魔法科高校の劣等生 ~ユキトのやり方~   作:べじん

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第五話

 

 

2092年8月11日。恩納基地 小林雪人

 

 

 

 はぁ、ついに言っちゃったよ。言いつけ破っちゃったよ。隠しなさい、気付かせないようにしなさい。耳にタコができるくらい聞いてたのに……。ごめんね、母さん。でもやりたいことが出来たんだ。“悲しいことを減らしたい”。誰かのためでもないんだ。僕の勝手なわがままなんだ。

 

母さんが死んじゃったのが、僕にはつらくて仕方がない。戦争を止めたい、ったって僕がこれからやろうとしていることを考えれば、まるっきり反対のことをしてる。多分たくさん殺しちゃうんだろうな。彼らにだって大切な人が、大切に思ってくれる人がいるだろうに。……つらいよね、きっと。

 

 

 

「こっちの準備はできた。お前の方は?」

「こっちも大丈夫、問題ないよ」

 

 司波達也が話しかけて来た。この戦争で、僕が選んだパートナー。いや、彼が主役で僕は引き立て役。主役の演技を盛り上げるための舞台装置。

 

 

僕らは今、基地の一室にいる。空挺部隊の作戦室だ。本当なら僕んちまで行って落ち着いてやりたかったんだけどな。どこか落ちつける場所は、って言ったらここに案内された。

 

……そうだよね、風間さんの考えてるようにここから先は秘匿性を高くしなきゃね。風間さんが部隊を引き連れてゾロゾロ僕んちに来てたら、戦時中になにやってんだ!って言われちゃうよね。風間さんの佐官への道は遠のくばかりだ。

 

司波達也は……、ええい面倒だ、達也は深雪さんを防空司令部まで見送りに行っていた。彼女、お兄様が心配でこっちに付いて来たそうにしてたけど、去り際に達也から出された宿題に目を白黒している。『仮想魔法演算領域』のための精神改造か……。

 

 

僕がこれからやることはそれに似たようなものだ。まず僕の精神を僕が読み取った達也の精神に限りなく同期する。達也が右手を上げようと思ったら同時に僕も思ってる。あれが嫌だな、と思ったら僕も思ってた。彼が身体を動かすのに合わせて僕の身体が動く。

 

無意識が織りなす同時性、それを僕の力で作り出す。しかし僕と達也は別人だ。無意識の共有はそれぞれの無意識で別個に為されはしない。人類が共有する集合的無意識を通して行われる。故に僕たちは既に集合的無意識へとアクセスしている。

 

こんな逆説的な集合的無意識の肯定を僕の能力で行うことで集合的無意識内の魔法演算領域を独占するわけだ。魔法師はこの魔法演算領域を使って魔法式を展開し、エイドスを改変させる。僕らは勝手に他人の演算領域をチョチョイと拝借して、使わせてもらう。これが僕の一族の最大の特異性、『シンクロニシティ』の正体というわけだ。

 

これに比べれば読心なんて大したことない。一方的に相手を覗き見ているだけなんだから。こっちの方が怖がられやすいんだけどね……。と言ってもそんなに簡単に読めるわけでもないんだ。僕らの読心は死角であり聴覚であり、触覚でもある共感覚的能力だ。

 

目や耳で見て分かるのは今考えていること、そしてそれに連なる記憶群。雨が降ってるな、と思ったら他の雨の日の記憶だったり、雨事態の構造の知識だったり記憶の関連性というのは暇がない。それをいちいち取捨選択しながら見取るのだ。

 

僕ら一族が霊光と言っているものの正体がこれなのだ。想起された記憶や想いがほつれ、千切れ、または合わさりながら、輝いて溶けて行く。溶けてく側から読み解かなきゃいけないわけだから大変だ。

 

だから確実なのが直接接触をすることだ。他人の霊光を自分の精神で受け止める。そうすることで想いの原形に触れやすくなる。どうやらお祖母ちゃんはそれがとても上手くできる人だったみたいだ。だから『シンクロニシティ』が使えた。僕の場合はまぁ……才能のゴリ押しだ。母と父の相性がよかったおかげなのだろう。お陰で僕は歴代一の才能を持っている。

 

 

……これからすることを考えればこれくらい言っておかなきゃ不安なんだよね。確かに僕は『同調』を攻性に使える。実際使ったし。集合的無意識まで無理やり引っ張り出して閉じる。それを繰り返せば相手の精神を削り殺すことができる。もしくは僕の精神を流入して押しつぶすこともできる。どちらも無意識でのことだから一瞬にも満たない時間で行われることだ。そして自分本位の技でもある。

 

これから行う『シンクロニシティ』は違う。限りなく他者本位の技だ。そして実際に使うのは初めてだ。緊張もする。

 

 

僕は左手の中指にそっと触れた。母さんの遺体から一つだけ持ちだした物がその指に付いてる。母さんの指輪だ。この指輪はどうやら曾お祖母さんから受け継がれてきた結婚指輪みたいだ。だからあんな昔の記憶まで僕に見せて来た。代々の霊光を吸っていたのかも知れない。

 

これに触れると落ちつける、上手く行くと思える。僕は“生きる”。生きて次に繋げたい。母さんやお祖母ちゃんや曾お祖母さんみたいに。幸せだった、ってこの指輪に言わせたい。僕にはできる。

 

 

 

風間さんが入って来た。死体の収容が終わったみたいだ。5分も掛かってない。僕と達也はこれからに向けて精神を集中させていた。無意識を、魔法演算領域を上手く使うコツは雑音を入れないこと、入ったとしても無視できる精神状態を保つこと。だから魔法師には冷静であることが求められる。もしくは自分に一番適合した精神状態を模索することだ。一番集中できる精神状態を。

 

達也が妹への愛情で精神を静かに燃えたぎらせるように、……僕も母と共にあったころの幸福感を思い出していた。……これが最後だ。だから今だけは力を貸してね、母さん。

 

 

 

 

2092年8月11日。恩納基地 風間玄信

 

 

俺が作戦室に入るとすでに二人は集中状態に入っていた。作戦室の中央の床に座り込んでいる二人。達也君の右手には一つだけCADが握られている。雪人は左手の指輪に触れながら瞑想をしていた。二人は俺に気付いたのかこちらに視線を向けて来た。目を見れば分かる。気合いは充分のようだ。

 

 

 

「準備はいいな、二人とも」

「「はい」」

「……では作戦を開始してくれ」

 

 

俺がそう言うと二人は膝を突き合わせるように寄り、額を合わせた。ここから雪人が『シンクロニシティ』を発動させる。二人が立てた作戦は単純なものだった。順然たる力押し。無限にも等しい演算領域で敵方の索敵、照準、攻撃を行う。極々単純な作戦だ。

 

だが前代未聞だ。俺がやることは彼らの攻撃が終わった後、国防軍に事態の収束を知らせること。そして彼らのことを隠し通すこと。アテはある。佐伯少将ならば彼らを卑下にはしない。大越戦争では危険な真似もしたが、勝利と安寧のために尽くせる人でもあった。今回の作戦を成功させれば彼らは戦略級魔法師として認められる。少将が隠すだけの価値がある人材となる。

 

 

 

彼らの未来を、日本の未来を、世界の未来を変える戦いが、今ここで始まる。

 

 

 

 

2092年8月11日。恩納基地

 

 

 

「『同調』開始」

 

雪人の言葉と共に彼の気配が変わっていく。四葉の異作、司波達也の隙のない鋭いそれに代わって行く。達也はそれを静かに見取った。雪人の精神面のエイドスが擬態されていく。小林雪人でありながら司波達也でもある、そんなエイドス改変が為されていく。

 

だが決定的に司波達也には改変されない。『サイコメトリー』と『シンクロニシティ』を制御する部分を残し、彼らは額を通じて一体化したかのような感覚を覚えていた。達也に新たな感覚器官が生まれた。世に溢れる霊光をその身に感じる。そしてそれが意味することが分かる。雪人の『サイコメトリー』が宿ったような感覚だ。

 

次にやることは分かっている。己の鏡を見るように、達也の口が動くのと同時に雪人の口が動いた。共時性が保たれ、両者が無意識の交感を行っていることを理解する。己の内に埋没する個我の境界線、それを無意識の一部が越えて行く。それを無意識に認識することが集合的無意識へのアクセス権である。二人の声はそろって発された。

 

 

「「『シンクロニシティ』スタート」」

 

 

 

 

 

 

 

■■■■年■■月■■日。

 

 

 達也は己が恩納基地の作戦室に居ながらも、己が世界のどこにでもいる、という不思議な感覚を無意識に感じだ。全人類の集合的無意識、その中でただ一人己だけが知覚したそれ。その中ではありとあらゆるものを感じ取れる気がする。己の感覚器官が爆発的に拡張されている。

 

 ここ恩納基地の一室から、地球の真反対の人間まで、ありとあらゆる人間の所在を、構造を、精神を捉えられる。絶対無敵の索敵能力。これならば、沖縄で戦闘中の全ての将兵を色分けできる。己の右手のCADで戦場すべての敵兵のみを『分解』する。ただそれだけでこの沖縄戦は終了する。上陸兵も、沖合の艦隊も、後続艦隊さえも、その一兵たりとも、己の照準からは逃げられないことが分かる。投降兵を除く全ての敵兵、それに照準を合わせ、右手のCADの引き金を、一度だけ、引いた。

 

 

消える。消える。消える。消える。消える。“人だけが”消える。服も、靴も、銃も、戦車も、艦も残して人間だけが消え去る。

 

 

 達也が一度引き金を引いたその瞬間に、敵兵だけが一寸の狂いも、須臾の隙間も見せることなく同時に消え去った。ありとあらゆる敵兵が消え去った。

 

戦場に静けさが満ちた。

 

 呼吸が止まるかのような静けさ。正体不明の事態。持ち主のいなくなった服がパサリと崩れ落ちる。銃は地に落ち、戦車は停止し、艦隊は海を漂う。この静けさこそ、戦争の勝利。

 

 

 

そしてその瞬間こそ、

 

 

 

世界最大、最緻、最静の、正体不明の戦略級魔法『神隠し(ヘヴンズ・ドア)』の誕生の瞬間であった。

 

 

 

2092年8月11日。沖縄戦。それは、世界中の魔法師を恐怖に陥れた。

 

 

 

 

 

2092年8月11日。恩納基地 司波深雪

 

 

 私は今、お母様と桜井さんの3人だけで基地の防空司令部にいる。お兄様が私達の安全のために風間大尉に取引して入れてもらったのだ。ここのスクリーンを使って桜井さんが戦況を映してくれている。

 

 国防軍は奇襲上陸を受け混乱、更に反乱兵と敵方のゲリラ兵の伏撃を受け、戦線構築に難あり。迎撃部隊は必死の様相で大亜連兵と戦っている。

 

先ほどお母様からなぜお兄様に冷淡に対応するのかを聞いた。……お兄様の秘密を聞いた。

 

 

 お兄様は私を嫌ってなどなかった。私を疎ましく思ってなどいなかった。私がただ勝手にお兄様のお気持ちを推量し、勘違いし、すれ違うような真似をしていた。

 

……自分がなさけなく思う。お兄様は今、あの少年と一緒に戦いに行っている。私の眼の前で喪われた命、私にもう少し勇気があれば、力があれば救えたであろう命。その忘れ形見だ。お兄様のことも一緒だ。私がもっと確りしていればもっと早くにお兄様のことを知れたことだろう。私の後悔を象る二人が、この戦争に終止符を打とうとしている。

 

“世界一の力”とあの少年は言った。四葉を作り上げる中で使われた超能力者や古式魔法師、その一族の生き残り。間違いなく私たちには彼らの遺伝子が使われている。ああも似ていれば納得も行く。その彼が語る“世界一の力”。お兄様の力を押し上げる力。

 

……うらやましい。自然と私はそう思っていた。四葉の当主の姪として生まれ、その生まれ持った魔法力でもって私は優遇されている。その私が安全地帯で戦争観戦をし、四葉に虐げられてきたお兄様や彼が戦場を行く。

 

おかしいのではないか。こんな時のために我々がいるのではないか。疑問が頭を過ぎる。それでもお兄様は私に言ってくれた。本当に大切だと思えるお前を守るために戦ってくる、と。お兄様も、彼も、大切なものを、大切な思いを守るために戦いに行った。ならば私はここで見ているしかない。彼らの行いを。そして必ず訪れる、……戦争の終結を。

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

「は?」

「あら」

 

一瞬の出来事だった。まさに一瞬。まばたきをする間も起きずに敵兵が、大亜連の兵士たちが消え去った。確かに彼らは国防軍と戦っていたのに、あまりに突然に、忽然に消え去った。しかし確かに彼らはここにいた。その証拠に服も、銃も残っている。あ……、戦車が遮蔽物にぶつかった。動く様子もない。

 

 

「そんな!? え、うそ!?」

 

桜井さんがモニターを動かし、他の場所の映像に切り替えた。どの映像を見ても一緒だった。投降した兵士を除き、全ての大亜連兵が消え去っていた。……ただそこに居た証拠だけが残っている。

 

戦場に呆然とした気配と驚愕の気配が入り混じっているのが分かる。理解不能の事態。言うなれば“キツネに顔を抓まれた”かのような雰囲気が戦場に満ちている。……静かだ。

 

 

 

「達也の『分解』のようね」

 

お母様が状況を推理する。きっとそうだ。戦場の誰もが具体的な言葉を発せずにいる。

 

やっと状況を理解できなくても受け入れたものがざわめき出す。

 

それは伝染病のように広がっていく。

 

歓声が広がっていく。

 

 

……勝利の凱歌が広がっていく。

 

 

 

お兄様、この声が聞こえていますか。お兄様たちがなされたことなのです。たとえ誰も見ておらずとも、深雪には分かりました。私の、お兄様……。それが私にはとても誇らしく思えた。涙がこぼれる。この歓声こそが、お兄様たちを讃える声なのだと思えた。……ここ、沖縄での戦争は終わったのだと、そう、思えた。

 

 

 

 

 

2092年8月11日。恩納基地 小林雪人

 

 

 

「「『同調』終了」」

 

僕の精神が、限りなく司波達也だった精神が、元に戻っていく。左手の中指から戻っていく。僕を僕たらしめているものが、さきほど込めた僕の霊光が戻って来る。……疲れた。頭の中に鉛でも入れたかのような重さを感じる。達也も同じ感じだろう。彼も頭を振るって倦怠感を消し飛ばそうとしている。

 

 

この指輪が有って良かった。思ったよりもずっと深いところに行っていた気がする。地球上に生きる全ての人間。それらの精神がイデアを美しく色づかせていたのを覚えている。人の命の光を、ああも美しく見られたのは多分、僕らが初めてじゃないかな? 30億の人間の光だ。第三次世界大戦の前は90億の人間がいた。その時はどれだけ美しかったのだろうか。今はもうわからないことだけど、それは美しい光景だったことだろう。……達也に力を貸して、本当に良かった。

 

 

 

僕らがしたのは索敵、座標設定、分解という単純なことだったけど、達也だけの力じゃ為し得なかったし、僕だけじゃもっと為し得ない。

 

『シンクロニシティ』で増幅した力を使い、達也の精霊の眼でイデアを読み込み、僕の『サイコメトリー』で色分けをする。世界最大の演算領域を手に入れた達也が超並列的に敵のみを捉え、集合的無意識から逆算的に『分解』を相手に送り込む。それぞれの対象に最適解で、最強の干渉力を持って送り出された『分解』だ。

 

 

僕らの『眼』が捉える限り距離も遮蔽物も何も関係ない、究極の静技。それがこの魔法だ。

 

 

消え去った兵たちは何が起きたかなんて、まるで分からなかったことだろう。己の身体が内も外も一遍に、元素レベルで還元されたのだ。分かりっこないよね。あれだけの命が消え去ったことは悲しいことだけれど、これで沖縄の戦争も終わることだろう。

 

 

僕らの戦争は終わった。あとは風間さんたちに任せていいだろう。

 

 

風間さんが本部に確認をしている。通信の向こう側は大わらわになっているようだ。おっと、達也が立ち上がった。僕は体育座りのような格好で呼吸を整えていた。達也が僕に声を掛けた。

 

 

「協力感謝する」

 

そう言って手を差し出して来る。僕は苦笑いでそれに応えた。僕も感謝している。……しているが、二つほど御願いしたいことがある。だから僕はそれを口にした。

 

 

「どういたしまして。僕こそありがと。余計な真似だったかもしれないし」

「分かっているだろうに」

「あはは。……感謝ついでに、二つほどお願いしたいことがあるんだ」

 

達也は本当に素直に僕に感謝を示している。僕には分かる。

 

 

「なんだ、言ってみろ」

「……達也の『再成』で母さんの遺体をきれいにしてほしいんだ」

 

達也の戦争参加に協力したのは、達也の力が一番早く被害なく戦争を終わらせることができると思ったからだけど、裏にはこっちの理由もあった。

 

 

 

彼のメモリーツリーの中に、その『再成』の能力があった。エイドスのフルコピーによる再構築能力。でもこの能力には少し困ったことが有って、生者のエイドスの履歴の読み込み時にはその傷を体験したのと同様の痛みを伴う。

 

だからさっきの作戦では使わなかった。負傷兵の数が多すぎるし、集合的無意識の中で痛みを撒き散らすなんてまねはできなかったからだ。もうどんなテロだよ、って感じだよね。第一、耐えられる気がしない! ……うん、ごめんね、国防軍のみんな。戦闘は終わらせたんだから、ゆっくり治してね。

 

 

と、まぁ、達也が『再成』を使えることが重要だったのだ。……これで銃痕の空いた母さんの遺体を直せる。痛かったよね。苦しかったよね。傷だらけのまま死体袋だなんて。……本当にバカな息子で、ごめんね。

 

 

頭がフラフラする。達也の答えを聞かないと。これだけはしっかり聞いとかなきゃいけないんだ。僕の今回の戦いの、唯一の報酬のつもりなんだから。

 

 

「わかった、任せろ。もう一つは?」

 

達也は即答してくれた。よかった……。体中に安堵が広がっていく。身体から力が抜けて行く。最後に一言……。

 

 

「眼が覚めたら話すよ」

 

僕はそう言って意識を失った。風間さんの、雪人っ、という声が聞こえる。僕は作戦室の床に倒れ込んだ。出来れば夢が見たい。僕は母さんに、さよならを伝えなきゃならないのだから…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2092年8月18日。恩納 小林雪人

 

 

あれから一週間後、僕は死体焼却場にいた。この場には僕の他にも、今回の戦争で家族を亡くした人たちがいる。その中に四葉の四人もいた。ジョー達は軍務がある。捕虜の受け渡しや敵の装備の接収というやるべきことはたくさんあるからだ。ポツンと銃なんかが落ちていて、子供が拾ったら大変だからね。

 

 

四葉の人たちはわざわざ僕と母さんのために来てくれた。なんと司波深夜が行こうと言いだしたらしい。……この人、かなり複雑な精神をしててメチャクチャ読みづらいんだよね。なんだか難解なパズルでも説いてるように頭痛がしてくる。あんまり意識を向けないようにしなきゃな。これは……同情と憐れみかな? まぁ本心で来てくれたことは分かったからいいんだけど。

 

 

僕は最初の3日間、グゥグゥ眠りっぱなしだった。眼が覚めた時はすっきり爽快だったよ。夢をみたような気がするし、見なかったような気もする。起きたら軍病院だからビックリしちゃうよね。それから2日は経過観察され、昨日やっと退院した。四葉の人達も見舞いに来てくれた。これは達也の意を勝手に汲んだ深雪さんの発案だ。そこで僕は達也にもう一つの御願いのことを話した。この後、答えを貰えるはずだ。

 

 

そういえば風間さんがくれぐれも、とか言ったせいでメチャクチャ丁重に御持て成しされちゃっんだよね。なんで個人部屋なんか用意しちゃうかなぁ。隠し子? かんべんしてよ。僕は風間さんを父親のように思っても父親とは思ってないんだから。サーターアンダギーは冗談だけにしてほしいのだ。

 

 

そして今日が自治体の合同葬儀だ。僕は学校の学ラン姿でここにいる。春に買ったばかりの、僕のサイズより大きめのものだ。母さんがそうした方がいいと言ったのでこうなった。そのせいで学ランに着られているような不格好さだ。四葉の人達は葬式用の礼服を着てる。それどうしたの、って聞いたらわざわざ買って来た、ってさ。頭が下がるよ、ホントにありがとう。

 

 

 

 

「それでは、ご遺族の方々は、最後の御挨拶を御願いします」

 

葬儀委員長の声で、みんながそれぞれの家族の元に行く。僕も母さんの入った棺に近づく。

 

 

「母さん」

 

思ったより静かな声が出た。辺りからはすすり泣く声が聞こえるのに、僕の心は静かなものだった。……きれいな顔だ。死んでるなんて思えない。達也と深雪さんのおかげだ。

 

達也が母さんを『再成』してくれたのだが、葬儀の日程の問題があった。軍の死体置き場に置かれてはいたが、今は夏だ。暑苦しかろう、と達也に付いて来てた深雪さんが冷却保存してくれた。……まぁ死体置き場って冷えてるもんなんだけどね。ただ気持ちはありがたい、受け取っておく。

 

桜井さんと深夜さんも手伝ってくれた。母さんにお化粧をしてくれたのだ。おかげで母さんをキレイなまま送り出せる。深夜さんが桜井さんにあれこれ注文していたのが、なんだかおかしかった。

 

 

……彼女は自分の寿命が残りわずかだと思っている。予行演習のつもりもあるのかもしれない。深雪さんに覚悟を持てと、そのために連れて来ているようでもある。僕もこれから“生きて”いくために、母さんとお別れするためにここにいる……。

 

 

 

 

「かあさん」

 

あれ? おかしいな。声が震えて来た。言いたいことがたくさんあったのに出てこない。頭の中がぐちゃぐちゃしてきた。考えがまとまらない。

 

 

「あり…と…」

 

あぁ! 全然ダメだ! 前が見えなくなってきた! ここ室内だよね、雨降ってない? ……分かってるよ。僕の涙だ。今更出て来た。止まらない。制服の袖でいくら拭いても出て来る。なんでこうなるかな、かっこ悪いなぁ。母さんの前なのに。我慢しなきゃ。最後なんだ。ホントにホントの最後なんだ。シャキッとしたとこ見せなきゃ、母さんに笑われちゃう。お祖母ちゃんの時だって、父さんの時だって泣かなかったんだ。我慢できる、できる、できる!

 

 

「……っ……」

 

ホラ、出来てる! これは雨だから関係ないんだ。眼が滲むのは水滴がついたからだ。僕は泣いてない、 僕はもう大丈夫だ! ……だから伝えなきゃ。僕の言葉を。僕の覚悟を。僕は“生きる”んだ。もう止まってられないんだ。振り返ってられないんだ。僕が幸せになるために。“悲しいことを減らす”ために。僕は変わらなくちゃいけないんだ。母さん母さん、って言ってばっかの子供じゃいられないんだ。……だからっ! ……だからっ!

 

 

 

 

 

「さよならっ、母さん」

 

 

 

 

 

涙が、こぼれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2095年4月2日 司波宅 司波雪人

 

 

 

ん? いかんいかん、居眠りをしてたみたいだ。なんだか懐かしい夢を見た気がするな。ちょっと目に涙ついてるし。……沖縄か、ホントになつかしいや。新垣さんとか元気かな?

 

 

僕はあれから、司波さんちの子供となった。僕の方からお願いしたのだ。最初は渋られた。当然だよな、意味分かんないもん。達也にしたもう一つのお願いとはこのことで、深夜義母さんとの話し合いの場を作って欲しいというものだった。

 

深夜義母さんも、戸惑いながらもチャンスだと思っていたみたいだった。真夜さんに聞いてみないと何とも言えない、と病院では言われたのだが、あの日の後に真夜さんと通信で話すこととなったのだ。あの時に切った大口の啖呵のお陰で僕はここに居る。

 

 

僕としても譲るわけにはいかなかったのだ。僕と達也は相性がいい。能力的な面で言えば、僕の『同調』を一番上手く、そして強く使えるのは達也だろうし、達也がアタッカーで僕が諜報という割り振りもある。先月の放火魔脱走兵の事件ではそれがモロに出た。あ、あいつ脱走兵だ。行け、達也!で終了だ。楽でいいね! 風間少佐がなぜ指揮官から変わりたがらないかよく分かるよ。あれは結構爽快なのだ。

 

 

えっと、なんの話だっけ? あぁ、そうそう。僕と達也は人間面でも相性がいい。僕は達也の考えが分かるし、彼が大事にしているものを僕も尊重しているので問題が起こり得ないのだ。達也としても隠し事をしなくていいのは楽だ、と言っていた。僕としてもそう言われると付き合いやすい。

 

 

……深雪には一緒に住む時、ちょこっと渋られたけどね。彼女は当時、思春期だったのだ。アイドルの追っかけの如くお兄様を慕っていた彼女にとって僕はお兄様に着いた変な虫だったのだ。

 

そこはまぁ、達也はすごい! 日本一! いや世界一! さすがお兄様! さすおに! さすおに! って感じでかわした。……流石に女の子に男のことで嫉妬されたのは堪えたよ。いや、女顔だってのは分かってるけどね。

 

 

僕と達也は戦略級魔法師だ。二人で一人の戦略級魔法師と言うのが正しいが。沖縄の戦争後、魔法協会から認定された。物理的損害がないじゃないか、と言わるかもしれないが、実際やられる側からすれば戦争抑止力としては充分すぎるからだ。

 

 

ちなみに僕らの戦略級魔法『神隠し』は、それはもう恐れられた。

 

実はあの戦争の時に、大亜連本国の軍令部の人間も何人か分解したんだよね。達也としては命令したやつも殺したがってたからね。僕も否応はなかった。それがUSNAのスパイにばれちゃったみたいで、さぁ大変! えらいこっちゃ! えらいこっちゃ! 

 

って、……まぁそりゃビビるよね。距離も数も関係なくサッ、と消えちゃったんだから。しかも敵だけ。一回しか使ってないもんだから検証されようがないし。そんなわけで意味不明の敵兵消失事件は、日本の謎の魔法師の仕業とされたのだ。まあ、あの状況でやるとしたら日本だろうけど。

 

 

そしてその現象を、日本の昔話に準えて『神隠し』と名付けられたわけだ。外国では“神の見えざる手が兵を連れ去ったのだ”とかで『ゴッドハンド』とか、『神隠し』の名から“彼らは神の国へ旅立ったのだ”とかで『ヘヴンズドア』とか言われている。天国かどうかは保証できんぞ。

 

 

 

真相解明にはいくつもの障害がある。数、距離、消失方法の3つだ。

 

最後の消失方法が一番簡単だ。元素レベルに還元したのだが、元素はその場に残るのだ。人間一人分の元素が空中に散ったとして、それを観測されていたとしたら、あ、分解されたんだ、と気付きもするだろう。その意味では僕らの魔法が分離・分解魔法の系統であることには、実は察しが付いているんじゃないかと思う。

 

次に距離。沖縄からアジア大陸までって、マジでなんなんだ。遮蔽物関係なしかよ。そんな研究者の声が聞こえてきそうだ。

 

最後に数。意味不明。これだけ並列処理するってなにそれ? 神? しかも敵兵だけって……。まぁだから『神隠し』なんてついたんだけどね。

 

 

と、まぁ僕たちは国防軍にそれはそれは大事に扱われているわけだ。

外国にとっては正体不明、意味不明の戦略級魔法師だ。抑止力としてこの上なく重要視されている。真夜さんとはその辺りも引き合いに出して交渉したのだ。

 

 

 

僕は達也と共にいたい。あの戦争で言ったように、僕が一番達也の能力を強くできると思ったからだ。達也にとって大事なのは深雪だけだ。僕は戦争を止めたかった。そのためには僕らは協力しているのが望ましい。僕らは互いの利用点を理解している。達也は僕の諜報能力を、僕は達也の異能を。それが僕らの契約だ。

 

 

そして僕の借りの返済でもある。戦争に参加した時、達也に力を貸したいと御願いしたのは彼の満足の行く戦果を出したことでチャラだけど、母さんの『再成』を御願いしたこととは別だ。深雪や深夜義母さん、桜井さんも手伝ってくれた。僕はそれにホントに、ホントに感謝している。

 

 

母さんの墓は沖縄だ。そう簡単には行くことはできない。僕はもう司波雪人なのだ。あのさよならを言う時にはもう決めていた。それだけの想いは込めた。ああもキレイに母さんを送り出せたのは、この家の人達のお陰だったのだ。その恩を忘れてはいけない。それが僕がここにいたいと強く思う理由だ。

 

 

 

 

……なんか疲れたな。達也たち何してんだろ? CADのメンテ室か。言ってくれれば手伝うのに。まぁ深雪の策略だよな。……今から行ってやろうか? 深雪ちゅわ~ん、とか言って突っ込んで行けば天国が見えるだろう。あの鬼シスコンが連れて行ってくれるはずだ。

 

 

……やっぱもう寝よう。この仕事、もう明日でもいいよね? 小百合さんも許してくれるよ、きっと。よし寝よう。さぁ寝よう。明日も早いんだ。寝坊するわけにはいかん。

 

 

 

明日は、入学式なのだから。

 

 

 

追憶編。完

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