魔法科高校の劣等生 ~ユキトのやり方~   作:べじん

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第九話

 

 

2095年4月6日。第一高校 司波雪人

 

 

模擬戦から一日、僕は部活連の会室へと向かっている。部活連の会頭である、十文字克人会頭に会うためだ。なぜ彼に会いに行くかと言うと、それは僕の風紀委員会入りが関係している。

 

風紀委員会は例年各学年から3人ずつを選出して構成されている。教員、生徒会、部活連、この三者から推薦を受けた者が風紀委員になると言うわけだ。それで今期の風紀委員だけど、教員枠はすでに森崎くんで決まっているらしい。まぁ学年2位でボディーガードを生業にしている森崎本家の人間だからね。教員推薦を受けるに充分な看板っぷりだろう。彼とは楽しくやれそうだ。

 

残るは生徒会と部活連推薦なのだが、つまりは七草会長と十文字会頭の推薦枠というわけだ。いやー恐れ多くて堪らないね!これには七草会長も悩んでいたのだが、3月に僕らという有望株を発掘したおかげで解消した。深雪の兄、というのが箔付けにもなっているし二科生が、というのも注目度が高くて実績を上げた時に一科二科の意識格差是正に役に立つと思っていたようだ。

 

実はこれはこの学校の三巨頭と呼ばれる人たち、七草真由美、渡辺摩利、十文字克人の間では共通の合意とされたらしく、十文字会頭も下手にパワーバランスに悩んで見も知らぬ一年生から選ぶよりは、と推薦枠を七草会長に譲ってくれたらしい。つまり僕らの起用はこの学校の有力者の中では既に決定していたことだったのだ。

 

で、振り分けとして達也を生徒会枠、僕を部活連枠、という風にさせてもらった。七草会長の時もそうだったけど、一度会っておきたかったからね、“十文字”とは。達也は今頃生徒会の人達と昼ご飯中だろう。うらやましいなぁ。

 

そんなわけで僕は推薦して下さった十文字会頭に御挨拶に参上仕っているのだった!あー何か緊張してきた。九高戦の中継見てたから、ガタイがイイのとか知ってるし武人っぽい感じのする人だし、ぶっちゃけ憧れっぽいものがある。ザ・漢!って感じでさ。さて、ここからだ。

 

「失礼します!」

 

「あぁ、入れ」

 

やべ、声大き過ぎた。会室の中から重みのある声が聞こえてくる。心の声も静かなものだ。たった2つ違いとは思えないほどの“深み”と“重み”を持った人に思える。僕が入室すると、そこには十文字会頭ただ一人が僕を待っていた。おおぅ、デケェ……!

 

「お前が司波雪人か。俺は十文字克人だ。部活連の会頭をやっている」

「はっ! 閣下より風紀委員会に推薦頂きました、司波雪人です! 本日はそのお礼に参りました!」

 

……やっばいね、この人めっちゃ強い!直接見ると全然違う。体格もそうだけど存在感が“重い”。視たところ、心の平静を常に保っている、という感じだ。その身にこもったサイオンも見たことないほどの力強さを感じる。ていうか僕緊張し過ぎてない?あ、やべ、敬礼しちゃってた!

 

「閣下はよせ、敬礼もやめろ。……ここでは一生徒として所属している、会頭でいい」

「はっ、申し訳ありません、十文字会頭!」

 

十文字会頭は僅かに苦笑しながら僕に言った。ホッとした、僕が敬礼したのはちょっとした勘違いだと思っているみたいだ。助かった。僕が小さく頭を下げると、一つ頷いてから十文字会頭は続けた。

 

「昨日の模擬戦の話は七草から聞いている。服部に勝ったらしいな」

「はい、服部副会長が小官の力量に疑問をお持ちになったので、お相手致しました!」

 

僕の言葉に十文字会頭はもう一つ頷いた。うーん、何だか上官を相手にしているような気分になっちゃうな。十師族次期当主の風格って奴なのかもしれん。七草会長にはないものだな。いや、あれはあれでいいんだけどね、かわいいし。

 

「そうか、ならば風紀委員としても心配はなかろう。お前の風紀委員会への推薦を改めて認めよう、しっかり励めよ」

「はい、ありがとうございます。精一杯務めさせていただきます!」

 

十文字会頭から激励の言葉を受けた後も2、3個質疑を僕らは重ねた。九重八雲に師事しているのは本当か、とか僕の得意魔法は、なんて話だ。何だか温かみがある感じもして、僕はますます凄みを感じさせられた。

 

その後、僕は十文字会頭に辞去を告げ、部屋を出た。うーん、何だか感激するな。あれが“十文字”の次期当主か、カッコいいなぁ。僕もあんな男らしさが付けばいいんだけど。何というか“視”た感じの通り、実直な重厚感のある人だった。彼の自身への重責に対してほぼ自然体で向き合えている精神性は素晴らしいの一言だ。芯が確りしているから小手先で攻めても最終的に突き破って来るタイプでもあるだろう。その能力も含め、まるで堅城のような人だった。渋いぜ。

 

まぁ、その分謀略を巡らせるタイプではないことも分かった。彼の思慮深さは巡らせるより、打ち破る方に注力しているように思える。深雪のことも新入生総代以上のことは知らないみたいだったし、危険と判断することはないだろう。同じ一高の生徒として頼れば、すぐに応えてくれそうな信頼感すら僕の中には生まれていた。ザ・漢!だな。

 

さて、用事も済んだし軽く達也に伝えとかなきゃな。まだ生徒会室にいることだろうし、僕も参加させてもらおう。市原先輩とももっと話してみたいんだよなぁ。

 

 

こうして僕はルンルン気分で生徒会室へと向かった。これが今日から始まる、新たな事件の幕開けだった。僕が風紀委員として働き始めた初日のことだった。

 

 

 

2095年4月6日。第一高校 千葉エリカ

 

 

「(なんか暇ねー)」

 

放課後。今日より部活の勧誘がスタートすることになっている。外では今も多くの部活が賑やかに勧誘合戦をしている。しかし、いつものメンツの中では既にどの部活に入るか決めている者もいた。美月は美術部に入るし、レオは山岳部に入ると言っていた。美月はあたしにも美術部はどうか、と言っていたが正直言って柄じゃない。あたしには、あんなにじっと絵と向き合っていられる気がしなかった。もっと身体を動かす感じの部活が良い。でも……。

 

「(なーんだかな)」

 

それも気ノリしない。今は校内をぶらついているが辺りの様子なんて単なる情報としてしか入ってこない。辺りがどれだけ賑やかそうにしていても、だからなんだ、としか思えない。つまりは何だか興味が湧かない。久しぶりに校内で一人になったからかな?以前はもっと楽な気持ちだった気がするんだけど。

 

「あ、おーい、司波兄弟!」

 

そんな時に前に見えたのは、クラスメートの司波達也と司波雪人だった。スラっと鋭い顔つきの兄と小柄の可愛い顔の眼鏡の弟。双子というより年子の兄弟のように見える。二人は確か、あの女に風紀委員会に入らされたと言っていた。これから巡回の仕事でもあるのかもしれない。二人が私に気付き、声を掛けて来る。

 

「あ、エリカ。なにしてんの、散歩?」

「独りか、珍しいな」

 

「いや、散歩って何よ。美月やレオたちはもう部活決めたらしくてさ、お二人さんを見かけたから聞いてみようかと思って」

 

独りが珍しい、か。軽く手を振りながら嬉しそうに寄って来る雪人と落ちついた様子を崩さない達也くん。対象的な二人だ。人懐っこい感じのする弟に堅い印象を受ける兄。そうかと見せてバカにされたら強い敵意を見せたり、妹の深雪にはかなり甘い反応を見せたりする。弟の方は武芸の嗜みなんて無さそうに見え、兄の方はその立ち姿から強者を窺わせる。その実、見事に敵を封じ込めた技量を持っていたり、武芸とは関係ない魔工師志望だったりする。ある意味不思議な二人組だ。面白い、とも言える。

 

「何だ、エリカ。まだ決まってないのか」

「僕たちも決まってないんだけどね。レオは山岳部で美月さんは美術部でしょ?」

 

「そうなんだよね~。……あ、そうだ。二人はこれから巡回でしょ、よかったら一緒に回らない?」

 

そんな二人を見ていたら、あたしはつい、そんなことを口にしていた。なんだか自分でも変な感じがする。中学の時なら“じゃ、お仕事頑張ってね”と言って、さっさと別れていたところなのに。あたしは独り好きだったはずだ。一高に入って何か心境の変化でもあったのだろうか?そんな自問自答は表に出すことなく二人を見る。答えはノータイムで返って来た。

 

「いや、これから一度風紀委員の会室に集合でな」

「その後だったら大丈夫だと思うよ。どこで待ち合わせする?」

 

……ま、いっか。疑問には答えが出なかったが、二人からは承諾の返事をもらえた。あたしは教室の前での待ち合わせをしてその場を離れた。二人も風紀委員会の会室へ向かって行く。少し胸がザワザワする。あの二人に深雪も加わるのか。兄貴が二人に妹が一人、少しだけ違うなぁ。

 

「(何が?)」

 

何だろうか?分からない。あの仲の良さそうな兄妹を見ていると時々訳の分からない疑問が出て来る。兄妹3人で楽しそうにしている時など特にだ。これは一体なんなんだろう。

 

 

「(何がだろう……)」

 

 

そうしてしばらくボーっと考え事をしながら歩いていた。しばらくして気付いたのだが、教室とは全く違う方向に行ってしまっていたようだった。時間も経ってしまっている。もしかしたら二人はもう教室まで行っているかもしれない。

 

「(でも……ま、いっか)」

 

自分から誘ったくせに、なぜか急いで教室に向かう気が起きない。別れる際に端末の位置情報は二人に送るようにしていた。彼らが巡回中にでも会えることだろう。少し独りになりたかったのかな?彼らを困らせるような真似をして?馬鹿馬鹿しい。でも、これでいい、とも思ってしまった。なぜなのか……。

 

そよそよと風が吹いた。そちらに目を向けると、窓からは校庭一杯にテントを広げ、騒がしく部活の勧誘をしている姿が見える。あたしはそれをぼんやりと眺めていた。

 

 

「お祭り騒ぎね、文字通り……」

 

ふと独り言が漏れた。ふふ、と忍び笑いも漏らしてしまう。ここ数日出なかった自分の癖が出た。そうだ、自分は独り言が多い性質だったのだ。昔から独りでいることが多かったからこうなった。何でわすれていたのだろうか。

 

「なんで二人を誘っちゃったんだろ……」

 

元より自分は冷めた性格をしている、と思っていたのに。だから人間関係に執着を覚えたりもしなかった。自分から誘うなんてこともなく自由に、気ままに

、猫みたいな感じで。それが私だった。その筈だったのに……。

 

 

 

 

「こらエリカ! やっと見つけた!」

「わぁ!」

 

しばらく考え込んでいたら、いきなり後ろから声をぶつけられて思わず驚いてしまった。慌てて振り向くとそこに居たのは雪人と達也くんだった。腕を組んで怒り顔の雪人と呆れたような顔つきの達也くん。どうやらわざわざここまで探しに来てくれたらしい。素直に謝るとする。

 

「ごめんごめん、探させちゃった?」

 

「メチャクチャ探したよ! 学校3周はしたね!」

「うそつけ……端末を見て直ぐだったよ」

 

二人はそう言うと“なんで直ぐホントのこと言っちゃうんだよ!”とか“直ぐ分るウソをつくな”とか口喧嘩を始めた。それを見てあたしは面白いな、と思った。そして同時にまた胸がザワついた。なんだろうか。二人の口論をよそに少し考え込んでしまった。すると雪人がチラっと眼鏡越しにあたしを見て、口喧嘩を止めてからこっちを向いた。雪人が口を開く。

 

「まったく、猫みたいな甘え方はやめてよね」

 

ドキッ、思わずあたしの心臓が跳ねたような気がした。甘えたのか?あたしが?正体の知れぬ気持ちを言い当てられた気分だ。そうなのか?そうなのだろうか、あたしは雪人たちに甘えたのか……。

 

「え、えーそうかなぁ!? いや、ホントごめんって!」

 

「そうだよ! フラフラいなくなって、僕たちに探させる気だった癖に!」

「落ちつけ雪人、遅れたのは俺たちだ。まぁエリカが集合場所に居なかったのは、別の話だろうがな」

 

おどけて見せながら謝るあたしに、雪人と達也くんは意地悪な言葉をぶつけて来る。そうか……あたしは探して欲しかったんだ。雪人の言葉がストンと心の底に落ちた気がした。

 

「(なんだろう、少し嬉しい……のかな?)」

 

なぜ嬉しいのかも分からないが、それを自覚したら、今度は気恥しくなって来た。あたしはそれを誤魔化すために、素早く二人の手を取って歩き出した。イキナリ手を取られた二人も、驚きつつもちゃんと付いて来てくれた。

 

「ほらほら! もう行こうよ!」

「まぁいいけどさ。どこから行く?」

「校庭からで良いだろう。人も多いし、巡回もしなければならない」

 

熱くなった頬を反らしながら、あたしたちはザワザワと賑わう祭りの中に飛び込んで行った。なんだか楽しくなりそうだ。

 

 

 

2095年4月6日。第一高校 司波達也

 

 

昼には渡辺先輩から今日の話を聞き、放課後には会室で巡回の詳しい説明を受けた。俺と雪人は今、エリカを連れて校庭での部活勧誘の巡回をしている。エリカと雪人は俺の隣で楽しそうにおしゃべりをしている。人ごみに逸れないように俺と雪人の服をエリカが掴みながら。

 

昼間に雪人が十文字会頭に会っていた。その話は昼に生徒会室から教室に戻る時に報告を受けていた。問題はない、ということだった。これで深雪の一応の安全は確保できた、と思うものの完全ではない。欠けた部分がある、それを埋めるために俺と雪人は風紀委員会に入ったのだ。

 

それは“エガリテ”の存在だ。一年生のカウンセラー小野遥先生はその実、公安所属のスパイだ。なぜこんなところに公安のスパイがいるのかというと、それはこの魔法科第一高校に反魔法師団体ブランシュの下部組織エガリテが浸透しているからだ、というのが雪人が小野先生から読み取った情報だ。

 

もちろんそのまま信じたりはしない。たとえ彼女が“ミズ・ファントム”と呼ばれる凄腕スパイだとしても、その上司が彼女を囮に別件の捜査をしているとも限らないのだ。情報は裏打ちすべきである、その心得のもと俺たちは学内を自由に調べ回れる、調べ回っていてもおかしくない地位を求めた。それが風紀委員会だった。

 

この学校の生徒会の権限は大きい。なので生徒会に入れたのならそれがベストだったのだが、俺たちは二科生であり、要件を満たさない。そのために次善として風紀委員会に白羽の矢が立った。少なくとも全生徒の顔と名前、クラスを調べることができるし、ものによれば家族構成や成績も調べられることだろう。学内でエガリテが問題を起こしたとしても介入も簡単である。

 

反魔法国際政治団体ブランシュ、そして下部組織エガリテ。その主張は“魔法能力による社会差別根絶”という、非魔法師と魔法師の中では強い力を持たない者をターゲットにしたものだ。努力や成果を無視した平等を謳うやり方は、それに挫折した者たちほど嵌まりやすくなる悪辣なものである。ともすれば俺も、その挫折した者たちの一人だったかもしれないのだ。怖ろしさが身にしみる。

 

しかしその実、彼らブランシュの背後にあるのは大亜連合だ。競争意識の廃絶による国防上の魔法力の衰退を目指していると思われるそれは、日本の公安もマークしており、これ以上の求心力を持たせないように彼らの名は表で出されることはない。表沙汰にし適宜論破した方がいいのだろうが、それも根源的に感情の問題を利用した主張であるため、効果が薄いと思われているのかも知れない。第一、これ以上抑え込んで感情的な大規模テロ行為に走られるのをさけるためでもあるのだろう。現在ですら、他国のブランシュ支部は小規模なテロを行うことがあるのだから。政治の判断は微妙なラインにある。

 

故に、俺たちはこの第一高校でのエガリテの根絶を図らなければならない。もしこの第一高校がテロの標的になるとすれば、その目的は実験棟や図書館の研究資料の奪取、もしくは将来有望な魔法師の殺害だろう。

 

つまりは、深雪の身に危険が迫っている、という訳だ。……それだけは絶対に許すわけにはいかない。深雪を喪うかもしれない、そう感じさせた“あの時”の恐怖を、決意を、俺は決して忘れてはいない。小野先生の線からエガリテのことを知れたのは幸運だった。何が何でもエガリテを、そしてブランシュの尻尾を掴み、その身を抉り出してやる。雪人もすでに眼鏡を外し索敵モードに入っている。準備は万端だ。

 

 

 

「おいコラ! お尻触るな! 頭撫でるな!」

「いや、あたしはホントいいですから……」

 

……それにしても、この人混みはどうにかならないものか。校庭に降りたって、たった数分だ。たった数分で俺たちは部活勧誘の波に捕まってしまった。さっきまで服を掴んでいたエリカの手も離れてしまっている。そんな中、俺だけは何とか脱出してきたが、エリカと雪人はその容姿から、二科ながらマスコットとしての需要があるのか、引っ張りダコになっている。

 

雪人は深雪似であることと中性的な可愛らしさが受けているらしく、エリカはエリカでその健康的な美人ぷりが広告塔として使えると思われたようだ。しかしその獲物の奪い合いたるや、見るも無残という他ない。

 

女生徒たちによるものだが、抱きついて拘束し無理やり話を聞かせようとしている。振り払って来れば良いのだろうが、二人とも余り無体な真似は出来ないと思いされるがままだ。というかなぜ雪人は尻を触られているのか。……俺もそろそろ動くべきだな。

 

「え、あ、ちょっ! どこ触ってるのよ!?」

「……ッ! 達也!」

 

エリカの声の調子が変わると共に、雪人から合図が来た。発するは振動系魔法。地面に強く足踏みすれば、俺が発した魔法式がその振動を増幅し、更に方向を与えた。雪人たちを囲む集団の立つ地面が揺れる。雪人も俺に合わせて、加速系魔法で自身に掛かった揺れのベクトルを分散していた。周囲が揺れにバランスを崩す中、雪人と雪人が引っ張り上げていたエリカだけが立っていた。

 

「走れ」

 

「おっけ!」

「ちょ、ちょっと!?」

 

俺がそう言いながら二人の側を駆け抜けると、雪人に引っ張られながらエリカも付いて来ていた。取りあえず、ひと気のないところまで逃げようか……。

 

 

 

 

「見るな!」

 

校舎の陰まで逃げ出した俺たちを最初に待ち受けていたのは、エリカの怒声だった。エリカはあの揉み合いでブレザーを肌蹴させられ、シャツのボタンも少し外れてしまっていた。ここに着いて、俺と雪人が振り返った瞬間、その肌蹴た部分が見えてしまったのだ。

 

「あー……はい、これ」

「ふんっ!」

 

素早く後ろを向いた俺たちだったが、雪人が後ろ手に自分のブレザーを脱いで渡すと、エリカがそれを引っ手繰る音が聞こえた。いそいそとエリカが雪人のブレザーで身体を隠しながら身支度をしている間の時間は、俺も雪人も何とも居心地の悪い時間だった。

 

「ん」

 

俺と雪人の間からニュッと雪人のブレザーが差しだされる。エリカの身支度が終わったようだ。ゆっくりと振り返る俺たちだったが、これはどうすべきなのだろうか。確かに見えた、見てしまった。だから謝るべきだ。しかしそれはエリカを辱めるだけではないか?ならば見えなかったと告げるべきか。だがそれはエリカに虚偽を言うことになる、それでは誠意に欠く。

 

スッと雪人に目だけ向けてアイコンタクトで相談すると雪人が、僕が行く、と返して来た。ここは恩納の口先少年の力量に期待するとしようか。まだやや赤い顔をしたまま、上目遣いで睨んで来るエリカに、雪人が言葉を掛けた。

 

「……」

「……エリカ、怪我はなかった? エリカが無事でよかったよ」

「……っ!」

 

片手にブレザーを抱えた雪人が、心底心配したかのような表情で、少し俯いているエリカの頭を撫でた。エリカはそれに少し吃驚しながらも、されるがままになっていた。エリカの顔の赤さが増した気がする。なるほど、話をずらして有耶無耶にする作戦か。ならば俺も参戦するか、ここは畳みかけるが吉だ!俺も申し訳なさを精一杯装ってエリカに話しかけた。

 

「あの部には風紀委員会からも注意を発しておく。これでエリカの気が治まればいいんだが……本当にすまない、エリカ」

 

「……もう」

 

二重の意味でな。そんな俺たちの言葉が功を奏したのか、エリカはため息を吐いてから、天罰!と言って俺たちにデコピンを食らわせ、振り返ってスタスタと歩いて行った。赤い顔を見せたくないようだ。なんとかなったか。素直に額を差し出していた俺と雪人は互いに見合わせ、肩を竦ませてからそれに続いた。

 

 

 

 

2095年4月6日。第一高校 千葉エリカ

 

 

「(もぉー何か調子狂うなぁ……)」

 

あたしたちが居るのは第二体育館、通称闘技場だ。ここでは剣技系の部活がデモンストレーションをやっているらしく、あたしたちはそれを観戦席から見ていた。今の時間は剣道部の演武をやっている。

 

目の前で行われているそれは期待していたものとは違う、武術というより見世物と言った方が正しいものだった。事前に決め手を知らせておいて出す、殺陣のようにしか見えない。それでもその華やかさが観客を沸かせてもいた。

 

あたしの両隣には司波兄弟が陣取っている。達也くんはあまり興味のなさそうに足を組んで、雪人はポップコーン片手に劇でも見ているかのように楽しげに、演武を見ている。なんとなく甘えてしまい、助けられ、八つ当たりをしてしまった二人。ついにはよしよし、と頭を撫でられる始末だ。恥ずかしいなぁ……!

 

あたしは自分が振り回す側の人間だと思っていたが、さっきから振り回されてばかりいる気がする。しかもそれを悪くない、と思っている自分がいる。自分でも予想外だ。そんな考えを切り替えなおそうと、自分のホームグラウンドである剣術の見学に来たのに、やっているのは目の前の見世物だった。調子も狂うというものだ。

 

 

「ん? あはは。エリカ、詰まらなそうな顔してる」

「まぁ、それはそうだろう。千葉流のエリカからすれば、この演武は演劇でしかないだろうしな」

 

そんなあたしの様子が気になったのか、二人が声を掛けて来る。……ホントにこの二人は勘が良い。さっきの逃げ出す時のコンビネーションも良かったし、流石双子ということなのだろうか。じゃあそんな二人に挟まれているあたしは何なのか?……またモヤモヤしたものが胸を過った。あたしはそれを振り払うかのように返事を返した。

 

「だって、ここ一高なのよ。武芸系の部活ならこんな殺陣みたいなのじゃなくて、真剣勝負を見せてくれると思ったのに……」

 

「まぁ……そうだな」

「どうせなら本気の乱取りでも見せればいいのにね、拍手じゃなくて煽りが聞こえてきそうなヤツ」

 

そう言って拗ねた振りをしたあたしに、二人は、仕方ないな、とでもいう風に言葉を返し、フフと笑いをこぼした。

 

 

「(あぁ……! また甘えるようなことしちゃった!)」

 

 

これでは見たいものが見れなくて拗ねている子供、そのままだ。恥ずかしい……!あたしはもっと余裕のある人間だった筈なのに。ホントに調子が狂う。

 

そんな自分から逃避するように剣道部の演武に集中する。あたしと同じくらいの体格の女子が、ガッシリした体格の男子と竹刀で打ち合っている。女生徒の方が技術が上らしく、男子生徒の竹刀を上手く受け流し、ついには面を討ち取った。……それでも、これも予定調和だ。必死さが欠けていたのが、あたしには分かった。男子の方が必死に演技しようとしているのは分かったが、必死に勝とうとする気が欠けていた。

 

「(なんだかなぁ……)」

 

試合場の二人がもう一度始めるのを横目に、やっぱ詰まらないなぁ、こんなものか、そう思った矢先だった。

 

 

「ちょっと、桐原君! いきなり何をするのよ!?」

「そんな演武じゃ生ぬるいから手伝ってやる、ってだけだろう? ほら、来いよ。剣道部一の実力を新入生に見せてやろうぜ?」

「あなたは剣術部でしょ!? 今は剣道部の時間よ、邪魔しないで!」

 

「おっ、乱闘かなぁ?」

 

もう一度演武を続けようとした男子生徒に対し、いきなり乱入してきた違う道着を着た男子、話からして剣術部の男子生徒が面打ちをかました。打たれた男子生徒は余程強く打たれたのか尻もちを衝いて倒れてしまった。それに怒りを露わにしたのが対戦相手の女生徒だった。彼女はイキナリの事態に着けていた面を外し、剣術部の男子生徒に食ってかかっていた。それを見てちょっと期待する声が出てしまった。

 

「あっ……あの人、壬生紗耶香だ」

「有名人?」

 

そんな彼女の顔を見てふと漏れたあたしの独り言を、雪人が拾った。

 

「うん、一昨年の中等部剣道大会女子部門の全国2位。そのルックスから付いた名前が“剣道小町”、だったかしらね」

「へー! 2位で小町なら1位は式部かな?」

 

「バカ言ってないで仕事だ。下へ行くぞ」

「はいは~い」

 

達也くんはそう言って階段へと向かった。すでに鋭い雰囲気を纏わせている。雪人もそれに続いた。しかし雪人はいつもの調子だった。自然体とも言うのかもしれない。

 

 

「達也くん、雪人! もう一人は関東剣術大会中等部優勝者の桐原武明だよ!」

 

二人はあたしの声が聞こえたのか、手を振りながら下へと降りて行った。ふふ、面白くなってきた。この観戦席からは睨みあっている壬生紗耶香と桐原武明が良く見える。乱闘が始まるのなら、あたしも参加させてもらおうかしら?それなら、ここから跳び込めばいいし。まずは雪人たちの仕事ぶりを拝見させてもらうとしよう。あたしの意識はフロアに向かった。

 

 

 

 

壬生紗耶香対桐原武明の戦いが始まった。桐原武明が魔法なしの打ち合いを望み、壬生紗耶香がそれを受けた形だ。二人とも防具もなしで打ち合っている。両者とも実力は伯仲していた。やや壬生紗耶香の分が良いか、と言うぐらいで、彼女の実力が一昨年からあんなに伸びていたことに、あたしは驚いた。それよりも桐原の方だ。彼は明らかに面を打つことを避けている。技術的に負けている相手に、攻撃を制限して勝てると思ったのだろうか?なめたことをしている。

 

「おおおぉぉぉぉ!」

 

状況に焦れた桐原が、壬生紗耶香に大きく打ちこみに行った。彼女もそれにカウンターを放った。真っ向勝負の打ち下ろし、これは相討ちのタイミングだ。

 

「っ!」

 

桐原がわずかに竹刀の軌道を反らした!その所為で面への打ち込みが、小手に変わってしまっていた。これではダメだ。

 

結果は壬生紗耶香の勝ちだ。切っ先が小手に触れる程度だった桐原に対し、壬生紗耶香の打ち込みは桐原の肩を打ち据えていた。女子の面を打つのがそんなに嫌か。戦っているのに、非情になり切れていない。

 

 

「剣術部といってもこんなものかぁ……なんか幻滅ぅ」

 

なんだか白けてしまった。うちの道場の人間なら躊躇いはしなかっただろうに、甘いのよねぇ……。二人が戦っていた場所の近くに司波兄弟の姿が見えた。野次馬たちの間で観戦していたようだ。しかし達也くんがジッと二人の戦いを見ているのに対し、雪人の方は周囲をキョロキョロと見ていた。何かを探しているようだ。

 

「あ、目が会った」

 

やっほ~、とでも聞こえてきそうな感じで、雪人は片手を小さく上げて振っている。……あたしも振り返しておく。というかあの野次馬の中で良く気付いたわね、やっぱり勘が良いみたいだ。そういえばまた眼鏡を外している。深雪そっくりの顔が露わになっている。さっきも外していたが、人ごみの中で外して辛くないのだろうか?あたしの疑問に、雪人がクスッと笑った気がした。

 

 

「真剣なら致命傷よ。あたしの方は骨にも届いてない。素直に負けを認めなさい」

 

残心を解き、距離を離していた壬生紗耶香が桐原に告げた。経緯がどうあれ、心情がどうあれ、負けは負けだ。剣術を嗜む者として、桐原もそれが分かっているはずだ。しかし彼の反応は違った。

 

「は、ははは…………。真剣なら? 俺はどこも斬れてないぜ? 壬生、お前真剣勝負がしたかったのかよ?」

 

なんだか虚ろな感じを出しながら桐原が喋る。マズいかもしれない、これは自棄になっている反応だ。壬生紗耶香もそれを感じて、竹刀を構え直している。桐原が自身の腕に手を伸ばした。やばい、CADだ!

 

「だったらよォ! 真剣で相手してやるよ!!」

 

桐原のCADに起動式が浮かび、持っていた竹刀に魔法が現れる。振動系近接戦闘魔法『高周波ブレード』に違いない。この魔法独特のキィンという高音が館内に響く。野次馬たちも耳を押さえて座り込む者がいた。桐原はそのまま壬生紗耶香のもとまで飛び込み、高周波ブレードを振るうつもりのようだ。しかし、桐原が間合いを詰めるより素早く動いたものがいた。相対する壬生紗耶香ではない。

 

「残念!」

 

「うぐぁ!?」

「!」

 

雪人だ!野次馬の中にいたはずなのにスルリと抜けだし、いつの間にか桐原の懐まで潜り込んだ。そして雪人の強襲をまともに横腹に食らった桐原は、飛び込んだ勢いそのままに、はね返された。彼の手を離れた竹刀に掛けられていた魔法が解ける。

 

「うわぁ、高周波ブレード相手に良くあそこまで踏み込めるわね……」

 

自分が剣術家であるせいだろうが、真剣の危険性は充分に分かる。そしてその弱点が剣の届かない所か、懐である、ということも。当然あたしたちは懐に入り込ませない術を学ぶ。そこをああも簡単に入りこむ術理を持つとは、やはり雪人は見た目では分からない強さと度胸を持っている。この前も思ったけど、戦ってみたいかも。そう思っていると、達也くんが野次馬を抜けて雪人に並んだ。

 

「風紀委員の司波達也です。桐原先輩には魔法の不正使用により同行していただきます」

 

「風紀委員!? ……テメェ、ウィードがフカシこいてんじゃねぇ!!」

 

達也くんの言葉に驚いた桐原だったけど、達也くんが二科生であることに制服から気付いた彼は、それをウソだと断じて竹刀を拾い上げ、再び高周波ブレードを纏い直した。魔法をチラつかせれば引き下がると思ったのかもしれない。

 

しかしそれは悪手だった。抗戦の意志あり、と判断した達也くんが両手首を重ねて何か魔法を発動させると、桐原の高周波ブレードが解けたのだ。

 

「(え、なんで!?)」

 

あたしの疑問をよそに、事態は進んで行く。魔法が解けた驚きで隙が出来た桐原の背後に雪人が瞬時に回り込み、素早く桐原を組み倒し拘束した。一瞬の内のことだった。

 

「がっ!」

「違反者確保っと。達也、連絡よろしく」

 

「あぁ」

 

喧嘩を見ていた野次馬たちは静まり返っていた。雪人が桐原を組み伏せ、達也くんがどこかに連絡している間も“なんでウィードが”とか“でもあの腕章は”とかを小声でやり取りしているくらいだ。一科生の桐原が、二科生相手にあっという間にやられたのが信じられないのだろう。

 

 

「――――――えぇ、逮捕者は一名。負傷していますので、念のため担架を御願いします」

 

「おい! どういうことだ、なんで桐原だけなんだよ!? 壬生だって同罪だろ!」

 

そんな中、達也くんの、逮捕者一名、という所を聞いた剣術部の部員が食ってかかった。彼の後ろにも桐原の逮捕に抗議をしようという部員が付いていた。そんな彼らに、憎々しげに睨まれても達也くんは涼しげに答えた。

 

「魔法の不正使用の為、と申し上げましたが」

 

「てめ、ふざけんじゃねぇ!!」

 

怒りを爆発させた剣術部員たちが達也くんと桐原を組み伏せている雪人に襲いかかった。野次馬から悲鳴が上がる。それでも最早、茶番の様相を呈していた。彼らがどれだけ必死に殴りかかろうと、二人がどれだけの人数に囲まれ襲われようと、余裕をもって避け、あるいは受け流していた。前後左右のどこから襲われようと、見事に同士討ちを発生させ、逆に背後を衝いてあしらっていた。時折、魔法を放とうとするものたちも達也くんの謎の魔法により不発になっていた。彼ら二人の術理は、年上の剣術部員たちを圧倒していた。

 

「二人ともすごい…………ん、あれ?」

 

そんな乱闘の最中でも雪人はどこか別の場所に意識を向けているようだった。体育館の出入り口の方だろうか、そちらに目を向けると壬生紗耶香ともう一人剣道部の男子生徒が乱闘を眺めていた。壬生紗耶香は心配そうだったが、もう一人の男子は何だか興味深そうに達也くんを見ていた。

 

 

「(なんだろ……知り合いかな?)」

 

 

ここからでは徒労のようにしか見えない乱闘は、剣術部員が二人の無敵っぷりに心を折られるか、連絡した風紀委員が来るまで続けられた。場が静まり、桐原が連行されてからも雪人は腕を組み口元に手をやり、何かを考えているようだった。

 

 

壬生紗耶香ともう一人は、いつの間にか消えていた。

 

 

 

 

 

 

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