Scarlet Busters! ~Refrain~   作:Sepia

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アニメ「Rewrite」の一期放送完結を記念して書きました。
Refrain Episodeは理樹、音無、乙坂ときたので今度はコタさん……ではありません。


Refrain4 聖女と呼ばれた少女

 昔のことだ。それも、まだ国というものの形も概念もはっきりとしていなかった頃の話だ。

 そこにはある女の子がいた。

 その女の子の出自なんてどうでもいいことだ。

 みなし子で、親兄弟もいない。彼女の立場には大した意味はない。

 ただ、その少女には神通力ともいえる力が宿っていたのだ。

 

 今でいうと魔術、あるいは超能力を操る超能力者(ステルス)とでも呼べるのだろうが、当時としてはそんな言葉なんてなく、彼女が使えたのが一体どっちなのかは分からない。生まれ持った能力なら超能力なのだろうが、今となってはそんなことを定義する意味もない。

 

 彼女が持っていたのは癒しの力であり、その力は心を失った人々さえ治すことができたという。

 当時に病院なんてない。医療機器だってない。医術なんて、おばあちゃんの知恵位が頼りだ。

 それゆえに、そのころは病人や心の病にかかった人間は隔離され虐げられるしかない存在でしかなかった。

 

 そんな彼らにとっては、その少女は福音であった。

 

 それゆえに人々は少女のもとに集まった。

 癒された人々の多くは世間に戻らず、彼女の世話をするようになったという。

 つまり、彼女の信奉者となったのだ。

 人は集まり、時間がたつといつしかそれは組織となる。

 

 彼女がやってみせたのは、紛れもない奇跡には違いないのだ。

 彼女のことを神様の生まれ変わりだと思う人間がいても、何もおかしくはないだろう。

 

 その力は秘儀とされ、少女は聖女とされ、厳かなものとされた。

 どうしようもなくなったものを救ってもらったのだ。信仰心が芽吹くのは必然であった。

 

 事実、彼女は多くの奇跡を起こしてみせた。

 生まれつき言葉のつかえない子供が、突然はきはきと語り始めるようになった。

 老いて霞がかった女が、夢から醒めたように背筋を伸ばすことができた。

 

 そんな光景を見て、奇跡を起こしてみせた少女は幸せを感じていた。

 親も家族もいないわたしが、今はもう一人ではないのだ。孤独を感じなくて済むのだ。

 

 そんな贅沢を望んだわけじゃない。女王様になりたかったわけじゃない。

 あたたかい食べ物があって、自分の知っている人々が笑ってくれていて、とてもわたしを大事にしてくれる。愛してくれる。

 

(この力があれば、みんなを幸せにすることができる。私だって、もう寂しく一人過ごさずに済むんだ)

 

 優しい人々は力を使えば使うほど増えていった。

 だからこそ彼女は努力を惜しまなかった。来る日も来る日も、力を使い続けた。

 その結末が幸せなものであると信じて疑わなかった。

 だがいつしか弾圧が始まる。

 

『あの女はインチキだ!異能の力を使い、人々をたぶらかす魔女だッ!!』

 

 邪教とののしられ、迫害を受けたのだ。

 彼らは少女を連れて逃げた。

 

『あの少女は神にも等しい力を持っている。あの力は人々を動かしかねない。早急に始末をつけるのだ』

 

 自分の権威が揺れるかもしれないと、不安に駆られてしまった権力者たちは彼女らを駆り立てた。

 必死に逃げて、隠れて、どこか少しでも遠くへ行こうとするが、集団の力にはかなわない。

 

『これより魔女への制裁を始める!異端者はこの世に生きていてはいけないのだ!魔女にとりつかれた哀れな魂に、これより救済をもたらすのだ!』 

 

 最終的に彼らはとらえられ、火によって焼かれた。

 

「あ……あ……あぁ……」

 

 優しかった人々が燃える様は、悪夢のようだった。

 自分自身が火だるまになりながらも、少女は必死に人々を癒そうとした。

 嫌だ、死なないで。私を一人にしないで。必死に願うも現実は変わらない。

 焼死体からは手足がもげて、人の形ではなくなったとき、突然それは変貌した。

 炎と肉の怪物になったのだ。

 

「オ……オ…ガァアアアアアアアアアッ!!!」

「ば、化け物だ。化け物が現れたぞッ!!」

「やっぱりあいつらは悪魔だったんだ!悪魔が本性を現したんだ!」

「悪魔め、消えろ。消えてしまえぇえええええ!!」

 

 怪物は表に飛び出し、権力者の兵に襲い掛かった。

 少女は慟哭する。

 こんなことは望んではいなかった。

 

(わたしはただ、みんなと一緒に……)

 

 ここで少女の意識は途切れてしまうこととなる。

 

「お前さえ、お前さえ生まれてこなければ、みんな悪魔にならずに済んだんだ。この、人を悪魔にした魔女めがッ!!」

 

 少女は兵により取り押さえられ、首を剣で切り落とされて死んだ。

 最後の瞬間を後悔と絶望で真っ黒に染めながら、少女は息を引き取ることとなった。

 

 

 

      ●

 

 

 山奥で暮らすとある少女がいた。

 彼女は、落ち延びた信奉者の抱えていた赤子であった。

 

「あぁ、聖女様。最後までお仕えできなかったことを許してください」

 

 毎日必ずそのように祈りを捧げていた母親ももう亡くなっており、少女は山で一人で暮らしていた。

 少女はかつて、自分が教祖であることを知っていた。

 

(おかあさんは、わたしが聖女さまの生まれ変わりだって言ったらどうおもうのかな)

 

 厳密には違うか。

 彼女が受け継いでいたのは、じかの記憶ではなく、神通力だった。

 ただ神通力に、当時の感情や記憶が多少こびりついていたのだ。

 超能力だって人間の感情によってその効果が大きく左右されることがある以上、超能力は人間の感情とリンクしているともいえる。

 

 完全ではないとはいえ、それを獲得した少女の知性は大いに引き上げられた。

 

 人間は身体の成長と心の成長が別に行われるもののはずだが、身体の成長とともに超能力を獲得した彼女は知性も同時に急激に成長することになったが、それゆえに少女は大いに苦しむこととなる。

 

(わたしも、わたしも最後はあんな風になってしまうのかな)

 

 神通力に対する恐怖、力を使うことで大勢の人間が焼かれてしまう恐怖。

 そして、魔物を生み出してしまうという恐怖。

 少女は生涯怯えながら里で暮らし、震えながら死んでいった。

 

 

      ●

 

 

 

 三度目の継承が起こる。

 三人目の少女は二人目と同じ里で暮していた少女であった。

 臆病であった先人とは異なり、彼女は力を使うことをまるで恐れなかった。

 

 そして、自ら望んで偶像となった。

 だが結末は変わらない。

 彼女は一人目の少女と同じく、弾圧されて皆殺しにされた。

 

 いまわの際で、少女はなんとなく次があるのではないかと考えていた。

 

 

 

      ●

 

 

 

 四人目は、三人目の側仕えをしていた者の娘であった。

 だが今までの少女とは違い彼女の普通の少女ではなかった。

 頭がからっぽであるとみなされていたのだ。

 

「あー、あー、うー」

 

 話しかけてもロクな返答が返ってこない。

 自我がないわけでもなさそうだが、いつまでたっても言語能力のない子供のまま身体だけ成長してしまったような少女だった。

 

「こいつはどうする?」

「そうだな。こいつは処刑する意味もない。あの魔女の一派と関連があったとしても、こいつに何かする能力はない。売り飛ばして金にでもするか」

 

 捕らえられはしたが処刑だけは免れて、女衒へと引き渡されることにより生き延びた。

 そして先代の聖女が処刑されてから急速に、能力を記憶が引きつがれていった。

 はっきりとした自我だって持った。けれど臆病者だった彼女は力をひたすら隠し続けることを選んだ。

 

「おい。これから仕事だ。今日は地主の長だ。せいぜいかわいがられてくるんだな」

「……はい」

 

 自分より能力が劣っていると思われるものに何をされても従った。

 身体を売り、日々のお金を稼いで生きた。

 

「本日は、私をお買い上げいただきありがとうございます。精一杯ご奉仕させていただきます」

 

 必死に耐えて耐えて、屈辱にまみれながらも能力が怖かったからひた隠しにして生きていた彼女は最後にはあっけなく盗賊に殺されて死んでしまった。

 

(……あぁ、やっと。やっと死ねる。私はここで休むことができる)

 

 でも安堵した。

 誰も巻き込まずに死ねるのだ。

 彼女はそんな幸せをかみしめてさえいた。

 

 

 

      ●

 

 五人目。

 盗賊の奴隷にされていた女の、腹にいた赤子がそうでった。

 

「おい、肉を持ってこい」

「はいただいま」

 

 赤子であったが、将来的にも役に立つ奴隷となるために生かされ続けていた。

 美しければ売り飛ばせば金になる。

 そうでなくとも奴隷としていかしておいてやる。

 盗賊たちとしてはそのような考えだったのだろうが、彼女だって奴隷のまま一生過ごすつもりもなかった。

 

(……このわたしが、聖女であるわたしが、いつまでもお前たちに従っていると思わないことね)

 

 成長すると彼女は盗賊たちを皆殺しにして街に移り住んだ。

 ちょっと遠出をして自分の能力を認めてくれそうな所に自分の力を売り込んだ。

 そして能力を使い、聖女としてあがめられていった。

 だがそれも一部の人間は許容できるものではない。 

 特に、神様を進行している人間たちには異教徒のしもべか悪魔にしかみえないのだ。

 

「これより、我らがローマ正教が神の名において、悪魔の討伐に向かうッ!あの悪魔を、これ以上放置しておいてはならない!」

 

 時の権力者は少女の力を危険視し、忌まわしい存在として処刑した。

 

 

 

      ●

 

 六人目。

 先代の聖女が活動していた町の誰かだった。

 今度の魂は臆病ではなかったが、高潔な存在であった。

 ローマ正教に所属する、神様をいうものを信じている一人の心優しい少女であった。

 

(この力は私たちの敬愛する神への冒涜だ。けど、打ち明けるのが怖い。私も悪魔に取りつかれた者として処刑されてしまうかもしれない)

 

 神通力を隠しながら悩み続け、最後は海に漕ぎ出した。

 キリスト教徒の自殺は何よりも禁忌にあたることを自覚しながら、それでも海で死ねば冒涜はおこるまいと信じていた。自分の信じる神様が、この呪いにも似た能力から自分を、誰かを解き放ってくれる。そう信じて少女は海に身投げをしたのだ。

 

 

 

       ●

 

 

 だが七度目もあった。

 陸地で目が覚めた。

 この力は一体何なのだろう。転生、というものではない。

 同じ人格が継承されているわけでもない。

 だから本人の性格次第で権力に目覚めもするし、孤独な人生を歩んだこともある。

 神通力を持つことで有名だった大国の女王だったこともある。

 ある娘は思い立って、そこまではしないことにした。

 鬼女として人々を弾圧し、自分を憎ませたこともある。

 その結果、めでたく死体は八つ裂きにされ、念入りに焼却、封印された。

 そこまですれば、きっとすべて終わりにできると信じていた。

 

 けれどそんな死にかたをしても、やはり次はあった。

 何人もの記憶と経験がかき混ぜられ、一定量が受け渡される。

 神通力を得て乱心した者の記憶と感情を、そこには混入していたのだ。

 そしてその呪いにも似た力は、現代まで受け継がれている。

 

 

「なんとも醜悪な光景だこと。思うがままにこの星をむさぼりつくした挙句、己の足元が伽藍洞であることに気づきもしない。本当におろか」

「……そうですわね」

「それは未練のある顔ね。引き取った時は空っぽだったお前がよくもまぁ健全に育ったこと。だが、お前も必ず滅びに焦がれよう。それが聖女の宿命なのだからね」

「……分かって、います」

 

 自分自身はまだ聖女ではない。でも、次の聖女となる存在となることは分かっていた。

 聖女の記憶とはすなわち怨念の記憶。

 最初は誰かを救いたいという純粋な気持ちから始まったことだとしても、時がたつにつれてそれは人間を呪うものになったいた。

 

 現聖女である加島(かしま)(さくら)も昔は優しい人間だったという。

 けれど今では世の中を憎み、世界を滅ぼすことだけを考えるようになっている。

 自然にとって人間こそ無駄な存在だ。

 よって、人類は美しい自然にはもっとも無用な存在である。

 

 行き過ぎた自然崇拝を理解できるようになったのは私は次期聖女としての記憶の転写がある程度進んでいるからなのか、それても私自身の考えなのかは正直分からない。

 

朱音(あかね)。『鍵』はまだ見つからないの?『ガーディアン』の連中にさきをこされるわけにはいかないわ」

「………」

「朱音。聞いているの」

「……わかっております」

「それが本心であれ、この場しのぎであれ変わらないわ。朱音、救済をもたらすのは聖女の仕事よ。今は理解できなくてもいいわ。そのうちすべてを理解する。魔術結社『ガイア』はそのために存在している」

 

 私は人間が嫌いだ。いや、ちょっと違うか。

 人間が気持ち悪い。加島桜のその常軌を逸した執念だって理解できる気がする。

 

 世界には愛も美しさも気高さもある。

 けれど、それ以上の憎しみも醜さも愚劣さもある。

 私たちは世界に生まれ落ちるたびにそれは濁り、混ざり、淀みとなって私たちの心を蝕んできた。

 幾星霜の時を超え、最初はささやかで小さな願いだったものは人間への嫌悪を絶望へと変わった。

 人間とは、命とは、本当に明日へとつなげていかなければならないものなのかすら分からなくなった。

 

 それが今の聖女、加島桜。

 彼女のすべてはいずれ私に受け継がれる。

 

 その時、私もあのようになってしまうのだろうか。

 いずれ、執念にも似た思いで命を無に帰すことだけを考えるようになるのだろうか。

 

(……『鍵』による救済、か)

 

 魔術にすがる人間なんて、みんな世の中では生きていけない人たちばかりだ。

 救いがあると思えばまだ生きていける。そんな何かに縋らないと生きてけない。

 鍵による審判は星の摂理。 

 自分でも母なる星のために力になれるという願いが、ガイアの根底にある想い。

 

 

 『鍵』がどのような存在であれ、私はガイアの意思のままに従うだろう。

 でも、一度見て見たいものでもあったのも事実だ。

 

(世界を滅ぼす力を持つって、一体どういうことなんだろう)

 

 自分自身聖女の力を受け継ぐことを運命づけられているからか、似たような立場の人と会ってみたかった。特別な力を宿した人間は、一体どのように考え行動するのか。結局のところ、かつての聖女たちがその記憶と感情に従ったように私も身を任せるしかないのだろうか。

 

「朱音様。いかがなされましたか」

津久野(つくの)。ローマへのチケットを用意してちょうだい。一度見て見たい人がいる」

「それなら、今度のマーテルの会合がナポリで行われます。その時に時間をつくってはどうでしょうか」

「それでもいいけど、日程だけは指定するわよ。それでもいいなら、前後の日程は好きに組んでも構わないわ」

「かしこまりました」

 

 会いに行く人は、別に知り合いでもなんでもない。

 実際に声だってかけることはないだろうけど、それでも直接見て見たいと思う人間だった。

 

(『前代未聞の迷惑女(インクレディブル)』、ね)

 

 それは、イギリス清教総長兼団長をかねる少女。

 神に等しい力を宿している、とまで言われている少女である。

 一時期は、彼女こそが『鍵』なのではないかと『ガイア』内部で大騒ぎになったし、その力を野放しにはしておけないと『ガーディアン』の暗殺部隊が差し向けられたほどだという。

 

 ローマ正教の代表との会談ということで、イタリアのローマにやってくるらしい。

 同じくイタリアのナポリを本部に構える環境保護団『マーテル』がガイアの表向きの顔なのだ。

 近くまで見に行く程度のことは造作もない。

 わざわざ気を張っていくようなことでもなかった。

 

 神にも等しい力を与えられたとまで噂され、その力故に狙われることもある少女とは一体どんな人なのだろう。当然護衛だってつくだろうし、話ができるとは思わない。それでも、一度この目で実際に見て見たい。

 

「……あれ、遅いわね」

 

 会合場所である協会の前にある公園のベンチにて座って待っていても、目的の人物どころか目的の一団すら一向に現れなかった。遅い、とローマ正教の十字架を首からぶら下げているシスターたちが何かあったのではと慌てふためく中、タクシーが一台止まったかと思えば、スーツ姿の一人の少女が降りてくる。その人物は写真で見たことがあった。

 

(……エリザベス?)

 

 日本人でありながら、イギリスで一番の天才とまで言われた少女。

 主に外交の仕事のエリートコースを歩んでいた彼女が、何を思ったのかいきなりイギリス王室の仕事をやめてイギリス清教の仕事を始めたという少女。ある意味では有名人であった。彼女は公園で目の前で子供たちを一緒になってサッカーで遊んでいた少女に向かって進んでいった。

 

「―――――――――やっと見つけたぞ姫ッ!勝手にいなくなったおかげで、誘拐されたんじゃないかと大慌てになったんだッ!」

「あ、リズべスも来たのね?せっかくだし一緒にどう?」

「いいからさっさと正装に着替えてきてくれッ!もうローマ正教との会談に時間がないんだッ!」

「嫌よ。どうせ会議なんてあたしは必要ないじゃない。会議にあたしにできることはリズべスがすべてできるはずなんだから、リズべス一人で進めても構わないわよ。あたしはあなたを信じてるから。あたしのイギリス清教の最終決定権は一時的に委任するわ。もし何かあったら呼んでくれればいいから」

「そういう問題じゃないんだッ!向こうのトップが出て切るのに、こちらのトップが目の前の公園でサッカーしてますじゃなめきっていると思われるッ!頭悪くないんだから理解しているはずだろ!」

「そうだ!いっそ、ローマのトップのここで一緒になってサッカーしましょうよ。みんなも、その方がうれしいわよねー?」

「えー、あの協会のおじさんたち、ちょっと怖い」

「お姉ちゃんがいてくれるなら別に今のままでもいいよ」

「それに、きれいな服を着ているおじさんたちの服を汚したくない。そんなことしてしまったら、おかあさんたちに迷惑がかかっちゃうかも」

「……仕方ない。実力行使で連れて行くか」

「なによ、やるっていうの?いいわ、あたしを応援してくれる子供たちのためにも、あたしはここで負けるわけにはいかないのよ!」

 

 しばらくして、先ほどから公園で子供たちと遊んでいた少女こそが自分が一目見て見たいと思っていた人間だと気づく。写真で顔は知っていたはずなのに、そんなことをするはずがないという先入観が気づかせなかったのだ。彼女たちはどういう話し合いをしたのか、リズべスとか呼ばれていた副官とおぼしき少女がサッカーボールの前に立ち、問題児の少女は仁王立ちをして構えていた。

 

「いい?リズべスがこのあたしを抜くことができたら今回はちゃんと言うことを聞いてあげるわ。いいこと?今あたしが地面に引いた線の範囲をゴールと認定するからね!通らなきゃ無効だからね!」

「……時間がないんだ。さっさと終わしてやる。姫は確かに優秀な人材だが、私だって伊達に天才と呼ばれてはいない。ボールを扱う才能くらい持ってる」

「ふふん、そんなことをいう奴なんて、大抵はザコ―――――――――ちょっと待って、まだあたし準備が……とちゃ!!」

 

 正直言って異様な光景であった。

 目の前にいた少女こそ、私が一目見てみたいと思っていた人物であると見てもはや疑いようはない。

 その人物は、無邪気ともいえる人間だったのだ。

 他宗教の教会の前の公園で、現地の子供たちど泥まみれになって遊ぶ一宗教のトップがいるとは思わなかった。

 

(……私とは大違いね)

 

 開いた口が塞がらないというのはこのことだろうか。

 無邪気に子供たちと遊ぶ姿は、まるでそこらにいるどこにでもいる子供のようにすら思えてくる。

 ただマーテルの後継者としての立場にいるだけの自分とは大違いだ。

 私はただそこにいるだけの存在。

 マーテルに顔を出せば私のことを知っている人間は笑顔で話しかけてくる。

 

『桜様のお加減はいかがなのでしょうか?』

『がんばってください。応援しています』

『今度、うちの地域のMTGにもいらしてください』

『あの、握手していただけませんか』

『自分にも握手を!』

『私も!』

『こっちにはサインを是非!』

 

 けれどそれは私に対するものではなく、聖女というものに対する敬意だ。

 マーテルの人間は、どこかに救いを求めているような人間ばかり。

 私が救いをもたらす存在であると信じているからこその敬意。

 そんな人間を導くべき存在にならなければいけない自分が、何よりも生きることを煩わしいと思っているのだと知ったら慕ってくれている人々はどう思うのだろう。

 

 私はあのイギリス清教のお姫様のようには笑わない。

 あんな楽しそうには笑わない。笑えない。

 

 でも、今更あんな風になりたいとも思わない。

 

(いい気なものね)

 

 今更人と関わって生きていこうとも思わないが、それでも心のどこかで嫉妬している自分がいる。

 人を導く人間としては、あの笑顔の少女と自分を比較した時の差がはっきりと感じ取れてしまったのだ。

 誰だって、あの子の側の方が楽しいというだろう。

 自分がどうしようもない人間なのだということを理解しつつも、それでも自己嫌悪に陥るということはなかった。そんなことを考える前に、サッカーボールが跳んできたのである。

 

「え?」

 

 私は反応することもできず、ボールが頭に強打する。

 

「……やらかした」

「ちょっとリズべス!少しは手を抜きなさい!あなた才能の塊なんだから、もうちょっとうまくできたでしょう!ねぇ、ちょっと、大丈夫?ごめんなさいね、ちょっとボールが暴走しちゃって……ってあら?あなた日本人?」

「え、えぇ」

「じゃあちょうどいいわ。あなたの一緒にサッカーでもしない?」

「は?」

「姫。自分の立場分かってる?姫はこれからローマの連中との顔合わせがあるんだってさっきから言っているだろう」

「そんなささやかなことはどうでもいいわよ!文句を言ってくるのならあたしのゴッド・ハンド・インパクトですべて粉砕してやるわ!」

「おいやめろ!あれ威力が爆撃と大差ないんだから、こんなところで自分の魔力を開放したりなんかするなよ!また私とメヌエットが修繕費の算出に頭を抱えることになる!」

 

 目の前で言い争いをしている主従を見ているうちに、私は自分でも気が付かないうちに言葉を発していた。

 

「……どうして」

「ん?」

「どうして、そんなに楽しそうに笑えるの?」

 

 今、世界で最も『神』に近い力を持っていると言われてるのに。

 その能力は人類の存続を脅かす存在として『ガーディアン』をはじめとした様々な勢力の人間に命を狙われたことだってあるはずなのに。

 

 私がつぶやいた言葉だけではなく、視線が、感情があなたのことを知っていると伝えたのだろうか。

 リズべスと呼ばれていた副官の少女の気配が薄れていき、彼女の右手は自らの武器に手が届くような位置まで移動していた。どこかの組織の回し者であることを警戒したのだろうか、私はそんなことには気づきはしなかった。

 

「……リズべス、必要ないわ」

「仰せのままに」

「?」

「ごめんなさい、こっちの話よ。ねぇ、そこのあなた。どうして楽しそうに笑っているのかって聞いたわね」

「ええ、そうね」

「だって、その方が愉快な世界になると思わない?」

 

 彼女はただ一言、そう言った。

 それは、どういう意味なのか。そう聞く前に、第三者からの声がさえぎった。

 ローマ正教のシスターが怒鳴り込んできたのだ。

 

「あ!いた!もうすぐ時間なのに一向に現れる気配もないと思っていたら、そんなところにいたのですか!」

「……目の前なんだしさすがに気づくか。今から姫の服を着替えさせる時間の余裕もない。仕方ない。このままでいこうか。何、なんとか言いくるめてやる」

「あ、メーヤじゃない。あなたも一緒にどう?」

「教皇様が待っているんですよ!失礼だとは思わないんですか?」

「じゃあリズべス、後はお願いね」

「……」

「イタタタタタ!ちょっと、ひっぱらないでよ!」

「いいからいくぞ。こんなことばかりしていたら親友のウルスのお姫様が聞いたら悲しむぞ」

「あの子はそんなこと言わないわ!いつもあたしのことを―――――――」

 

 副官の少女に強引に連れ去れていき、この場には先ほどまでとは違い静まり返っていた。

 ただ、周囲にはサッカーボールを手にした子供たちが私の周りに集まっていた。

 

「……え、何?」

「―――――――――――」

 

 イタリア語で子供たちは何か話かけてくるのだが、あいにくと何を言っているのか全く分からなかった。

 ただ、無言でサッカーボールを差し出してきた姿を見て一緒に遊んでほしいのだと言っているのだと思った。

 

 私の次の聖女候補として選ばれているしまこと、話せないなりに意思疎通ができているのと同じようなことだろうか。

 

「……ちょっとだけよ」

 

 サッカーボール受け取ると、集まっていた子供たちは周囲に散開する。

 いつでも蹴ってこいと言わんばかりの様子であったので、私は思いっきり蹴ってみることにした。

 イギリス清教のお姫様に感化されたわけではないのだが、子供たちを無下に扱うのも気がひける。

 ちょっとぐらいはやってあげてもいいだろう。

 

「それじゃ、いくわよ」

 

 そして私は思いっきり、ボールを蹴り飛ばそうとして、

 

「あれ?」

 

 思いっきり、空ぶってすっころんだ。

 周囲の子供たちが唖然としていた気がするし、何よりもすりむいて足が痛いとも思った。

 それでも、不思議と嫌な気持ちはしなかった。

 

 

 




朱音様の運動能力はお察しください。
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