オーバーロード 四方山話《完結》   作:ラゼ

27 / 43
やっとシリアス()が終わったー。この次の話はギャグオンリーぞ。
割と捏造が多いので注意。


不死鳥の如く

「―――では、そういうことで」

 

リ・エスティーゼ王国の王宮の一室、ラナーの部屋で秘密の会合をしていたデミウルゴスは満足気な顔で交渉を終えた。

 

「こちらとしても大変有意義な交渉となりました。今後も何かあれば出来る限りの助力を約束致します」

 

丁寧な言葉でデミウルゴスに礼を言う黄金の姫、ラナーは少々予定は早まったものの問題なく計画が進みそうな状況に内心で喜びを隠しきれないでいた。クライムと結ばれるために必要な障害、その殆どがこの計画によって破壊されるためだ。

 

もともとはそれなりに長いスパンで建てていたクライムとの秘め事の予定だが、ここにきて一気に段階を踏み飛ばせる可能性が出てきたため喜びもやむなしというものだろう。それどころか表だった関係になれる目も出てきたのだ、ラナーのこの計画に掛ける情熱はともすればデミウルゴス以上といえるかもしれない。

 

「では、失礼致します」

 

音もなく部屋から消え去るデミウルゴス。100レベルのNPCとはいえ隠密行動にはいささか向いていない彼は、マジックアイテムとエイトエッジ・アサシンの助けにより厳重な王宮の警備をいとも容易く突破しナザリックへの帰路についた。

 

そして翌日より始まるのだ。ナザリックの物資補給を解決し王国の膿を一掃する事ができ、ついでにラナーの恋のお悩みもマルっと解決する一石三鳥の作戦が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ、どう? 似合うでありんすか?」

 

くるりと一回転して周囲の仲間達に問うシャルティア。かつては法国の秘蔵のアイテムであり今ではナザリックの新しいワールドアイテムである〈傾城傾国〉を身に纏ったシャルティアは、前回の任務での失態に対する汚名返上の機会がやってきたとやる気をみなぎらせていた。

 

「ええ、とても似合っていますよシャルティア。その格好ならばオーディン様も褒めてくださるに違いありません」

 

自らの主が期待を寄せるこの計画を前にして、やる気を出しすぎて空回りしそうな同僚にわざと水を差すデミウルゴス。

 

「うぐっ…! だ、だからそれは…うう」

 

勘違いであるのにそれを指摘出来ないジレンマにシャルティアは一気に消沈する。もちろんデミウルゴスは全て解った上での発言だが。

 

「この計画が成功すればアインズ様にもきっと喜んで頂けるでしょう。シャルティア、成功の可否は貴方の働きに掛かっていると言っても過言ではありません。上手くいった曉にはしっかりとアインズ様に報告致しますよ」

 

少々気落ちさせ過ぎたかと、今度は上げすぎないように気を付けながら発奮材料を投入してみる。

 

「ほ、本当でありんすか!? 絶対に、絶対に成功させんしょうデミウルゴス!」

 

調度いい案配に落ち着いたシャルティア。馬鹿と鋏は使いようとはよくいったものだ。

 

「ええ。では今からの任務をおさらいしてみましょうか」

「えーっと、まずボウロロープ侯爵とやらに―――」

「はい」

「そのあと反国王派の貴族を―――」

「はい」

「最後に反逆者の身柄を―――」

「オーケー、完璧です。やれば出来ると思っていましたよシャルティア。本番でも手はず通りに頼みます」

 

信頼のおける同僚には違いないが、おつむの方はあまり宜しくないことも事実なため心配していたデミウルゴス。その心配も杞憂だったかと一安心した。

 

「当然でありんす。―――くふ、さあ殺戮の始まりでありんすよ…!」

「ダウト」

「!?」

 

貴女の任務の何処に殺戮の要素があるのですかと冷ややかな視線を浴びせるデミウルゴス。それに対して焦りながら言葉の綾だと弁明するシャルティア。一抹どころか百抹くらいの不安を抱えながら作戦が始まるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青天の霹靂だった―――その日の事件の始まりを目にしたものは口を揃えてこういうだろう。何故ならば王国史上かつてない異常事態、王宮の占拠などという事変が荒事もなく穏やかに遂行されていたのだから。ことの始まりは夜が明けてすぐ、王国に散らばる娼館や非合法の商売を糧としている犯罪組織の拠点で暴動が起きていると王城に報告が入ったところからだ。

 

非合法と謳いながらもバックにつく貴族達の支援を受け堂々と商いをしている犯罪組織、通称八本指。奴隷売買、暗殺、密輸、窃盗、麻薬取引、警備、金融、賭博の八部門から構成されており、特に警備部門の上位陣「六腕」にいたっては冒険者でいうアダマンタイトクラスの実力者すら在籍している。

 

そんな組織が王都のあちこちで暴動をおこしているともなればもはや常駐している衛兵のみならず、城で待機している戦士や兵士が駆り出されるのも当然のことであった。無論、城にいる兵すべてが向かうわけもなくある程度の戦力を残しているのは当然だが、残っている兵の大多数が反国王派の貴族の息がかかっている者ばかりであったのは偶然ではない。

 

そして王国戦士長をはじめ国王派の実力者を急かすように派遣した貴族達に嫌な予感を抱えながらも現場に急行した兵士達が見たものは暴動などではなく、もぬけの殻となった犯罪者達のアジトであった。

 

「…! 戻るぞ!」

 

同様のものを目にした王国戦士長ガゼフもやはり何かおかしいと城へととんぼ返りした。そして目にしたものは固く閉ざされた王城とその前で右往左往する仲間達だった。

 

「おい! 何があった!」

 

その中の一人に声を掛け状況を把握しようとするガゼフ。国が誇る王国戦士長から問いただされた若い兵士は緊張しながらも状況を簡潔に説明する。

 

「わ、私も完全には把握していないのですが―――」

 

どもりながらも起こったことを話す隊員の言葉を聴いてガゼフは耳を疑った。要約すれば兵士達が出払ったあとに何処から湧いてきたのか、裏の雰囲気を漂わせる者達が王城に雪崩れ込みその門を閉ざし、挙げ句の果てに王族に連なる者達を人質に取って立て籠ったというのだ。

 

「そんな馬鹿な話があるものか! 中にいた兵士達は何をしていた!?」

 

信じられない事態にガゼフの横にいた副長が声を荒げて目の前の隊員を問い詰める。

 

「そ、それが中に居たもの達は抵抗らしい抵抗もしなかったと…」

「…ふむ」

 

なんとも理解し難い事態にガゼフは考えこんだ。

 

「どう思う?」

 

既に落ち着いた様子の聡明な副長に問いかけるガゼフ。混迷極まる非常事態にガゼフの頭の中ではあらゆる可能性が浮かんでは消え堂々巡りを繰り返していたため、部下随一の切れ者である副長に意見を求めたのだ。

 

「あるとすれば…帝国か法国の陰謀の線が高いかと」

 

この意味不明の状況に敢えて答えを求めるならばそれしかないと副長は言う。国王派の大部分を追い出し籠城するなど、一見すれば遂に貴族派の暴挙が起きたのかと思えるがいくらなんでもそれはありえないだろう。国王の首をすげ替えるにしてももっとやりようがある上、こんなことをすれば国民の支持など一切受けられないのは明白である。

 

王国屈指の大貴族―――通称六大貴族の中には王国を裏切って帝国へ情報を流したり、私腹を肥やすことにしか興味がない愚かな輩が複数居るのは事実だ。しかしそれはやっていることが愚かというだけであり、その頭脳は狡猾なのだ。本当の無能が王国最高クラスの貴族になどなれるわけもなく、そしてそんな老獪な者達がこんな短絡的な判断をくだすことは有り得ない。

 

ならば犯罪組織の暴走かといえばそれもまた可能性としては限り無く低いだろう。ここ最近の犯罪組織の衰退を見れば、貴族との繋がりが消えて何かしらの異常があったのかとは窺えるがそれでもあからさまに王国に逆らい自ら破滅を招くような真似はする筈もない。ましてやこんな成功する訳もないクーデターなど愚の骨頂だ。

 

本気で国家転覆を狙っているのであれば、せめて王城の立て籠りと同時に貴族達の私兵が一斉に蜂起して王都に雪崩れ込むくらいのことはあってしかるべきだろう。それもなく外部からの助力がない以上、いくら王族を人質に取ろうとも既に状況は詰んでいる。これでは態々鎮圧されるために事を起こしたようなものである。

 

「…奴等から何か要求はあったのか?」

「いえ、今のところは沈黙を保っています」

 

じっと考え込むガゼフ。周辺諸国の陰謀だとしても目的が一切見えてこないこの状況。このクーデターに加担している貴族も犯罪組織もその後の破滅は目に見えている筈だ。

ならばここからどう巻き返すのか、奴等の成功条件はいったい何なのか。そもそもどんな理由があれば組織の末端にいたるまでこれほどに統率して動かせるのか。

ここまで無謀な作戦に離脱者や造反者が出ないのは何故なのか。次々と浮かび上がる疑問に答えの出ないまま時は進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

全てを掌握された城内の中でも一際広い場所、玉座の間にはこの城で現状生きているもの全員が集められ拘束されていた。王族、国王派の貴族、それらを護る私兵や近衛兵、侍従や城で奉公している者達などだ。

彼等は一様に不安そうな顔で自分達の処遇がどうなるのかと考えていた。拘束している以上は生存の目もある筈だと希望を捨てていない者、既に諦めている者、眼を瞑ってひたすらに耐えている者など様々ではあるが、拘束されているにも拘わらずいまだ威厳を失わず状況を打破する術を模索している者もいた。

 

その名はランポッサⅢ世、この国の国王である。彼はこの衰退の一途を辿る王国においてそれを憂い何とか改善し民を導こうとする優しき君主であった。

その手腕はお世辞にも有能とは言えないものではあるが、民を思う気持ちは本物であり王国を繁栄させたいと願う気持ちもまた同様である。しかし彼がそれを為すにはあまりにも多くの障害があった。

 

永い時間をかけ腐り澱んでいった王国の膿とも言うべき闇の部分は、およそ彼一代で浄化出来るものではなかったのだ。

貴族達の快楽を満たすためだけに犠牲になる無辜の民、帝国の長期に渡る侵略計画、王国を脅かしかねない程に力を持った六大貴族達など挙げればきりがないほどに問題を抱えたこの国を、それでも何とか舵を取って彼は運営してきた。

 

幸いにして一部の部下には恵まれ、少しづつ、本当に少しづつではあったが情勢に光明も見えてきていた矢先にこの騒ぎである。国王として貴族達の動きや反乱の兆しなどは一番警戒していた筈がこの状況だ、いったい何の冗談だと彼は心の内で悪態をつく。これほどの騒ぎの予兆を嗅ぎ付けることが出来なかったというのはいくら力の無い王とはいえありえないだろうと。

そしてそんな益体もないことを考えながらもこの状況を打開するため目の前で無防備に寛ぐ元臣下を睨み付ける。

 

「どういうつもりだ? ボウロロープ侯爵。貴公はこれほど短絡的に行動を起こすほど愚かでは無かったと思うのだが」

 

無礼にも王の目の前で玉座に座る貴族に声を掛けるランポッサⅢ世。その声に反応して男は王の方へ顔を向けた。

 

彼の名はボウロロープ。侯爵の位を授けられ王国貴族の中で最も力を持つものの一角、六大貴族に名を連ねている。

王国で最大の領土を持つほか王を上回る軍事力を持つと言われ、自身も若い頃は武勇を誇った武人でもある。反王派閥たる貴族派閥の盟主として君臨し、周囲に王を軽視する態度を隠そうともしない傲慢さから国王にも最大級やな警戒されていた彼は今、悠々とした態度を崩さず話し掛けてくるかつての主を見下ろしている。

 

「城の外はどうなっているのだ。何故犯罪組織などを使ってこのような事をした? 何が目的だ」

 

ランポッサⅢ世も正直な答えが返ってくるとは露ほども思っていなかったが、なにかしらの反応を期待して問いかける。真っ先に身柄を奪われ兵士に戦うという選択肢すら与えられなかった自身を恥じ、せめて何かしらの情報を掴もうとしているのだ。

 

「ふむ、よもや問えば答えが返ってくるなどとは思っていまいな? 無能ならば無能らしく大人しくしておればよいのだ、王よ」

 

見下した感情を隠しもせずなげやりに返答するボウロロープ侯爵。

 

「…しかしいささか暇をもて余しているのも事実だ。その愚かさを理解させてやるのも一興ではあるか」

 

厳めしい顔を歪ませ尊大な態度で王と眼を合わせる。

 

「城の外では今頃羽虫どもがこの城の奪還を企てているだろうさ。犯罪組織を使ったのは…消えても問題が無かったからだ」

 

光を感じない暗い瞳で淡々と喋る様は、しんとした玉座の間にあって酷く不気味な印象を醸し出している。

 

「消えてもだと…?」

 

外の兵士により制圧され処刑される、というニュアンスではなく既に消えているかのような物言いに疑問の声を出す。

 

「気付いていないとは傑作だな。いま城の中で生きている者はここに居る者だけだ。それ以外は糧となった」

 

「…何を言っている。糧とはなんだ。お前の目的は―――」

 

相当数の賊が入り込んでいたのはランポッサⅢ世も知っている。此処に居るものこそ幹部だけのようだがそれ以外は外を見張っているものだとばかり思っていたが、はたと気付く。城内が静かすぎるのだ。あれだけの数の人間が城壁の内に入り込んでいればもう少し気配を感じてしかるべきだろう。

 

「糧…。貴様、悪魔にでも魂を売ったか」

 

その言葉の意味を想像し、まさかと思いながらも吐き捨てるように問う。

 

「悪魔……悪魔か。くく、まさにその通りよ。これこそ悪魔の所業と言うべきものなのだろうな」

 

何がおかしいのか体を震わせて笑うボウロロープ侯爵。そして懐からいかにも禍々しいデザインをした杯を取り出す。

 

「人の命を糧として人を操ることが出来る最高クラスのアイテム―――〈支配の賜杯〉」

「なっ…!」

「少々面倒な手順が必要ゆえ、このようなことになってしまったがな…。なに、間も無くだ。陽が沈めば王都の民を生け贄として、王国全土を私が支配することとなる。全てが死をも恐れぬ従順な傀儡となるのだ。そうなれば帝国も恐るるに足らん。国民全員の想いが一致するのだ、まさに理想的とは思わんか?」

 

そのおぞましい思想に耳を疑うランポッサⅢ世。

 

「―――最近の犯罪者の減少は…!」

 

「そうだ、この王都に巣食う犯罪者共を操るための贄とした。そしてその犯罪者達も城の周りの羽虫を操るために糧とする。効率的だろう?」

 

「―――狂人め!」

 

よくよくボウロロープ侯爵の周りにいる幹部とおぼしき者達を見てみれば、その目には一切の感情を感じない人形のようだ。虚ろな眼光は先の話が事実だとその身で語っている。

 

「馬鹿なことを! 自分以外の全てが従順になったところで何がある! その外道の果てに何を見るのだ!」

「月並みとしか言えん問いだ。そんなことは考えるまでもないことだろう? 真に優秀な者がその種族を支配する…当然の理だ」

「―――っ」

 

もはや同じ生物とは感じられないような思考の違いに絶句するランポッサⅢ世。確かに傲慢であり、王の座を虎視眈々と狙っていることは知っていたがこれほどの狂気を秘めていたとは想像の埒外であった。武人であり、戦略眼や軍の指揮者としては有能極まりないこの男がどんな経緯をもってすればここまで変貌するのか。あるいはこの男も操られているのではないかとすら思える。

 

「くく、いい顔だ王よ。しかしその顔も見納めかと思うと案外寂しいものだな?」

 

玉座から立ち上がり王に近付くボウロロープ侯爵。

 

「なに、貴様には優秀な部下がいるではないか。あるいは操られる前にここへ助けに現れるかも知れんぞ?」

「…心にもないことを」

「いや、いや、いや、これは私にとっても賭けなのだよ。なんのリスクもなく人を操ることなどできん。この状況こそが儀式であり代価であり博打なのだ。勝ちの目も敗けの目も等分だ」

 

さらりと重大な情報が暴露された。そしてランポッサⅢ世はその言葉に光明を見いだす。戦闘要員を殆ど糧にしたというのが本当ならば、つまり外の兵士達が踏み込めばこちらの勝ちということだ。

 

言っていることの全てがデタラメならばどうしようもないが、どちらにしてもこの状況が不味いのは間違いない。何か連絡の手段は無いかと周囲を見渡すランポッサⅢ世。

しかし当然ながらそんな手段が都合よくあるはずもなく焦燥だけがただ募るのみだ。

後は自身が誇る最強の部下、ガゼフが上手くやってくれることを期待するしかないと神に祈る。そんな王の様子を見たボウロロープ侯爵は退屈そうな声を挙げる。

 

「ああ、それにしても時間が過ぎるのが遅いものだ。まさに恋人を待つ乙女の気分…何か余興を考えねば時間が停止したかと勘違いしてしまいかねんな」

 

その無骨で強面の風貌とは正反対の、詩的な表現で良いことを思い付いたとばかりに提案をするボウロロープ侯爵。

 

「ふむ…そうだな。王よ、ここに残している連中は犯罪組織の中でも指折りの実力者でな。アダマンタイト級の冒険者にもひけをとらぬ腕利きよ」

 

そう言って、かつては六腕と恐れられた者達を自慢気に紹介していく。

 

「伏兵を警戒してこやつらだけは残していたのだがな…どうだ。この者達を倒せば後は非力な貴族が残るのみだぞ? 我こそはと思うものは一対一の尋常な勝負を設けようじゃないか!」

 

この場にいる貴族の私兵や近衛兵に声を張り上げ問いかける。場がざわりと揺らぎ非戦闘者達の視線が兵士に突き刺さる。しかしその声に答えるものはいない。戦闘に身をおくもの、しかも貴族を護衛する者となればそれなりの実力者揃いなのは間違いない。そしてだからこそ、実力者であるからこそアダマンタイト級冒険者というものがどれほどの化物か理解しているからだ。人間という枠を越えた英雄の領域に届きかねない強者。それがアダマンタイト級であり、常人とは一線を隔した怪物。

 

座して待てば破滅が訪れようとも、だからといって今死ぬかと言われれば御免こうむりたいのが人情である。これは当然の帰結だろう。しかしそんな雰囲気の中で毅然とした声で名乗りを挙げる一人の男がいた。王の近衛でありこの場で一番の実力者でもある男だ。実質彼が勝てなければ希望はない。

 

「くくっ、歓迎するぞ勇者よ。ゼロ、拘束を解いてやれ」

 

ボウロロープ侯爵がまさに筋肉の塊といった容貌をもつ男に命令する。その声に反応して拘束を外そうと男に近付くゼロと呼ばれた男。彼こそ六腕最強の男であり、その力はガゼフにも近いと言われる修験者だ。

 

「ああ、一つ忠告しておくが逃走しようとする素振りがあればその瞬間、王の首が胴体から別れを告げることになる」

 

忠誠を裏切ったと思われようともまずは外部への連絡だと逃走を考えていた男は、この発言によって出鼻を挫かれる。

 

「…もちろんそんなことは考えていない」

 

目論見が見抜かれているならば闘うしかないかと己を奮い立たせる近衛。

 

「それは失礼したな。ではゼロよ、手加減抜きで相手をして差し上げろ」

 

二人が一定の距離をとり構えをとる。男の方はたとえ勝てずとも、なんとか手傷を負わして次の挑戦者が有利になるよう相討ち覚悟の捨て身の構えだ。

実力はガゼフに及ばずとも王にかける忠誠は本物であり、今こそ王国の礎となるべき瞬間だと渾身の思いを込めた大上段からの一撃を振るう。

その一閃は至誠の忠義と精神の高揚がもたらした、彼の生涯最高の一振りとなってゼロを襲った。

 

そしてそれは生涯最後の一振りとなって、かすることもなく空を切り次の瞬間には彼の首から上は硬い大理石の床とゼロの神刀すら叩き折る拳に挟み込まれ原型すら留めることなく紅い花を咲かせた。

 

「おお、天晴れよな。彼の生きざまは真の忠義と共に我等の魂に刻み込まれたであろう」

 

白々しく黙祷を捧げるボウロロープ侯爵。言葉とは裏腹に男の死に何も感じていないのは誰の目にも明らかだ。

 

「さあ、さあ、次は誰だ! 王国への忠誠を示す最高の機会であるぞ!」

 

場がしんと静まり返る。今の攻防を見て名乗りを挙げるのは狂人くらいのものだろう。

 

「…つまらんな、もう終わりか」

 

本心か演技か、どちらとも取れぬ落胆の様子を見せるボウロロープ侯爵。

 

「ふーむ、闘いも見れぬ、腹も空いていない、眠くもない…となれば。次はどうするべきかな王よ」

 

その目に卑しい色を混じらせ、下卑た顔で王に問い掛ける。

 

「貴様…!」

 

言わんとしていることを理解したランポッサⅢ世は殺気を込めて睨み付ける。

 

「まあそう殺気だつな。所詮は余興、数時間後には何の意味もなくなるだろう?」

 

視線を無視してつかつかと人質の中へと歩いていき、目当ての人物の前で足を止める。

 

「ご機嫌麗しゅう、ラナー王女。この度は退屈を紛らわせる素晴らしい遊びに誘いに参った次第です」

 

口調こそ丁寧だが、敬意が欠片も含まれていないその言葉にラナーは怯えることもなく毅然と男の顔を見据える。

 

「流石は黄金と称される姫。なにが起こるか理解しているでしょうに、まことに堂々とされておられる」

 

称賛しながらも腕を掴みラナーを無理矢理立たせる ボウロロープ侯爵。後ろ手に縛られたラナーは抵抗することも出来ず引き摺られるように連れていかれる。

そしてそれでも彼女の顔には人を安心させるような笑顔が貼り付けられていた。その笑顔の届け先は当然、最愛の人クライムである。

 

――心配しないで――

 

そんな感情を伝えるかのような笑顔にクライムは胸が掻きむしられるような激情が体を巡るのを感じていた。クライムにとって自分を救ってくれた恩人であり、赦されないと解っていながらも抱くほのかな恋心を向ける人であり、常に民を思う心優しき聖女のような女性であるラナー。

そんな大切な女性が最悪の人非人に花を散らされようとしている。

 

クライムにとってそれは絶対にあり得てはならないことだ。たとえ自分の恋心が叶うことはなくともラナーは幸せにならねばならない、こんなところで純潔を喪うなどということは絶対に認められない。

 

そう、たとえ自分の命を失おうともだ。

 

「待て!」

 

その眼に強い輝きを灯らせ静寂が包む場に精一杯の声を響かせる。

 

「―――闘うとも! 私が相手だ!」

 

勝てないことも理解している、死ぬことが明らかなのも解っている、それでもラナーのためにクライムは立ち上がった。一分一秒でもラナーに魔の手が及ぶことを阻止するため、そのためだけにありったけの勇気を振り絞る。

 

後ろ手に縛られていようとも、脚が震えていようとも、それがどれだけ情けなくとも、その勇姿は見るものの心を感嘆させた。

薄汚れた捨て子の生まれと蔑んでいたメイドも、分不相応だと王女の護衛の地位を妬んでいた兵士も、娘の気紛れだとクライムの名前すら覚えていなかった王も、みな一様にこの小さな勇者に偉大な敬意を感じていた。たとえ数分後に死ぬことが解っていてもだ。

 

「―――っくく。そうか、そうか。なんとも麗しい主従愛だ。それともそれ以上の感情でも持っておるのかな?」

 

からかうように嗤うボウロロープ侯爵。

 

「その御方は私にとって何よりも大切な御方だ。それ以上の狼藉は許さない」

 

そんな嘲笑を射にも止めず啖呵をきるクライム。既に脚の震えは止まっていた。

 

「よかろう。ペシュリアン、次はお前だ」

 

その声に反応して前に出たのは、全てが黒で統一された全身鎧の男であった。不気味な雰囲気でクライムの前に立つペシュリアン。

 

「―――こいっ…!」

 

せめて気概だけは負けまいと気炎を上げるクライム。しかしそんな覚悟も虚しく、反応すら出来ない斬撃が彼の右半身を襲った。

 

「ぐ、っあぁぁ!!」

 

開始早々に右腕を失うクライム。目にも止まらぬ斬撃を食らい、気付いた時には落下していたのだ。

 

「ぐぅ、っまだだっ!」

 

それでも果敢に足を踏ん張り戦闘を継続するクライム。失血死まで後何分かといやに冷静な頭で思考する。

 

「―――はぁっ!」

 

片腕で果敢に攻めるものの、元より離れている実力差は怪我のため余計にそれを感じさせる。

鎧に傷すら付けられず、刻一刻と死が近付く。目がぼやけ、かすみ、血が頭に巡らず思考すら億劫になる中でクライムは片足が切り飛ばされたのを感じた。

 

もはや痛みすら感じぬ絶望の中で、それでも剣を支えにして立ち上がる。彼を動かすのは心で輝く黄金の煌めき故か。

血塗れになりながら尚も立ち向かうその姿は、まさに不屈の英雄であり見るものの魂を震わせた。

 

だがそれも時間にすれば数分のこと、生物の物理的な限界が当然の如くやってきて片方しか無い膝を地に打ちつかせる。

 

「くく、まさかここまで食い下がるとは予想もしていなかったぞ小僧」

 

もはや虫の息と成り果てたクライムの前にボウロロープ侯爵が近付く。血溜まりに臥すその姿を見て愉悦の表情を隠しもせずクライムを嘲笑う。

 

「まさに勇者。貴様の活躍はなんと王女の純潔を数分も護ることが出来たのだ。…くくっ、誇るべきことよ」

 

一頻り嗤った後はクライムの頭の前にしゃがみこみ、髪の毛を乱暴に掴み正面を向かせる。

 

「褒美をやろう。骸となった後もその眼に王女が凌辱される様を焼き付ける栄誉に与らせてやろうではないか!」

 

悪逆非道という言葉すら生温い外道の極みを前に、クライムは瀕死でありながらもいまだ意識の糸を繋ぎ止めていた。蜘蛛の糸より細いそれは耳に入る言葉を理解することは出来ずとも、今が最大の好機であることは理解していた。

 

「―――ぅ」

 

体は既に大半の血液を失い、体温は死人のそれへ近付いている。目も見えず、意識は落ちる寸前で四肢の半分は千切れている。満身創痍という言葉が優しく感じられるほどのその凄惨なありさまで、かろうじて生きているそのありさまで、残る腕が動いたのはきっと奇跡というものだったのだろう。

 

神が力を貸したのか、悪魔が力を寄越したのか、最後の力を振り絞った斬撃はボウロロープ侯爵の懐の杯すら貫通しその心の臓を確かに貫いていた。

 

「?」

 

自身の胸から生える剣を不思議そうに見詰める侯爵。それがいったいどういうことなのかを理解する前に彼はその生涯に幕を閉じ、事切れた。そしてその命を奪った若き勇者もその後を追うように命の灯火が小さくなっていく。

 

「―――クライムっ!」

 

心配そうな声が遠くに聞こえる。クライムは最愛の女性を護れたことに安堵の笑みを漏らし瞼を閉じた。ああ、なんて幸せな人生だったのだろうかと神の導きに感謝しながら、今度こそ意識は闇に沈んでいったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ということがあったそうです」

 

「か、かっこいいですねぇ」

 

宿屋の一室で今日の情報収集の結果をオデンキングに話すアインズ。ツアレとニニャの再会の後、その日は姉妹水入らずで過ごさせようと意見が一致したため自由行動と相成ったのだ。

ニニャを除く漆黒の剣のパーティはオデンキングから渡された情報を元に足場固めを、アインズ達一行はギルド以外での情報収集を、オデンキングは情報収集という名の食べ歩きをそれぞれ行っていた。

 

「その子はどうなったんですか?」

「治療が間に合ったとか蘇生されたとか情報が錯綜してましたけど、生きてるらしいですよ。なんでも王女との婚約が認められたとかどうとか」

「おおう、王道というかなんというか…羨ましい」

「オーディンさんの方は何か目新しい情報を掴めましたか?」

「うーん、そうですねぇ…。その話みたいに詳細ではなかったですけど似たり寄ったりでした。後は情報というかなんというかですけど、帝都の方が明らかに活気づいてました。店の数や値段、街の整備から見ても相当に国力に差がありそうですよ」

 

食べ歩きしつつも店を回って気付いたことを指摘する。

 

「まぁ、もちろん騒動のせいで状況が違うってのもあるでしょうけど。何にしても帝国が王国を取り込むってのも信憑性がありますね」

 

帝国で収集していた情報の中にそういった話があったのは知っていたオデンキングだが、実際に現地に来ると充分にありえる事だと実感した。

 

「なるほど…。しかし法国の人間が言う通り、人類同士での不毛な争いは絶えないみたいですね」

 

この世界は純粋な人間種の生存圏は全体から見れば非常に狭いのだ。亜人や人外は人間種とは根本的に基本性能の差が違い、数の差ですら劣っているとなれば今の時点で諸国が国として体裁を保っているのは奇跡のようなものだ。とはいえその奇跡とは神でも悪魔でもなく人間が起こしている。

 

スレイン法国、それこそが奇跡の要因であり人類の生存を繋ぎ止める力である。

 

人類の守護者という自称は傲りでもなんでもなくれっきとした事実であり、六色聖典というのは人類の衰退を防ぐ盾なのだ。特にその内の一つであるアインズに壊滅させられた陽光聖典はその色が強く、帝国や王国以外の小国が滅んでいないのは彼等の尽力によるものだった。ちなみにそれを聞いたアインズが割と焦ったのは余談である。

 

「ま、どこの世界でも争いは絶えないってことでしょう」

 

これが力の無い一般人だったなら焦りまくるだろうオデンキングだが、この世界では最高クラスの力を持っている事を理解しているため他人事気分である。所詮は凡人であり自分から動くことはなるべく避ける、ことなかれ主義の鑑であった。

 

「結局、我々人間は業の深い生き物ということですか」

 

やれやれと深い溜め息をつくアインズ。息は出ていない。そして前ふりをもらったオデンキングはしっかりとそれに応える。

 

「アインズさん、アインズさん。あんたオーバーロードですよ」

 

「おっと。つい出ちゃいました、アンデッドジョーク」

 

HAHAHAHAHAHAHAHA!!

 

こんなアホな会話も、既にお決まりである。そんないつもの二人であった。

 

 

 

 

 

「まだお話してるみたいね、アインズ様とオーディン様」

「はい、きっとお二人にしか解らない高度な会話をされているのでしょう」

 

隣の部屋でベッドに就いているアウラとナーベラルは漏れ聞こえる二人の会話に思いを馳せながらも眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クレマンティーヌとアルシェの帝都散策記 4

 

~フォーサイトとの冒険~

 

 

 

 

 

帝国の某所、とある墓地で日が暮れる前から潜んでいるフォーサイトの面々。趣味の悪い会合が開かれるのは深夜と聞き及んでいた彼等は巧妙に隠された入口が見える場所に潜み、出入する人物の顔や数を確認していた。

 

「まぁわかっちゃいたが、どいつもこいつも顔は隠してんな」

 

趣味の悪い仮面をつけている者やフードを目深に被っている者など、違いはあるが誰一人として素顔を見せている者はいないためヘッケランがつまらなさそうにぼやく。

 

「まぁ不味いことをしてる自覚くらいはあるんでしょ。やってることは全く理解できないけど」

 

邪神信仰など欠片すら理解したくもないイミーナはそう吐き捨てる。

 

「どうかねー。お貴族様の考えることなんざこれっぽっちもわかんねえぜ」

 

恋人の言葉に適当な返事をしつつ、ふと横に目をやったヘッケランは居心地悪そうにしているアルシェに気付く。

 

「あっ、いや、すまんアルシェ。別にお前の事をどうこう言ってるわけじゃ…」

 

目の前の妹分も元貴族だったことを今更ながらに思いだし、失言を詫びるヘッケラン。

 

「いい。それよりもう少し静かに」

 

リーダーの性格はよく知っているアルシェは、先の言葉が嫌味などではなく単に思ったことを口にしただけだと理解しているため謝罪よりも声量の方を気にして、焦るヘッケランを諌める。

 

「すまん」

 

ヘッケランもそれを自覚して簡潔に一言だけで返す。

 

「そろそろ頃合いではないですか? 最後に人が入ってからかなり経ちますが…」

 

無言で出入口に集中していたロバーデイクがそう発言する。その言葉通り、暫く前までは忙しなく出入りがあった場所も今は何の気配もなく静寂に包まれている。

 

「そーそー。ヒュッと入ってズバッと皆殺しにしちゃおー」

 

暇潰しに来たというのにずっと待ち伏せの態勢を維持していたため痺れを切らすクレマンティーヌ。むしろここまで待ったあたり成長の程が窺えるというものだ。

 

「だからそんな任務じゃ無えっつってん―――」

「あ?」

「ですからそのような任務ではないことをご理解頂きたい―――」

 

リーダーとしてこの意志の弱さは大丈夫なのだろうか。ヘッケランはへりくだりながら宥め、すかし、どうにかこうにかクレマンティーヌを落ち着かせることに成功する。

 

「護衛は私がもらうからねー」

 

落ち着いたものの、戦闘無しにはこの任務を終わらせてくれそうにないクレマンティーヌ。出来る限り貴族の正体を暴き、確認すること。確たる証拠があれば尚よし、そういった条件で雇われているフォーサイト。

内部の構造も護衛の数も把握出来ていない現状では、無謀に突入するよりかはある程度人数に絞りをつけて帰りを尾行した方が安全性は高い。

しかし正体を看破した人数が多ければ多いほど報酬は高くなる条件だ。そもそもフォーサイトにこの依頼が回ってきたのは貴族崩れであるアルシェが居るからこそだった。

貴族として生きてきたからには一定数の貴族の名前と顔を覚えているのは当然。だからこそ出入口を見張り、穏便に高報酬をゲットしようと目論んでいた彼等であった。

 

しかし予想していたとはいえ一番楽な方法のあてが外れた以上次の一手を打たねばならない。ヘッケランは一番安全な方法を取ろうと思っていたが、その矢先にこのクレマンティーヌの発言だ。どうしたものかと他のメンバーの顔を見る。

 

「イミー―――」

 

サッ

 

「ロ―――」

 

サッ

 

「お、お前らぁ……」

 

現実は無情なのである。まぁリーダーが方針を決定するというのは間違いではないだろう。

 

「提案がある」

 

しかしそんな非情な仲間の中でアルシェだけがヘッケランから顔を逸らさず発言する。

 

「おおアルシェ、頼れるのはお前だけだ…」

 

主にクレマンティーヌのせいでどんどん弱気になっていくヘッケラン。逆にクレマンティーヌのおかげでどんどん図太くなっていくアルシェ。リーダーを交代する日も近いのかもしれない。

 

「クレねぇを入口に突っ込んで中に居る全員が行動不能になった後、私達が突入して顔を確認していけばいい」

 

図太すぎである。

 

「いやいやいやいや」

 

それ作戦じゃねえから! とツッコミを入れるヘッケラン。しかしもう遅かった、アルシェがこの発言をした時点で賽は投げられたのである。

 

「行ってきまーす」

「いってらっしゃい」

「ちょっまっ―――」

 

そう、アルシェもまたクレマンティーヌ色に染められつつあったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裏社会に生きる邪神の信者は従順で強い護衛を求めていた。邪神を信仰する彼等は情報の拡散を防ぐために護衛ですら最低限にしていた。

しかしおよそ一月ほど前に、あのガゼフにすら勝てると嘯いていた護衛が姿をくらましたために夜会を行うことが難しくなったのだ。

 

ガゼフ云々は誇張であるにしても、墓地に現れたアンデッドを瞬殺した手腕を見れば相当な強者だとは解っていた。しかし口止め料を含んだそれなりに高額な料金を払っていたにもかかわらず突然の失踪だ。

法国の動きに変化があった時期と重なったためになんとなく察した者は夜会にも居たが、今更に夜会を抜けるとあっては裏切りの制裁は免れぬと暫くは互いが互いを監視する疑心暗鬼の悪循環に陥った。

 

少々集まりを自粛すべきという意見が多数を占め、どちらにしても優秀で口の固い護衛が居なくなったために集まることは出来ないと一月近く夜会は開かれる事がなかった。

そんな折に、熱心な信者の耳に再起不能にされた実力者の噂が入ってきた。

 

曰く、性格は最悪であるが実力は剣技だけならばアダマンタイト級の冒険者にもひけを取らぬという腕前らしい。これ幸いとばかりに瀕死の彼に逆らえぬ契約を持ち掛け、金にあかせて治療をした信者。

それが想像を越えた拾い物であったことに喜び、ようやく儀式を続けることが出来ると嬉々として他の信者への通達を行った。

 

そして今日は新しい護衛が出来てから2回目の夜会、邪神への供物もしっかりと用意した彼は今か今かと信者が揃うのを待ちわびていた。彼が儀式の間にきておおよそ2時間、やっと揃った信者達を前にして儀式の開始を厳かに宣言する。

 

「―――では、これより儀式を開始する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間とは成長する生き物である。環境に適応し、逆境に堪え忍び、知恵を絞り、進化をしていく生き物である。

そしてその中でもほんの一握りの突然変異が、種族としての人類を次のステージへと引き上げ繁栄へと導くのだ。

 

それは畏怖や尊敬を込めて「神人」「逸脱者」「英雄」などと呼称されることもある。人間の領域を越えた人間。言い得て妙であるがそういうものなのだ。そしてこの夜会の護衛にもその領域へほんの指先ではあるが到達しかけている者が居た。

 

彼はたった数日前に人生の全てを失い、絶望のどん底に這いつくばっていた。四肢は動かせず、視界は永遠に閉ざされ、喋ることすら出来ない地獄を味わった。

 

人徳というものを全く持ち合わせていなかった彼を助ける者はおらず、そのまま惨めに死んでいくしかなかった。だがそんな彼にも救いの手が現れる。邪神信仰の信者だ。

 

それは悪魔の契約ではあったものの契約通り治療を受けることが出来た。しかし不幸にもその両目だけは輝きを取り戻すことは出来なかったのである。

 

眼球はしっかりと復活したのだが視界は暗闇に閉ざされたままなのだ。神官によればそれは心因性のものであり、脳が見ることを拒んでいるという。

ショックによって怪我の原因を忘れ、それどころか人格すら変わってしまった彼だが、このままでは結局棄てられてしまうと考えなんとか戦う術を模索した。

普通なら失明した人間が戦うなどと言えば失笑ものだろう。だが生憎と彼は普通ではなかったのだ。

 

たった、一日。

 

かつて天才と言われた彼の剣技だがそんなものは歯牙にもかけぬ才能、周囲の知覚という技能において彼は人類の中でも突出していたのだ。

目が見えぬことによって開花したその才能は砂が水を吸うようにどんどんと洗練されていった。

5m、10m、15mとその知覚領域を瞬く間に伸ばし、地に生える雑草の数まで瞬時に把握出来るほどの感覚の鋭敏化。治療が終わって二日目には既にかつての彼を越えていたというのはなんという皮肉だろうか。とにもかくにも、彼は英雄の領域への一歩を踏み出したのだ。

 

 

 

 

―――そして彼は悪夢と再会する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは通さ―――ゲフゥッ!」

「弱っ。強いのはもっと奥かなー?」

 

開始3秒。かつての戦いよりも短い攻防は彼にとっては幸運だったのかもしれない。

 

その後は語るまでも無いだろう。ただ皇帝の権力が増し、クレマンティーヌが欲求を満たせず憤慨し、フォーサイトの懐が非常に暖まったというだけのことだ。

 




色々指摘はあると思いますが計画の全容と手段は追々話の中で出していきます。
あ、不死鳥ってのはクライム君ではなくエルなんとかさんのことですのであしからず。





裏方…シャルティア、デミウルゴス、他

主演女優…ラナー

主人公…クライム

熱い風評被害の犠牲者…ボウロロープ侯爵


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。