東亰ザナドゥ ―秋晴れの空へ向かって―   作:ゆーゆ

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第3部
5月27日 柊さんスイッチ


 

 蕎麦処『玄』に定休日は存在しない。勿論休業日はあるけど不定期で、開店時間は決まっていても、閉店時間は日によってバラつきがある。週末は焼酎を嗜む常連客で賑わうから夜遅くまで営業しているし、週の半ばである水曜日には早々と店仕舞いをする。5月27日の今日も例外ではなく、寧ろ普段よりも早い時間帯に暖簾は片されていた。何を隠そう、私達の為の閉店だった。

 事の発端は昨日、高幡先輩の「世話になった礼に飯でも作ってやる」という律儀な申し出にあった。蕎麦打ちは無理だけど丼物なら出してやれるということで、一連の事件に関わった私達は高幡先輩からお呼ばれをされていた。明日の5月28日は杜宮学園の開校記念日、つまり休日という幸運も相まって、私達は少々遅めの夕飯をご馳走になる為に、続々と店内に集ったのだった。

 

「すっかり遅くなってしまいましたね」

「みんなは先に入っているみたいですよ」

 

 そんな中で、私と北都先輩はみんなから一歩遅れて、店先に立っていた。私はアルバイトが、北都先輩は生徒会の業務が長引いてしまい、約束の時間から十五分が過ぎた頃に、バッタリ出くわしていた。事前にソラちゃんから「先に入ってます」とメールが来ていたし、既に私と北都先輩以外は揃っているのだろう。

 

「ごめんください」

 

 北都先輩が小声で言いながら、丁寧な手付きで純和風の引き戸を開ける。店内には最奥の長テーブルの席に柊さん、ソラちゃんにユウ君。厨房に続く通路付近に時坂君と、店主カンジさんの奥さん、マナミさんが立っていた。

 

「あらやだ、ミツキちゃんじゃない?」

「どうもお久し振りです。お元気そうで何よりですね」

 

 マナミさんが私達の来店に気付くと、パタパタと小走りで北都先輩の下に歩み寄ってくる。

 

「いいのよそんな畏まらなくたって。こちらこそシオがいつも面倒を掛けてしまって悪いわね」

「いえいえ、おかげ様で毎日が有意義ですよ。お互い様です」

「また今度色々教えてちょうだいな。あの子ったらいちいち聞かないと何も話してくれなくって」

「相変わらずですね。でも心配は要りません、学校でも変わりありませんから」

「ミツキちゃんが送ってくれるメールが何よりの・・・・・・そうそう、携帯電話で分からないことがあるの。一度見て貰えないかしら」

「ええ、いいですよ」

 

 この感覚は何だろう。何の変哲も無い会話のようでいて、孫と祖母程に年齢が離れている女性同士のそれにしては自然過ぎるというか。そもそもの立ち位置がよく分からないし、高幡先輩の保護者が並んで立っているようにも映ってしまう。北都先輩の底知れなさが三割ぐらい増した瞬間だった。

 とりあえず邪魔をしては悪いと思い、私はそそくさとみんなが座っていた席に向かった。

 

「お疲れさまです、アキ先輩」

「お疲れさま。待たせちゃってごめんね」

「別に待ってはないよ。僕らもさっき入ったところだし」

 

 柊さんの隣へ座り、ソラちゃんから受け取ったお絞りで両手を拭きながら、みんなの視線の先を追う。やはり三人も気になって仕方ないようだ。やり取りから察するに親しい間柄のようだし、付き合いもそれなりに長いのだろう。

 

「あれだね。実は三十代でしたって言われても僕は驚かない自信がある」

「も、もうユウキ君。北都先輩に詮索はしないって決めたでしょ」

「それとこれとは話が別だろ。まあどうだっていいけど・・・・・・柊先輩、どうかしたの?」

「いえ、何でもないわ」

 

 私の隣で視線を落としていた柊さんは、ハッとした表情でお冷を一口飲み込み、小さな溜め息を付く。私が首を傾げていると、先程まで北都先輩らの傍らに立っていた時坂君が、お品書きを私の前に置きながら言った。

 

「お疲れ、アキ。随分と遅かったな」

「少しアルバイトが長引いちゃって。定時上がりって、結構難しいものですね」

「残業ってやつか。でも労働の後なら、上手い飯を食えるってもんだろ。注文はどうするよ?」

 

 店主一押しのお蕎麦、という訳にはいかない。丼物に限られるという話だったから、選択肢は親子丼かカツ丼の二品に限られる。一応お品書きには天丼も記されているけど、高幡先輩は丼物の作り方を教わり始めたばかり。天丼はまだ不慣れだそうで、極力前述の二択から選んで欲しいとのことだった。

 

「ちなみに柊とユウキが親子丼、俺とソラがカツ丼、北都先輩が『天丼の特上』だぜ」

「・・・・・・カツ丼でお願いします」

 

 流石は北都先輩。特上を選ぶ辺り一片の容赦も無い。どうも北都先輩は相手が高幡先輩の時に限って手加減無しというか、新鮮な一面を垣間見ることができる。仲が良いのやら悪いのやら。

 

「シオせんぱーい。上カツ一丁と特上天一丁入りやしたー」

「おう、少し待っ・・・・・・おいこら。誰だ特上天頼んだの」

「北都先輩っすよー」

「ぐぬぬ」

 

 厨房から高幡先輩の珍しい声が耳に届いたところで、漸く気付く。極々自然に溶け込み過ぎていて、間違いが無い間違い探しのように振る舞う時坂君がいた。よくよく考えなくてもおかしいだろう。

 

「私とユウキ君が来た時にはゴミ出しをしていましたよ。その後は床掃除」

「新人類か何かでしょ、あの人。それかただの阿呆」

 

 根っからのアルバイト体質にも程がある。意気揚々と頼まれてもいないタダ働きを買って出て、額に汗を浮かべる男子高校生が、この国にあと何人いるのだろう。私もモリミィでのアルバイトは楽しいけど、無給なんて絶対に嫌だ。

 結局時坂君は全員分のオーダーを厨房へ伝えた後、私達と同じテーブルに座り、「俺は今まで何してたんだ?」と後ろ頭を掻きながら戸惑っていた。もう彼については触れない方が良い。突っ込んでいたらキリが無いし、そろそろ話題を変えておこう。

 

「柊さん。今週の三者面談ですけど、日程はもう決まってますか?」

「ええ。休み明けの金曜日でお願いしてあるわ」

「じゃあ私と同じ日にやるんですね」

 

 編入生にのみ求められる、編入して一ヶ月後の三者面談。私は5月29日の金曜日、放課後の午後16時からで、柊さんは午後16時半。私の面談が終わってすぐに、続けて実施される予定のようだ。お互いに家庭の事情で保護者同伴が叶わない立場にあり、私の場合はアルバイト先のサラさんに相席して貰う手筈となっていた。

 

「私は下宿先の近所に住んでいる女性にお願いしてあるの。杜宮に来て以降、よく面倒を見て貰っているのよ」

「ふーん。先輩にもそんな人がいるんだ」

「素敵な人よ。時坂君も・・・・・・ゆ、『ユキノ姉』は知っているでしょう」

 

 ユキノ姉。随分と親しみが込められた呼び名だった。どういう訳か、時坂君の顔から表情が消えていた。

 

「あ、私も知ってますよ。コウ先輩も度々お世話になってるっていう、レンガ小路にあるアンティークショップの店主さんですよね?」

「ええ、そうね。慣れない土地での新生活に困っていた時、色々なことを教えてくれたわ。とても優しくて、頼り甲斐があって。私にとってユキノ姉は、憧れのような存在なの」

「柊、お前・・・・・・」

「お願いよ時坂君。今は何も言わないで」

「分かったから涙拭けよ」

 

 きっと涙が出るぐらい、心温まる美談があるのだろう。少し意外な話だったけど、そんなに素敵な女性なら私も会ってみたい。レンガ小路はタマキさんがよく仕事場にしているし、今度聞いてみよう。

 

「あら、柊さん。どうされたのですか」

「何でもありません。聞かないで下さい」

 

 柊さんが目元をハンカチで拭っていると、北都先輩が時坂君の隣へと座る。厨房で忙しなく手を動かす高幡先輩を除けば、これで全員。後は注文の品が出来上がるのを待つのみとなった時、ユウ君が北都先輩に視線を向け、唐突に切り出した。

 

「それで、僕らとしては色々と聞いてみたいんだけどさ。聞ける立場にあるのかな」

「聞いてみたい、と言いますと?」

「勿論、『そっち』関係のこと」

 

 北都先輩は僅かに表情を変えて、後方に立っていたマナミさんをちらと見る。敢えて口に出さずとも、『そっち』が異界を表していることはすぐに理解できた。

 北都先輩に対する私達の認識は、柊さんを除いて『ある程度異界絡みの知識を有している適格者』といったところで留まっている。初めは柊さんと同じ、『結社』とやらに属する人間かと思ったけど、そういう訳でもないらしい。一つ確かなことは、北都先輩が私達の味方だということだ。異界病の一件で私達は助けられた身だし、とりわけユウ君らは病に倒れた当事者であり、北都先輩は命の恩人と言ってもいい。北都先輩も進んで語ろうとはしなかったことから、北都先輩に事の真相を問い質すような真似は控えようと、私達は昨日のうちに取り決めを交わしていた。

 しかし一方で、根掘り葉掘りを聞いてみたいという思いだって勿論ある。現時点で知りたいことは山積りだ。それらを問う立場に私達はあるのか、ユウ君はそう言いたいのだろう。

 

「すみません。私から言えることは、今は何も」

「やっぱりね。まあ無理強いをするつもりは無いし、頭を下げられても困るんだけど」

「フフ、助かります。ですが一つだけ、知っておいて頂きたい事例があります」

「事例?」

 

 北都先輩の含みのある表現に、今度は柊さんの表情が変わる。二人は幾何かの間を置いた後、私の顔を見詰めながら、初めに柊さんが予想だにしない事実を教えてくれた。

 

「アキさん。貴女が度々見舞われている『出現座標の変化』だけど、過去の事例を調べてみて分かったの。私が知る限り、座標の変化による死亡例が六件ほど報告されているわ」

「へ」

「私の方では四件、合計で十件ということになりますね」

「え・・・・・・え?ちょ、え?」

 

 一件目。海上で発生した異界化を治めた後、座標の変化を受けた当事者が夜の大海へ落下してしまい、溺死。二件目は線路上。帰還直後に走行中の列車と遭遇し、轢死。三件目が同じく道路上を走る自動車と正面衝突して死亡。四件目が高所からの落下で全身を強く打ち死亡。そして五件目に北都先輩が触れ掛けたところで、何故か私の身体は完全に拘束されていた。

 

「あ、あの。今掴まれても、困るんですけど」

「ワリィ。何つーか、思わず身体が動いた」

 

 時坂君が私の左腕、ユウ君が右腕、ソラちゃんが腰回りを両手で押さえることで、私は椅子にがっちりと固定されていた。気持ちは分からなくもないしどちらかと言えば嬉しいのだけど、今取り押さえられたってどうにもならない。とりわけソラちゃんの締め付けが強過ぎて呼吸が儘ならないから勘弁して欲しい。寧ろこれで死ぬ。

 直情的な三人の奇行に、柊さんがやれやれといった様子で再度言った。

 

「ともかく。アキさんの座標だけが変化し易い原因は分からないにしても、放置はできない問題だわ。そこで提案だけど、アキさんのサイフォンに追跡アプリを入れようと思うの」

「追跡アプリ?」

 

 柊さんによると、一般的に追跡アプリと称されるツールは盗難防止用。事前にインストールしておけば、他者のサイフォンやパソコンを使うことで、GPSによる追跡が可能だそうだ。問題の根本解決にはならないけど、この間のように思わぬ地点へ帰還してしまった時、私の居場所をすぐに調べることができるようになる、ということらしい。

 

「成程な。確かにそれだけでも、先週末みたいに探し回るような事態は防げるって訳か」

「僕も大賛成。なら早速入れようっと」

「あれ?でもそれって・・・・・・」

 

 話に上がったアプリを入れるべく、私が手にしていたサイフォンをユウ君が操作する。

 みんなに迷惑を掛けたくはないし、有効なアプリではあると思う。でも追跡アプリを入れてしまうと、みんなは私が何処にいるのかを逐一把握できるようになる。サイフォンを使えば私の居場所は筒抜け。プライベートなんて皆無である。うん、やめよう。

 

「アキ先輩、諦めて下さい。これは先輩の為なんですからね」

「ま、待って下さい!私にだって私生活という権利が!」

「安心しろよ、普段は使わねえって。それにお前が行く場所なんて限られてるだろ」

「ぐぬぬ」

 

 もの凄く失礼なことを言われている気がする。確かに買い出しを除けばアパートか学園かモリミィぐらいのものだけど―――ああ、何だか情けなくなってくる。私が生きる世界って、本当に狭いなぁ。

 

「はい完了。先輩、ほら」

「うぅ・・・・・・ほ、本当に使わないで下さいよ」

「そういえばアキ先輩、今週末に伏島へ行くんでしたっけ」

「そうなのか?ちょうどいい、みんなで追ってみようぜ」

 

 この有り様である。もう忘れよう、いちいち気にしていたら胃に穴が空きそうだ。私はサイフォンを上着のポケットに入れて、厨房から聞こえてくる二人の男性らの声に耳を傾けた。

 

「馬鹿野郎!もっと手早く仕上げねえと折角の素材が駄目になっちまうだろうが!」

「り、了解ッス」

 

 流石はカンジさん。職人気質な性格や言動は商店街でも有名で、それがこの老舗の味を支えている。蕎麦粉の配合もカンジさんが手掛けていて、蕎麦打ちに使う水も天然の湧水を使っているそうだ。その徹底したこだわりに魅せられ、都内は勿論、神那川や犀玉といった県外からの常連客さえいると聞いている。見習いが友人に振る舞う丼物と言えど、一切の甘えを許さないのだろう。

 

「もう暫く、掛かりそうですね」

「この人数だからな。気長に待つとしようぜ。ユウキ、この後はどうする?」

「コンビニへ買い出しに行って、そのまま先輩の家に直行でいいんじゃない」

「え・・・・・・ユウキ君、コウ先輩のお家に行くの?」

「ユウキから昔に流行ったRPGのソフトを借りたんだよ。折角だから、ノーセーブで一気にクリアしようぜって話をしてたんだ。明日は開校記念日で休みだしな」

 

 そう言って取り出されたのは、某有名タイトルのゲームソフト。家庭用ゲームに縁の無い私でも知っているぐらい知名度のあるゲームだった。ノーセーブで一気にクリア、はよく分からないけど、一晩で小説を読み切るような感覚だろうか。

 

「そういやソラも、ガキの頃に一度だけ来たことがあったよな。何なら、ソラも来るか?」

「えっ」

「こういうのは大人数の方が楽しいだろ。今は俺一人だし・・・・・・な、何だよ?」

 

 私を含めた女性陣から白い目で見られ、戸惑いの表情を浮かべる時坂君がいた。同年代の異性に対して夜遅くに「俺の家に来るか?」なんて、余りにも不味過ぎる発言だろう。わざわざ指摘する前に察して欲しい。時坂君の長所が悪い方向に働く典型例だった。

 

「うーん。でも、確かに楽しそうですね・・・・・・じゃあ、先輩方も一緒に来ませんか?」

「わわ、私達も?」

「急にそう言われても・・・・・・」

「フフ。それなら、こういうのは如何でしょう」

 

 すると北都先輩が、店内に貼ってあった一枚のビラを指差す。目を凝らして文面を見ると、そこには『出前承ります』の一文が記されていた。

 

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 休日前夜独特の雰囲気がそうさせたのかもしれない。一度決まれば、後はあれよあれよと言う間に事は進んだ。一旦玄を出た私達は、道中のコンビニで好き好きに食料を買い漁り、『時坂』のネームプレートが掲げられた一軒家に足を運んだ。ちょうど到着した頃になって、出前用のオートバイでやって来た高幡先輩と合流し、リビングのテーブルには人数分の丼物が並べられた。それが今から約二十分程前のことだった。

 

「はー。大っ満足です!」

 

 口元に米粒を付けたソラちゃんが、満足気に「ご馳走様です」を言いながら箸を置く。

 全く以って同感だ。蕎麦と一緒で素材をこだわり抜いたカツ丼は頬が落ちそうになる程に美味しく、食べ応えのある匠の逸品だった。カンジさんが作った丼物は食べたことがないけど、これならもうお店に出せる水準に違いない。高幡先輩は孤児院を出て以降、自分で自分の面倒を見ていたと言っていたから、元々達者な腕前があったのだろう。

 

「お粗末さん。天ぷらは少し揚げ過ぎちまったがな」

「あら、充分美味しかったですよ?私はあれぐらいが好みです」

「そいつはどうも。時坂、洗い場を借りるぜ」

「あ、いいッスよ。俺がやっとくんで」

「いいから甘えとけよ。今日はお前らが客なんだからな」

「でしたら私も手伝います。特上分だけ働かせて下さい」

 

 二人の先輩らが手際良く器を片し、洗い場へと運んでいく。少し気が引けるけど、今はお言葉に甘えるべきなのだろう。私が湯呑のお茶を口にしていると、隣に座っていた柊さんが私の顔を覗き込んでくる。

 

「アキさん、どうかしたの?」

「え?あ、いえ。その・・・・・・何というか、落ち着かなくって」

「・・・・・・まあ、分かる気がするわ」

 

 時坂家の外観は所謂シンプルモダン。三つの小さな庭に囲まれていて、屋内はおそらく一般的な間取りだ。先月から一人暮らしと聞いていたけど、几帳面な時坂君らしく室内はしっかりと掃除や整理整頓が行き届いている。温かみのある住宅ではある一方で、少々の緊張感が付き纏っていた。

 理由はただ単純に、こういったことに慣れていないから。クラスメイトの自宅を訪ねるなんて、私の記憶が正しければ中学一年生以来のことだ。時坂君の家だからという訳ではなく、特に意味も無くそわそわしてしまう私がいた。

 

「そんじゃ先輩、早速プレイ開始だね」

「だな。柊達も少し遊んでいけよ。トランプやボードゲームならいくつかあるぜ」

 

 時坂君はそう言って、二階にあるという私室へと向かった。壁に掛けられていた時計を見ると、既に時刻は午後21時半を回っていた。こんな時間に友人の家で戯れに興じるなんて体験も勿論初めてのことで、緊張感と共に、不思議な高揚感を抱いていた。

 

「やれやれ、今日は帰りが遅くなりそうね。マスターに連絡をしておかないと」

「こういう時に一人暮らしって得ですよね。アキ先輩は明日部活動ですか?」

「ううん、明日はアルバイトも無いから、久しぶりに暇な休日かな」

「私もです。それなら沢山遊べますね!」

 

 ソラちゃんが目を輝かせて声を弾ませる。一体何時まで遊ぶつもりでいるのだろう。ユウ君は元々泊まり込みでノーセーブクリアとやらに時間を費やす予定だったそうだけど、確かに今日は私達も遅くなりそうだ。

 やがて時坂君はトランプをはじめとした遊び道具を持って来てくれた。トランプの他にはオセロ、将棋やジェンガ。柊さんが興味津々に広げたツイスターゲームは絶対に遠慮しておこう。何をさせる気だ、時坂君は。

 

「おし。ユウキ、サポートは頼んだぜ」

「主人公と仲間の性別は女性に設定した方が良いよ。強力な女性用装備が終盤に揃うから」

「そうなのか。なら主人公は女にして、名前は・・・・・・『ヒイラギ』と」

「待ちなさい時坂君」

 

 人知れず、勇者『ヒイラギ』が誕生した瞬間だった。テレビ画面には16歳の誕生日を迎え、地上を支配する魔物を一緒に討伐してくれる仲間を見付ける為に、冒険者が集う酒場へ向かう柊さんの背中が映っていた。

 

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 ―――それから約二時間後。

 

「ミツキ先輩、そのカードから手を離して貰えませんか?」

「フフ、どうぞお好きに。私は構いませんよ?」

 

 残り二枚となったミツキ先輩の手札から、一枚のトランプを引き抜こうと試みる柊さん。お互いの腕はプルプルと震えていて、渾身の力が込められているであろうことは目に見えて明らかだった。この人達は一体何をしているのだろう。

 

「おいお前ら。ババ抜きはそういうゲームじゃねえ」

「鬼気迫る攻防ですね・・・・・・」

 

 どちらもババ抜きは得意とするゲームの筈だ。北都先輩のポーカーフェイスは見事な物だし、柊さんも負けてはいない。でも引きの悪さだけはどうにもならない。私と高幡先輩、ソラちゃんは未だ無敗にも関わらず、何故か決まってこの二人にだけジョーカーが回ってしまう。結果として腕力に頼るという、ババ抜きの新しい境地を開拓していた。

 

「あっ」

「ふう。これで私の勝ちで・・・す・・・・・・そ、そんな!?」

「あら、どうされましたか柊さん」

「くっ・・・・・・私の、負けです」

「いや終わってねえだろ」

 

 柊さんが二枚の手札をオープンにして投了していた。だからババ抜きはそういうゲームじゃないというのに。これで北都先輩が五敗、柊さんが六敗の超負け越し。きっと今日は運勢に見放された日なのだろう。

 肩の凝りを解しながら後方のテレビ画面に目を向けると、時坂君とユウ君が声を荒げて狼狽えていた。あちらでも何か動きがあったようだ。

 

「クソっ、まわりこまれちまった!ユウキ、どうすりゃいい!?」

「どうして退却用の翼を取っておかなかったのさ!?あれ程言ったのに!」

「ねえソラちゃん、私の名前だけ赤くなってるけど、あれはどうしたのかな」

「あれは死んでるんですよ。要するに大ピンチです」

 

 四人パーティーのうち僧侶『アキ』の体力はゼロ。回復役を失った御一行は、巨大な猿の化物の群れに囲まれて窮地に立たされているようだ。通常は全滅してしまってもやり直しが利くらしいけど、ノーセーブでの全滅は文字通りの全滅。そこで旅路は途絶えてしまう。あ、武闘家『ソラ』も死んだ。

 結局勇者『ヒイラギ』と魔法使い『ホクト』の体力もゼロになり、悲哀に満ちたBGMが流れ始める。魔物討伐の旅は開始二時間で早々に終わりを告げ、落胆した時坂君とユウ君はつまらなそうな表情でソファーへと座り込んだ。

 

「あーあ。先輩って絶対RPGに向いてないね。無鉄砲過ぎるでしょ」

「もう少し行けると思ったんだがな・・・・・・仕方ねえ、別のゲームでもやるか」

「あ、今度は私もやりたいです!皆さんもどうですか?」

 

 ソラちゃんが右手を大きく掲げて、私達を誘ってくる。私はああいったゲームの類にほとんど触れたことが無い。柊さんや北都先輩も同様のようだ。そもそもこんな大人数で遊べるようなゲームなんてあるのだろうか。

 

「そうだな。四人プレイなら・・・・・・これなんてどうだ?爆弾で相手を倒すゲーム」

「時坂君。そんな残虐的な真似を強いるなんて、あなたどういうつもり?」

「お前が思ってるようなゲームじゃねえからなこれ。いいから一度やってみろよ」

 

 時坂君とソラちゃんに勧められて、私達はゲーム機のコントローラーを握った。時計の短針と長針は真上を向いて、既に日付は5月28日となっていた。

 

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 ―――それから更に二時間後。

 

「アキ先輩、右です!」

「了解!」

 

 対戦形式は二対二のタッグ戦。北都先輩と柊さんが操るキャラは、離れた所から爆弾を飛ばしてくる遠距離型。一方の私は移動速度に長けるキャラを駆使し、ギアドライブさながらの俊足を活かして二人を翻弄する。

 もうコツは掴んでいる。要は『当たらなければどうということはない』。先回りをして爆風を躱しさえすればいい。回避に専念していれば、ソラちゃんが隙を突いて爆弾を拳で打ち返してくれる。

 

「「あっ」」

 

 ほらこの通り。声と同時に二人が爆風に飲み込まれ、対戦終了。文面にすると生徒会長とクラスメイトを爆殺するという物騒極まりない所業だけど、これが堪らなく気持ちいい。よく分からない不思議な感情に酔い痴れてしまう。私は案外、こういったゲームに向いているのかもしれない。うん、気持ちいい。

 

「クソっ、ジッちゃん自慢の陣形が崩されるなんて」

「オヤッさん譲りの囲いの前じゃ、少しばかり無謀な攻めだったようだな、時坂」

「はさみ将棋の泥仕合で何言ってんのさ・・・・・・」

 

 一方の時坂君らは、将棋盤の上で火花を散らしていた。あちらもあちらで盛り上がっていたようだ。将棋は駒の動かし方も分からないけど、きっと熾烈な攻防があったのだろう。

 

「やれやれ、何か小腹が空いちまったな。ユウキ、まだ食い物は残ってるか?」

「いくつかあるよ。焼きそばパン買ってたの先輩でしょ」

「炭水化物に炭水化物・・・・・・あり得ないわね」

 

 ユウ君の声に、柊さんが顔をしかめて反応する。カチンと来た私は柊さんの肩に手を置いて、焼きそばパンの何たるかを言い聞かせた。

 

「柊さん。調理パンという分類における焼きそばパンは立派な日本食である、というのが個人的な見解です。本格的な有名店でさえ焼きそばパンが並ぶことからも、その存在感は理解できると思います。そもそもお好み焼きやたこ焼きといったように『ウスターソース系と小麦粉』という組み合わせが一般的なこの日本において、麺を介した濃厚なソースとパンのマリアージュは生まれるべくして生まれたと言えますね。食文化の数だけパンが在り、素材との出会いが在るんです」

「あ、アキさん?」

「例えば『ライ麦粉』は『小麦粉』と違って本来パン作りに向かないとされる素材ですけど、ライ麦を使った所謂ロッゲンブロートはドイツパンの代名詞とも呼べる存在であり、独特の風味が味わい深い食事パンです。ドイツならではの土壌と気候があったからこそライ麦という食文化が生まれ、ドイツパンが生まれたんです。先程の柊さんの言動は、ドイツの方々へ向かって『パンにライ麦?あり得ないわね』と吐き捨てながらフランクフルトソーセージで頬をぺしぺしと叩くかの如き差別的発言であり、そのような他国の食文化に対する侮辱と冒涜を見逃す訳にはいきません。私は・・・・・・あっ」

 

 気付いた時には、ひどく申し訳なさそうな面持ちの柊さんが肩を震わせていた。

 我を忘れてついつい語ってしまっていた。もっと他に言い方があっただろうに。でも焼きそばパンはこの国が誇る素晴らしい調理パンだという思いは譲れない。私だって大好きなパンの一つでもある。食べれば柊さんも分かってくれる筈だ。

 

「とりあえず一口食ってみろよ。絶対美味いから」

「・・・・・・一口だけなら」

 

 時坂君から受け取った焼きそばパンを、柊さんが恐る恐る口元へ運ぶ。控え目に開いた口で、一齧り。予想はしていたけど、パンに挟まっていた焼きそばがポロポロとテーブルに落ちていた。

 

「どうだ?」

「Holy shit......」

「何で英語なんだよ・・・・・・ちょ、こら。一口って言っただろ。待てって!おい柊!?」

 

 時坂君と柊さんがお互いの口を近付け合いながら、焼きそばパンを両端から食べ始める。確かポッキーゲームという卑猥なパーティーゲームがあったと思うけど、あれを焼きそばパンで代用したのはこの二人が国内初だろう。行儀が悪いとか、そういう次元の話ではなかった。

 

「アキ先輩、そろそろ別のゲームにしませんか?」

「あ、うん。私は構わないけど」

「そうしましょう。どうやら私と柊さんは、このゲームと相性が悪いようです」

 

 ソラちゃんの提案に、焼きそばパンを食べ終えた時坂君が複数のゲームソフトの中から一つを選び取る。パッケージとタイトル名を一目見て、それがどういったゲームなのかはすぐに察した。北都先輩と柊さんは不安気な表情を浮かべ、対する私は込み上げてくる期待感に身を任せて、ゲームソフトを受け取った。

 

「アキ先輩、頼りにしてますよ」

「任せて。これなら絶対に負けないと思う」

 

 ゲーム名は『スマッシュシスターズ』。テニスコートに立つ以上、ゲームと言えど負ける訳にはいかない。たとえ相手が誰であろうと、有無を言わさず打ち負かす。

 

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 ―――三時間後。

 遊戯の限りを堪能した私達は、午前5時を過ぎた頃になって漸くお暇をした。ユウ君は当初の予定通り単身時坂家に残り、時坂君と二人で例のゲームにリベンジをすると意気込んでいた。高幡先輩は一足先にオートバイで帰路に着き、私達四人の女性陣は薄明るい道路を並んで歩いていた。

 

「ふわぁ・・・・・・はぁ。あはは、とっても楽しかったですね!」

「今日だけで肌年齢が一ヶ月は進んだ気がするわ」

「生徒会長としては、こういった夜更かしは戒めるべき立場なのでしょうけど・・・・・・まあ、たまには良いかもしれませんね」

 

 東の空では朝陽が僅かに顔を覗かせていて、道端の街路灯のスイッチが次々とオフになっていく。新聞配達員と思しき男性が漕ぐ自転車と擦れ違い、北都先輩と柊さんの長髪を揺らした。住宅街を形成する家々からは朝食の匂いが流れ出ていて、今日が平日の朝だということを思い出させてくれる。

 

「・・・・・・あはは」

 

 不意に目頭が熱くなるのも、無理はないと思う。沢山の初めてを味わって、みんなと一緒に笑い合い、こうして朝の路上を歩く。一ヶ月前の私には、こんな日常が来るなんて想像も付かなかった。不慣れな地での新生活に脅えていた私に、満面の笑みで「心配無い」と声を掛けてあげたいところだ。

 笑いながら朝空を仰いでいると、隣を歩いていた柊さんの歩調が変わった。知らぬ間に私よりも一歩遅れていて、視線は足元に落ちている。浮かない表情で、口を閉ざしていた。玄でも目にした、柊さんの顔があった。

 

「柊さん。流石に疲れましたか?」

「いいえ、そういう訳じゃ・・・・・・でも」

 

 でも。その先を言うよりも前に、柊さんは足を止めた。私達三人は顔を見合わせ、柊さんの声に耳を傾ける。

 

「上手く言えないのだけど・・・・・・時折、自分が分からなくなる時があるの」

「自分が、分からない?」

「最近は特に、そういった瞬間が多くって。こんなこと、今まで無かったのに」

 

 どうも要領を得ない言い回しだ。我を見失っているという訳ではないようだけど、柊さんの言葉をそのまま受け取るなら、そういうことになる。一時的な感情に戸惑っているのではなく、真剣に悩んでいるようにも見受けられた。普段は決して弱気な顔を見せようとしない柊さんが、とても小さく映ってしまう。

 掛けるべき言葉が見付からずに困っていると、ソラちゃんが真っ直ぐな声で言った。

 

「よく分かりませんけど、楽しめる時に楽しまないと損ですよ。今日みたいな日は異界のことなんて忘れて、一学生として楽しむべきだと思います。スイッチの切り替えが大切です」

「スイッチ?」

「休める時はスイッチをオフにして、心身を休めて楽しいことをするんです。『下手の考え休むに似たり』と言いますから、あれこれ悩むよりもよっぽどマシだと思いますよ」

 

 ソラちゃんは別段難解な言い回しはしていない。ことわざの意味はともかく、単に休日にはスイッチを切り替えて休むべきだと言っているだけだ。当たり前の考えだし、異論を挟む余地も無い。

 でも柊さんは、本気で『分からない』と言いたげな顔で、私達を見ていた。立ち尽くして、私達の顔を代わる代わる見詰めていた。その姿を見て―――私は初めて、柊さんという人間を理解した。

 

(そっか。柊さんは、そうなんだ)

 

 きっと柊さんの中には、スイッチが存在していない。常時オンのままで、切り替える術が無いのだろう。何時だって一介の学生という仮面を被り、裏の世界で生きる自分を押し隠して生きている。異界化という最悪を想定して終始張り詰め、その為に己の全てを費やしているのだ。そこにはオンとオフの概念は無いのだから、少なくとも心は休まりようが無い。

 だから、だ。だから柊さんは、知らぬ間にスイッチがオフになっていた自分を理解できない。オンの自分しか知らないから、まるでもう一人の自分が独り歩きをしているかのような錯覚に陥ってしまう。ババ抜きで意地を張る柊さんも、ゲームに熱中する柊さんも、焼きそばパンを頬張る柊さんだって、全部柊さんだというのに。

 何て不器用な人間だろう。人のことは言えないかもしれないけど、それにしたって不器用過ぎるし、微笑ましくもある。私にできることも、ある。

 

「柊さん。今度私のアルバイト先に来て下さい。焼きそばパン、作ってあげます」

「あ・・・・・・コホン。まあ、考えておくわ」

「だから考えなくていいんですって。でも焼きそばパンって案外難しいんですよ。ソースの味や濃さに応じてパンの砂糖と塩の量を調整しないと、味のバランスが取れないんです。トッピングも色々ありますから」

「・・・・・・中々に奥が深いようね」

 

 私達は再び歩を進め出した。いつの間にか朝陽が昇り、私達の行く先を照らしていた。

 

「うーん。アキ先輩が焼きそばパンのお話をしたからか、お腹が空いてきました。先輩方、折角ですからこのまま朝食でも食べに行きませんか?」

「えっ。でもこんな朝早くにやってるお店なんてあるかな?」

「駅前の吉松家なら24時間営業です!」

「却下よ。昨晩に似た物を食べたばかりだし、朝から重過ぎるでしょう。それに食事よりも先に、まずはシャワーを浴びたいわ」

「同感です。流石に今日は疲れを隠せません」

「むー。ならアキ先輩だけでも付き合って下さいよぅ」

「ええー・・・・・・」

 

 ともあれ、私は今日という日を忘れない。幸せとは何かと問われたら、私は胸を張って今日と答える。柊さんも同じだと思いたい。何の隔たりや気兼ねも無く、心の底から笑い合える日が続いていくって、そう信じたい。まだ見ぬ明日を、想いながら。

 

_______________________________________

 

 

~その頃の時坂家~

 

「何つーか、グリードってゲームに出てくるモンスターとそっくりだよな」

「元ネタが同じっぽいんだよね。実在する生物を模したのもいれば、ゴブリンやスケルトンみたいな伝承上の怪異にしか見えないのだっているし。現実世界と繋がりがあるのは確かでしょ」

「恐竜っぽいのもいたっけ。柊達は何か知ってると思うか?」

「さあね。気にはなるけど、知ってたってどうせ教えてくれないよ。あ、そこ右」

「っと。分かんねえことばっかだよな。北都先輩も一体何者なんだっての」

「コウちゃん、朝ご飯作りに来たよ」

「サンキュ。ユウキ、あの変な床は何だ?」

「回転床。一歩毎に方向が変わるから」

「まさか異界にも出てきたりしねえだろうな」

「ん?」

 

 幼馴染ってすごい。そう思うユウキだった。

 

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