所持金がかなり増えたため、しばらく豪遊しようかとオデンキングは悩む。
しかしよくよく考えるとあそこまで実力を見せてしまったら次回から賭けにならないんじゃないだろうか。
わざと負けることは出来ないようになっているし、となると先程闘った男の様に強さを見せつけ純粋に観客を楽しませるタイプの闘士にしかなれないかもしれない。
それはそれで稼げるのだが、やはり確実に一財産を築けたであろう手段が考えが足りなかったせいでおじゃんになったのは完全にミスだった。
「いや、まだクレマンティーヌがいるか。まず負けんだろうし」
「何の話ー?」
もう大丈夫だと言っているのに腕にくっついてくるクレマンティーヌにこっちの話、と言いながらまたも皮算用を始めるオデンキング。そんな二人の前にそこそこ立派な装備の兵士が行く手を遮った。
「ビリオネアのお二人でよろしいでしょうか。私は帝国の騎士のフリングスと申します。少々お時間いただけますか?」
帝国の騎士。
ということは帝国上層部の目に止まったということだろうか。
随分と予定が早まったが悪くない。遊び呆けていた分を取り戻すことが出来そうだとオデンキングは内心でほくそ笑む。
「ええ、大丈夫です。立ち話もなんですから控え室の方で話しましょう」
「おお、ありがとうございます」
クレマンティーヌがちょっと不満そうにしているが、これは仕方ないと視線で謝りながら3人で控え室に向かった。
その日の夜、泊まっている宿屋の一室でオデンキングとクレマンティーヌは話をしていた。
「まさかいきなり皇帝とはなー。運がいいのか悪いのか」
「いいんじゃないの? 上に近い方が情報収集も楽じゃない」
「まぁそれはそうだけど、なんせ独裁政治の上に鮮血帝とか言われてるからなー。あまりに無理を言われたら突っぱねるけど難癖つけられたらいきなりお尋ね者かもしれん」
噂で聞く限り、自分の一族の殆どを粛清している残忍な皇帝らしい。ただし名君だという評判もかなり聞こえてくるのでなんとも言えないのだ。
「その時はその時でいいんじゃないの? 狙ってきたら皆殺しちゃえばいいし」
いつも通りのクレマンティーヌにオデンキングは苦笑する。
「ま、仮にも一国の皇帝なんだからそこまで浅慮なわけないか。明日の夜は豪勢なご飯が食べられそうだ」
ナザリックの食事には劣るかな、と少し楽しそうにするオデンキングとその顔を息が触れ合う距離で嬉しそうに見ているクレマンティーヌ。そうして夜は更けていった。
「よくぞ参られた、蒼の薔薇の諸君。私がこのナザリック地下大墳墓の主、アインズ・ウール・ゴウンだ。急な来訪故あまり盛大な歓待は出来ないが、ゆっくりと体を休めていってくれ」
玉座の間。
豪奢でありながら下品さを微塵も感じさせない、荘厳な雰囲気のこの場で蒼の薔薇のパーティは死の支配者に謁見していた。
メイドや異形を侍らし圧倒的な存在感を持ってこちらを歓迎する様は歴戦の戦士である彼女達にとっても極度の緊張を強いられるものだった。
「こ、こちらこそ事前に断りもなかったにもかかわらず歓迎していただいて感謝しております」
「場所が場所なのでな、その非礼に関しての謝罪は必要無いとも。今、メイドと料理長に歓迎の準備をさせているところだ。その間に王国への招待とやらの話を伺おうか」
場の雰囲気にのまれかけていた彼女達だが、予想以上に温厚で深い知性を感じさせる言動に幾分か落ち着きを取り戻す。
「はい。まずは此方をお渡しさせていただきます。ご確認下さい」
ラキュースはラナーから預かっていた招待状をアインズに渡す。
「ふむ、招待状か。少々マナー違反になるが確認させて貰っても?」
「はい」
蝋で綴じられた手紙の封を開け、アインズは文面に目を通す。そしてその失態に内心で頭を抱えた。
「(読めないの忘れてた…)」
こちらの世界の字を読めないことをすっかり忘れていたアインズ。部下と来訪者の手前、読んでいる振りはするが当然内容は全く解らない。
「(わ、態々最高クラスの冒険者をよこしてまで招待状を渡したんだ。普通に招待してるだけだよな?)」
「ふ、ふむ。成る程理解した。一切の問題は無いとも、そちらの日時に合わせて招待にあずかろう」
どう考えても招待だけの文章の量ではないのだが、焦っているアインズには気づけない。一方その言葉に感動している者が居た。傍らに立つデミウルゴスだ。
この叡智溢れる御方は我々の知らぬ間に異世界の字まで修めていたのだと。
特に「最近ちょっといちゃつきすぎじゃね?」とほんの少しだけ不満に思っていたため、これ以上ないというほど自身を恥じた。
仕事をしていない振りをして主はこちらの世界の字を調べていたのだ。
確かにマジックアイテムで文章を読むことは可能だが数が少なく、普通に読めた方がいいのは当たり前だ。
率先してそれを修めることで我々にも続くよう促す。まさに最高の指導者だとデミウルゴスはアインズに尊敬の目を向ける。
そう、彼は疲れていた。
「ありがとうございます。王女もお喜びになるかと」
「なに、此方としても諸国との関係については悩んでいたところだ。良い機会を設けてもらった」
話は終わり、少しの沈黙が訪れる。
「うむ…。すまないがもう少し準備に時間がかかるようだ」
《メッセージ/伝言》で確認を取ったアインズが伝える。
とんでもない、と謝罪を押し留めるラキュースは更にアインズに対して好感を持った。
なまじ最初の印象が恐れと不安であっただけに、話していてごく普通の人間のように接し、こちらを尊重するような言動まであるのだ。吸血鬼にイビルアイのような者がいるのと同様に、異形種にも話せるものはいるのだと再認識していた。
しかし、話すことが無くなりまたもや場に沈黙が訪れる。
「ふむ、時間もあることだし…。蒼の薔薇の皆さんは王国でも有数の冒険者だと聞いたのだが、間違いないだろうか」
脈絡もなく問い掛けるアインズ。
「はい、パーティとしてなら最優であると自負しています」
これは過信でも自惚れでもない。イビルアイが所属するこの蒼の薔薇は間違いなく王国で一番のパーティだ。
「ほう…。いやなに、この辺りに来てまだ幾ばくも経っていないのだが冒険者の実力というのが今一つ把握出来ていないんだ」
「は、はあ…」
「よかったら6階層にある闘技場で少し手合わせを願えないかな? 勿論命を掛けるなどといったことはない。軽い手合わせだ」
アインズは王国最優のパーティと聞いて、試金石には充分だと思い提案した。
けして沈黙が気まずかったから思い付きで提案したわけではない。ないのだ。
「はい、手合わせ程度なら…」
後ろを振り返り皆の了承を得る。
「すまんな。こちらの都合を聞いてもらったのだ、手合わせの後は礼をさせてもらおう」
そう言って全員で闘技場に向かった。
アウラとザリュースの冒険withハムスケ 2
アウラは今、ハムスケの上に寝転がりながら族長の家に入ったザリュースを待ち惚けていた。
この〈レッド・アイ〉族の集落に入って少し経つが〈ドラゴン・タスク〉族の時ほど敵意は感じられず、どちらかというとハムスケを見て少し怯えた視線の方が強い。
「随分と時間がかかっているでござるなぁ」
野性の獣だったにも拘わらず、習性として小動物に似かよっているハムスケはじっとしているのは苦手なのだ。そわそわとしながら上に乗るアウラを落とさないように体を揺らす。
「ホントねー。というかハムスケ、もうちょっと毛皮柔らかくしなさいよ。ゴワゴワして全然気持ち良くないんだけど」
「無茶を言わないでほしいでござる!」
ザリュースが家に入ってもう1時間近い。説得にしても長引きすぎではないだろうか。
「ちょっと様子見に……あ、出てきた」
ザリュースが全身真っ白な蜥蜴人を連れて族長の家から出てくる。察するにあれが族長だろうか。蜥蜴人なので少し解りにくいが、ザリュースは随分と喜んでいるようだ。きっと交渉が上手くいったのだろうとアウラも笑顔で二人に近付いていく。
「上手くいった?」
「ああ。俺達、結婚するんだ」
「なにが!?」
ザリュースは蜥蜴人とナザリックの交流のために、族長の家に交渉しに入っていった。
そして結婚するんだ。
「何が何だか解らない…?」
「おお、ザリュース殿。番が出来たのでござるな、羨ましいでごさるよ…」
交渉は問題なく終わったようで、ことなかれ主義な〈レッド・アイ〉族は他の部族も了承すれば参加する、ということになった。
「はあ、私も誰か好い人出来ないかなー」
最近のアルベドや目の前のザリュースを見て、少し人肌恋しくなるアウラ。
アウラ・ベラ・フィオーラ76歳。まだまだぴちぴちの恋に恋する乙女である。
次話を面白くするための閑話みたいな感じなので山も落ちもありませぬ。(アウラ以外)
変則的に至高の41人が帰ってくる短編を書いたので、よかったらそちらもどうぞ。