魔法科高校の劣等生 ~ユキトのやり方~ 作:べじん
第一話
2092年8月初頭。小林雪人
僕の名前は小林雪人、母の名前は雪絵。
人形のように綺麗な黒髪と美貌のとても美人の母、近所でも自慢の母親だ。
沖縄の国防軍恩納基地の近くに住んでいる。
父は大城アルバート。目鼻立ちの良い知性を感じさせる男だったらしい。
というのも父は最初期のレフトブラッドの2世で、軍務中に殉職したからだ。
苗字が違うのも、もとよりレフトブラッドの血筋の父が、母が謂われのない言葉をかけられることを恐れ、籍を入れるのに慎重だったためだ。加えて軍務も重なり機会を得なかったらしい。同時に頑固で知られる母方の祖母も忌避感を示していたらしく、そのまま僕は非嫡出子として生まれ育ったわけだ。
父は任務の合間に良くコッソリ僕に会いに来てくれた。背丈のある父に抱きあげられ、レフトブラッドだからなのかオーバーなほど僕をよく可愛がってくれた。優しくて大きくてカッコいい、そんな理想の父親だった。
それから8年、今から4年前、あれだけ筋の通った祖母が夭折し、それに前後するように父も殉職したというわけだ。祖母とはあまり言葉を交わすことがなかった。僕が厳格な祖母を勝手に恐がって、チョロチョロ逃げ回っていたからだ。
そのせいで死の実感がなかった。加えて父のそれも、遺体のない葬送だった。任務中の死であり失踪や行方不明ではなく、確かに死亡が確認されたらしい。しかし父がどのような死に様だったかは軍機により伏せられ、芯の強い女傑だった祖母と愛する夫、その両方を一気に失くした母は崩れるかの様相だったが、僕を二人に恥じぬよう育てることが母を立ち直らせたようだった。暗い居間で二人に何かを約束するかのように祈っていた母を覗き見たのを、僕は今でも覚えている。
今では深い愛情と強い熱意でもって母は僕を育ててくれている。
また、母は昔から事務方として基地に勤務している。その伝手で僕らは基地の近くに居を構え、同時に父と母を巡り合わせたわけだ。
祖母と父が亡くなってからというものの、母は僕に色々なことを教えてくれている。普段の勉学であり、家事のことや仕事でのこと、他には山の歩き方や暮らし方、熊に会ったらどうやって逃げるのかまで習った。母も祖母に仕込まれたらしい。そして最後に、魔法。
実は僕と母は魔法師でもあるのだ。といっても現代の高レベルのそれではなく、母の血族が代々引き継いで来た能力だ。母曰く、古式魔法の一種で部分的にはBS魔法に分類される、とのことだ。内容は大きく2つ、知覚と同調、これだけだ。世に満ちる霊光(今ではプシオンと言うらしい)を感じ取り、その言葉を聞き、その意志を代行する。
聞いた感じ古代の祭祀に使われてきたそれと同じだ。現代風に言うなら古式としては一般的な霊子を扱う術師でしかない。従って、攻撃性を持たない、自衛すらままならないそれでしかない。
そのことを母にボヤくと母は、雪人はまだなのね、と不思議な笑みを浮かべて答えてはくれなかった。ともあれ僕にもまだまだ先があるらしいことは分かったが、外では魔法師であることは隠せ、と母は言う。
祖母より先の世代の話だが世界に魔法の実在が知れ渡ってから、当時の多くの魔法師たちはその身柄を押さえられたらしい。祖母もそんな一族の傍系の出であり、当時のゴタゴタから身を隠しながら世を流れ、沖縄に辿り着いたとのことだ。
僕の名前が雪人なのも、母が雪絵なのも祖母が己らのルーツを忘れさせないように付けたものらしい。つまりは雪国の生まれなのだろうか?
まぁ要するに僕たちは流れの魔法師、3世代沖縄で暮らしているといっても、よそ者だ。基地の方には知られているが、他のご近所さんは知らない。
さらにこの沖縄はかつての最前線だった。軍や魔法師への偏見はやはりある。強力な力を持たない僕らだからこそ、その身分を知られぬように過ごす方が生きやすいということだろう。
そうこうして無事に小学校を卒業し、中学最初の夏休みを迎えた8月初頭、僕は出会った。
2092年8月4日 恩納基地周辺海岸線
「あ、ジョーだ」
もちろん彼のことではない。お昼ご飯を食べた後、カンカン日照りの中を麦わら帽子にアイスバーを咥えながら歩いていた僕の前に、基地での知り合いが見えた。
「おぅ、スノウじゃねぇか。母ちゃん元気か?」
「人の母親に色目使わないでよね。……まぁ元気だけど」
「失礼なこと言うんじゃねぇよ。部隊にゃ潤いがねぇから仕方ねぇんだ」
ハァ、と大きくため息を衝くこの男、色黒の大きな体格をしたハゲ頭。
桧垣ジョセフ上等兵だ。
ジョセフだからあだ名はジョー、僕は雪人だからスノウ。スノウマンじゃないよ!生きてるよ!
……名前から察しがつく様に彼もレフトブラッドだ。彼との付き合いは彼が訓練生時代に、青春への逃避と名付けて基地から脱走していた所を近所に住んでいる僕と出会い、まだ小学生だった僕の遊び相手をしてくれたのが始まりだ。父を失くしたころとも重なっており、母も忙しそうにしていたからジョーは母にも概ね受け入れられ、またジョー自身も僕がレフトブラッドとのハーフであることを知ったことで親身になってくれている。
更には彼は魔法師でもあるのだ。小学校を卒業したら教えてやると前々から言っており、事実最近は彼に現代魔法を教わっている。と言っても非番の時に限るが。
「ジョーは非番? 何してんの?」
「訓練明けでな。メチャクチャ絞られたぜ……」
身振りで疲れを表すジョー。しかしやや大げさに見える。
父もそうだったがレフトブラッドにはオーバーリアクションの伝統でもあるのだろうか、だとしたら僕もそうした方がいいのだろうか?
「わぁお、大変だねー!」
「あぁ、そうさ!大尉はオニだね!伍長なんて紙切れみたいにボロボロにされてたんだからな!」
試しに大きく身振りで返事をした僕に、ジョーはもっと大きな手振りで返して来る。このままうつっちゃったらどうしよう……。母さんに心配されそうだよ。私の雪人が、ってさ。
そんな僕の心配をよそにジョーは鬱憤晴らしでもするかの如く、いかに訓練が無慈悲だったのかを垂れ流しながら歩いて行く。
まぁ、いつものことだから僕も気にせずついて行く。ジョーの向かっている方向は別荘地や海水浴場の方向だ。潤いでも補給に行くのだろう。これもいつものことである。
ここまではよかったのだ。
2092年8月4日 恩納瀬良垣
「桧垣上等兵、報告を」
「はっ!偵察の結果、有力な3つの陣地を発見。同じく接敵しましたところ、我が方劣勢!撤退して参りました!」
ヤシの木陰で涼んでいた僕にジョーが涙を飲むように気をつけの姿勢で報告して来る。だめだこりゃ。
ていうか何で瀬良垣ビーチに来たんだよ。ここ別荘地だよね?家族連ればっかじゃん。そんなとこに黒人の巨漢が突っ込んできたら事案発生だよ。
……もしかしてジョーは逆玉を狙ってんのかな?無理があるんだよなぁ。
ここ、恩納瀬良垣は所謂リゾート地帯だ。出島のように出っ張った地が、まるまるそのままリゾートになっているのだ。
前世紀にキャンプ地として開発され、今から60年ほど前の地球寒冷化の煽りを受けて事業撤退、後にミドルクラスの保養地として別荘が売りに出された。寒冷化のせいで世界的に人口は激減し、ここ沖縄も土地が有り余っている。瀬良垣もそうで、ここの別荘達も買い手が付かずに残っているものが多い。そういったものは貸し別荘として利用されているのだけど、やはり客足は遠いようだ。
地元民が2組に東京からお越しの(と僕は勝手に思っている)ご家族、この計3家族が今日の瀬良垣の全兵力だ。全部家族連れだ。
そういうわけなのだ、ジョーは負けると分かっていて尚、戦える男だったのだ。うーん、やっぱだめだこりゃ。
「ケイのやつ、適当言いやがって!やっぱりアテになんねぇなアイツ」
ジョーはやってらんねー、とでも言うように砂浜から続く芝生に倒れこんだ。
何でも聞く話によると、けっこうな御大尽さまがここの余っていた別荘を買い占めたらしい。深窓の御令嬢のためだけにさる老旦那様が静養地としてまるまるお買い上げ、というのが今や元貸し別荘の管理人の酒飲み仲間の行きつけの飲み屋のアルバイトのケイの言葉だ。尾ヒレ絶対ついてるよね?
ともあれ地元民としては中々に泣ける話だ。美談ではあるがひと気がなくていいと思われてもいるのだから。
ここの西向きのビーチは夕方にはすごく映えるのだが生憎お日様は頭の上を通り過ぎたくらいだ。じりじりと砂浜を焼いている。台風が接近しているなんてまるで思えない光景だ。といっても沖縄は亜熱帯に近く、スコールが降ることもしばしばだから何ともいえない。どうやらジョーは木陰に頭を突っ込み、お昼寝の体制に入ったらしく僕にとって少々暇な時間になりそうだ。
「わぷっ」
どうせなのでヤシの木に背中を預け瞑想をしていたところ(居眠りでは断じて無い)、突風に煽られた僕の麦わら帽子はひらひらと飛んで行ってしまった。けっこうな海風だったようで別荘地の中へと入ってしまっていた。良く見ると売約済みの札が貼ってある。マジか。いつのまに、というかここに来たのは今年では初めてだったので判断がつかないが、へべれけアルバイター・ケイの与太話もどうやら全くのウソではないようだ。ま、僕には関係ないんだけどね。
勝手知ったるかのごとく軽やかに別荘が立ち並ぶ敷地に入り帽子を探す。庭側のガラス戸から別荘内のさっきの家族連れが見えようと気にしない。にこやかにどうもー、と手を振っておけば勝手にここの流儀かと勘違いしてくれるしね。ドンドンと突き進み奥まったところにある別荘まで行きあたる。ここまで来れば目的なんて関係なしだ。暇に飽かせて探検するしかないなー、と思っていた矢先に。
「そこの君」
いきなり後ろから声をかけられ、僕は思わず振り返った。そこには白シャツに水色のベスト、美脚を晒す短パン姿の20代?の女性がいた。ここらでは見ない人だ。陽性の笑顔が似合いそうな彼女は、振り向いた僕を見て、なにやら驚いたかのような顔をしている。目をまん丸に見開き口もポカンと開いている。
なんだ、レフトブラッドが珍しいのか?……まぁ珍しいよな。ていうか僕、容姿は母さん似で父さんの成分なんて眼が翡翠の色なのと色白なところだけだ。背なんてちっとも伸びない。背の順で前の方の常連なのだ。肌だって日焼けでもはや白さなんて影も形もない。……まさかこの人って不審者なのかな? 勝手に自分から詰問される側に回った気がしていたが、この人が急に声をかけて来るからだ。この怪しいヤツめ!
「うんじゅやたーがや?(貴女は誰ですか?)」
「は?」
「くりやぺんやいびーん(これはペンです)」
「あ、え?ハ、ハロー?」
よし! 分からん奴にはさっぱり分からん沖縄弁で先制攻撃だ! どうせこの人、本土の人だろうと当たりを付けてみたが案の定だね。僕だってご老人方のきっつい訛りは分からないくらいなんだ。初見でかわせる人はいないんだよなぁ。混乱している今がチャンスだ、さっさと逃げてしまおう。不審者には近寄らないって母さんと約束してるんだ。
「わんうさぎぃっぺぇしちゅーん!(兎が大好きだー!)」
「え、あ、ちょっと!?」
逃げろ、逃げろだ。正に脱兎の勢いで敷地側の森を駆けて行く。視線を感じ、チラッとさっきの別荘を見てみると、テラス越しに同い年くらいの少年と目が合った。こわっ! 目ぇ、くわっ!ってなってる! 三十六計逃げるに如かず。全力で逃げるしかないよね。帰りがけに帽子も拾っておこう。最初っから場所は分かってんだし。こういう時、魔法って便利だよなぁ。
2092年8月4日。恩納瀬良垣 桜井穂波
「見ましたか、達也君?」
「えぇ……一体何者なのか……」
深夜様たちに先駆けて別荘のクリアリングをしていた折、ほとんど気配を押し殺した存在が近づいて来るのを感じ取った私と達也君はすばやく外から身を隠し、周囲を警戒した。すると庭先を11、2歳くらいの子供がキョロキョロ辺りを見ながら歩いて行ったのだ。思わず目を見張ってしまった。中々の隠行だと思ったから警戒したのに、出て来たのはただの子供だ。いや、己や達也君という例外がいることを考えれば不思議ではないが、あまりに不自然なのだ。気配は消す癖に警戒している素振りはない。身を隠しもせず堂々とキョロキョロしており、あれではまるで物見遊山だ。持っている技術と行動がかみ合ってない、そんなチグハグさがある。ともあれ見た感じ武器やCADを持っている様子もないので警戒を一つ下げて、私は声をかけることにした。達也君にハンドサインを送り、バックスに付いてもらう。準備は万端だった。
しかし、それもその子の顔を見るまでだ。衝撃的だったのだ。踏み込めば一瞬の距離、明らかに訓練された反応で素早く振り返る子供。艶やかなショートカットの黒髪。健康的に焼けた褐色の肌。ダボっとTシャツと南国風のシャツを重ね着ているその子の瞳は翡翠の色で、異国の血か私たち同様調整された遺伝子を継ぐ者、つまり魔法師なのだろう。だがそんなことは後で気づいたことであり、その時には重要ではなかったのだ。あまりに似ていたのだ。肌の色が違っても、瞳の色が違っても、その容姿が、顔立ちが、私たちの守るべき存在に。
その後は、私の驚愕と動揺の隙を瞬時に察したその子に意味不明の言語で捲し立てられ、あっという間に逃げ出されていた。森の中に突っ込んで行くその子は、藪があろうと樹があろうと、まるですり抜けるかのように進んで行った。見事な遁走術だった。あれは忍びの技ではなかろうか?
達也君もその子を捕捉していたのだが、顔を見た瞬間に手が止まり、そのまま逃げられてしまったようだ。お互いに見たものを報告し合い確認したが、やはり見間違いではなかった。主人に似つき過ぎる子供、忍術を駆使する古式魔法師。達也君曰く、あの意味不明の言語は沖縄の方言らしく、内容からは話者なのか擬態なのかも分からないらしい。なので地元民なのか、地元民に扮しているかは微妙のようだ。……それにしても達也君、沖縄弁なんて良く知ってたね?
「現地の言葉を知っていた方が情報収集に便利なので、予習してきました」
うーん、まいりました!
2092年8月4日。恩納 小林宅 小林雪人
「じゃ、かんぱーい!」
『かんぱーい!!』
僕の音頭でコップを鳴らし合う音が響く。あの後、僕はジョーを叩き起こし、脱兎の如く(僕は焼けているから黒兎だろう)家まで逃走した。途中でスモーク付きの高級車ともすれ違ったが怪しさマックスだよな、あの人たち。ジョーはブヒブヒ文句を言っていたが、一人にされるのは拙いと思った僕が、今日は夕ご飯食べて行きなよ、と誘うとご機嫌で従ってくれた。だが母想いの僕がこんなスケベ野郎だけを家に招くわけがなく、ジョーが訓練のことでブヒブヒ言い始めたころに丁度、件の大尉さまが現れた。まぁ、僕が呼んだんだけど。
風間玄信大尉。恩納基地の空挺部隊隊長を務める益荒男だ。10年以上前の大越戦争で大活躍したらしく『大天狗』だなんて呼ばれていたらしい。しかし当時の上官と組んで司令部からの命令に反し部隊を率いて出撃をする、なんてことをしでかしてもいる。厄介なのがそれで勝っちゃったことだ。命令違反で英雄になっただなんて、軍の統制がメチャクチャに成りかねない。案の定戦勝の功績は懲戒処分と相殺され、また上層部に目を付けられた証としてポストで冷遇された。おかげでそれから10年経っても大尉のままである。同期に大佐が誕生しても大尉のまま。男心はボロボロだろう。上層部はこう言っているのだ、さっさと辞めろ、と。予備役に編入しないでいるのは上層部としては慈悲のつもりのようだが、あいにくと風間さんは今でも爪を研いでいる。天狗は辞めて山猫にでもなるのかな。あ、カラス天狗なのかもしれないな。
風間さんと小林家の付き合いは、実は長い。一時期、父さんの上司が風間さんだったのだ。それ以来、可愛がってもらっている。しかし困ったことに、お土産にいつもサーターアンダギーを持って来るのだ。基地のお土産コーナーのやつだ。口の中の水分を吸い尽くすかのごときパサつきは、牛乳片手にじゃなきゃ食べ辛くて仕方がない。こんなんじゃ軍で嗜好品として与えれはしないと思う。捕虜に与えたら脱水を起こさせる拷問器具に早変わりするだろう。……もしかして在庫が有り余ってるから、僕に処分させてるんじゃなかろうか? そこまで保存性が良すぎるのは多分乾燥材を混ぜて作ってるからだろうな。そりゃパサパサだよ。
ちなみにお土産がなかったのは一度だけだ。父の殉職の報告を持って来たのは風間さんだったのだ。堅い口調で、遺体はない、死因も教えられない、と語り何かを耐えるように母さんと僕に頭を下げた。膝をつき僕を抱えて泣く母とあまりの事態に呆然としていた僕が言葉を交わせるようになるまで、風間さんが頭を上げることはなかった。
その後、どんな会話をしたかは良く覚えていない。ただ、母さんとは別口で魔法の手解きをしてくれるようになった。忍術だと風間さんは言うが何かウサン臭い。だって山の歩き方とか動物の狩り方とかって母さんに教わったのと似てるもの。母さんは、『ニンジャはいない、そうよね?』と問うて来るので、正直者の僕は『アッ、ハイ』と返すしかない。ただ、風間さんにもウチの家系の魔法についてはまるでピンと来ないらしく、僕との修行は専ら組手に終始したものだ。森を全面に使った鬼ごっこはジッサイ楽しいのだ。
「あそこは押すのではなく引き倒す場面だ。状況として2手は得だな」
「ははぁ、なるほどでありますなぁ」
さてこうしてジョーと風間さんの訓練の反省会の様相を呈してきた僕んちの居間に新たな参戦者が現れた。
「ただいまぁ」
「おじゃまします」
そう、地上に舞い降りた女神と部隊付き技官の真田中尉だ。濡れ羽の美しい黒髪、柔らかく凹凸を示す肢体、煌めくような黒曜石の瞳の輝き、麗しい声、透き通るような肌と美貌の持ち主。恩納に現れた天女さまだな、うん。隣の優男はどうでもいいよ。ちゃっかり荷物持ちなんかしてんじゃない、よこせ!
玄関まで出迎えに行った僕は、真田さんから買い物袋を受け取り中へと運ぶ。昨今は物流システムの発展により荷物持ちは死滅したはずなのだが、それは人口の多い所限定だ。第一このあたりの住民は基地関係の人が多い。乗り物なんて公務以外は交通の確保のために使われない。要するに自分で運んで身体を鍛えろ、というわけだ。やっぱり優男の真田は荷物持ちでいいな、うん。母さんの腕が丸太みたいになったら嫌だし。
さてさて揃ったね。心優しい僕は上等兵たるジョーに僕ら家族の相手だけでは詰まらないだろうと思い、日ごろ彼がお世話になっているだろう彼らとの懇親会を開いてやったんだ。母手作りのおいしいゴーヤチャンプルーを噛みしめながら説教でも受ければいいんだ。苦味が増すことだろう。
「雪人くんは今日は何をしてたの?」
乾杯の音頭から懇親会が始まる。母さんからの質問に僕は素直に答えた。母は僕を時々くん付けで呼ぶ。少々窘めるかのような甘いニュアンスで話しかけてくるので僕もハニカミながら喋ることしか出来ない。こんな調子でジョーにも話しかけるもんだから、ジョーみたいな単細胞は簡単に虜になる。そんなバカどもから母さんを守るのが僕の仕事なのだ。
さてさて今日のことか、とりあえず不審者を見た、という話はみんなにしておいた。ジョーなんかがギョッとしていたが瀬良垣の貸し別荘が売り切れてたことも交え、新しいオーナーが遊びに来たのではないか、と補足しておいた。みんな、なるほどなぁって顔で聞いている。真田さんは端末でチョコチョコっとあの別荘の単価なんかを見ているようだ。うーん、お金持ちはすごいなー。あの素っ頓狂な驚き顔をしてたお姉さんも、実は御令嬢だったのかもしれない。
こっちの話にはジョーも食いつく。やれ、どんな人かとか、年はどんくらいだとかだ。がっつき過ぎでみっともないったらありゃしない。それを知ってどうするつもりなんだ、やっぱり逆玉狙いなんじゃないだろうな?
ジョーも風間さんたちも外泊の届けは出していないので、食事が終われば寄宿舎に戻る。当然酒の匂いをさせて帰るわけにもいかないのでお酒も出してないのだが、中々に盛り上がった。後半戦は母さんの井戸端ネットワークの噂話をみんなで聞いた。
はす向かいの新垣さんちのクローンクロウサギが子供を産んだらしい。これはアマミノクロウサギのクローンだ。前世紀には絶滅危惧種に指定されたこのウサギだが、種の保存のために遺伝子が採取されていた。その後、地球寒冷化を迎え絶滅した。この時、クロウサギの天敵たるハブとマングースもその煽りを受けた。変温性のハブはまだいるらしいが、熱帯性のマングースは沖縄では死滅したらしい。沖縄中が混乱していた時期だからマングースの死滅なんて誰も気にしなかったんだよね。こうしてクロウサギ対マングースの生存競争はクロウサギがクローンクロウサギに変身を遂げて勝利した。
この話はうさぎ好きの新垣さんからの受け売りだ。そして僕もうさぎが大好きだ、食べる側として。つまり僕は新たなマングースで、新垣さんは僕に人類愛を説いて僕から森のうさぎを守ろうとしている。まぁ新垣さんがうさぎ好きだと初めて聞いた時に僕が、うさぎっておいしいよね、と仲間を見つけた気分で聞いてしまったのが原因なのだが。もっと言えば母や風間さんのせいだ。二人は山中で罠や弓で平気でうさぎを捕え、皮を剥いで捌いて鍋にするのだ。とんでもない大人たちだ。新垣さんが聞いたら卒倒するだろう。本日は以上である。
僕の夏休みは順調なようだ。
だけどそれは仮初めでしかなかった。
僕が出会ったあの別荘の人たち、彼女たちの主人。
そして1週間後に起きた戦争が、僕の人生を大きく変えて行くのだから。