「……」
暗闇に包まれ、電子コンピュータのディスプレイの光のみで照らされたその場所で、一人の女性が画面に映る世界地図を食い入るように眺め続けていた。
その格好は一般的に見えて異様だった。ウサミミと、胸元の開いたエプロンドレスを着ており、かの有名な『不思議の国のアリス』を強く意識したとしか思えない。だが、その反面彼女はあどけなくも美しい容姿をしており、スタイルも理想的な形になっている。
この女性こそが、ISを発明した科学者にして『天災』と称されている、篠ノ之束だった。
「束様。暗くしては目が悪くなりますよ」
後ろから声がかかる。同時に周囲に明かりがともされ、部屋の全容が明らかになる。そこは、普通の部屋ではなかった。確かに束の私物と思われるぬいぐるみやら数多の機器とコード、そしてどうしてかドンシャイングッズが散らばっていた。それを除けば、まるで宇宙船の中のような近未来的な環境だった。
声をかけたのは、流れるような銀髪を持った、少し幼い印象を持たせる女の子だった。
「…クーちゃん、この何から何までオーバースペック全快の束さんがそう簡単に視力が落ちる体質じゃないことは知ってるでしょ?暗いほうが落ち着くのに…」
「だとしてもだめです」
振り返って『クーちゃん』に少し不満げに言う束だが、ぴしゃりと言い返される。
クーちゃんこと、クロエ。しばらく前からどういうわけか、束と行動を共にしている。研究開発、および娯楽に興じている束に代わって家事を請け負っている。
「それよりも、お食事の時間ですよ」
しかし、料理の腕はよろしくない。現に彼女がさらに乗せた料理は消し炭とゲル状の何かになっている。だというのに、束は「ありがと、クーちゃん♪」といって遠慮なく口に運び出した。…こんなところでもオーバースペックらしい。
「ところで、見つかりましたか?『例の奴ら』の生体反応を…」
「…うぅん。今日もこれといって何もなし。いっくんたちにも手出しをしてきてる様子はないよ」
ナプキンで口をふき取りながら、クロエからの質問に束はそのように答えた。どうもコンピュータ越し
に何かを追っているようだ。
「このまま、いっくんとちーちゃんが、何事もなく暮らせるならいいんだけどね。万が一出てきても、束さんが作った子供たち(IS)を使う連中が退治してくれるなら…」
この『いっくんとちーちゃん』だが、予想はしていると思うが一夏と千冬の二人の事を指している。二人から性格の悪さを指摘されている割に、この二人に対してはそのような態度を示していないようだ。
「…それは束様ご自身がすでにわかっていると思いますよ?」
「わかってるよ。わかってるけどね…」
クロエの言葉の先に何が隠れているのか、束は先に読み取ったらしく、肩を落としながら呟き出した。
「どうせなら私だけが世界をかき乱す側に立ちたかったよ。あいつらは…束さんでさえやばい奴らって思えるんだから」
そんなときだった。
束が見ていた電子モニターの画面に、赤い点がマークされると同時に、二人のいるフロア中に警報が鳴り響いた。
束たちが警報を聞くほんの少し前、一夏は無事藍越学園の受験会場のビルへと到着した。
(ここで試験落ちて千冬姉の負担を増やすわけにいかない。バイト増やして、それでいて学業もちゃんとしないとな)
入口の自動扉を潜り抜けた一夏は、千冬の苦労を強く考慮し、試験を必ず合格しようと考えていた。
「さて、試験会場は…」
この会場には、藍越学院以外にもあらゆる学校の試験会場が用意されている。その中に、ISパイロット操縦者を養成する『IS学園』もある。姉の存在以外、自分には縁がないけどな…と一夏は流した。ISを使えることができれば、ドンシャインや千冬みたいに、誰かのために力を振るえると思ったことがあるが、男である自分にあれが動かせるはずがない。
自分が受ける試験の部屋を探ろうと、案内板を探し始めた。
すると、一夏の耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あああぁぁよかった…さっきの列車間に合ってなかったら…マジ焦った」
「次はもうないようにしてよね、馬鹿お兄!見てるあたしまで変に焦ったじゃん」
「だったら先にいけばよかっただろうに…ここから近いって言っても、お前も今から学校だ「弾か?」…ろ?」
急にどこからか声をかけられ、弾と呼ばれた少年と、彼の妹は振り返る。見ると、一夏が彼らの下へ手を振りながら駆けつけてきた。
「え、嘘!?一夏さん!?」
「あれ、蘭もいたのか?まだ今年で中3だろ?」
妹『蘭』は一夏の顔を見た瞬間、顔を赤らめて酷く慌てた。彼と会うなんて夢にも思ってなかったらしい。一夏も、まだ受験生じゃない彼女がいたことに目を丸くしていた。
「一夏!?お前ここで受験する予定だったのか!?」
「うちの事情、二人も知ってるだろ。藍越学院は学費も安いし、就学率も高いからな」
この兄妹と一夏は、数年前からの知り合い同士で、弾とは友人だった。
「ど、どどどどうしよう。今のあたし変に見られてないかな?髪とか跳ねてないかな…?」
「いや、蘭落ち着けよ。めちゃくちゃあがってんぞ」
「う、うっさい!それよりお兄!なんで一夏さんが一緒受験するって教えなかったの!?」
「いや、普通学年の違う者同士がこんなとこで鉢合わせしないだろ…」
兄からの指摘を受け、蘭はうぐぐ…と唸る。
実は、蘭は一夏に知り合ってからの好意を抱き続けている。一夏は気づいていないが。
「大丈夫か蘭。今日は妙に機嫌悪いな」
「べ、別にそんなことはないです!」
「本当に大丈夫か?顔赤いし、熱でもあるんじゃ…」
だからつい、彼の前では少しでもいい子に見られようと、落ちつきがあって余裕のある女の子を演じようと猫を被っている。だが一夏は彼女の好意に気付かなくとも、蘭が弾に対する扱いが少し雑だということを知っている。兄妹だから遠慮が少ないので当たり前なのだが。
(こいつ、相変わらず鈍感だな。普通少しは察するだろうに…)
弾は自分の妹からの好意に全く気づきもしない一夏に呆れるばかりだった。
試験会場ビルの屋上から、そんな彼らを見下ろしている人物がいた。
黒い装束に身を纏い、頭も顔を包むほどのフードで覆われている。
『…奴の位置は特定できたか?』
「問題ない。何も知らず呑気に受験…学生らしくしているよ」
声からして、女性…いや、外見年齢からして女の子というべきか。耳に付けたインカム越しに聞こえた男の声に対し、少女はそのように答える。
『なら計画に変更はないな。あの女の妨害もない。そのまま作戦に入れ』
「…了解」
少女はその手に、黒い模様を刻んだ赤いアイテムを、続いて二つの黒く染まったカプセルを取り出した。
その直後だった。突如、大きな地鳴りが、彼のいる藍越学園を中心に発生し始めた。
「きゃああああ!」
「な、なんだあ!?」
突如発生した地震は、試験会場ビルを中心に広がり、都市全体に響く。やがて都市の中心部から、おぞましい姿の怪物が姿を現した。
「キシャアアアアアアアアアアアアアア!!!」
二つの三日月状の角を持ち、髑髏のような顔と赤黒い牙を持つ怪物。今にも自分たちを食らいたそうな血に飢えた顔で、怪物は周囲の建物を破壊し始めた。
「か、怪獣だああああああああ!!」
「速く逃げて!!」
こうなっては試験どころじゃなかった。その『怪獣』に、見た人すべてが恐れ慄き、逃げ出した。周囲に避難警報が町中にうるさく鳴り響いた。
「な、なんなのあれ…!?」
「怪獣って、マジでいたのか…」
蘭が唖然としながら言った。一夏もあんな巨大な怪物がいるだなんて思わなかった。怪獣、それはこの世界ではクライシス・インパクトの中でしか聞いたことがなかった。しかし伝説にしか思われていなかった怪獣が現に現れ、街を破壊している。
「二人とも、ぼさっとしないで走れ!!」
弾が即座に一夏と蘭の二人に向けて叫び、二人は駆けだす。だがそんなときだった。
「もう、男のくせに邪魔よ!!」
後ろから走ってきた女性が弾を突き飛ばし、バランスを崩した彼をそのまま放置して先に逃げ出していった。
「弾!」「お兄!?」
すぐに二人は弾の元へ駆け寄る。一夏が弾に肩を貸して彼を起こす。
「大丈夫か!?」
「お兄、まだ歩ける!?」
「あぁ…にしても、あのばばぁ…!!」
自分が助かるために、弾を突き飛ばして姿を消した女性に対して、弾は悪態をつく。
怪獣は、自分たち人間がただ逃げるがままなことをいいことに、さらに破壊活動を加速させていった。壊れていく街を、多くの人たちが嘆き、恐怖しながら駆け抜けていた。
「くっそ、俺たちの街を…!」
逃げていく人たちと、蹂躙されていく街を見て、一夏は怒りを覚える。
その時、頭上を一瞬で通り抜ける人影がいくつか通り過ぎた。
「IS部隊!」
ISを纏う軍隊『IS部隊』が、この非常事態を聞きつけ、駆けつけてきてくれたのだ。
「こんな化け物…ISの敵じゃないわ!」
「私たちの力を見せつけてやりましょう!」
「無我口を叩くな!散会して敵の動きを探りつつ、奴の侵攻を食い止めろ!」
駆けつけた隊員の一部にも女尊男卑思考に染まっている者もいれば、ただ単純にISが無敵だと考える者もいる。解決すべき問題こそあるが、それでも優れた実力者たちをそろえたIS部隊は、赤黒い怪獣の周囲を散会する。
「攻撃開始!」
隊長の女性の命令が下され、IS部隊の隊員たちは、それぞれのISに搭載されているミサイル、ビームを放って一斉射撃を開始した。
巨体を持つ怪獣は素早く避ける余裕などないのか、IS部隊の一斉射撃に対して、ただその身に攻撃を受けるがままだった。
一夏たちは、内心で声援を送りながら、怪獣がそのまま倒れてくれることを願った。
「ギギャ!」
怪獣から悲鳴が聞こえた。それを聞き、IS部隊の隊員たちは自分たちの攻撃が効いていると確信し、さらに攻撃の手を強めた。
「よし、止めだ…!!」
立ち込めていく煙の中にいる怪獣に向けて、隊長がISから大型サイズ砲口を、肩に乗せる形で展開する。方向にエネルギーがほとばしり、彼女は煙の中にいる怪獣に向けて、放った。
「ストライクバニッシャー!!」
それは隊員たちが発射したものよりもさらに巨大なエメラルド色のレーザーだった。怪獣の胸元近くに、レーザーは被弾し、さらに大きな爆発が怪獣を包み込んだ。
隊長はそれを見て、ふう、と深く息を吐いた。あれほどのレーザーを放てる大砲を使う成果、彼女の体には強い反動による痛みが伝わっていた。だが、強い達成感がその痛みさえも心地よくしていた。
「やった!!」
「流石隊長です!」
「ふん、図体がでかい獣の分際でISに逆らうからこうなるんだ!」
IS部隊の隊員たちが、隊長が最後に放った一撃で勝利したことを悟った。
しかし…
「キシャアアアアアアアアア!!!」
「…え……」
怒り狂うような猛獣の叫び声に、彼女たちは唖然とした。
「き、効いてない!?何で!?」
ただ驚愕し、硬直している彼女たちの隙を、怪獣は見逃さなかった。
「馬鹿者、早く逃げろ!」
隊長の声が轟くが、遅かった。真っ先に狙われた隊員の一人が、怪獣が振るった剛腕に直撃し、地面に叩きつけられた。
「キャアアアアアア!!」
その隊員が落下した地点から、爆発と共に炎が立ち上った。同時に…その隊員は、ただの肉片と炭と化すという、あまりにも無残な最期を遂げた。
「な………!?」
隊員たち全員に、衝撃が走った。
ISには、かつての『白騎士』の頃から引き継がれた性能『絶対防御』がある。これはあらゆる兵器から身を守れるほどの超強力なシールドを展開できるのだが…ISが無敵と言われる伝説の源が、たった今打ち破られたのだ。
怪獣の猛威はさらに強まる。彼女たちが呆然としている隙を見て、今度は尾を振るって彼女たちを攻撃した。その攻撃で、また二人とIS部隊に犠牲が発生する。
彼女たちは、さすがにこの時点で我に返り、何とか怪獣の攻撃を回避しようと図る。もはや、ISの絶対防御は頼ることができなかった。
「絶対防御に振り分けているエネルギーを、それぞれの兵装のパワーにバイパスしろ!!」
「し、しかし…」
「何をしている!速く…!!」
隊長は、使い物にならなくなった防御より、まだ使い道のある攻撃の方にエネルギーを振り分けるように命令を下したが、生き残っている隊員たちの多くはそれを強く躊躇した。
ISの絶対防御、今の今まで、それは自分たちにとって命綱であり、自分たちが男性よりも強者になった証でもあった。依存しすぎて、それを手放せないでいたのだ。
「も、もう嫌よ!こんな獣の相手なんかできない!!」
「やってられるか!!」
「ま、待て!!」
しまいには、彼女たちの中で恐怖のあまり敵前逃亡を図る者まで出始めてしまった。隊長の命令を無視し、IS部隊で戦闘続行が可能な者は……いなくなっていった。
邪魔者が著しく減っていき、怪獣は自らの角に、赤黒い電撃をほとばしらせ……一発の光線として町中にはなった。
奴の放った光線は、試験会場のビルを木端微塵に砕いた。
「た、隊長、撤退しましょう!このままでは全滅します!」
自分たちの手勢もヘリ、元よりあの怪獣を倒せるだけの攻撃力も、攻撃を防ぐ防御もなくなった今、自分たちに勝ち目などなかった。残った部下の隊員の一人が、隊長に進言した。
「…やむを得ん。お前たちは撤退しつつ住民の避難を優先しろ!当然男女問わずだ!それまで私が奴の注意を引く!」
「何を言ってるんです!隊長のような前頭指揮の取れる人間がいないと…」
「速くするんだ!!!」
部下の口答えを許すまいと、隊長はISに搭載されていたナイフの刀身を、進言した部下に向ける。怪獣はその時、街の破壊の方に意識を向けているが、いつまたこちらを向くかわからない。
「…隊長、ご武運を…」
ただ一人残っていたその部下は、隊長と共に敬礼を交し合った。
おそらく、これが最期となると、予感しながら…。
「うわああああ!!」
ビルの爆発による激しい爆風に、一夏たち三人は煽られる。固いアスファルトの道路の上に落ちる前に、一夏は身をひるがえし、そのまま地面に落ちかけた弾と蘭の二人を一気に受け止めた。
「ぐぉ…!!」
流石に自分と斗詩の変わらない人間二人を受け止めるのは勢いがあり過ぎたのか、二人に押し倒されるように一夏はアスファルトの道路に激突、その代り五反田兄妹に怪我はなかった。
「一夏、大丈夫か!?」
「一夏さん!」
「お、俺なら平気…!」
「でも、あたしとお兄と同時に…」
「大丈夫。俺こう見えて頑丈だから…千冬姉仕込みの鍛え具合は伊達じゃないって」
普通なら怪我の一つをしてそうなのに、一夏は軽口を叩いて余裕を見せてくる。
そんな時、一夏の目の前に何か大きなものが転がっているのが目に入る。
「あれは、IS…!」
一夏は直に見たことが、弾と蘭は新聞やテレビで見たことがあった。
ISの量産型第2世代機種『打鉄』だ。近接用ブレード『葵』、アサルトライフル『焔備』を標準装備した、安定した性能を持つ機体だ。
「なんでISがこんなとこに?」
「多分、試験場になってたビルの中にあったんだ」
疑問に思った蘭に対し、一夏が予想を立てる。藍越学園とIS学園の試験会場は同じ建物にあった。ISの適性を持つかどうか、受験希望者のために一機ここに運ばれていたのだろう。
「お前を起動できたら、あいつと戦えたのかな…」
そんな敵わないとしか思えない機体を口にした一夏は、打鉄に触れる。
だが…そのまさかの出来事が起きた。
打鉄が、一夏が触れると同時に光を帯び始めたのだ。
「嘘、ISが起動してる…!?」
「マジかよ…」
蘭と弾は驚愕した。確かISは女性にしか反応を示さないはず。なぜ、『男である一夏』に反応したのだ!?
二人の予想をさらに超えるかのように、打鉄は一瞬にして、IS部隊に装備されていたISと同じように、一夏の体に兵装となって纏われた。
「俺が、ISを…!?」
一夏自身も信じられなかった。まさか、姉と同じようにISを動かすことができようとは。
一夏は自分の左手を開いたり閉じたりして、着心地を確認する。
どうしてこいつが反応してくれたのか、神の気紛れなのかはわからない。だが…一つ彼が理解したことがあった。
「これなら…俺も戦える!」
ISを装備することができた、その事実が彼の中に高い昂揚感を与えていた。意を決し、一夏は弾と蘭に向けて言った。
「二人とも、先に逃げろ!俺があいつを食い止める!」
「お、おい正気か!?IS部隊でもまともにダメージ…っておい!!」
弾は止めようとしたものの、一夏は彼の制止を無視して飛び出して行った。
「ば、馬鹿!!やめろ一夏!!」
「一夏さんだめ!!」
蘭も一緒に止めるように叫んだ。IS部隊でも全く歯が立たずに圧倒されていたのだ。それをわかったうえで、彼はあの怪獣に向かっていったというのか。
同じ頃、地球の大気圏外に位置する宇宙空間…そこに空間の歪みが生じた。その歪みの中から、銀色の輝かしい鎧を着た、青と赤の模様を刻んだ巨人が姿を現し、同時に歪みは収縮して消滅した。
巨人の鎧も、巨人の左手首に腕輪となる形で小さくなるが、腕輪になった時にはかなりボロボロになっていた。
「ありがとよ、ウルティメイトイージス。戻ったら直してやっからな」
巨人はその腕輪を、まるで昔ながらの戦友に対するもののように礼を言った。どうやら、すでに破損していたらしく、ついに限界を迎えてしまったらしい。
巨人は、今度は地球の方に目を向ける。
「久しぶりだな、キングの爺さん。っつっても、今は俺の声なんざ聞こえてねえだろうけど……ん?」
その時、彼はその金色の瞳を通して、不穏な気配を地球から感じた。
どこかで感じたことがあるような、嫌な意味でなじみ深い気配。どす黒く、邪悪な…
「…まさか!!」
彼は居てもたってもいられず、地球へと一直線へ向かった。
一夏は無我夢中で怪獣に向かっていった。なぜ初めてISを動かしたのに、空の飛び方を心得ているのかとか、冷静な状態だったのなら一夏も考える余裕ができた。だがこの時の彼の心は…ISという新たな力を得たことへの昂揚感と、正義感から湧き上がる怪獣への怒りで支配されていた。
部下たちが、この地にまだ残っている住民たちの避難をさせている間、自ら殿となって怪獣の注意を引いていたIS部隊隊長は、思わぬ横槍が飛んできたことに目を見開いた。
「少年が、ISを動かしてるだと!?」
彼女も、女性にしか動かせないはずのISを少年が動かしているということに一番驚きを見せていた。
怪獣も、一夏が向かってくることに気づいて、街の破壊を中断して彼の方を振り向いた。
あれだけの巨体に決定的なダメージを与えるには…どこか急所を狙ってしまえばいい。一夏はそう思い、真っ先に奴の目に狙いを定めた。
「くらええええええ!!」
近接ブレード『葵』を引き抜き、彼は怪獣に向かっていく。怪獣は一夏の接近を許すまいと、その剛腕を振るって一夏を叩き落とそうとする。
「何をしてるんだ!」
止せ、そんな単調な攻撃が訊くわけがない!隊長はそう思って一夏に病めるように叫ぼうとした。
一夏は、かろうじて怪獣の腕を潜り抜け、奴の目に向けて刀を振り下した。
ザシュ!!
だが、目に彼の攻撃は当たらなかった。眉間に、小さな傷が付いただけだった。
「くそ、ならもう一度…」
今度こそあいつの目を叩き斬ってやろうと啖呵を切って、もう一度空中を旋回しようとした一夏。
…だが、彼は忘れていた。
たとえISを動かせたとしても、今の自分は………『ド素人』だということを。
一夏は後ろに後退しようと意識したが、勢いが強すぎて予想以上に距離を取ってしまった。思うようにISが動いてくれなくなったことに、一夏は動揺する。何とか必要な分まで距離を詰めて次の攻撃に出ようと思ったが、今度は彼の意思と裏腹に、前方ではなく、下方に降りてしまう。今度こそ怪獣の方に向かおうと思っても、今度は勝手に体が回転してしまったりと、全く頭の中に描いたイメージと異なる挙動になってしまう。
「なんでだよ!?さっきまでは確かに…!」
困惑する一夏だが、さらに忘れていたことがあった。
一夏という、自分と比べて羽虫のようなちっぽけな奴に、眉間に傷を入れられたことで、怪獣が怒り狂っていたことに。
「ガアアアアアアアアアアアアア!!!!」
怒りに身を任せ、一気に近づいてきた怪獣の頭突きが、一夏に直撃した。
「ガハッ…」
強すぎる衝撃のあまり、彼は声にならない悲鳴と共に吐血した。まるで生身のままトラックか列車に体当たりを食らったような衝撃だった。そのまま一夏は地上へと落下していく。
「いかん!」
IS部隊隊長はすぐにISを加速させて一夏を追い、彼があとわずかで地面に直撃しそうになったところで彼を受け止めた。
だが、怪獣の怒りはさらにヒートアップしていく。
二つの角にエネルギーをほとばしらせ、怪獣は周囲の街の建物に向けて、口から赤黒い光線を解き放った。
まるで、核戦争で使われた超兵器のような威力の破壊光線だった。その光線であらゆる建物が破壊され、爆発。たちまち火の海が広がり、そして瓦礫も飛び散っていく。
「あ……!」
それは五反田兄妹にも及んだ。蘭のもとに、瓦礫が頭上から落下してきた。呆気にとられるあまり、彼女は体が動かなかった。
「蘭危ねぇ!」
その時だった。兄である弾が彼女を突き飛ばした。直後、頭上から落ちてきた瓦礫の雨に、兄は……飲み込まれていった。
激しい瓦礫の散っていく音と共に、蘭は我に返った。
「お、お兄…?」
目の前に積み上がった瓦礫の山。さらに近くの建物が倒壊し、兄がいたはずの場所にさらに積み上がっていく。
「……やだ……嘘、でしょ…?」
信じたくなかった。いつも当たり前に共に暮らしてきて、自分の我儘や文句に付き合いながら、一夏への恋を応援し続けてきてくれた兄が……
「お兄いいいいいいいいい!!!」
蘭の叫び声が、荒れ果てて行った街に広がって行った。
その叫び声を聞き付けたように、遥か彼方から青く輝く光が飛来したのを、この時意識を失っていた一夏は知らなかった。