ファング   作:ZERO式

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3 Sword: Black rose of Darkness

スローネ村に滞在してから今日で3日目。

グリールとの戦いで怪我をしたオレは宿で傷と体力を癒している。

結構首の傷が深かったためオレは村の専門術師によって傷の治癒を受けた。

 

「おはようレミリス。傷の具合はどないや?」

 

ディセントが洗濯物を持って部屋に入ってくる。

あの血だらけになった服は元通りの白とオレンジの色が復活して見違えるようだった。

 

「あぁ、おはよう。先生の腕が良かったからちゃんと塞がってるし、痛みもないよ」

 

「それは良かった」

 

「そういえば初と淳一は?」

 

「今は外に出て買い物とかしてるよ」

 

実はスローネに行く前に淳一から「仲間なんだから敬語とかいらん」と言われ、そのまま淳一も含め先生の事も初と呼び方を改めた。

初も「その方が違和感無い」と言ってくれたし。

 

「そうか……。なんか悪いな、オレだけ寝ててディセント達ばかりに動いてもらっちゃってさ」

 

「何言ってんのや。今のレミリスの仕事はちゃんと傷治して体力を回復させる事。ちょっとでも悪いなと思うんやったら、ちゃんと回復してな」

 

ディセントはそう言って笑いかけてくれる。

洗濯物を畳むとディセントはまた部屋から出て行った。

まだやる事があるらしい。

 

「…………」

 

何の気なしに窓の外を見る。

空は雲1つない快晴で鳥がさえずりながら飛び回り、村の中は沢山の村人が市場や店で買い物をしたり、話をしたりして楽しんでいた。

……今もこの村の外では紅魔軍が進攻し、沢山の死者が出ている事など微塵も考えていないかのように、楽しんでいた。

 

「……早く回復しなきゃな。そのためにも今は大人しく寝よう」

 

再び布団に潜り込み瞼を閉じる。

そしてあっという間に深い眠りについた……。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

──紅魔軍レグルス騎士団本拠地『メサイヤ』。

 

騎士団長であるレオはだだっ広い部屋で1人、朝食を取っていた。

その身にはあのサーガの鎧は纏っておらず、代わりに紅魔軍の上位幹部である事を表す、狼と蛇のエンブレムが入った深紅の軍服を着ている。

 

「……レオ様。ご報告があります」

 

「なんだ?やっとグリールの所在が分かったのか?」

 

3日前から姿が見えず所在も分からなかった。

レオにも部下にもどこへ行くか知らせずまま消えてしまったのだ。

 

「はい。しかし、既に死亡しております」

 

「……なに?」

 

ピタッと口に運んでいたフォークが止まる。

レオは一度フォークを置いてから部下に言葉を続けさせた。

 

「スローネ村近くの草原から彼の鎧とフォルケードが発見されました。あとは大量の血と肉片も……」

 

スローネ村は人間と共存している集落ではない。

村人は全て悪魔や魔物だ。

だがいくらそいつらでもグリールを殺せる程の武器や戦闘能力は持っているはずかない。

レオの脳裏には自分と同じフェンリルの血を引くレミリスの顔が浮かんだ。

 

「……あいつだ」

 

「え?」

 

「“R”の仕業だ。あいつならグリールを斃す力を持っているからな」

 

“R”とは紅魔軍が呼ぶレミリスの仮の呼称だ。

その中にはもちろんディセントと初も入っている。

 

「それにグリールは血肉が好きな奴だ。オレを出し抜いてあいつを斃し、その血肉を貪ろうとしたのだろう」

 

だがその思惑は砕け散り逆に返り討ちにされて殺された。

……愚かな奴だ。

レオは内心自業自得だとグリールを冷たく笑った。

 

「そういえばスローネ村に怪我人が運ばれたという報告も──まさか奴は今スローネに!」

 

「だろうな。いくら斃したからといっても奴も“元紅魔軍”剣士だ。深手くらいは負わせているだろう」

 

「ならば今から兵を召集してスローネに──」

 

「ダメだ」

 

レオは朝食を平らげて口をナプキンで拭くと部下に面と向かって言った。

 

「騎士が怪我人に手を出す事は許さん。それがレグルス騎士団の騎士なら尚更だ。それに、手負いの者と戦い勝利しても、それは真の勝利とは言えない」

 

「は、はぁ……」

 

「奴が回復するまで絶対に手を出すなよ」

 

そう、今のあいつと戦ってもオレが勝つのは明白だ。

だがそれではあまりにもつまらない。

あいつにはまだまだ強くなってもらわなきゃ困る。

せめてオレと対等に剣を交える事ができる程度までには。

 

「さて。オレは部屋に戻る。何かあったらすぐに報告しろ」

 

「はっ!」

 

席を立ってレオは部屋へと続く廊下を1人で歩いていく。

 

「……久しぶりにボルメテウスと走りに行くのも悪くはないな」

 

メサイヤ内にある馬小屋。

そこはレオの愛馬専用の馬小屋であり、他兵士の使う馬達とは作りが異なっている。

 

「おはようボルメテウス」

 

ボルメテウスと呼ばれた茶色の毛並みの馬は、レオが入ってきた事に嬉しそうに頭をふってレオの頬に自分の顔を擦りつけた。

 

「ここ数日、窮屈な思いをさせて悪かったな。今日は一緒に走ろう」

 

レオは手綱をボルメテウスに固定して馬小屋から出す。

小屋から出るとレオはボルメテウスに跨がり一気に地を走らせた。

 

「……バチは当たるまい」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「レミリス~。ご飯やで~」

 

「あいよ。今行く」

 

夕方になった。

ディセントに呼ばれてオレは1階の食堂へと下りて、初と淳一が座っているテーブルに向かう。

 

「おう。大分顔色も良くなったな」

 

「しっかりと休ませてもらったからね。傷口ももう塞がったみたいだし」

 

そう2人に言いながら椅子に座り料理が来るのを待つ。

5分程待っていると厨房からこの宿の宿主が大皿を持って運んできた。

今日のメニューは肉料理らしい。

 

「いやー、すっかり元気になったね!最初怪我して来た時はびっくりしたよ」

 

ちなみに宿主は女性である。

さすがに紅魔軍に襲われて怪我したとは言えなかったので、追い剥ぎに襲われたという事にしといた。

傷は負ったけど追い剥ぎは撃退したという補足付きで。

 

「心配かけてすんませんでした」

 

「大丈夫大丈夫。元気になってくれておばちゃんは嬉しいよ!」

 

ガッハッハと豪快な笑いをしながらおかみさんは厨房へと戻っていった。

ちなみにおかみさんは見た目は人間だが種族としてはミノタウロス族だ。

豪快な性格もそうだが頭に2本角生えてるし。

 

「とりあえず明日の昼頃出発しよう。移動手段としてバイクとかあればいいんだが……」

 

「さすがに歩きや走りだと時間かかるし疲れるしな」

 

「けどこの村にある?バイク屋とかあるようには──」

 

「バイクかい?それなら隣の鍛治屋にあるよ」

 

するとまた大皿を持っておかみが話に交ざってきた。

ていうか鍛治屋?

 

「……ねぇおかみさん。その鍛治屋の名前ってドワーフ?」

 

「あら、ドワーフを知ってるのい?」

 

知ってるも何もアクティオンとアスティオンを作ってくれた張本人だ。

あの日から姿を見てなかったからまさかとは思っていたけど、良かった……生きてた。

 

「……こいつの持ってる2丁のガンナーはドワーフが作ったもんだからな」

 

安堵感で話せないオレの代わりに初がおかみさんに説明してくれた。

なんとも優しい人だよまったく。

 

「あらまー。ならドワーフが言ってた子ってあんたの事なのかしらねぇ?」

 

「……え?ドワーフがオレの事を」

 

「なんか“空を飛ばせてやりたいガキがいるんだ”って言って何か作ってたよ?」

 

ドワーフ、一体何を作ってるんだ?

さっぱり分からん。

オレ、ドワーフに空を飛びたいなんか言ったっけか?

 

「なら決まりだな。飯食い終わったらそのドワーフって鍛治屋のとこに行こう。良いバイクがあればいいけどな」

 

淳一は先程運ばれてきた骨付き肉にかぶりつきながら言う。

けどバイク買えるお金あるんだろうか?

悪いんだけどそこまでお金があるようには思えないのだけど……。

 

「まー心配すんな」

 

ニヤリと笑いながら淳一は親指を立てる。

 

「……そういえば初や淳一はガンナーをどこに収納してんの?」

 

オレのアクティオンとアスティオンはともかく、2人が使っているのは主にヘビィバレルだ。

持ち運ぶのにも目立つのに2人はどこからともなく取り出して戦ってるし。

 

「あれ?話してなかったか?ヘビィバレル使いは基本的に『夢幻』と呼ばれる戦闘服を着ているんだ。オレの場合はこのジャケット、淳一は黒服だ。夢幻は大型武器収納用の戦闘服で、自分の武器は服の内側にある特殊空間に収納されるんだ」

 

「取り出す時は手を内側に入れて使いたい武器を引き出すんだ。しまう時はその逆」

 

「ずいぶんと便利な服だなぁ」

 

「クロメリス戦争時代では無かった技術やね。ガンナーも性能が荒かったし。使うガンナーも今みたいにガンタイプとヘビィバレルに別けられてもなかったしなぁ」

 

「……さて、飯も食い終わった。早速ドワーフの所に行こうじゃねぇの」

 

「そやな~」

 

「うん」

 

空になった食器を重ねて食堂を出たオレ達は、そのまま宿からも出て隣のドワーフの店へ向かう。

店内は明かりが灯っていてまだ営業しているようだった。

 

ドアを開けて中に入るとそこには沢山の機械が溢れていた。

店内にあるのはガンナーや剣、鎧以外に包丁や鍬等も置いてある。

 

「さすがに機械油くせぇな」

 

「そりゃそうだ。ここは食堂みたいに美味そうな匂いはしねぇぞ」

 

すると店の奥から髭もじゃの体格の良い男がキセルをプカプカと吸いながら出てきた。

間違いない……彼だ。

 

「で?一体何をお求め──お、お前……レミリスか?」

 

ドワーフは目を見開いてこちらを指差しながら震えた声でオレの名前を言った。

捕捉だが今しがた吸っていたキセルを手から落としそうになってた。

 

「う、うん……。久しぶ──」

 

「レェェェミリスゥゥゥゥ!!!」

 

「うおっ!?」

 

号泣。

そう、号泣だ。

めっちゃドワーフが号泣しながらオレに抱きついてきたのだ。

しかもすげー力で抱きついてくるからかなり痛い!

 

「よく生きてたぁぁぁぁ!!オレは信じてたぞぉぉぉぉ!!レミリスゥゥゥゥ!!」

 

「い、痛い!ドワーフ、心配してくれてたのは分かったから!とりあえず離れてぇぇぇ!!」

 

さっきから骨がミシミシいってるから!

ってか、そこの3人!

ニヤニヤ笑ってないで助けてくれぇ……。

 

「お、おうすまねぇ。つい感極まっちまった」

 

ドワーフは急いでオレから離れてカウンターの前にあったティッシュ箱に手を伸ばして、ティッシュを2、3枚ほど取り出して大きな音を立てながら鼻をかんだ。

 

「良い人やないの~。涙流して喜んでくれる人なんてそうそういないんとちゃう?」

 

「そうだぞレミリス。お前も泣いとけ」

 

うっ、こいつら楽しんでやがるな。

あとで絶対ブラッディダガーかアクセルスパイクを喰わらしてやる。

 

「いや、ホントに無事で良かった。オレはお前と別れた後、まっすぐこのスローネに戻ってきたから、紅魔軍の攻撃から逃れる事ができたんだ。それにしてもお前の姿……なるほど、その紅い瞳は伝承通りフェンリルなんだな」

 

「あぁ。まだ覚醒したばかりだから魔力制御が難しい。けど3人に今は支えてもらってるよ」

 

そう言ってオレは後ろにいたディセント達に視線を移す。

 

「新上初。人間だが能力はアンデッドでヘビィバレルガンナーの使い手だ。訳あって、レミリスの通っていた学校の教師をしていた」

 

「オレは萩野淳一。ベオウルフだ。初と一緒でヘビィバレルガンナー使いをしている」

 

「んで私はディセントや。あんさんには聖魔剣ディセントって言えば分かるやろか?」

 

「ほう?こりゃまた面白い組み合わせだな。アンデッドにベオウルフ、しかも聖魔剣とは」

 

ドワーフはキセルを改めて吸いながら近くにあったイスにドカッと座る。

そして先程まで飲んでいたらしいビール瓶を、そのままらっぱ飲みでビールをごくごくと喉を鳴らして飲んだ。

 

「あまり驚かないんだね。普通ならあの聖魔剣が目の前にいる訳だから、テンションおかしくなってもいいのに」

 

「このご時世だからな。紅魔軍がまた現れちまうくらいだ、嫌でも驚かなくなるさ」

 

ごもっとも。

オレでもドワーフと同じように嫌でも驚かなくなる。

ってか、今そのご時世の渦中のど真ん中にいるんですけど……。

 

「……って、話が反れちゃってるよ」

 

「おっと、そうだそうだ。単刀直入に言う。ここにあるバイクの中で一番性能の良いバイクが欲しい」

 

淳一はオレの前に出てドワーフをしっかりと見て話す。

それにつられてオレも同じようにドワーフを見た。

 

「性能が良いバイクねぇ?こう言っちゃなんだが、オレの造ったモノは全部最高傑作だぜ?」

 

ドワーフは腕を組みながら鼻をフンと鳴らす。

そしておもむろに1台のバイクに歩み寄り座席を軽く叩いた。

 

「敢えて選ぶならこいつだな。馬力・スピード・耐久性がバランス良く、尚且つ高い。サイドカー型だが用途に応じて取り外しは可能だ」

 

そのバイクは淳一の黒服のように真っ黒いボディをしていた。

マフラーは両サイドに付いていて通常のマフラーよりもでかい。

というか全体的にボディがでかい、うん。

 

「ほう?これは……気に入った。これにしよう」

 

淳一はサイフから金を出そうとするがそれをドワーフはなぜか制止した。

 

「金はいらねぇよ。こいつはオレの趣味で造ったモンだ。もともと商品としては扱ってなくてただの客の呼び込みのために飾ってたんだ。だが、あんたにゃ特別にやるよ」

 

淳一は少し驚いたように軽く目を見開いていたが、すぐにニヤリと笑みを浮かべた。

どうやら納得したようだ。

 

「ありがとよ。大事にこき使わせてもらうぜ」

 

「おうよ。さて、次はレミリス、お前のだ」

 

そう言ってドワーフは店の奥へと一度姿を消す。

2分ほど待っていると、その太い両腕いっぱいに2つの鎧の一部のようなものを抱えて戻ってきた。

 

「これは……?」

 

「足に装着する……機械みたいやね。なんや、ずいぶんヘンテコな機械やなぁ」

 

「……足甲型のようだが?」

 

“それ”は簡単に言えば機械でできた足甲型の鎧だった。

膝から下に装着するらしいのだが、その足先はまるで女性のハイヒールを機械的なフォルムにしたような感じだ。

しかも踝部分にはフィンのようなものがついている。

 

「こいつは足甲型機動装具『リインフォース』だ。飛竜“ワイバーン”の骨と翼の飛膜、風の精“シルフ“の羽根と少量の血液を材料に用いた機動装具でだ歩行も可能だが、基本的には踝部分のフィンから大気を取り込み、足底部から放出させて飛行やホバリングを行うんだ。戦闘の際には取り込んだ大気を足底部から真空の刃として放ったり、竜巻のような鋭い攻撃が可能よ」

 

ガッハッハッと豪快に笑いながらドワーフはリインフォースの説明を続ける。

 

「以前、オレがお前に造ったアクティオンとアスティオンのようにルメシナスを搭載している訳じゃねぇ。飛竜の骨や妖精の羽根等を材料にしているから、そのままそいつらの能力が使えるって代物よ!」

 

「な、なんちゅー無茶苦茶な装具や……」

 

「だが飛竜ワイバーンや風の精シルフの能力をそのまま使える武器はそうそう無いぞ」

 

確かに初の言う通りだ。

ワイバーンはドラゴン族の中では一番と言っても良いくらいその飛翔能力は高い。

シルフに関しても大気や風を操る四大精霊の1つに数えられる程の力を持つ精霊だ。

そんな2体を材料に作られているこの足甲型機動装具リインフォース……。

そのポテンシャルは計り知れない。

 

「ちょうどあの日──紅魔軍が現れたあの日だ。学校に行く前にオレに会ったろ?その時に“空を飛びたい”と言ってたからな……。急いで帰って造り上げたんだよ」

 

──そうだ、思い出した。

確かにドワーフと朝会ったときにそんな話をしていた。

まさか実現するとは思ってなかったけど……。

 

「……今のお前には必要なもんだ。そう……あいつと──レオと戦うためには」

 

「「!!」」

 

オレとディセントはドワーフの最後の言葉に耳を疑った。

今確かにレオって言ったよな……?!

 

「ドワーフはあいつを知ってたのかよ!?」

 

「あぁ。よく知ってる……あいつがまだ“人間”として生きていた時からな……」

 

ドワーフは再びイスにドカッと座りキセルを吸い始めた。

その目はどこか懐かしい思い出を振り返っているかのようだった。

 

「まだ覚えているよ。……あいつが母親への誕生日としてオレにオルゴールを作らせた……そして母親もレオの誕生日プレゼントをオレに作らせたのさ。ハーモニカをな……」

 

オレはドワーフが懐かしそうに話す内容を信じる事ができなかった。

オレが出会ったレオは強くて残酷で全てを見下しているような冷たい男だ。

それが昔は実の母親に誕生日プレゼントを送るような優しい男だった?

 

「んな馬鹿な話、信じられ──」

 

「信じられない、ってか?だがこれは紛れもない事実、レオは……レオ・エルフォードは母親思いで友人達を大切にする心優しい少年だったんだ。……だが、あの“竜”が現れたせいでレオは変わっちまった……。まさかとは思ったがあいつが紅魔軍の騎士になってたなんてな……」

 

あのレオにそんな過去があったなんて……。

というか“竜”?

 

「ドワーフ、竜って?」

 

「……オレも実際に見た訳じゃねぇ。だがレオの故郷『ステラス』を謎の“赤い竜”が襲ったんだ」

 

──ステラス。

確かスローネよりずっと先にある風の神を崇めるでかい村だ。

そしてステラスの民は本能的に風を読み、風を操るらしい。

数年前に大災害にあったと聞いた事があったけど……まさかそれがその赤い竜の仕業?

 

「ステラスも当時よりかなり復興していると聞いた。だがかなりの民がその赤い竜によって喰われ、引き裂かれ、潰された事には変わりない。今でもステラスの民にとって、赤い竜への恐怖は心深く刻まれ、消えることはない」

 

だが、とドワーフはさらに言葉を続けた。

 

「あくまで“聞いた話”だ。今話した事が全て合っているとは限らねぇ。話や噂ってのは、人から人へと内容が馬鹿みたいにオーバーになっていくからな。今語り継がれている伝説や英雄伝も同じようなもんだ……」

 

「……向かう場所は決まったな」

 

「そやね」

 

「あぁ。ステラスに行く」

 

真実を確かめるんだ。

なぜ心優しかったレオが残虐な騎士になってしまったのかを、ステラスに起こった大災害の真実を。

そして……レオの“紅い瞳”の訳を……。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

──早朝。

朝焼けがかなり綺麗な晴れ渡る朝にオレ達は宿の外に出ていた。

淳一は昨日ドワーフから譲り受けたバイクに跨がりエンジンをかける。

魔石ルメシナスが動力源なため当然ながら排気ガスは出ない。

実にクリーンでエコな乗り物だ。

 

「……こいつぁホントにいいマシンだ」

 

アクセルを吹かしてその音を聞きながら淳一は目を閉じて笑う。

オレにはただのエンジン音にしか聞こえないんだけど……。

 

「で?レミリスは準備できたん?」

 

「あぁ。なんか変な感じだけど」

 

両脚に足甲型機動装具『リインフォースを装着してその場を歩いてみる。

ガションガションと足底部が地面に付く度に音を立てる。

実際、地面に付いている部分はオレの足ではなくリインフォースの足部アーマー部分だ。

 

「ま、それはそのうち慣れるだろ」

 

サイドカーに乗りながらタバコを吸う初。

ちくしょー、あんたはただ乗るだけだから楽じゃねぇか。

 

「むぅ。ま、使いこなしてみせるよ」

 

オレは静かに目を閉じてリインフォースに意識を集中する。

オレ自身の魔力をリインフォースへ供給して起動させるのだ。

 

──キュイィィィィン。

 

「お?」

 

目を開けてみるとリインフォースの外踝側にあるフィンが静かに回り始めていた。

その回転速度はどんどん加速しながら高速回転するフィンから“大気”を取り込み始める。

そして回り始めてから5秒足らずでオレはゆっくりと浮遊し、地面から約1mくらいのとこまで浮いていた。

 

「お、おぉ~……。浮いてる浮いてる」

 

「やったやんレミリス~。ちょい軽く飛んでみたらどや?」

 

「そうだな。練習がてら飛んでみるか。よし……」

 

もう一度リインフォースに意識を傾ける。

そう、高速で空を飛び回るイメージ、イメージ、イメージ……。

 

──ズオォォォォォ!!

 

先程よりもフィンが大量の大気を取り込み始め、膝の下と足底部にあるスラスターから圧縮された大気が放出され始める。

同時にオレは一瞬で地上から約66フィート(20m)の高さまで飛んだ。

 

「うおぉぉぉぉぉ!?」

 

速い!

凄まじく速い!!

これがワイバーンとシルフの力なのか!

 

「くっ……!姿勢制御は……!む、難しいな……」

 

オレは取り込んだ大気の圧縮調整を意識しながら2つのスラスターの出力調整も同時に行う。

暫く飛んでいると大分慣れてきリインフォースを使いこなせてきた。

 

「すげぇ……飛ぶって気持ち良いんだな。やべぇ、ハマりそ──」

 

「レミリス~!そろそろ出発するで~?降りてきてな~」

 

おっと。

どうやらあちらも準備ができたようだ。

……というかオレが準備できるのを待っていたのか。

それはめんご。

 

「ごめんごめん。もう思い通りに飛べるようになったから大丈夫だよ」

 

「ほなステラスに向けて出発しよ~。ちょー失礼するで~」

 

そう言いながらディセントは至ってごく自然にオレの背中におぶさってきた。

……ん?

これおんぶじゃね?

 

「ん?どうしたんやレミリス?行かへんの?」

 

「……いや、行くけどさ?ディセント、お前空飛べるんじゃなかったのか?」

 

「当たり前やん」

 

こらこら、その「おかしな事訊くね?」みたいな顔でこちらを見るんじゃない。

 

「なら自分で飛べば──」

 

「いいじゃねぇか。ケチケチすんなよ」

 

「そうだぞ?乗せてやれ」

 

ちくしょー、ニヤニヤしながら言うんじゃねー!

 

「な?いいやろレミリス?」

 

「……仕方ねぇな。しっかり捕まってろよ」

 

「うん!」

 

ディセントはしっかりとオレにしっかりとしがみつく。

……あ、いかんいかん。

変な意識すんなオレ。

 

先程のようには飛ばずオレは地上から約3フィート(1m)の高さでホバリング飛行を行う。

もちろんホバリング飛行のためにスラスターからの放出量を抑えている。

 

「お~?なかなか乗り心地えぇな~♪」

 

「そりゃどうも。はしゃぎ過ぎて落ちんなよー」

 

こちらも落ちないように支えているけどいかんせん、さっきからディセントがはしゃぐもんだから数回落としそうになったし。

 

「こっちも乗り心地最高だぜ?このエンジン音、風を切って走る感覚……あぁ、良いね」

 

「淳一の言う通りだ。こりゃ寝るのには丁度良い」

 

運転する淳一の隣でサイドカーのボディの上に脚を投げ出して座りながらアクビをする初。

なんと暢気な人なんだろう。

戦闘する以外この人タバコ吸ってるか寝てるかだもんな……。

 

「うはー。もうスローネが遥か後ろだよ……。歩きとは全く違うね」

 

何より疲れない。

これ最高だね。

ホントにドワーフには感謝だよ。

 

スローネを出発してからそう時間は経っていないが、すでに村の光景は見えなくなり、変わりに目の前には木々と草原がどこまでも続く光景が広がっていた。

道は舗装されておらず砂利道だ。

オレには全く関係ないが、淳一と初の乗るバイクは砂利道の影響で細かく振動している。

 

「……調子狂うな」

 

突然初がそんな事を小さく言った。

人間モードの時では聞くことができなかったくらいの、ホントに小さく呟くように。

 

「どしたの?」

 

「……いや、なんでもない。オレは寝るぜ」

 

そのまま初は目を瞑って黙りこんでしまった。

一体初は何に対して調子が狂うなんて言ったのだろう?

 

(…………なぜ“あいつ”は現れない?)

 

初がそう内心毒づいていた事をオレを含めディセントも淳一も知りもしなかった。

そう、初を狙う騎士(ハンター)とこれから訪れる出会いと戦いも……知るよしもなかった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

砂が吹き荒れる荒野。

そこを1人の男が馬に乗ってその荒野を越えようとしていた。

男が目指す場所はこの荒野を越えた先にあるのだ。

 

太陽はジリジリと男を容赦なく照らすが、当の本人は全く気にしていない。

それどころか男の服装は黒い毛皮でできた上着を纏い、ボロボロの包帯で口から肩の辺りまで覆っている。

しかも履いているのは黒い皮のブーツだ。

そしてその鋭く刺すような眼差しの瞳も黒い。

 

そう、“黒”。

まさに彼は漆黒を──闇を纏っていた。

 

──ゴバァァァァァッ!!

 

突然彼の向かっている先に巨大な砂柱がそそり立つ。

同時にその中からこれまた巨大なサソリが現れた。

どうやら彼を狙っているらしくその巨大な鋏をガチガチと鳴らしながらまっすぐ突進して来る。

 

「……止まれ。“スレイプニール”」

 

スレイプニールと呼ばれた屈強な馬は彼の命令に従いその場に止まる。

彼はスレイプニールから下りると背に差していた全長2mは超えるであろう斬馬刀を、軽々と右手で抜き放つ。

その斬馬刀にはJormungandr(ヨルムンガンド)と彫られており、全体的に刃が刃こぼれしていた。

到底斬れるようには見えない。

 

そうこうしているうちにサソリはもう目の前まで迫ってきていた。

サソリは彼を引き千切ろうとその巨大なハサミを凄まじい勢いで振りかざしてきた。

 

──が。

 

「……ふん」

 

ハサミが彼を捕らえる事はできなかった。

それどころかハサミは本体から離れてしまっている。

そう、彼がその巨大な斬馬刀でぶった斬ったのだ。

よく見るとその斬られた断面はズタズタだ。

 

激怒したサソリは鋭く尖った尾から溶解液を彼に向けて放つ。

だがこの攻撃も当たる事はなかった。

 

「……おせぇ」

 

彼は空中に跳躍して攻撃を回避した。

そして新たに腰に差していた散弾銃を左手で構えて、トリガーを躊躇なく引く。

刹那、銃口から120発の“魔力弾”が放たれサソリの尾を完全に破壊した。

そう、散弾銃はルメシナスが搭載されたガンナーなのだ。

彼はトリガーと一体化しているレバーを動かして、レシーバー上部から銃から発せられた熱を一気に放熱させる。

 

サソリは怒りと共に恐怖に震えていた。

“これほどの力を持っているとは聞いていない”

だが命令は絶対。

己の命を犠牲にしてでも目の前の『討滅者』を抹殺しなければならない!

サソリは捨て身と言わんばかりに残った右のハサミを振り回しながら彼に突撃した。

 

「…………」

 

左手の散弾銃をまた腰に差して斬馬刀を両手で上段に構える。

そして迫り来るサソリに向かってその巨大な刃を無慈悲に振り下ろしトドメをさす。

真っ二つになった体からは紫色の体液が間欠泉のように吹き出し、辺りを黒紫に染め上げた。

 

「…………」

 

彼は無言で斬馬刀を背に差して、戦いの様子を見ていたスレイプニールに近づく。

 

「……余計な時間を食ってしまったな……先を急ごう」

 

再びスレイプニールに跨がり改めて目的地へと進む。

目的地は紅魔軍が占拠した850年前の遺跡──『グロリアス』。

彼にとってグロリアス遺跡は己に流れる“血”と深く関連する忌まわしき遺跡だ。

その遺跡をオペレーション・ラグナロクによって紅魔軍が占拠、重要拠点の1つにしている。

 

「……全ての悪しき魔族はオレが滅ぼす」

 

彼の通った道の後ろには炎が燃え盛り、生者は1人としていない。

彼に狙われたが最後、選択肢は2つ。

自刃して果てるか、彼に殺させるかしかない。

生きて彼から逃れるなど不可能。

悪しき存在は全て滅ぼす。

そう、如何なる理由があろうと必ず滅ぼす。

 

彼の事を紅魔軍と一部の魔族は畏怖を込めてこう呼んだ。

 

──紅蓮の炎を纏う討滅者(ベルセルク)と──。

 

その漆黒の瞳には憎悪の炎が静かに、だが激しく燃えていた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「今日はあの丘の教会で一夜を凄そう」

 

辺りもすっかり暗くなり始めた頃、オレ達は小高い丘に建っている教会を見つけた。

だが教会と言っても廃れていて人がいるような気配は感じられない。

当たり前だが魔力もだ。

 

「……魔族が教会で一夜を過ごすなんてなかなかねぇよな」

 

「まず近付かんやろ?魔族にとって教会は弱点である“光”の力が溢れる場所や。下手したら滅せられるしな~」

 

そんな軽いノリで滅せられるとか言うなし。

というかさすがリインフォース、まったく疲れないで飛ぶ事ができたよ。

ワイバーンとシルフの力って改めてすげーな。

 

「……紅魔軍に破壊された感じじゃねぇな。崩れ具合からして……かなり昔に台風か地震か、はたまた竜巻によってか、自然の力で壊されたんだな」

 

初の言う通りこの教会は故意に破壊されたものじゃないというのが分かる。

中に入っても草が所々生い茂ってるし、祭壇も朽ちてしまっていた。

 

「聖堂ではさすがに寝られる状態じゃねぇな……。隣に別棟があったからそっちに行ってみようぜ?信者が使っていた寮かもしれない」

 

先を進んでいく淳一に後ろからついていく。

あぁ、なるほど。

聖堂と寮──というか宿舎、は渡り廊下で繋がっており、行き来がそれなりに楽だ。

でも今は瓦礫で歩くのが大変だけどね。

 

「意外と部屋は大丈夫っぽそうやね。崩れる心配もあらへん」

 

ディセントが見つけた部屋は他の部屋よりも少々広めの造りになっていた。

もしかしたら個室じゃなくて相部屋として使われていたのかもしれない。

崩れる心配はないと言ってもひび割れは各所に見られるけど……。

 

「ふぅ~。ようやく座れるぜ」

 

「あんたサイドカーに座ってただろうがよ」

 

「馬鹿野郎。気持ちの問題だ気持ちの」

 

じゃれあう(?)2人をよそにオレは脚からミラージュを外してぐぐっと筋肉を伸ばす。

あぁ~……良いねぇ。

 

「さすがにずっと装着しっぱなしっちゅーのは、きついみたいやね。大丈夫?」

 

「ん?そこまで激しい疲れじゃないから大丈夫だ。魔力は消費してないからな」

 

「なら良かった~。それにしてもレミリス、ホントに乗り心地良かったで~?また明日も頼むな?」

 

……これって断ったらいけない空気だよな?

うん、断ったら後々めんどくさくなると思うし。

 

「はぁ。あいよ、了解」

 

ディセントは笑顔で頷きながらオレの隣に座り、初から受け取った缶詰めを開けて食べ始める。

ちなみに中身はツナカレーだ。

 

「そういえばさーディセント?」

 

「ん?なんや?」

 

「その……フェンリルってさ、どんな人だったんだ?」

 

「ん~、そうやね~……人間側に寝返る前は、冷酷非道、敵対する者は人間・魔族問わず滅ぼしてたって聞いたで?」

 

……ん?

聞・い・た・?

 

「私が旦那の剣として力を奮ったんは、旦那が紅魔軍を寝返ってからや。それ以前なんてこの目で見てないから分からん」

 

「むぅ。なら寝返ってからのフェンリルはどんな感じだったんだ?」

 

紅魔軍として戦っていた時が分からないなら寝返ってからの事を知りたいし。

 

「そこは伝説通りや。人間と人間に味方する魔族を滅ぼそうとする紅魔軍をたった1人で滅ぼしたんや。……『グレイプニル』を解放してな」

 

「……グレイプニル?」

 

「別名『封印の神鎖』。旦那は己の手首に枷をしてたんや。それがグレイプニル。グレイプニルはいわば旦那の──フェンリルの真の力を封印するための解いてはいけないリミッターや。グレイプニルがある限り、旦那は真の力を発揮できない。というか、真の力を解放する必要がないくらい最強やったんや」

 

ここで一度ディセントは水を飲んで喉を潤してから言葉を続けた。

 

「そしてその旦那がグレイプニルを解放したのは紅魔軍の将軍であり、戦友でもあった『バジリスク』との戦い、その時だけや。その戦い以来、旦那はグレイプニルを解放せんかった。そう、死ぬまでな……」

 

ディセントは懐かしそうに、だがどこか悲しい瞳をしながら話をしていた。

 

「そのグレイプニルを解放するとどうなるんだ?」

 

今まで空気──失礼、ディセントの話を静かに聞いていた初が訊ねる。

 

「フェンリルは魔狼や。それもレイピレスが生んだ地上最強・最悪・巨大な魔狼……その巨体は山をも軽く越える程な。グレイプニルが解放されると同時にその真の姿になって、口から紅蓮の業火を吐いて紅魔軍を燃え散らし、爪で大地を抉り、牙でバジリスクを喰い千切ったんや。……さすがの旦那でもバジリスクを『絶空間』に封印するのがやっとやったけどな……」

 

『絶空間』とはこの世とあの世の狭間にあるとされている空間であり、一度迷い込めば体が朽ちて魂になっても二度と出ることはできないと言われている異空間だ。

昔その絶空間を調査しようとした調査団が行方不明になったニュースがあったが、恐らく絶空間を見つけたはいいけど、そのまま吸い込まれてしまったのだろう。

 

「……こうして、紅魔軍壊滅とバジリスク封印っちゅー形でクロメリス戦争は終結したんや。そしてフェンリルは己が死ぬまでレイピレスの王として君臨し、人間と魔族を見守ったんや。私は旦那が死ぬ直前にある場所で旦那の手によって長い眠りについた。そして……その眠りから覚めて今はレミリスの剣や」

 

ニンマリ笑いながらディセントはオレに抱きついてくる。

どうしていいのか分からず固まっていたけど、とりあえずそのきれいな銀髪の頭を撫でてあげた。

うはぁ……なんか気恥ずかしいな。

 

「旦那はダンディだったけどレミリスは可愛ぇの~。若いっちゅーのは羨ましいわぁ」

 

「ちょっ!スリスリすんなし!」

 

「え~いいじゃん。減るもんじゃないやろ?」

 

いや、減るんですよ。

主に理性とか何かが。

そんなオレを無視して抱きついて離れないディセントであった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「……ここに奴等が?」

 

「はい。報告ではあの教会に入っていったと報告がありました」

 

月が真上に上がった頃、森に潜みながら教会を睨む集団がいた。

紅魔軍の中隊だ。

 

「ふん。あの若造にばかり手柄をされてたまるか。フェンリルの血を引く者はこのオレが殺すんだ」

 

牛の怪物ミノタウロス。

その右手には巨大な斧が握られており、それをミノタウロスはべろりと舐めた。

この男もまた血が好きな戦闘狂なのだ。

 

「よし、攻撃開──」

 

「「ギャアァァァァァァァァァ!?」」

 

突然の悲鳴にミノタウロスと兵士達は一斉に悲鳴が上がった先を見る。

そこには上肢と下肢が斜めに真っ二つにされた2体のオーガの死体が無惨に転がっていた。

 

「な、なんだ……!?奴等の奇襲か──」

 

「ヒギャアァァァァァァァァァ!?」

 

またオーガが1体殺られた。

暗闇から襲ってくる敵に全員恐怖した。

ミノタウロスも先程まで右手で持っていた斧をしっかりと両手で構えている。

 

「狼狽えるな馬鹿者!!紅魔軍の兵が恐れるなぞ許され──」

 

“許されない?”

 

「!?」

 

暗闇から声がした。

しかも女だ。

 

“あたしのテリトリーに入っといて……生きて抜け出せるなんて思わないでよね?”

 

女は自分の声にビビっている紅魔軍の様子を見てニヤリと笑う。

薬を作るために必要な植物を採取して帰る途中で偶然、森に潜んでいる紅魔軍を見つけたのだ。

この森は彼女にとって“縄張り”

故に土足で踏み込んだ者は容赦なく殺す。

 

「さぁて……覚悟はできた?」

 

右手に持つ巨大な鎌を構えて彼女は宙へと跳躍し、真下にいる紅魔軍の兵士へ狙いを定める。

そして着地すると同時に5体のオーガを真っ二つにした。

 

「こ、こいつ……!?」

 

「漆黒の大戦鎌……漆黒の女……間違いねぇ。こいつ、魔女だ……あの『闇の黒薔薇』だ!!」

 

口の端をあげて残酷に笑う魔女。

その姿はさながら魂を狩りに来た死神そのものであった。

魔女は周りにいたオーガ数体に捕縛術を施すと同時に、その真上から雷を落としてオーガ達を消し炭にする。

 

「な、なんという魔力量と魔術展開の素早さ……」

 

「あれ?あんたらのとこには魔女いないの?それともいたとしても、あたしより展開が遅いの?ま、興味ないけど」

 

今は目の前の獲物を狩る事が目的。

それ以外は興味ない。

 

「さあ、あんたらの罪を数えなさい?」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

──ズドォォォォン!!

 

「な、なんだ!?」

 

「森の方からや!」

 

突然の爆発音に飛び起きたオレは森側の窓へ近づき外を見た。

暗闇でよくは見えないが爆発音に混じって叫び声が聞こえてくるのが分かった。

 

「まさか紅魔軍!?」

 

「この匂い……オーガだな」

 

淳一は人狼──ベオウルフだ。

狼故にその鼻はかなり良い。

オレはまだ判別できるまでに実力がないが……。

 

「だが血を流しているのはオーガ……紅魔軍側だけだ。一体なんだってんだ」

 

「考えるより行動だ。行こう!」

 

オレはリインフォースを装着すると窓から飛び降りて一気に森へと飛んでいく。

森へと入る手前の草原には無惨にも真っ二つにされたオーガの死体がいくつも転がっていた。

 

「こいつは……」

 

下りて死体を確認していると、森の奥からこちらに向かってくる巨体が見えた。

オレはとっさにブラッディーダガーを前方に展開していつでも攻撃できるようにする。

 

「た、助けてくれぇ!!」

 

「なっ……!?」

 

こちらに向かって走ってくるのはミノタウロスだった。

だがこちらを気にもとめずに何かから必死に逃げていた。

 

「!?フェンリルの血族……う、うわあぁぁぁぁぁ!!」

 

「なんだってんだ一体!」

 

オレは牽制としてブラッディーダガーを放つがミノタウロスはお構い無しにこちらに走ってくる。

しかも右手で斧を振り回しながらだ。

 

「ちっ……!」

 

オレはリインフォースを攻撃モードにシフトさせてその場でホバリング飛行をする。

そして右足を斜め後ろに引いて構えた。

 

「喰らえ……『エアブレード』!!」

 

まるでサッカーボールでも蹴るようにオレは右足をおもいっきり横から薙ぐ。

するとリインフォースのフィン部から三日月状の真空の刃が放たれた。

 

放たれた刃は正確にミノタウロスの斧を右腕ごと切り裂く。

 

「う、うぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!」

 

だがミノタウロスは依然としてこちらに走ってくる。

一体何から逃げているのだろう?

 

「し、死にたくねぇ!死にたく──」

 

ザシュッ。

 

次の瞬間、ミノタウロスの首が宙を舞った。

その表情は恐怖に歪んでおり、こちらも気分が悪くなった。

 

「……逃がすかってのバーカ」

 

切られた首から噴水のように血が噴き出す体を蹴飛ばして1人の女が姿を現す。

その右手には巨大な大戦鎌が握られていた。

恐らく、いや、間違いなく彼女があの鎌でミノタウロスを殺ったんだ。

 

「……ん?まだ生き残りがいた……」

 

「へ?」

 

刹那、女は鎌を構えてこちらに跳躍して斬りかかってきた。

とっさにオレは右へ飛んでその攻撃を回避する。

というか、いきなり斬りかかってくるって!

 

「……風を操る装具。さっきの真空の刃とその飛行能力、ワイバーンとシルフを材料に使ってるようね」

 

……マジかよ。

普通これに使ってる材料を見破るなんてできないだろ?

ただでさえ貴重なワイバーンとシルフだぞ?

 

「けど……」

 

「なにっ!?」

 

突然、体を何かで縛られた。

よく見ると鎖鎌だ。

というか変形しただと!?

 

「この私の大戦鎌『エリュクリオン』の牙からは逃れられない……さぁ、あんたの罪を数えなさい?」

 

「罪なんて、はなっからねぇよ!?」

 

「あら?私の視界に入っただけで重罪よ?」

 

うわぁ。

なにこの天上天下唯我独尊キャラ。

そんな自分勝手で殺されるなんてごめんじゃい!

 

「……はい、そこまでや。レミリスを解放せんと首ぃ吹き飛ぶで?」

 

「で、ディセント!」

 

どうやら上手くあの鎌女の背後を取る事ができたらしい。

右手で光剣、左手で闇剣を展開して鎌女の首と右手に切っ先を向けてる。

 

「……!光と魔……そう、あなたが伝説の……」

 

「んな事はえぇからはよ」

 

「はいはい」

 

鎌女はディセントの言うことを素直に受け入れ、オレの体に巻き付けていたエリュクリオンを鎖鎌から大戦鎌に戻した。

あ~痛かった……。

 

「紅い瞳……ふぅん。あんたがフェンリルの子孫なんだ?」

 

空中から降りてきたオレに近付いてまじまじと見る鎌女。

なんか女の子にじろじろ見られるってのは落ち着かない。

 

「まぁいきなり襲ったのわ謝るわ。てっきりあいつらの仲間だって思ってね」

 

あいつら、というのは無惨な肉片と化した紅魔軍の事だろう。

それにしてもこの鎌女、人間だよな?

魔力は感じるけどなんか違うし……。

 

「あたしの名前はフィルメニム。んでこいつが相棒のエリュクリオン。魔女してる」

 

はい、約5秒の自己紹介でした。

というか魔女?

まぁ確かに黒い服は着てるけど……なんかミニスカっぽいな。

あとは腕の部分に淳一のと同じような革のベルト状のものが3つずつ付いているし。

 

「ん?あのねー、魔女全員があんなださくておしゃれっ気のない服装だと思わないでよね。あんなのババア世代の流行よ?」

 

そう言いながら仏頂面で頭をガシガシとかくフィルメニム。

おいおい、同家業の大先輩をババア呼ばわりしちゃあかんぞ?

年寄りは大事にしなきゃ……って、昔母さんから教わった。

 

こちらをしばらく見てからフィルメニムはエリュクリオンを折り畳んで、改めてこちらに向き直った。

 

「あんたらあの瓦礫で野宿してんならあたしのとこ来なよ。襲っちまった詫びだ」

 

おぉ、なんという事だ。

意外な言葉にちょっと涙腺が緩んだぞ。

 

「あとはその姿。あたしの家にある薬草とかを調合した薬を飲めば元に戻るかも」

 

「あれ?オレあんたにこの姿の事言ったっけか?」

 

「あんたじゃなくてフィルメニム。あたしの知り合いの何でも屋があんたの事話してたのよ。色々と話題持ちきりだよあんた?」

 

まぁこれだけ紅魔軍に狙われていれば嫌でも話の種になるだろうし。

けどその何でも屋って気になるな……。

何でも屋って言うくらいだからどんな仕事も請け負うのだろうか?

 

「おい、無事か!」

 

遅れて教会から淳一と初がお互いのガンナーを担いで走ってくるのが見えた。

オレとディセントと一緒にいるフィルメニムに気付いて銃口を向けようとしたが、事情を説明したらあっさり納得してくれた。

 

「魔狼、聖魔剣、不死身、人狼……なかなかバラエティに富んだご一行様ね」

 

それはオレも思う。

面子的にも狙われやすいし、何より目立ちすぎると思う。

オレとディセントは紅魔軍からしたら超が付くほどの危険人物だろうし、初は不死身だからかなりレア。

ベオウルフは戦闘能力が高い種族だから自分の部隊に引き入れようとする者もいる。

イコール、淳一も狙われる。

 

……お尋ね者集団じゃねぇか!

 

「ほな話もまとまった事やし、さっさと行こうか~」

 

「そうだな。なら荷物取ってこなきゃ」

 

淳一のバイクや各自の荷物がまだ教会に置きっぱなしだ。

早く取りに行かなきゃまた紅魔軍の連中に狙われる。

 

「ならオレとレミリスが荷物取りに行ってくる。いいな」

 

「ん、了解」

 

オレはリインフォースで、淳一は自分の足で教会へと向かう。

さすがベオウルフ。

戦闘能力もそうだが足がかなり速い。

その戦闘スタイルもヒットアンドアウェイ、一撃離脱を得意としている。

……淳一の場合、主に砲撃戦や射撃戦がメインらしいけど。

 

「……レミリス」

 

「ん?」

 

「なるべく早くここを離れるぞ。嫌な匂いがしやがる」

 

「……う~ん。確かに……なんか匂う」

 

なんていうんだろうな。

こう、なんか……そう、胸くそ悪いというか。

とりあえず不快な匂いだ。

それがずっと遠くからするのだ。

 

「……ちっ。お前と似たような匂いだな。人間と獣の匂いがしやがる」

 

「ということは人間と魔族のハーフ?」

 

「それしかねぇだろ。けどなんだ……?色々と“混ざってる”ような……」

 

混ざってる?

そりゃ血は混ざってるだろうけどさ。

教会に到着すると淳一は顔をしかめながら荷物をまとめてバイクへ乗せる。

オレも同じように荷物をまとめて背負った。

 

「とにかく早くここから離れよう。もしかしたら紅魔軍の新手かもしれねぇからな」

 

「そうだね」

 

互いにスピードを上げながら教会を離れてディセント達がいる森の入口へ向かう。

到着してからも周囲への警戒を怠らないようにリインフォースを戦闘モードで起動中だ。

ついでにアクティオンとアスティオンも構えている。

 

初とディセント達に事情を説明し、オレ達は足早にフィルメニムの住処へと向かう。

ディセントも今回は事情が事情なのでおぶさる事なく、オレの隣で一緒に飛んでいる。

 

「私もさっき2人に言われてからやけど、なんか嫌な魔力を感じたわ。……もしかしたら『合成獣(キメラ)』かもしれへんな」

 

「キメラ?キメラって色んな魔物や獣をごちゃ混ぜにした怪物だろ?」

 

確かクロメリス戦争でも紅魔軍が投入した生物兵器だって授業で習った。

けど大半のキメラが戦闘中に斃されたり、生き残ったとしても寿命が短いからすぐに死んだらしい。

 

ということは紅魔軍がまた新たに造り出したのか?

 

「けどおかしいで?普通、キメラはこないでかい魔力は持ってないはずや。いくらなんでもでかすぎる気が……」

 

「けどディセントが知ってるのは850年前のキメラだろ?もしかしたら技術が進歩したから、より魔力のでかいキメラを造れるようになったのかも」

 

「そやなー。けどホントにそれだけ……?」

 

うーんと唸りながら考え込むディセント。

考え事しながらもひらりひらりと木々に当たらずに飛ぶその器用さをオレは見習いたいね。

だって前も見てないのに全然木に当たらないんだぜ?

 

「──見えたよ。あれがあたしの家だ」

 

フィルメニムに言われて前方を確認すると小さな明かりが灯っているのが見えた。

ちなみにフィルメニムはエリュクリオンを鳥のような形にして、その上に乗っている。

まるでサーフィンをしているようだ。

というか、このエリュクリオンって一体何なんだ?

法則無視した変形し過ぎだろ。

 

「着いたよ。とりあえず木の根元辺りにバイク停めときな」

 

……でっけぇ木だなオイ。

外周だけで何mあるんだよ、この大木はよ。

そしてその大木の上に家が……。

なんか……実家を思い出すな……。

 

「安心しな。この大木の周りはあたしの張った術式で見えなくなってる。それこそ紅魔軍の奴等にも見つけられない」

 

さすが魔女だ。

これならさっきから気になってるキメラにも見つかる事は避けられるかも。

 

「まぁ外で立ち話してても意味ないし。早く入りましょ?」

 

フィルメニムに促されるままオレ達は家の中へと入る。

中は外見と違ってかなり広かった。

うん、おかしいぞこれ?

まさかこれも術式の類いか?

 

「察しが良い事で。あんたらが思ってる通り、術式で空間を軽くいじってるわ。部屋も人数分あるし」

 

フィルメニムは小さく折り畳んだエリュクリオンを暖炉のそばにかけて、自身は近くにあった椅子に座った。

つられてオレ達もソファーや椅子に座る。

 

というか、魔女の家っていうから暗いイメージしてたんだが……。

めっちゃ乙女の部屋じゃん!

変な薬草とかゲテモノも見当たらないし。

 

「あぁ、そうだった。あんたの魔力を安定させる薬作るんだった。ちょっと待ってなさい」

 

そう言い残してフィルメニムは奥の部屋へと入っていき、5分後、ざるに様々な物を乗せて戻ってきた。

 

「えっと……。シュウカ草、パテルの実、ヒュウメの花……カザナ虫、キョウカマキリの卵、三つ目蝙蝠の翼……」

 

……奥の部屋にゲテモノは保存してあったのか。

草花は良いけどその後が問題だよ。

この材料で作った薬飲まなきゃ元に戻れないなんて、トホホ。

 

「まぁ、元気出しぃや。後で愚痴は聴いてあげるから」

 

「サンキュー」

 

「それじゃ私は作ってくるから」

 

そう言ってフィルメニムは材料を持ってまた別の部屋へと入っていった。

だがすぐに右手にナイフを持って戻ってきた。

……ん?

ナ・イ・フ・?

 

「何ビビってんの?」

 

「そりゃナイフ持たれて目の前に立たれたら誰だってビビるわ」

 

「薬作るのにあんたの血が必要なの。右手というか人差し指出して?」

 

薬を作るのに自分の血が必要なら提供するしかない。

素直に右手の人差し指を出すとフィルメニムはナイフの切っ先で軽く切る。

真っ赤な血が指先から滴り落ち、その血をフィルメニムは事前に用意していた皿でキャッチする。

5滴ほど皿に落ちてフィルメニムはまた部屋へと戻っていった。

 

「止血くらいしてくれよ」

 

「ほらよ」

 

「サンキュー」

 

初からティッシュ数枚を受け取り人差し指に巻き付ける。

そのまま初はソファーに寝転がりおもいっきり寝る体勢になった。

 

「ホント寝てばっかりやな初は……寝る子は育つっちゅーけど、そんな歳でもないやん」

 

「うっせぇ。寝られる時に寝るんだよ」

 

むしろ寝すぎだよあんたは。

もしかして学校にいた時も休み時間とか昼寝してたのか?

もしくは喫煙。

 

とりあえず今は薬ができるのを待つしかないな……。

完成するまで多分時間かかるし、オレも寝るかな。

 

「……オレも寝るわ。薬完成したら起こしてくれ」

 

「あいよ~。おやすみぃレミリス」

 

ほどなくしてオレは夢の中へと旅立っていった。

だってそれなりに疲れてたし。

あー……うまく人間に戻れますように。

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