魔法科高校の劣等生 ~ユキトのやり方~   作:べじん

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第十話

 

2095年4月6日。司波宅 司波雪人

 

 

放課後の桐原先輩逮捕の後、七草会長、渡辺先輩、十文字会頭に事件報告をして帰路に着いた。深雪やエリカたちも待ってくれていたようで、達也の提案でカフェで少しお茶をしてから解散となった。今は家のソファーにいる。

 

僕はその間、いや今もだが、ずっと考え事をしていた。達也や深雪はともかく、いつも騒がしい僕が黙りこくっていることに不審がったエリカたちが、話しかけて来ても僕は上の空だった。……だからって面白がって口元にケーキを差し出したりしないで欲しい。思わず食べちゃったじゃないか。

 

カフェでは達也たちは、今日の剣術部の捕物の話をしていたようだ。もっと具体的に言えば、キャスト・ジャミングの話だった。達也はみんなに社会混乱が起きるから秘密にしといてね、なんて言ってたがあれは単に達也が説明を面倒臭がった部分がある。あのジャミングを実用的に使うには色んな条件が必要なのだ。まず第一に、難しいとされるマルチキャストよりも更に困難とされるパラレルキャストが出来ること。この時点で使用可能者が一高でもごく少数に絞られる。

 

更に実戦で使うには、相手の起動式から何の魔法を使おうとしているのかを読み取れなければいけない。そうしなければ相手に確実に先手を打たれることになるし、達也が言ってたように多対一では己の手を制限することになってしまう。こんな難儀をこなせるものなど世界中でも片手で足りる数だろう。まぁ相手の得意魔法だけでも潰す、という使い方も出来るだろうが、それも手口が知れた相手にしか使いづらい。それにジャミングを増幅させるためにも大量のサイオンが必要だ。結局、特定の相手の暗殺や捕縛用にしか使えないし使用のためには優秀な魔法師を必ず一人は専有してしまうという諸刃の剣が出来上がりだ。それなら未だアンティナイトの方が安上がりに思える程の超上級者向けの技術なのだ。まぁ、他の国でも軍機として研究されてそうだけどね。

 

しかし特定魔法に対するジャミング技術という、そんな悪目立ちしそうなものを達也が使ったのは、一種の撒き餌のつもりだった。釣り上げる相手は、“エガリテ”だ。学内の末端の構成員にこの魔法を見せ、エガリテ内のブランシュとの繋ぎ役にまで話がいけば、大亜連のテロ屋としての本性をもつブランシュが放っておく筈がない、必ず僕らに接触してくるはずだ。あとは繋ぎ役から逆算的にブランシュの日本支部を突き止め撃破する。

 

……そう思って、達也ともこのジャミング技術を、風紀委員会の仕事で使おうと決めていたのだけど、拍子抜けするほど呆気なく、繋ぎ役が見つかってしまった。末端が繋ぎ役に報告するかも微妙だったし、これから打つ手のための布石のつもりでしかなかったんだけどなぁ。こんなジャブでエガリテの顎先を捉えられるとは思っていなかったのだ。

 

目的のエガリテ繋ぎ役は、剣道部主将の司甲。捕物の途中から闘技場に来ていた男で、壬生先輩が乱闘に入りこまないように抑えていた。3年の二科生で、あの場で達也のジャミングを見て興奮していた、これは使える、と。これは、単なるエガリテの構成員の思考じゃない、工作活動への意欲と悪意を持った興奮、表向きはタダの青年団体であるエガリテでは有り得ない考えから来る興奮だ。つまり、彼は仕手側だ。本来なら直接話しかければもっと情報を抜き出せただろうが、僕らは戦闘中だった。それにさっさと逃げやがったしな。風紀委員の仕事も有ったので、追求もできなかった。失敗したかもしれない、それを僕は考えていた。

 

……それにもう一つ僕が悩んでいることがある。彼の精神は平常じゃなかった。興奮してたんだから、とかじゃなくて別の意味でだ。……彼は洗脳と扇動を受けている。彼が達也の魔法を見た時に感じた、機械的な思考誘導と異常的な興奮の発露、その癖それを面に出さないように押し込めようとする“習い”。乱闘中だろうとそれだけは全部感じ取れた。それほどにまで強い悪意と興奮だった。

 

……彼が洗脳を受けているのなら誰が施したのだろうか?恐らくブランシュの魔法師の仕業なんだろうけど、あれほど強力な洗脳は余程力のある系統外魔法師の仕業か、繰り返し術を受けるかしなければ有り得ない。前者なら司甲から探り出さなきゃ分からないが、後者なら少しは判別が付くかもしれない。彼の身辺を洗ってみるべきだな……。

 

魔法師が一人っ子であることは珍しい。個体数を増やすためにも国が多産を推奨している。司甲にも兄弟がいるかもしれない。きのえ、なんてまんま長男だしな。名前からして古式系の家なら家を残すためにも、兄弟は必ずいるだろう。それに司甲の家族の中で、彼一人だけがブランシュに使嗾されている可能性は不明だ。頻繁に家を明けていても部活と言い張れるし、もしかしたら家族全員が洗脳されている可能性もある。非常に危険な状態にある、ということだ。

 

どっちにしろ、僕が司甲に接触する必要があるし、彼の身辺を調べる必要もある。正直言って、司甲からの情報はあまりアテにしていない、繋ぎ役だと言ってもブランシュ側からすれば駒の一つに過ぎないだろうし、彼が見聞きしたものは制限されたものばかりだろう。まさかブランシュのアジトの位置を知っていたりは、しないだろうしなぁ……。

 

これから主に進めて行くべきなのは、彼の身辺調査の方だ。司甲の記憶からエガリテの構成員の把握とブランシュ側の繋ぎ役の確保。……それに洗脳された人達の確保だ。正直気が重いよ、“あなたのお子さんはテロリストに洗脳されています”なんて簡単に言えるわけないもんな。それにブランシュの洗脳が、エガリテだけに使われている保証はない。ブランシュの協力者に仕立て上げられた人達が大勢いるはずだ。これじゃあ僕らだけじゃまるっきり人手が足りない、当初の予定じゃあ“僕が探って達也が壊す”の定石で十分かと思ってたのになぁ……どっかから持ってこないといけないな。八雲師匠、小野先生、七草会長、十文字会頭、エリカ、独立魔装大隊、そして……四葉。僕の伝手としてはこのぐらいだろうか。

 

まず、大隊は頼れない。これは四葉当主の真夜さんが、国防軍に借りを作りたくないと思っているみたいだし、逆にどんな取引を真夜さんにされるか分からないからだ。同じ理由で四葉も却下だ。

 

次にエリカ、千葉家の警察へのコネだ。これは……出来れば頼りたくないなぁ。エリカは、えーっと、その、愛人の子なんだよねぇ……。だからまぁ、複雑な家庭環境なわけで。今日もそれでエリカに変な態度取っちゃったし、頼みづらいんだよなぁ……。そんなエリカに、千葉家のコネを使わせてもらえるよう頼ませるなんて、僕には出来ない。それをやる位なら僕が個人で四葉と取引した方がマシだよ。よってこれも却下。渡辺先輩?もっとダメだ!エリカもお家の人から“渡辺さんちの摩利ちゃんからこんな御願い、聞いたんだけど……”なんて聞きたくないだろう。却下!却下!

 

では、師匠はどうだろうか?うーん、付き合ってくれそうにないなぁ……。でも話くらいは聞いてくれそうだ。司甲も古式っぽい名前をしているし、何か知ってるかもしれない、一度訪ねに行こう。……案外全部知ってるかもだけど。いや、ないな!ないない!

 

うーん、やっぱり小野先生の線が一番簡単だろうか?僕らが派手に動いてエガリテと接触すれば、彼女の網に掛かるはずだ。その時に協力を依頼出来ればやり易い。しかも同門だしな、師匠にはその線で協力してもらおうか。

 

でも順番が問題になるな……。僕の覚眼でしか知ることができない情報は教えられないし、不自然がないようにタイミングを計らなくちゃいけない。まぁエガリテの調査は彼女の任務だ。僕らと手を結ぶのも簡単にいくだろう。彼女も僕らが同門だと知ってて、ホンの少しだが期待している部分があった。でもまだ直接話しかけたことないんだよな……。揺さぶればもっとたくさん分かったかも、おしいことした。

 

七草会長と十文字会頭も同じだ。小野先生は公安のスパイだが、そんなことは十師族の彼らにはバレバレだろう。むしろ公安の上層部から任務内容もリークされているはずだ。十師族の次期当主やお姫様がいる学園に内調じみたスパイを放つなんて、喧嘩売ってるようにしか思えないもんな、当たり前か。……小野先生は隠せてるつもりだけどね。向いてないんだよなぁ、スパイ。まぁ捜査に進捗があれば、会長たちとは手を結びやすくなる。自分たちの庭を汚されたのだ、一番の実戦部隊は彼らから出るかもしれない。トップが動くんだから、生徒会や部活連の方の協力も期待できる。良い事尽くめだ。

 

大体こんな感じか。学校の中は七草会長と十文字会頭、そして小野先生に。外は公安と師匠に手伝ってもらう。僕と達也がすることは、彼らの橋渡しと、状況に合わせて情報を引き抜いて、狂言回しとしてエガリテとブランシュ日本支部の壊滅に持って行くこと。プランとしては静かに行われるべきだ。“神隠し”と一緒だな、得意技だ。エガリテとブランシュの奴らは、気が付いたら一網打尽にされていることだろう。フフ、楽しくなって来た……。僕ら対ブランシュの諜報戦だ。どっちの弾が多いか、勝負だね。

 

あぁ、それと、ある程度捜査に目星が付いたら真夜さんにも報告しなきゃいけないだろうな……。ブランシュは大亜連の紐付きだと言われている。ならば四葉が目をつけていない訳がない。七草と十文字、公安が点数を稼ぐ形になりそうだからマズいんだよなぁ……。四葉としては他の十師族がいる学校でのテロ騒ぎなんて“ぷぷ、下手こいてやがる。ラッキー!”くらい思ってそうだしなぁ。まぁ潰しちゃダメなら警告ぐらい飛ぶだろうからいいや。あ、そうだ、真夜さんへの報告は達也にやってもらおう、そうしよう。なんか一番好かれてるっぽいしね。

 

「ん? 何だ?」

 

ソファーでコーヒーを飲んでいた達也が、こっちを向いた。さて、作戦会議といこうじゃないか。今夜は眠らせないぜ、ヒャッホー!深雪!ホットミルク頂戴!

 

 

 

2095年4月7日。第一高校 司波達也

 

昨日の作戦会議から一夜。いや、深夜まで計画を考えていたから一夜をおいていないのだが、俺たち三人は朝から師匠に会いに行き、そして登校した。師匠に会いに行ったのは単に訓練のためだけじゃなく、2つほどお願いをするためだった。

 

一つは小野先生との繋ぎをしてもらうこと。俺たちがエガリテを探そうとしている、と彼女に漏らす役だ。これは急ぎの案件ではない。エガリテの釣り出しが進んでから行ってもらう予定だった。彼女の捜査の情報網に掛かるための布石だ。

 

二つ目は司甲のことを知っているなら教えて欲しい、というものだった。彼の身辺調査の一環だ。エガリテとブランシュのエガリテ側の繋ぎ役、それが俺と雪人の推測である。もちろんこちらでも彼を調べるが、裏打ちとして聞いてみた。師匠には昨日の剣術部の騒動を交えて司甲が洗脳されている件も含めて話したのだが……、驚愕の事実が発覚した。

 

「あはは……僕ら、バカかな? 僕の睡眠時間が……。でもさ、でもさ……娘の手綱くらいしっかり握っとけよ!?」

 

始業前に、短い時間だろうと作戦会議をするために見つけた空き教室で、雪人は嘆きを漏らした。机に突っ伏してこの世の悲惨さを訴えている。ここに深雪がいなくて良かった。兄として情けない姿はあまり見せたくない。

 

「……どちらにしろ、作戦は修正だ。こんなことになるとはな、ハァ……」

「公安も何やってんだよ!? バカばっかりだ!! ……違うか、バカは僕らかァ」

 

俺も思わずため息が出てしまう。重い、重いため息だ。俺たちが昨晩決めたばかりの計画を、すぐにでも修正しなければならない程の事実とは何なのか。それを明かそうと思う、以下の通りだ。

 

 

 

朝方、師匠に昨日の顛末を話している最中に壬生紗耶香の話が出た時、師匠は雪人に彼女もエガリテなのかを確認して来た。雪人はまだ未確認だ、と答えたのだが、師匠は難しい顔をして悩んでいた。すると雪人がフラッと崩れるように膝を着いた。これには俺と深雪も驚いた。二人していきなりどうしたのか、と深雪が聞いた所、こう返って来た。

 

「いやー! 彼女のお父さん、内情の外事課長なんだよねぇ! アッハッハ!」

「あはは……なにそれ……」

 

は?……つまり、それは……。雪人の嘆きが九重寺に沁み渡る。一気に頭が重くなった気がした。自己再成術式は起動していないのだから脳に外傷はない。俺の傍では深雪が俺を心配してくれていた、早く立ち直らなければ。しかしこれには頭を痛めるほど悩ませられた。

 

師匠が言うには壬生紗耶香の父、壬生重三は風間少佐の同期の人間らしく軍人から内情、内閣府調査管理局に移籍したらしい。諜報関係で元軍人を使うのは良くある話だ。情報や命令遵守の重さを知っているので使いやすいのだ。問題は、ブランシュの手先と思しき司甲のすぐ近くに、内情外事課長の娘という政府のバックドアを開ける鍵がいる、ということだ。

 

もし彼女がエガリテのメンバーだったとして、もしくは洗脳を受けたとして、彼女の父の持つ情報が漏れ、ブランシュに利用されれば、政府は大ダメージを負わされかねない。更に彼女の父まで洗脳されれば、事態はもっと深刻になって行くことだろう。エガリテの親玉、ブランシュは大亜連の紐付きだ。こんな美味しい駒のことを知れば間違いなく利用する。七草や十文字も第一高校の管理責任という意味で誹りを受けることだろう。

 

雪人は“壬生紗耶香がエガリテかどうかは未確認だけど、学校内の差別に強い反感を覚えていて、同時に剣道部主将の司甲を信頼しているのは視えた”と昨日、言っていた。つまり、彼女は仕手側ではない。エガリテだとしても利用される末端だろう。おそらく洗脳もされていないか、されていても軽度のものだ。順番からして、彼女の父も洗脳されてはいないだろう。

 

“剣道小町”と呼ばれる彼女だ、エガリテへの勧誘を請け負うにしても彼女の父の情報を得るにしても、確り洗脳している方が役に立つはずだ。それに彼女が仕手側なら雪人が気付かないわけがない。

 

だが問題は、ブランシュ側が彼女の父のことを知っているのか、ということだ。知っているのなら壬生紗耶香はこのままズブズブと司甲を通して洗脳されることになる。つまりは国防の危機だ。知らないにしても、いつ知るかの問題でしかない。数年後か、それともたった今知ったとしても俺は不思議とは思わない。またまた国防の危機だ。結局、知っているいないに関わらず、エガリテとブランシュの排除は急がなくてはならない時間との勝負、となる。

 

昨日立てた作戦は相手に気取られないように静かに、秘密裏に動くものだった。そのためにはひと月ふた月は掛けるつもりだったのだ。これでは使えない。何という徒労感だろうか。雪人がうなだれるのも良く分かる話だ……。

 

「違う……それだけじゃないんだよ、達也」

 

そ、それだけじゃないとはどういうことだ、雪人。これだけでも俺たちの計画をゆるがせにする事態だと思うが?雪人は四つん這いのまま師匠を指差した。

 

「このじじい……さいていだ……」

「失礼なことを言うんじゃない、ニュービーよ! 本当ならキミが調べるべきことなんだぞー?」

 

師匠は、何かに打ち震える雪人を満足そうに見下ろしてから話し始めた。実に楽しそうな表情だった。

 

司甲、家族構成は父母と兄が一人。木の兄、という名前で、彼は長男ではない。彼の両親は彼が第一高校に入学する前に再婚しており、彼は母方の連れ子だった。旧姓は鴨野甲、京都鴨野神社の係累であるが傍系が過ぎる故に古式の才は薄い。霊子放射光過敏症にその名残があるくらいらしい。更には、その父方の義兄、司一はブランシュ日本支部の正真正銘のリーダーだったのだ!師匠!知っているのなら先に話して頂きたい!

 

「いやいや、聞かれなかったし」

「お陰でこの事態ですよ!」

「お兄様!?」

「うん、だから話したんだけどね」

「弟子虐待だー!」

 

俺と雪人の怒声が寺に響く。慌てる深雪の声もする。心配するな深雪、兄は大丈夫なのだ。しかし、これならば司甲が重度の洗脳を受けている説明も付くし、彼が繋ぎ役をしている理由にもなる。彼の義兄がブランシュ日本支部のリーダーなんだからな!あぁ、なんだか急に馬鹿らしくなってきた……。俺たちの計画とはなんだったのか。

 

「壬生くんの娘さんがブランシュの舌先にいるのは知らなくてねー! 後はキミたちに任せたよ!」

 

師匠は最後に俺たちに問題のまる投げをして俺たちを九重寺から追い出した。寺の階段を下りる俺たちの足取りが重かったのは言わずもがなだ。深雪、こんな大人にはなってはいけないよ……。

 

「お兄様がいれば……深雪は大丈夫です」

 

フッ、兄離れできない妹なのか、妹離れできない兄なのか分からんな。苦労をかける……。

 

 

 

 

「さて、どうしたものか……」

 

俺は、俺と雪人しかいない空き教室の席に深く座り込み、息を吐いた。いったいどうしたことやら、ブランシュ日本支部の急所を握ってしまった気がする。リーダーの名前、家族構成、おおよその手管、どれも重要な情報だ。それに加えて壬生紗耶香のこともある。当初の目的でもあった司甲の身辺調査が思わぬ掘出し物をしてくれた。これだけでも色々な行動を選択できる。

 

「もう僕たちだけで、ブランシュ潰さない? 後始末は公安にまる投げしようよ」

「……いや、魅力的な提案だがそれはダメだ。俺たちで情報を奪い取ったとしても、使いづらくなるだけだ」

 

一通り嘆いて落ち着きを取り戻した雪人が、面倒臭そうに意見を発する。しかし俺はそれに反対した。俺と雪人だけでやるなら被洗脳者の情報も奴らの犯罪の情報も、大亜連までの繋がりまでも全部知れるのだが、使いどころが難しくなる。雪人の覚眼は究極の一次資料だからだ。客観性に欠ける嫌いがある。適度に公安なり七草なり十文字なりが知れるようにした方が、情報の裏打ちも出来て事件の後始末はよりスムーズに行くはずだ。第一、俺らだけでやったとして、奴らの身柄を公安にコッソリ引き渡したとしても俺たちは謎のエージェントとして警戒される。色んな組織がマークしていたブランシュが突如瓦解、誰がやった、そんなところだ。結局周囲の警戒を上げ、裏打ちの出来てない情報が手に入るだけに終わる。つまり……。

 

「やるべきじゃない……ってことか」

「あぁ。司一のことは、容易くか運良くかは分からないが師匠も知っていたことだ、四葉や公安でも既に知られている可能性は高い。問題はなぜ放置しているか、だが」

「場所が場所だし、七草と十文字の管轄だって思ってないかな?」

「四葉はそうかもしれないが真偽は不明だ。しかし公安は?」

 

俺がそう聞くと雪人は少し悩んだ後、ハッと嫌な事に気が付いたような顔で言った。

 

「……内情の首根っこ捕まえるためとか」

「本気か?」

 

いや、有り得る話かもしれんな……。内情も公安も政府組織だがセクションは別だ。しかも両者の仕事は競合しやすい。諜報や防諜の勢力争いは熾烈なもののはずだ。そこに壬生紗耶香の洗脳の件だ。知らぬ間に窮地に立った内情を、サラリと公安が助けたとしたら……。もう少しで敵に好き勝手されかけた内情など信用されなくなり、代わりに公安が信頼されることになるだろう。そのタイミングでブランシュを摘発すれば一石二鳥、公安の一人勝ちだ。

 

だとしたら、小野先生は壬生紗耶香の父親が内情の人間だと知っているのだろうか?俺には小野先生は優秀な駒にはなれても、こんな政争を描く脚本家ではないと思う。やるとするなら公安の上層部だと思うんだが。俺の疑問を見取った雪人が言う。

 

「順番が繰り上がるけど、小野先生から当たってみる? この予想が当たってたらこの事件、思った以上に臭そうなヤマな気がするけど」

「どうかな、ブランシュが放置されているのも単に釣り餌としてかもしれない。司一をマークしていれば、少なくない情報が手に入るんだからな」

 

雪人の予想が当たっていたら、公安は情報収集と政争のために、ブランシュに洗脳された者がいたとしても放置していたこととなる。権力のために民間人を犠牲にした、というわけだ。陰惨な話だ……いや、俺の予想でも一緒か、どちらにしろ洗脳の被害者がすでに出ていることは確かなのだから。ならば公安はすでに負い目がある、ということか……。被害者と壬生紗耶香の二つ。後者はともかく前者は確かだ。更に雪人が躊躇いがちに口を開いた。

 

「その……もっと上の方がブランシュ摘発を止めてたりしないかな?」

「っ! 公安が動けない程の実力者が背後にいる、ということか」

「でも理由が分からない……。だって公安が動いていることはすでに七草や十文字なら知っているはずでしょ? 散々学校を調べておいて何も出ませんでした、じゃ納得させられないよ。七草と十文字が動き出して成果を掻っ攫われるだけだ。なら、公安が司一を捕まえないだけの何かがあるはずだけど……」

 

そう言って雪人は黙り込んだ。そうだな、その場合は七草や十文字を裏切ってまで手に入れたい何かが、公安かその背後の者たちにはある、ということだ。公安のバックについては仮説の域を出ないが、俺たち単独ではどちらにしろ圧力がかかることは間違いない。

 

「結局そこに戻るってわけだ。この事件に首を突っ込むには、僕たちにもバックが必要。つまり……」

「七草会長と十文字会頭だな」

 

雪人は俺の言葉に頷いた。そして両手を頭の後ろに組んで呟くように言った。

 

「小野先生を調べても、公安のことは何もわからないかもなぁ……あの人、公安はアルバイトのつもりだし、ブランシュの拠点のことさえ知らされてないみたい。調べるなら司甲かな」

「あぁ、司一は公安のマークが強いだろうが、司甲なら俺たちでも接触できる。小野先生が邪魔をして来ても、七草会長たちの方で牽制すればいい。俺たちは風紀委員だしな」

 

俺と雪人はそろってニヤリと笑った。中々見えて来たじゃないか。司一は、公安にとっては貯金箱のような存在なのかもしれない。何がしかのモノや情報が司一に集まればそれを窃取でき、いざとなったら捕まえる。実に便利な存在だろう。だが奴は俺たちの通う学校に手を出している。つまりは深雪の身を脅かす敵だ。ならば俺たちは容赦しない。必ず奴らを破壊する。

 

「悪いけどそろそろ満杯かもね、溢れて大変なことになる前に取り出してあげないと」

 

雪人が立ち上がり、拳を差し出して来る。俺も立ち上がった。

 

「あぁ、俺たちは親切だからな」

 

二人の拳は合わさった。さぁ、狩りの始まりだ。

 

 

2095年4月7日。第一高校 司波深雪

 

私たちの敵は二つ。一つは反魔法国際政治団体ブランシュ、テロも行う大亜連の手駒で反魔法主義運動を通して日本の魔法師の力を削ごうとしている。直近で言えば、第一高校の生徒が洗脳されており諜報工作を担わせられているのでは、とのこと。

 

もう一つは公安、すでにブランシュ日本支部の所在を暴いているだろうに、犠牲者が出ていても摘発に乗り出さない。ブランシュの抱える“何か”を狙っているのか、それとも動けないのかは不明だが、私達が行動に移せば掣肘して来ることは間違いない。それがお兄様たちから今しがた聞いたお話です。

 

昨夜の作戦会議において、深雪はお兄様たちから改めて、ブランシュやエガリテの存在を知らされた。人の心の弱さにつけ込む彼らのやり口には、ハッキリ言って嫌悪感を感じざるを得ませんでした。そして今朝の話ですがそんなブランシュ日本支部のリーダーが判明し、同時に起きた事態にお兄様と雪人さんは項垂れていましたが、このお昼休みの生徒会へ向かう道すがらには元に戻られております。聞く話によると始業前の時間の内に新たな行動指針をお決めになられた御様子で、今後はそれに従って適宜対応していく、とのことです。

 

「公安ですか……この話が本当ならお兄様たちの身に危険が及んだりしませんか?」

 

お二人から話を聞いた私はお兄様を案じる言葉を出した。少し情けない声を出してしまったかもしれない。隣を歩かれているお兄様はそれを気にしたりせずに話された。

 

「心配はいらないさ、深雪。会長たちの協力が得られるのなら公安に対する牽制は効く。なんせ七草は分家を含めれば十師族で最大の規模を誇る、十文字もそれに準じる序列ではある。彼らのコネクションは幅広い。壁役には使える存在だ」

 

「七草と十文字が公安とグルだったとしても、裏技として独立魔装大隊の名前が役に立つよ、戦略級魔法師を切り捨てる判断は国家としても有り得ないし、その時は風間少佐が動いてくれる。ま、ホントに裏技なんだけどね。それに、視た限り七草会長も十文字会頭もこんな後ろ暗い事態には関係してないよ」

 

私の心配にお兄様は落ちついて、雪人さんはあっけらかんと答えられました。私も確かに七草会長がこんな陰惨なことに手を染めているとは思えません。学内の差別意識の撤廃に力を入れてらっしゃいますし、エガリテは反対にその差別意識を利用する側です。七草会長がブランシュの持つ“何か”欲しさに公安と手を結んでブランシュを放置することはないと思います。お兄様の逆隣を歩く雪人さんが私の納得を感じ取って言いました。

 

「そういうことさ、深雪。でも七草会長に会長のお父さんから圧力が掛かるかもしれないから、結局はコッソリやるんだけどね」

「具体的には、公安、つまり小野先生に協力しながら七草会長と十文字会頭の助力を得る、そして学内のエガリテの釣り出しと内部分裂を図る」

 

「エガリテの、ですか?」

「壬生先輩の件もある。切り崩しは必要だ」

 

すでにブランシュ日本支部のリーダーを発見したのに、なぜ今更エガリテを釣り出すのかを疑問に思い聞いてみました。なるほど、表で派手に動きながら裏では七草会長たちと歩調を合わせる、学内のエガリテに限定することで小野先生の協力をしている振りをすれば、それを隠れ蓑にブランシュ制圧の準備ができる、そういうことですね。

 

「つまりは小野先生とは協調路線を取られる、と?」

 

「少し違うな、俺たちから小野先生に協力を持ちかけたりはしない。俺たちはただ単に生徒間にある差別意識の改革のために風紀委員として動く。それによって小野先生にエガリテを釣り出せる利益があれば彼女は俺たちの動きを静観する、彼女は俺らを囮として利用しようとするはずだ」

「彼女も僕らにエガリテを監視していることを気取られたくないだろうしね。“力は貸してほしいけど正体は知られたくない”それが彼女の考えさ。それにもし邪魔しにきても、僕らは風紀委員であることを楯にできる」

「それはつまり、お兄様たちは囮であることを逆に利用なさるということですか?」

 

私の言葉にお兄様たちはそろって頷きました。お二人とも、かなり自信のあるお顔をしてらっしゃいます。確かにお兄様たちの“眼”は逆監視に最適です。お兄様が言葉を続けました。

 

「深雪、お前には七草会長と俺たちの中継役をしてもらうことになる。俺たちが七草会長と頻繁に会っている様子を小野先生に知られたら、俺たちがブランシュの壊滅を目指していることがバレかねない」

 

「一応僕か達也が交代で小野先生の監視はするけどね。だけど司甲や壬生先輩のこと、それに普段の風紀委員の仕事もあるからここは慎重に行くよ。学内で七草会長に会うのは、暫くはお昼の時か放課後の深雪の送り迎えの時だけになるね」

 

それは少し朗報ですね。七草会長はお兄様に意味ありげな視線を送られることが多いですし。雪人さんに聞いても“学内差別を裏切れる人材として見ている”としか答えてくれませんでした。あれは絶対にお兄様のことが気になっているご様子なのです!今回のことで少しは距離を開けれるんじゃないかと私は思います。とても良いことです。……ん?でもこれって今と特に変わっていませんよね?

 

「あはは、普段通りなのが一番不自然がないんだよ」

「小野先生は諜報員でありカウンセラーでもある。他人の行動を分析することは得意分野だろう、風紀委員として動きを見せる分、他ではいつも通りに見せかけるのが上策だ」

 

お二人が説明なさってくれますが、何か納得いきません!しかしお兄様の前ですし深雪はそんな気持ちを面に出すことなく言葉を続けました。

 

「では七草会長に協力を呼び掛けるのはいつ頃に?」

 

「エガリテの釣り出しをしながら様子を見て、だな。少なくとも部活勧誘が終わってからにはなるか」

「司甲は達也のジャミング技術に興味津津だったからね、釣り出しは簡単にいけると思う。エガリテの切り崩しからは会長たちと協力してやるつもりだよ」

 

お兄様たちの説明に私が首肯すると、お兄様が総括するように話しました。

 

「目標としては三週間以内に今回の件はケリを着ける。部活勧誘が一週間、壬生先輩のエガリテからの引き剥がしとブランシュ日本支部の撃滅に最大で二週間だ」

 

「勧誘が終わってからはスピード勝負になるから実質二週間以内だね、最後の週は調整のための予備だし」

「ブランシュにも公安にも対応させないためにも、スピードは重要だ。圧力が掛かる前に事を運ぶ必要がある」

「そのためにも七草会長たちの協力が必要ってことですね?」

 

 

こうして私達が話している内に生徒会室の前に着いたようです。私のIDを通して生徒会室の扉を開きます。お兄様をチラリと見ると、お兄様は私の肩に手を置いて言いました。

 

「俺たちもこれからはいそがしくなる。そうなれば深雪には苦労をかけることになる、……すまんな」

「いえ、お兄様の妹として当然のことです! それに……こういう時はもっと別の言葉の方がうれしいのですよ?」

 

お兄様は私の言葉に少し苦笑をしてから答えました。肩から手を降ろし、代わりに頭を撫でながらのことでした。

 

「そうか……そうだったな。深雪、よろしく頼む」

「はい!」

 

お兄様!深雪はこれで頑張れます!ブランシュなんてカチンカチンのバッキバキです!

 

 

 

 

 


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