東亰ザナドゥ ―秋晴れの空へ向かって―   作:ゆーゆ

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4月24日 登校初日

 

 準備は万端。登校初日な分、持ち物は両手が塞がるぐらいに多い。でも何度も確認したのだから、忘れ物は無い筈。

 なんて、今更確認しても仕方ない。まあ早めに登校したし―――と言うより早過ぎた感が否めないけど、忘れ物を取りに戻るぐらいの余裕はある。

 

「よしっ」

 

 駐輪場に自転車を置いてから、正面の校門を目指して歩き始める。普通なら東側の駐輪場から直接本校舎へ向かうところだけど、今日は折角の登校初日。どうせならと思い、私は一旦駐輪場を出て校門を通ることにした。

 辺りを見渡しながら歩を進めていると、校門の傍らに立つジャージ姿の女性に、目が止まった。先生、だろうか。少なくとも生徒ではないだろう。

 

「おはようございます」

「声が小さぁい!!」

「ひっ!?」

 

 朝の杜宮学園に、豪快な叫び声が響き渡った。近所迷惑にも程がある。思わず耳を塞いだ。

 腹の底から声を捻り出した女性は、腕を組ながら険しい表情で続けた。

 

「朝の挨拶は元気良くっ。さあ、もう一度・・・・・・うん?アンタ何年だい?」

「え、えっと。2年生、です。今日から、転入することに」

「ああ、アンタがB組の。道理で見ない顔だと思ったよ」

 

 女性は合点がいった様子で頷いてから、私に右手を差し出してくる。

 

「アタシはサキ。体育や運動部の顧問を担当してるんだ。宜しくお願いするよ」

「と、遠藤アキです。宜しくお願いします」

 

 差し出された右手に応えようとすると、どういう訳か空振りに終わった。

 サキ先生の右手は、私の右腕へ。握手を求めた右手が私の二の腕を掴み、モミモミと文字通り揉み始める。

 

「え、ちょ、あの」

「へえ、見掛けによらず・・・・・・いや、これは相当」

 

 続いて脇腹、腰回り、太腿、ふくらはぎ、最後に両の頬。サキ先生は存分に私の身体を味わってから、目を輝かせて私の肩に両手を置いた。

 

「うん、かなり鍛えてるじゃんか。アンタ前の学校で運動部に入ってただろ?」

「えーと・・・・・・その」

「この学園は運動部が盛んなんだ。その身体なら何処に入ったって通用するよ。新戦力間違いなし、アタシも大歓迎さ」

 

 サキ先生は力強く私の背中を叩きながら言った。すごく痛い。 

 何だかこのままでは勝手に話が進みかねない。ここはしれっとやり過ごした方が良い。

 

「あの、私はこれで」

「ちょい待ち」

「はい?」

「挨拶」

「っ・・・・・・お、おはようございますっ!!」

「そうそう、やればできるじゃないか。それでこそアスリートってモンだ」

 

 私、この学園で上手くやっていけるのかな。

 漠然とした不安を胸に、私は足早に本校舎を目指して歩き始めた。

 

________________________________________

 

 下ろし立ての上履きに若干の違和感を抱きながら、職員室へ向かう。

 登校したらまずは職員室へ来て欲しいと、担任の九重先生から言われていた。それに今の私は自分の席どころか、教室が何処かさえ分からないのだ。

 

「し、失礼します」

 

 両手の荷物を一旦床へ置き、ノックをしてから職員室の扉を開ける。

 すると入り口から一番近い席に座る、初老の男性と目が合った。二日目にもここで顔を合わせた、教頭のシオカワ先生だった。

 

「君は・・・・・・えーと、遠藤君だったかな」

「は、はい。その、九重先生はどちらに?」

「あれ、遠藤さん?」

 

 声に振り返ると、私よりも一回り背の低い九重先生が、書類の束を抱えて立っていた。

 私は平均身長程度の筈なのに、本当に小さいのだ。しかも可愛い。この人の愛くるしさは小動物を連想させる。初めて会った時に思わず目を瞬いてしまったのをよく覚えている。

 九重先生はデスクに書類を置いてから、私と朝の挨拶を交わした。

 

「随分と早く来たんだね。まだ7時半だよ?」

「ご、ご迷惑でしたか?」

「あはは、そんなことないってば。うーん、でもどうしよっかなぁ」

 

 九重先生は今朝の予定を掻い摘んで説明してくれた。

 8時15分に、職員室では定例の朝礼が行われる。その後予鈴が鳴ったら先生と一緒に教室へ向かい、朝のSHRで皆に挨拶をする。要するに、あと1時間近くの余裕がある。やはり少し早過ぎたらしい。

 

「時間まで学園の中を見て回って来てもいいし、ここで待っててもいいよ。どうしよっか?」

「じゃあ、待たせて貰います」

 

 案内されたのは職員室の一画、お客さん用の応接スペースと思われる場所だった。

 ソファーに荷物を置いて腰を下ろすと、九重先生は小走りでデスクに向かい、パソコンのキーを叩き始めた。

 まだ始業時間前の筈なのに、やけに忙しそうに見える。まだ新任の身だと本人から聞いていたけど、背格好を除けばベテランの雰囲気すら感じられた。

 

(そ、それにしても)

 

 何というか、居心地が悪い。朝の職員室独特の空気と静けさが、形容し難い居辛さとなって圧し掛かってくる。こんなことならもっと遅く登校すれば良かった。

 後悔しながら肩を落としていると、私が通った入り口とは反対側の扉が開かる。その向こう側に立っていた女性に―――思わず、目を奪われてしまった。

 

「おはようございます、九重先生」

「おはよう柊さん。柊さんも早いね、どうしたの?」

「今日は私が日直なので。でも、私『も』とは?」

 

 柊さんと呼ばれた女子生徒は九重先生とやり取りをした後、視線を私へ向けた。

 私が勢いよく立ち上がると、柊さんは笑みを浮かべて声を掛けてくれた。

 

「貴女が遠藤さんね。初めまして、同じ2年B組の柊明日香です」

「こ、こちらこそ。遠藤アキです。宜しくお願いします」

 

 腰元まで届く細髪。透き通るような肌と、心地の良い透明な声。何て綺麗な人だろう。

 それに一見細身であるように映る一方で、よくよく見ると屈強な身体付きであることが窺えた。サキ先生じゃないけど、見れば分かる。相当に鍛え込んでいる筈だ。

 

「どうかした?」

「え?ああ、いえ。な、何でもないです」

 

 しどろもどろになりながら答えると、柊さんは私の隣、ソファーへ座った。私もそれに倣い腰を下ろす。

 

「一応B組のクラス委員長を務めさせて貰っているわ。初めは色々やり取りをすることがあると思うし、分からないことがあったら何でも聞いてね」

「は、はい」

「とは言っても、答えられるかどうか分からないけれど。私もこの4月に転入したばかりだから」

「え・・・・・・そうなんですか?」

「ええ。私、帰国子女なの」

 

 帰国子女。知ってはいたけど、聞きなれない言葉に理解が遅れてしまった。

 柊さんは杜宮市へ来る前は、米国で暮らしていた。家庭の事情で日本へ帰国する際に、転入先として候補に上がったのが、この杜宮学園だったそうだ。

 私も同じような身だったからこそ理解できる。転入生や帰国子女の受け入れ体制は、私立公立は勿論、都道府県や学校の方針によっても大きく異なっている。所謂ピンキリなのだ。

 この点で言うなら、杜宮学園は日本でも有数の高校。柊さん以外にも帰国子女が在校しており、外国からの留学生もいるらしい。

 

「あれ・・・・・・転入したばかりで、クラス委員長になったんですか?」

「フフ、何かしら得難い経験があると思って。みんなも推してくれたから、自然とね」

 

 サラリと言ったけど、転入して早々に委員長を任せられるなんて、それはもしかしなくとも凄いことだろうに。

 多分柊さんは周囲からの信頼が厚い、とても優秀な生徒なのだろう。初対面だというのに、こうして話していても不思議と緊張感が無い。私にとっては、これは信じられないことだ。

 ここへ来てくれたことだって、私を気遣ってくれたのかもしれない。確信は無いけど、良い人だ。眩しいくらいに。

 でも―――

 

「・・・・・・気のせい、かな」

「え?」

「いえ、何でもないです。えと、日直って言ってましたけど、そっちはいいんですか?」

「もう一通り済ませたから大丈夫よ。ちょうど時間を持て余していたところだから、話し相手になってくれると助かるわ」

 

 うん、気のせい。良い人だ、途方も無く。

 

_______________________________________

 

 チョークを使い、黒板へ『遠藤亜希』の名を綴る。緊張のせいかやや不格好になってしまったけど、今は読めればいい。

 最後の一文字を書き終え、手に付いた白い粉を払ってから振り返る。三十人超の視線を一手に注がれると、胸の鼓動が再び高鳴り、声が詰まってしまう。

 

「ふ、伏島から来た、遠藤アキです。宜しくお願いします」

「遠藤さんは以前杜宮に住んでいたけど、小さい頃の話だから色々と不慣れなことが多い筈です。みんな、仲良く親切にしてあげてね」

 

 九重先生が私に続くと、一斉にそこやかしこから潜め切れない声が溢れ出てくる。

 聞き耳を立てなくても、大体が耳に入ってくれた。

 

(地元の訛りとかは無いみたいね。伏島って言ったかしら)

(この時期に転入か。何か訳有りっぽくね?)

(おいおい、結構可愛いじゃん。俺タイプかも)

 

 大半が耳に入ってくれなくていいものだった。当たり前と言えば当たり前の印象なのだろう。一部を除いて。

 正面を見ることができず俯いていると、九重先生が再び皆へ声を掛ける。

 

「まだ時間があるね。遠藤さんに何か質問がある人はいるかな?」

 

 やはりそんな流れになるのか。予想はしていたけど、勘弁して欲しい。

 余り嬉しくない九重先生の言葉に、元気良く右手を掲げた生徒がいた。一番後ろの列に座る、短髪の男子生徒だった。

 

「はいはーい!遠藤さんって、付き合ってる人とかいますか?」

「い、いません」

「じゃあ募集とかしてますかー?」

「し、してませんっ」

 

 もしかしたら聞かれるかもと想定していた質問達の、最後尾。昨晩に身の程知らずな不安を抱いたおかげで、何とか即答することができた。

 すると今度は周囲の女子生徒が、冷ややかな声を浴びせ始める。その矛先は、今し方に声を張った男子生徒に向けられた。

 

「ちょっと伊吹。そういうのは止めなさいって言ったでしょ。遠藤さん困ってるじゃない」

「柊さんの時も同じ質問してたよね」

「デリカシー無さ過ぎ」

「最低」

 

 妙に息の合った鋭い非難轟々に、伊吹君は気まずそうに席へ着いた。

 そこまで言わなくてもいいと思うけど。何だかこちらが謝りたくなってくる。

 意気消沈した伊吹君を眺めていると、その前の席に座る男性生徒と視線が重なった。

 

「あっ・・・・・・」

 

 声を漏らすと、時坂君は左手を少し上げて応えてくれた。

 彼も同じB組だと言っていたことをすっかり忘れていた。たったの一度切り、偶然の出会いだったけど、見知った顔があったというだけで安心感がある。

 私達のそんなやり取りに目が止まったのか、九重先生が言った。

 

「あれ?コウ・・・・・・コホン。時坂君、遠藤さんと知り合いだったの?」

「いや。昨日バイト先で偶々会っただけッスよ」

「へえ、そうだったんだ。じゃあ時坂君、何か質問してちょうだい」

「は?俺?」

 

 何が『じゃあ』なんだよ、と言いたげな表情を浮かべる時坂君。

 そういえば昨日、時坂君は九重先生を「とわねえ」と呼んでいたか。何気ない会話の中にも、生徒と教師の関係とは異なる類の親密さがあった。どんな関係なのだろう。

 いやそれより、お願いだから当たり障りの無い物を。念を送っていると、時坂君は後ろ頭を掻きながら立ち上がる。

 

「あー、そうだな。なら杜宮の、どの辺に引っ越して来たんだ?」

 

 いい感じに無難な質問だった。

 ホッと胸を撫で下ろして答えようとしたところで―――戸惑いを覚える。

 一つ深呼吸を置いて頭の中を整理してから、用意していた返答を思い出しながら答えた。

 

「商店街の外れにある、『ガーデンハイツ杜宮』っていうアパートです。一人暮らしをしています」

「一人?あれ、そうなのか?」

「市内の東部にお母さんの実家があって、お母さ・・・・・・か、家族はそっちに。学校からは少し遠いし、勉強になると思って一人暮らしを始めました」

「ふーん。慣れない土地で一人暮らしって、何かと大変なんじゃねえか?」

「・・・・・・多少は」

「そっか。まあなんだ、何か困ったことがあったら言ってくれ。大体は答えられると思うぜ」

「は、はい。ありがとうございます」

 

 時坂君にお礼を言うと、再度女子生徒らが矢継ぎ早に声を揃えた。

 

「伊吹。ああいうのでいいのよ、ああいうので」

「時坂を見習いなさい」

「本当にスンマセンした!!」

 

 ごめんなさい、伊吹君。胸の内で謝っていると、SHR終了を報せるチャイムが鳴った。

 

______________________________________

 

 教室には最前列と最後列に二つの空席があり、どちらか好きな方を選んで構わないと、SHR終了後に九重先生から選択肢を渡された。

 私は迷わずに後ろの空席を選んだ。視力は両目共に1.2あるし、何より身を潜められるのだから即決だった。

 何はともあれ、一時限目は英語。得意な科目ではあるけど、転入した今となっては気合いを入れなければならない。以前にいた高校とは教科書もカリキュラムも違うのだ。あの難易度の転入試験を通過した自分を、今でも褒めてあげたい。

 

「遠藤さん、でよかったよね」

「え?」

 

 机上に教科書やノートを並べていると、右隣の席から声を掛けられる。

 あどけない顔立ちと整った髪型、男子らしからぬ美声が、中性的な魅力を惹き立てる。柊さんの時と同じくして、思わず目が釘付けになってしまう。

 男子ですよね、などという失礼極まりない言葉を飲み込んでいると、男子生徒は苦笑いを浮かべて言った。

 

「僕は小日向純。さっきはごめんね、リョウタ・・・・・・友達が変なこと聞いちゃって」

「い、いえ。き、気にしてませんから」

 

 小日向君の視線を追うと、時坂君と一緒に教室を出て行く伊吹君の姿があった。

 気の置けない間柄なのだろう。伊吹君が何かを言うやいなや、時坂君の右肘が伊吹君の脇腹へと突き刺さり、身体がくの字に折れ曲がった。何て容赦無い。

 

「フフ、でも気を悪くしないで欲しいかな」

 

 すると今度は、小日向君の前の席に座る女子生徒。倉敷栞と名乗った女子生徒の声は、他人に癒しを与えそうな程におっとりとしていた。「シオリでいいよ」という何の変哲も無い一言に、和んでしまいそうになる。

 

「あれもリョウタ君の良いところではあるんだよね。ちょっと伝わり辛いけど」

「・・・・・・大丈夫です。それぐらいは、私にも分かります」

「え?」

「おかげ様で、少し緊張も解れましたから」

 

 私が言うと、小日向君とシオリさんはキョトンとした表情で、お互いの顔を見つめ合った。

 何か変なことを言っただろうか。不安がっていると、二人は大きな笑い声を上げ始める。

 

「あはは。アキちゃんって、人を見る目があるって言われたことないかな?」

「え、えーと・・・・・・」

 

 よく分からないけど、私にとってはシオリさんに『アキちゃん』と呼ばれたことの方が大きかった。どうも彼女の声は良い意味で耳が痒くなる。こんな声は初めてだ。

 私も釣られて小さく笑うと、小日向君が教科書を捲りながら、私の席の方へ身体を寄せた。

 

「遠藤さん、授業の進み具合とかは聞いてる?」

「あ、はい。大まかにだけ、ですけど」

「なら僕が教えてあげるよ。コウも言ってたけど、分からないことがあったら何でも聞いてくれていいからね」

「は、はい」

 

 目を閉じて、覚え立ての名前を頭の中で反芻する。時坂コウ。柊アスカ。伊吹リョウタ。小日向ジュン。倉敷シオリ。

 分からないことだらけの登校初日。私なりに頑張ってみよう。まだ授業も始まっていないけど、少しだけ肩の力が抜けたような気がした。

 

_______________________________________

 

 午後12時50分、昼休み。

 

(つ、疲れた)

 

 本当に疲れた。午前最後の授業が終わった途端、そのまま机へ突っ伏してしまった。

 初日なだけあって先生に当てられることはなかったけど、それにしても疲れた。考えてみれば、学校の授業を受けるのは実に一ヶ月振り。終始緊張しっ放し、きりきり舞いだった。

 胃袋も空腹を訴えている。そろそろ何か食べないと、お腹と背中がくっ付いてしまいそうだ。

 

「わあ。それ遠藤さんが作ったの?」

「へ?」

 

 ランチボックスからサンドイッチを取り出していると、一人の女子生徒が声を掛けてくる。

 今日はチーズや野菜を使ったオーソドックスなサンドと、昨晩タマキさんが差し入れてくれたコロッケの残りを挟んだ物を持参していた。

 

「すごく綺麗にできてるわね。お店に並んでるサンドイッチみたい。もしかして料理が得意だったりする?」

「りょ、料理はそれ程。その・・・・・・両親が、ベーカリーをやっていたので。私も、手伝いとかは」

「ベーカリー?え、パン屋さんだったの?」

 

 驚きの声を皮切りに、周囲から女子生徒らが私の席へと集まってくる。わらわらと、続々と。

 あっという間に、複数の好奇の眼差しによって囲まれてしまった。

 

「そうだったんだ。じゃあ、遠藤さんもパン作れちゃうの?」

「え、えと。せ、設備があれば」

「うわー、本当に作れるんだ。食パンも焼けたりするの?あの四角いやつ」

「あの、は、はい・・・・・・っ」

「すごいすごい、本物の職人じゃん!」

 

 皆の声が弾むと共に、一気に胸が締め付けられ―――息が、止まった。

 名前も知らない同級生の、複数の視線。「大丈夫かも」と油断していたせいで、余計に深く突き刺さってくる。どうしようもなく、怖い。

 駄目、やっぱり無理だ、やめて。お願いだから、早く終わって。

 

「ほらほら、その辺にしてあげたら?遠藤さん、手が止まっているじゃない」

 

 柊さんの声が聞こえた瞬間、視線が四散して、消えた。

 強張っていた身体が緩み、手にしていたコロッケサンドを落としそうになる。

 

「お昼休みも残り少ないし、ランチの邪魔をしては悪いわよ」

「あれ、もうそんな時間?」

 

 時計を見ると、いつの間にか昼休みは残り10分を切っていた。授業の後に結構な時間机に突っ伏していたせいか、私も気付いていなかった。

 集まっていた女子生徒らは「また今度聞かせてね」と、それぞれの席へと戻っていく。柊さんだけが、苦笑をして残っていた。

 

「私、ランチは一人派なの。遠藤さんもそうなのかしら」

「あっ・・・・・・その」

「フフ、気にしないで」

 

 情けなさで胸が一杯になる。『ありがとう』が『ごめんなさい』で掻き消されてしまった。

 すると柊さんは、遠い何かを見詰めるような表情を浮かべて、言った。

 

「それに、何となく分かるわ。そういうの」

「・・・・・・柊さん?」

「ううん、何でもないの」

 

 何だろう。今日知り合ったばかりだけど、今の柊さんの表情に、妙な引っ掛かりを覚えた。

 柊さんはそんな私の胸中を知ってか知らずか、それ以上掘り下げようとせず、話題を変えた。

 

「食べながらで構わないから、今のうちに聞いておくわね。遠藤さん、部活動をどうするかは決めているの?」

「部活・・・・・・ですか」

「入部には申請書を書く必要があるから、もし入りたい部活があったら私に言ってね」

 

 部活動。考えはしたし、どんな部があるかは九重先生から聞いている。サキ先生も運動部が盛んだと教えてくれた。

 正直に言って、迷っている。どの部に入ろうかで迷っているのではなく―――分からないのだ。自分がどうしたいのかが、分からない。それに、アルバイトの件もある。

 

「・・・・・・柊さんは、何部なんですか?」

「私?私はクラス委員の仕事もあるから入っていないわ」

「あれ、そうなんですか?」

「ええ。無所属の生徒は結構多いのよ」

 

 これは意外だった。身体付きから考えて、運動部に所属しているとばかり思っていた。

 なら、部活動以外で何かやっているのだろうか。想像してコロッケサンドを頬張っていると、遠方から『パァン』と乾いた音が聞こえてくる。

 

(あっ)

 

 聞き間違える筈がない、この独特の打球音。硬式ではない、軟式のそれ。

 私はコロッケサンドを置いて、音の出所へ向かって歩を進めた。

 

「と、遠藤さん?」

 

 本校舎の南、広大なグラウンドの西側。教室の窓越しに、ラケットを振るう二人の女子生徒が映った。距離が離れているせいで、音は遅れて聞こえてくる。それでも、力強い打球音はしっかりと耳に入っていた。

 私は食事中であることも忘れて、コートを行き来するボールを見詰め続けていた。

 

 

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