本日も晴れ、鎮守府に異常無し《完結》   作:乙女座

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遅くなって申し訳ないです
決して人間性を捧げて遅くなったわけではありません。




旅行 三日目 呼び方 コトバ 榛名

「憲兵さん…その…」

 

朝、朝食を食べている憲兵に声を掛けてきたのは提督だった。もじもじと何かを言おうとしている提督。何かしてしまったのかと考える憲兵だったが心当たりがない。

 

「どうかしましたか提督?」

 

「その…昨日みたいにまた小雪って呼んでください」

 

提督が顔を赤くしながらもじもじする。提督の発言により静まり返る朝食の場。憲兵はだらだらと冷や汗を流し硬直する。まずい…と心中穏やかではない憲兵。

 

「なら私も鈴谷さんじゃなくて鈴谷って呼んでほしい!いや…ハニーって呼んで!」

 

「わ、わたしも蒼龍さんじゃなくて蒼龍って…」

 

ざわざわと自身の呼び方を提案してくる艦娘達。天龍様って呼べ!など聞こえてくる。憲兵は早急に朝食を食べ検討しておきますと声を掛けその場から逃げようとする。すると出入り口には加賀が立っていた。逃がさんぞ憲兵と言わんばかりのオーラを纏っている。

 

「憲兵さん。試しに私を加賀と呼んでください」

 

無表情で近づいてくる加賀に威圧された憲兵。背後には鈴谷や蒼龍、提督が居るため突破できない。ここは仕方なく従うことにする。

 

「か、加賀……さん」

 

「……はぁ」

 

やはり彼には荷が重すぎたのだろう。加賀は呆れてはいたものの、これはこれで破壊力が…とぶつぶつと何かを言っている加賀。そして微妙な空気になった食堂から憲兵は逃げるようにして出ていくのだった。

 

 

 

 

食事を終えた憲兵は宿のロビーにて、吹雪や夕立、その他の駆逐艦、そしてヲ級にバスの中でも読んでいた本を読み聞かせていた。物語は中盤になり主人公のアルバが親切な大樹のグウィンに病気を治す花の在処を聞く場面である。

 

「『七色の花はこの森にしか咲かないのは確かだ。しかし、この森では咲くことはない』グウィンの言葉を聞いたアルバは途方に暮れた。しかしグウィンは話を続けます。『この森は土、水、光、木の神様がおる。土の神ファーナム、水の神オストラヴァ、光の神ソラール、そして木の神である儂がグウィンじゃ。植物のことなら分かるが、それ以外のことはてんでわからん。それぞれの神に聞いてみるとよい』その言葉を聞いたアルバは木の神グウィンにお礼をして土の神ファーナムに会いに行くことにしました」

 

物語に入り込んでいる艦娘達。憲兵は少し恥ずかしく思いながらも物語を読み続ける。

 

「アルバは土の神ファーナムと会い、花についての話をしました。ファーナムはアルバにこう告げます。『この森で七色の花が咲くのは確かだが、この森の土では育たぬ。この森の土は七色の花が咲くのには堅すぎる。まずは土を柔らかくし肥やすことだ』それを聞いたアルバはまず土を肥やすことにしました。……」

 

話が進むにつれて何故か軽巡洋艦の一同も憲兵の朗読会に参加していた。時折、那珂ちゃんがうるさかったが神通に怒られていた。

 

 

「こうしてアルバは何とか土を肥やすことができました…ここまでにしましょうか」

 

「続きが気になるのです!」

 

「すごく面白いね。アルバのひたむきに頑張る姿は心打たれるよ」

 

眼を輝かせる電、憲兵の隣で眼を瞑りながら話を聞いていた時雨もこの物語を気に入ったようだった。各々が感想を述べる中、憲兵の膝の上で話を聞いていたヲ級がじっと憲兵を見つめていた。何か言いたそうにしているヲ級。憲兵は優しく頭をなでる。その時だった。

 

「ア、アリ…ガト……ウ」

 

ゆっくりと、そして笑顔でそう告げたのだ。ヲ級の言葉を聞いた一同。静まりかえる。

 

「ヲ級ちゃんが言葉を…」

 

吹雪がそう呟く。驚く一同を尻目に憲兵に頬ずりするヲ級だった。

 

 

夕方になり、ヲ級が言葉を発したことを提督に報告しに行く憲兵。しかし部屋には提督の姿が無かったのでヲ級と手を繋ぎながら提督を探していた。

その道中に温泉に入っていたのだろう、髪をタオルで拭きながら女湯へ続く通路から榛名が出てきた。

 

「憲兵さんもお風呂ですか?」

 

「いえ。この子が言葉を覚えたのでその報告をしに提督を探しています」

 

「そうなんですか…え?言葉を?」

 

「はい。昼の時間に本を読み聞かせていたのですが読み終わったときに『ありがとう』と舌足らずではありましたがはっきりとヲ以外の言葉を口にしました」

 

「そうなんですか…凄いですね。ヲ級ちゃんは…」

 

そう言ってヲ級の頭を撫でる榛名。ヲ級は気持ちよさそうに眼を細め榛名へと抱きついた。ヲ級を抱き上げる榛名の顔をペタペタと触るヲ級。憲兵はこの光景を見ながらいつの日か全ての深海棲艦が今目の前にいるヲ級や榛名のように艦娘や人間と分かり合える日が来ることを願うのであった。

 

 

「それでは旅行最終日!思い残すことが無いように楽しみましょう!!」

 

では乾杯と元気な提督の声と共に始まった最終日の夜の宴会。豪華な食事とお酒で盛り上がる一同。未成年の提督や駆逐艦はジュースではあるが盛り上がっていた。憲兵はヲ級とイ級ブラザーズにご飯を食べさせていた。口元を汚すヲ級の口を拭く憲兵。ヲ級はまたアリガトウとお礼を憲兵にする。今の所ヲ級が覚えた言葉はこの一言だが大きな変化である。そんなやりとりをしている所に赤城がやってきた。

 

「憲兵さん。お刺身要らないんですか?」

 

憲兵が手を出していないお刺身を狙ってやってきたのだろう。憲兵は赤城にお刺身をあげようとする。するとそこへ電がやってきた。

 

「あの…それは憲兵さんの分なのです。だからその…」

 

「う、そうですね…すいません憲兵さん」

 

うなだれる赤城を見た憲兵は半分どうぞと差し出す。電さんもよかったらどうですかと声をかける。ありがとうございます!憲兵さん愛してます!と言いながらお刺身を頬張る赤城。電も遠慮していたが憲兵がこんなに量が食べられないのでと言い電も一緒に食べることになる。

電と話をしながら食事をする憲兵。すると背後から憲兵に抱きついてくる人物が居た。

 

「鈴谷さんですね…榛名さん!?」

 

鈴谷だと思って振り向いた先には顔を少し赤くした榛名がいた。えへへと微笑みながらぎゅっと抱きつく榛名。硬直する憲兵。他の艦娘はわいわいと盛り上がっており気づいていないが、見ていた金剛が負けないネー!提督とハグするネー!と提督に飛びかかっていた。

 

「憲兵さん…温かいです」

 

「榛名さん…いけません」

 

「はわわわ」

 

「…?」

 

憲兵は榛名に離れるように必死に問いかけ、電は顔を赤くしながら混乱している。赤城は刺身を食べ続けていた。

 

「榛名は…憲兵さんに感謝しています」

 

「??」

 

「前の鎮守府で助けてくれて…死んでしまいたいと思っていた榛名に手を差し伸べてくれて…この鎮守府に呼んで貰って…今こうやって楽しい時間を過ごすことができるのは貴方のおかげです。感謝してもしきれません。貴方のおかげで榛名は『榛名』のままでいれました」

 

憲兵の背中に顔を預ける榛名。憲兵は黙って話を聞いていた。出会った当初の榛名は酷いものであった。何度も死にたい、もう楽にさせてくださいと懇願する榛名をみて前任の提督を心の中で何度も殺してやろうかと考えることもあった。榛名は出来損ないの欠陥品ですと泣きじゃくる少女。すでに心は壊れていた。憲兵が榛名に付き添い、彼女のケアをし続けた結果、榛名は立ち直れた。しかし、それは憲兵一人の力だけではない。それを彼は彼女に伝えなければならない。

 

「それは違います。榛名さん」

 

榛名の方へと向き直り彼女の目をみる。優しい声でしっかりと伝える。

 

「私が貴方に出会った時、貴方はどん底にいました。正直私は貴方を元の状態に戻すことは出来ないと思っていました」

 

無理だと何度思ったか。何度も心が壊れ、泣き続ける彼女から目を背けようとしたかを伝える。

 

「そんなこと…」

 

榛名はうるうると瞳を揺らす。

 

「私は手助けをしただけです。私一人の力ではありません。貴方は自分の強い意志で今の『榛名』さんへと戻ったんです。貴方自身の力なんですよ…絶望の中、己の強さを信じ光を見つけた貴方だったから…貴方の中にある誇り高き金剛型三番艦の魂を見失わなかった榛名さんだったからですよ」

 

そう言って榛名の頭を優しく撫でる。榛名は我慢できなくなったのだろう。ぼろぼろと涙を流しながら憲兵に抱きついた。憲兵はそれを拒むことなく受け止め腕の中で泣き続ける榛名を抱きしめていた。

 

 




感想、評価、アドバイス、他にも何かあればどしどしお願いします!

活動報告でこのお話の番外編のアンケートがあるのでよかったら覗いていってください。

あと、憲兵さんが作中で読んでいる物語の登場人物の名前はとあるゲームからです。物語の内容は私が好きな二つの本が元になってます。

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