オーバーロード 四方山話《完結》   作:ラゼ

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革新

フュルト村。

 

王国と帝国の境界から程近いこの村はカッツェ平野とトブの大森林からもそれほどの距離は離れていないため、村としては中々の防衛設備を持っている。中継地点として商人や冒険者が滞在することもあるため宿屋があるのも村にしては珍しい点と言えるだろう。

 

そんなフュルト村に昨晩到着し一泊したクレマンティーヌとフォーサイトの一同。一夜明けた朝、朝食を取り終えた彼等はオデンキングを待つ間軽い運動がてら手合わせをしていた。

 

といってもヘッケランとイミーナの前衛組がクレマンティーヌと軽く打ち合っていただけではあるが。もちろんヘッケランはまかり間違って殺されてはかなわないと全力で拒否していたが、色々とフラストレーションが溜まっていたクレマンティーヌに無理矢理付き合わされたのは言うまでもない。

 

「死ぬかと思った…」

 

せめてスティレットは止めてくれと泣き叫ぶ痴態に情けを掛けたのか、珍しくメイスを使っているクレマンティーヌだが何故か執拗に男の急所を狙うその姿勢はヘッケランを後悔させたようだ。そしてそうこうしているうちに宿屋の前に黒いもやが現れ、オデンキングが姿を見せた。

 

「あ、いたいた。おーい」

 

片手を上げて近付くオデンキング。そして声を上げる前からその存在を感知していたクレマンティーヌは疲労困憊の二人を尻目に早足で駆け寄る。

 

「ありがと。何もなかった?」

 

実力から考えて何かあることはないだろうが形式的に聞いてみる。

 

「あー…まぁ、あったといえばあった…かな? 後で話すよ」

 

色々とありすぎて何から話せばいいかと考えるオデンキング。取り敢えず落ち着いてから話そうと提案し、クレマンティーヌの後方にいるフォーサイトの面々を見て先に紹介してくれと頼んだ。

 

アウラから仲間らしき者達が居たとは聞いていたが詳細は解らなかったためだ。その言葉を聞いてヘッケラン達は慌ててオデンキングの前に出て自己紹介を始める。クレマンティーヌに任せてはどんな紹介になるか解らないと判断してだ。

 

「ワーカーのヘッケランです。クレマンティーヌの姐御にはいつも世話になってます」

 

同じくらいに迷惑も被ってます、とは口が裂けても言わない。

 

「あ、あねごふっ…! クレマンティーヌ、姐御って…」

 

あまりにイメージとかけ離れた呼び名に吹き出したオデンキング。今時の任侠映画でもまず聞かない名詞だろう。

 

「わ、私が呼べって言った訳じゃないから。こいつが勝手に…」

「私はアルシェ。クレねぇに雇ってもらってる」

「イミーナよ。姐さんには随分と助けてもらってるわ」

 

化物マジックキャスターという前情報に反してどうみても荒そうには見えない気性と、凡庸な雰囲気を漂わせるオデンキングを見て少し悪乗りをする女性陣。ヘッケランとは違ってこちらは割と打ち解けてきているようだ。

 

「クレマンティーヌ、お前…」

 

アルシェとイミーナからも姉呼びされているのを見て弄ろうかと考えたオデンキングだが、ハッと悟ったような顔をするとうんうんと頷いてクレマンティーヌを慰め始める。

 

「兄貴との関係が関係だもんな…。姉願望も仕方ないさ。俺は理解してるよ」

「違うっつーの!」

 

初めての邂逅の時に兄貴を殺してくれと言われた事を思いだして優しい顔をするオデンキングだが、見当違いの優しさにクレマンティーヌは突っ込みを返す。

 

「お二人とも仲がよろしいですねぇ。あ、私はロバーデイクと申します。宜しくお願いします」

 

しれっと一人だけ普通の挨拶をするロバーデイク。意外と世渡り上手なのが人の良さに反して騙されたりはしない要因だ。

 

「ま、とにかく帝都に戻ろうか。ジルにも色々報告しなくちゃならんし、というかフールーダさんにもまだ何も教えてないからそろそろヤバイ気がするし」

 

ヤバイどころじゃねーよと更に突っ込みを入れようとしたクレマンティーヌだが、その身で1度あの気持ち悪さを味わえばいいんだと無言で流した。

そしてオデンキングが創り出した黒い空間におそるおそる足を踏み入れるフォーサイトの面々といつも通りにパッと通り抜ける二人。かくして一行は帝国へと帰還するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと帰ったか。随分と気を揉んだぞオーディン。もちろん土産話は期待していいんだろう?」

 

アーウィンタールに戻った後、フォーサイトと別れ皇帝の元へ直行したオデンキング達。正式な謁見ではなく政務を行っている部屋で緊張感もなく駄弁っているあたりがオデンキングとジルクニフの気が合う由縁かもしれない。

 

「もう情報届いてるんだ?」

 

かなり含みのある言い方だったため王国のクーデターの事を聞いているのだと判断したオデンキング。

 

「ああ、情報は鮮度が命だからな。だが《メッセージ/伝言》は重要な情報を伝達するには信憑性に欠けるというのも事実だ。せっかく王都に行ってきたやつが居るんだ、聞かん理由はないだろう」

 

さあ、さっさと話すんだと迫るジルクニフ。王都の件しかり、謎の建造物の件しかり聞きたいことは山程あり、処理しなければならない案件は更にあるのだ。ジルクニフ程、一刻千金という言葉が似合う男も中々居ないだろう。

 

「んじゃさっそく。まずは王都の件だけど…」

「うむ」

 

まずはあったことをそのままに、次にアインズから聞いたお姫様と騎士の物語や酒場の酔っ払いの与太話のようなものまで多岐に渡って話し尽くす。ジルクニフの情報処理能力と取捨選択の正確さを知っているからこそである。

 

「ふむ、成る程な。あの王女らしいことだ。上手くやったようじゃないか」

「ん? どゆこと?」

 

お涙頂戴の感動話の登場人物である、才色兼備で花顔柳腰なお姫様を悪し様に言うジルクニフに疑問の声をあげるオデンキング。

 

「あの国の第三王女はある意味化物だ、その知能と考え方がな。おおかたクーデターもあいつが計画したか途中で主導権を奪ったかしたんじゃないか?」

 

「えー…。んん? ということはデミウルゴスが言ってた王国の協力者って…あ、なるほど。となるとつまり…うわぁ、えげつなぁー…」

 

事件の詳細自体はオデンキングもよく知らず、王国に協力者がいたとしか聞いていなかったのだ。その人物が一笑千金と名高く、話に聞く優しい王女だとすれば腹の中は真っ黒なんてものではないことに気付き顔をひきつらせる。

 

「そのデミウルゴスとやらは、同じところ出身の仲間か? トブの大森林に近い建造物に住んでいるようだな」

「どっからそういう情報掴んでくるんだか…。まあ、そうだよ。場所の名前はナザリック地下大墳墓。組織名は〈アインズ・ウール・ゴウン〉 俺の故郷じゃ知らない奴もまず居ない凄いとこ。六大神とかと同列に考えてくれたら近いかな」

 

アインズから機を見て帝国にもナザリックのことを話してくれと頼まれていたオデンキング。自分の扱いから考えて侮られることはあり得ないだろうが一応大袈裟に伝えた。

 

「ふむ、つまりクーデターの実行はその者達がしたと」

 

この情報は驚くだろうと少しだけしてやったりな気分を味わおうとしていたオデンキングだが、やはり役者が違った。充分に想定の範囲内だったジルクニフはオデンキングの情報により更に推測を正しい方向へ導き、王国のクーデターについても看破した。

 

「…もしかして心を読むタレントとか持ってる?」

「持っていたら私が生きている間は政争が起こらんだろうな」

 

やれやれと肩をすくませるジルクニフ。ここが違うのさ、と頭をとんとんと叩いてニヤリと微笑んだ。

 

「うっわ嫌味ー。仕方ない、帝国の皇帝は嫌な奴だって伝えとこう」

「やめろぉ!」

 

洒落になっていない洒落にさすがのジルクニフも悲鳴を上げた。まぁ仕方ないだろう。

 

「いや、冗談だって…。そこまで反応しなくても」

「失礼、取り乱したようだ。いや、割と死活問題だからそれは勘弁してくれ」

 

先程のオデンキングのセリフをこの世界の解釈に当て嵌めるなら「やーい神様にいってやろ~(真)」といったところだろうか。

 

「まあとにかく説明を続けると…」

 

ナザリックの諸国への対応や好感度、現状の関係性、種族など伝えることはかなりある。出来る限り友好的な関係となれるよう本気で尽力するオデンキング。ジルクニフの質問も交え議論することもあったため、話し込む二人をよそに陽は沈んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オデンキングが発ち、一人残されたアインズはある決断をしていた。自分の内面と向き合う覚悟だ。これまで極力考えないようにしていた悲しい過去。だが事がここに至ってはもはや清算するしかないのだ。過去のツケは自分が一番苦しいときにやってくる、などと何処かで聞いたようなフレーズを思い出しながらアインズは呼び出したその人物に向き合う。

 

「…良く来たなパンドラズ・アクター。デミウルゴスが居ない今、その穴を埋めることが出来るのはお前だけだ」

 

そう、自らの黒歴史と向き合う覚悟だ。

 

「我が神の命令とあらばこのパンドラズ・アクター、どのような難題であろうともこなしてみせましょう!」

 

大仰なセリフとポーズでアインズの心をちくちくと攻め立てるパンドラズ・アクター。埴輪にも似た顔に軍服を着込んだその出で立ちはまさに思春期の少年が考えたのではないかと思わせる。

 

「う、うむ。早速だがまずは蜥蜴人の集落の件に関してだ。先程アウラから報告があってな、少々まずい事態になっているようだ」

 

アインズがおおまかに現状を説明していく。ナザリックの財源や宝物などを管理し、自分の領域から滅多に出ないため近況には詳しくないパンドラズ・アクター。

 

アインズは蜥蜴人の事だけではなく、周辺諸国との関係や今まであったことを簡潔にまとめて伝える。ナザリックで唯一自分が創った痛いNPCではあるが、その頭脳に関してはアルベドやデミウルゴスにも劣らない優秀さも持ち合わせているのだ。

 

「なるほど、着々と勢力を拡げておられるようで。しかしゴブリンの大群に怯える蜥蜴人とは…まさにアインズ様の威光を知らしめる御膳立てと言えましょう! オーディン殿と相談し、これを機に帝国での地位も確固たるものにすべきかと」

 

いまだ帝国においては何の基盤も持っていないナザリック。印象を良い方向に認知させるにはうってつけの生け贄だとパンドラズ・アクターは判断したのだ。

タイミングが重要なため帝国に滞在するオデンキングと連絡を密にして機を図り、ある程度事態を操縦する心積もりである。つまりナザリックを帝国の恩人に仕立てあげる策をアインズに提案したのだ。

 

「ふむ…自作自演にするとなるとバレた時に以降の信用が一切得られなくなりそうだな…。我々は異形種の集団だ、何かあれば真っ先に糾弾されるのは想像に難くない。その辺はどう考えている?」

「ゴブリンの大群自体は我等の関知せぬことでございます。矛先を誘導する程度のことならば自作自演とまではいかぬかと」

 

悩むアインズ。しかし自信満々なパンドラズ・アクターを見てなんとかなるかな、と楽観的な思考に戻った。

 

「パンドラズ・アクターよ。この件に関してはお前に任せるとしよう。ナザリックの物も好きに使うがいい。だが報告はこまめにしてくれ」

 

前回と同じ轍を踏まないためにもそこだけはしっかりとするアインズ。

 

「お任せを」

 

役者の名を冠する者にしてはあまりにも短い一言。だがそこに込められた思いは階層守護者と比してもなお強い忠誠が込められている。それは最後までナザリックを見捨てずに残った者であり、更に自分の創造主でもあるがゆえだ。

 

ちなみに本当はWenn es meines Gottes Wille!!と叫びたいパンドラズ・アクターだが、アインズにそれはやめろと厳命されているため短い言葉になったというのもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オデンキングとアインズの魔法講座 1

 

 

 

 

「おお師よ、お待ちしておりました」

 

ジルクニフとの話が終わった後、ようやくフールーダの元へやって来たオデンキング。何度か言っても敬語をやめてくれないフールーダに少しげんなりしながら今日こそは、と前々から考えていた案を出す。

 

「おひさしぶりです、フールーダさん。遅くなって申し訳ない」

「そのような気遣いは無用です。魔導の深淵そのものといえる師に教わることが出来るというだけで…」

 

その称賛を慌てて遮るオデンキング。

 

「その件なんですが、まず理解してほしいのは俺が魔法の知識に関して疎いということなんです」

 

その言葉を聞いて首を傾げるフールーダ。第10位階どころかその上も使えるマジックキャスターが何を言うのだろうかと。

 

「えー、まぁ疑問に思われるのも当然なんですが…。その、魔法の使い方とか効果とか種類とかの知識は結構あると自負してますが理論的なことになるとさっぱりなんです」

 

フールーダは目を丸くして驚く。多かれ少なかれマジックキャスターといえば研究者に近いものがある。時たまフィーリングで魔法を使えるようなものもいるがまず大成はしない。そんな職業の極致に至る者のセリフとは思えないのも仕方ないだろう。

 

「こう、何て言えばいいのか…。ナチュラルボーンマジックキャスター的な? そんな感じです。だから本当は誉めそやされる様な人間じゃないんですよ」

「しかし、最高位階に到達しているのは事実なのでしょう」

 

何が言いたいのか察せず、話の続きを待つフールーダ。

 

「ええ。何が言いたいかと言うとですね、私がフールーダさんに自分の感覚を伝えて、フールーダさんはそれを体系だった理論に落としこむ…つまり私からの教導ではなく、共同研究という形にしてもらえないかと言うことです」

「共同研究…」

 

思いもよらぬ提案に呆けるフールーダ。

 

「はっきり言うとですね、人生の先達としても魔法の教鞭をとる人としてもフールーダさんは私より間違いなく上なんです。だから魔法の位階だけで信望するのはやめて、対等な立場で魔導を探究していきませんか?」

 

更にオデンキングは魔法が使えること以外はいたって凡人なんです、と付け加える。どのみち会話が進めば知識不足などバレることだ。ならば事実を事実として認識してもらおうという結論である。

 

「……」

 

難しい顔をして考え込むフールーダ。そう簡単に固定観念というのは崩れないものだ。しかしそこは百年単位で生きる魔法の探究者。一度だけ深呼吸して頷いた後、口を開く。

 

「わかり…いや、わかった。そういうことならば年相応に振る舞うとしようか。この老骨の身ではあるが、共同研究者として宜しく頼む」

 

偉大な風格を身に纏い、改めて対等な者として握手を求めるフールーダ。

 

「ありがとうございます。いやー、流石に自分の10倍以上生きてる方にへりくだられるのは気まずかったですよ」

 

「そう言われると返す言葉も無いな…。だが心の中では尊敬を禁じ得んのも確かだ」

 

一気に変わってしまった関係だが、中身を考えると妥当と言えるだろう。

 

「あ、でですね、魔法の研究と検証を始めるなら自分も誘ってほしいって人が居まして…」

 

当然のことながらアインズだ。この世界最高峰のマジックキャスターが自分達の魔法を検証し、解明出来るのならば喉から手が出るほどの情報となるのは間違いない。

 

「ふむ、もしやその人物も高位階の?」

「そうです。ただ人間じゃなくてアンデッドなんですけど……あ、人間に対する憎しみとかそんなのは全然ないですから」

 

そういえば異世界云々はまだ話していなかったと思い、ジルクニフに話した程度のことを伝えるオデンキング。

 

「なんと…! 長生きはしてみるものだ。まさか六大神と同じ様な存在とまみえることが出来ようとは!」

 

ふるふると身を震わせて歓喜を隠しきれないフールーダ。長きに渡り研鑽を積み重ね、それでも中腹にすら辿り着かない魔法の奥深さ。魔法で遅らせているとはいえ命の尽きる音は確実に近付いているというのに遅々として進まぬ研究。ここが自分で到達出来る限界かという落胆と、残りは後身に譲り、人類という種族が更に上の位階に達する一助になるべきという一種の諦観。そんな停滞を一気に吹き飛ばす新しい風が、むしろ嵐といっていうべきほどの革新がやってきたのだ。人生に分水嶺というものがあるならばきっとここだろうという確信がフールーダにはあった。

 

「是非お願いしたい! ああ、早く、早くアインズ殿にも会ってみたいものだ!」

 

アンデッドだろうがなんだろうがそんなものは魔導の前では些細なことだと気にもとめないフールーダ。

 

「ちょっと待ってくださいね… 《メッセージ/伝言》で聞いてみます」

 

幸い眠ることがないアンデッドだから早ければ今夜行けるでしょう、と子供の様にそわそわしているフールーダを見て苦笑するオデンキング。暫しの応答が続き、帰ってきた答えは是というものだった。

 

「オッケーみたいです。ただナザリックは色々注意点があるのでそこだけは気を付けて下さいね。後は夕食を食べながら話しますよ」

 

そろそろお腹が空いてきたオデンキングは伸びをしながらフールーダを食事に誘う。

 

「御相伴に預かろう。ああ、これほど何かを待ち遠しいと思ったことはないな…」

 

そういって立ち上がる二人。そしてそんな二人のやり取りを部屋の片隅でずっと見ていた人物がいる。

 

「どうしたんだクレマンティーヌ。変な顔して」

 

どんな喜劇が待っているかと待ち構えていたクレマンティーヌだ。しかし全くもって普通の状態のフールーダを睨みつけ体をぷるぷると震わせるクレマンティーヌ。そして急に立ち上がり全速力でドアを開け放ち走り去る。

 

「誰だお前はぁーーーーーーー!!」

 

そんな声を響かせながら。

 

「?」

「?」

 

顔を見合わせ一体なんだったんだろうと首を傾げる二人。残念ながら彼女の理解者はアルシェだけなのかもしれない。




誰だこのジジイ…

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