ラブライブ!~μ'sとの新たなる日常 Anthology~【完結】 作:薮椿
今回はラブライブ!の小説を投稿していた北屋さんの『新日常』をお送りします!
北屋さんより
ヤンデレ風味の小話です。筆者の趣味が爆発しておりますが、どうぞひかずにお付き合いください。
「うんしょ……花陽ちん、これここで良い?」
「うん。ありがとう凛ちゃん」
放課後の音ノ木坂アイドル研究会部室。
凛が大きなダンボールを棚にしまい、額を拭うような仕草を見せる。
「こうして見ると、随分とこの部屋も広かったのね」
本棚の整理をしていた真姫が、部室を見回してそう呟いた。
彼女たちが今おこなっているのは、部室の清掃――というよりも整理である。
広くなった部室に、今度は花陽をはじめとするメンバーの持つ資料を入れるための準備作業であった。
絵里やにこ、希が引退し、彼女たちの私物――主ににこのアイドルグッズがなくなった部室は伽藍としていて、些か活気に欠けるようにさえ思える。当時のことを思い出して、真姫は少しだけ感傷的な表情を浮かべた。
当時の三年生が引退して、早くも数ヶ月が経つが、今でもその存在は彼女達にとって大きいものであった。こうして広くなった部室を見るのは、感慨深いものがある。
誰も口に出しては言わないが、今回の整理も、そういった感傷に一区切りをつけるという目的もあった。
「あれ?」
「どうしたの、ことりちゃん?」
机の下を覗き込んだことりが首をかしげながら、そこから何かを取り出した。
彼女の手にあるのは、小さな小瓶であった。何かしらのラベルが貼られているが、表記は難解な英語でされており、ひと目では何のためのものなのか分からない。
まだ未開封と思われるその中には、無色透明な液体が満ちていた。
「なんですか、その見るからに怪しげな瓶は?」
「さぁ……誰か見覚えある?」
穂乃果の問いかけに答えるものは誰もいない。
ただ、首を傾げるばかりである。
「やっほー、掃除ははかどっとる?」
がちゃり、と軽快に扉が開いて新たに三人の少女が部室に入ってきた。
「希ちゃん!絵里ちゃんに、にこちゃんも!」
「久しぶり……ってほどでもないかしら?」
そう言って彼女は苦笑を浮かべた。
今春卒業したばかりの3人は、時たまこうして、OGとして音ノ木の部室を訪れるのだった。
「部屋の大掃除をしてるって聞いたから、手伝いにきてあげたのよ」
「ありがとうございます。……ところで、3人とも、これが何だかわかりませんか?」
まず丁寧に一礼してから、海未が先ほどから話題になっていた小瓶を指差した。
それを見て、希と絵里が首を傾げる。
「さぁ……えりち、知っとる?」
「いいえ。何かしら、これ?」
瓶を受け取って眺めながら、二人は困惑の表情を浮かべた。
どうやら、彼女たちにも心当たりがないようであった。
「あ!それ、こんなところにあったの!?」
そんな中、にこは小瓶を一瞥すると、慌てて希の手元からひったくるようにそれを奪い取った。
「え、それ、にこちゃんのだったの?」
「何なの、ソレ?」
花陽と真姫に尋ねられて、にこはぎくり、としたように、それをポケットの中に隠し、
「な、何でもないわよ、何でも!ほら、続きを始めましょ!」
何事もなかったかのように掃除の続きを促すが、彼女に従うものは誰もいなかった。
一様に、疑いと好奇の入り混じった視線をにこに向けている。
「何だか、怪しいにゃ」
「怪しくないわよ!これは、その……あれよ、あれ!」
「あれ、って……何なの?」
「ぐ……!」
次々にかけられるメンバーの問いかけに、遂に返答に窮した彼女は無言のままそっとあとじさりを始めた。
どうやら、追求を逃れるために逃げ出すつもりだったらしい。
一気に振り返って、そのまま駆け出そうとした彼女を、しかし阻むものがあった。
「きゃっ!」
弾き飛ばされ、尻餅をついたにこはぶつかった相手を見上げた。
腰に手を当てて、不敵な笑みを浮かべる希。その両手の指が、わきわきとせわしなく動いているのが目に入って戦慄する。
まるで蛇に睨まれたカエルのようだった。
以前、在校していた時の思い出が蘇り、動きが止まってしまう。
「さ、観念して全部話した方がいいわよ?さもないと……」
「ひっ……!」
絵里が言うのと同時に、希がにこの後ろに回り込んで両胸に手を当てた。
「わしわしするで~!久しぶりやな、ちっとは大きくなっとるん?」
「ま、待って!言う!言うからわしわしはやめてぇぇぇ!!」
実に久しぶりとなる悲鳴が、アイドル部部室から校内に響いた。
「ひどい目にあった……」
幾分疲れたような様子で、にこが服を正しながら言う。
「で、にこちゃん。この薬何なの?」
にこのポケットから取り上げた瓶を手に、穂乃果が切り出すと、にこは嫌々といった風に、その中身のことを遂に白状した。
「……睡眠薬よ。海外の、凄く強力なやつ」
「す、睡眠薬?」
思わぬ内容に、メンバー内にどよめきが走った。
にこは、バツが悪そうに
「ほら、いつだか、みんなしておかしくなってたことあったでしょ?あの時に使うつもりだったのよ」
「あぁ……」
誰からともなく、嘆息を漏らした。
メンバーの全員が、今、この場にいないある少年を巡って争いを繰り広げた悪夢のような出来事を思い出してしまった。
「結局、使わなかったんだけどね。処分したつもりだったのに、まだこんなところにあったのね」
瓶を見つめながら、にこは感慨深げに呟いた。
「今度こそ、きちんと……」
彼女のその呟きは、どんどん小さくなっていて、最後は誰の耳にも聞き取ることは出来なかった――
†
「おい、どういうことだよ、これ……!」
神前零は思わず呟いていた。
その呟きに答えるものは誰もいなかった。
真っ暗な部屋。冷たいベッドの上。
それが彼の置かれた状況だった。
頭のひどくぼんやりとして、芯がじんじんと痛む。
幼い頃に酒を誤って飲んでしまった時と似た症状だと、何となく思った。
「くそ……っ」
悪態が口をついて出た。
ただでさえ異常な状態だというのに、それに拍車をかけるものがある。
ベッドに横たわった自分の両腕が、手首のあたりで縛り付けられていた。両の手首を頭上で完全に拘束され、その先はどうやらベッドの枕的に結び付けられているようであった。
力の限りに振りほどこうと試みてみるものの、何重にも巻かれたビニールロープはびくともしなかった。
彼は深く息を吐き出すと、無駄なあがきをやめ、自身の置かれた状況を分析することに努めた。
目が慣れてきたのかうっすらとではあるが、部屋の中が見えてきた。
6畳ほどの長方形の部屋。天井の高さは目測で2.5m程。ベッド以外の調度品が一切なければ窓すらも見当たらない、片隅に扉が一つあるだけの、ひどく殺風景な部屋であった。
もう一度、両腕に力をいれてみるが、ロープが肌に食い込むばかりで、自力での脱出は難しそうだった。
周りには自分以外に人の姿もない。
この状況を作り出した人物の姿がない今この状況では、打つ手がなかった。
ぼんやりとする頭で、今に至る過程を思い起こしてみる。
学校からの帰り道、久方ぶりに会う仲間に誘われて、喫茶店に入ったところまでは確かに覚えているが、その先の記憶が曖昧であった。
しばらく何気ない会話をして、店を出た直後に耐え難い眠気に襲われ――
そこからは何も覚えていない。
その次の記憶は、今しがた目を覚ましてからのことであった。
あれからどれほどの間眠っていたのだろうか、手首に巻かれた時計も外され、そんな些細な情報さえも分からなかった。
「っ!」
がちゃり、と。
鍵の外れる音が部屋の静寂を破った。
反射的に顔を向けた先、ドアが開いて誰かが入ってくるのが見えた。小柄な体躯に、特徴的な髪型。そのシルエットは、彼のよく知る少女の形をしていた。
「あら、もう目が覚めたの?」
聞き覚えのある声。
それが何者なのか理解しながらも、心のどこかで事実を拒否する自分がいた。勘違いであってくれと、思いすごしであってくれと切に願う。
しかし、覗き込む彼女の顔を間近で確認して、その思いは無残にも消え去った。
トレードマークとも言えるツインテールに、白磁のように美しい肌。零の姿だけを映すその潤んだ紅玉の瞳はどこまでも澄んでいて――おぞましい程に綺麗だった。
「にこ……」
絞り出すようにその名を口に出すと、彼女――矢澤にこは満足したように、口元に微笑みを浮かべた。
「これは、お前がやったのか?」
「ふふふ……」
零の問いには答えずに、代わりに彼女は小さく笑い声を漏らした。
「何が可笑しい?」
「だって、そんな分かりきったことを聞くんだもの。そんなの、聞くまでもないことでしょ?」
「……どういうつもりかは聞かない。とにかく、ほどいてくれないか?」
にこを睨みつけながら、それでも出来るだけ冷静に語りかけてみる。だが、帰ってきた答えは彼の願いとは真逆のものだった。
「いやよ」
たったの一言。それだけを口にして、無言のまま彼女の顔が近づいてくる。
ざらり、と。
湿った感触が頬を伝った。
全身に電流が走ったような感覚が突き抜けた。それは恐怖とも、快楽とも分からぬ、えも言えぬ未知のものであった。
「ずっと、あなたが欲しかったの」
耳元で囁きが聞こえる。
甘い声と、肌に感じる彼女の吐息に、少しずつ体が麻痺していくようであった。
――ダメだ
理性が警鐘を鳴らす。
このままではいけないと、それが分かっていながらも一方で体の内から湧き上がる何かがある。それに身を任せてしまえと、囁く声が聞こえた。
「あなたを私のものにしたかった。私だけの零になって?」
憂いを帯びた声。
頬を撫でていた舌先が徐々に移動してやがて唇へとに移っていく。
「よせ!」
熱く、白くなっていく思考のなかで、かろうじて拒絶を口にすることが出来た。
にこはそっと彼から顔を離し、不思議そうな表情を浮かべていた。
「何よ?」
見下ろす側と見下ろされる側。
立場に優位の差はあれど、それでも零は彼女の瞳を見つめる。
「こんなのは間違ってる。これは、違う!」
語気を荒げて、彼は否と告げた。
愚直なまでに、真摯に。どこまでも真っ直ぐで、力強い眼差しを彼女に向ける。
一瞬、にこが怯んだ。その隙を見逃さずに、畳み掛けるように零は続ける。
「お前が本当に欲しいのは、」
少年は全てを言い切ることはできなかった。
その前に彼の口は、少女の口づけで塞がれていた。
「っちゅ……ん……」
嬲るように、貪るように。
少女の舌が零の口内に侵入し、蹂躙を始める。いやらしい、湿った音が暗い室内に響いていた。
先程までの熱い思いが、まるで嘘のようにしぼんでいくのを感じた。
1秒、2秒と、彼女に侵されるうちに、快楽が脳髄を痺れていく。
気がつけば、彼女のなすがままにされ、それを受け入れている自分がいた。そんな自身を、どこか遠くから見ている気分であった。
やがて、抵抗の素振りを見せなくなった彼を、にこはそっと口づけから開放した。両者の口元を銀糸がつなぐ。
その光景が、たまらなく淫靡であった。
「……ふぅ」
口元を拭うと、徐に彼女は、髪を縛る両方のリボンを解いた。
髪をほどいている時はプライベート――以前彼女がそう言っていたことを思い出した。
彼女はベッドにあがり、零を覆いかぶさるようにして彼に跨る。
そして、動けぬ彼の胸元、ワイシャツのボタンを外して胸元をはだけさせた。
彼女の繊手が、彼の素肌をいと愛おしげに撫で回す。
「あむ……っ」
不意に、にこが唇を零の首筋に押し当てた。
じゅるり、と、わざと聞こえるように音を立てて彼の首にむしゃぶりつく。
舌先が、唇が――彼女を肌に感じるたびに、少年を突き抜ける衝動がある。このまま、どうにかなってしまいそうであった。
「っ!」
首元に鋭い痛みを感じた。
彼女の歯が、少年の肌を噛み破ったらしかった。
開いた傷口を、念入りに少女の舌がねぶる。じわりとしたその痛みは、いつの間にか快感へと変わっていた。
「あなたは、わたしだけのものなんだから……!わたしだけの、零になってよ!」
一見して身勝手な、独占のための主張。だが、その裏側に潜むものは言葉とは違っていた。
身を切るような痛切な訴えに、少年ははっとして彼女の顔をまじまじと見つめてしまう。
零だけを写した紅玉の瞳のその奥に、涙が光るのを、一瞬目にしたような気がした。
もう一度、彼女は少年に深く口づける。先ほどとは違い、少年もすんなりと受け入れ、舌を絡ませ合う。
二度目の口づけは鉄の味がした。
最早、逃れる術のないことを悟り、少年は己の内の欲に身を委ねる。
二人は、いつしか二匹の獣と成り果てていた。
†
「……とかかにゃ?」
静まり返った部室の中、凛がそう締めくくった。
「あぁ!海未ちゃんが!海未ちゃん?海未ちゃぁぁぁん!?」
「えへへへへへ……」
「ちょっ!花陽が壊れた!?戻ってきなさいよ!」
頭から煙を噴き出さんばかりに真っ赤になって硬直した海未に、トリップした顔で幸せそうに笑う花陽……
凛の語った妄想の話を聞いて、部室の中は静かに混乱を極めていた。
「何よそれ!?」
「まぁ、にこっちならやりかねんわな」
怒りも顕に、反論の声をあげるにこを半ばからかうように、希が口元を押さえて苦笑を浮かべる。
「やらないわよ!なんでそんな暗いシチュエーションなわけ!?」
「でも、にこ、話の最中ずっとニヤけてたわよ?」
「そ、そそそんな訳ないでしょ!?」
絵里に言われて、にこが言い返すが、動揺が見え見えだった。
「大体、何で睡眠薬からそこまで話を発展させられるのよ!実は凛がやりたいことなんじゃないの!?」
「え?えぇ!?そんな、凛はそんなの考えたこともないにゃ!」
「嘘つけ!今妄想ダダ漏れで、嬉々として話してたじゃない!!」
喧々諤々と、実りのない話をひとしきり続けるうちに、遂にはにこが小瓶を取り上げて、
「とにかく!これは処分するわよ!」
「えぇ~?」
「何よ?……こんなもの、もう、必要ないんだから」
そう言って、乱暴にカバンに放り込んだ、実に良いタイミングで部室の扉が開いた。
「お疲れさん――って、希に絵里、にこじゃないか。妙に騒がしいと思ったら、三人が来てたのか」
「邪魔してるで」
「久しぶりね」
「いや、久しぶりってほどじゃないだろ?……それより、凄く盛り上がってたみたいだが、何の話してたんだ?」
その言葉に、周りは水を打ったかのように静まり返り、8人の視線が一斉ににこに集中した。
「ん?にこがどうかしたのか?」
「何でもないわよ!!って、もうこんな時間?」
時計を確認してにこが立ち上がり、いそいそと部屋を出ていく。
その仕草は妙に嘘くさかった。
「?」
「うん。何でもないよ」
「そうそう。女の子だけの秘密」
穂乃果とことりに言われて、零は首をひねるばかりだった。
†
帰り道。
一人で歩く夕焼けの町並み。
ふと立ち止まってカバンの中身を漁る。
取り出したそれを見て、彼女は戸惑いを見せた。
だが、その迷いもつかの間のこと。もう片方の手で携帯を取り出し、メール画面を起動する。
その手つきに迷いはなかった。
ある少年のアドレスを宛先として、一通のメールを作る。
『この後暇?喫茶店にでもいかない?』
確かめるようにその文面を読み直して、送信を選択。
携帯と小瓶をしまい直して、先ほどよりも軽やかな足取りで歩き出す。
夕焼けの影によって、彼女の表情は誰にも分からなかった。
病んでしまったにこちゃんと零くんの妄想のお話でした。
筆者の趣味爆発で、随分と楽しみながら書かせていただきました(笑)
この度、このような場を与えてくださった薮椿様に感謝を捧げます。