ひきこもりな彼女と働く僕   作:烈火1919

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 夕食を食べ終わり、姫海棠はたてと青年がまったりテレビを見ながら過ごしていると茶色の毛並に黒い耳、緑色の帽子をちょこんと乗せたはたてのポイズンクッキングの犠牲になったねこが青年とはたての間に割り込んできた。

 

 青年はねこを一度撫で、抱きかかえながらはたてに話しかける。

 

「そういえばさ、このねこいつまでいるんだろうね」

 

「さぁ?嫌なら追い出せば?」

 

「食費もそこまでかかんないし可愛いし、追い出す理由がないんだよねー」

 

「ふーん。まぁ確かにねこ程度ならなんとか稼ぎはあるわよね」

 

 青年の腕の中でごろごろとしているねこの咽喉を撫でながら、はたてはなんともなしに呟く。青年は一瞬、「はたても仕事すればいいと思うよ?」そう言いかけた

が、どうせ返ってくる言葉は「嫌だ」なので、口から飛び出そうになった言葉をなんとか飲み込んだ。

 

 青年の腕の中ではたてにあやされているねこ、このねこははたてがポイズンクッキングを作ったその日から青年の家に居座り、そのままペットのような立ち位置で生活している。

 

 はたてに比べて、食費もそこまでかからない上に妙に利口で賢いこのねこを、青年もはたてもいたく気に入っているのである。たまにふとした拍子に姿が見えなくなるのだが、時間が経てば帰ってくるので二人ともそこまで気にしていない。

 

 朝ははたてと一緒に青年の見送りを、昼ははたてと一緒に家でだらだらごろごろとまったり過ごし、夜はバイトから帰ってきた青年とはたての会話を聞きながら、もっぱら青年の膝か、はたてにだっこされながら眠る。そんな生活を送っているのである。

 

 布団で寝るときは毎回はたてと一緒に寝てたりする。青年もねこと一緒に寝たいらしいのだが、何故か家主より権限があるはたてに青年が逆らえるはずもなく一人寂

しく寝る始末。

 

 そんな青年のことを可哀想だと思い、たまに一緒に寝てあげる、そんな優しい心をもったねこでもある。

 

 咽喉を撫でられながら気持ちよさそうにしているねこを見て、青年がはたてに問いかける。

 

「この子の名前ってなんなのかな?」

 

「え?ねこはねこじゃないの?」

 

「ねこで一括りにすると大変なことになるでしょ?もー、はたては脳がアレなんだからー。おバカさん」

 

 ペシっ(おでこをこつんと)

 

 バキっ(顔面をガツンと)

 

「…………ごめんなさい」

 

「よろしい。喧嘩売るのはいいけど、私とあんたじゃスペックが違うから気をつけなさいよー」

 

「はい……気を付けます」

 

 あいている手ではたてのおでこにデコピンをした青年に、はたては笑顔で顔面を殴った。鼻から滴り落ちてくる液体をティッシュで受け止めながら青年ははたてに頭を下げる。自業自得とはこのことである。

 

 はたては「やれやれ……」そう言いたげに頭を振って青年からねこを奪い取る。

 

「けどまあ、名前がないってのも不便かもね。あんた名前適当に言ってみてよ」

 

「え?いいの?それじゃ……猫八とか?」

 

「それオスにつける名前でしょ。この娘はメスよ」

 

「……ビビアン」

 

「却下。誰よビビアンって」

 

 頭を必死に回転させながら紡ぎだした名前をはたては一蹴する。

 

 青年、ネーミングセンスが壊滅的なのかもしれない。

 

「うーん……それじゃはたては何か名前候補とかあるの?」

 

「私?えーっと……み、みかん……とか?」

 

「ぷぷっ、みかんだって。ねこにみかんだって。ぷぷっ」

 

 若干困惑気味ながら、少しだけ恥ずかしそうに答えたはたての名前に、青年は口元を押さえはたてを指さしながら笑った。

 

 青年に思いっきり笑われたはたては、頬が赤くなり恥ずかしそうに指を絡ませながら怒る──ことはなく、無表情で青年の頬を叩いた。

 

 どうやら頬が赤くなったのは青年のようである。

 

 しばしの間、二人とも無言で静かに相手を見つめる。

 

 先に動いたのは青年で、ゆっくりと頭を下げた。はたてはその青年の行動に大きく頷く。二人の間では青年が謝り、はたてがそれを許したということだろう。なんともシュールな光景である。

 

「うーん……意外に難しいね」

 

「そうねぇ……。今のところ、私の“みかん”が最有力候補であることは明らかだけど」

 

「え?」

 

 当たり前のように言い切ったはたてに、思わず青年ははたてのほうを見る。はたては 「なによ、その顔」 と、言いながら正座の状態で器用に青年の脛に蹴りをいれ

た。泣き目の青年。それを無視して、はたてはねこに問いかける。

 

「あんたはなんて呼ばれたい?」

 

 青年のときとは打って変わった表情で、可愛らしい笑顔をねこに向けるはたて。ねこはそんなはたての問いかけに応える形で、卓袱台にジャンプした後、そばに置いてあった紙と鉛筆を持ってくる。ねこは、器用に鉛筆を持ちつつ紙に“ナニカ”を書いていった。書き終ったねこはその場から横にずれる。

 

 そこに、青年とはたてが紙を覗き込んでくる。青年とはたては口を揃えて紙に書いてある文字を読んだ。

 

「「だ、だいだい……?」」

 

「にゃにゃっ!?にゃっ!にゃっ!」

 

 誇らしそうにしていたねこは、青年とはたての声を聞いた瞬間、驚くような素振りと表情をした後、紙に書いた文字──正確にいうと漢字の下に振り仮名を書いた。

 

「えっと……ちぇん?」

 

「ちぇん……ねぇ」

 

 青年がはたてに確認を求めるような視線を向けると、はたては頷く。ねこは、そんな二人を見てうんうんと大きく頷いた。ねこの心境としては、「ちゃんと自分には名前があるんだぞー」といったところだろうか。

 

 しかし、二人はねこの名前を知ってからも、

 

「まぁ、それは置いといてどうしようかしら。やっぱり、みかんがいいと思うのよね」

 

「えー、ビビアンのほうがいいよ」

 

「ビビアンは却下よ。せめて、ほかの名前にしなさい」

 

「ニートはたて」

 

「一発殴らせなさい」

 

 先ほどまでと同じように名前決めを行っていた。

 

「にゃ?にゃっ?」

 

 これにはねこも困惑して、二又のしっぽをふりふりさせながら青年とはたての間を行ったり来たりの右往左往で存在をアピールする。

 

 「とにかく」そうはたては青年を牽制しながらねこを抱き上げる。

 

「この子も“みかん”のほうが絶対にいいはずよ。そこは譲らないわ」

 

「いや、僕だって譲らないよ。ニートはたてという名前が却下されたいま、僕は新しい名前で立ち向かわせてもらう」

 

「へー……どんな?」

 

「マーオ」

 

「却下」

 

 ばっさりと切られてしまった青年は、突っ伏す格好で倒れこんだ。どうやら、必殺技ともいえる攻撃も、姫海棠はたてというラスボスの前では歯が立たなかったみたいだ。

 

 はたては突っ伏す青年を横目に、ねこを目線の高さまでもっていって喋りかける。

 

「今日からあなたの名前は“みかん”よ。わかった、みかん?」

 

「にゃーん……」

 

 本当の名前があるのに、まったく別の名前が決まってしまったねこは少ししょぼんとした顔で鳴き声を上げた。はたては、それに首を傾げ──ふと何かに気づいたの

か青年の肩をとんとんと叩く。

 

 どんよりとした面持ちではたてのほうを向く青年に、はたては無情にも命令を下す。

 

「みかんがお風呂に入りたがってるわ。沸かしてちょうだい」

 

「お願いだから僕にもその優しさを向けてくれないかなぁ……」

 

 ため息を吐きつつも、席を立ち風呂を沸かしに行く青年。その頬には、キラリと一筋涙が流れたとかなんとか。

 

 青年の後ろ姿に手を振ってはたては見送る。

 

「さー、みかん。今日は私が隅々まで洗ってあげるわよ」

 

 意気込むはたてに、ねこ──改め、みかんは、

 

「にゃーん……」

 

 と、ため息のような声を漏らした。

 

 

           ☆

 

 

 ねこを洗い終え、自分も風呂で一日の体を癒した後は、そのまま就寝することとなった。パジャマに着替えた青年とはたては、それぞれの布団で身を休ませながら話す。

 

「はたてー、僕にもみかん貸してよー。みかん抱きながら僕も寝たいんだけど」

 

「あんたみたいな冴えない男より、私みたいな究極美少女と一緒に寝たほうがみかんも箔がつくわよ」

 

「究極美少女(絶賛ひきこもり中)まで入れないとね」

 

「うるさいわね。あんたは一々一言多いのよ」

 

「まったく……これでも心配してるんだよ?」

 

「はいはい、ありがとね」

 

 はたては手をひらひらさせながらお礼を言う。青年には背を向けているため表情はわからないが、きっといつも通りだろう。

 

「それより、明日もバイト早いんでしょ?そろそろ寝なさい。起こしてあげないわよ?」

 

「いや、いつも僕が起こしてるよね?僕が寝坊助みたいな言い方やめてくれないかな?」

 

 そう青年が問うた時には、既にはたてのほうからは寝息が聞こえていた。いつもの早業に青年は肩をすくめ、

 

「おやすみ、はたてにみかん」

 

 そう声をかけて寝るのであった。

 

 




はた×橙ってはやらないかなぁ……

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