オーバーロード 四方山話《完結》   作:ラゼ

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やっぱギャグ書いてると楽しいです。


死が二人を別つまで

情報収集も一段落し漆黒の剣とも一旦別れを告げたアインズ達。一度ナザリックへ帰ろうとアインズが提案したため《ゲート/転移門》の魔法で帰還した。

ちなみにツアレは感動の再会の後、改めてナザリックへの所属を希望したためそのままセバスの預かりとなって館に残っている。

 

《ゲート/転移門》で転移出来る限界まで移動し、残りは徒歩で進んでいくオデンキング。アインズは律儀にもそれに付き合っていた。

 

ちなみにナーベラルはアインズの帰還を伝えるために先を行っており、アウラは蜥蜴人のザリュースと会う約束をしていたためそのままトブの大森林へ向かった。

 

「それにしても一回冒険に行くだけの予定がえらい長くなっちゃいましたねー」

 

長い息抜きだったと笑うオデンキング。しかしフールーダに魔法を教導するという名目でかなりの金額を貰っている彼はその仕事を殆んどしていないので笑っている場合ではない。

 

「ですね。少しアルベドに会うのが怖いんですが…」

 

顔を合わせた瞬間にどこかへ連れ込まれそうだと戦々恐々としているアインズ。死の支配者の威厳は一体どこに行ったのだろうか。

 

「はは…まあ頑張ってください。支配者ロールしてると苦労しますねーホント」

 

他人事の様に言うオデンキング。まあまさしく他人事ではあるのだがアルベドをけしかけた事についてはどこ吹く風である。

 

「いや本当に後悔してるんですよ。情けない部分は見せられないというか…。この前も王国からの招待状を受け取った時につい読める振りなんかしちゃって、そのせいで色々あってまだ読んでないんですよね」

 

ハハハと空笑いするアインズ。そんなことでお亡くなりになった王国の犯罪者達にはまったくもって笑えない話だろう。

 

「それはまた…っていうか流石にそれはまずいんじゃないですか? かりにも王族からの招待状ですよ」

 

権力に弱いオデンキングである。

 

「…やっぱりそうでしょうか? 参ったな…デミウルゴスになんて言ったものか」

 

頭を掻くアインズ。その毛髪の無い頭に汗など出ようはずもないが人間だった頃の名残だろう。

 

「ロールはロールとして、流石に字が読めないってのはすぐバレそうですし素直に実は読めなかったんだって言えばいいんじゃないですか?」

「うむむ…大丈夫ですかね? 威厳とか」

「(笑)」

「おい」

「冗談ですって。まぁあれだけ忠誠心が高いんだから大丈夫だと思いますけど」

 

普段の言動を見ればアインズが何をしようとも問題なさそうなのは間違いないだろう。逆にどこまで許容してくれるのか試してみたいと考えるオデンキング。友人として最悪である。

 

「でももうちょっと皆のこと信用してあげてもいいんじゃないですか? あれだけアインズさんのこと慕ってるんですから」

 

流石に用心深すぎるのではなかろうかと、ナザリックの忠臣達を思い浮かべ助言するオデンキング。

 

「いや、流石にもう忠誠を疑ったりしてるわけじゃないですよ。ただ、なんというか…今更はちょっと言いにくいというか…ありませんか? そういうこと」

 

言った方が良いことは明らかなのに中々言えない、そんなことは誰しも経験があるだろう。アインズとて元は人間なのだ、そんな心境も仕方無いのかもしれない。

 

「あー……。ホモをカミングアウトするのを躊躇うような感じですか?」

「おい」

「冗談ですって。じゃあ俺も手伝いますから話の流れで自然な感じに持っていったらいいんじゃないですか?」

「おふざけは無しですよ?」

「………当然ですとも」

 

アインズに目を合わさずに怪しさ100%で答えるオデンキング。これを信用出来るなら詐欺師でも信用出来るというものだ。

 

「じゃあ帰還の顔合わせが終わったら言ってみます。…くれぐれも頼みましたよ?」

 

何度も念押しするアインズ。そこまで言うなら自分だけでやればいいのだがそれは嫌らしい。そうこうしている内に玉座の間に到着する二人。いざ入れば任務でナザリックから出ている者達以外の守護者とプレアデス、それに加えてアルベドが待ち構えていた。

 

全員が跪きながら帰還を喜び、それに対しアインズは鷹揚に構え威厳を見せつける。オデンキングは思った。絶対さっき言ったこと忘れてるだろこいつ、と。

 

「何事もなかったようでなによりだ。まぁ、お前達がいて不測の事態などというものがあるとは思っていないがな」

 

忠誠MAXの配下にはこんな感じで言えば喜ぶとアインズもそろそろ学習済みだ。本心ではもっと色々褒めたいとは思っているのだがそれをすると涙を溢しかねないのでわざと控え目にしているのだ。

 

「勿体ない御言葉。そう言っていただけるだけで我等には至上の喜びでございます」

 

アルベドが統括として言葉を述べる。久しぶりのまともな姿にアインズも一安心だ。

 

「うむ。まぁこちらもたいしたことがあったわけではないのでな、お前達はそれぞれの持ち場に戻るがいい。…ああ、デミウルゴスはこの場に残ってくれ」

 

少し緊張しながらそう告げるアインズ。その言葉を聞いて各々が部屋を後にする。アルベドだけは名残惜しそうにちらちらと振り返りながら扉を閉めた。

 

「ゴホンッ。…デミウルゴスよ、私が居ない間はしっかりとやっていてくれたようだな。流石だと言っておこう」

 

わざわざ自分だけを残して誉め言葉を掛けるアインズにデミウルゴスは謙遜しながらも内心は感動の嵐が吹き荒れている。

 

「で、だな。少し言いにくいのだが…お前に伝えなければならないことがあるのだ」

「はっ」

 

叡知溢れる偉大な主が伝えにくいこととは一体なんだろうかと、デミウルゴスは一言一句聞き漏らさぬようアインズ言葉に集中する。

 

「王国からの招待状の件なのだが…覚えているか?」

「はっ。文面全て暗記しております」

 

ここで全て諳じることすら可能という言葉を聞いてアインズの顔がひきつる。まぁ顔はないが。

 

「そ、そうか。それほどか、うん」

 

余計に言いにくくなったためアインズは横で立っているオデンキングに視線で助けを求める。

 

(まだ何も言ってなくないですか!?)

(もう無理。マジ無理。)

 

視線で会話しながら威厳もへったくれもないやりとりを交わす二人。結局はオデンキングの方が折れてデミウルゴスに話し掛けることになった。

 

「あー、デミウルゴスも解ってるとは思うんだけどさ、やっぱりナザリックに所属するものとして外部の人間に侮られたりしないようにするのは当然のことだよな?」

 

主の代わりに話し始めたオデンキングを見て不可解な顔をしつつもその問いに当然ですと答えるデミウルゴス。

 

「で、俺達はまだこの世界にきて日が浅い訳だから常識とか文化とかに疎い部分もあるわけだ」

 

至極当たり前のことを話すオデンキングの言葉に頷きながらそのまま耳を傾ける。

 

「となると現地の住人と話す時は知識が不足していることを悟られないようにすることも場合によっては必要になってくる。軽々に質問を繰り返して無知と思われるなんて愚の骨頂だよな?」

 

その通りだと言葉を返すデミウルゴス。全知全能に限りなく近い主を、ただ世界の違いによる知識不足というだけで侮るなど百度の拷問にかけようとも許せるものではない。

 

「そう。文化、常識……それに文字もだ。確かにアインズさんは知識に於いて他の追随を許さない程だけど、異言語の文字を修得するともなれば相応に時間がかかるのも当然だ。ここにきて色々とやることだらけの中じゃそんな時間もそうそう取れるわけもない」

 

そんなオデンキングの言葉を聞いて、更にアインズの優秀な知能に敬服するデミウルゴス。そこまでの状態にあってなおこの世界の文字を修得しているのは素晴らしいとしか言いようがない、と。オデンキングは友として主の偉大さを誉め称えているのかとデミウルゴスは推測する。

 

「要するに何が言いたいかというとアインズさんはまだこっちの世界の文字読めないんだ。前に招待状貰ったときは蒼の薔薇の手前、読む振りをしただけなんだって。まぁデミウルゴスなら解ってるとは思うけど、一応アインズさんも招待状に目を通したいらしいから返して欲しいなーって……ちょっ! どうしたのデミウルゴス!?」

 

真っ青どころか灰にでもなったように白く固まるデミウルゴス。アインズが文字を読めないということはここ数日の全てが自分の先走りであり深読みのし過ぎであると、その聡明な頭脳で瞬時に思い至ったためだ。頭のいいデミウルゴスなら全部わかってたよね、というていで責任を感じさせるように誘導したオデンキングのせいでもある。

 

「も…もう…しわけ…」

 

日々の疲れがたまり仕事に次ぐ仕事、同僚の暴走に尻拭い。そんな中でも主から期待された仕事を完遂し、その功績を誉められるのかと思えばまさかのこの結末。失態への対応に疲労した頭を巡らせ、主からの失望の目を向けられる恐怖に耐え、今までの反動が一気にきたデミウルゴス。

 

どうなるかは明白というものだ。彼は気絶してしまった。

 

「す、すいませんアインズさん。まさかここまでショックを受けるなんて…!」

「い、いえ、私も流石に予想外でした…。とにかく治療をしなければ! この場合ポーションて効くんでしょうか」

 

耐性により冷静になったアインズは焦らずに検証する。

 

「うーん、ダメージではないでしょうし状態異常ってわけでもないですから起きるのを待つしかないんじゃないでしょうか」

 

至極真っ当な意見をだすオデンキング。自分の発言で倒れたともなれば流石に罪悪感があるようだ。

 

「あまり騒ぎにするのもまずいですね…私の部屋で寝かせましょう」

 

守護者が倒れたなどという情報がナザリック中に回ればパニックになる可能性がある。なによりデミウルゴスが倒れた理由を考えれば素直に話すわけにもいかないとアインズは考えた。

 

「了解です。じゃあ俺はコキュートスにちょっと会ってきますね。いくらなんでもさっきの発言だけで倒れたとは思えないですし、デミウルゴスと仲の良いコキュートスならなんか知ってるかもしれないですから」

「ええ、すいませんがお願いします」

 

そういってデミウルゴスを抱き抱えるアインズ。アルベドやシャルティアがいれば泣いて羨ましがる光景だ。そうしてアインズと別れたオデンキングはコキュートスの元へ向かおうと階層を上がっていく。が、その途中でそわそわと挙動不審な様子のシャルティアに出会った。

 

「あれ、こんなところでどしたのシャルティア。 一階層の守護は大丈夫なのか?」

 

アインズのそれぞれの持ち場にという指示でみな所定の位置に戻っていると思っていたオデンキングはこんな中途半端な場所でシャルティアに出くわすとは思っていなかった。

 

「オーディン様。その…アインズ様とデミウルゴスのお話はどうでありんしたか? わ、妾の話などは出たりしたでありんすか?」

 

アインズが態々デミウルゴスを残したのは作戦の成功を誉めるためだと推測したシャルティア。となれば約束通り、見事に作戦を成功に導いた自分のことを前面に押し出してくれた筈だと期待してオデンキングに聞いてみたのだ。

 

「え? あー、いや、そうだな…」

 

アインズがあまり情報を拡散したくないと言っていたためにシャルティアに言うべきかどうか悩むオデンキング。立場だけ見れば言ってもいいものかと思うがシャルティアのおつむが弱いのは周知の事実だ。

 

うっかり口を滑らした日にはすっかり情報が広まっていたなんてこともあるかもしれない。オデンキングは考えた末に取り敢えずは伝えないようにしようと決断した。

それは賢明な判断ではあったが、今この時だけは悪手だったと言わざるを得ないだろう。

 

「うん、別にそんな話は出なかったよ。アインズさんがデミウルゴスを誉めておしまい。とくに何かあったわけじゃないから気にせず…」

 

オデンキングとしては数日間ナザリックを任されたデミウルゴスをアインズが誉めたという認識であるが、シャルティアにとってその言葉はデミウルゴスの裏切りを耳にしたと同義である。

 

「そ、そ…んな…。デ、デミウルゴスゥ…!」

 

その場に崩れ落ちながら怨唆の声を吐き出すシャルティア。まさかまさかの裏切りである。予想だにしていなかった事態に、悔恨と憤怒と疑念が心で渦を巻いていく。

 

何故、どうして、いったい何があったのか、こんなことは認められるものかとこの状況を挽回するために頭をフル回転させるシャルティア。しかし彼女に良い案が浮かぶわけもなく、結局選んだのはアインズに自分の活躍を報告するというなんの捻りもない案だった。

 

「失礼するでありんす! アインズ様ぁぁ! 今参ります!」

 

急に立ち上がり爆走するシャルティアを見てオデンキングは目を皿のようにしながら当初の目的であるコキュートスの元へ向かうのだった。

 

「やっぱシャルティアって変な子だなぁ…」

 

自分のことは棚上げである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アインズ様!」

 

玉座の間に通ずる扉を開け放ちシャルティアは自らの主へと勢いよく声を掛ける。デミウルゴスを私室へと寝かせたあとオデンキングを待っていたアインズは思いもよらない人物の登場に驚いた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、アインズ様! 話したいことがありんす!」

「そ、そうか。言ってみるがいい」

 

あまりの勢いについ反射的に肯定してしまったアインズ。その言葉に喜色を満面にして自分の功績を鼻息を荒くしながらシャルティアは伝え始める。

 

「数日前の王都のクーデターの一件でありんすが、何を隠そう、その立役者は妾でありんす!」

「な、なんだと!?」

「貴族や犯罪者共を洗脳して反乱を扇動したのもこのシャルティアが!」

「ば、馬鹿な!?」

「その犯罪者共をこのナザリックに運び皮を剥ぎ取り物資の調達の一助ともなったでありんす!」

「な、なんという…!」

 

手で顔を覆うアインズ。そして興奮したシャルティアはその様子に気が付かなかった。

 

「さ、さらに―――」

 

更に話を盛ろうとしたシャルティアだがそれを遮るように行の間の扉が開く。

 

「ア、アインズさん!」

 

オデンキングである。

 

コキュートスに王都の一件の話を聞いたオデンキング。その全てがアインズの計算の内であり多くの人間を掌で踊らせたと聞いたオデンキングは真偽を問うために急ぎ足で玉座の間に戻ってきたのだ。

 

「オ、オーディンさん…。どうしたんですかそんなに焦って」

 

自分も頭がこんがらがっているアインズだが、随分と焦っている友人を見て幾分か落ち着いた。しかし次の言葉により更にアインズを混乱が襲う。

 

「王都の騒ぎの全てがアインズさんの仕業だって本当ですか!? なんで一言だけでも言ってくれなかったんですか!?」

「ちょ、えぇぇ!?」

 

シャルティアからの寝耳に水な報告を聞いたと思ったらそれが自分のせいだった。意味不明である。

 

「そ、その騒ぎの殆どは私の手によるものでありんす! オーディン様!」

「や、やっぱり本当だったのか!」

 

シャルティアが実行犯ということは指示したのはアインズであるということだ。当然の如き考えに至りオデンキングはショックを受ける。

 

「いやいやいや、ちょっと待ってください! いったい何がどうなって―――」

 

混乱するアインズだが、更に場を混沌とさせる者が乱入する。

 

「アインズ様!」

 

アインズの私室で寝ていた筈のデミウルゴスだ。彼は目覚めた後に状況を把握したあと、真っ先にアインズの元へ向かったのだ。何を置いても、まずは自分の失態を報告して裁きを受けねばと。そして玉座の間に居るアインズとシャルティア、ついでにオデンキングを見てその状況をおおよそ悟った。流石の悪魔の頭脳である。

 

「アインズ様、この度の一件に於いて全ては私が行った事でございます。シャルティアには何も関係の無いこと。どうかご慈悲を」

 

訂正。彼はまだ疲れていたようだ。

 

「こ、この期に及んで…! デミウルゴス、覚悟は出来ているでありんすか? もうアインズ様は全てをご存じよ」

 

事がここに至ってもまだ自分の功績をなきものにしようとするデミウルゴスを見てシャルティアは怒りを顕にする。デミウルゴスはその言葉を聞いて全て承知の上だと覚悟を決めた顔で頷く。早とちりして先走ったのは自分なのだ。

 

実行するにあたってシャルティアが多くの仕事をこなしたのは事実だが、だからといってその責を彼女に負わせるわけにはいかないのだ。

だからこそ見え透いた嘘であろうとも責任は全て自分にあると伝えるしかなかった。慈悲深き主がその意を汲んでくれると確信して。

 

「ええ…。シャルティア、貴女は何もしていない。そういうことです。アインズ様もきっと理解してくださいます。全ては私が招いた事実なのですから」

 

どんどんと火に油を注いでいくデミウルゴス。もはや爆発寸前である。

 

「こ、か、かひゅっ…!」

 

物理的にブチブチと何かが切れている様な音を立ててシャルティアは怒りに耐える。ここまで侮辱されるのは生まれて始めてだろう。ギリギリのところで戦闘に発展しないのはアインズの御前ゆえか。

 

「アインズ様! 正しき判断をなさって下さい!」

「アインズ様! 全てはこのデミウルゴスが招いた事態でございます!」

「アインズさん! いったいどうしちゃったんですか!?」

 

アインズ様、アインズ様、アインズさんと三者三様に返答を求める様子にアインズは一言呟くしかなかった。

 

「何だこれ…」

 

弁明の夜は長くなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クレマンティーヌとアルシェの帝都散策記 5

 

~ゴブリンの王国編~ 1

 

 

 

 

 

 

ゴブリン。それはこの世界に生きる種族としては下から数えた方が早いほど脆弱な種族である。人間の成人男性であれば多少苦労すればなんとか倒せるといったものだ。

無論固体差はあるし、中には永い時を生き抜いた歴戦ともいうべき強い固体もいるだろう。だが総じて評価するならばやはり大した強さを持たぬというのが冒険者やワーカーの見解である。それは冒険者ギルドが斡旋する仕事に於いても下級ランクとされている事実から見ても妥当な評価だ。

 

だがそんなゴブリンでも脅威となることがある。それはその旺盛な繁殖力と周囲の環境が噛み合ったときにおこるゴブリンの異常発生だ。

数とは力であり、分母が大きくなれば突然変異で現れる強力な固体やゴブリンシャーマンといった魔法を使うゴブリンすら内包するようになるのだ。

 

特に万の単位を超えはじめれば小国すら落としかねない恐ろしさをもつ。そんなゴブリンの王国が、人が殆ど足を踏み入れない領域であるトブの大森林で形成されつつあった。普段ならばここまでの事態になる前に人類の守護者たる法国が間引きをし、大事に至る前に叩くのが常であった。

 

しかしそういった任務がメインである陽光聖典の壊滅、更には国を亡ぼしかねない勢力の出現により優先順位が下に置かれた結果ゴブリンの王国はその数を増やし、着々とその勢力を増強しつつあったのだ。

もう暫く経てばそれは強大なトロールやナーガ、集落を形成する蜥蜴人すら呑み込んで大森林そのものを勢力下に起きかねないほどだ。

 

 

そしてそんな物騒な森に足を踏み入れる5人の男女がいた。クレマンティーヌとフォーサイトの面々だ。フォーサイトは数日前の依頼の褒賞金によりかなりの金貨を手に入れることが出来、その結果として装備の新調していた。

駆け出しなどが夢見る、魔法が掛けられた装備を全身に付けた彼等は誰が見ても歴戦の強者だ。特にアルシェなどは家庭の事情により装備の新調をしたことがなかったので喜びもひとしおだ。

 

そんな彼等が何故トブの大森林に踏み込んでいるか―――端的に言えば新しい装備を試すためである。

それだけならばカッツェ平野など近場で試す場所は幾らでもあったのだが、またもやクレマンティーヌが着いてくると知ったヘッケランは行き先を急遽変更することに決めたのだ。

 

カッツェ平野はアンデッドが溢れる地であり、全容は知れずとも結果と報酬は判りきったものとなるのはヘッケランも理解していた。対してトブの大森林はいまだに奥深くは人類未踏の地であり、新しい発見が期待出来るのだ。

当然それは装備を新調したとはいえ危険が伴うのは間違いない、間違いないのだが、クレマンティーヌが居るとなれば話は別だ。ここまでの強者が報酬無しに着いてくるとなれば今まで二の足を踏んでいたことをやるのも吝かではない。

意外と強かなヘッケランであった。もしくはクレマンティーヌのせいで彼も変わってきたのかもしれない。

 

「にしてもアルシェの装備、なんだか可愛いわねー。それで各種耐性アップなんてお買得だわ」

 

フードつきのローブにちょこんと猫耳が乗ったアルシェの装備は中々に可愛らしくフォーサイトの面々も口々に持て囃す。

 

「性能が良かっただけ」

 

その言葉は事実ではあったが、何度も誉められることに対する照れ隠しでもある。

 

「そういえば姐さんも何気にその装備すごいよね。王国の方で買ったの?」

 

すでにクレマンティーヌに馴染みつつあるイミーナは気軽に声を掛ける。呼び方は自然とそうなったようだ。

 

「んー? これは貰い物。良い装備なのは事実だけど」

 

かつて装備していた趣味の悪いプレート防具は既に変わっており、ナザリックに滞在していた時にオデンキングがアインズに頼んで伝説級の防具を見繕ったものである。

そういった細かな恩があるからこそ帝国で得た情報や金貨は殆どナザリックに流れているのだ。

 

「こ、こんなすげえ装備くれるやついんのかよ。どんだけ奇特なやつなんだ?」

 

金貨を山の様に積んでも手に入りそうにない装備を見て、それを貰ったと言うクレマンティーヌの言葉に驚愕するヘッケラン。ちなみに内心ではきっと奪ったものだろうなと確信していた。

 

「んー、奇特というかなんというか…。私よりも強いしこの装備よりももっと凄い装備してるしね」

 

ナザリックにはこんな装備よりも更にとんでもない装備があることは間違いないだろうとクレマンティーヌは思っている。それは事実ではあるが、伝説級ともなれば守護者も装備しているナザリックでも割と高ランクのものである。

 

「姐さんより強いって…人間? ドラゴンとか言われても驚かないんだけど」

「たぶんねー。マジックキャスターなのに力も堅さも異常だから最初は化物だと思ってたけど」

 

その言葉にアルシェ以外のフォーサイトの面々が絶句する。世界最強と言われても信じられる目の前の女性より身体能力の高いマジックキャスターとはなんの冗談だろうかと。アルシェだけは闘技場で見たあの男だろうと想像がついていた。

 

「第6位階まで使える先生の数倍以上の魔力だった。もしかしたら10位階まで使える?」

 

じっとクレマンティーヌを見詰めるアルシェ。

 

「あー、タレント持ちだったねそういえば。…まぁ、使えるんじゃない?」

 

あまり秘匿に気を使わないクレマンティーヌだが、流石に少々喋り過ぎたかなと言葉を濁す。全く濁しきれていないのはご愛嬌である。

 

「常識が崩れていきますね…。私達が知らないだけで世界には強者がありふれているのでしょうか?」

 

ロバーデイクが深い溜め息をついて誰にともなく呟く。その言葉を耳にしたクレマンティーヌはその通りですと内心で深く同意した。世界というか割とすぐそこに溢れているのだ。

 

「にしても随分と深くまで来たな…。少し気温が下がってきたし、川か湖が近いなこりゃ」

 

ヘッケランが辺りを見渡しながら全員に注意を促す。その言葉通り少し進むそこには大きな湖が広がっていた。

 

「―――そこの、出てきたら?」

 

一行の足が止まり視界に広がる湖を見渡していると突然クレマンティーヌがある一点に向かって話しかける。

 

「…こちらに害意はない。剣を収めてくれないか」

 

茂みから出てきたのは蜥蜴人のザリュースであった。生け簀を見に外れまでやってきた彼は集団の気配を感じたため隠れて様子を窺っていたのだ。

 

「蜥蜴人か…。ああ、こちらにも戦闘の意思はない。そちらが襲って―――姉御ぉぉ!」

 

森林の奥まで入ったら厳つい蜥蜴人がちょっと良さげな武器を携えて現れた。そこで我慢出来たらクレマンティーヌではない。

 

「あっははは! ほらほら無抵抗じゃ死んじゃうよー!」

 

いたぶるように薄皮1枚で刻んでいくクレマンティーヌ。とても楽しそうだ。

 

「隠れてるもう一匹も出てきたらぁ? 勝算が0.1%くらいは上がるか・も・ねぇっ!」

 

語気を強めながらもう一人の気配の方にザリュースを吹き飛ばすクレマンティーヌ。

 

「ザリュースっ!」

 

恋人が吹き飛ばされたのを見てたまらず姿を見せたのは全身が雪のように白い蜥蜴人、クルシュであった。二人は生け簀を見に行くという名目のもと、逢い引きをしていたのである。

 

「クルシュ! 出てくるなと言っただろう!」

「どっちにしても気付かれてるわ。二人で戦いましょう、どんな結末だろうと貴方と一緒なら怖くないわ」

「クルシュ…」

「ザリュース…」

 

抱き合う二人。空気を読んで待っているクレマンティーヌ。

 

「だがこの人間は強すぎる、一人で集落を潰しかねない程にだ。だからクルシュ…君は助けを呼んできてくれ。ここは俺が死んでも食い止めてみせる!」

「そんな、ザリュース貴方…」

「約束する。君が戻ってくるまで必ず生きていると」

「ザリュース…」

 

抱き合う二人。空気を読んで待っているクレマンティーヌ。

 

「本当に、本当に生きていると約束出来る? 私、もう貴方がいないと駄目なのよ?」

「ああ、絶対だ」

 

抱き合う二人。空気を読んで待っているクレマンティーヌ。装備の手入れを始めたフォーサイト。

 

「待たせたな」

「ま、最後になるんだから少しくらいわねー。優しいでしょ?」

「ああ――まったくだ!」

 

その言葉を皮切りにクレマンティーヌに斬りかかるザリュース。

 

「すぐに戻るわ! 絶対に死なないで!」

「あっははは! 頑張ってねぇー!」

 

戻ってくる頃には死体が転がってるだけだと嘲笑しながら、戦闘中だというのに手を振る余裕まで見せ付けるクレマンティーヌ。

 

「頼んだぞクルシュ! そろそろナザリックからアウラが来る頃だ、出来れば助力をたの――――」

「すみませんでしたぁぁぁ!!」

 

それはそれは見事な土下座であった。スティレットを放り出し、地面に額を擦り付けて謝罪するクレマンティーヌ。猫耳と尻尾のせいで可愛らしく見えるのがせめてもの救いだろうか。

 

「―――んでくれ…え?」

「え?」

 

目を点にするザリュースとクルシュ。まさかの事態にあっけにとられる。その間もクレマンティーヌずっと頭を下げ続けている。

 

「その、よく解らないがもう戦闘の意思は無いんだな?」

 

ぶんぶんと首を縦に振るクレマンティーヌ。

 

「ならいいんだが…。アウラの知り合いなのか?」

 

名前を出した瞬間にこうなったのだから馬鹿でも解るだろう。間違いないと思いながらもザリュースは問い掛ける。

 

「知り合いと言うかー…うぅ、とにかくこの事は内密にして…!」

 

まさか蜥蜴人を襲撃したらナザリックの関係者だったなどという不幸に見舞われるとは思いもよらなかったクレマンティーヌ。出来ることならなんでもするからとザリュースに懇願する。

 

「まぁ、それはいいんだが…。もういいからとにかく頭を上げてくれ」

 

その言葉にようやく立ち上がるクレマンティーヌ。ナザリックの恐怖はいまだ彼女の魂に刻み込まれているようだ。

 

「……秘密にしてくれる?」

「あ、ああ」

 

しないといったら逆に口封じされかねない勢いなだけに頷くザリュース。

 

「ちょっと待って。あなた今なんでもするって言ったわね?」

 

そこに口を挟んだのはクルシュ。恋人を刻まれたのだからこの怒りももっともだ。なんの条件も無しだというのはありえないと一つ条件を出す。

 

「ここ最近、ゴブリンの集団を異常に見かけるのよ。何だか森全体も変な雰囲気だし気味が悪いの。貴方達こんなところまで来てるってことはザリュースがよく話してくれる冒険者よね? そういう調査とか得意なんでしょう?」

 

だからそれでチャラにするとクルシュは言い切った。それに困ったのはクレマンティーヌである。確かに冒険者ではあるがそんな正統派な作業はしたことがないのだ。ならばどうするか、答えは一つだ。

 

「ア、アルちゃーん。手伝って―――」

「貸し1つ」

「え?」

「みんなに、貸し1つ」

 

ずっと静観していたフォーサイトの面々。

まさかクレマンティーヌがここまで恐れる存在がいるとは思いもよらず驚愕していたのだがそこは経験豊富なワーカー、弱みを見つけたとなればそこを攻めるのが常套手段なのだ。アルシェが図太くなっただけとも言えるが。

 

「そ、それでいいからお願いっ!」

 

こんなところまで来てまさかの調査依頼だが、報酬がクレマンティーヌの貸しだというのなら破格だろう。フォーサイトの一同は頷きながら目を見合わせて苦笑した。

 

「じゃ、いっちょ頑張りますか!」

 

そうしてフォーサイトとクレマンティーヌの冒険がはじまったのだった。




いまなんでもするって言ったよね?







テイルズオブエターニアと銀魂のクロスを書いてみたのでよかったらどうぞ。エターニア知らない人はよく解らないと思います。

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