11月●日
朝5時 憲兵寮
「…」
「むにゃむにゃ」
朝目を覚ました憲兵が目にしたのは憲兵のシャツを着た鈴谷が横で寝ている光景だった。戸締まりはしっかりしたはずなのに…と考える憲兵であったがとりあえず鈴谷を起こすことにする。
「鈴谷さん」
「えへへ…んー…けんぺぇさん…あったかい…」
「…」
ゆすっても起きない彼女をどうしたらいいのかと頭を悩ませる憲兵。とにかく布団から出よう。そう考え出ようとするが服の裾をしっかりと掴んで離さない鈴谷。引っ張っても離さない。憲兵は仕方なく上の服を犠牲に脱出する。脱出した後、鈴谷にしっかりと掛け布団を掛け洗面所へと向かっていった。
11月に入り朝晩と寒さが増してくる日が続き、布団から出た憲兵に寒さが襲う。顔を洗い、歯を磨き、髭を剃る。そして憲兵服に袖を通しいつもの服装に着替え、上から深緑のロングコートを羽織り仕事モードに入る。机の上にある資料に目を通し今日の業務を確認する。本日からは艦娘の体調などに気を掛け、体調が優れない者が居れば休ませるようにと本部からの連絡を目にする。
「体調管理…」
後ろですやすやと寝息を立てる鈴谷を見る。自分のシャツ1枚で風邪をひかないだろうかと心配になる憲兵。出る前にエアコンを着け、暖房の設定温度を高くして部屋を後にするのであった。
◇
朝 6時 中庭
中庭で冬から春にかけて咲く花の球根を肥えた土に埋めていく憲兵。一人で作業をする彼であったが朝のトレーニングを終えた吹雪が彼の姿を見つけ声を掛けた。
「おはようございます!憲兵さん!」
「おはようございます吹雪さん」
「何してるんですか?」
憲兵の横にしゃがみ作業をしている憲兵の手元を見る吹雪。
「今の時期に植え、春になると咲く花の球根を埋めています」
「へぇ~…何の花が咲くんですか?」
「それは春になってからのお楽しみです」
「えぇ!教えてくださいよ!」
「…吹雪さん」
「はい?」
「もしです…私がここを離れる場合は…貴方がこの子達の面倒を見てくれますか?」
「な、何言ってるんですか!憲兵さんがここを離れるなんて…冗談でも言わないで下さい!」
「そうですね…すみません」
「もう!」
頬を膨らましそっぽを向く彼女に彼は頭を下げるのであった。
「けーんぺーいさーん!」
そこへ着替えた鈴谷がこちらに走ってきた。立ち上がり頭を下げ挨拶をする吹雪と憲兵。鈴谷はえいっ!と憲兵の胸へと飛び込む。憲兵は飛び込んできた彼女を受け止め、困った顔をする。
「えへへ!憲兵さん鈴谷に布団をかけ直してから部屋の設定温度を高くして出てくれたでしょ!ポイント高いよぉ…」
抱き締める力を強める鈴谷。憲兵はまずいと思い弁明をしようと吹雪を見る。鈴谷の発言を聞いた彼女は顔を真っ赤にしぷるぷると震えていた。
「ち、違うんです!吹雪さん!」
「け、憲兵さん…鈴谷さんと…」
「話を落ち着いて聞いてください…」
「ずるいです!私も憲兵さんの部屋で寝たいです!」
この事態をどのように収拾するかを考える憲兵。事の原因の鈴谷は頬を染めながら憲兵の胸に頬擦りをし、それを見た吹雪がまたずるいと言い事態が悪化する。憲兵は考えるのをやめるのであった。
◇
昼 13時 食堂
「…はぁ」
「ため息をつくと幸せ逃げちゃうよ?」
「疲れたんですか?本部の呼び出しもあったから…」
「大丈夫?」
二抗戦の飛龍、蒼龍そして提督と昼食をとる憲兵。朝の事件があったからか、いつもよりげっそりとした表情で昼食の秋刀魚の甘辛揚げを食べる。そんな彼の事情を知らない二人の艦娘、特に隣で食事をしている蒼龍は心配そうに憲兵を見ていた。
「大丈夫です…」
「本当?」
「本当です」
「…目を見て言ってください」
「…」
「もう!また倒れちゃいますよ!」
「申し訳ありません」
どうして私はこうも嘘がばれるのだろうかと考える彼を他所に蒼龍は憲兵のおでこに自分の額をくっつける。向かいで見ていた飛龍はおぉ!と声を挙げ、隣の提督は声にならない叫び声を挙げていた。
「そ、蒼龍さん?!」
「ね、ね、ねちゅはないでしゅね!」
顔を真っ赤にしながら額をくっつけながら話す蒼龍。額を離し黙ってしまう蒼龍。憲兵は無数の視線を感じつつ急いで昼食を掻き込み食堂から逃げるように出ていったのであった。
◇
夕方 18時 正門
最近、提督及び艦娘の自分に対するの接し方がおかしい。そう考えながら正門で警備をする憲兵。今朝の鈴谷をはじめ、彼に引っ付いてくる艦娘が多いと疑問に思う憲兵。
「…まさか」
甘えたい年頃なのだろうかと的はずれな結論に至る憲兵。無理もない。彼とここの鎮守府にいる艦娘や提督は年齢が離れすぎている。三十路のおじさんに好意を抱いているとは考えず、自分を父親のように見てくれているんだと考えていた。
「父親か…」
気づけばこの仕事をはじめてから年月が経っていることに気がつく。歳を取り、体も若いときより劣ってきているのを感じる憲兵。白髪も二、三本と見受けられ、おじさんなんだなと感じる。
「…まだまだいけるさ」
そう空を見上げ一人呟く憲兵であった。
本日の主な出来事
朝
鈴谷さんが自室に侵入。対策を考え中。
中庭で球根を植える。
昼
飛龍さん、蒼龍さん、提督と昼食を取る
夕方
鎮守府警備
一言
30歳ともう良い歳になったと実感。若くはないがまだまだ働ける。
◇
憲兵の机の上に置かれている封筒。先日本部に戻った際に渡されたものであり、彼の今後を決める大切な書類が手渡された。
『憲兵隊育成教官に異動願い』
中の資料にはそう書かれていた。
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