魔法科高校の劣等生 ~ユキトのやり方~   作:べじん

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第三話

 

 

2092年8月11日。恩納基地 司波深雪

 

 

 

今日は慌ただしい一日だ。いきなりの攻撃。大した荷物も持たず基地への避難。兄さんが様子見に部屋を出て行く。お母様もお母様だ。なぜあんな言い掛かりに応えるのか。今部屋にいるのは私たち3人にさっきの小父さまとその家族、あとは数組の民間人。さっきのやり取りを遠巻きに見るだけで関わろうとはしない。

 

 ……彼らも怖いのだろう。私だって怖い。お母様が、という意味ではない!戦争が、だ。あそこの女性なんて頭まで包まって蹲っている。一般人にはつらい状況なのだろう。耳を塞ぎたくなるのも分かる話だ。

 

 パラパラと銃声が聞こえる。囃しのように聞こえるのは気のせいだろう。外では銃撃戦が繰り広げられている。兄は無事だろうか。以前この基地で見た兄の組手の様子からするとまだまだ余裕があったような気がする。今も無事で居てくれることを祈るしかない。足音が近づいてくる。桜井さんが私とお母様を守るように前に出た。すでに臨戦態勢を整えている。扉の向こうから声が聞こえた。

 

 

 

「失礼します!空挺第二中隊の金城一等兵であります!」

 

 少しホッとした。空挺部隊と言えば兄と遊びに行った部隊だ。桧垣上等兵が回してくれたのだろうか。4人程の兵士が部屋に入ってきた。だがお母様の反応は違った。曰く、彼らを信用するべきではない、とのことだ。なぜかと問うと、勘よ、と返される。そしてふと蹲っていた女性の方を見た。

 

 なんなのだろうか? お母様はこの部屋に入った時もあの女性の方を見ていた。知り合い?そんなハズはない。こんな所で四葉の関係者になんて遭うべくもない。でも少し驚いていたような気がする。

 

 

 金城一等兵は私たちをシェルターまで案内すると言ったが、お母様がそれを断った。それでも彼らは私たちを連れて行こうとする。丁寧だが断らせる気がない物言いで言葉を重ねて来る。

 

 突然、ディック!と名前を呼ぶ声が聞こえた。それからは急展開だ。金城一等兵と桧垣上等兵とで撃ち合いが始まったのだ。それに呼応するように金城一等兵が連れて来た兵士がこちらにも銃口を向けて来る。桜井さんが鎮圧に向かうが今度はキャスト・ジャミングまで持ち出してきたのだ!

 

 なすすべもなく無力化される私たち、上がる悲鳴、外では銃声。そしてサイオン波のせいでお母様のお身体が危険な状態になっている! 騒音のようなジャミングが私の思考を削いでくる。相変わらず兵士の銃口は私たちを捕えたままだ。何かないのか。早くしなければ、お母様が!

 

 

 

「ッ!ダメよ、雪人!来ちゃダメ!!」

 

 さっきまで蹲っていた女性がいきなり立ち上がり、茫洋とした視線のまま叫び声を上げる。一体どうしたのかは分からないが立ち上がった拍子に顔を隠していたはおりが取れ、その素顔が露わになる。

 

 

 

「(っ!?)」

 

 “お母様が増えた!?” 隙を窺っていた桜井さんも驚いた顔をして固まっている。その女性は突破を図るかのように半開きになっていた扉へと突撃した。見張りの兵士は彼女の勢いに自分ごと突破するつもりかと素早く立て直し、ダンダン、と二発。

 

 銃弾は彼女のお腹と胸を貫いた。再び上がる悲鳴。転がる女性。撃たれた部分を抑えようとしているがまるで動けていない。血は止まらない。口からも血を吐いている。助からない。直観的にそう思ってしまった。私は驚愕で動けなかった。お母様そっくりの方が、私の目の前で撃たれ、死に瀕している。私やお母様も彼らの手でこうなるのだろうか? 魔法師は冷静にならなきゃいけないのに、まるでなれない。思考が削れていく。

 

 

「っ……事務員の女か」

「ちっ、ジョー相手だったら使えた人質だったな」

 

 兵士たちが何か話している。まっ白になった頭の中には彼らの言葉は入ってこない。ただ、最後に、ドゴン、と大きな音が聞こえた。そのまま私は意識を失った。あぁ……、兄さん。

 

 

 

 

2092年8月11日。恩納基地 司波達也

 

 

 

「(状況は……、空挺部隊の人間に会えれば早いのだが)」

 

 避難室から外の様子見に飛び出した俺は、事態の把握のために世話になった部隊の人間を探していた。この建物は古式の術式のせいで遠くのエイドスを見取りにくい。とりあえず建物の外に出れば事態も把握しやすくなる。

 

 正直な話、壁を分解さえすれば直ぐにでも事態把握はすむのだがそうもいかない。窓を開け放ち、そこから外に出る。妨害はない。しかし銃声は聞こえて来る。そして人目を避けるように隠れる。

 

 

 

「(探すのは……風間大尉にするか)」

 

 すぐさま精霊の眼がイデアを映し出し風間大尉のエイドスを探り出す。すぐに見つかった。司令部付近。風間大尉とその部下3名、その外苑から大尉たちに向けて銃撃が繰り返されているのが分かる。エイドスを見れば相手が国防軍の服であること、対魔法師用の高火力銃器を使っていることが分かる。

 

 

「(スパイか、反乱か……、杜撰な)」

 

 思わず舌打ちしそうになる。しかし事態は把握できた。深雪たちが安全にシェルターに入るためには反乱部隊の掃討が必要になる。大尉たちが上手く抑えられればいいが今は戦時中だ。

 

 国防軍による避難や反撃は上手くいっているとニュースでは言っていたが、この様子では単なる情報統制でしかないことが分かる。おそらくここ以外でも兵の反乱が起きていて、国防軍の動きは寸断されているはずだ。効果的に避難や反撃が出来ていなければ、時間との勝負であるこの沖縄戦では致命的になりかねない。そうなれば深雪たちの命が危ない。……手を貸すべきか?

 

 

 

「(これは……)」

 

 向こうで動きがあったようだ。風間大尉が幻術を繰り出した。そして彼の部下二人が銃撃の中を突っ込んで行った。相手は二人を見切れずに幻影に銃弾を放っている。弾がすり抜けたことで幻影だと気付いたのかハッとして大尉たちを探すがもう遅い。

 

 地を舐めるような低空からの襲撃が彼らを襲う。左右の両端の兵から顎を閉じるように挟み撃ちにするつもりらしい。瞬時に敵兵から奪ったマシンガンで十字砲火を浴びせ始めた大尉の部下たち。敵兵は反撃しようともがくが、段々と内へ内へと下がっていく。大尉が次の魔法を練っている、もはや決着はついたようだ。俺も大尉と合流しよう。誰が裏切り者か分からない状況だ。深雪を守るためには使えるものを使おう。

 

 

 

 

「達也君!」

「風間大尉、状況は」

 

 良く見える位置から駆け寄る俺に大尉が声をかける。俺に銃口を向けていた兵士もそれに合わせ下げる。俺の質問に大尉は困惑した様子で、

 

 

 

「なぜここに……、いや、言っている場合ではないな。……反乱が起きた。基地内の反乱は既に鎮圧されつつある」

「では避難室の人間がシェルターに行くために兵を貸して頂けませんか。このまま軍施設にいたら敵軍の標的にされかねない」

「それなら既に人をやっていたはずだが」

 

 窓からショートカットした弊害だ。軍施設だからな。制圧されにくくするために曲がり角が多い。更にあの建物の探知妨害術式。失敗したか。すぐに戻って確認しなければ。誰を寄こしたのかも確認しておく。見知ってる奴ならいいのだが。知らない奴なら反乱部隊かどうか見分けがつかない。

 

 

「どなたです」

「桧垣上等兵だ。顔見知りの方が良かろうと思ってな」

 

 許容範囲だ。彼なら深雪も顔を知っている。混乱はしないだろう。よし、すぐに戻ろう。あの避難室は人が少ない。しかもVIP用だ。事態に窮した敵兵が立て篭もりを起こしたりしたら面倒だ。深雪が人質にされかねない。桜井さんがいると言ってもそれで俺の気が休まるわけでもない。守らなければ、深雪を。

 

 

瞬間、銃声。

 

 

 

 

「……ッ!」

「銃声か、今の方向は……」

「避難室の方です! 先に行きます!!」

 

 走りながら精霊の眼を開く。イデア上に桧垣上等兵のエイドスが見て取れる。彼は建物に向かって発砲している。そしてそれに反撃するように建物から銃線が延びている。どっちだ? 桧垣上等兵は敵か、味方か。ただ、銃撃で窓が割れている。今なら少しは中の様子を探れるかもしれない。……っ!

 

 

「(キャスト・ジャミング!?)」

 

 避難室の扉から強烈なサイオン波が感じ取れる。この感じはアンティナイトによるキャスト・ジャミングで間違いない。何のために、なんて考える必要はない。施設内部の制圧のためだ。ならば中の奴らは反乱部隊! くそっ、深雪が! 足が尚も早く回転していく。時間がない、障害物はCADを抜いて分解し、通路を確保する。だがそのまま真っ直ぐ直進というわけには行かなかった。

 

 

 

 

 真横の方角から何かがかなりのスピードで突っ込んでくる。サイオンとプシオンを滾らせながら、さながら獣のように建物の上を駆けて。あのサイオンが解放されただけでちょっとした暴風でも起きそうなくらいだ。それを見事に制御し、その身に押しこめている。

 

 そいつは俺の前に着地した。2階以上の建物からなのに重力なんて感じないかのように柔らかく腕と膝で重みを吸収している。身に纏う気配から強者だと分かる。大亜連の魔法師だろうか、しかし見た目は少年のようでしかない。ミリタリーズボンに黒のインナーシャツ。血が滴っているように見える。片手のナイフも血が着いている。腰にも2差し。日に焼けた肌。しかしその面影には見覚えがある。

 

 ……っ!一週間前のアイツだ。やはり深夜様と深雪に似ている、兄である俺以上に。意識が避難室の方に逸れた。進路妨害をするのなら討つしかない。俺は今急いでいるのだ。CADを構えていた俺に対し彼はチラリと目線を寄こし、何かを呟いたと思ったらすぐに避難室の方を向いた。彼の立場が分からない。これ以上不測の事態を増やすわけには行かない。足の腱でも分解で吹き飛ばせば動けなくなるだろう。俺はすぐさま実行に移す。

 

 

「(治療は基地兵にでもしてもらうといい)」

 

 瞬時に彼の踵だけを狙い、引き鉄をひいた。

 

 

 

「なに?」

 

 しかしそれは外れた。正確には外された。気が付いたら彼は走りだしていた。なぜだ、目を離してはいなかったのに。走る背中に向けてもう一度撃つ。また避けた。俺が撃つタイミングと彼が避けるタイミングが微塵もずれていない。これ以上は無意味か。俺も急いでいるんだ。彼の後を追いかけよう。

 

深雪っ!

 

 

 

 

 

2092年8月11日。恩納基地 小林雪人

 

 

 僕は森を抜け、基地に潜入していた。検問は堂々と突破した。誰も僕に気が付かなかった。僕にはそれが出来る。彼らの意識を『知覚』できれば隙を付ける。己の気配を周囲と『同期』させれば相手は違和感に気付かない。さっきも通り道にいた大亜連の魔法師に『同調』して奴の精神をグチャグチャにしてやった。片手間だ。時間は食わない。ポンと肩を叩いて終了だ。

 

 僕は知っていた。僕自身のチカラの使い方を。特殊な生まれだからなのか物心ついたころから解かっていた。でも封じて来た。『知覚』すれば己が周囲の人間と違うということに容易く気付けた。母さんや祖母以外に『同調』なんて持っている人間がいないことも容易く気付けた。だから僕は押し籠めたのだ。都合の悪い技術を、自分の無意識の中に。

 

 僕は母さんに教わる以上のことが出来た。母さんより速く山を駆けれる。母さんより深く『知覚』できる。母さんより多彩に『同調』を操れる。狩りだって僕の方がうまい。風間さんの技だって、すぐさま吸収できた。ジョーの語る魔法理論だってジョー以上に理解できた。

 

 そしてそうやって得た必要以上は無意識へと投げ捨てていた。怖かったのだ。眼を見開けば他人の心を暴き立て、手をかざせば思うがままに操れる。今日まで意識して誰かにやったことはなかった。見え過ぎてしまったものは、知り過ぎてしまったものは、“気付かなかったことにしてしまえばいい”。そうやって隠して来た。

 

 だから僕は知っていた。瀬良垣の別荘であの女性がなぜ僕に声を掛けて来たのか、なぜ驚いたかを。あの少年が僕を見つめて何をしていたかだって分かってた。

 

 基地で反乱が起きることも分かっていた。戦争が起きることも分かっていた。大亜連が長年準備に費やしていたことも。父がその争いの中で死んだことも。母が僕に無闇に強い力がないことにホッとしていたことも。風間さんが僕のことを息子をみるような眼で将来を楽しみにしていたのだって。ジョーが家族がまだいる僕を心の奥でホンの少し妬んでいたことだって知っていた。

 

 

 “気付かなければ”いつも通りでいられた。無邪気にハシャいでふざけて見せれば僕は小林雪人でいられた。でもダメだった。知らないままでは、気付かないままでは母さんを助けに行けない。大亜連の兵士が僕と母さんの秘密基地を見つけた時、あの時僕は限界だと“気付いたのだ”。

 

 それからは早かった。あの兵士の意識の隙を衝き、彼自身の気配を纏い、殺意を宿さぬよう無意識に押しやりながら真っ直ぐ彼の懐に入りこみ、首を刺し斬る。倒れる音をさせぬように抱えてゆっくり転がす。周囲を警戒していた兵たちにも容易く後ろから取り付き、首を裂いた。片手は血まみれ、辺りは血だらけ。見事な惨殺場が出来上がった。罪悪感なんて無意識に投げ捨てれば思考に浮かんで来ることはない。それよりも大切なことがあったのだ。僕の意識も無意識も、その点は一致していた。

 

 

“母さんを守るのだ”。

 

 

 

 全てが噛み合った僕の身体は、最高のコンディションで僕を走らせる。無意識に抑え込んでいた霊光を自在に操る技術が僕にはある。“逃げろ”が家訓の一族だろうと僕の中にはヒーローの父さんの血と、軍人の風間さんの技術が染み込んでいる。

 

 それが僕を走らせるのだ。忍術で壁に吸いつき駆けのぼり、屋根から屋根へ跳んで行く。霊光を探りながら進む。どこのシェルターなのか、母の所在を知る者を『知覚』していく。

 

 風間さんと司波達也を見つけた。“一時避難所”の言葉を得る。そして彼が今考えている少女、司波深雪。その光景の奥の方。頭を隠し蹲っている女性。間違いない、母さんだ! 司波深夜なんかとは似ても似つかない、僕の母さんだ!

 

 司波達也が走り出した方へ僕も方向転換する。すこし距離があるが問題ない。僕の方が早く着く。おや、司波達也はショートカットをするつもりらしい。僕も便乗させてもらおう。彼が分解で一本道を作りだしたその時、僕は屋根から飛び降りた。

 

 

 

 

「っ!」

 

 司波達也は僕の顔を見て虚を衝かれてる。そしてすぐに警戒し始めた。意味無いのにな。僕らは同士じゃないか。君は司波深雪を、僕は母さんを守りたいだけだ。

 

 ジョーが戦っている。“あの向こうに母さんがいる”。司波達也の無意識を衝きスッと走りだす。彼の分解の定点をサラリとかわし、彼の作った通路を走り抜ける。もう一度足を狙ったそれも足取りの拍子をずらしてかわす。力を全開にして走りだす。あっという間に司波達也を置き去りにして行った。

 

 

 

 

 

「ディック! もうやめろ! 軍は仲間だろう!? 俺たちは戦友なんだよ!!」

「魔法師のお前に! 俺の気持ちが分かるものかっ! 所詮俺たちは歩兵にしかなれない! 佐官や尉官にレフトブラッドはいない! 疎まれ、蔑まれ! 死んで行くんだよ!」

「なんでだ! なんでなんだ、ディック!?」

 

 なんだ、こいつ。……あぁ、裏切り者のディックか。被害妄想がひどいってわけじゃないが的外れなことでもない。軍はレフトブラッドが求心力を持つことを恐れている。今までのツケでクーデターされかねないからだ。今起きているのだって、大亜連の謀略だが散発的なもので収まっている。組織立たれては困る、というのが内情だろう。

 

 父は曹長だった。殉職して尉官になった。戦時昇進なら何とか尉官もいただろうが、大体が殉職してやっとだろう。だが今は関係ない。ディックはジョーと撃ちあっていて隙だらけだ。間抜けめ、ディックは今更になって迷っている。怒りを当たり散らしながらも心の内に冷静さが芽生え始めている。だが今は関係ない。

 

 ジョーが兄弟のように育ったディックの怒りに気付いてやれなかったことに悲しんでいたとしても今は関係、ない! 母さんを! 傷つけようとする! オマエらは!

 

 

“死ね”!!

 

 

 言霊と共に僕の身体から霊光が迸る。それを推進力に組み込み強く踏み込む。この場の誰も見切れちゃいない。銃撃で割れた窓から跳び込み、壁に着地しながら勢いを転換する。壁を走りディックが隠れている柱へ向けて、天井を蹴って勢いを増させる。最後は左手のナイフで、上から強襲。肩口から首にかけてバッサリ。

 

 

 

「っ!スノウ!やめろ!!」

「お―――――」

 

 ジョーからは見えちゃうよね。でも僕らは人質救出隊であってネゴシエーターじゃない。ディックは最後の瞬間に僕に気付いたが、遅いよ。

 

 ……ん、母さんが僕がここに来たことに気付いた。すごく不安がってる。大丈夫、僕が助けに行くよ。僕は戦える。こいつらなんて相手にならないよ。

 

えっ? 来ちゃだめ?

 

 

 

「スノウ! なんでッ! ……くそッ! どうしてこうなるんだ!!」

 

 うるさいよ、ジョー。母さんの言葉に集中させてよ。……ダメだよ母さん、動いちゃダメだ。四葉が見てる。後で処理しなきゃいけないな。……ダメだって!! 前の男が母さんを狙ってる! 母さんは戦っちゃダメなんだよ!! 

 

 僕の足が動き出す。ディックから吸い出した館内の見取り図の記憶で、避難所へと辿るように走りだす。この二人は人質に被害が行かないようするために避難所から離れて戦っていた。ディックの最後の理性だろう。

 

 だがあの場に残った下種たちは違う。自己破滅型の典型例のようなやつだ。今も大人しかった人質がイキナリ反抗してきたのに苛立ちを募らせ殺意を銃口に込めている。

 

くそッ!

 

『間に合わない』!

 

やめろ!

 

『母さんが撃たれた』!

 

もう少し、もう少しなんだ!

 

まだ間に合うんだ!

 

 

 

 

 

『“雪人くん、ごめんね”』

 

 

 

 

 

光が、散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

2092年8月11日。恩納基地 司波達也

 

 

 

 避難所の建物は多くの窓が割れて風通しが良くなっている。桧垣上等兵と敵兵の銃撃戦のせいだ。防弾ガラスだったが対魔法師用のライフル弾はその高威力でものともしなかったようだ。だがお陰で風通しが良くなって俺の眼なら中を少しは探れている。

 

 先ほどの少年は見事な機動で敵兵を仕留め、人質奪還に向かっている。急に暴れ始めた人質とプシオンで何やらやり取りをしているようだ。彼と人質、双方のプシオンが呼応しているかのように輝いているからだ。人質の危機を察して必死に走っているが……、

 

 

 間に合わなかったようだ。命が散った。もう俺にも直せない。少年のサイオンが爆発的に高まり、そのまま部屋の前の見張りを突き殺す。ウチ開きの扉をそのまま吹き飛ばすかのように突っ切った。

 

 俺もうかうかしてられない。部屋までの直通路を分解で作る。深雪の無事は確認している。桜井さんも深夜様も無事だ。死んでないなら俺のチカラで直せる。……本当に無事でよかった。

 

 直通路を通り部屋の中に入ると先の少年と人質の見張りをしていた2人の兵が目に入った。一人は首を断たれ、首も身体も別々に転がっている。もう一人の方は手足の付け根に鋭い刺し傷を付けて横たわっている。筋肉と腱を正確に刺し貫いており、あれでは手足は意図して動かせなくなる。

 

 そして少年はその男に馬乗りになり、殴り続けている。少年が殴る度にその男は喜んだり、叫んだり、怖がったりしている。男の何かが殴られる度に削ぎ取られているようだった。桧垣上等兵と戦っていた男、入口を見張っていた男、首のなくなった男、おかしくなった男。

 

 人質を取ろうとした兵士たちはたった一人の少年によって虐殺されている。部屋の中は静まり返っている。一人の少年の狂気に飲まれている。

 

 

 

「達也君!」

「桜井さん、二人も無事ですね」

「えぇ、気絶しているだけ。でも……」

 

 犠牲者が一人だけ出た。その死体は服装以外深夜様にそっくりだった。桜井さんは気遣わし気に少年と彼の大切な人だったものに目をやっている。少年が腰に差していた最後のナイフを抜いた。止めを差すのだろう。

 

 勢い良く振り上げられ、あやまたず心臓に吸い込まれる。そして抉るようにナイフを捻った。そのまま数秒少年は固まっていた。息を整えようとしているようだ。だがその息は震えていた。少年は立ち上がった。握力の限界だったようで、心臓から刺し抜いたナイフはカラン、と床に転がった。フラフラと危うい足取りでたった一つの女性の死体へと近づいて行く。足が引っ掛かりべシャリと倒れ込んだ。

 

 

 

「手を貸そう」

 

 俺は思わず動いてしまっていた。彼に肩を貸し、目的地まで運んだ。……本当に良く似ている、コイツもこの女性も。なぜ動いてしまったのだろうか。

 

 その理由は簡単だった。コイツと俺も似ていたからだ。容姿の話ではない。守りたい者が居て、それを守るのが自分の使命と信じている。そして今回俺は守れた。しかしコイツは……。

 

 俺はコイツとの差を実感して安心したいのかもしれない。だとしたら俺にも、コイツのような狂気があるのだろうか。深雪を失わずにいれるのだろうか。

 

 

……無駄にはできない、そう胸に刻み込んだ。

 

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