魔法科高校の劣等生 ~ユキトのやり方~ 作:べじん
2095年4月5日。第一高校 司波雪人
昨夜の作戦会議から一夜、今は学校の昼食時である。では食堂にいるのか、というとそうではない。昨日の夜のことだが深雪のもとに七草会長から連絡が来たのだ。連絡先自体は新入生総代をしていた縁で知っていた。
その内容は、以前約束していた深雪の生徒会入りの説明及び面通しだが、それに加えて僕と達也も一緒に連れて来てくれ、というものだった。これに僕らは顔を見合わせ頷いた。僕たちの風紀委員の勧誘だ。
この話が上手く行けば、深雪にとっても、達也にとっても風通しの良くなることだろう。僕はそういう趣旨で達也の説得に回ったし、深雪もそれに賛成だった。達也も嫌がったのだが深雪の熱意の前に敗れ去った。シスコンにはこれが効く。それにもう一つ理由があった……。それを説明すると達也は即決した。
そういうわけで僕らはレオたちを食堂に置き去りにして生徒会室へとお邪魔するのであった。深雪が生徒会室に付いているインターホンを鳴らし入室を請うと七草会長の明るい声がインターホンから聞こえ、ドアのロックが外れた。
チラッと達也が僕を見る。達也自身分かっちゃいるんだが、深雪に危険を及ぼす存在がいないか僕に聞いているのだ。ドアの向こう側からはワクワク感しか伝わってこない。僕たちに興味津津、そんなところだ。
僕は手短に両手を差し出して、どうぞ、とジェスチャーした。達也はそれでも深雪を庇うように入室した。もはや癖だ。深雪も入り、僕もそれに続く。
「いらっしゃい。深雪さん、達也くん、雪人くん」
生徒会室の長机の奥にいたのは七草会長だった。会長が僕たちにホストとして挨拶をしてくれるのに僕たちも返す。室内には女生徒が4人。七草生徒会長と渡辺風紀委員長、そしてスラっとした落ちついた美人と可愛らしい小柄の女の子だ。僕らが席に着いたのを確認して、七草会長は喋り出した。
「まずは簡単に自己紹介しておきましょうか。まずは私ですね。生徒会長の3年、七草真由美です。よろしくお願いしますね? で、こっちが会計のリンちゃん!」
「……3年の市原鈴音です。会計をしています。変なあだ名で呼ばないように」
会長の席から順に紹介するようで、会長の次は美人さんだ。整った顔をした鋭いイメージのする美人さんだった。あと最後の言葉には何だか照れが入っていた。機会が会ったら呼んでみたい。
「で、私が風紀委員長の3年、渡辺摩利だ。風紀委員会は生徒会役員じゃないんだがな」
「さいごに書記のあーちゃん!」
「ちゃんと紹介して下さい! ……書記の中条あずさ、2年生です。よろしくお願いします」
続いて渡辺先輩に中条先輩。可愛らしい見た目と、言葉と共にペコリと頭を下げた中条先輩の姿は何だか愛くるしいものがある。うん、あーちゃんだな。
「これに2年生の副会長、はんぞーくんを加えたのが現行の生徒会役員になります!」
七草会長はそう言って締めくくった。わーパチパチ。ぷぷぷ、あの睨んでた人か。今いないのは、女子ばっかの席がむず痒くて逃げたんだろう。女慣れしてない感じだったしね。にしても予想通り仲良さそうな生徒会だな。こうして生徒会の自己紹介が終わったので僕らも返礼をする。“3兄妹で同じ学年なんて珍しいね”なんて会話も慣れたものだ。サラサラっと説明し終える。そして昼食は生徒会で用意する、とのことだったので、ここの配膳機で昼食会と相成った。
昼食会は穏やかなものだった。渡辺先輩の料理上手が発覚したり、深雪が対抗意識を燃やして、明日からお弁当に致しますか?なんて達也に言っていた。そして達也が受け流して僕がちゃかす、といういつもの流れだ。深雪が入る予定の生徒会や、他に風紀委員会の概要なんかも聞いた。というか今回の主目的の一つだしね。なんとも和気藹々とした昼食会だった。そして会はもう一つの目的へと進んだ。
「自分たちを風紀委員に、と?」
「ああ、そうだ。生徒会はともかく、風紀委員会は一科も二科も関係ない。有用であればいいからな」
「実は枠が余ってるんです。摩利と考えた結果、貴方たちなら丁度いいんじゃないのかしらって」
七草会長が僕と達也を見ながら言う。困惑して見せる達也。僕も深雪も吃驚したような振りをしている。先輩達には急の事態についていけてない可愛らしい下級生にしか見えていない。先輩たちも僕らを驚かせて、してやったり、って顔だ。作戦通り。受けるつもりだが、すんなり承諾するのも変だしな。ここはごねてみる。
「あのー、風紀委員会の仕事ってさっきの説明の通りなら実力による魔法行使違反の摘発ですよね? 僕ら、実技が下手だったから二科生なんですけど」
「心配するな、実力があるかどうかは私が量る。それにお前たちは機転が利く。そういう判断力もあるみたいだな」
渡辺先輩がそういうと七草会長が、あぁ昨日のね、と言って疲れたような顔をした。それを中条先輩が拾いその話でワイワイし始めた。ちょっと!恥ずかしいから勘弁してよ!渡辺先輩が話を続けた。
「司波弟、お前が森崎を抑え込んだ動きは見事だったし、司波兄も起動式から何の魔法を使おうとしたか分かっていた。ちがうか? あの時の彼女の驚きようを見ると、そうとしか思えなかったんだが」
「まぁ……分析は得意ですが」
「僕も身体動かすのは得意ですけど」
まだまだ困惑して見せる僕たち。ってコラコラ、深雪。そんなに嬉しそうな顔をしないの。今は心配そうな顔をする場面でしょ!渡辺風紀委員長が意外な掘り出し物をした、っていう印象を周囲に与えなきゃいけないんだから。最後に渡辺先輩が付け加えた。
「なら問題ないな。あとは実力、どう魔法を使っているかの確認だけだ。今日の放課後、ここ集合。よろしく頼むぞ」
「はぁ、分かりました……」
僕らはこれにしぶしぶ承諾の返事を出した。丁度昼休みも終わりの時間だったので、こうして昼食会は閉会した。おおよそ作戦通りだ。幸先良いね、うんうん。最後に僕がニッコリと七草会長や市原先輩に、楽しかったです、というと彼女たちは微かに微笑んでくれた。美人の笑顔はイイね!でもカワイイって思うのは勘弁してほしいなぁ。
2095年4月5日。第一高校 司波達也
生徒会室を出てしばらく歩きながら話した。深雪も雪人も先の話し会いが上手く行って機嫌がいいみたいだ。
「さて、次は渡辺先輩との模擬戦か。どうだ、雪人?」
「僕らには即時鎮圧と現場検証を期待してたから、体術を誇示するやり方がいいかもね。先輩も剣術家だし」
対象が魔法を起動したら素早く鎮圧し、何を使おうとしたか検証しろ、そういうことか。なら簡単に忍術で一発芸でもして見せれば充分かも知れんな。3月の脱走兵鎮圧と一緒だ。俺と雪人で追い詰め、魔法を使おうとしたら意表をついて鎮圧。それで終わりだった。単純だ。今回は別に勝つ必要もない。侮れないと思わせればいいだけだ。
「これでお兄様をバカにするものも減りますね」
「まぁ、そうなれば後々楽だがな」
深雪は嬉しげだ。確かに、新入生総代の兄は二人ともただのウィードじゃない、という風に印象操作ができれば、俺たちに無意味に絡む連中も減るし、同時に深雪の機嫌も良くなるのならやるべきだろう。
それにもう一つの件もある。そのためには自由に学内を動き回って不自然じゃない地位は必要だ。俺も今後の研究の上で利用できるものが増えるかもしれないしな。リターンは充分にある。こうして俺たちは深雪と別れ、教室に向かった。
今日から実習が始まっている。内容はまずは実習器具に慣れろ、というものからだった。簡単な加減速術式の魔法だ。エリカやレオたちも次々に成功している。俺の番が来たので実習用CADの前に立つ。サイオンを流し込み実行する……やはり遅いか。雪人もやっているが似たようなものだ。俺たちは偏り過ぎている。俺は『分解』と『再成』に。雪人は『同調』と『自己加速』、つまり逃げ足に。だからこうなるのは納得がいくのだが……。
「(魔法工学実践のための魔法力……やはり俺にはないのか)」
隣で雪人が肩を竦めて苦笑いをし、ハァ、と息を吐いた。次の者に場を譲り、俺は壁際へと行った。俺もため息を吐きたい気分だった。ともかく放課後からは気を取り直して迎えなければならない。頭の中でシミュレーションでもしておこう……。
放課後。雪人と共に深雪を迎えに行き、生徒会室へ向かう。教室を出る際、エリカたちにも事情を話したが“ボッコボコにしちゃえ!”とありがたい激励を受けた。それに雪人は“まっかせてよ!”なんて言って返していた。おだてると直ぐに調子に乗る。なので俺が心の中で睨みつけると、雪人はさっさと教室を出て行った。俺も切り替えて望まねばならんな。
生徒会室前で俺たちは止まった。生徒会の人間である深雪が生徒会室のドアを開ける。隣の雪人を見ると“何だか面倒臭そうな感じがする……”と言っていた。なんだ?
「失礼します」
礼と共に入るとすでに渡辺先輩が来ていたことに気が付いた。そしてもう一人、昼間にはいなかった人間がいた。彼は俺と雪人に、視線は寄こさないが敵意だけは向ける、という小器用な真似をしながら、深雪のもとまで歩いた。
「副会長の服部刑部です。生徒会へようこそ、司波深雪さん」
ほぅ。彼の体表を流れるサイオンは力強いものがある。生徒会役員に選ばれるだけあって、優れた魔法力を持つことが見受けられた。彼は深雪に挨拶をするとやはり俺たちは無視して、しかし敵意は向けて席に戻った。深雪がムッとしているのが見受けられたが、すぐに戻る。まだ生徒会役員として初日なのだ。深雪のこれからのためにも、良く自制してくれたと思う。対して雪人は隣で残念そうな顔をしていた。彼と話したかったのだろうか?それも七草会長たちが歓迎の意を伝えてきたことで、すぐに解消されていたが。
「よっ、来たか」
「いらっしゃい、深雪さん。達也くん、雪人くんも御苦労さま」
「お疲れ様でーす」
気安い雰囲気で話しかけて来た渡辺先輩と七草会長に、俺は黙礼で、雪人は親しげに返した。雪人への服部副会長の敵意が更に強まった気がした。面倒事とはこのことだろうか。
渡辺先輩が、ついて来い、と言う。どうやらここから移動するようだ。生徒会室と風紀委員会の会室には裏口があるらしく、そこから下の階の会室へ向かうらしい。しかし、深雪に別れを済ませ、いざ向かおうと言う段階で、服部副会長が渡辺先輩に声を掛けた。
「待って下さい、渡辺先輩。そこの二科生を風紀委員に任命する、というのは本当ですか?」
「何だ、服部刑部少丞範蔵副会長。反対か?」
渡辺先輩が少し面倒そうに、そして茶化すような調子で答える。それに対し、“フルネームで呼ばないでください!”だの“じゃあ何て呼ぶんだ。”だのとコメディのようなやり取りが行われる。七草会長も楽しそうにそれに加わっている。その後、気を取り直した彼の主張はこうだった。
“風紀委員会の務めは学内の魔法の不正使用摘発であり、実力での鎮圧も含まれる。実力に劣るウィードにはブルームが問題を起こした場合、対処できない。なので彼らを風紀委員にすべきではない。”
それに対する渡辺先輩の主張はこうだ。
“ここにいる二人は、片方は一科生の魔法行使を事前に止められるほどの捕獲能力があり、もう片方は起動式から何の魔法か読み取れる分析能力がある。犯行抑止としても充分である。加えて、学内の差別意識緩和にも意味がある。”
これは渡辺先輩の方が分が良いだろう。服部副会長の“実力”を理由にした反対は、渡辺先輩による各個撃破の憂き目に会った。しかし彼は納得が行っていない様子だ。それはそうだろう。彼自身、俺たちの能力を確認したわけではないのだから。とは言えそれもすぐ片が付く。これから渡辺先輩と実力確認を行う予定なのだから。それでも納得しないならどうしようもないがな。
俺はそう考えていたのだが、俺の隣にいた深雪は違ったようだ。明らかに服部副会長の言い様に腹を立てている。こうも深雪が俺たちのために怒ってくれるのは嬉しいことだが、今はまずい。……作戦変更か。素早く雪人に目配せすると、雪人は動き出した。次いで俺は深雪を背に庇った。
「あのー、ハッタリ先輩」
「……服部刑部だ」
雪人のジャブに服部副会長が苛立ちを見せる。この部屋の人間も少し気まずい様な雰囲気になっている。渡辺先輩だけは面白そうに見ているが。雪人はそれらをまるで気付かぬとでも言うように、すっ呆けた調子で続けた。
「あれ? すみません、間違えました。僕たちに違反者の鎮圧ができるのか疑問をお持ちなのでしょうが、それは問題ありませんよ。これから渡辺先輩と改めて確認する予定なんです」
「……渡辺先輩。本当ですか?」
「まぁ……事実だが」
雪人のイキナリの言葉に服部副会長も眉を顰めている。しかし同時に甚振るような調子も窺わせている。渡辺先輩もそれがわかったのか、面倒臭そうな様子で返事をした。雪人が続ける。
「なので服部副会長の御懸念も直ぐに晴れますよ。渡辺先輩も全く実力がないものを風紀委員に採用しようとはしないでしょうし。ねぇ、渡辺先輩?」
「まぁそうだな。私はある程度確信を持てているが、実力証明は必要だと思っている。二人の適性はそこで判断すればいい話だ」
渡辺先輩は突破口を見つけたように話しだす。だが俺の狙いも、雪人の狙いも別だ。お茶を濁して終わり、だなんて勿体ないことをするつもりはない。雪人が軽い調子で続けた。
「まぁ、一番早いのは僕たちが服部先輩を倒しちゃうことなんですけどね、アハハ」
この言葉に皆がギョッとした顔で雪人を見ている。今度は渡辺先輩も面白がれたりはしていない。いや、俺の背に寄り添った深雪の気は綻んだか。先輩たちの目線は俺にも向けられるが、俺はそれを平然とした顔で受け流した。彼女らには俺も同意見だ、と言っているように見えるはずだ。
「……ほぅ、口だけは大きいみたいだな。だがな、二科生の分際で思い上がらないことだ。怪我をするだけだぞ、ウィード」
雪人の言葉に服部副会長は、ジワリジワリと敵意を膨らませながら俺たちを威圧する。明らかに怒りを感じている。そうこなくてはな。彼は俺たちに反感を持っている。今回のような行動は早かれ遅かれのようだから、ここで彼の頭を押さえつけるべきだろう。そうでなければ何かにつけ邪魔をされかねない。深雪の心情的にも良くない。俺も雪人の横に並び立った。服部副会長は俺と雪人を睨んでくるが、俺たち二人は涼しい顔だった。
「雑草なんて名前の草はありません、僕の名前は司波雪人です。それで、渡辺先輩の代役、受けていただけますか? ハッタリ先輩」
「弟もこう言っていることですし、兄として情けない姿を弟妹に見せれませんね。自分は司波達也です。どうぞよろしくお願いします。服部刑部少丞範蔵副会長」
俺と雪人の啖呵に、服部副会長の怒りと敵意が限界を迎えた。
2095年4月5日。第一高校 司波深雪
生徒会での挑発の後、七草会長と渡辺風紀委員長の計らいで、第三演習場で模擬戦をすることとなった。お兄様たちと立てた計画とは少し違う形だが、この模擬戦に勝利すれば、お兄様たちは風紀委員会に入ることになるだろう。それは二科であろうとその実力が認められた証明にもなる。そうなれば嬉しいと私は思う。
風紀委員会への勧誘について、雪人さんはもとより乗り気だったがお兄様は違った。お兄様は学校で魔法力とされる資質に欠いていることを嘆いていらっしゃったからだ。それが私には悲しかった。
お兄様にしろ、雪人さんにしろ、その本来持つものを見せることができるのなら、魔法師として並々ならぬ評価をいただけるだろうに。それなのにここでは二科生として振る舞うしかない。それが悲しいのだ、とお兄様にお話しすると、そうして俺の代わりに気持ちを表現してくれるお前がいて嬉しい、とお返しになられる。これではお兄様に報いるものがないではないか。分かってはいる、お兄様がそうとしか表現できないことを。それでも私には悲しかった。
だから雪人さんから渡辺先輩の風紀委員会の勧誘の話を聞いた時、すぐさまお兄様に入って欲しい、とお願いした。お兄様は、自分では周囲が認めない、と仰られたが、雪人さんが森崎さんとのことを話し、これでは行動を抑制されかねない、とお兄様を説得なさった。その後も私には聞かせないようにお兄様とお話なされていたが、それが決定機だったようだ。何だったのかお兄様に尋ねると、確認が取れてから深雪には話す、とのことだった。こうしてお兄様の承諾をいただき、今日のための作戦会議となった。
作戦は概ね上手く行っている。しかし、問題はここからだ。本当なら渡辺先輩相手に簡単に実力確認をしてもらえばそれで終わりだったが、服部副会長の提言で状況が変わった。彼の言葉から今後に支障を来しかねないと判断したお兄様と雪人さんが服部副会長を抑え込みに回った。そのための模擬戦がこれから始まる……。
「何と言うか……君たちは意外と好戦的な性格なんだな」
この第三演習場まで案内してくれた渡辺先輩が、頭を掻きながらお兄様たちに話しかけた。
「あはは、じゃなきゃ入学2日目で一科生と喧嘩なんてしませんよ」
「雪人はともかく、自分は必要だと思ったからやるだけです」
雪人さんはあっけらかんと、お兄様は淡々とした調子でそれに答えた。渡辺先輩はそれを聞き、やれやれといった様子でお二人に近づいて言った。
「まぁいいさ。……昨日のと違って、服部は入学以来負けなしの精鋭だ。うちの学校でも五本指に入る実力者だからな。言うまでもないが、……気をつけてかかれよ」
「ふぅん、入学以来負けなしだってさ」
「奇遇ですね、自分もです」
「ハァ……そりゃそうだろうよ」
渡辺先輩の忠告も、お兄様たちには通じないようだった。お二人はリラックスされている。すでに成算がついたようだ。逆に渡辺先輩は不安そうにトボトボと審判のために戻って行った。もしかしたら集合場所を生徒会室にしたのを失敗だったと思っているのかもしれない。さっさと風紀委員会入りさせて活動させていれば、実績を楯に干渉を阻止できていたのに……、そんな思いなのではないだろうか。……お兄様と雪人さんが服部副会長と向き合った。お兄様の手には特化型が、雪人さんの手には汎用型のCADが着けられていた。まるで緊張している様子は見受けられない。
「さて達也、どっちから行く?」
「どちらでも構わんが……じゃんけんで決めるか」
「……ッ! ウィードが調子に乗るなと言った! 二人同時に掛かって来るといい!」
お兄様たちのやり取りに服部副会長は怒りを隠せていない。お兄様たちの戦いは既に始まっているようだ。相手の冷静さを欠かせに来ている。それに服部副会長は嵌まってしまっている。七草会長たちもハラハラした様子でそれを見守っていた。
「変に言い訳されては困りますから。……ならば自分から行かせてもらいます」
「……言い訳をするのはそちらだろうが!」
服部副会長の怒声にもお兄様は平然とした調子でお返しになる。お兄様が先に戦われるようだ。雪人さんと並ばれていた場から一歩前に出られる。対して雪人さんは一歩下がられた。それを見取った渡辺先輩が開始の合図を出す。最後にお兄様は私に目線を寄こした。私も頑張ってください、という気持ちを込めてお兄様を見遣った。
「よーし、もういいな。始めるぞ。ルールはさっき言った通り、違反したら私が力づくで止めるからな」
捻挫以上の障害を引き起こす魔法の禁止。武器なし。直接攻撃は許可。降参か渡辺先輩の判断により試合は決することとなる。これが今回の模擬戦のルール。お兄様と服部副会長は向かい合ってCADを構えている。
「では、始め!」
模擬戦が始まった。
「……っ!」
「はっ……!」
手首の汎用型CADを操作する服部副会長に対し、忍術をもって接近するお兄様。その余りの勢いに座標設定を誤らせた服部副会長が慌てている。しかしその隙を見逃すお兄様ではなく、服部副会長の視界を振り切り後ろに回り込んだ。服部副会長の魔法は対象を見失ったことで不発と化した。そしてそのままお兄様はCADの引き金を引いた。
「ふっ!」
「うわッ!?」
サイオン波の合成による対魔法師用制圧魔法。服部先輩はその波に揺さぶられ崩れ落ちる。その様を見取ったお兄様が渡辺先輩に目を遣る。
「えっ!?」
「うそ……」
「勝者、司波達也!」
あっという間の勝利だった。お兄様の勝利に生徒会の方々も沸いている。服部副会長の介抱をしている渡辺先輩や七草会長たちと、どうやって接近したんだ、とかどんな魔法を使ったか、などの問答をしながらお兄様が私の側に来られた。
「お兄様!……」
「まずは一勝だな」
お兄様はそう言って私の頭に置いた。皆さんもお兄様を先ほどとは違う、一種の敬意のようなものを含めた目で見ている!よかった、これで生徒会内でお兄様を侮ったりする人はいなくなるだろう。雪人さんもお兄様とハイタッチをしていた。
「よーし、次は僕だね。ハッタリ先輩は大丈夫ですか?」
「服部だ! ……こちらは問題ない、もう回復した」
お兄様たちの問答の間に起き上がっていた服部副会長も、今度は油断もないようだ。……次は雪人さんの戦いだ。
2095年4月5日。第一高校
「司波兄。弟の方も九重八雲先生の弟子なのか?」
試合の準備をする二人を後目に、渡辺摩利が達也に小声で話しかけた。先の試合で達也は忍術を用いて接近した。その説明のさいに九重八雲に師事していることを摩利に話したからだ。それに達也は端的に答えた。
「えぇ」
「ほぅ……。見た感じお前さんの方がやりそうだが、腕の方は?」
摩利はどうやら達也同様、九重八雲の弟子である司波雪人の腕前が気にかかるようだ。雪人は小柄な体格だ、強そうな見た目ではない。武人特有の感じもしない。服部は先の敗北のせいで油断なく見ているが、摩利からすれば簡単に勝てる相手のようにしか見えない。だからこそ昨日の取り押さえた動きには驚いたのだが、魔法も含めるとなると服部には譲るのではと摩利は思った。しかし達也の返答は違った。
「俺は戦闘技能として忍術を習得しました。でも雪人は違う」
「違う? どう違うんだ」
「雪人は戦闘技能に留まらない“忍び”としての教えを受けています。それは見た目で分かるものじゃない」
摩利は己の侮りを見取られたような気がしてドキッとした。この兄弟はやけに聡い所がある。昼の自分のお弁当のことや昨日の咄嗟の機転、そして今のもそうだ。そんな自分の内心を知ってか知らずか、達也は深雪に寄り添ったまま、雪人たちに目線を戻した。摩利もつられて視線を向ける。
「腕前の方は……まぁ見ていれば分かりますよ。あいつの言葉ですが“新入生総代の深雪の兄がただのウィードな訳がない。”……きっと先輩たちを驚かせてくれることでしょう」
「そうか……。そこまで言うのなら楽しませてもらえそうだ。さて、そろそろ始めるぞ!」
摩利はそう言って審判に戻った。演習場の真ん中で雪人と服部が睨みあう。摩利が二人の間に立った。
「それでは、服部刑部対司波雪人の模擬戦を開始する。二人ともいいな?」
二人が頷き、構えを取った。そして、摩利が模擬戦の始まりを告げた。
「……始め!」
「ふっ!」
「よっと!」
始まりの合図と共に服部は後ろに飛び下がりながらCADを操作した。それに対し雪人も忍術で一気に加速しながら間合いを詰めに走る。だがその速度はさっきの試合に比べれば遅いものに服部には感じた。
「(よし、これなら!)」
服部に油断は無く見失わないように気を張りながら魔法を放った。範囲加重系、人ではなく空間への魔法。対象を見失うこと防ぎつつ、雪人の動きを封じるためのものだ。しかし雪人は服部のCADに起動式が浮かび上がる前には行動を変化させていた。服部の魔法の効果範囲を服部自身から読み取り、その外苑を沿うように走る。そして右手首のCADを操作しながら右手を銃のように服部へ向ける。起動式の光が現れた。
「ちぃっ!」
服部はすぐさま自身の情報強化をマルチキャストしながら防壁魔法を発動させた。バン、と目の前の防壁に当たったのは収束系の空気弾の魔法だった。
「(発動が遅い!)」
明らかに雪人の魔法の方が先だったが自分は対応できている。汎用型対汎用型で、一科の処理速度に二科は対応できない、自分の持論は間違っていないと服部は確信を深めた。雪人は更に接近してくる。先と同じように後ろに回り込んで来られないように再び領域型の加重魔法を自身の周囲に行使した。それに気付いた雪人が止まった。服部が次の魔法を放つ。得意の魔法である収束系のドライ・ブリザードだ。
「くらえっ!」
「っ!」
それに対し雪人はピョンピョンと飛び跳ねながら回避し、後退した。そして服部は雪人を壁際まで追い込み、そこで一度止めた。足元には床にぶつかり砕けたドライアイスの靄が薄く這っている。服部の止めの準備が出来た証だ。服部が雪人に警告を発した。
「……君の速さはだいたい分かった。身のこなしも見事だとは思うが、風紀委員が務まるほどとは思えない。ここで降参しなさい」
服部の言うことは事実だ。達也との先の模擬戦に比べれば、雪人の足の速さも魔法の展開スピードも劣るものに見えた。確かにドライ・ブリザードを的確に避けきった身のこなしは見事だったが、避けるだけでは違反者の捕縛という風紀委員の任務をこなすには物足りない。雪人では風紀委員に不足だ、というのが服部の結論だった。もうすでに次の一手は打っている。ここらで終わりにしようと言うのが服部の提案だったが、
「……風紀委員って、問題が起きたら駆けつけなきゃいけないんですよね」
壁際でしゃがんでいた雪人が顔を伏せたまま喋り出す。服部はそれを訝しみながらも聞いた。
「何がなんでも間に合わなくちゃ、意味がない。怪我人が出てから来てちゃ虚しいだけですもんね」
「……何が言いたい」
「別に。まだ終わっちゃいない、ってだけですよ」
雪人の不思議な言葉に服部は疑問を発した。それに対する返答は降参の拒否だった。その雪人の態度に対し、服部は息を吐いて言った。自身のCADに手を這わし、攻撃の準備をする。気絶程度で収まるくらいの手加減をすれば問題ない。繰り出すのは得意技の『這い寄る雷蛇』だ。最後にもう一度警告した。
「……もう一度質問する。降参する気はないんだな?」
「だからしませんって。僕だって深雪のお兄ちゃんなんです。無様に負ける訳にはいかないんですよ、ハッタリ先輩」
「……よく言った、これで終わりだ!」
「残念!」
服部が『這い寄る雷蛇』を発動させる。これで仕留めた、そう服部が思った瞬間、雪人の姿は消ていた。
「な、どこに!?」
対象を見失った『這い寄る雷蛇』は単にスパークを起こさせたまま沈黙した。服部はキョロキョロと辺りを窺うも雪人の姿は見当たらない。本当に消えてしまったのか、と思った矢先。
「……ッ! 上だと!?」
「遅いよ!」
服部には考え付かないことに、天井を走り寄って来た雪人が、今や床となった天井を蹴りつけて上から強襲して来る。さっきとは比べ物にならない位のスピードだ。壁際まで追い込んでいたはずなのに既に自分の懐に潜り込まれようとしている。服部が何とかそれに気付き素早く手を雪人に向けて射撃魔法を放とうとする。しかしそのタイミングを読み切った雪人が、いつの間にか脱いでいた上着を服部に投げつけていた。そしてその制服が不自然に空中で停止する。
「硬化魔法! いつの間に!?」
服部と雪人の間で空中に留まる制服のせいで、服部は射撃の照準が合わせられない。しかも硬化魔法により壁にもなっており射撃は防がれてしまった。雪人は静かに制服の上に着地しすぐさま服部の背後へと跳んだ。しかし服部もそれに気が付き振り向いた。
「何度も背後を取れると思うな!」
雪人と服部がCADを向け合う。どちらが早いかの勝負。そう服部が思った時、服部の後ろから何かが襲ってきた。
「!?」
それは雪人が投げ捨てた制服だった。服部の視線が雪人に向かった瞬間、硬化魔法が解かれ、移動術式に切り替わり服部へと向かったのだ。それはつまり、
「(遅延術式だと!?)」
顔にへばりついた制服のせいで前が見えなくなった服部に雪人が素早く近寄り、CADの着いている方の手を捻りながら引き倒した。
「これで!」
「ぐっ!」
雪人はもう一度準備していた硬化魔法を制服に掛けた。雪人に抵抗も出来ずに引き倒され、上手い具合に制服を引っかけられたせいで、服部は極められた腕を含む上半身を拘束された。勝敗は決した。
「そこまで! 勝者、司波雪人!」
「勝利、イェイ!」
渡辺摩利の声と共に、雪人の勝利が確定した。