オーバーロード 四方山話《完結》   作:ラゼ

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ギャグを書きたい…


再会

皆と別れてセバスが滞在している館へ向かっているオデンキング。事前に教えてもらっていたため迷うこともなくスムーズに到着した。

 

「呼び鈴は…あるわけないか。この輪っかを叩くのかな」

 

日本人の大半は使ったことがないだろうノッカーを恐る恐る使用する。意外と大きい音に少しびっくりしつつ、足音がこちらに向かっているのに気が付く。扉が開くのを待ち、ほどなくしてセバスが姿を現す。

 

「お待ちしておりましたオーディン様。どうぞ中へお入り下さい」

 

深々と頭を下げオーディンを出迎えたセバス。その言葉に応じてオデンキングは客間の方へ案内された。

 

「久しぶりセバス、これ帝国のお土産。ソリュシャンちゃんとどうぞ」

 

帝国で皇帝に見繕ってもらった焼き菓子なので何気に贅沢な一品である。

 

「お気遣いありがとうございます。ソリュシャンも喜ぶでしょう」

 

畏れ多いとばかりに慇懃な態度で受けとるセバス。

 

「なんか犯罪組織とかの件で面倒なことになってるらしいね。今のところは大丈夫っぽい?」

 

道中アインズに聞いたことについて問うオデンキング。

 

「はい、デミウルゴスが完璧に仕事を致しました。アインズ様の期待に見事応えたようです」

 

セバスが少し羨ましそうに反りの合わない同僚を褒める。

 

「ん? もう解決したんだ、流石デミウルゴス。…そういえば拾った女の子と結構いい感じなんだって? セバスもやるねー」

 

ヒューヒューと持て囃すオデンキング。オッサン丸出しである。

 

「お戯れを。彼女は救ってもらった恩を愛情と勘違いしているようです。暫く経てば落ち着くでしょう」

 

冷静に返すセバス。何事にも動じない完璧な執事の姿がそこにあった。

 

「あ、そうなんだ…」

 

微塵も動揺しないセバスを見てオデンキングは何故ナザリックの女性と男性でここまで差が出たのだろうと、シャルティアとアルベドの醜態を思いだし苦笑した。

 

「まぁそれは置いといて…あ、ソリュシャンちゃん久しぶり」

「お久しぶりでございます、オーディン様」

 

客間で待ち構えていたソリュシャンがセバス同様に深々と頭を下げる。

 

「と、そっちは例の子かな…ん?」

 

ソリュシャンの横で畏まっているメイド服を着た女性の顔を見てオデンキングは驚いた。先程まで一緒に居たニニャとそっくりなのだ。

 

「ツ、ツアレと申します、よろしくお願い致します」

 

お辞儀をするツアレの顔をまじまじと見つめるオデンキング。その視線にツアレは困惑する。

 

「どうかされましたか、オーディン様」

 

それを見かねたセバスが声を掛ける。

 

「え? ああ、ごめんごめん。知り合いに凄く似てたからつい」

 

女性に無遠慮な視線を向けていたことに気付いたオデンキングは焦りながら謝罪する。

 

「…! あ、あの、その知り合いというのは…!」

 

過去の経験から少し怯えぎみにしていたツアレだが、オデンキングの言葉を聞いてかつて生き別れになった妹の事を思い出し焦ったように問う。

 

「ツアレ」

 

しかし冷たさを少しばかり含んだセバスの一言でツアレは冷や水を浴びせられたように動きを止めた。今日この館に来るのはセバスの主の友人であり、けして粗相の無いようにと言い含まれていたというのにこの失態だ。

 

「あ…も、申し訳ありません!」

 

怯えたように頭を何度も下げるツアレ。今の彼女が一番怖れているのはセバスに見捨てられることだ。何をしているんだと自分を心の中で叱責してオデンキングに謝罪をする。

 

「ああ、別に気にしてないから大丈夫、大丈夫。セバスもあんまり怒らないであげて」

 

必死に謝罪するツアレを見て本当は許してあげてと言いたかったオデンキングだが、実際に失態の出来ない人物を接待する時に同じ失敗をすれば困るのはこの子だろうと、メイドの練習中だというツアレをせめて叱責が軽くなるようにセバスにお願いした。

 

「ありがとうございますオーディン様。ツアレも気を付けなさい」

 

少しほっとしたような雰囲気を見せるセバス。結局はこの中で一番ツアレを心配しているのも彼なのだ。そんな様子のセバスにオデンキングは目敏く気が付き、ちらっとソリュシャンに視線を向ける。

 

ソリュシャンが頷く。

オデンキングも頷く。

 

オデンキングが今までさぞ居心地が悪かっただろうと眼で慰める。ソリュシャンが解ってくださいますかと眼で感謝を送る。

 

今度はソリュシャンと見つめ合うオデンキングに、ツアレとセバスは訝しがる。

 

「まま、取り敢えずいいや。それよりセバス、頼んでた情報は収集出来てる?」

 

エ・ランテルを出る前に頼んでいた漆黒の剣の役に立ちそうな情報ーーーギルドでの人間関係や逆らうとまずい集団、宿屋ではなく安めに借りられる借家や王都で効率よく稼ぐ方々など多岐に渡るお役立ち情報をオデンキングはセバスに頼んでいたのだ。

 

「はい、こちらの羊皮紙にまとめております。ですがもう少し時間を頂ければ更に詳しく調べる事が可能です」

 

オデンキングがパラパラと羊皮紙をめくりマジックアイテムを使い書かれている情報に目を通していく。

 

「いやいや、問題無いってセバス。数日でここまで詳細に調べてくれるとは思わなかった。ありがとう」

 

充分に役立つだろうことが伺える内容にこれなら漆黒の剣の皆さんも喜ぶだろうとセバスに感謝の言葉を告げるオデンキング。

 

「アインズ様のご友人の頼みとあらば当然のことでございます」

「はは、ぶれないな。でも今回は個人的な頼み事だからさ、セバスもなんかあったら言ってくれる? 借りっぱなしは性に合わないんだ」

 

アインズへの忠誠心が高すぎてそのうち羽根でも生えて飛び始めるんじゃなかろうかと想像しながら今度はアインズとセバスに借りができたなと思うオデンキング。

 

そして予想通りその言葉を固辞するセバスだが、自分のためでもあるからとオデンキングは借りができたとの言葉を崩さない。

 

「…ならば一つお願いが御座います。先程のツアレの問いに答えて頂く、というのはどうでしょうか」

「かっーーー」

 

格好良いーーー!!

 

と心の中で叫ぶオデンキング。これが真のイケメンかと戦々恐々とおののく。

どちらにせよ気になっていた事柄だったので後で聞こうと思っていたことだ。そんな事では借りを返したことにはならないと断ろうと思ったオデンキングだが、それではせっかくのセバスの心意気を無駄にすると考え了承する。

 

「ありがとうございます」

 

頭を下げるセバス。自分が女なら惚れてるはこれ、とオデンキングは横目でツアレをチラ見した。視線が熱い、物理的な温度を持ってセバスを焼死させるんじゃないだろうかと思うほどだ。

 

そしてソリュシャンに視線を移す。

 

ソリュシャンが頷く。

オデンキングも頷く。

 

ーーー大変だねーーー

ーーー解って下さいますかーーー

 

今日1日で随分と心の距離が縮まったソリュシャンとオデンキングであった。

 

「ゴホンッ。えーとじゃあさっきの質問の続きだけど」

 

見つめ合っているセバスとツアレをどうにかするためわざとらしく咳をする。

 

「は、はい! あの、私には生き別れの妹がーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方こちらはギルドに向かうアインズ一行。

 

ハムスケのせいで衆目の目をさらいながらギルドまでの道を歩いていく。

 

「ここだな、ハムスケは外で待機だ。人に迷惑を掛けるなよ?」

「了解でござるよ殿」

 

ナーベラルを連れてギルドの扉をくぐるアインズ。そしてその瞬間、いつものように冒険者達の視線が二人に突き刺さる。それはアインズの立派な立ち姿のせいでもあり、ナーベラルの美しい容姿のせいでもある。そして首から下げるミスリルの証明のプレートを見て納得したように視線を外していく冒険者達。

 

「フム…。やはり何となく雰囲気がおかしいな。よっぽどの事があればセバスからナザリックに連絡がいく筈だが…」

 

特に連絡がきていない以上然したることではないのだろうかとアインズは首を捻る。

 

「まあいい、聞けば解ることだ。オーディンさんもセバスのところで何かしら情報を仕入れてくるだろうしな」

 

話を聞くのに手頃な者を探すアインズだがその時丁度2階から人が降りてくる。強者の雰囲気を漂わせ、一目で上級と解る装備に身を包んだ戦士ーーー周辺諸国で最強と目される王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフである。

 

王城に居る筈の彼が何故ギルドに居るのか、それは先日の騒動に起因するものであるがここでは割愛する。

 

思わぬ再会に一瞬固まるアインズ。しかし今は冒険者モモンとして活動しているのだ。声を掛ける訳にもいかず視線を外し立ち竦んでいたが、少し遅かったようだ。ただでさえ目を引く出で立ちをしているアインズが数秒の間、凝視していたのだ。ガゼフに気付くなというほうが無茶だろう。

 

位置的に通り道だったこともありガゼフが何となく声を掛ける。見るからに強者だったのも理由の一つである。

 

「俺に何かあるのか? 随分と熱い視線をくれていたようだが」

 

快活に笑いながら話し掛けるガゼフ。人材不足の王国だ、少しでも強者を引き入れるためには普段からこういった勧誘の取っ掛かりを作っておくのも有効な手段である。

 

「あ、ああ、いやそのだな…」

 

まさかこんなことになるとは思わなかったアインズ。言葉を濁しながらどうするかと思案する。

 

「…っ! その声は…!」

 

しかしそれも無駄に終わる。義に厚く、受けた恩を忘れない王国戦士長は一月以上前に聞いた命の恩人の声をしっかりと覚えていた。

 

「ゴウン殿か! まさか王都まで来てもらえるとは。よければ私の屋敷へ招待させてもらえないだろうか」

 

もはや目の前の全身鎧がアインズだと疑っていないガゼフ。恐るべしは王国戦士長の直感である。何故マジックキャスターが鎧を着ているのかを聞いてこないのも、何か事情があるのだろうと察して言及しないあたり懐の広さを感じさせられる。

 

対してアインズの方はというと、王都に来てからやたらと運が悪いなーと軽い現実逃避をしていた。というかもう偽名を名乗る必要性も薄いしアインズで通そうかなと考えていた。

 

冒険者として活動する必要性もアインズの楽しみという点以外はあまりなくなってきたところだ。金に関しては固辞したものの、オデンキングが帝国から貰ったものをそのままナザリックに入れてくれたため当面は問題無いだろう。

 

情報に関しては法国、カジット、それに帝国とそろそろ充分なものがある。となれば後は売名だけなのだがこれはもはやアインズ・ウール・ゴウンの名前を良い方に広めるのであればそのままアインズと名乗った方が良いだろう。

 

「ええ、お久しぶりですストロノーフ殿。ここには友人の付き添いで来ましてね。招待の方は…今は到着したばかりでごたごたしていますので落ち着いてから伺いましょう」

 

少し興奮気味のガゼフを手で制して、努めて冷静に対応するアインズ。そのおかげかガゼフも逸りすぎたと恥ずかしそうに頭を掻く。

 

「申し訳ない。興奮して少し急いてしまったようだ。落ち着いたらその友人の方も是非ともご一緒に招待させて頂きたい」

 

伝えておきますとアインズが応え、ガゼフが屋敷の場所を教える。少しの談笑の後、それでは仕事があるのでこれにてと別れようとするガゼフをアインズが引き留める。

 

「あ、最後に一つだけよろしいでしょうか。街全体から少々おかしな雰囲気を感じるのですが何かあったのですか?」

 

王国の戦士長ならば大抵のことは把握しているだろうとアインズは問いかけた。

 

「ああ、ゴウン殿はさっき到着したのだったな。…実は数日前に犯罪組織によるクーデターが発生してな、あわや国家転覆の大騒ぎだ。もう収まってはいるものの色々と不可解な点が多かったために調査しているんだ」

 

ここにいるのもその一環だと告げるガゼフ。

 

「クーデター…ですか」

 

予想以上に大事だったと驚くアインズ。もしやナザリックと自分の間にある情報網がしっかり機能していないのではと不安になる。

 

では、と外に出ていくガゼフを見送り考えを巡らせた。

 

「デミウルゴスへ連絡…いや、そろそろ皆集まってくるか」

 

疑問を一旦は保留して、今まさにギルドに入ってきた漆黒の剣を迎えるアインズ。

 

「お待たせしましたア…モモンさん。宿屋の方は問題無く取れました」

「もうアインズで結構ですよ。こちらも少しだけ情報を集める事が出来ました。後はオーディンさんが…と言ってる間に来たみたいですね」

 

後ろにメイドを付き添わせてオーディンがギルドへ入ってくる。

 

「と、一番最後か。待たせちゃったみたいですいません」

 

自分以外の全員が集まっているのを見て謝罪するオデンキング。

 

「いえ、俺達も今来たところでーーー」

 

ガタンッ。

床に杖を落とした音が響く。

 

「ニニャ? おい、どうし…」

 

オデンキングの横に居るメイドを見て信じられないようなものを見た様子で杖を取り落とすニニャ。あまりの様子に何がおこったのかとルクルットが声を掛けようとしたが、それを遮るように我を取り戻したニニャがメイドの傍に駆け寄る。

 

「う…そ…? ね、姉さん…だよね?」

 

その端正な顔を間近で確認したニニャは確信をもって問いかける。問われたメイドーーーツアレはもう二度と会うことは出来ないだろうと諦めていた妹を目の前にして、声が詰まる。

 

聞きたいことも、言いたいことも沢山あった筈なのにいざ目の前にすると言葉にできない。涙を流しながら出来たことと言えば、その問いかけに無言で頷く事だけであった。

 

「う…あぁ…」

 

ニニャの方も感動で言葉を紡げない。それでもこの再会が現実だと必死に確かめるように生き別れの姉を抱き締める。奇跡の再会をしたツアレとニニャ。

 

詳細は解らないが、冷徹な人物であろうとも心を絆されるようなその場面にギルドに居た冒険者達も暖かい眼でその光景を見守るのだった。

 

ちなみにオデンキングの心情は感動9割、美女と美少女が抱き合っていることへのドキドキが1割だった。

 

アインズは疑問10割である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クレマンティーヌとアルシェの帝都散策記 3

 

 

 

 

ここ数日のクレマンティーヌの目覚めは快適だ。何といってもフールーダの襲撃がピタリと止んだのだ。止んだというよりはドアの前でアルシェが押し留めているだけだが。

 

彼もかつての教え子にきちんと理性的に諭されると正気に返り、もと来た道を引き返すのだった。ドアの前の気配が一つだけになったところでクレマンティーヌが顔を覗かせる。

 

「…行った?」

 

その言葉にコクリと頷くアルシェ。猫耳を付けた頭だけ覗かせるその様は本当の猫のようで可愛いなと笑いが込み上げてくるが、本当に笑ってしまったら怒りそうなので我慢する。

 

「ふぅ。毎朝毎朝懲りないんだから…」

 

アルシェの言葉にようやく全身を部屋から出すクレマンティーヌ。取り敢えず朝食に向かった後はどうするかと思案し、目の前で佇むアルシェを見る。そういえば今日はワーカーの仕事があると昨日言っていた事を思い出す。

 

「アルちゃんは今日ワーカーの仕事だったっけ?」

「そう」

 

簡潔に答えを返すアルシェにそれじゃあ、と思いつきの提案という名の命令を口にする。

 

「じゃあ私も着いていこっと。暇だし」

「!」

 

固まるアルシェ。この雇い主が言い出したら聞かないのはもう解っている。こうなった以上はもう決定事項なのだろうと諦めつつ、仲間の安全だけは確保しようと懇願する。

 

「大丈夫だってー。私が理由もなく人を傷付けるように見える?」

 

むしろそれ以外にどう見えるのだろうかと猜疑心に満ち溢れた目で、前を進むクレマンティーヌを見つめるアルシェであった。そして妹達をエルフの3人に預けてクレマンティーヌとアルシェはフォーサイトが待つ宿屋へ向う。

 

道すがら何度もメンバーに危害を加えないように約束させるアルシェ。それに屋台で買った果実にかじりつきながら大丈夫だと安請け合いするクレマンティーヌ。アルシェはまだまだ不安は晴れていないが、宿屋に着いてしまったため後は祈るしかないと扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワーカー。請負人とも呼ばれるその職業の内容は、基本的には冒険者ギルドで受注する仕事とさして変わらない。ただ冒険者がモンスターの討伐などをメインにしているのに比べ、ワーカーは仕事を選ばないというだけだ。

 

勿論パーティや個人によっては仕事の詳細を調べ、安全性や違法性がないか入念に調査する場合もある。単純にギルドを介さないことによって仲介料を節約して、依頼主との金銭的な交渉をしたいがためにギルドに登録しないケースだ。

 

しかしワーカーには脛に傷をもつ後ろ暗い者や血を見ることに愉悦を感じる狂人などがそれなりに居るのもまた事実である。理由は様々なものがあれどいずれも冒険者としての活動を嫌うドロップアウト組みであり、蔑みの視線で見られても当然の集団。それが世間一般の共通認識だ。

 

そんなワーカーとしてそれなりに長く活動し、実力のあるパーティとしてそこそこに有名であるのがアルシェの所属する〈フォーサイト〉だ。

 

彼等が宿屋の一階で顔を突き合わせ何をしているかというと、簡潔に言うならばアルシェの心配である。プライベートの詮索はしないというのがワーカーの暗黙の了解ではあるが、先日ひょんな一件から自らの生い立ちや現状の窮状を仲間達に打ち明けたアルシェ。

 

心配はいらないと口にして無理をしているのがバレバレな笑顔で別れたのが数日前であり、妹達を家から連れ出すと告げた彼女がそれから何の音沙汰も無かったためにパーティの面々は妹のように可愛がっているアルシェを心配していた。

 

「やっぱり迎えに行くべきじゃないか? 妹を人質に監禁されてるってのも考えられる」

 

パーティのリーダーを務めるこの男の名はヘッケランといい、金髪碧眼の中背の男であり帝国では珍しくもない容姿である。しかしベテランのワーカーだけはあり、凄味とも言うべき雰囲気を漂わせている。

 

「あの子はそんなヘマはしないわよ。ましてや荒事も経験したことのない父親よ? きっと上手くやってるわ。まだ時間にもなっていないんだからもう少しどんと構えなさい」

 

優秀なマジックキャスターとしてアルシェを信頼している気の強そうなこの女性はイミーナといい、この帝国では少し珍しいハーフエルフである。ヘッケランとは男女の仲であり、ワーカーでもまずいないカップルを含んだパーティというのもこの〈フォーサイト〉の特徴の一つであった。

 

「そうですね、彼女ならば心配は無用でしょう。きっともうすぐ姿を見せてくれますよ」

 

パーティ最年長のこの神官の名はロバーデイク。冒険者ギルドでは自由に回復魔法を使用して無償で人助けが出来ないという規則を嫌い、ワーカーになった底抜けのお人好しだ。彼もまたアルシェがこの場に無事に現れることを疑っていない。

 

「まあ俺も大丈夫だとは思ってるが万が一ってことも…お、来たみたいだ」

 

なんだか自分だけアルシェを信頼していないみたいじゃないかと思い、万が一を考えて心配しているだけだと口に出そうとしたところで扉から姿を見せるアルシェに気が付きホッとするヘッケラン。

 

しかし続いて入ってきた女性を見て一同は硬直する。アルシェに付き添っているのは最近帝都で悪名高い、クレマンティーヌだと理解したためだ。

 

「待たせた、申し訳ない」

 

アルシェが仲間達に声を掛ける。固まっている彼等を見てまあ当然だろうと、仲間を巻き込んだことに申し訳なさでいっぱいになる。

 

「あ、ああ。時間はいいんだが、その…」

 

言いたいことは痛いほどよく解ると、みなまで言葉を聞かずとも説明を始めるアルシェ。

偶然の出会いから、現状の雇い主であり職場としては最高のものを提供してもらっていることを少し盛りながら話す。拒否されても無理矢理着いてこられる事を見越して、なるべく受け入れてもらえるようにする涙ぐましい努力である。

 

「そ、そうか…。しかし急にパーティに入ってもらうにしてもーーー」

 

当然のごとく渋るヘッケラン。相手がクレマンティーヌということもあるが、慣れ親しんだ仲間と違い急にパーティに入れたとしても連携が取れず逆に戦力が下がってしまうのを嫌ったためだ。

 

「あ、別にパーティに入れてくれって訳じゃないから。報酬もいらないしねー。ただの暇潰しだと思っといて」

 

命懸けの仕事といっても差し支えないワーカーの活動を暇潰しと言われ少しむっとするアルシェ以外の面々。それに気付いたクレマンティーヌが気を使って先程の自分の発言にフォローを入れる。

 

「ああ、別にワーカーの仕事を軽んじてる訳じゃないから。ただーーー」

 

軽く殺気を滲ませて口を歪めるクレマンティーヌ。

 

「この場にいる全員…殺すのに30秒も掛からないから、さ」

 

お前たち程度がこなせる依頼なら問題無いのだと言外に見下す。そしてそれは圧倒的なまでに正論であり、それ故に真実味を持った迫力のある言葉にヘッケラン達は気圧されながら背中に冷や汗を流す。格の違いを対峙しただけで見せ付けられ、身をすくませる〈フォーサイト〉の面々。

 

対してクレマンティーヌは何か間違ったかなと、自分の有用性を示しただけなのに震えている彼等を見て首をかしげる。最近彼女も天然度が増しているのはオデンキングのおかげと言うべきか、オデンキングのせいと言うべきか。まあ成長という見方もあるだろう。

 

「ま、不測の事態に対する備えってことでよろしくー」

 

まあいいかと気を取り直し、自分が着いていくのは決定事項だからとニコニコと殺気を消すクレマンティーヌ。それを見てようやく緊張を解くヘッケラン達。まるで人食いの猛獣から子猫に戻ったような変貌ぶりに強者には変人が多いというのは本当だなと、着いてこられることについてはもはや諦める。

 

「わかった。では依頼の説明だが…」

 

詳細を話しながら、なんだかんだで自分達よりも圧倒的な強者が無償で後ろに着いてくることには有り難みを感じるヘッケラン。ワーカーの仕事というのは冒険者が請ける依頼よりも不測の事態が多いのだ。クレマンティーヌが言った通り何かあった時の備えとしてはこれ以上のものはないだろう。

 

「よし。じゃあ出発ー」

 

依頼の説明が終わり、待ちきれないとばかりに出発の音頭をとるクレマンティーヌ。猫耳を付けた美女のその仕草に、ギャップを感じた面々は顔を見合わせ苦笑する。その様子に意外となんとかなりそうだと、アルシェは同様に苦笑いしながら仲間達とクレマンティーヌの後を追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある貴族から〈フォーサイト〉への依頼:

 

 

さる墓地にて邪神への信仰と称し定期的に邪悪な儀式を行っているとの情報が入った。生け贄に人間を使っているとの報告もある。上級貴族が顔を見せる可能性も否定できないため慎重を期して事にあたってくれ!




最近なんだかオデンとクレマンのW主人公みたいになってきた

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