魔法科高校の劣等生 ~ユキトのやり方~ 作:べじん
2095年4月4日。第一高校 司波雪人
やって来ました、第一高校。本日は授業ガイダンスと履修登録の日だ。名残惜しげな深雪とは靴箱で別れ、今僕と達也は1年E組の教室にいる。ここで新たなクラスメート達の紹介でも、と思うのだが、その前に今朝の話をしておこう。
今日も今日とて早起きは司波家の習慣だ。朝は達也の武術や魔法の練習時間となっているため、僕も一緒に早起きしている。そのために九重寺に向かう僕たちに、今日は深雪も挨拶に行くようで一緒に出発した。
車道を高速でランニングする達也とローラーブレードで駆ける深雪、そしてガードレール上を走る僕。一般人には意味が分からない光景だが今の時代には慣れたものだ。加えて忍者寺の存在が、“ああ、またニンジャか”と一般人に思わせる。いつものように坂を駆け上り石階段を駆け登り九重寺に到着、そして奇襲。これもいつも通り。
毎度おなじみ、達也が千切っては投げ千切っては投げを繰り返す中、僕は奇襲に対する更なる奇襲を敢行する。背後を取ったはずの僧兵が背後を取られ、討ち取ったと思ったら味方と入れ替わられていた。そんな椿事を人為的に引き起こしながら僧兵を倒して行く。
深雪にちょっかいを掛けていた僕らの師匠、九重八雲にも僕と達也で奇襲をしかける。ニンジャマスターたるマスター・ヤクモには僕も達也も一目も二目も置いている。奇襲を掛けられても彼の心に動揺など微塵もない。ぱぱっと逃げられ、その後の一対一では僕も達也もボコボコにされた。僕なんか心を読めるのに、だ。
徹底した先読みの仕掛け合い。覚眼対経験。そして不意を打つ“偶然”の一撃。詰将棋のように追い詰められ、最後は僕の弱点を思いっきりあげつらう様な決着だった。達也がひとしきり褒められた後、僕には“まだまだ甘いな、ニュービーよ”と楽しげに話してくれた。
戦闘技能として忍術を嗜む達也とは違って、マスター・ヤクモは僕に忍びとしての心構えを説く時がある。ころころと変わる彼の心象はハッキリ言って読みにくい。ただ、力を付けようとしてくれていること、心を鍛えようとしてくれていることは分かる。また僕たちからは兄弟子に当たる風間さんの言付けが、僕らを弟子にしてくれたことやしっかり鍛えてくれていることに繋がっていることは分かるのだが。
物知りなマスター・ヤクモからは、僕の一族の話も聞いたことがある。僕たちの一族“覚(かく)”は、サトリ妖怪の正体とされ、“覚”の名も自ら名乗ったものではなく、江戸時代に他者からの蔑みと恐怖によって付けられた名だ。本当の族名は未だ知れない。もしかしたらそもそも無いのかも知れない。主に今の中部地方で暮らしていたらしく、ピッタリ今の“四葉”の勢力地でもある。
江戸以前の時代では与太話として古代の祭祀や地方権力者の側近、はたまた甲斐の戦国大名武田信玄のもとで“歩き巫女”として諜報もしていたのでは、なんて話もあった。これで僕と達也が所属する独立魔装大隊には“のぶはる”と“真田”と“歩き巫女”がいるというわけだ。わはは、天下取ったるでー!
とまぁ、そんな話だ。扱われ方はあらかた祖母の言う通りだった。化け物扱いか便利な道具。守護を得られても二代と続かぬ忌避されるべき存在。僕も四葉に入れはしたが、同時に危ぶまれてもいる。だから当主たる真夜さんや他の分家の当主たち、高位の執事たちにも直接会ったことはない。せいぜい真夜さんと通信で話したくらいだ。手放すにはおしいが近寄らせるわけにもいかない、そんな距離だ。当然だよな。
こうしてマスター・ヤクモとの鍛錬を終え、キャビネットの4人乗りで学校へ向かう。そして深雪との一頻りの別れを済まし、教室へ。
「オハヨ~、司波兄弟」
「お二人ともおはようございます」
「あぁ、おはよう」
「ハヨ~! エリカ、美月さん! あ、席どこか分かる?」
「こっちこっち~」
エリカや美月さんは先に来ていたらしく、楽しげに二人で話していた。エリカ曰く僕と達也の席は前後、五十音順に達也が前で僕が後ろらしい。彼女らに挨拶をし、軽く雑談を交えながら席に着く。達也はさっさと履修登録を済ませるみたいだ。席の端末に生徒IDを差しこみキーボードをカタカタ、ターン!
「おおぅ………すげぇ」
僕もポチポチと履修登録をしている間に達也は登録を終えていた。達也の前の席の男子生徒はその様を見ていたらしく、感嘆の声を上げている。
「ん? 何か?」
「あ、いや。すげぇもん見れたもんでな。俺は西城レオンハルト。両親がハーフとクォーターでな、洋風な名前なんだ。得意魔法は収束系の硬化魔法だ。ちなみに警察志望だぜ。あ、レオでいいぜ」
そんな彼に達也が誰何すると、彼は自己紹介してくれた。彫りの深めな顔立ちに、筋肉質で大柄な体格をしている。うらやましいなぁ。一瞬レフトブラッドかな?と思ったけど勘違いだったみたいだ。んーと、なになに?ドイツ系クォーター、父方の祖父がドイツの遺伝子調整体なのかぁ。だからドイツ風の名前なんだね。みんなも苦労してるなぁ。達也がレオに自己紹介を返す。僕も続く。
「俺は司波達也だ。後ろのは……」
「弟の雪人! よろしく、レオ!」
「おわっ! ……弟? 双子なのか?」
「まぁな」
達也の後ろから、ひょいっと顔を見せた僕に吃驚するレオ。それに対し達也は端的に答えた。あんまり似てないって思ってるなぁ。眼の色は似た色してるし深雪も交えたら、あぁー分かる分かる、くらいには似たところあるんだけどな。達也は更に続けた。
「志望は魔工師だ。実技は苦手でな」
「僕は軍人かなぁ。あ、自己加速術式が得意だよ」
レオに倣って僕たちが志望先を答えると、えー!ウソー!という反応がエリカとレオから来た。おいちょっと、逆じゃないの?ってなんだ!おいレオ!達也はともかく、って僕が軍人志望で悪いか!
美月さんもそれに加わって僕に、思い止まれ!と言って来る。みんなが心配してくれているのは分かるけど、僕ってそんなに弱そうに見えるのかなぁ?……ハイハイ、背ですね。ケッ!こうして僕が不貞腐れている内に、授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。
2095年4月4日。第一高校 司波達也
授業開始の予鈴が鳴り、皆が席についてからカウンセラーの小野遥先生から説明があった。自己紹介を踏まえつつ、履修登録を済ませている者は退出していいとのことだったが、無駄に目立つし雪人もいるので教室に残った。ただ、一人退出した者もいたのだが。やはり目立つな。
雪人は相変わらず不貞腐れている。後ろの席から何となくそんな雰囲気を感じる。学友三人から似合ってないと言われたのが相当堪えたようだ。雪人がこういう時は放置するに限る。どうせこちらの心内は覚られていることだし、かまうとつけ上がるタイプだ。放っておけば勝手に反省して調子を取り戻す。
ただ……、雪人の事情を知る者からすれば軍人という道を目指すというのも分かる話なのだ。父と祖父共に軍人であり、かつての家は軍に関係する仕事をしていた。知り合いにも軍人がいて、彼らの影響を受けていないなんて言い切れはしない。簡単に納得が行く志望先だ。……四葉としてはどうなのだろうか?俺は深雪が結婚するまではガーディアンを続けるだろうし、雪人も俺に倣うだろう。だがその後は?俺同様に世から隠れ住むつもりだろうか。……意味のない思考だ、やめよう。
まぁ雪人自身にも弱く見られる理由があるんだがな。身長だけの話ではない。師匠の言葉のせいだ。“忍びたる者、己の強さを欺く位はしなさい”という言を守って、足取りなり姿勢なりで武術を嗜んでいるようには見えないようにしている。騙し討ちには最適だろう。
「(何だ?)」
そんなことをつらつらと考えながら学内ページを見ていたら、ふと小野先生と目が合う。互いに逸らさずにいると小野先生は二コリと笑った。同時に後ろの席からカチャリという小さな音が聞こえた。雪人が眼鏡を外した音だ。……まぁいい。後で聞けばいいし、場を憚るものなら帰って聞けばいい。俺は学内ページへと視線を戻した。
あの後も何度か小野先生はこちらに視線を向けて来たが、俺は静かに端末を見て時間を潰していた。そしてレオからの発案で俺、雪人、レオ、エリカ、美月の五人で昼食までの間、工房の見学に行くことになった。どうやらこれからの学園生活は、この五人で行動するようになりそうだ。
さて出発しよう、という時には既に雪人も復活していた。小野先生の観察を楽しんでいたらしい。雪人は“帰ってから話すよ”と俺に小声で話し、エリカたちとご機嫌で教室を出た。俺とレオもそれに続いて行った。
「さっきからお前、何なんだ! 二科生のくせに!」
「あーハイハイ。あんまり暴れるとホントにチャックが開いちゃうよ?」
「お兄様?……」
「深雪、お前は聞かなくていい」
工房含め専門課程の見学を終えた俺たちは他の生徒たちより早めに食堂に来て昼食を取っていた。6人席を見つけそこにみんなで座って食事をしていたのだが、そこにクラスメイトに囲まれた深雪が現れこちらに気付いて寄って来た。
席も一つ空いてることだし深雪も一緒に食べたいと言い出したのだ。面白くないのは一科の者たちで、深雪に“こっちで一緒に食べよう”と誘っていたが、深雪が動かないのを見て“二科なら一科に席を譲ってくれ”などと言いだした。
この辺りから売り言葉に買い言葉の要領でエリカやレオが爆発しそうになっていたが、我慢していた。我慢しなかったのは、雪人だった。
「森崎くん。ズボンのチャック、開いてるよ?」
雪人の言葉に思わず、率先してこちらに言葉を放っていた少年の股間に皆の目が集まる。森崎とやらはギョッとした後に、バッと両手で股間を覆って後ろを向いた。女生徒達もキャッ、と言いながらも一瞬だけは目が行ってしまっていた。確認を終えた森崎が振り返った時には彼の顔は真っ赤だった。哀れな。
「適当なことを言うな! 開いているわけないだろが!」
「ごめんごめん。見ての通り、目が悪くてね」
激昂する森崎に対し、雪人は涼しい顔で眼鏡を拭いている。視力の低下なんて簡単に治る時代では容易く分かる、あからさまなウソだった。
そこからの展開は読めたもので言葉を荒げる森崎、つまらなそうな顔で受け流す雪人、という構図が生まれた。もはやただの口喧嘩でしかない。この時すでに俺は深雪の耳を両手で塞いでいた。
レオやエリカは笑い出さないように口を押さえ肩を震わせているし、美月は美月で顔を真っ赤にしている。結局その場は食堂という場と、内容の拙劣さに一科生たちは分が悪いと思ったのか、森崎を連れて別の場所に移って行った。
「ヒィ―、腹いてぇ! メシ食ったばっかなんだから勘弁してくれよ!」
「……プ………くくッ……がまんできないっ!……」
「えぇー、僕のせいじゃないのになぁ」
そのまま深雪も交えて食事となったのだが、レオにエリカはこの調子。そしてことの張本人すらこの調子だった。ついにはレオとエリカが笑い出す。美月はワタワタしっぱなしだし、俺と深雪も少し恥ずかしげに食事を取った。……ハァ、深雪のためにも後で謝らせないといけないな。あれでは戻りづらくなる。
「アイツ、昨日僕の顔を女みたいだってバカにしたんだ!」
深雪のためにも今の内に謝って来いと指示すると、雪人はこう返して来た。その答えに深雪は何か得心がいったようだった。レオやエリカ、美月はドキッとした顔をしている。……まぁバカにしさえしなければ大丈夫だ。そういえばこれはこいつの爆弾だったな、と俺は思い返した。
雪人は己の女顔にコンプレックスを持っている。それは子供のころから、母親によく似ている、と周囲の大人に言われてきたのと同時に、女みたいなやつ、と子供たちにからかわれて来たことに起因するらしい。
更には雪人はレフトブラッドだ。そのことまであげつらってからかわれれば、反撃の一つもしたくなる。しかし暴力を振るうわけにはいかない。母が悲しむし、魔法師なら尚更ダメだ。ならば後は口しかない。
そういうわけで雪人は口喧嘩が強くなった。中学の時も顔をバカにした男子生徒を口だけで半泣きにしていた。“口喧嘩だけなら誰にも負けない”とは雪人の談だ。場数が違う、ということだろう。俺ともいつも激戦になる。
「そういうことなら構いません、お兄様。私の方から森崎さんには言っておきますから」
「しかしな……」
「わかってるよ、達也。行って来ればいいんでしょ」
深雪が自分で取り成そうとしたが、雪人はそう言ってさっさと一科生たちの方へ歩いて行った。ここから離れた席に座る森崎達一科生のところで謝っている姿が見える。怒り出しそうな森崎を他の男子生徒たちが宥め抑え込んでいるうちに、雪人は一科の女生徒たちと自己紹介をしているようだった。女生徒たちがチラッとこちらを見てまた雪人と雑談に入る。こっちに戻って来る頃には雪人は大分ご満悦の様子だった。
「ほのかちゃんと雫さんだってさ! 深雪もいい友達作ったね!」
「え? ……えぇ、まぁ」
「無敵か、アイツは」
「ハァ……」
レオの言葉に俺は頭を抱えた。
雪人のお陰か所為なのかは分からないが、午後の魔法実習の見学は深雪たちのクラスメイト達と一緒に見て回ることとなった。一科の男子生徒を先陣に、雪人は相変わらず新たに知り合ったほのかと雫とやらに、エリカやレオ、美月たちを交えて見学をしている。俺と深雪はその後をついて回っていた。ただ、ほのかとやらがチラチラ俺の方を見ているのが気にはなったが。雪人の今回の仕儀には深雪もご満悦の御様子だった。
「兄さんもタダでは起きませんね」
「ただの女好きだろう……」
よく分からん。言葉を隠して俺はハァとため息をついた。森崎が雪人を憎々しげな顔で見ている。雪人も分かっているだろうに平気な顔で女子とおしゃべりを続けていた。これはもうひと波来る、そう俺に思わせた。
ことは放課後に起こった。
「ウィードがブルームをバカにするような目で見るな!」
「だから勘違いだったって言ったじゃん、チャック開き崎くん」
「変な名前で呼ぶな!」
放課後に合流する予定だった深雪が数名のクラスメイトを引き連れて俺たちと合流した時、深雪たちの方を見ていた雪人がやれやれ、とでも言いたげに大きくため息を吐いた。
それを見ていた、もしくは雪人に見せ付けられた森崎が食って掛かり、またもや昼時のような口論が始まった。更なる森崎の売り言葉に高値で買い付ける雪人。すでに眼鏡も外している。深雪たち側は、またか、と呆れたような顔で見ている。
少し反応が違うのがこっちの方で、森崎のウィード発言のせいで、ムッとした感じを出しながら成り行きを見ていた。明らかにレオやエリカは面白がっている雰囲気だ。意外にも美月までもじっと雪人たちの様子を見ている。案外負けん気が強いのかも知れない。雪人は森崎の訴えを軽くはね返した。
「そうだね。チャックは閉まってたんだから、閉め崎くんだね」
「森崎だ! いい加減にしろよ、お前!」
「お前、じゃなくて雪人なんだけどな……。ていうかホントはチャック開いてたんじゃないの? 森崎御自慢の『クイック・ドロウ』でバレないように引き上げたんでしょ?」
「ッ!……バカにしてぇ!!」
雪人の言葉で森崎の様子が変わった。何とか口喧嘩で済まして来たが、今度こそ激発する雰囲気だ。一科の男子生徒が、“おい、森崎”と宥めようと声を掛けるがまるで聞く様子もない。面白がっていたレオたちも鋭い目付きに変わっている。森崎の名が『クイック・ドロウ』で繋がったのだろう。森崎家はボディガード業を営む名門で、その『クイック・ドロウ』の技術は映像資料として多く見られるほどだ。
「……本物の『クイック・ドロウ』がどれほどのものか、見せてやろうか!? ウィード!」
森崎は肩を震わせながら言葉を発した。両手は自然体を示すように両脇にブラリと垂れ下げられている。『クイック・ドロウ』の構えだ。雪人との距離は1m強。それでも自分の方が早くCADを突き付けられる、とでも言わんばかりに森崎は怒りを滲ませている。雪との見た目の幼さや強さの擬態も関係していることだろう。弱そうなウィードのチビに『森崎』を馬鹿にされた、許してはおけない。そんなところか。
「雪人、代わろうか?」
「は? いらないんだけど?」
森崎の気迫を見取ったレオが雪人に交代を提案するが、雪人は素気無くあしらった。今度は雪人までもムッとした表情をしている。雪人は言葉を続けた。
「だいたい僕は軍人志望なんだ。これくらいの火の粉は自分で払えなきゃ、やってらんないよ」
どうやら朝の不貞腐れがここで復活したらしい。レオもなんだか“あ、やべ”という顔をしている。自然体の構えを取る森崎に対し、雪人は腕を組んで突っ立ったままだ。森崎の温度が上がった気がした。雪人は涼しげな顔のままだ。俺と深雪は呆れかえってハァ、とため息を吐いた。もはや展開は読めた。
「先手は譲ってあげるよ、ブルーム」
「……後悔するなよ、ウィード」
二人の火蓋は、切って落とされた。
怒りの表情に余裕の表情、二人は睨みあいながらもゴングも鳴らさずに戦いは始まった。
「ッ……!」
素早く腰の特化型CADを引き抜く森崎、そして全くの同時かそれよりも早く動き始めた雪人が半歩踏み込み、左手で森崎のCADを持つ右手首を掴んだ。同時に右手で森崎の視線をブラインドする。一瞬のことだった。雪人の勝ちだ。本番なら目隠しではなくそのまま目を潰していたことだろう。
「おぉっ! はえぇな!」
「へぇ、拍子とるの上手いなぁ~」
レオとエリカが興奮の声を上げる。雪人の眼隠しを左手で乱暴に払った森崎と雪人が睨みあっている。一科の者たちも騒然としていた。まさか、という空気である。まぁ雪人のインチキ技が分かるはずもない。
「まだやる? ボディガードだかなんだか知らないけど、後ろに下がったり横にずれたりしなかったのは褒めてあげるよ。でも、肝心の早撃ちがこれじゃあ、ねぇ?」
「こっ……このォ!……」
雪人の煽りに気炎を発する森崎だが、雪人が掴む右手首が払われる様子がない。まるで動かせなくなっている。今も動かそうと必死だが、雪人がガッチリ掴んで振り払われる気配はない。
「今度から喧嘩を売る時は相手をよく見たほうがいいよ。ここは第一高校なんだ。単なるウィードなんていないんだよ。僕だって深雪の兄貴なんだから、さ!」
その言葉と共に雪人は手を大きく横に払って振り返った。ひやひや周りで窺っていたものたちもやっと息を吐いた。魔法も使わなかったからな、単なる見世物にしかならなかったようだ。雪人がゆっくりと歩いて来る。その時、
「待て、ウィード! 僕はまだ負けちゃいない!!」
「ダメっ!?」
森崎は雪人の後ろ姿に向けて特化型CADの引き金を引いた。起動式の光がもれる。“魔法行使”。事態の急を見取った一科の女生徒、ほのかだったか、が目晦ましの閃光魔法を発動させようとしている。レオやエリカも動き出している。森崎のCADを払い落すつもりだろう。他の一科の生徒も、森崎!と彼を止めようとしている。深雪が動きそうになったが、俺が手で止めた。雪人はこんな状況でもチラッと余所を向いていた。俺にも分かった。動く必要もない。
「きゃっ!」
「うわっ!」
「止めなさい! 自衛目的以外の魔法行使は、校則違反以前に法律違反よ!」
事態に終止符を打ったのは一科生でもなく、レオたちでもなく、もちろん森崎でもない。サイオンの弾丸とこの声だった。サイオン光を滾らせながら現れた、生徒会長の七草真由美だ。
彼女の放ったサイオン塊が森崎とほのかのCADを撃ち抜き、起動式のみを吹き飛ばしたのだ。それは、彼らの身体には何ら傷を残さない見事な射撃だった。
「さて、一年の……A組とE組の生徒だな? 事情聴取を行いますので、ついて来なさい」
七草会長の登場に続いて横に並んだのは、確か風紀委員長の渡辺摩利だったか。その隙のない佇まいからは、この場にいるいかなる者が抵抗しようが鎮圧してみせるという自負を感じさせる。
そんな彼女らの気迫を受け、皆が動けずにいる中でさえも、雪人はチラチラと視線を動かし何かを確認していた。そしてハァとため息を吐いて俺に、合わせて、と手でサインを飛ばして来た。……まぁ口喧嘩から魔法行使、退学など間抜けもいいところだ。深雪のこれからにも良くない。いいだろう、合わせよう。そんな俺の意志を感じ取った雪人が、素っ頓狂に七草会長達に話しかけた。
「会長、今いいところだったのに!」
「ゆ、雪人くん? どういうことかしら?」
いきなりの雪人の声に、七草会長も何やら苦笑いのようになっている。それに対し、渡辺風紀委員長は目を細めて雪人に問う。
「喧嘩の邪魔をされて、という意味かな?」
「喧嘩……? 何で喧嘩なんです? 今のは映画のワンシーンですよ?」
雪人は、何で怒るの、とでも問いたげなほどの不思議そうな表情で渡辺先輩の詰問に答えた。なるほど、そういう台本か。雪人から合図が来る、俺も入れと言っている。
先輩方二人は、雪人の思いもしなかった台詞にキョトンとした表情だ。畳みこむなら今だろう。説得は多人数で行った方が効果がある。なるたけ、深刻な事じゃないのだ、という風に伝えられるように穏やかな声を出して話しかけた。
「USNAのアクション映画ですよ、先輩。クライマックスシーンだったんです。拳士対ガンマンの」
「え、えぇ? でもウィードって……」
「あはは、それ『ウィンド』ですよ。拳士の名前ですってば。やだなー」
俺の台詞に七草会長も困惑した表情を浮かべている。それにも素早く雪人から注釈が入った。
それからも雪人と俺で、森崎はガンマン役にピッタリだった、とか、昼休みに知り合った仲なんです、とか、余りに面白かったんで再現していた、とか言って論点をずらし、先輩方の追及を煙に巻こうとした。そのお陰で七草会長はアハハ、と苦笑いを浮かべている。もはや仕方がない、といった様子か。しかしそれでも渡辺風紀委員長は軌道修正を図って来た。だがそれも、俺たちがどう言い訳するかを楽しんでいるような感じすらした。
「うーん、それでも自衛以外の対人攻撃の魔法行使は認められんぞ? それはどうなる」
まぁ、それはそうだが、ものは言い様なのだ。雪人が笑って答える。
「あはは、先輩。後ろから撃つって時に、わざわざ声を掛ける間抜けが一科にいるんですか? 演技だからに決まってるじゃないですか。攻撃じゃないですし、ちゃんと避けますよ」
更に渡辺先輩が問う。猫みたいな笑みだ。
「A組の女生徒の魔法は?」
俺が答える。さて、この台本もそろそろエンディングだな。
「あれは演出用の閃光魔法ですよ。威力も弱めですし。ウソだと思うなら調べてみればよろしいのでは?」
俺の言葉で渡辺先輩に目を向けられたほのかとやらが、コクコクと頷いている。渡辺先輩は腕を組んでフーン、と俺たちを面白げに見た。そして、ククク、と含み笑いをして、事態にため息を吐いていた七草会長とアイコンタクトをしてから俺たちに言った。
「……いや、私たちの勘違いだったようだな。だが仲良くなったからと言って、こんな場所でおふざけは止めろよ」
「私からは……学内での魔法行使にも細かな制限がありますから、授業で学ぶまでは使用を控えるようにすること、いいわね?」
七草会長の言葉に、この場の一年生は姿勢を正して頭を下げた。七草会長と渡辺先輩が校舎の方へと歩き出す。数歩、歩いた所で渡辺先輩が思い出したかのように半身を返してこう言った。
「……ふふ、なかなか面白い『脚本』だった。劇の続きが知りたいな。名前を教えてくれないか?」
俺と雪人に交互に目線を向けて話している。脚本、の言葉にも別のニュアンスを込めていた。いささか面倒だが答えないわけにはいかないか。
「1年E組の司波達也です」
「同じく司波雪人です」
「覚えておくよ」
先輩方は今度こそ去って行った。雪人め、目を付けられたぞ。それでも雪人は満足そうな笑顔だった。
2095年4月4日。司波宅 司波雪人
あぁ~楽しかった。会長たちが去ってから、しばらく皆は脱力していた。森崎チャックくんもその一人だったが、その後彼は僕にナシを付けて来た。“これで勝ったと思うなよ”ってさ。いや、悪いけど笑っちゃったよ。
でも、まぁこれで一科VS二科の構図が、“森崎チャック騒動”から森崎VS僕になったんだけどね。家に帰ってから達也にその辺りも説明して、納得を得ている。大体、森崎くんのおかげであの場に居た一科生たちとも変な連帯感が生まれちゃったっぽいしね。深雪のクラスに知り合いができたのは達也としても安心の要素だろう。
今日はなんだか色んなことを知れた気がするよ。公安の女スパイ“ミズ・ファントム”たる小野遥先生に、エリカの兄の彼女の渡辺摩利先輩。それに光井ほのかちゃんに北山雫さんのことも。ん?……見事に女の子のことばっかだなぁ?あ、いやレオもいたし、森崎くんのこともあるんだけどね。僕もさっさとレオみたいな背がほしいよ、全く。
森崎くんのことは、まぁ……お互いトントンだと思うんだけどね。最初に侮辱して来たのは彼なんだしね。彼の捨て台詞の前にも言ってやった。“僕のことを女顔だってバカにしたように見るから、『森崎』をバカにしたんだ”って。そしたらあのセリフだもんな。参っちゃうよな。……とは言っても分かる話だ。彼にも柵がある。一科だし、学年二位だし、森崎本家の人間だし。それがあぁも二科生に、けちょんけちょんにやられちゃったんだ。彼のプライドが許せまい。だからあんな台詞を残して去って行った。
森崎くんが去った後だけど、僕はみんなに怒られた。まぁ、自分で言ってて思ったけど変な言い訳の仕方だったもんね。あれじゃあみんなは演劇同好会の会員だ。お陰でみんなに一発ずつデコピン貰ったよ、ほのかちゃんや雫さんにまで。ホントにあの時、周りに部外者がいなくて良かった。……達也もノリノリで話、合わせてたんだけどなぁ。まぁみんな、感謝と変に巻き込みやがって、という気持ちの込められたデコピンだったけど。レオなんてずっと笑ってたじゃん。
その後はキャビネットの駅までだけど、みんなで帰った。道中では僕とレオ、エリカで格闘談義をしていた。僕が森崎くんを抑えた時の動きとか、レオならどうするエリカならどうする、なんて話だ。
そこから美月さんや雫さんも交えて七草会長のサイオン弾射撃の話なんかもした。これはこれで面白かった。一方、達也は深雪とほのかちゃんに挟まれて四苦八苦だ。特尉からの応援要請!何ィ!?特尉、応援はない!繰り返す、応援はない!
ほのかちゃんも雫さんも、とても面白かわいい子だった。ほのかちゃんはコロコロ思考が変わって犬みたいだったし、雫さんは物静かに見えてこっちのことをちゃんと観察してる猫みたいな子だった。うむ、一科の犬猫コンビと呼ぶことにしよう。深雪もいい友達ができてよかったよ。
「雪人、そろそろいいか?」
「うん。こっちもまとまったよ」
さて、こうして夕食も終わり、まったりソファーに座っているが、僕はこれから達也に今日の報告して、明日の作戦会議をしなきゃならない。小野先生のことと、七草会長と渡辺先輩の僕らを使った企みだ。
風紀委員かぁー。今日の感じ見てると学内警察だな。もしくは憲兵隊。僕みたいな生徒がいたらこじ付けでもいいからしょっ引くべきだろな。ははは……いや、まぁ、今日はやり過ぎたと思ってる。つい、カッとなっちゃったんだ。ダメだなぁ。そりゃ師匠もニュービーっていうよね……。
「雪人さん、おかわりはいかがですか?」
あ、サンキュー。深雪が僕にホットミルクを渡してくれる。達也には既にコーヒーが入れられていた。深雪はどっちかと言うと紅茶が好きみたいだから、うちの連中は案外好みバラバラなのかな?今は深雪は何を淹れるにしても美味いけど。……昔は、ちょっとね。触らぬ深雪に氷柱なしだ。うん、僕上手いこと言った。本日は以上である。