これはポッキーを食わずにはいられない。
―――王都リ・エスティーゼ―――
雨がしとしと降っている。
誰も見向きもしない薄汚れた路地に、虚無感と絶望に彩られた瞳をした男が座り込んでいる。
そこに通りがかる一人の王国戦士長。その眼が驚きで見開かれる。
「お前は―――」
「犯罪者が減っている?」
王国の宮殿、とある一室で女性二人が会話していた。
「ええ、貴族達は疑問に思っても特に気にしてはいないようだけど、明らかにここ数週間で犯罪の数が激減しているわ」
問いに答えた女性は名を「ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフ」という。
リ・エスティーゼ王国の王女であり、黄金とも称される美貌と智謀を併せ持つ女性だ。問い掛けた方の女性は「ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ」。
王国の冒険者の中でも最高の実力をもつアダマンタイトクラスのチーム「蒼の薔薇」のリーダーを勤める女性である。
彼女らはここ最近で犯罪者が急に姿を消す現象について議論していた。
「それは別にいいことなんじゃないの?」
当然の疑問だろう。犯罪が減り、治安が良くなる。ラナーが愛しているクライムも喜びそうな状況だ。
「ええ、でも少し気になることがあるの。お願い出来ないかしら」
ラキュースは考える。目の前の親友は常人とは一線を隔す智謀を持った存在だ。彼女が言うからには何か理由があるのだろう、パッと考えつくところでは諸国の陰謀かもしくは犯罪者達が組織だって徒党を組みはじめているとかだろうか。
「了解。今のところ依頼も特にないしね。軽く調べてみるわ」
能力的にも人格的にも彼女を信頼しているラキュースは了承する。
「ええ、ありがとう」
話は終わりラキュースは部屋を後にする。
それを見送った王女は呟く。
「少しまずいわね…」
王国戦士長の報告、犯罪者の減少、最近のスレイン法国の不可解な動き。ラナーから見れば帝国の策謀により既に秒読み段階の王国の崩壊。
さらに異常ともいえる自身の頭脳だけが導きだせる、崩壊に拍車をかけるような情報。
「クライム…」
だが彼女が気にしているのは王国でも民でもなく、彼女が愛する一人の男のことだけだ。
自分と彼が無事なら何も問題は無い。自分を親友と慕うラキュースのこともどうでもいいと、ただ自分とクライムが生き残るためだけの策を脳内で巡らしていくのであった。
そろそろ息抜きが必要だ―――
政務に追われ疲労した心身を心配し、そう頭の中で一人ごちるこの男は「ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス」
バハルス帝国が誇る皇帝であり、鮮血帝とも呼ばれる残酷な部分も持った暴君であり名君である。
この皇帝はお茶目な部分も多々あり、部下を困らせることもよくある。
今回息抜きで考えているのは御忍びでの闘技場の見学だ。楽しみとしても好きな闘技場だが、有望な人間を発掘出来る意味合いもあるため趣味と実益を兼ねた息抜きとして皇帝は気に入っていた。
ここのところ少々不可解な報告がよく上がってきていたため中々休みが取れていなかったこともあり、ようやく空いた時間で闘技場に行くことを決めていたのだ。
休みも仕事の一部だ。疲労しきった頭で良策など思い付くはずもない。正論だが言い訳にも聞こえる言葉を自分に言い聞かせ準備を始める。
「さて、今回は有望株が見つかればいいが」
ナザリックを出て数週間。数日を掛けて辿り着いた帝都アーウィンタールでオデンキングとクレマンティーヌは観光を満喫していた。
「クレマンティーヌ、このエイノック羊の焼き串ヤバうま。ちょっと食べてみ」
そういって手に持っていた串をクレマンティーヌの口元に持っていく。
「うーん。まあまあかなー。ちょっと臭みが苦手」
少し癖のある味わいのため口に会わなかったようだ。
「マジか。ちょっとこれ俺の口にベストマッチだわ。もう一本買ってくる」
そういって広場にある、先程串焼きを購入した露店に足を運ぶ。
「あ、じゃあついでにこの果物も買ってきてー」
「はいはい。ちょっと待っててな」
異国情緒が溢れるこの都市にオデンキングは本来の目的を忘れて思いっきり楽しんでいた。まさに駄目男である。
「ほれ、買ってきたぞ」
「ん、ありがと」
二人で広場の木の下に座りながら食事をする。
「にしてもずっと遊んでるけど情報収拾っていつ始めるの?」
クレマンティーヌがふと疑問に思い問い掛ける。
「え? あ、そう、だな。市場の調査と食物の流通も確認出来たし、そろそろ本格的に調査するか」
体の良いことを言っているがつまりは食べ歩きをしていただけである。
「しかしどうするかね、なんの伝も無いしなー。クレマンティーヌは特殊部隊にいたんだろ? 何か良いやり方知らないか?」
少し期待を込めて聞いてみるオデンキング。
「私は殺し専門だからねー。わかんない」
「納得」
やだ、この娘マジ脳筋。しかもイケイケの肉食系女子も真っ青な、キレキレの殺害系女子である。
「うーん。じゃあ取り敢えず闘技場で金を稼ぐか」
闘技場で実力を示し出世した者はそれなりにいると聞いていたため足掛かりにしようかと提案する。
「お金も少なくなってきたしねー。取り敢えず全財産ディンちゃんに賭け続ければすぐ貯まるかな」
八百長ではないがもはや賭けではない。
「うし、じゃあ行きますか!」
食べ終わり、お腹も膨れたため元気に歩きだし広場を後にする二人であった。
「では、これで選手登録が完了致しました。これからのご健闘を期待しております」
闘技場に向かい登録を終えた二人。もちろんチーム名は「ビリオネア」である。
登録時には詳細な説明があり、チームではなく一対一で闘う場合の説明やイカサマ防止のためのギアスの署名―――わざと負けた場合は署名したギアススクロールが燃える簡易なもの―――をしたりと少し時間が掛かったが問題なく登録することが出来た。
「1時間半後の試合に一対一の対戦枠がございますが如何いたしますか?」
「あ、じゃあお願い出来ますか」
早速の対戦にワクワクしてきたオデンキング。
勿論バトルジャンキーであるとかまだ見ぬ強者に期待しているとかいうわけではない。
お約束である展開の「馬鹿な…第5位階だと…」とか「ッ…強すぎる…!」とか「計画を修正する。奴の情報を集めるのだ」とかに期待しているだけだ。
「私はー?」
クレマンティーヌが不満そうに訴えてくる。
「まあまあ。取り敢えず1戦目は譲ってくれよ。後で埋め合わせはするからさ」
これだけは譲れない、異世界に来た最強魔法使いといえばやはりこれが醍醐味なのだ。
たとえやり尽くされたお約束だとしてもこれだけは外せない。お約束だって良いものと悪いものがある。
140年以上前から続く「この印籠が目に入らぬか」系のお約束だって、たまにはそれ無しでやってみるかと放送した結果クレームの嵐になったのだ。
これはやらなければならないお約束だ。
ニヤニヤと妄想しているオデンキングを見てちょっと引いているクレマンティーヌと受付であった。
「どうしたものでしょうか…」
そう嘆息をつくこの男はナザリックが誇る頭脳、第7階層守護者デミウルゴス。
「現状は問題ないにしても、量産体制が整わないのは問題…」
ぶつぶつと独り言を言っているが、デミウルゴスがいったい何に悩んでいるかというとそれはナザリックのスクロールの備蓄に関してだ。
〈ユグドラシル〉屈指のギルドだけあり、まだまだ量的に問題無いとはいえやはり消費していくだけなのは問題だ。
この世界の羊皮紙では何故か作成に不備が出るため、デミウルゴスは新たな素材を求め実験を繰り返していた。
そしてようやく上手くいったスクロールの素材は、自分が忠誠を捧げる御方が眉を顰めるであろうものであった。
「犯罪者を使うのはやはり安定性に欠ける。何か良い案はないものか…」
取り敢えずは人間種の中でも消えて問題がなく、むしろ救われる者が多いだろうという理由で犯罪者を使っているが供給源が安定しないのは問題だろう。
「それに取りこぼしが出た以上、これまでの様に犯罪者を刈るのもまずい」
スクロールの件、法国の件、主の意向によりもう少し穏便に世界征服を目指す件とかなり多忙なデミウルゴス。
何故彼がここまで仕事を抱えているかというと―――
「アルベドにも困ったものです」
率直に言うのならば色ボケたアルベドのせいである。
もともと内政面の方はアルベドが得意であり、戦略などの軍事方面がデミウルゴスの担当である。
だというのに彼女はあのデートの日からアインズの傍から中々離れることをせず、アインズに苦言を呈された時だけ渋々仕事に戻るのだ。
「やはりオーディン様にナザリックを離れられたのは痛い。彼女の手綱を握りコントロールしていたことがあれほど重要だったとは…」
これについてはデミウルゴスの勘違いである。もはやアインズと想いを遂げたアルベドには計画など必要なく、それを餌に手綱を握るのも既に不可能だ。
「そういえばセバスが犯罪組織らしきものから人間を助けたのでしたね…」
現在ナザリックは会議でのアインズの発言により人間軽視の感情が多少薄れてきている。だからセバスも憚ることなく、創造主の気質が赴くまま人助けをしたのだろう。
結果的に少々厄介な事になったものの、アインズはそれを笑って許し、デミウルゴスに丸投げした。
それは無いんじゃないでしょうか、我が主よ。
「はっ!!」
なんとも不敬なことを考えそうになったデミウルゴスが頭を振って気を取り直す。
「もういっそのこと〈犯罪組織丸ごとスクロール計画〉をたてましょうか。うん、それがいいでしょう。一石二鳥です」
膨大な仕事量、主と同僚のいちゃつき、シャルティアの阿呆行動による獲物の取り逃がし。
彼は少し壊れかけていた。
おまけ
「セバス様…」
ベッドに伏せる女性がセバスに潤んだ瞳で呼び掛ける。
「まだ安静にしていなさい、ツアレ。心配することはありませんよ。我が慈悲深き主は貴女が救われることを認めています」
安心させるため、ギュッと手を握りながら優しく微笑みかけるセバス。
「はい、セバス様…」
女性の視線にはどんどんと熱いものが籠っていく。
「主は懐に入った者には寛大です。私は貴女を護る義務ができた以上、全力を尽くします。だから今は安心してお眠りなさい」
安心したように目を閉じる女性。だが手は握ったままだ。
「はい…」
ずっと手を握りあっている二人。まるで年の離れた仲睦まじい夫婦のようだ。
ソリュシャンは思った。やってらんねーよと。
おまけ2
「やってらんねーっつーのよ。畜生」
「ソウカ」
「仕方ないでしょうが、血の狂乱は制御きかねーんだっつーの」
「ウム」
「あんの大口、アインズ様が優しすぎて拒否しないからって、いっちゃいっちゃ、べったべった」
「ソウカ」
「聴いてんの!? コキュートスゥー!」
「ウム」
ウガーッと奇声を上げ嫉妬の炎に包まれ飲んだくれているシャルティアと何故か付き合わされているコキュートスだった。
恋愛したっていいじゃない。人間だもの。