真夜中のナザリックの玉座の間、そこでは4人の男女が今の今まで侃侃諤諤と意見を交わしていた。
「成る程…つまりデミウルゴスよ、お前はこの一件が自分の先走りであり責任の所在は全て己にあると言うのだな?」
「はい。アインズ様のご意志を履き違え、あまつさえナザリックの一部を独断で動かした罪は私が受けるべき罰でございます。私の命程度で購えるものでは到底ないこと、重々承知しておりますが何とぞシャルティアには慈悲をお与えください」
そう言って跪き頭を垂れるデミウルゴス。自らの主の役に立つどころか、本意を読み違え想定外の騒ぎを起こしたのだ。もはやデミウルゴスは自分の命に価値など無く、せめて自分のせいでこの計画に荷担してしまった同僚達の助命を嘆願しなければと考えていた。
「デミウルゴス…」
一方シャルティアの方といえば先程までのデミウルゴスの言が全て己以外に罪が行かないようにしたものだったと理解して怒りは完全に消滅していた。そして裁可を待つ咎人のような雰囲気を漂わせるデミウルゴスを見て意を決したような顔をして口を開く。
「アインズ様。たとえ計画を建てたのがデミウルゴスだったとしても、実行役の中心は私が担ったものでありんしょう。責は等分どころか私が負うべきもの、何卒…」
「何を言っているのですかシャルティア。貴女は私がアインズ様の命令であると言ったからこそ動かざるをえなかったのです。そこに責任などあるはずも―――」
見当違いの怒りを恥じてデミウルゴスを庇うシャルティア。そんなことはさせるものかとシャルティアの潔白を訴えるデミウルゴス。そこにはナザリック以外の者には決して向けることのない思い遣りがあった。
そんな二人を尻目に残りの男達が何をしているかというと―――
(ないわー、マジないわー)
(ま、まさかこんなことになるなんて…)
隣の男を冷たい眼で見るオデンキングとちょっと見栄を張ったせいでえらいことになった事実に愕然としているアインズだった。
(どうするんですか、この雰囲気)
(どうしましょう、この雰囲気)
ひそひそと打開策を考えろと押し付けあう二人。アインズは自分が謝罪してもデミウルゴスの自責の念は晴れることがないだろうと思い、上手い落としどころを模索していた。
(このままじゃデミウルゴスが死んじゃいますよ!)
(くっ…! なら…で…こう…な感じで…)
(ふむふむ)
(…で…最後に…の…で終わらせるのはどうでしょう)
(なんで毎度毎度、厨二っぽい感じにするんですか?)
(どうでもいいですから早く)
しかしてアインズが考えた支配者の観劇が始まるのであった。
パン、パン、パン、と玉座の間に手を叩く音が響きわたる。いまだに責任を逆の意味で押し付けあっている二人はその音でアインズの御前で醜い言い争いをしているのに気付き押し黙った。
「いやー流石デミウルゴス。その智恵にはもう脱帽というか感服したというか、とにかくアインズさんが何も言わずともやってのけるその行動力は驚嘆としか言いようがないなー」
手を叩いた人物はオデンキング。言葉だけを見れば惜しみ無き称賛を口にしている風だが、この状況で発するとなると酷い皮肉ととるしかないだろう。
事実シャルティアはオデンキングに対してまず向けることの無かった敵意と侮蔑の空気を放っていた。
「それにシャルティアもね。言葉にすると簡単だけど、実際にやるとなると随分な手間だったんじゃないかな。流石アインズさんの部下でペロロンチーノが手塩に掛けて創ったNPCだ」
しかし続く言葉に皮肉ではなく本当に誉めているのだと解り、罰を渇求していた二人は何事かと困惑した。
「物資の補給も、犯罪の抑制も、ついでに王国の浄化まで同時にこなすなんて中々出来ることではないですよ。ねぇアインズさん」
「ええ。子は親を越えるとは言うがデミウルゴスよ、お前は既に私の思考の上をいったのだ。褒美を与えこそすれ、罰が欲しいなどとは何の冗談かと思ったぞ」
結局アインズが選んだのは罪も罰も存在させず、前提を覆し功績として誉め殺しにすることであった。
「主の口が足らずとも意を汲んで最良の結果を導きだす。配下の鑑ですね。いやー俺も創っとくべきだったかなー」
誰がどうみてもわざとらしいやり取り。当然デミウルゴスもその演技に気付かないわけはなかった。そしてその演技の意味も。
「…慈悲深きお二人に感謝を。ですが私は―――」
「デミウルゴス。今回の騒動の発端、原因は一体誰のせいなのかな」
まだ自罰的な思考から抜け出さないデミウルゴスを見て焦ったように言葉を被せるオデンキング。
「それは勿論、私で相違ありません」
「本当に、客観的に見ても? 俺から言わせてもらうと一番責任を感じるべきなのは―――」
「オーディン様。それ以上はたとえアインズ様の御友人であろうとも私には看過出来ません」
オデンキングがはっきり口に出す前に答えを予想して先程とは逆に言葉を被せるデミウルゴス。
「ほら。言いたいことは解ってるみたいだし、じゃあもう少し踏み込んで考えてさ、デミウルゴスがこの功績をあくまでも失態と言い張るならその発端は誰の責任なのか。ああ、デミウルゴスの考えじゃなくてどこかの優しい支配者の思考で」
そう言われたデミウルゴスは考える。最後まで自分達を見捨てずに残って下さった優しく慈悲深き主、烏滸がましくもその考え方を真似てみた時どういう結論に行き着くのか。
自分に都合の良い推測、都合の悪い推測、冷静にそれらを排除していき考え続け、デミウルゴスは一つの結論に達する。たとえ自分が責任は己にあると言い張っても、情に篤い我が主ならば責任を感じてしまいかねないと。
そしてそれを回避するにはどうすべきかも同時に思い至り、目の前の二人の茶番に感謝を送った。
「…ありがとうございます、アインズ様、オーディン様。これからも無上の忠誠を捧げることを誓います」
これほどまでに気を使ってもらいながらそれを無下にするデミウルゴスではない。遂にその甘い裁定を受け入れた。
「よかったよかった。デミウルゴスはホント働きすぎだよ。取り敢えず功績の一環として休みを取らせたほうがいんじゃない? アインズさん」
「ええ。デミウルゴスよ、オーディンさんの言う通り私は…いや、我らはお前に頼りすぎた。これより一週間休養を取りしっかりと休むがいい、これは命令だ。残りの褒美は追って報せよう」
アインズの言葉にいちいち感銘を受けながらも頷きを返していくデミウルゴス。しかし一週間の休養と聞いて心配そうに問い掛ける。
「その、一週間の休養と言うのは…」
「なに、心配するな。確かにデミウルゴス、お前はナザリックにおいて必要不可欠な存在だが一週間程度不在になったからといって運営に支障をきたしては組織として不完全に過ぎるからな」
それとも私が信用ならんかと少し意地悪そうにデミウルゴスに問うアインズ。デミウルゴスは慌ててとんでもございませんと返した。
「かしこまりました。差し出がましいことを申し上げましたようです。では二日後の蜥蜴人の集落での協定、及び六日後の王都への招待はアルベドに任せましょう」
「え? う、うむ。そうだな、アルベドに…アルベドに…。むぅぅ」
「ああ、心配するなデミウルゴス。俺もその時はアルベドと一緒に…ぶふっ、ぜ、全力でサポートするから」
なんて面白そうなイベントなんだと全力で傍観する気満々、あわよくば少し面白くしてあげようと画策するオデンキング。
「ありがとうございます。アルベドが暴走せぬようお気をつけください」
そんな様子には気付かず、対アルベドに実績があるオデンキングが手伝うならばもう憂いは無いと安心するデミウルゴス。
「では、アルベドへ引き継ぎを致しますので失礼致します」
そう言って玉座の間を後にした。後に残ったのはアインズとオデンキング、それにシャルティアである。
「シャルティアよ。お前のデミウルゴスへの気遣い、嬉しく思うぞ。今回の功績も含め何かあれば遠慮せずに言うがよい」
「ア、アインズ様…!」
感無量といった風に感激しているシャルティア。しかし本当の願いを口にすれば尻軽な女だと思われるため言い淀み、オデンキングへ視線をチラチラと向ける。そしてその視線の意味をオデンキングはしっかりと理解した。
第2夫人としてシャルティアを推すという約束を思いだし、今がその時かと。
「そう言えばアインズさん、やはり支配者といえば側室ありきだと思うんですがその辺どう思います?」
無茶苦茶な切り出しである。
だが遠回しにするのも中々難しいと思ったオデンキングは直球で尋ねてみた。
「え、えらい唐突ですね。側室と言われましても相手が居ない…というか居てもアルベドに消されそうですし。それに複数人に手を出すのはちょっと…」
その言葉を聞いてガクッと項垂れるシャルティア。アルベドの事だけならばともかく本人が複数は嫌だと言っているのだ。望みは断たれたと思っても仕方ないだろう。
「あー、うん、そうですよね。…うーん…まぁ、諦めなければきっといつか道は開けるさ。幸い寿命は無いようなもんだし」
「? はあ…」
シャルティアに向けて言った言葉ではあるがよく解らなかったアインズは生返事で返した。
「うぅ…。では責任をとってオーディン様には下級吸血鬼になってもらいんす」
「なんで!?」
「それが褒美というなら仕方ないか…」
「うぉいっ!」
よく解らないなりにちょっと乗ってみたアインズであった。気を取り直してシャルティアは顔を上げて意見を伝える。
「アインズ様。我等はアインズ様の手足、道具も同然でありんす。使っていただく事こそが悦び、褒美などは過分でありんすえ」
アインズは一瞬だけ、お前は誰だと問い掛けそうになったがすんでのところで止めることが出来た。
「そ、そうか…しかし罪は裁くべきもの、功績は讃えるものだ。思い付かぬのならこちらで考えるとしよう」
そう言ってシャルティアを下げ、玉座の間には二人だけになった。少しだけ沈黙が流れ、すぐにそれを払拭するようにオデンキングが口を開く。
「いやー、ビックリでしたね。まさかこんなことになってるとは」
特に意味もないセリフだがアインズが言いたいことを何となく察しているオデンキングはわざと明るめの調子で空気を良くする。
「ですね。…オーディンさんは…大丈夫なんですか? その、犯罪者とはいえ殺して物資にまでしてるんですけど」
今回の一件はともかくとしてスクロールについてはアインズも承知していたのだ。犯罪者とはいえ人間の命であり、オデンキングには言い憚られるものだとは思っていたためそれとなく隠していた。
「あー、まぁ正直に言えばちょっと…。でも、ナザリックを離れたいかって聴かれたらそれも嫌です」
おそるおそる問い掛けたアインズはそのセリフにほっとした。自身は既に身内以外の死について感じ入ることが殆ど無い。だが人間のオデンキングは別であると理解しているし、それについてどう思われるかについては感じ入らないどころか少し怖いくらいだと思っている。
この広い異世界で本当の意味で同郷であり、自分の方は少し変わってしまったとはいえ感性も同じくする存在だ。自分に、自分達に恐怖して去ってしまわれることはそれこそ恐怖だろう。
「…あまりに許容出来なくなったら、ちゃんと言いますから。急に居なくなったりしませんよ?」
そしてそれはオデンキングも同様だ。自分の世界に未練が全く無いわけでもない、二者択一ならばこちらの世界を選ぶと思ってはいても郷愁というのはふいにやってくるものだ。
そんな時に故郷の残滓を感じる事が出来るのはアインズと話している時だけなのだ。たとえナザリックが人間種と決定的に対立しても、どちらに付くのかはオデンキングの中で決まっていた。
「…はい」
珍しく、本当に珍しく穏やかな空気を楽しむ二人であった。
クレマンティーヌとアルシェの帝都散策記 6
「ここで五つ目っと…」
ヘッケランが簡易的に作った地図へ印を付ける。もはや地下の帝国と言ってもいいほどに凄まじい数を擁しているゴブリンの群れ。剥き出しになった地の裂け目などからそれを確認し、出入り口を数えているフォーサイトだが次第に事の深刻さを理解し始めた。
「これ、国が本腰いれないとヤバいんじゃないの…?」
イミーナが数えるのも馬鹿らしくなったゴブリンに戦々恐々としながら呟く。ゴブリン如き5体や10体相手にしようとも問題無いとは思っているがもはやそんなレベルではないのだ。
数とは力であり個人の力量などこのゴブリンの津波の前では些細なものだと思わされたイミーナ。たとえクレマンティーヌでも無理ではないかと思わされるほどの数を見ればそれも仕方ないだろう。
「無理?」
アルシェがクレマンティーヌに問い掛ける。彼女からすればクレマンティーヌがゴブリンに負ける姿など、その方がありえない。
「無理じゃないけどー…500も殺したら散りぢりになって追い付かないわね」
どれだけ強かろうが戦士であるかぎり倒せる数には限度がある。全てがクレマンティーヌに向かってくるというのならまだしも、数百も殺して実力を認識された時点で群れの統率は無くなり四方八方に逃げ惑うのは明白だ。
「逃げたゴブリンが周辺の村を襲うのは間違いないでしょう。下手をすればここから帝都までの村が無くなりかねません」
本当に四方八方に散らばれば危機は分散され被害も周辺諸国やその他異種族の集落などで等分される。数の暴力が無くなれば大したこともく終わることも充分に考えられるだろう。
しかし、もしまとまって大移動などということになれば途中の村などが蹂躙しつくされても不思議ではない。人のためにワーカーにまでなったロバーデイクにとってはその可能性があるだけで見過ごせるものではないのだ。
「とにかく一旦蜥蜴人の集落に戻って報告だ。国の方にも早急に伝えないとまずいしな」
今のところ出来ることもないのでまずは依頼を優先させようと提案する。フォーサイトの面々は元よりクレマンティーヌも雑魚の草刈りなどに興が乗る筈もなく当然とばかりに頷く。
「お、おおぉぉ…!」
初めて素直に提案を聞き入れてくれたことに感動したヘッケラン、その様子を見たクレマンティーヌは首を傾げていた。
〈グリーン・クロー〉族の集落、その外れにあるザリュースの家でフォーサイトとクレマンティーヌはもてなされていた。きちんと依頼をこなしたということでクルシュの憤懣も幾分か和らいでいるようだ。
「そうか…随分とまずい状況になっているようだな」
フォーサイトからもたらされた情報は最近の森の変容から考えても充分ありえることだとザリュースは唸り声を上げる。
「冬籠りの準備をしているようだから森の外まで被害が出てくるのはもう少し後…春先に一気に数を増やしてからが濃厚だろう。だが冬の準備が足りないとなるとここが襲われる可能性も無いとは言えないというのが俺達の見解だ」
「そうか…。詳細な調査、恩に着る。俺達はそういった調査は―――」
ザリュースの言葉半ばに何かを察知したクレマンティーヌが飛び起きて入口の方を警戒する。
「…!!」
クレマンティーヌが警戒することなど見たこともないフォーサイトはそれだけで一気に戦闘態勢に移行した。
しかしアルシェ達が武器を構え始めたのを見て必死にやめてくれと叫ぶクレマンティーヌ。近付いている脅威を考えれば当然だろう。被我の戦力差はクレマンティーヌとフォーサイトの差よりも更に絶望的なのだ。
「久しぶり。元気? ザリュース」
そして遂にその脅威がザリュースの家の前に到着した。もちろんアウラとハムスケである。緊迫した空気など露知らず呑気に外から声を掛けるアウラ。それに応じザリュースは入ってくれと答えた。
「久しぶり。これ王都のお土産だから…ん? お客さん?」
オデンキングがちょこちょこお土産を買っているのを見て自分も色々と買い込んだアウラ。あげる人のためというよりはお土産を買うことそのものに興味があったのはご愛嬌だ。そして家に入ってようやくフォーサイトとクレマンティーヌに気付く。
「ひ、久しぶりー、です」
ほとんど話したこともないのでどう接すればいいのかと戸惑うクレマンティーヌ。取り敢えずは無難に挨拶をしてみた。
「あ、えっとオーディン様の連れの…クレマンティーヌ。さん?」
しかしアウラの方も殆ど話したことがないのは同様であり、主の友人の連れでナザリックが招待した者でもあるので微妙に丁寧に接する。アインズがさん付けで呼んでいたのとプレアデスと同クラスの戦闘力を持っているというのも大きいだろう。
「う、うん…いや、はい」
見た目は華奢で中性的な少女とはいえ、ひとたび戦闘となれば自分など消し飛ぶことは理解している。
が、へりくだり過ぎるのも逆に慇懃無礼かもしれない。そんな思考がぐるぐる回り変な返答しか出来ないクレマンティーヌ。やはりナザリックが絡むと正常な思考とは無縁な状態になるようだ。
「…」
「…」
双方ともどう接すればいいか悩み、結局アウラは自分のナザリックでの地位と強さとクレマンティーヌが主の友人の連れという微妙な立場ということを鑑みて対等に話すことを選択した。
「私も普通に話すからそっちも普通に話してくれる? 別に敬語はいらないから」
「う、はぃ、いや、うん」
びびりながら吃音を繰り返すクレマンティーヌ。とはいえ悪感情を持たれていないことは判ったのでなんとか気を落ち着かせる。
「で、何でここにいるの? この辺だと人間はまず現れないって聞いてたけど…」
「えーと、まぁ色々とありま、あったんだけど…。今はゴブリンの調査報告にきてるの」
クルシュの依頼から調査の流れまで簡潔に話すクレマンティーヌ。もちろん出会いの部分は誤魔化している。
「ふーん。そういえばハムスケが蹴散らしたゴブリンの数が少し多かったかな?」
蹴散らしたというよりは轢いたというのが正しいのだが、いちいちそんなことには執着しないアウラ。なんにしてもナザリックとの同盟予定の蜥蜴人が壊滅の危機とあっては傍観するわけにもいかない。急ぎナザリックへ帰り報告しなければならないとアウラは判断した。
「同盟の約束をしてる以上、見過ごすことはないからそんなに慌てなくても大丈夫。何人かこっちから出せばすぐ終わると思うよ」
ザリュースに安心するよう伝えるアウラ。そして彼女の実力を知っているザリュースはその言葉を聞いて安堵した。
「ああ、すまんな。よろしく頼む」
薄々感付いてはいたものの、アウラの言葉にナザリックの底知れぬ実力の一端を垣間見たザリュースは、心の底から敵対しない選択した自分を誉めた。
「クレマンティーヌも一緒に来る? オーディン様も明日の朝には帝都に帰るって言ってたから一緒に送ってもらったら?」
「あ、帰ってきてるんだ。じゃあそうしようかな…」
アウラの扱いのお陰でナザリックへの恐怖心も薄れてきたクレマンティーヌ。オデンキングもいるとなれば悪くはない提案だと一考する。
「あ、あのー、姐御? 俺達姐御の戦力も当てにしてここに来たんだけど…」
おずおずとヘッケランが言葉を挟む。未開の地ということに加えて無数のゴブリンが彷徨いているとなれば危険度は跳ね上がる。最強の護衛が一番危険なところで消えるのは流石にまずいと迂遠に意見をあげた。
「あー、そっか…。どうしよ」
普段ならそんなことは気に掛けないクレマンティーヌだが、今の今まで調査をしてくれた相手とあっては見捨てるのも少々決まりが悪い。とくにアルシェは優秀な護衛なのだ。オデンキングが帰れば問題は無くなるとはいえ、ちょくちょくナザリックへ帰るとも言っていることを考えればまだまだ必要な護衛だろう。
「アウラさ―――ちゃん…? ア、アウ…」
「アウラでいいから」
慣れたとはいえ打ち解けたと言うほどでもない関係に呼び名をどうするか迷うクレマンティーヌだが、察したアウラによって呼び捨てを許可される。
「う、うん。そういうわけだからディンちゃんに伝言お願い出来る?」
「いいよ。なんて?」
「フュルト村で待つから迎えに来てほしいって」
クレマンティーヌはトブの森から程近い帝国領にある村で待つと伝言を頼む。オデンキングとアーウィンタールまで向かう際に寄った村だ。
自分の足で帰るとなると数日は掛かるためオデンキングを待たせてしまうから―――という名目で面倒臭い道のりを省略するためのアッシーにするき満々のクレマンティーヌである。
「オッケー。じゃ、またね」
ザリュースとクレマンティーヌに別れの挨拶をしてアウラはナザリックに戻った。
「………ふぅ」
アウラの気配が遠ざかり、全く感じられなくなったところでクレマンティーヌは一気に緊張を解いた。ついでにフォーサイトも自分達だけで森を突破する破目にならなかったことに安堵した。
「すげぇ魔獣だったな…姐さんが警戒するのも解るってもんだ」
ヘッケランが呟く。白銀に輝くハムスケのその威容を見て、アウラの強さを魔獣を使役する能力に由来するものと勘違いした彼にクレマンティーヌが疲れた顔で間違いを正す。
「言っとくけどあの魔獣と私が百人百体居たってあの子には勝てないからねー?」
おそらく自分の仲間と認識されたフォーサイトがまかり間違ってアウラを侮ることのないよう釘をさしたクレマンティーヌ。
これ以降にアウラとフォーサイトが接する可能性などほとんどないだろうが、万が一を考えてのことだ。そしてその言葉を聞いたヘッケラン達は顔をひきつらせる。流石にそこまでの化物とは思ってもみなかったのだ。
「そ、そうなのか…」
そしてそれはザリュースとクルシュも同様である。特にザリュースは蜥蜴人の中でも有数の実力者である自分を子供扱いしたクレマンティーヌが百人居ても勝てないと聞いて、アウラが圧倒的な強者とは知っていたもののまだまだ過小評価だったと気付かされた。
「ま、とにかくそういう訳だからフュルト村へ向かうわ」
「あ、ああ。…しかし姐御、別に合流する必要はなかったんじゃないか? どっちにしろそのオーディンさんとやらも帝都に向かうんだろ?」
常識的に考えれば至極当然の疑問だろう。そう思ってヘッケランもクレマンティーヌに問い掛ける。
「ディンちゃんは魔法ですぐ移動出来るから。帝都でも王都でも数秒かかんないじゃないかな」
「…」
今日1日でいくつ常識を破壊されたか解らない一同。そんな様を見てちょっとドヤっとするクレマンティーヌ。それが彼等の驚きの顔を見たからなのか、それともオデンキングの実力をひけらかすことが出来たからなのかは定かではない。
昨日更新する予定だったのに熱が出ちゃって…(言い訳)
今回はヤマもオチもなしの繋ぎ回でした。そろそろ終わりにむかっていきます。1月中には完結出来るかな? 更新速度上げていきます。