東亰ザナドゥ ―秋晴れの空へ向かって―   作:ゆーゆ

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第2部
5月17日 とある日曜日の昼下がり


 タマキさんは週に二、三回ぐらいの頻度で私の部屋を訪ね、私と日常を共にする。合い鍵を渡してあるから、私の帰りが遅い日には度々「おかえり」を言ってくれる。一緒に食事を取るのは勿論、寝具を持ち込んで夜を過ごしたり、特に目的も無くテレビを観ながら談笑したりと、既に私の生活の一部になりつつあった。

 

「ふう。アキ、タオル借りたから」

「それはいいですけど、服を着て下さいよ」

「履いてるじゃん」

 

 5月17日の午後13時。日曜日の昼下がりにシャワーを浴びた後、下着一枚で歩き回るタマキさん。みっともない振る舞いではあっても、どういう訳かタマキさんだと洗練されているというか、様になって映ってしまうから困る。この人は色々な意味で反則だ。

 

「それで、いつ出掛けるんだっけ?」

「もうそろそろですよ。ソラちゃんと一緒に出ます」

 

 昨日に駅前のオリオン書房で購入した、薄めのスケジュール手帳を開く。社会人用のそれとは違い、中高校生向けに発売された今年の新商品だそうだ。店主の一人娘であるシオリさんの勧めで購入した手帳に、私は手書きで今後の予定なんかを書き込むようにしていた。

 理由は勿論、これまで以上のスケジュール管理が求められるからに他ならない。一人暮らしとアルバイトで精一杯な現状に、明日からは新たに『部活動』が加わる。明確な目標に向けて、多くを積み重ねる日々が始まる。想像しただけで眩暈がしてしまう思いだけど、私自身が選んだ道だ。沢山の苦労が待ち構えているとしても、悔いだけは残したくなかった。

 そして今日は『もう一つ』。先週末に直面した、日常から掛け離れた所にある『異常』。私はその真相を知る為に、四人の同窓と約束を交わしていた。

 

「時間なので、もう行きますね」

「はいはーい。鍵はアタシが掛けておくから」

 

 約束場所は杜宮市で最も大きいとされる歓楽街、蓬莱町。私は鏡で身なりを確認してから、玄関扉に向かった。

 

______________________________________

 

 アパートから蓬莱町へ向かうには、市営のバスを利用するのが最も早い。徒歩では一時間以上掛かってしまう。普通なら自転車を使うところなのだろうけど、ソラちゃんは例に漏れず徒歩を選び、私も彼女に付き合う形で、二人仲良く長い道のりを歩いていた。

 

「じゃあ明日から本格的に、テニス部員として活動するんですね」

「うん。でも私はミーティングに参加するだけなんだ。明日はアルバイトもあるから」

 

 テニス部の一員になりたいという私の申し出を、アリサ先輩とエリス先輩は快く承諾してくれた。そして驚いたことに、休部をしていた筈のエリカ先輩が姿を見せたと思いきや、私達の目の前で休部を『撤回』した。

 エリカ先輩が何を想ったのかは分からないけど、先輩が以前口にした『納得がいかない』は、アリサ先輩とエリス先輩の煮え切らない関係にあったのだろう。長年相棒として同じコート上に立ってきたというのに、心の奥底にある感情を押し殺して、本音をしまい込む。コートには二人しかいないのに、本当の二人が何処にもいない。

 でも二人は乗り越えた。一昨日の一件を機に、アリサ先輩とエリス先輩は自分自身と向き合い、お互いの相棒を見詰め直してくれた。だからこそエリカ先輩も戻って来てくれたのだろう。中学以来の付き合いだそうだし、元鞘に納まるべくして納まってくれていた。

 

「頑張って下さいね、アキ先輩。私も応援しています!」

「あはは。やるからには本気でやらないとね」

 

 ソラちゃんと会話を交わしながら、歩き続けること約一時間。蓬莱町の玄関口と思しき区画にはビジネスホテルが建っていて、更に歩を進めるに連れて、賑やかな声や音楽が耳に入ってくる。広々とした道路を挟んで建ち並んでいる大部分は飲食店。他にはパチンコ店やゲームセンター等の娯楽施設や、如何にも夜に繁盛しそうな大人向けのお店も散見された。商店街とは異なる類のざわめきがあった。

 

「そういえば私、詳しい場所を聞いてなかったっけ。ソラちゃんは知ってる?」

「はい。一度空手部の先輩と一緒に行ったことがあるので、道も分かりますよ」

 

 確かA組の相沢さん、だったか。ともあれ約束の時間までそれ程余裕も無いし、三人を待たせてしまっては悪い。私はソラちゃんの背中を追って、蓬莱町の中央通り方面に向かった。

 よくよく周囲を見渡してみるとアパートや個人住宅もゼロではなく、僅かな生活感が垣間見えてくる。こういった歓楽街は日が暮れてから賑わいを見せる筈だし、私には到底合いそうにない。住民は落ち着いて眠れているのだろうか。

 

「アキ先輩、ここです」

「え。や、焼肉屋?」

「そっちじゃなくてこっちですよ」

 

 やがて辿り着いた先は焼肉屋、の隣にある二階建ての施設。店頭には『お一人様30分130円』と書かれたボードがあり、店内からは軽快なテンポの曲が流れ出ていた。

 

「あ、あはは・・・・・・私、初めてかも」

 

 カラオケボックス『J-STAND』。私は今日の集いの目的が分からなくなってしまっていた。

 

__________________________________________

 

 時坂君と柊さん、四宮君の三人と合流した私達は店内に入り、奥側にあった部屋を借りた。室内の中央には大きめのテーブルが一つと、それを取り囲むようにソファー椅子が並んでいて、妙に薄暗く感じた。私が「暗いね」と呟くと、ソラちゃんが「これぐらいが普通ですよ」と教えてくれた。初めてのカラオケで勝手が分からず、どうにも落ち着かなかった。

 

「あ、あのー。どうしてカラオケなんですか?」

「それはここを選んだ時坂君へ聞いて貰えるかしら」

 

 私が問うと、柊さんが場決めを担当した時坂君へと振った。

 

「別に深い意味はねえって。ここなら誰にも聞かれたりしねえし、ゆっくり話ができるだろ。それに折角の休日だ、何か飲み食いしながら話すとしようぜ」

「メロンソーダ」

「お前は後輩らしいところを見せろ」

 

 サイフォンを弄るユウ君を時坂君が睨む。

 要するに誰の耳にも入らないよう話をするなら、ここは打って付けの場所なのだろう。カラオケボックスなら当たり前かもしれないけど、確かに防音は行き届いているようで、他の部屋から聞こえてくる声は虫の鳴き声のようにか細い。アルバイト経験のある時坂君の話では、ミーティングや打ち合わせにカラオケを利用する客層も少なくはないらしい。

 

「ウーロン茶をお願いするわ」

「私はカルピスがいいです」

「時坂君、この山盛りポテトフライってどれぐらい山盛りなんですか?」

「変だな。俺今日バイト休みだと思ってた」

 

 時坂君の提案に従い、私達は取り急ぎの注文を店員へ伝えた。数分後に一通りの品が揃い、飲み物で喉を潤したところで、時坂君が改まった声で切り出してくる。

 

「さてと。アキ、俺達に聞きたいことがあるんだろ」

「それは・・・・・・その。あるには、ありますけど」

 

 聞きたいことならポテトフライ以上に山積みだ。既にある程度の話を聞き及んでいるとはいえ、それでも上手く飲み込めないでいる私がいた。頭では分かっていても理解はできていないし、身を以って知ってしまった今でも信じられない。私が前を向くキッカケになってくれたのは確かだけど、全て夢だったのではという思いさえある。

 

「聞き方を変えるか。俺達もどこまで話したのか整理しときたいからな。アキはどこまで知ってんだ?」

「私は・・・・・・」

 

 ざわついた感情を落ち着かせて、私は記憶を一から並べ直した。

 異界。それはもう何十年も前からこの世界と関わり続けてきた、現実とは次元そのものが異なる別世界。特異点となった人や物を起点として顕れる『門』を介し、異界と現実世界が交わってしまうと、様々な形で浸食が始まる。先週の事件を例にすれば、ガラス窓やフェンスが破壊されるといった被害に加え、特異点となった私とアリサ先輩らを異界へ引き摺り込んだ。現実世界をあらゆる方向から乱し、怪現象を引き起こしてしまう。それが異界化だ。

 

「通常の人間は異界化を認識できなくて、存在も公にはされていないけど・・・・・・異界化を監視して管理する組織が裏の世界に在る、でしたよね」

「それが結社『ネメシス』。私が所属している組織よ」

 

 柊さんが杜宮学園へ転入した目的は、その結社の存在意義と同列に並ぶ。この杜宮で発生する異界化の監視と収拾が、『執行者』である柊さんの任務。

 ここまでは以前にも聞かされていた。私やアリサ先輩が異界に住む怪異『グリード』に目を付けられていると考えた柊さんらは、私達を常に監視下におくことで、異界という魔の手から守ろうと動いてくれた。結果として私達は異界に飲み込まれてしまったけど、元凶とされたグリードは消滅して、事件はひと段落。それが先週の出来事だ。

 

「その、改めてお礼を言わせて下さい。助けてくれて、ありがとうございました」

「お礼なんていいですよ。当たり前のことをしたまでです」

「でも今回ばかりは、素直に受け取れないね。一時は裏をかかれた上に、エルダーグリードの片割れを倒したのだって、遠藤先輩本人じゃん」

 

 ユウ君の声に、二日前の光景が脳裏をよぎる。

 分からないことの大部分を占める、私の中に宿っていた光。どうしてあの光にお兄ちゃんを想ったのか、何故私はあんな真似をできたのか。あの時は無我夢中だったから仕方ないとして、あれは本当に私だったのだろうか。考えるだけで頭痛に苛まれてしまう。

 

「『適格者』って・・・・・・何ですか。私は、何をしたんですか?」

「戸惑っちまうのも無理はねえさ。俺もそうだったし、今でもよく分かっちゃいないんだ」

 

 時坂君に代わって、柊さんが教えてくれた。

 ソウルデヴァイス。それが私の手に握られていたライジング・クロスの総称。異界化に耐性を持つ人間の中でも極一部、適格者と呼ばれる者だけが顕現可能な、唯一無二の具現化された魂。グリードを打破し得るたった一つの刃だった。 

 

「じゃあ、私もそうだっていうことですか?」

「ええ。時坂君やソラちゃん、四宮君もそう。異界化を認識し、グリードへ立ち向かうことのできる数少ない人間よ。遠藤さん、貴女もね」

 

 記憶はあるし、今でも手に感触が残っている。確かに私は死人憑きと対峙した。最愛の幻影を打ち払い、死人憑きを葬り去ったのはこの私だ。

 自分が特別な人間だなんて、一度も考えたことがなかった。引っ込み思案で良くも悪くも目立たない、一介の女子高生に過ぎない。その筈なのに、柊さんの口振りだと、まるで私が選ばれた人間かのように聞こえてしまう。

 

「よ、よく理解できませんけど・・・・・・何となくは、分かりました」

「そう。他に聞きたいことはあるかしら」

「時坂君達は、柊さんとは違うんですよね?」

「適格者ではあるけれど、貴女と同じ民間人に過ぎない。何度か手を貸して貰ったことはあっても、私とは明確な違いがあるわ。他には?」

 

 そう言って促してくる柊さんを見て、声が詰まる。これ以上の詳細を語りたくはない、とでも言いたげな表情を柊さんは浮かべていた。まだまだ釈然としない部分はあるけど、もしかしたら柊さんにも私へ話しておきたいことがあるのかもしれない。

 

「ええっと。今は、これぐらいです」

「なら私からも貴女に言っておくわ。遠藤さん、よく聞いて」

「は、はい」

 

 まず一つ目は、今回の事件に関する一切合切を、絶対に表には出さないこと。誰にも話してはいけないのは勿論、書いたり打ち込んだりといった行為も禁物だと、柊さんは私に釘を刺した。

 この点については言われずともそうするつもりだった。到底信じて貰えるとは思えないし、変な目で見られてしまうだけだ。テニス部の先輩も異界関連の記憶は消えていて、全てを把握しているのは私一人。私が黙っていればいいだけの話だ。

 

「結社には『民間人を巻き込んではならない』という基本理念がある。遠藤さんを疑うつもりはないのだけど、くれぐれも注意して」

「分かりました。肝に銘じておきます」

「ありがとう。それと二つ目は、一つ目と少し被るかもしれないのだけど・・・・・・ねえ遠藤さん。これまで見聞きしてきた全てを、忘れて貰えないかしら」

「え・・・・・・わ、忘れる?」

「異界なんて物は存在しなくて、適格者もいない。私達はただの高校生で、貴女もそう。何も見ていないし、聞いてもいない。貴女はこれまで通りの生活を送るの」

 

 何だろう。確かに柊さんは一つ目と同じようなことを言っている。異界化などという非現実は起きていない。全てを無かったことにして、胸の中にしまい込む。私は今まで通りの、寧ろ心機一転してテニス部員としての新たな日常生活を始める。

 でも違う。似ているようでいて、全然違う。私一人の扱いだけが違っている。

 

「考えてもみて。一歩間違えれば貴女は異界に飲まれたまま、行方不明になっていたかもしれない。そんな恐ろしい過去は忘れて、日常を取り戻して欲しいのよ」

「そ、それは分かりますけど・・・・・・私だけなんですか」

「え?」

「時坂君達も、そんな危険と隣り合わせになりながら、私を助けてくれたんですよね。何故私だけが都合良く、何も知らない振りをしていいんですか」

「言ったでしょう。彼らだって一時的な協力者に過ぎない。本来なら関わってはいけないのよ」

「ならどうして私だけが、違うんですか?」

 

 最初の引っ掛かりはおそらく、『何故私だけ』という下らない寂しさに過ぎないのだろう。でも柊さんはともかく、話を聞いた限りでは、時坂君達だって私と同じ筈だ。偶然知ってしまい、己の意志とは無関係なところで『適格者』という希少を与えられて、それでも非日常に身を置いている。私だけが知らぬ振りを決め込んで、日常へ帰っていい道理がない。

 それに私は、忘れたくない。想いを声にするよりも前に、柊さんが言った。

 

「貴女も協力者として加わりたい。そう言いたいのかしら」

「私に何ができるのかは分からないですけど、みんなの力になれるのなら、手助けがしたいんです」

「手助けって、そんな軽い気持ちで―――」

「軽くありませんっ!」

 

 柊さんが言うように、少しでも歯車が狂っていれば助からなかったかもしれない。あのまま真っ暗闇の中で幻影に惑わされ、果てていたのかもしれない。思い出すだけで悪寒が走る。

 でも私は変われた。ここからが本番だけど、自分自身と向き合ったことで、明日から新しい日々が始める。みんなが居たからだ。元凶を倒したのが私でも、アリサ先輩とエリス先輩を連れ帰ってくれたのは私じゃない。

 それに私は―――忘れたくない。どうしようもない私の過去に触れても、誰一人として離れずにいてくれた。いつも誰かと一緒だったこの数日間は、私にとって満ち足りた日々だった。全てを無かったことにして捨て去るなんて、できる訳がないじゃないか。

 

「それに私、お兄ちゃんを感じたんです」

「お兄さん?」

「上手く説明できませんけど、私のソウルデヴァイスには、お兄ちゃんの想いが込められている。確かに声が聞こえたんです」

 

 死人憑きの幻聴の中にあった、本物。どうしてかは分からないけど、私を呼ぶ声がハッキリと聞こえた。声のおかげで私は幻影を打ち破ることができた。私は一人ではなく、二人で戦っていた。

 私はこれからテニス部で、埃を被っていたお兄ちゃんのラケット振るう。もう一つのそれだって手放したくはない。何より私は『真実』を知りたい。その答えはきっと、みんなと一緒に進んだ先にある。不思議とそう信じることができた。

 

「だからお願いです。私にできることがあるなら、協力させて下さい」

「遠藤さん・・・・・・」

「別にいいんじゃない。柊先輩も以前言ってたじゃん、今更二人も三人も変わらないってね」

「俺も覚えてるぜ。なら四人だって同じだろ」

「ですね。アキ先輩ならきっと力になってくれますよ!」

 

 私が頭を下げると、時坂君らは私の申し出を受け入れてくれた。一方の柊さんは、瞼を閉じて考え込むような素振りを見せた後、小さな溜め息を付きながら左足に手を伸ばす。その先にあったのは、普段から柊さんが左の太腿に付けている、革製のベルトケースだった。

 

「貴女に渡しておくわ。受け取って」

「これって・・・・・・サイフォン、ですか?」

「ええ。予備の端末として持ち歩いている物よ」

 

 ケースの中から取り出されたのは、私にとっては馴染みの薄い次世代型の携帯電話。正確には電話を兼ねたネットワーク端末とやらで、十年程前から普及し始めた物だそうだ。私が携帯を持つようになった頃には既に出回り始めていたけど、お兄ちゃんや両親もガラケーだったし―――って、今はどうでもいいか。

 

「詳細は後々説明するとして、今後私に協力してくれるというのなら、それを肌身離さず持ち歩いて欲しいの」

「で、でもどうして。それに予備と言っても、他人の私が持つ訳には」

「滅多に使わないから勿体無いとは思っていたのよ。貴女が持っていた方が寧ろ有意義だわ」

「はぁ・・・・・・」

 

 意味が分からず三人の反応を窺うと、全員が首を縦に振っていた。どうやら私がサイフォンを持ち歩くことには、何かしらの意味があるようだ。まるで想像が付かないけど、ここは柊さんに従って携帯するようにしよう。紛失してしまわないよう注意しないといけない。

 それにしても、この気持ちは何だろう。柊さんがケースからサイフォンを取り出した時、思わずドキリとして目を逸らしてしまっていた。それは私だけではなかったようで、三人が声を潜めてぼそぼそと呟き始める。

 

(前々から気になってたけど、サイフォンケースだったのか。すげえ際どい所に付けてんのな)

(サイフォンから柊さんの体温が・・・・・・な、何だか変な感じです)

(取り出す仕草が、とても艶めかしかったですね)

(郁島、素直にエロいって言えば?)

 

「コホン。あー、うう゛んっ」

 

 柊さんの大きな咳払いを合図にして私達は散らばり、ソラちゃんが何食わぬ顔で言った。

 

「アキ先輩、先輩のソウルデヴァイスはどういった物なんですか?」

「私の?」

「そういやちゃんと聞いてなかったな。俺達もお前が死人憑きとやり合うところは見てたけど、何かすげえ数の霊子弾を打ちまくってなかったか」

「それに異常な速度で走り回ってたよ。あれもソウルデヴァイスの力って訳?」

「え、えーと。一言で言えば、ラケットとシューズです」

「「・・・・・・?」」

 

 私もあの時は思い浮かぶままにライジング・クロスを振るっていたから上手く言えないけど、そうとしか形容のしようがない。私以外の四人が使うというソウルデヴァイスだってロクに知らないし、「お前何言ってんの」みたいな顔をされても私が困ってしまう。

 確かなことは、ライジング・クロスは時坂君が言う『霊子弾』の起点だということ。そして両足の側面に装着する歯車のような形状をしたデヴァイスは、一種の加速装置のような物なのだろう。こうして喋っていると恥ずかしくて仕方ないけど、多分合っている筈だ。

 

「おそらくだけど、遠藤さんのソウルデヴァイスはかなり特殊ね。常時発動型のスキルが備わっているのだと思うわ」

「常時・・・・・・発動型?」

 

 聞き慣れない表現に首を傾げてしまう。時坂君やソラちゃんも同じ色を浮かべる一方で、何故かユウ君だけは成程といった様子で頷いていた。当の私が全く分からないというのに。

 

「調べてみれば分かることよ。でも特色が強いソウルデヴァイスは、それだけ調整が必要とされる場合が多い・・・・・・遠藤さん。ソウルデヴァイスを使っていて、やり辛さのような物は感じなかった?」

「やり辛さ・・・・・・うーん」

「何でもいいわ、気になったことを言ってみて?」

「グリップはもっと強く巻きたいです。ストリングスもあと5ポンドは上げたいですね」

「成程。覚えておくわ」

「おい柊、素直に分からねえって言えよ」

「完全にテニスですね・・・・・・」

 

 どんな意味があるのかは別として、私は二日前に抱いた違和感を並べた。柊さんはそれらをサイフォンに書き込み、聞いては書くを繰り返していく。

 すると室内に備え付けられていたインターホンが鳴り、時坂君が受話器を取って応じた。ソラちゃんの話では、カラオケでは終了予定時刻が近付くと、店員さんからインターホンで連絡が入るようになっているらしい。そろそろ一連の話にも区切りが付いた頃だし、今日はこの辺でお開きといったところか。時坂君は手短にやり取りを済ませてから、私達へ告げた。

 

「延長しといたぜ」

「延長?」

「カラオケに来て歌わねえで帰るってのも損だろ。キリの良いところで話は終わりにして、日曜日らしく楽しむってのもアリじゃねえか?」

 

 時坂君の提案に対し、ソラちゃんがすぐに「賛成です!」と賛同すると、柊さんは「どちらでも構わないわ」というどうとでも取れる反応を示し、ユウ君は「どうだっていい」とでも言いたげにサイフォンを弄り始める。先程までとは打って変わって、お気楽な雰囲気に一転していた。

 

「アキはどうすんだ?この後用事とかあんのか?」

「い、いえ。でも、その。私、カラオケって初めてで・・・・・・歌うとかも、苦手ですし」

「別に歌わなくたって構わねえさ。皿も空いたし、また何か頼むか?」

「あ、それなら山盛りポテトフライのチキン付きが食べたいです」

「メロンソーダお代わり」

「私もユウキ君と同じのにしようかな」

「時坂君、ホットコーヒーはサイズを選べるのかしら」

「だから俺は店員じゃねえって!」

 

 言いつつも律儀に注文を入れる時坂君。きっと時坂君は良いお父さんになるんだろうな、などという意味不明な感想を抱いてしまう。柊さんも何だかんだで面倒見が良さそうだし、ソラちゃんは見た目通り。ユウ君はこっそり子供の日記を覗いたりしそう、なんて失礼極まりない妄想を膨らませていると、今度は時坂君のサイフォンが着信音が奏で始めた。

 

「もしもし。なんだ、シオリか・・・・・・ああ、前に言っただろ。柊やアキと・・・・・・そうなのか?いや、聞いてみねえと分かんねえけど・・・・・・ああ、少し待ってろ」

 

 電話の相手はシオリさんのようで、時坂君は一度サイフォンを耳元から離してから、私達に聞いた。

 

「シオリからだけど、リョウタやジュンと近くに来てるって。折角だから一緒に歌おうぜって言ってるけど、どうするよ」

「あー、用事を思い出したー。そんじゃばいばーい」

「ユウキ君、一旦座ろう?」

「痛だだだだだ!極まってる、極まってるって!!」

 

 ユウ君の悲痛な叫び声を聞いた時坂君は「なら決まりだな」と言って、シオリさんらを誘った。私の理解を超えたやり取りに何も言えずにいる一方で、私は運ばれてくるであろうポテトフライとチキンを今か今かと待ち侘びていた。

 

________________________________________

 

 シオリさんらは本当に近くにいたらしく、時坂君との電話を終えてから五分と経たないうちに、私達が借りていた部屋へとやって来た。話を聞いた限りでは三人だけだった筈が、どういう訳か伊吹君の隣には、見知った女性が一人立っていて―――私は、声を失った。

 

「あれ、玖我山じゃねえか。どうしてお前がいるんだ?」

「あはは。実はさっきお店の前でバッタリ出くわしてね。伊吹君が是非にって言うから、一緒に・・・・・・って、ああ!?」

「な、何だよ?」

 

 玖我山さんは明後日の方向に視線を泳がせていた私を見るやいなや、即座に私の眼前へと歩み出る。途方も無い圧力と目力で私は強引に前を向かされ、玖我山さんと視線が重なった。

 

「え、えーと。その、こんにちは」

「アルファベットの『S』『P』『i』『K』『A』。ほら、言ってみて」

「・・・・・・鹿?」

「誰がいつ奈良県の話をしたのよぉ!?」

「アキ先輩、『P』が抜けてます」

「おいおい遠藤さん、まさかとは思うけど・・・・・・マジで、知らねえのか?」

 

 伊吹君のみならず、その場にいた全員が呆気に取られた様子で、私を見詰めてくる。思わぬ視線攻撃に涙目になっていると、見るに見かねたのか、シオリさんがそっと優しい声を掛けてくれた。

 

「ほら、テレビとかで一度は観たことがある筈だよ。アイドルグループの『SPiKA』。聞き覚えはない?」

「あ、それなら私も知って・・・・・・あれ?」

 

 流行の類に疎い私でもSPiKAぐらいは知っているし、音楽番組や報道で何度か目にしたことがある。確か私と同年代ぐらいの女の子で編成されたグループで、中には玖我山さんみたいな―――ん?あれ?

 

________________________________________

 

「うおおぉ!!リオンうおおおぉぉお!!」

「うるせぇよこの馬鹿!」

 

 華麗に踊りながら美声を響かせる玖我山さん、そして歓喜の声を隠そうともしない伊吹君。涙を流す理由は少しも理解できないけど、それぐらい玖我山さんのファンなのだろう。そういう世界もある。うん、引いちゃ駄目だ。

 寧ろそれ程熱烈なファンがいる超有名アイドルグループの一人を前にして、失礼千万な態度を取り続けてきた私の方が異常だ。玖我山さんには何度も頭を下げて謝罪したけど、謝り足りていない感が残り過ぎている。今度モリミィでこっそりサービスして差し上げよう。

 

「相変わらずだなぁリョウタは。気持ちは分からなくもないけどね」

「ほ、本当に好きなんですね・・・・・・その、小日向君は、よくカラオケに来たりするんですか?」

「誘われたら、かな。でも人前で歌うのは苦手だから、大抵ポテトをつまみながらの聴く側に徹するよ。リョウタって結構歌が上手くてさ、聴いてるだけでも結構楽しめるんだ」

 

 すると話題に上った伊吹君が玖我山さんからマイクを受け取り、準備運動のつもりなのか屈伸を始める。曲は少し前によく耳にした邦楽曲で、素人が歌うには難しそうな選曲だった。この曲を上手く歌えるなら、確かに相当な歌唱力の持ち主と言えるかもしれない。

 

「そういえば遠藤さん、この間貸してあげた漫画はどう?面白い?」

「あ、はい。すごく面白くて、一気に読んじゃいました」

「え・・・・・・も、もう全部読んだの?」

「一度読むと続きが気になって、止まらなくなるんです」

 

 私はどちらかと言えば、熱し易い性分なのだろう。何かに没頭すると時が経つのも忘れるぐらいで、それが本なら寝る間も惜しんで読み耽ってしまう。小日向君が貸してくれたシリーズも二十冊以上あったけど、ちょうど昨日の晩に最終巻まで読み終えたところだった。

 

「へえ。それなら小説とかの方が文章の量があっていいかもしれないね。ライトノベルとかは読む?」

「特に好き嫌いのあるジャンルはないですね。線引き自体よく分かっていないですし」

「じゃあ僕のお薦めを貸してあげるよ。今度っとと」

 

 皿に盛られたポテトフライを取ろうとしていると、同じタイミングで出された小日向君の手と重なり、小日向君はポテトフライではなく、私の指を掴んでしまっていた。

 

「あはは、ごめんごめん」

「い、いえ。こちらこそ」

「おいそこの二人!イチャついてねえで少しは俺の歌を聴けっての!!」

 

 曲の合間に伊吹君が的外れな指摘を入れてくる。的外れ過ぎるから聞こえなかったことにしよう。顔が熱いのは室内に熱気が籠っているからだ。落ち着いて平然と振る舞おう。

 氷とジンジャーエルが入ったグラスを空にしてテーブルへ置くと、テーブルを挟んで反対側に座っていた柊さんに目が止まる。どういう訳か柊さんは、向かって右側の壁を見詰めていた。

 

「あの、どうかしましたか?」

「隣の部屋が少し気になって。壁が薄いのかしら、少し声が漏れてきているみたいなの」

 

 柊さんの声に反応した時坂君が、リモコンを操作して強引に曲を停止する。理不尽で容赦無い一旦停止の後、私達は壁の向こう側にある隣部屋に向けて聞き耳を立て始めた。すると確かに壁の向こう側から、女性の叫び声のような何かが聞こえてくる。

 

『人類史上初めて独身の二十代後半に四捨五入しやがったクソ野郎出てこいやああぁあぁ!!!』

『ちょっとシホ!曲を無視してシャウトするのやめなさいって!』

『これが日本のカラオケなんですね、とてもクールです!』

 

「よく分からないけど、切実な叫び声が聞こえるわね」

「ねえコウちゃん、これってやっぱり壁のせいかな?」

「約一名は違うと思うぜ。酔ってんじゃねえのか、ここ酒も出すし」

 

 うん、ピンポイントで思い当たる女性がいる。午後からみんなで出掛けるとは聞いていたけど、まさか同じ場所に来ているとは思ってもいなかった。私の左隣に座っていたソラちゃんも察しが付いたようで、私の耳元に顔を寄せて小声で言った。

 

(あの、アキ先輩)

(間違ってないと思うよ。ねえソラちゃん、言わなくても分かるよね)

 

 私は人差し指を口元に当てて、『黙っていよう』の仕草を取った。するとソラちゃんは何をどうひん曲げて受け取ったのか、満面の笑みを浮かべながら立ち上がった。

 

「分かりました、私が声を掛けてきます!」

「へ」

 

 ソラちゃんは颯爽と駆け出し、隣の部屋へと向かった。

 

________________________________________

 

「どうもー。アキと同じアパートに住んでる、叔母のタマキです。宜しくね」

「初めまして、同じく大学生のアイリです」

「おうバイト君、カシオレ一つ」

 

 自己紹介をすっ飛ばして、時坂君にお酒のお代わりをオーダーするシホさん。おそらく以前に居酒屋でアルバイトをしていた時坂君を見て、記憶がごちゃ混ぜになっているのだろう。すごい酔ってるし。

 

「どうしてこうなっちゃうの・・・・・・」

 

 ガーデンハイツ杜宮の住民三名を加えた、総勢十二名。ソファーには少しも余裕がなく、室内には先程以上の熱気プラス酒の匂いが立ち込めていた。トモコさんは職種柄今日もアクロスタワーで働いているそうだけど、あと一名でも多かったら座る場所さえない。本当にどうしてこうなった。

 

「フフ。アキちゃん、タマキさんってすっごく美人さんだね」

 

 それは否定しないけど、どう見たってアイリさんの方が視線を集めている。とりわけ男性陣は完全に見惚れてしまっていて、あの柊さんや玖我山さんですらが霞んで映ってしまう。やはり1000万人に一人の東大留学生ともなれば格が違うらしい。

 

「ねえねえ、アキって学校じゃどんな感じなの?」

「ち、ちょっとタマキさん」

「少しぐらいいいじゃん。みんな、聞かせて貰えない?」

 

 タマキさんの恐ろしい質問に対し、みんなは少しの間を置いた後、私に対して抱いている印象を口々に一言ずつ並べていった。

 

「えーと、大人しくて可愛い?」

「意外に頑な一面がある」

「割とよく食べる」

「思いやりがある」

「パン作りが得意」

「尊敬する先輩の一人です」

「アイドル道の壁」

「うっとおしい」

 

 後半にやや気になる声があったような気がするけど、大半が当たり障りの無いどうでもいい情報だった。聞いたタマキさんもどう返したらいいのものか困ったようで、微妙な表情を浮かべていた。

 すると時坂君とシオリさんがうんうんと頷きながら、これまたとんでもない思い付きを私達に告げた。

 

「結構おもしれえな、今の。他の奴でもやってみるか?」

「それいいかも。コウちゃん、誰にする?」

 

 時坂君はテーブルを取り囲む面々を見渡すと、その視線が柊さんに向いた。柊さんが異を唱えるよりも前に、シオリさんが先陣を切って第一声を張った。

 

「容姿端麗!」

「成績優秀」

「女性から見てもカッコいいわね」

「そんな柊さんが大好きだぜ!」

「サイフォン」

「左足にサイフォン」

米国(ステイツ)にいた頃は」

「続・米国(ステイツ)にいた頃は」

「時坂君と四宮君には後で大切な話があるから逃げないように」

「どうして僕らだけなのさ!?前の二人だって大概でしょ!?」

「アキなんてお前、エロくないのにエロく聞こえる新しい表現方法をって、冗談だぞ柊、冗談だ冗談だからやめ―――」

 

 完全に罰ゲームと化した戯れは、ガーデンハイツ杜宮の住民そっちのけで盛り上がりを見せ、カラオケどころの話ではなくなってしまった。一方タマキさんは「元気でやっているみたいで安心したわ」と温かな声を掛けてくれて、シホさんは変わらずに魂の叫び声を発し、アイリさんはカラオケの何たるかを完全に誤解したまま、5月17日はあっという間に過ぎ去っていった。

 

 

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