咲-Saki- 鶴賀編   作:ムタ

6 / 6
第六局 [予選]

―――インターハイ予選会場

 

 

 

 

鶴賀学園麻雀部3年、加治木ゆみは、自身の倍以上はある巨大なトーナメント

表を見上げていた。同じ制服に身を包む少女は彼女を含め4人。

 

「どうっすか先輩? 良かったっすか?」

 

ゆらり……と、先ほどまで誰もいなかった筈の空間、ゆみの隣に突然姿を現し

た鶴賀学園麻雀部1年、東横桃子が声をかけた。これで5人。

 

「悪くはないよ。モモ」

 

微笑み返すという程ではないが、自分を慕ってくれる特別な存在の後輩に優し

いまなざしを向けるゆみ。

普段ならこの微笑ましい二人を見て、どういう思考回路か性癖か謎だが

ハアハアと荒い息を吐く外見は良いのに非常に残念な少女は席を外していた。

 

「悪くないどころかかなりいいのでは?」

 

鶴賀学園麻雀部2年、津山睦月はトーナメント表を食い入るように見つめ、

普段の大人しい雰囲気とは裏腹に多少声を弾ませそう呟いた。

去年のインターハイ出場校である龍門渕高校、去年は県2位で終わったが、

7年前から2年前までの6年連続インターハイ出場を果たしていた強豪風越

女子高校。

県最強の2校とグループが別なのだから津山睦月でなくても声くらい弾んだ

かもしれない。

 

「一回戦の相手、裾花高校は県ランキング3位の強豪校だ」

 

「ッ……!!」 「ふえっ!?」 「ワハハ」

 

津山睦月、鶴賀学園麻雀部2年、妹尾佳織、鶴賀学園麻雀部3年で部長の

蒲原智美が息をのむ。

 

「まてまてゆみちん、たしか3位は城山商業だったはずだぞー」

 

「インターハイはな。裾花高校は秋の選抜でその実力を見せつけ、県ランキ

ング3位まで上り詰めた本物の強豪だ」

 

「つ、強い人がいるんですか?」

 

「ああ。インターハイ時は1年生だった為出場しなかったようだが、秋の

選抜でレギュラー入りした現2年生の二人。志波令と雨宮須摩子の2年生

二大エース。この二人が裾花高校を県3位まで押し上げたといっていいだろう」

 

妹尾佳織の質問に答える加治木ゆみ。

 

「私と同じ2年で、既にエースですか」

 

津山睦月がゴクリと唾を飲む。

 

「志波令は狙い撃つかのようにその時トップの面子から役満であがる率が高い。

雨宮須摩子はデータ+デジタル型で隙がない打ち手だ。オーダーも変則的で

雨宮須摩子が次鋒で、志波令が副将」

 

「うめちんとモモかー」

 

蒲原智美が笑顔のままタラリと汗を落とし、多少浮かれかかっていた鶴賀学園

のメンバーの表情が引き締まった。東横桃子以外。

 

(みんな違うっすよ。ここは緊張するんじゃなくて、今日戦うかどうかすらわか

らなかった相手校の情報をここまでスラスラ答える先輩の頼もしさに惚れる所っ

す! 先輩が『悪くはない』と言ったってことは勝てる算段があるってことっす)

 

「まーゆみちんが考えてくれるだろうしだいじょーぶだろー」

 

蒲原智美はワハハと緊張した場の空気ををおおらかに吹き飛ばした。

 

(……流石ぶちょーさんっす。先輩と長年一緒にいただけはあるっす。

でも負けないっすよ!)

 

「なんでモモは睨んでるんだー?」

 

「智美ちゃんが部長なのに働いてないからじゃないかな?」

 

「佳織はおかしなことをいうなー」

 

嫌味なく、緊張した場をなごませる目的で呟いた妹尾佳織の言葉に意味不明の

返事が帰って来た。

このやり取りで若干緊張を解した津山は何か思い出したのか、辺りを見回した。

 

「どうした、むっきー?」

 

「いえ、あの、いつもならここらで梅子の鼻血オチなんですがいないな、と」

 

「そういえばトイレに行ったきり帰ってきませんね。梅子さん携帯も持って

ないですし」

 

「裾花高校対策のミーティングをしたいのだが。モモ探してきてくれるか?」

 

「了解っす」

 

ゆらり……と、東横桃子は現れた時と同様、霧に包まれるようにその場から

姿を消した。

 

「……(消えたよね?)」

 

妹尾佳織は今日始めて会った(と本人は思っている)東横桃子が先ほどから

突然消えたり現れたりとオカルトな現象をしている事が気になってしょうが

なかったのだが……

 

「佳織、ミーティング食堂だぞー」

 

「う、うん智美ちゃん今行く」

 

他の部員が全く動揺していなかったので(見間違いかなあ?)と無理矢理

納得するしかなかった。

 

 

 

 

 

「いないっすね」

 

東横桃子は予選会場の女子トイレを覗き、探している親友?の桜井梅子が

いない事を確認する。

 

「さてうめっちはどこ行ったっすかね?」

 

とりあえず予選会場の通路をゆらゆらと歩く。

 

「うめっちのことっすからおっぱいの大きい女の子にフラフラついていった

可能性が高いっすね」

 

冗談のような発言だが桃子の独り言は本気だった。つまり手がかりはおっぱいの

大きい可愛い女の子という事になる。

 

「そんな都合よく……いたっす」

 

梅子ではなく、おっぱいの大きい可愛い女の子がである。

通路のベンチに3人で腰かけている中の1人、長い黒髪を真っ直ぐに切り揃え、

眼鏡をかけた清楚ないでたち。足首まで足を隠した長いスカートに制服を

きっちりと着こなしていて、全体的に地味な印象を受ける。しかしその地味さが

おおきな胸を逆に目立たせてしまっていた。

 

「……」

 

「ともきーどうしたの?」

 

ベンチに腰かけた3人の中の1人。可愛らしい小さい顔の頬に星のタトゥー

をし、両腕を鎖で繋ぎ、長さの違うニーソックスと緑の制服に身を包んだ

小柄な少女が、桃子がマークしたおっぱい少女に話しかけた。

 

「さっきの人が……」

 

「さっき? 清澄?」

 

”違う”という意思表示かフルフルと頭を振る。

 

「学校名は今検索中。どこかの生徒が物凄い強い視線で私を見ていた」

 

「いやー男の子ならついともきーをみちゃうと思うよー」

 

チラリ、と、ともきーと呼んだ少女の胸に視線を向けた後、頭の後ろに両手を

置いてタトゥーの少女が笑った。

 

「違う。女の子」

 

「まあそれもあるんじゃないか? オレもよく女子から告白されるしな」

 

3人組最後の1人、美男子と見間違えかねない容姿の、スカートの下にズボン

を履いた背の高い少女が小型のペットボトルから口を離し会話に参加した。

 

「純くんのそれはまた別のモノだと思うけどね」

 

「恐ろしい、禍々しい視線だった。まるでケダモノのような……」

 

「それどんな女子高生!?」

 

「ハアハアと息も荒かった」

 

「それはもう変態じゃねーか?」

 

「あった。鶴賀学園」

 

「どこだそれ?」

 

「初出場校」

 

「ふーん、それじゃきっと緊張してたんじゃないかな? ボク達は優勝

候補だからつい見ちゃったとか?」

 

「かもな。さっき会場入りしただけで『オオオオオッ』とかざわついて

たしな」

 

「そう……かな?」

 

ともきーと呼ばれた少女は、納得したような出来なかったような? 

微妙な表情で小首をかしげていた。

桃子は姿を見られているわけではないが赤面しつつ3人組から離れた。

 

「最悪な形で強豪校に学校名を覚えられたっす。でもとりあえず手がかり

はあったっすけど、うめっちがさっきの人をジロジロと見た後は……」

 

そこまで発言した後、桃子はガックリと膝を落とした。

 

「どこまで、どこまでお約束っすか!」

 

床に点々と血の跡が続いていた。

 

 

 

 

色々やる気を失くしつつあったが、大好きな先輩に探してきてくれと

頼まれた以上見つけるしかない。

桃子はなえる気持ちを振り絞って血の跡を追った。

 

「うわっ最悪っす」

 

点々と続く血の跡を追っていた桃子の前に、次に現れた美少女を見て桃子は

呻いた。

その美少女は丈のとんでもなく短いスカートのセーラー服に身を包み、

何故か大きなペンギンのヌイグルミを小脇にかかえていた。

ピンクの長いサラサラな髪を赤いリボンでふたつに結び、青く大きな瞳と

白い肌が童顔な可愛らしい小さな顔に合わさってキラキラと輝き、そしてその

童顔な可愛らしさと正反対にとんでもない自己主張をする迫力のおっぱい。

 

「とんでもないおっぱいさんっす。これはうめっちの命が危ないっす」

 

もしこの少女を梅子が見たら鼻血の噴水を吹き出すと確信した桃子は辺りを

見回す。

 

「先ほどの方大丈夫でしょうか?」

 

当然桃子に気づいていない少女は、同じ学校の仲間と思われる少女に話しか

けた。同じセーラー服の少女は全部で5人と男子1人。

 

「原村さんどうしたの?」

 

「いえ、先ほど物凄い目を見開いて私を見ていた人がいたんですが……」

 

「京ちゃんそんな人いた?」

 

「いや気付かなかったけど?」

 

「見てないじぇ」

 

「そんな不審人物おったかのう?」

 

「そういえば、何か一瞬禍々しい視線を感じたわね。和を見ていたのか」

 

男+3人の少女が気付かず、2人がその視線に気付いた。

 

おっぱい不等号=梅子の視線

のどか>部長>(視線を感じなかった壁)>ワカメ>咲>タコス 論外京太郎

 

このロジックはさしもの清澄高校学生議会長兼麻雀部部長、竹井久も思い

至らなかった。……くだらな過ぎて。

 

「その人がどうしたの?」

 

「いえ、わたしが視線に気づいて振り返ったら顔を青ざめまして、口元を

抑えてあちらの通路に走って行かれたので大丈夫かな? と」

 

「きっとのどちゃんのおっぱいを見て恐れをなしたんだじぇ!」

 

「そんなおかしな人ありえません!」

 

(すみません、それ正解っす)

 

いたたまれない気持ちになりながらも今聞いたヒントを元に梅子が走ったと

言われた通路へ向かう。

 

「でもあのおっぱいさんを見てうめっちはよく我慢したっすね」

 

そう呟いた桃子の言葉を梅子は即座に裏切る事になる。

 

「……床に点在する血の量が増えてるっす。というか蛇行したりしてるっす」

 

いよいよもって体が限界なのだろう。早く見つけないと大変な事になりかね

ない。

 

 

キャー!!!

 

 

その時、誰かの悲鳴が予選会場に響き渡り、ざわめきが起こった。

 

「手遅れだったっすか!?」

 

悲鳴の先へ向かい走り出す。その先には……

 

 

 

 

 

ざわめく人ごみの中心にそれ(梅子)はいた。

 

強豪風越女子高校の制服、その制服の上からでもはっきりと解る豊な胸。

黄金色の髪を肩口まで伸ばした優しい、なにか暖かさを感じさる可憐な美少女

に膝枕されている桜井梅子の姿があった。

 

これだけなら美しい光景を想像できるかもしれないが、膝枕されている美少女

(梅子)は両方の鼻の穴にティッシュを詰め込み、苦悶の表情を浮かべ、床に

は殺人事件でも発生したのかと疑わん程大量の血が散らばり、血生臭いニオイ

が初夏の熱さに合わさって異臭を放っていた。

 

(いやおかしいっす、いつものうめっちならあんな美少女さんに膝枕されて

たら幸せそうな顔で気絶してる筈っす!)

 

血の量というか、その他もろもろスルーして出てくる疑問がソレの時点で桃子

も毒されていたのだろう。ツッコミが既に次元を超えていた。

 

「すいませんっす!」

 

桃子は人ごみをゆらりとすり抜け、膝枕している風越の生徒に声をかけた。

 

「あら? どこから……いえ違うわ。その制服だとこの子と同じ学校の生徒

さんかしら?」

 

「そうっす。一応、残念っすけど知り合いっす。ご迷惑おかけして申し訳ない

っす。あの、いったい何があったっすか?」

 

「それが、私にもわからなくて、フラフラと歩いてきたと思ったら私と目が

合った瞬間に鼻血を吹きだして倒れて……」

 

(ああ、それはいつものことっす)

 

「それでティッシュをあげたのだけど足りなくなって、その時までは大丈夫

だったのよ?」

 

「その後深堀さんが持っていたティッシュをこの子に手渡してくれた直後に

『ドムッ!?』って叫んで白目を剥いて気を失ってしまったの」

 

「深堀さん?」

 

「……(ペコリ)」

 

桃子の倍以上の体重はありそうな、まあある意味物凄いおっぱいさん

(ウエストも物凄い)が私ですと主張する為頭を下げた。

 

(……その苦悶の表情は、そういうことっすかうめっち※)

 

 

『キャーこっちの通路にも血の跡が……』

 

 

『こっち、こっちにもあるわ!!』

 

 

騒ぎは更に大きくなり、くだらない、あまりにもくだらないこの出来事は

鶴賀レジェンドの1エピソードとして語り継がれる事になる。

 




前回のミス
×「うん、そっちは悩む必要でしょ」
○「うん、そっちは悩む必要ないでしょ」
意味が解りません。スミマセン。

※どういうことかは語りません。


・いいわけ
梅子の強敵(ライバル)となるキャラを一気に出したかった。
・結果
酷い展開になった。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。