなえた記念に、夢の樹を植える。そんな思いでデイゴを選ばさせてもらいました」

「夢の樹……とても素敵です。そんな風に考えてくださったなんて。大志さんにお願いして本当によかった」

「ちょっとカッコつけすぎたかなって思ってたんですが、記念植樹だし、カッコつけすぎぐらいがちょうどいいぞって親方にも言われて……」

「ふふ……おもしろい方ですね。かっこつけすぎなんてことありませんよ。たくさん考えてくださってありがとうございました」

 

 そんなやり取りを交わして、またしばらくの静寂。このままここにいては、大志さんのお仕事の邪魔になってしまいますね。みんなも部室で待っているでしょうし、そろそろお暇させていただきましょう。

 

「この樹は、今後アイドル研究部で世話をしていこうと思っています。何かわからないことがあったら、また連絡させてください。ご教授願います」

 

「こちらこそよろしくお願いします。これからもごひいきに」

 

 そこで話は収束しました。私は、失礼しますとひと声かけ、大志さんに背を向けます。大志さんは片付けの続きを始めたようでした。ほどなくして私の歩は止まります。もちろんデイゴの前で。

 

 この樹は、私たちが夢をかなえ、音ノ木坂の未来を救った証。

 

 必ず叶えるんだと誓い、求めた希望の果てに満ちた答え。時には辛い痛みを感じ、涙したこともありました。ですが、私たちは、この日のために今まで頑張って来たのではないでしょうか。いつかこの花が咲き、私たちがここでまたで会った時、私たち自身は変わっていることでしょう。変わらぬ想いを胸に抱いたままの、新しい私たちに。今から来年が楽しみです。

 

 なんだかインスピレーションがわいてきました。記念植樹ついでに、この樹をモチーフにして少し詞でも書いてみましょうか。作詞会議まではほぼ一ヶ月ありますし、かなり完成に近い状態まで持っていけるでしょう。タイトルは、そうですね――

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。