「……来ないのか?」
そう言って漆黒の男はこちらに鋭い視線で睨んでくる。
鼻まで包帯のようなもので覆っているので表情は分からないが、明らかにこちらに敵意を向けている事は嫌でも分かる。
「……ならば、こちらから行くぞ」
「!!」
男は跳躍したかと思えば左手に握られた銃から魔力弾を放ってきた。
しかもただの魔力弾ではない、無数の散弾型の魔力弾であって回避は無理だ。
オレ達はとっさに自分達の前に防御壁を展開し、魔力弾から身を守る。
それに対し男は躊躇なく背に携えた大剣を抜き放ち、あろうことか眠っているウルタイルを抱えているオレに斬りかかってきた。
「ディセント!」
左腕でウルタイルを抱え、右手にディセントを召喚し巨大な刀身を受け止める。
ただの大剣ではない、全長2mは超えるであろう斬馬刀と呼ばれる巨大な大型刀だ。
普通ならその重量故に扱える者は少ない。
力自慢の魔物なら分かる、だが目の前のこの男は明らかに人間なのだ。
「何なんだよお前は!いきなり襲いかかってきやがって!」
「………………」
「何か言えよ……ッ!」
自分の周囲にブラッディーダガーを展開し男に向けて放つ。
だが男はまるで軽業師のような動きでブラッディーダガーの攻撃を全て回避してしまった。
「もうこいつはお前が知ってるウルタイルじゃない。見りゃ分かるだろうが」
正直今こいつと戦って勝てる気はしない。
ウルタイルとの戦いで体力も魔力もかなり消費した上に、ディセントの力を引き出す事もしんどい。
だが今はそんな事を言ってられない。
肩で息をしながらオレは切っ先を男に向けて、自分の周囲に矢状のソニックスマッシャーを展開した。
「…………どけ。さもなくば──」
「待って!」
するとオレと男の間にユリシアが両手を広げて割って入ってきた。
「ユリシア!!」
「確かにこの子は紅魔軍だったわ。けどこの子はその紅魔軍に利用されてた可哀想な子なの。今はこうしてレミリスのおかげで本来の姿を取り戻した……ただの女の子よ?」
「………………」
長い沈黙。
男は何も言わないまま斬馬刀を背に戻し、左手の銃も腰に差した。
「……問う。お前達はオレの敵か?」
「……紅魔軍を斃すのがオレ達の目的だ。敵の敵は味方、違うか?」
「……ふん……スレイプニール」
その呼び掛けと同時に男の背後から巨大な馬が現れる。
赤い体毛、その体躯のでかさからして魔馬だろう。
しかもただの魔馬ではない、発している魔力と闘気からして上位クラスの魔馬だとオレは感じとった。
その魔馬に男は華麗に跨がり冷たく言い放った。
「…………邪魔はするな」
鋭い眼光でこちらを睨み付けながら男は馬と共に去っていった。
「ふぅ……。どうなるかと思った」
その場にヘナヘナと力なく座り込む。
ディセントも聖魔剣モードから人モードになって、同じく隣に座り込んだ。
「さ、さすがの私もボーゲンフォームで力をほとんど使ってもうたから危なかったわ~。それに、あいつが使ってた斬馬刀……ただの斬馬刀とちゃう」
「どういう事だ?」
「本来の力こそ発揮してなかったけど、あのまとわりついているオーラは間違いあらへん。……名は『ヨルムンガンド』、バジリスクにも勝るとも劣らない史上最凶の毒を持つ大蛇を宿した毒の大魔剣や」
◇◆◇◆
男──ベルセルクは愛馬スレイプニールの上で考えていた。
なぜあのままウルタイルを殺さなかったのだろう、いつもなら有無を言わさずどんな理由であろうと葬るはずなのに、と。
それともう1つ、あの紅い瞳を持つ少年だ。
もし噂が本当ならあれが紅魔軍が抹殺しようとしている“FF”──フェンリルの子孫だったのかもしれない。
フェンリル……その名を聞くだけで己に流れる“血”が騒ぐ。
だがベルセルクは血に支配されるような小さい男ではない。
この忌まわしい血を受け継ぐ者だからこそ、紅魔軍は絶対に滅ぼさなくてはならないのだ。
「いたぞ!奴だ!」
「殺せ!」
ステラスを出て2時間くらいした所で突如野太い声が響き渡る。
その声と同じくしてオーガやオーグの軍勢がわらわらと出て、あっという間にベルセルクとスレイプニールを囲んでしまった。
「……紅魔軍か?」
「左様!グロリアス遺跡で我等が同志達を殺した罪により、貴様をこの場で処刑してくれようぞ!」
指揮官と思われるグリードマンの騎士が叫ぶ。
その声に呼応するより周りのオーガやオーグも雄叫びを上げ、己の武器を頭上に掲げる。
「……そうこなくてはな!」
ベルセルクはスレイプニールから降りて背に携えた斬馬刀──ヨルムンガンドを左手1本で軽々と抜き放ち、肩に担いだ。
「…………蹂躙しろ」
甲高い馬独特の雄叫びを上げながらスレイプニールは後ろ足で立ち上がり、前足を動かして紅魔軍の雑兵を威嚇する。
そして、全身を覆う赤い体毛が燃え上がり、灼熱の炎を纏う魔馬へと変貌した。
刹那何十というオーガやオーグが上空へと血や臓物を飛び散らせながら舞い上がる。
一瞬の出来事、気付けば先程までベルセルクの隣にいたスレイプニールは遥か後方まで離れていた。
スレイプニールが走ったその道は炎が燃え上がり、容赦なく雑兵達をただの肉塊へと姿を変える。
「き、貴様……ッ!」
「…………死ね」
ヨルムンガンドを振り回しながらベルセルクは紅魔軍の軍勢へと駆ける。
「馬鹿が!全軍突撃、必ずベルセルクを討ち取れ!」
指揮官の声と共にオーガやオーグ達も武器を振り回しながらベルセルクへと突っ込む。
後方ではガンナー使いがベルセルクに向けて魔力弾や魔力砲弾を放っているが、当のベルセルクはその攻撃を全て避けて、向かってきている雑兵をヨルムンガンドで斃していく。
だがヨルムンガンドは全体に刃こぼれしているため、斬ったとしても大体はその重量とパワーによって引き千切ったという方が正しいかもしれない。
そうこうしている間にもベルセルクは雄叫びを上げながら躊躇わず敵陣へと突っ込む。
「…………言え、ヒュリンスを襲ったのは貴様達か?」
ヒュリンス、それはベルセルクにとっては数少ない大切な場所とも思える小さな港町であった。
たまたま寄ったこの町でベルセルクは、町長に頼まれて町を度々襲ってくる怪物を討伐するために短期間だが滞在していた事があるのだ。
ヒュリンスは人間も魔物も共に生活するとても平和な町だった。
見ず知らずのベルセルクをまるで家族のように迎え入れてくれたのだ。
……だがそのヒュリンスは3日前に壊滅した。
生存者はゼロ、人間魔物関係なくそこに住まう者全てが惨殺されたのだ。
「ヒュリンス?あぁ、あの下等生物共の町か。人間だけならまだしもまさか魔族も一緒に暮らしていたとは……同じ魔族として虫酸が走るわ。そう、あの町を襲ったのはこの私の部隊とレオ様のレグルス騎士団──」
「もういい、黙れ」
ドスの利いた声でベルセルクは言い放つ。
肩は怒りに震えヨルムンガンドを握る右手にも力が入る。
そして、そのヨルムンガンドの刀身からは黒紫色のオーラが放出されていた。
「な、なんだ……!?」
「……はあぁぁぁぁぁぁッ!!」
凄まじい量の魔力とオーラがベルセルクとヨルムンガンドから放出される。
煙のように黒い魔力を体から滲み出しながら、一歩、また一歩とゆっくり歩き出す。
「…………行くぞッ……!!」
ドウッ!!と一気に魔力の量が増加する。
更にベルセルクは瞬速とも言える速さで敵を薙ぎ払う。
だが先程とは様子が違う、ヨルムンガンドから発せられている黒紫色のオーラに当てられたオーガ達が悶え苦しんでいるのだ。
「グギイィィィィィィッ!?」
「イテェイテェ!!イデェしアヅイィィィィッ!!」
地面で転げ回りながら苦しむ紅魔軍の軍勢。
悲鳴と絶叫が飛び交う混沌と化した戦場、そして苦しみ悶えた彼等の体は勢いよく破裂し、見るも無惨な姿へと変わり果てた。
「こ、こんな事が……こんな事があってたまるかぁっ!!」
指揮官は激昂しながら半ばヤケクソ気味にベルセルクへと突撃し、手にしていたナイトランスを繰り出す。
だがそのような攻撃はベルセルクにとって避ける必要もない。
ベルセルクはそのまま避ける事なく、左手で指揮官のナイトランスを鷲掴みにし、あろうことか握力だけで圧壊させたのだ。
「!!」
「…………死ね」
右手に持ったヨルムンガンドを頭上に掲げベルセルクは躊躇いなく、魔馬に跨がって固まっている指揮官の頭目掛けて振り下ろす。
あまりの恐怖に指揮官は動く事さえできずに頭から股へと、魔馬ごと一刀両断されてしまい、2つに分かれた体からは紫色の血が噴水のように吹き出し、ベルセルクと地面を濡れさせる。
「…………」
ヨルムンガンドについた血を振るい落とし再び背に携える。
もうヨルムンガンドの刀身からはあの黒紫色のオーラは出ておらず、元の刃こぼれ斬馬刀へと元にもどっていた。
「……レグルス騎士団、レオか……」
漆黒の瞳に憎悪の炎を燃やしながらベルセルクは自分を待っていた愛馬の元へと向かう。
「……行くぞスレイプニール。“奴”を復活させる訳にはいかない」
スレイプニールに跨がりベルセルクは次の戦場へと向かう。
だがこの時彼はまだ気付いてはいなかった。
自分の“得物”がこの時の戦闘がきっかけで覚醒しようとしている事に……。
◇◆◇◆
「──そうか、CODEーUは破れたか。あれならFFを仕留められると思ったのだがな」
うす暗い部屋、レグルス騎士団団長室にいた男が口を開く。騎士の1人から報告があり、CODEーU──つまりウルタイルがレミリスの抹殺に失敗したのだ。
「あまり奴を舐めない方がいいぞ黒騎士。奴は強い。あのウルタイルを斃したんだ、覚醒当初の時とは違う」
「やけにあの子の肩を持つのねレオ。もしかして、あの子の事が心配なの?」
「ふん、まさか」
その問いに男──レオはハッと鼻で笑い、腰に携えていた愛剣ウロボロスを引き抜き、その切っ先を虚空へと向ける。
「あいつを斃すのはオレだ。魔狼の血を引く者は2人もいらない、それはオレであってあいつではない。無粋な質問をするな“アプター”」
「……答えになってはいないんじゃないか騎士レオよ?それに私情を持ち込まれては困るな、今は大事な会議中だ」
「そう、今はFFを誰が始末するかではない。議題は現在の侵攻状況、FFの動向、そして我々の拠点を荒らし回っている謎の黒服の男についてだ」
「……“ネクロマンサー”」
レオはウロボロスを納め再び席に座りネクロマンサーを睨む。
ネクロマンサー……死霊魔術を使う魔導師。レオはこの男の事を特に嫌っていた。
表だって戦線に立つ事はない、だがその事もあり奴からは黒い噂が絶えないのが事実だ。
「解くべき封印はあと3つ。マグネアルス遺跡・ウェイスシティ・フェンリティニィ城……この3つの封印が解ければ、我等が盟主は復活する」
「だがこの3つは今までの封印箇所とは違う。潜り込んでいる諜報員の情報では奴等も馬鹿ではないらしい。それなりの戦力を警備に当たらせているようだ」
そう言いながら黒騎士は手に持っていた資料をテーブルの上に広げる。そこには3箇所に割り振られた現政府の戦力の詳細が記されていた。
それを見ながらレオはテーブルに置かれた紅茶に手を伸ばし、一口飲む。
「……この程度なら封印を全て解くのはそう時間はかからんだろう。問題はFFと謎の黒服の男だ」
「FFについてはレオの部隊であるレグルス騎士団が監視を行っている。では騎士団団長から報告してもらおう」
「あぁ」
再び紅茶を飲みレオは資料を手に持ってイスから立ち上がり話し始める。
「現在FFはステラスにてウルタイルを撃破後、ステラスからは去らずに医者の所で療養中との事だ。今が奴を抹殺するチャンスだと捉えるかもしれないが、私が騎士である以上、そのような卑怯な手を使って抹殺する事は許さん。以上だ」
「……騎士レオ、相手は弱っている。今殺さないでいつ殺すのだ?あなたの騎士の誇りは分かる。だが、時にはそれを曲げなければならない事もある。……それが今だとは思わんかね?」
「思わない」
ネクロマンサーの問いにレオはさも当たり前と言わんばかりに即答する。
その問いが気に食わなかったのかネクロマンサーの体からは黒い霧のようなものが滲み出ており、手をついていたテーブルの一部が音を立てながら腐り落ちていっている。
(あぁ何か2人とも怒ってる……。あ、そっか!お腹空いてるんだ!ちょうどお菓子持って来てるんだった、それを皆で食べれば万事オーケー!)
その間約1秒。アプターは席を立ち後ろに置いてあった自分の荷物の元へと向かう。
「アプター殿。会議中勝手に席を立たれては困りますな」
「ちょっと待って。確かここに……あ、あったあった」
アプターは両手いっぱいのお菓子を“小さな”カバンから取り出し、スタスタと戻ってくる──がそううまくいかないのがアプターである。
グキッ。
「あ」
何もない所でつまずきこけるアプター。空中へ舞い上がる両手いっぱいに持っていたお菓子。そのお菓子が無慈悲にもレオ達の頭上へと降りかかった。
「「「………………」」」
だがレオ達はそれぞれ魔方陣を展開する。その上にお菓子がドサドサっと落ち、さらにその魔方陣をテーブルの上まで移動させ、お菓子をゆっくりと下ろした。
「あ、ごめんなさい……。皆お腹すいてるからイライラしてると思って……」
おどおどしながら謝るアプターに最初に声をかけたのはレオだった。
「今我々はお腹はすいてませんから、アプター殿はお座りください」
「ほ、ほんと?」
「本当ですよ。だから貴方はふんぞりかえって偉そうにしてください。それで十分です」
「うん!」
元気よく返事をしてアプターはイスには座らず、なぜか部屋の隅っこでふんぞり返り始めた。
「……良いのかあれで」
すっかり毒気を抜かれたネクロマンサーがレオに問う。レオはアプターの様子を見ながら、彼女が持ってきたお菓子の1つを口へ運んだ。
「あぁ。当面害にはならんはずだ、問題ない」
「……そうか。む、なかなかいけるな」
レオに釣られてネクロマンサーもお菓子を食べる。どうやらアプターの目論見は達成されたらしい。
「さて、会議にもどろう。次の議題はこの男についてだ」
そう言いながら黒騎士は空中に手のひらサイズの魔方陣を浮かべる。そこには背に斬馬刀を携え巨大な馬に乗る黒衣の男が写っていた。
「この男……一部の者からはベルセルクと呼ばれてるらしい。我々の拠点を徹底的に破壊し、兵を皆殺しにしている抹殺対象の1人だ」
「正体不明、分かってるのはこいつが男だという事と紅魔の敵という事だけ……。もっと詳細なデータはないのか?」
少々不満げにレオは黒騎士に問う。
「目撃情報が少なくてな。奴を監視していた諜報員も死体で発見されている。この映像もその諜報員が入手したものだ」
「見る限りこいつの得物は背中の斬馬刀くらいですかな?」
「それは違うぞネクロマンサー殿。諜報員の死体にはいくつもの銃創があった。恐らくガンナー使いでもあるのだろう、銃創の型からしてガンタイプだ」
紅茶を飲みながら黒騎士は諜報員の死体の映像を写し出す。その死体には無数の穴が空いており、頭部に関しては原形をとどめていない程である。
「我等紅魔の諜報員・密偵の能力は高い。普通ならその監視に気付かれる事はない。だが、こいつは只者ではないって事らしい。で、奴の動向はどうなってる?」
「残念ながら皆目見当がつかん。言っておくが奴に殺された諜報員はそいつで5人目だ」
「ならば私の出番な訳ですな」
ニヤリと笑いながら立候補したのはネクロマンサーだ。ネクロマンサーは続ける。
「私は魔術全般に長けております故、千里眼を奴に気付かれる事なく見張る事ができます。そして……」
ネクロマンサーはテーブルに置いてあったアプターの持ってきていたお菓子を1つ掴み、そのまま握り潰した。
「黒騎士殿、この私にベルセルクを抹殺する権利をお与えください」
「……自ら戦線に立つとは珍しいなネクロマンサー殿。どういう風の吹き回しだ?」
「騎士レオよ。私も紅魔の一員、盟主復活の妨げになる者がいるのなら、抹殺するのみ。その役目を今回は私が引き受けるというだけ。何かおかしいかね?」
先程のおかえしと言わんばかり憎たらしくニヤニヤとしながらネクロマンサーはレオに話す。レオはくだらなさそうに冷めてきた紅茶を一口啜った。
「……フッ、決まりだな。死霊魔術師ネクロマンサーよ、貴殿にベルセルク抹殺を命ずる。どんな手を使ってもいい、必ず奴を討ち取ってみせろ」
「仰せのままに。このネクロマンサーと我が“六鬼将”がベルセルクを討ち滅ぼしてみせましょう!フフ、フハハハハハハ!!」
ネクロマンサーのその不気味な笑いが部屋中に響き渡り続けるのだった。
「……ねぇ、いつまでこのポーズしてればいいの?」
「「あ」」
すっかり忘れさられていたアプターであった。
◇◆◇◆
時は同じくしてレミリス側。こちらの一行はユリシアの紹介でステラスの医者の所で厄介になっていた。
「うん、バイタル良好。魔力値も安定してるし問題ないっしょ」
「それは良かったぁ」
ウルタイルが眠るベッドの横にあったイスにオレ──レミリスは座りこんだ。既にフェンリル化は解いており、人間の姿に戻っている。
「それにしてもあんたらも丈夫だねぇ。普通の人間や魔族なら死んでるよ?」
タバコを吸いながら医者はケラケラと笑う。というかお医者さんなら患者の前でタバコ吸っちゃダメだろ。
その横で同様にタバコを吸っている初もしかり。
「で、どうするんだレミリス?まさかその子──ウルタイルも連れて行く気か?」
自らのガトリングガンの手入れをしながら淳一が問う。少々不満なようだ。
「やめとけやめとけ。救ったからと言っても元は紅魔軍の一員、裏切らないという保障はない」
「淳一さ、あんた紅魔軍に何か恨みでもあるの?確かに奴等のする事は許せない事ばかりだけどさ」
頬杖を突きながらフィルメニムが訊くが淳一は答えようとはしない。
「ウルタイルは──」
「一緒に行きます」
「ウルタイル!」
ベッドからゆっくりと起き上がりながら、ウルタイルははっきりとした口調で言った。更にウルタイルは続ける。
「……私はレミリスさんについて行きます。破壊と殺戮にしか使えなかったこの力、今度は誰かを守るために使ってみせます」
「それはええけど、ラーマヤマとサンサーラは大丈夫なん?」
心配そうにディセントが訊ねるがウルタイルは首を縦に振って肯定する。
「はい。レミリスさんとディセントさんのお陰で暴走は完全に止まってます。あの一撃でラーマヤマの膨大な魔力が打ち消され安定してます。あと、どうやら光の力を無意識のうちに取り込んだみたいで、その力がラーマヤマのリミッター的な役割をしてますね」
笑顔でさらりと凄い事をカミングアウトしちゃったよこの子。けどあながち間違ってはいないのかもしれない。光の力で魔の塊であるラーマヤマの溢れる魔力を相殺させ、必要以上の出力を出させない。
しかも伝説の聖魔剣であるディセントの光の力だ、そう簡単に破れるものではい。
「……ちっ、こりゃ何を言っても聞かねぇか」
ガシガシと頭をかきながら淳一はウルタイルに近付き、ビシッと差して言う。
「もし、仲間を裏切るような真似をしてみろ。その時はオレが──」
「はいそこまで!!」
「あだっ!?」
鋭い痛みが淳一の頭を襲う。涙目になりながら後ろを振り向くと、そこには今まさに淳一にチョップをした手で構えているユリシアがいた。
「そこから先言ったら……抉るよ?」
「「「どこをっ!?」」」
にっこりと黒い笑みを浮かべながらえげつない事を言い放つユリシアに、淳一だけでなくオレや初を含めた男性陣は一斉に己の股に手をかざす。
意外とユリシアはキレさせたら怖い女性なのかもしれない、いや、怖い女性だ、うん。
「そういう事だから。淳一も男ならうだうだ文句言わない!分かった?」
「……ったく、しゃーないな」
分が悪そうに淳一はしぶしぶ返事をし、そのまま元いた場所へと戻る。
「それじゃ、ウルタイル。これからよろしくな」
「はい、こちらこそ。あと私の事はウルと呼んでください。ウルタイルじゃ長いですから」
「分かったよウル」
がっしりとオレとウルは握手を交わす。ディセント・初・淳一・フィルメニムそしてウルタイル……新しい仲間が加わった事でオレ達は以前よりも紅魔軍に狙われるようになるだろう。
だがオレは絶対に負けない、あいつと──レオともう一度戦うまで絶対に。そしてあのヨルムンガンドを携える男の正体も掴む。
「……さて、話は終わった?」
今までこちらの様子を見ていた先生(人間の女性)が口を開く。
「取り敢えず今日は全員うちで休みな。幸いにも人数分ベッドがあるしね」
「え、いいんですか?」
「人間魔族問わず傷や病を治すのが医者の本分さね。それが例えこのステラスで忌み嫌われてるフェンリルの子孫でも、元紅魔軍の女の子でもね」
ケラケラと笑いながら先生は再びタバコを吸い始める。
「……先生って変わってるって言われません?」
「いちいち昔の事を根に持ってもしゃーないっしょ。大事なのは今、昔の事にこだわるようじゃ先には進めないんだよ、生き物ってのはね」
大事なのは今、か。けどそう考えない人達もいる、紅魔軍だって恐らく過去の復讐のために再び活動し始めたのだろう。
「なーに気難しい顔してんねんレミリス」
「ディセント……」
「考えてる事は大体知ってるで?けど今は先生の言う通り体を休める事が先や。私もそうやけど、レミリスも今日の戦いで大分魔力消費してん。ぐっすり寝て体力と魔力回復やっ。そうと決まればおやすみ~」
そう言ってディセントはベッドへとダイブ!10秒もかからずに寝息を立てて寝始めた。
「はやっ!」
「ならオレ達も休むとしよう。ちょうどこの部屋には人数分ベッドがあるしな」
「そうだな。オレも疲れた」
ディセントに続いて初と淳一もベッドへと潜りこみ、しばらくするとこちらも寝息を立てて寝始めた。
「……フィルメニムは同じ部屋でいいのか?」
「人数分のベッドがあるならここでいいわ。個室を用意してって言うのも気が引けるしね。ただ寝間着には着替えるけど」
そう言うとフィルメニムは魔方陣を展開させる事なく、一瞬で今着ている服から寝間着へとチェンジさせた。ちなみに寝間着の色は普段着ている服と同様に黒である。
「んじゃ私も寝るから。……寝顔見たらちょん切るから」
「さらっと危険な事言うのはやめろ」
気付けば起きてるのはオレ1人だった。いつの間にかユリシアもベッドで横になって寝ている。
残っているベッドは窓側にあり、オレは急に襲ってきた眠気に大きなあくびをしながら向かう。
「……あー、やっぱり布団サイコー」
そしてオレも皆と同じようにあっという間に深い眠りについた。
◇◆◇◆
「……あそこで間違いないんだな“ジン”」
「えぇ。あの城は何百年も前のものですが、現在も連合軍によって使われてます」
太陽が上がり空が白んでくる1時間程前、レオは部下であるジンと共に目標である城が見える崖の上にいた。
紅魔軍が手に入れた情報によれば、あの城には紅魔軍討伐のために集められた精鋭が駐留しているらしいのだ。
今後の脅威となると判断した紅魔軍はこの精鋭部隊の排除を決定、その抹殺任務をレオのレグルス騎士団に命じたのだ。
「抹殺対象者数はおよそ500人。情報によれば女子供もいますがどうします?」
「……丁度良い。自分の愛する者が殺されるのを目の当たりにさせ、いかに自分達が無力かを嫌という程思いしらせてやれ。我等紅魔に逆らえばどうなるか……身をもって知るがいい」
眼下の城で動く兵士達をレオはまるで虫けらでも見るかのような目付きで見つめ、そう冷たく言い放った。
「では周辺に展開している小隊に侵入させ──」
「奇襲しても真正面から行っても結果は変わらん。……あの男との戦いに備えておくのも悪くはないだろう」
レオはサーガのヘルムを被ると愛馬ボルメテウスから降りて、腰に携えていた紅い刃の剣ウロボロスを抜き放った。
「周辺に展開している騎士に伝えろ。城から出てきた奴を抹殺せよ。城内のはオレが全て斬り捨てる。ジン、お前もそっちだ」
「了解です。あまり無理はしないでくださいね」
「心配される程ヤワではない」
レオはマントを翻しながら、そのまま躊躇なく崖から飛び降り、眼下の城まで跳んだ。
「フン」
レオは目標である城へと降下しながら笑った。先程の言葉がまるで自分へ向けての皮肉だなと思いながら、右手に持ったウロボロスを構える。
「なん──」
一閃。ふと頭上を見上げた兵士の1人が一瞬で真っ二つになり、辺りを真っ赤な血で染め上げていく。突然の出来事に外で警備をしていた兵士達は固まり、今起きた状況が理解できずにいた。
真っ赤にそまった石畳の上に音もなくレオは降り、周りの兵士にはっきりと聞こえるように言った。
「貴様等に紅魔の判決を言い渡す。──死だ」
刹那、レオの正面にいた兵士数人の体がまるで、積み上げた積み木が崩れるかのようにバラバラと落ち、ただの肉塊へと成り果てた。
──ウロボロス・第三形態『ソードロッド』。切れ味・刃の強度は第一形態であるブレードのまま、第二形態であるウィップの伸縮性を兼ね備えた、レオが独自に編み出した形態である。
「こ、紅魔軍だぁ!!」
ようやく状況を理解した兵士達は己の武器を構え、レオへと突撃する。だが突然の襲撃に統率などされておらず、兵士達はパニックも同然だった。
「……フン。今のオレは少々虫の居所がわるいんでな、楽に死ねるとは思うなよ」
向かってくる兵士達から繰り出される突きや斬撃をヒラリヒラリと避けながら、レオはウロボロスを袈裟気味に振り下ろす。
振り下ろされた刃は鞭のようにしなりながら向かってくる兵士達を、その赤い刃で斬り刻んでいく。
「くっ!このような攻撃なぞ回避すれば怖くは──」
「甘いな」
レオはニヤリと笑い右手の手首を軽く動かす。すると切っ先が進行方向とは全く違う後ろへと向き、たった今攻撃を回避した兵士の頭を後ろから串刺しにした。
「ごっ……がぁ……」
「無駄だ。貴様等程度にウロボロスの牙を避けられるものか」
死体の頭から刃を引き抜き様にレオは更に追撃する。横薙ぎに放たれた刃は兵士達の胴体を真っ二つにし、辺りを血の海へと変貌させた。
「に、逃げろぉぉ!!」
「こんな奴にかなうわけない!!」
怖じ気付いた兵士の一部が城から出ようと、城門へと一目散に逃げ出す。だがその者が生きて城からは出られなかった。
「抹殺対象者は誰1人として逃がしません」
ハルバードに付着した血を払いながら、ジンはニッコリと笑みを浮かべる。それはさながら、死を宣告する天使のような冷たい笑みだった。
「……ジン、“デュランダル”は使わんのか?」
「この程度の相手には使うまでもありません。通常装備で十分です」
そう言いながらジンは空中に魔方陣を展開し、逃げ惑う兵士達の頭を魔方陣から放たれた茨の触手で貫く。
この世のものとは思えない悲鳴が城内に響き渡り、兵士達を更なる恐怖へと駆り立てる。
「こ、こんな……たった2人で我が大隊部隊が壊滅されるなんぞ……あってたまるかぁっ!!」
ワナワナと怒りに震えながらこの兵士達の指揮官とおぼしき巨漢の男は吼える。同時に己の得物である全長3m近くはあるバスターソードを構え、雄叫びを上げながらレオへと斬りかかった。
「避けるまでもないな」
嘲笑を浮かべレオはソードロッドから通常のブレード形態に戻し、巨漢の男の攻撃をウロボロスで受け止める。
「なっ──」
「消え失せろ」
ウロボロスの刃が赤く輝いた刹那、レオは高速の剣撃でバスターソードごと巨漢の男を細切れに切り裂いた。ポタポタとサーガの鎧を流れる血をレオは気だるそうに魔力を最小で放出し弾き飛ばす。
「……弱い。全く張り合いがない、人間とはつまらない生き物だな」
頭上に手をかざしレオは城の上空に紫色に輝く巨大な魔方陣を展開させる。
「興醒めだ。ジン、部隊を後退させろ。“ボルバルザーク”で終わらせる」
「……!ボルバルザークはまだ試験段階ですよ?いくら使用権限が団長に与えられているとはいえ、実戦に投入するというのは……」
「試験段階ならばなおのこと。ボルバルザークの攻撃力がどれほどのものなのか検証しなくてはな。それに……もう飽きた」
魔方陣からいくつもの稲光が瞬き、轟音が鳴り響く。
そして魔方陣が一段と強く輝くと、ゆっくりと巨大な漆黒のドラゴンが姿を現した。
《グオオオォォォォォォォォッ!!》
眼を見開き漆黒のドラゴン──ボルバルザークは巨大な羽を開きながら、特大の咆哮をあげる。その咆哮は周囲にいた兵士達の無くしかけていた士気を文字通り奪った。
ある者は力無くその場に座り込み絶望し、ある者は鎧を脱ぎ捨てその裏に剣で家族への最後のメッセージを刻み、またある者は自分だけでも生き延びようと逃げ出そうとし……レグルス騎士に容赦なく切り捨てられた。
「……さすがですね。完全にボルバルザークを制御している。暴走する危険性はありません」
逃げようとする兵士達を容赦なく斃しながらジンはボルバルザークを見上げる。
対するレオは魔力で宙に浮かびそのままボルバルザークの左肩に乗り、ジンに命令した。
「これよりボルバルザークの戦闘能力試験を行う。周辺に展開しているレグルスの騎士は安全圏まで退避しろと伝えろ。ジン、お前もだ」
「了解しました。ではくれぐれもお気をつけて」
ジンは右拳を左胸の位置で置いてレオに深く頭を下げる。するとジンの乗っている馬の足元に黄色の転送魔方陣が現れ、上へとせり上がり、ジンとジンの乗る馬はその場から消えた。
「……さて、人間ども。現世への別れは済んだか?」
巨大な翼を広げボルバルザークはゆっくりと浮かび上がる。同時にボルバルザークがその巨大な口を開口した瞬間、高圧縮された魔力が収束されていき、文字通り大気が震える。
「ボルバルザーク」
レオは眼下で怯え絶望する人間達の姿を見て冷笑を浮かべ、腕を組みながら静かに口を開く。
「やれ」
一瞬の閃光が城を包み込んだ刹那、凄まじい轟音と共に城があった山は弾け飛び、真っ赤な炎と黒煙が立ち上った。あまりの威力に強力な衝撃波が発生し、周辺の小山が文字通り吹き飛ぶ。
「攻撃力は文句なしだな。だが少しばかり威力調整が必要か……これなら近いうちに実戦投入ができるな」
燃え盛る大地をレオは平然と見下ろし呟く。
『大した威力ですね』
「ジンか。そちらへの被害はどうだ?」
『無論ありません』
「よし。では作戦は終了、これよりメサイヤへ戻る」
燃え盛る大地へボルバルザークからレオは降り、辺りを見渡して空を仰ぎ呟く。
「……“あの時”もこうだった」
ふとレオの脳裏にある少女の顔がよぎる。こちらを見て絶望した表情を浮かべる少女、その姿に一瞬ではあるが胸に違和感を覚えた。
(……“あいつ”は今何をしているのだろうか)
だがレオは今思った事を振り払い、目の前に転がっていた大岩を、瞬速の斬撃で真っ二つにする。自らに残る少女への思いを断ち切るように。
「オレは……進み続けなければならないのだ。その障害になる者は切り捨てる。例えユリシアでも……」
自分に言い聞かせるようにレオはウロボロスを納刀しながら呟く。そう、この先に進むためには慈悲など微塵も許されないのだから。