オーバーロード 四方山話《完結》   作:ラゼ

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学院編 3

帝国の魔法学院の昇級試験。これは帝国が誇る騎士達が学生につき、街の外に出て魔物の恐ろしさや現実の厳しさを感じてもらうことを兼ねた訓練のようなものでもある。

 

実のところこの方法はごく最近始められたものであり、今年から昇級試験を体験するものは少々不幸というものだろう。なにせ騎士がつくといえども街の外は魔物が跋扈する人類の生存圏外。生徒の母数が多ければそれだけ不測の事態に遭う者が出る可能性が高くなり、最悪の場合は命を落とすこともあるのだ。

 

それは貴族も平民も変わりなく、みな平等に危険を体感することになるということだ。皇帝の強権なくば間違いなく許されないこの試験は、一つの意味がある。それは過酷な旅の中で騎士に護られることを実体験として味わうことで彼らへの憧憬や、ひいては帝国への信頼に繋がるという意味だ。もちろん騎士達もそれをある程度は知っているためになるべく格好をつけた言動で良い印象を持たれようと頑張っているのだ。洗脳のようだというと聞こえは悪いが、これも帝国が強国であり続けるために必要なことである。

 

 

 

―――そう、必要なこと“だった“

 

 

 

 今もって人類は魔物や亜人種、異形種の驚異に晒され続けているのだからそれは間違っていない。しかしここ最近の各国情勢の変化はその認識と風向きを変えざるを得ないほどの変革が起きていることも確かなのだ。つまり皇帝の意向が存分に反映されるこの学院において、皇帝の認識が変われば気風も変わる。何をか言わんや、昇級試験の内容が変わるのもまた必然ということだ。

 

 権力の強い皇帝、その鶴の一声のもと昇級試験の内容はカッツェ平野に蔓延するアンデッド駆除と相成ったのだ。当然学生主体でそんな危険な事をする筈もなく、帝国と王国の共同作戦に同行する形である。未来の帝国を担う若き学生達をそこまで危険には晒せないということで、短時間、大人数、そして護衛の質の良さは非常に高いものとなっている。たかが学生の試験にそこまで大規模に金を掛ける価値があるのか、ましてや王国に学院など無い以上友好政策以外のメリットはないだろうという疑問はもっともだ。しかし発端をいうと実は逆である。

 

 まず最初は仕事の少なくなっている冒険者達への対策、その話し合いが王と皇帝の間で交わされていた。それは両国とも頭を痛めていることであり、元々が犯罪者予備軍と言えなくもない彼等は困窮すれば当然野盗に成り下がるような者も出てくる。なにより生活が立ち行かなくなって冒険者を辞めるものが続出すれば、いざ有事の際に収集できなくなることもあるだろう。母数が少なくなれば競争して研磨されることもなくなり、質の低下にも繋がる。それは人類の戦力低下にも繋がり、ただでさえ拮抗しているとすら言えない状況に拍車がかかってしまう。そんな状況を解決するために王と皇帝が考案したのが帝国騎士、王国兵、王国冒険者、帝国冒険者の合同でのカッツェ平野駆除作業だ。

 

 これには大きく分けて四つの意味がある。一つ目は王国と帝国の貴族や民に対する周知。もはや両国は争う意思がないと知らしめるための意味合いだ。二つ目は前述した通り冒険者達への依頼の斡旋、及びそれに付随して効果があるであろう経済の活性化。三つ目は人の住めない領域を浄化し、曖昧な領土の線引きを穏便かつ明確に決定すること。

 そして四つ目、むしろこれこそが重要な点なのだが、法国への意思表示である。そもそも法国が暗躍する理由は人類の足並みが揃わないことにあるのだ。それは元漆黒聖典の隊員からの情報もあり、かなり信憑性の高い事実である。

 

 協力が出来ないなら支配してしまえばいい。極論で暴論だが、それは無駄な争いをしていた王国と帝国が指摘出来るものではない、もし出来たなら厚顔無恥も甚だしいだろう。そんな訳で彼等は、この協力をしたという事実をもって法国への表明とする予定なのだ。何を好き好んで法国を敵と見なす愚を犯そうか。手を取り合うことが出来るならば間違いなくその方が良い。

 

 まだ足りないから、もっと欲しいから、隣の芝生が青いから。戦争の発端はそんなものだ。しかしその結果はどうだろう。

 

 王国は領土を増やすために既存の領地を、田畑を相当数荒れ地に変えた。兵士が必要だからといって徴兵ばかりしていれば、それは当然の結果だろう。それが無かっただけでもどれほどの食料が生産されただろうか。どれほど飢えで死ぬ者が減っただろうか。

 

 帝国はそれを承知で収穫の時期に戦争を幾度も仕掛けた。どれだけ無駄な命が消えたであろうか。その費用を民のために使えばどれほど潤っただろうか。

 

 無論全ては空論で、そもそも政治はそこまで単純でもない。あらゆる思惑が絡み合い、今があるからこそのたらればだ。後からこうすれば良かったのだと吠えることほど空しいこともない。それでも彼等は今を見つめて最善を尽くす。過去が愚かだといって未来まで続かせる必要もない。後に自分達が愚王と愚帝と蔑まれる世の中になったならば、それは彼等にとって本望だろう。自らの行いはまさしく正しく無知蒙昧、それが“そう“だと子孫が言うならば、その世はまさしく正常だ。

 

 とはいえ課題は膨大で、なにより足並みを揃えるのに一番の問題は法国の人類至上主義にあるのだから中々難しいだろう。なにしろ法国は末端の一般人にいたるまで亜人蔑視が浸透している。国民性まで変化させるとなると数世紀以上掛かっても不思議ではない。それでも一歩を踏み出さねばと、王と皇帝は手を取り合ったのだ。融和政策、経済政策、犯罪抑制、領土拡大、意思表示。一石五鳥のこの作戦を始まりとして。

 

 そして皇帝はついでにそれを試験に利用しようと思い至った訳だ。それは学生達のためを思ってこその提案であり、決して麻雀で負けて王国の冒険者の依頼費用まで出さなければならなくなったからではない。騎士達の動員費用を節約しなければならなかったからではない。

 

――ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「到着ー、いやー壮観ですな。アインズさん。これだけのまぜこぜな編成軍っぷりは中々ないんじゃないですか?」

「ええ。急な編成だというのがよく解りますね。オーディンさんがやめ時を誤るから……」

「だってあんなに役満が飛び交うとか思わないですよ。飛び交うっていうか一方向から役満ビームが拡散されてただけですが」

「やはり王とは豪運の塊ですね」

 

 オデンキングも運は良い方だが、ランポッサのそれは格が違った。王―――そう、『王』だ。

 

 日本語で『王』英語なら『キング』ドイツ語なら『ケーニッヒ』イタリア語なら『レッ』 言い方は数あれど、唯一にして絶対の『王』とはかくも侵せぬ神聖なるものであるようだ。

 

「ジルも最後は汗だらだらでしたね。気持ちは解りますが」

「私はランポッサさんの笑顔が目に焼き付いて離れませんよ。どれだけ費用が浮いたことが嬉しかったのやら……。やはり王様なんてなりたいものではありませんね」

 

 益体もないことを話しながら馬車の外を覗いて感嘆の息を吐く二人。金以下の冒険者はまばらに散って遊撃部隊。騎士、兵士、それに信頼と実績のある高位冒険者は色々と振り分けられているが、特に優秀な者は生徒に付いている。それぞれ均等に配置されているのはやはり両国の関係への配慮が見えるようだ。

 

 ジルクニフが滝のような汗を流して白金以上の冒険者は仕事もあるから雇う必要はないと熱弁をふるっていたのだが、それに対するランポッサの答えは大明槓からの嶺上開花で字一色、大四喜、四槓子であった。もちろん包はジルクニフである。食らった瞬間の真っ白に燃え尽きるほどの悲壮な顔がアインズとオデンキングの脳裏にこびり付いていた。

 

 数は少ないがミスリル、オリハルコン、果てはアダマンタイトも含まれているとなればジルクニフの狼狽っぷりが理解できるだろうか。ミスリル以上の十にも満たないパーティを雇うだけでそれ未満の大勢の冒険者全員分以上の金が掛かると思えばそれも仕方ないだろう。依頼は強制ではない、というよりよっぽどの強権を発動させなければ原則国の支配下ではない冒険者ギルドを動かすことなど出来はしない。必然、依頼を受ける高位パーティが少ないことを願うジルクニフだが、それは儚い夢と散ったようだ。

 

 人類一金持ちと言っていい帝国皇帝だが、ギャンブルに負けて無駄金を使うとなれば冷や汗ものである。これならいっそ話に聞いた、点数を血でやりとりする狂気麻雀の方が良かったと錯乱する程度には焦っている皇帝であった。鮮血帝ならぬ献血帝の誕生は近い。

 

 閑話休題。ともかくとしてそんな裏事情があってのこの昇級試験であるが、やることはさして変わらない。その辺を彷徨いて、敵が出てくれば実戦の空気を多少なりとも味わい、街の外の危うさを実感する。ただそれだけだ。両国も一回ですべてを終わらそうとしている訳でもなく、戦争の代わりといってはなんだが毎年の恒例行事にするのもありだろうという程度に考えていた。

 

「よし、降りましょうか。ここからは徒歩です。ちゃちゃっと巡回するだけのようなものですし、危険地帯とはいえ元々の対比戦力を比べればさして何も変わっていないでしょう」

「ですね。我々が通るルートはどうなってるんですか?」

「あ、なんか担当の冒険者さんが持ってるそうで。というか生徒は浅い部分だけですしその辺に見えるチームの後ろでも追っとけばそれですむような気がしますけどね」

「そんな実も蓋もない……」

 

 道中もほとんどオデンキングとアインズが喋っていただけなのだが、それは当然のことでもあった。クレマンティーヌはアインズがいるためおとなしく、ナーベラルは至高の御方の会話を邪魔してはいけないと沈黙し、アルシェは元々が無口である。そして外様とも言えるジエットとネメル。この両名はというと、アインズ達の話の内容が出来るだけ脳内に残らないよう頭の中を神への聖句で埋め尽くしていた。

 ちらちらと聞こえる皇帝の名前と王の名前。どう考えてもそれらと対等のような関係で喋っている彼らに二人はもはや震える羊状態である。何か機密事項を聞いてしまった暁には処刑されるのかもしれないとネメルは怯えていた。ジエットの方は母親の治療のこともありそこまではしないだろうと考えていたが、とにかく二人の正体のほうに気がいってしまう。

 

 考えないようにしなければと思いつつも狭い馬車の中だ。嫌でも耳が勝手に聞き取ってしまうのも仕方ないといえば仕方ない。街の外に出るだけでも御免被りたいのにカッツェ平野まで足を伸ばさなければならないと聞いた時は耳を疑ったが、それが皇帝のギャンブル敗北のせいだなどとジエットは聞きたくはなかった。しかし人間というものはそうしなければと意識するほどそれに集中してしまう。つまり聞きたくないと思う程、逆に内容が記憶に残るのも当然といえば当然なのかもしれない。

 

「あー疲れた。ディンちゃん私帰っていい?」

「まだ来たばっかだけど!?」

「馬車がこんなに窮屈とは思ってなかったしー、体が固まっちゃった。皇宮で寝てるから終わったらまた呼んで」

「えぇー……」

 

 幼少時は法国から出ることなく過ごし、漆黒聖典に入ってからの移動は徒歩が多かったクレマンティーヌ。そもそも漆黒聖典に入れるような輩は馬より速く、牛より持久力がある。貴人の護衛や、間に街が無い未開の地にでも行かない限りは馬車を伴う必要もないのだ。そんな訳でガタガタ揺れて速度も遅い馬車での移動はストレスでしか無かったというわけだ。何気にちょくちょくオデンキングにレベリングに付き合ってもらっているため、彼女の強さは漆黒聖典隊長に迫っている。そういった事情もあってカッツェ平野のアンデッド如きには食指が動かないというのもあるだろう。行く前はピクニック気分であったが、今は窮屈な馬車を我慢した上に目の前に広がるのは陰鬱なアンデッドの巣窟だ。気分屋の彼女が我儘を言うのは必然であった。

 

「まあいいけどさ……。《ゲート/転移門》」

「ありがと。おやすみー」

 

 お疲れーと言いながら残る者に挨拶をして出ていくクレマンティーヌ。アインズは、もしかして狂気系の厨二キャラから奔放系のやれやれ厨二キャラへ変わったのかなと推測し、ナーベラルはお二人を差し置いて不敬なと憤慨していた。そしてジエットとネメルは何位階かすら推測も出来ない高位の転移魔法を気軽に使う様子を見て押し黙った。色々と彼らの正体に想像を巡らしていたが、もしかして何かとんでもない勘違いをしているのかと考える。特にジエットは果実スプラッシュをくらった時の事を思い出し、その不可解なタイミングと人間に扱えるのかも疑問な魔法の行使を見てもしかして彼らは化物なのかと疑ってつい眼帯をずらしてしまった。

 

 しかし結果は白。左右の目で確認しても全くもって違いがない様子にほっとしつつ、故にさらなる疑問が募る。たんなる訳アリ貴族のお遊びかなにかと推測していたが、今の魔法を見てまだそう思う程ジエットも馬鹿ではない。そもそも全く貴族らしくない彼らを見てもっと早く気付けという話だろう。

 

「あ、あの、今のは?」

「ん、ああ今のは《ゲート/転移門》という魔法です。割とどこにでもいけるので重宝しますよ」

「……なるほど」

 

 何がなるほどなんだと首を縦に振る自分へ脳内でドロップキックをかますジエット。望む答えはそういうものじゃないだろうと自分に活を入れて更に問いかけようとした。したのだが、横から感じる殺気に振り向けば黒髪の美女がなに気安く話しかけてんだコラとガンをつけているのが目に入り諦めざるを得なかった。

 結局アインズとオデンキングの正体は依然謎のままである。そしてそんな喜劇を繰り広げる彼らの前に担当の冒険者が姿を現す。

 

「お久しぶりですお二人共。後の方は初めまして、アダマンタイトの冒険者『蒼の薔薇』です。今日はこちらの班の護衛をさせていただくわ……必要とは思えないけど」

「おおラキュースさん、お久しぶりです。皆さんが担当とはこれまた偶然……なわけないか。なに考えてんだあのおバカ皇帝」

「おう、久しぶりだな。そりゃまあ地図を見りゃ解るぜ」

「……? どれどれ……なるほど」

「デ、デミウルゴスは来ていないのか?」

 

 一気に人数が増えて騒がしくなる一団。予定調和の如く『蒼の薔薇』が彼らにつくことになったのは、ガガーランのいう通り地図を見れば一目瞭然である。通常の生徒が通るルートは外周部のほんの少しだけであるのに対して、オデンキング達のルートは中心部一直線。お前恒例の行事にする気ないだろというものであった。完全にカッツェ平野を殺しにいってます本当にありがとうございました。『蒼の薔薇』はどう考えても必要ないが、普通の学生がいる手前一応外聞を考えたというところだろうか。配慮する部分が間違っているとしか言えないだろう。

 

「デミウルゴス呼び捨てになってる……もしかして結構進展してるのかな?」

「ななななにがだ!? 私は別にそんな意味で聞いたわけじゃ……」

「いい感じに利用されてる」

「いい感じに搾取されてる」

「なるほど、みなまで言わずとも結構です」

 

 ティアとティナの言葉のナイフは正確過ぎるほどに的を射ているが、恋は盲目故に当人は気付かない。大体を察してオデンキングは言葉を押しとめた。そして知っている者同士だけで盛り上がるのも何なのでジエットとネメル、そしてアルシェの紹介を始めた。ちなみにアインズの事は当たり前ではあるが全く気が付いていないようなのでこっそり耳打ちしている。はえーと感心する彼女達を可愛いと思ってしまったのはオデンキングだけの秘密である。勿論『彼女達』の中にガガーランは含まれていない。ガガーランはガガーランという一つの生命体なのだ。

 

「ま、話はこんなところにして行くとしましょうか」

「ええ、闇に潜みしアンデッドが巣くうこの地ならば我が剣と魔は最高の力を発揮します。我らを襲う闇黒は魔剣キリネイラムで斬り祓い、我らを閉ざす晦冥は浄化の光が照らすでしょう」

 

 ラキュースの言葉にオデンキングは手に持つ杖で頭を叩きはじめ、アインズは右の拳で自らの頬を殴りはじめた。全ては笑いを耐え、ついでに自分の若き日の妄想を振り払うためでもある。ラキュースのことは天真爛漫で自由奔放なお嬢様冒険者だと思っていた二人だが、まさかこのような人物であったとは予想外だったのだろう。おそらくこの世界にきて一番の笑撃であったのは想像に難くない。

 

 ちなみにジエットとネメルは流石名高い冒険者だと憧れの目でラキュースを見ている。アルシェとナーベラルはいったい何事かと、狂態を見せる二人を心配して傍に寄る。なんらかの精神攻撃を疑い、しかしこの二人でどうにもならないのならばどうしようもないと焦燥にかられた。一方は身を挺してでも二人を守ると覚悟を決め、もう一方は杖を握りしめて身を構えた。まさに見当違いも甚だしいが、これは誰のせいでもない。そう、たとえ異世界ですら存在する悲しき病が悪いのだ。

 

 ずんずんと進むラキュースを先頭に彼らは動き出す。何とか復帰したアインズとオデンキングはジエットとネメルを守るような布陣で進み、雑魚を蹴散らしながら奥へ奥へと入っていく。しかし危険とも言えない状況のために少々緊張が緩んでいた。その点『蒼の薔薇』は流石である。談笑しながら歩きつつも全く警戒を怠っていない。この辺りが順当に経験を積んで叩き上げてきた者と手軽に強さを手に入れてしまった者の違いだろう。

 

 とはいえ彼女達もアインズ達の強さは充分に承知しているのでそこまで強く警戒しているわけではない。それはガガーランがジエットに迫ったりしていることからも見て取れる。ちなみにティナの方はネメルに迫っており、迷惑を受けている二人からすればアダマンタイト冒険者への憧憬はもはや幻想と成り果てていた。

 

 和気藹々とした会話は続き、会話が一瞬途絶えたタイミングでそういえば、とガガーランが少し気になっていることをオデンキングにこっそり問いかける。

 

「……ラキュースの事について少し相談したいんだがいいか?」

「いいけど、仲間にどうにも出来ないなら役に立てるか怪しいもんだ」

「いや、なんつーか……あいつは心配かけまいと必死に隠してることだから出来れば秘密裏にな。アインズの旦那もいいか?」

「聞くだけは聞くが、オーディンさんも言っている通り役に立てるかはわからんぞ?」

「ああ、それでいい」

 

 そしてガガーランは語りだす。ラキュースが持っている魔剣キリネイラムは十三英雄が所持していた伝説ともいえる剣であり、しかしその性能の高さ故かある種呪いのような何かをラキュースに齎しているのではないかと。本人は隠しているようだが、偶に内なる闇の人格というものが彼女を蝕んでいるようなのだと。

 どれだけ詳細に鑑定してもそんな呪いは存在しない筈なのだが、確かに彼女は何かに対して耐えているのだとガガーランは言い切った。

 

「……それは、その……本当にそんな機能は無」

「超技! 暗黒刃超弩級衝撃波!」

「いひぃんだよなふぁっ! ガガーラン」

「……どうした?」

「なんでもなふぃっ」

 

 先頭を歩くラキュースの必殺技の叫び声、そしてどう考えても邪気眼に侵されている彼女のプライベート情報はオデンキングを自傷させるに至った。無理やり頬の内側を歯で挟んで必死に耐えているのは気遣いか、それともただの衝動か。

 

「アインズの旦那はどうだ? なんか心当たり無いか?」

「そうだな……なんというか、別にそこまで気にしな」

「我願う! いと尊き水神よ、愛しき兄弟達に祝福を与えたまえ! そして悲しき亡者に救いの御手を……!」

「ふへいいんじゃないかはっ!?」

「そ、そうか、悪いな……?」

 

 もはやアインズとオデンキングは息も絶え絶えである。何が悲しくて異世界にきてまでこんな抱腹絶倒と過去の黒歴史の掘削を体験せねばならないのかと、体をピクピクと震わせながら脇腹を抉るようにセルフボディブロウを繰り返す。少し前に出すぎているラキュース達に更に遅れて歩みを進めた。

 

 一つ言うならば彼らの腹筋が限界に近いのは―――つまりラキュースがいつもの三倍増しで痛々しいのは、ジエット達がいるからである。彼らに冒険者のカッコいいところを見せるべく彼女は奮闘しているのだ。それにいつぞやの対シャルティア戦で実力のじの字も見せられなかったせいでもある。貴方達には敵わないけどこれでも最高の冒険者なのよ、という可愛い自己アピールとも言えるかもしれない。実際は自己アピールではなく事故アピールになっているのが悲しいところだ。確かに二人の感情をここまで乱したという点ではこの世界一かもしれないが。

 

「闇の炎に抱かれて消えなさい……」

 

 そしてこの最後の一言で二人は撃沈した。四肢を地面につかせながら、あとからすぐ追いつきますと彼女達に告げてパーティだけを先に進ませた。当然ナーベラルは二人を残して進むなど承服出来るわけもなく、三人がその場に残された。暫し沈黙が流れ、そのあとアインズとオデンキングが目を合わせて頷きあう。そしてその数秒後に二人そろって吹き出した。

 

「あれはない……あれはないでござる……ごふっごほっ!」

「それがし、もう限界でござる、ござっごほっ!」

 

 何故ハムスケと同じ口調になっているのかは永遠の謎である。バンバンと肩を叩きあい、共に腹を抱えて仲良く笑う。流石にあれは反則過ぎるだろうとラキュースの決め台詞を思い出し、更に笑いが止まらなくなる。そしてひとしきり笑い終えたあとようやく二人は落ち着いた。ナーベラルは訳が解らずおろおろとするばかりであったが、とりあえず大事はないと認識しておずおずと問いかけた。

 

「その、アインズ様、オーディン様。いったいどうされたのですか……で、ご、ござる?」

 

 謎の侍口調に合わせるあたりがメイドとしての優秀さを窺わせる。小首を傾げながら問う様は落ち着きかけていた二人を更に沈静化させた。というよりほっこりさせた。

 

「ごめんごめん、もう大丈夫だから」

「うむ、心配を掛けたなナーベラルよ」

「い、いえ! 至高の御身がご無事ならば何も問題ございません。謝罪など私には過ぎた―――」

 

 ナーベラルが言葉を言い切る前に前方から戦闘音が轟く。音量からしてかなり強力な魔法と推測でき、二人はまたもやラキュースが新たな必殺技を繰り出したのかと想像し、やはり着いていかなくて正解だったと安堵した。こんな状態で新たな技など見せられたらどうなるかは解りきっているというものだ。取りあえずは早く合流するかと立ち上がり、そして追いつこうと足を動かした瞬間さらなる戦闘音が響き渡る。継続して続くその音の意味は、つまり『蒼の薔薇』ですら簡単に勝負を決することが出来ない存在の証明だ。

 

「はて、もしかして伝説(笑)のデス・ナイトでも出ましたかね? よっぽど運が悪くないと遭遇しないと聞きましたが」

「ふむ……なんにしても急ぎましょう、オーディンさん。このカッツェ平野で『蒼の薔薇』が倒せない敵は居ないとは言っていましたが、ジエットさん達三人に関してはそうでもないでしょう。流石に死んだりされると寝覚めが悪い」

「了解です」

 

 三人は薄い霧の中を足早に駆けていき、さして離れていたわけでもない彼女達に十数秒程度で追いついた。そしてそこには彼らをして予想外と言わざるを得ない光景が広がっていた。

 後ろ寄りに戦闘を見守っているジエットとネメル。その二人の近くに位置取りながらも隙あらば魔法を放てるよう構えているアルシェ。そしてその前で彼らを守るような布陣で戦っているのが『蒼の薔薇』である。

 

 彼女達を警戒させ、それどころか圧倒するような雰囲気を見せる謎の高位アンデッド。イビルアイの魔法をいなし、ガガーランの刺突戦鎚を真っ向から受け止め、ラキュースの支援魔法すら阻害する手段の多さ。骨の体に似合わぬ業物の剣を携え、しかし見た目通りに高位の魔法も使いこなす。時には不思議な動きで翻弄し、ティナとティアの変幻自在の攻勢すら防ぎきってみせた。

 まさに強敵というのに相応しい、圧倒的強者。『蒼の薔薇』の方が挑むような形であるというのがその存在の特殊さを際立たせている。正に死の具現、死の象徴、死の恐怖そのもの。人を超えた異形の化物がそこにいた。

 

 その魔物の名は―――

 

「フフフ……この程度が王国最高の冒険者とはな。何やら随分と周りが騒がしいようだが、まさかこの儂を討伐でもし」

「あ、カジットさんだ」

「ほんとですね、なんでこんなところに」

「ししししにきたのですか?」

 

―――カジット・デイル・バダンテール。世界で一番器用貧乏な男であり、マザーコンプレックスエルダーリッチとして一部では有名な人物であった。




レッ!

シャルティアの一人転移もの書き始めたのでよかったら……




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