ダンジョンに戦乙女がいるのは間違っているだろうか 作:レザード
朝方、ベルの出立を見送った後、ヘスティアはもう一人の眷属の【ステイタス】更新を行っていた。
メリル。女神である自身が羨むほどの、銀色の透き通るような髪を持つ少女。【ステイタス】を刻んでから一日も欠かさずダンジョンに潜る彼女のことを、ファミリアの長であるヘスティアが心配するな、というのは少々酷ともいえる。
ダンジョンに潜り、いつも無傷で帰ってくるメリル。無茶をしていないのかと思っていたが、ベルに話を聞いてみれば他の冒険者よりも遥かに早くダンジョン階下へ降りていくらしい。それなりのお金を毎日持って帰り、そしてそれなりに【ステイタス】を成長させている様を見るに、彼女のスタンダードというものはこうなのか、という納得と、いつか大怪我をして帰ってくるのではないかという不安をヘスティアは持たざるを得ない。
もう一人の【ヘスティア・ファミリア】に所属するベル・クラネル。彼は【ステイタス】に
封印値。【基礎ステイタス】の欄に強引に追加されていた項目なのだが、刻んだ当初は99という数値だったものが、【ステイタス】の更新を行うたびにその数値は減少。一週間経った今では60にまで低下していた。もう一つ、メリルには【戦乙女】という詳細の書かれていない謎のスキルもあるのだが、そちらはメリルも知っているが封印値のことはメリルにはまだ伝えていない。
毎回羊皮紙に刻まれていく封印値を指で消すのは大変で、何だか墨の滲みがすごいことになってきているが、ヘスティアはまったく、これを伝える気がなかった。
この封印値は0に近づいていっているのはわかるが果たして、0になったとき何が起こるのかさっぱりわからないためだ。もしかしたら、自身が何者かわからないと言う事に直結する事柄なのではないか、とヘスティアは睨んでいる。それが、メリルの為になるのかならないのか、メリルの親となったヘスティアは真剣に頭を悩ませている。
「ところでヘスティア?」
【ステイタス】を羊皮紙に写しながら、メリルの【ステイタス】に頭を悩ませている最中の事だったので、話しかけられたヘスティアは少し慌て、平静を装いながら返答した。
「なな、なんだいメリル君」
「ベルとのデートはどうだったの?」
「デート? ああ、君がベル君に言ってくれたんだろう? ありがとうメリル君。気を使って貰っちゃったようで悪いね」
「構わないわ。それで、どうだったの?」
「あー……他の女神たちにデートの事がばれちゃってね。ベル君と二人して逃げ回っていたから、デートらしいものにはならなかったかな。楽しかったけどさ」
「それは残念ね。また今度機会を作ってあげるわ」
「いいやメリル君。気を使って貰って嬉しいけれども、今度は三人で行こうぜ。君も僕の眷属なんだからさ」
にやりと不敵な顔で言うヘスティアを見て、メリルは笑う。
「ダンジョンはどうだい。もうベル君と一緒に組んでもいいんじゃないか? そうすれば僕も安心できるんだが」
「それは駄目よ。……私は自分の意思で剣を振っているわけじゃないの。剣を握った時に湧き出す感情に身を任せているだけ。それがモンスター相手に発揮しているならいい。でも、その感情が一緒にいる人間に向くかもしれない。得体のしれない感情に身を任せている以上、誰かと共に戦う訳にはいかないわ」
「そうか……。前に話してくれたことがあったね。【浄化せよ】だったっけ。意味から察するに【戦乙女】のスキルのせいに思える。人間に向くことはないんじゃないかな?」
「可能性の話よ。絶対なんてないもの。そうヘスティア。聞いてもいいかしら」
「なんだい? なんでも聞いておくれ」
「……【
きっとその質問が、メリルにしては思い切ったものだと感じたヘスティアは居住まいを正してからメリルと向かい合って座る。
「あー……。うん、わかった。でも一つ言っておくと、ボクは戦乙女に会ったことはないんだ。生まれが違うし、彼女は地上に降りてきていないからね。どちらかというと、ロキのやつのほうが詳しいはずさ。同郷だし。あとフレイヤもそうかな。それでもいいかい?」
「ええ、お願い」
何から話すか、脳内で戦乙女の情報をまとめていく。ロキとフレイヤの同郷といったが、二柱ともどもヘスティア自身と相性のよくない神であると、ヘスティアは今更ながらに気づいた。もしかしたら戦乙女も嫌な奴だったりしないだろうか、とも考えて、内心少しだけげっそりとする。
「戦乙女は、もともとオーディンの使いなのさ。千年以上前、神同士の戦争がまだあった時代。オーディンが率いたアース神族は、スルトが率いるヴァン神族との戦争のために人間の英雄を集めていた。エインフェリア、死後の英雄を神界に招き、オーディンは戦力として運用した。そのエインフェリアを集めたのが、戦乙女なのさ。言ってしまえば、ボクたち神々がやっている
そこまで話して、エスティアはテーブルに置かれた水差しに手を伸ばし、水を一杯煽った。メリルは黙ったまま、ヘスティアの言葉を咀嚼するように、目を閉じて話を聞いていた。
「後はそうだね。【
「不死者?」
初めて強い興味を引いたのか、メリルは目を開けた。ヘスティアはその単語に反応したことに、少々驚く。
「人間の魂は輪廻を繰り返す。死んだら神界を通ってまっさらな魂になり、そのあとまた地上に生まれる。不死者というのはその流れを拒絶した者の事だよ。死んでも尚地上に残り、輪廻を拒み世界を穢す存在。それを――浄化するのも戦乙女の仕事だったはずだ」
「……浄化」
「君は、剣を握った時に【浄化せよ】って言葉が頭に浮かぶって言ったね」
「ええ、やはり無関係じゃなさそうね」
「……うん。そうだね。でも心配はいらないさ。戦乙女が人間を斬るなんて話は聞いたことがない。だから君が人を襲うという事もないよ」
「……そうだといいわね」
「よっし! この話はーおしまい! メリル君。君はベル君からサポーター君の話は聞いたかい?」
「この前聞いたわ。一緒にダンジョンに潜ってるって」
「うん。でもそのサポーター君、どこか後ろ暗い処があるみたいでね。そういう事もあってボクは君に、ベル君と一緒にいてほしかったのさ」
「ベルなら大丈夫よ。抜けているようだけど、あれでしっかりしているわ」
「うん。何だかもう覚悟決めちゃってるみたいだし。あーッ! ベル君が色香に惑われるんじゃないかとボクは気が気じゃないよ! ベルくーん! カムバーーック!」
いつか、シアンスロープの少女と手をつないで歩くベルを見かけた事のあるヘスティアとしては気が気でない。純朴そうなベルは色気というものに兎角弱い印象を受ける。果たしてあのちんちくりんと称してよさそうなサポーターの少女が色気を感じるかは兎も角、女は女であるだけでそれなりの武器を持っている。
ヘスティアはぶつくさと愚痴をこぼしながら、アルバイトへ出かける準備をするのだった。
アルバイトへ出かけるヘスティアを見送った後、今日一日を休日と定めた。
毎日のようにダンジョンに潜るのを心配したヘスティアの為、という側面もあるものの、ヘスティアファミリアとして使っている【
廃教会の隠し部屋という性質上、窓一つないこの生活空間は兎角ホコリがたまりやすい。石畳という事もあってわかりづらくはあるが、空気が悪くなるのは頂けなかった。
一通りの掃除を終えると時刻は昼過ぎ。簡単な軽食を食べてから、少しの眠気を感じた私はベッドで横になった。休みと決めたのだから、お昼寝ぐらいはいいだろう。起きたら買い物へ行って、少し良いものでも用意してベルとヘスティアの帰りを待とうと、予定を決める。
目を閉じ、ゆっくりと深呼吸。少し埃っぽいベッドの上で眠気に身を任せる。
意識の落ちる片隅で、一つの声が聞こえた気がした。
――リリは冒険者が嫌いです。
そんな声が。
この世界はリリにとって、どこにいても日の差さないダンジョンの奥底にいるようなものでした。
生まれたときから背負った杯のエンブレムは、リリに恩恵をもたらすどころか、どこまで行っても追いかけてくる呪い。
戦う力を与えられなかったリリには、逃げる事も、戦う事も出来ず、ただ盗みで稼いだお金で自分の生きる権利を買う毎日。
そんなことをしていれば、いつかはこういう日が来る事も分かってはいたのです。
サポーターとして冒険者に近づき、騙し、盗み、リリを踏みつけてきた冒険者たちへの恨みをそのまま冒険者に返すように。
そしてその恨みがまた冒険者からリリへ返ってくるのは……。わかっていた事なんです。
でも、だからと言って、リリに一体何が出来たでしょうか。
私の生き方を縛り続けてきたのは、いつだって冒険者で、リリの所属する【ソーマ・ファミリア】。
リリだって、好きで盗みなんてしたくはなかった。普通に生きていけるのなら、リリだってそうしていました。
試みたことだってある。そして、それを邪魔したのも【ソーマ・ファミリア】。
そして――。
私を今、殺そうとしているのもまた【ソーマ・ファミリア】。
ギィギィと、横たわるリリの周囲でキラーアントが鳴いている。もう自力で動く気力もないリリに、ガチガチと顎を鳴らして威嚇している姿はもはや滑稽。
目の前に迫る死に恐怖を感じる反面、どこか安堵すら感じる不思議な気分でした。
達観?
諦め?
ただ、どこまで歩いても抜けられない暗いダンジョンを歩く事に、リリは疲れただけ。
一生このままだと言うのなら。
あと何十年、死ぬまでこのままだと言うのなら。
この場で死んでしまったほうがリリにとっても、幸せな事かもしれません。
光るキラーアントの目が煩わしくて、両目を閉じて最後の時を待つ事にしました。
すると不思議な事に、目を閉じた暗闇の奥に銀色の髪の女性が見えました。腰には白銀の剣を差し、幾らになるのか想像もつかないほど見事な蒼穹の装飾鎧を来た女性が言います。
――本当に、それでいいのか?――
……さぁ。よくわかりません。リリにはいつだって選択肢なんて無かったですし、それでいいかと問われても困ります。それに嫌だと言っても、この状況じゃどうしようもないじゃないですか。
――生きる努力はしないのか?――
……そんな努力すら、リリにはさせて貰えなかったんです。
――このまま、暗闇で死ぬことがお前の望みなのか?――
……そんな、そんな訳がないじゃないですか! リリだって、リリだって、普通に生きていたかった! 一生懸命働いて、日々の食事に感謝して、両親に抱きしめて貰って、それから、それから!
――まだ、生きたいか?――
そんなの、わかる訳ないじゃないですか! 神様に縛られた一生なんて、もう嫌なんです! 一生このままだというのなら、もう死んだほうが良い! でも、でも!
――神に対して、施しを求めても無駄だ。神は人を理由もなく助けたりはしない――
そんな事、リリが一番知っています! ソーマ様はいつだって、リリに何もしてくれなかった! 助けてくれたりなんてしなかった!
――人間を助けるのはいつだって人間だ。他人か、はたまた自分自身か――
……リリはちっぽけで、弱くて、卑怯で、何も出来はしないパルゥムです。
――何かを掴めるのは、それでもと、あがき続ける者だけだ――
……それでも? リリに、今まで散々盗みを働いてきたリリに、そんな事を言う資格があるんですか?
――それを決めるのは神でも、人間でもない。お前自身だ――
……それでも。それでも――私は!
「――幸せになりたいんです!」
溢れだす言葉。共に流れた涙に後押しされて開いた目に映ったのは、リリを食い殺そうとするキラーアントではなく、キラーアントに刃を向ける銀色の女神様でした。
迫りくるキラーアントの一匹を剣で一閃すると、他のキラーアント達はリリを守るように立つ女神様に怯え、囲んでいた輪が広がりました。
女神様が振り返り、リリに言います。
「一緒に、生きましょう」
その言葉を聞き終わったと同時に、もう一人、男の子の声が聞こえました。
「ファイアボルトォォ!」
視界は爆炎に遮られた。炎が消え、キラーアントが焼け焦げているのが見えたときには、女神様の姿はありませんでした。
このシーンどう書くか、どこまで深く書くか悩みに悩んで筆折りかけました。原作はもちろんアニメと比べてもあまり変化がないシーンでもあるのでかなりアッサリ目。
故に短いです。VPプレイ済みの方はシーンイメージ即沸くだろうけど知らない方は分からないだろうなという駄目な書き方。読者さんのイメージに投げっぱなしにするスタイル!
以下小ネタ
リリと女神様の問答:selectボタンを押して集中するのよレナス。
温めの魂の選定 :本来は死後や死ぬ寸前の人間の前に現れては死後共に行くよう話したり取引するのがレナスの営業。ゲームコンセプト上絶対に死に際の人間を助けたりはしない。今回はリリを文字通り死なせなかったので温め。本来の営業台詞は「一緒に逝きましょう」
千年前の人間の強さ:ここに獲得した経験値を自由に振り分けられる宝珠があるじゃろ? 人格の矯正すらできちゃうじゃろ? 装備は神器でおまけに一番安い回復薬がエリクサーじゃろ?
VPとダン待ちのレベル比較:正直1=1の等価でもいいかなと思います。Lv7が作中最高なのに千年前にはLv60やら70やら99やらがいる。アルカナム無制限だとこうなるよっていう。