クオリアと世界の狭間で。   作:sorack

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前回の続きです。



彼らの物語はおそらくまだプロローグ。

「終わった~……」

最後の一文字を書き終え、手汗にまみれたシャーペンを机の上に放り出す。

腱鞘炎になるのではないかと危惧するほどに酷使した右手をクネクネと動かしながらも天井を仰ぎ、ぼ~っとしていると、

「おつかれさん」

少し離れたら場所に座っている人物から労いの言葉がかかる。

とはいっても視線は持っている文庫本に落とし、どうでもよさげな声音だ。実際どうでもいいのだろうが。

 

「おいこら、少しは親友を手伝ってやろうとかそういう優しさはお前にはないのか?」

「お前がやってきていないのが悪い、というか写しといて、そのいい様はないんじゃないかな?アイス二個いっとくかい?」

 

にこやかにそう問われると、氷河期の絶滅する寸前の恐竜並みに痩せ細った財布しか持っていない俺は当然強くは出られない。

宿題を転写させてもらう礼にアイスを奢るのだ。

親しき仲にも礼儀あり、当たり前のことだ。……あれ、使い方間違ってない?

 

「ずびばぜん、一個で許してください」

 

言いながら、くたびれた顔のまま机に突っ伏すと、同時にドアがガラガラと音を立てて開く。

とはいえ入ってくるのが誰かなど確認するまでもないので、俺と和希、二人とも視線も体勢も変わらずだ。

 

「ちょっと! 一条まだ終わんないの? こっちはとっくに済んだわよ」

「まあまあ、もう少し待ってあげましょう渚先輩、一条先輩だって頭が鳩かティラノザウルスかってくらい残念なくせに頑張ってるんですから」

「うっせーな、今終わったよ! つーか友恵はいいすぎだろ、そこまで残念じゃねえよ、国語系統ならお前らより上だっつーの! それに先に帰れっていったのに待ってるっていったのは――」

 

疲れながらもそこまで言われては苦言を呈さずにはいられない。

そう思い、文句に対抗して捲し立てながらも振り返ると、なんとビックリ。

予想通りの同じみの顔であるの女子二人と、今朝ぶつかって俺と共に遅刻をかました美少女、結城海帆が立っていた。

思わず反論も勢いを失う。

 

「じゃじゃーん! せっかくの転入初日をどっかの一条先輩にナンパされたせいで遅刻してしまった、結城海帆先輩でーす!」

 

憎まれ口を叩きながら海帆の肩に手を置き、こちらに見えるように前に押し出す。

というかなんで、そのこと知ってんだよ、お前学年違うだろうが。

海帆が美少女すぎてもう噂とか学校全体に轟いちゃっているの?

まあ石川に聞いたんだろうけど。

 

「……だからナンパじゃねえから」

海帆の予想外の登場に驚き、売り言葉に対して買い言葉が遅れる。

俺のせい、というのも否定したいところだが、そこは俺のせいにしといた方が海帆のためだろうし、実際あんなに遅くなったのは俺のせいでもある。

 

「ち、違いますよ!? むしろ私のせいで翔太君が遅れたといいますか」

可愛い上に優しいとかマイエンジェルかよ。

「そのことはもういいだろ、俺も海帆も両方寝坊したのが悪かったってことで」

その話題はもううんざりだ。

というのも、朝から美少女転入生と重役出勤してくる奴なんて、嫉妬や羨望の眼差しを受けるなんてのはもちろん。

ホームルームが終わった瞬間に二人まとめてクラスメイトに揉みくちゃにされ、質問タイムというか、もうこれ質疑応答か事情聴取だろ、それとも本当にセクハラ容疑でも掛けられてるのかしらん? と思うレベルで根掘り葉掘り聞かれたのは記憶に新しいからだ。

まあ俺ももしクラスメイトがそんな状況なら間違いなくきっちり説明してもらうけども。そのあとに男の方を縛り上げるまである。

 

「というかなんで海帆がこんな時間にまだいるんだ?」

「手続きと、遅刻してきたから、お説教です、それと少し図書館に」と、苦笑しながら海帆。

少し、というわりには、その時間の方が多いと思うのですが。

初日から図書館とは本好きか勤勉なのか、もしや仮眠をとりに行ったわけではないだろうし。

 

「だから私が捕まえたってわけ」

胸を張って誇らしげなのはいいんですけど、別に聞いてないからね石川さん?

というかだからってどういうことだよ、それ順接になってないからね?

それに胸張ってるのに陰影がないというはどういうことなんですかね、いや別にどこがとは言いませんがね、ええ。

 

「それにしても翔太君だけおとがめ無しってずるくないですかね」

口を尖らせてジト目で不満を主張してくる海帆は大変可愛らしいのだが、俺にも言い分はある。

「いやいや俺も説教されたし、おまけに夏休みの宿題今日中に提出しなきゃ駄目なんだよ? ペナルティー重すぎるだろ」

「そもそも期日は今日ですし、やってきていない一条先輩が悪いんですけどねー?」

そう言われるとその通りの正論すぎて返す言葉もないのだが、それをわかっている上でニヤニヤしながら煽ってくる友恵は非常にムカつくので、形而上の友恵に罵詈雑言を浴びせることで溜飲を下げる。

この器用貧乏! おせっかい! お人好し! ぺちゃぱい! ……なんで俺の周りの女子は貧相なのしかいないのん?

 

「なるほど、だからこんな時間まで残ってたんですね」

握り拳でもう片方の手のひらを叩く海帆、ポンっとSEが聞こえてきそうなリアクションだ。

おういぇい、我が意を得たり。

家に帰って宿題をやってから、また学校に来て、などとやるのは面倒だし無駄な時間だから論外だ、ということは学校でやるしかない訳で。

それに今日中に提出するなら評価は変わらないから和希――カズも宿題を見せてくれるのだ。

もしこのことを見越してのことならばペナルティーとはいいながらも、救済処置になっているし、なかなかに粋な計らいではないだろうか。

さすが浦先生! そこにシビれる、憧れるぅぅ~!

 

ふと海帆の表情をみると、何故かニヤニヤというかホワホワというか、なんとも言えない顔になっている。

「ど、どうした?」

顔がいいので超可愛いし、許されるなら写真撮って待ち受けにしたいまであるのだが、普通の奴がやると普通に気持ち悪い。

俺がやろうものならマッハで警察のお世話である。

「へ?」

「いや、なんか凄い嬉しそうな顔だから」

「い、いや、皆仲良いな、と思って」

そう言いながらさらにニヤニヤする海帆。

俺はあなたが可愛くてニヤニヤしてしまいそうです。

文脈から察するに、俺を待ってあげている、ということに対してだろう。

何故か気恥ずかしくなって、ついついいらないことを言ってしまう。

「こいつらが俺を待ってくれてたのはついでだ、生徒会の用事で残ってたんだよ」

「そうよ、誰かさんが朝から挨拶とプリント整理サボった挙げ句に文化祭の用意すらも押し付けられたんで、ここまで時間かかったのよ!」

「それは悪かったっていってるだろ、というか文化祭の方は先生に宿題優先って言われたんだからしょうがないだろうが! それに用意っていっても今日はまだほとんど何もしてないだろ」

「なによ、その言い草! 悪いですんだら切腹はいらないわよ!」

「こんな下らないことで腹切れるか‼」

「なんのために筋トレしてるのよ!」

「してねぇよ!」

ガルルル、と両者の喉から聞こえてきそうな言い合い。

飢えた獣のように殺気を放ち視線を交換していると、

パンパン! と破裂音が教室に響く。

「じゃあここは一条先輩が今日何か私たちに奢る、ということで手を打ちましょう!」

満面の笑みでそういう友恵は、ちゃっかりと自分の分もご所望しつつもヒートアップしてきた言い合いを止めてくれる。

いつものパターンである。

ちなみに最終的に俺が損をするのもいつもの流れだ。

 

「やっぱり仲良いんじゃないですか」

クスクス笑いながら、眩しそうに少し目を細めている海帆にカズはナチュラルに話しかける。

「まあこれだけ一緒にいればね、海帆も、すぐあの輪に入れるよ、これからよろしく」

「はい」

嬉しいような少し困ったような、そんな不思議な微笑みを海帆は浮かべた。

 

ちらと教室に備え付けられている時計を伺うと、時刻は現在16時過ぎ、思ったよりも時間が経っていた。

 

「んじゃあ俺はコレ出してくるわ」

俺以外の四人に見えるように片手で掲げながら、二人分の宿題を提出しに行こうと腰を上げる。

「俺の分もよろしく」

「ほいほい」

さっきから口数が少ないカズは未だ文庫本に目を向けている。

いつもはわりとうるさいくせに何かに集中している時は静かな奴なのだが、そんなに面白い本なのだろうか。

ブックカバーのせいで表紙が見えないが、あれをとったら多分可愛い女の子が萌え絵で描かれているのだろう。

 

そんなことを思いながら教室を出ると扉を閉める前に中から声が飛んでくる。

「早く戻ってきなさいよ? この後、帰りに海帆ちゃん歓迎会するんだから」

なにそれ、聞いてない。

歓迎会をするのは別に嫌なわけじゃないし、むしろ仲良くしていきたいから反対する理由もないので適当に返事をしながら扉を閉め、職員室へと足を運ぶ。

 

「え、ええ!? いやいや悪いですし、翔太君も疲れてるだろうから、まっすぐ帰りましょうよ」

「大丈夫ですよ、元々遊ぶつもりでしたし、先輩もあれで遊ぶの楽しみにしてるんですから、あれがカッコいいと思ってるんですよ、なんていうんですか、やれやれ系?」

ほっとけ。

 

廊下を歩いていると、いくらか温度が下がったように感じる。

室内と廊下の違いか、それとも放課後の学校独特の、季節のわりにどこか、ひんやりとした、この雰囲気だからだろうか。いや暑いのは当然暑いのだけれど。

扉を閉めた教室に背を向け遠ざかりながらも、あいつらのやり取りが耳にするりと入ってくる。

離れていくにつれて、その声は次第に聞こえなくなる。

代わりに始業式の日だというのに部活動に勤しむ野球部員の声や、その隣で負けじと声を張り上げるサッカー部員、そうした運動部の声が鼓膜を震わせる。

少し進むと、久しぶりに集まったからか、全員で合わせている吹奏楽部や、声を出すのは私達だ! と言わんばかりに中庭で円になり声を張り上げている演劇部員達、音楽室からは合唱部の統制の取れた歌声も聴こえてくる。

至るところから聞こえてくる音や声、足音、それらが耳朶をくすぐる。

実に雑多で混沌とした、学校という空間独特の不協和音にも似た、けれど決定的に何かが違う、所謂青春のコントラストに包まれていると、何かが始まるような、期待と不安が同居したような、そんな漠然とした予感がした。

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

日もほとんど暮れ、夕方と夜の境目。

空というキャンパスを見上げれば、橙色と控え目な少し白ばんだ黒とが、この時刻独特の色を描いている。

「もう九月なのに暑いですね~」

「だな」

「む、なんか先輩私と二人になった途端テンション落ちてませんか?」

頬を膨らませながら不満げな顔で覗きこんでくる友恵、自然と上目遣いになっている。

まだ少し残っている夕焼けがその横顔を赤く照らす。

こういうことを自然にやるからモテるんだろうな、とか思いながらも意識的に視線を逸らす。

「ちげーよ、なんつーかあれ、むしろ素を出してるってやつ」

「なら許しますけど」

ならその不満いっぱいな顔やめてくれませんかね。

 

俺たちは海帆の歓迎会という名の、いつも通り遊ぶ会を開催して、女子が半数以上だからあまり遅くなるのもよくないということで七時頃には解散した。

俺と友恵は家が近いから、わざわざ別々に帰るのもおかしいし、二人肩を並べて歩いている。

ちなみに海帆も朝通学路でぶつかった、もとい初対面したのだし家は近いのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。

送っていこうかと提案したら、やけに頑なに拒否されたし……この短時間で嫌われたのかな俺……あれかな、男の子に家を知られるとストーカー被害にあうかも、という危惧があるのかもしれない。

大丈夫だよ、俺が四六時中、三百六十五日体制で見守っていてあげるよ!(ストーカー)

 

何はともあれ、可愛い後輩と帰路の途中。

我ながらリア充っぽいよな~と思う。

 

「な、なんですか、そんなに熱い眼差しを向けてきて、いくら私が可愛いからっていきなり狼さんになって襲うのはNGですよ」

そんなことを思っていたら無意識のうちに友恵に視線が向いていたようだ。

それにしても自分で可愛いって言っちゃえるって素敵ですね。

 

「アホか、今更お前に見とれるわけねえだろうが、お前に見とれるくらいなら――」

 

「お姉ちゃんに見とれますか?」

 

その言葉が耳に入り意味を理解した瞬間。

――鏡に見とれてる、と発言しようとした言葉は行き場をなくしたように、霧散して消えた。

早く言葉を紡がなければ。

そう思うも、何か異物が喉に詰まったようにうまく言葉が出てきてくれない。

 

空はいつの間にか黒一色で塗りつぶされ、月の上には灰色な雲が覆い被さっている。

夜になり涼しくなっているはずが、どうしようもなく暑い。

それは漠然とした焦燥感といえるかも知れない。

血液が血管をぶち破るのではないかと感じるくらいに、心臓が鳴っている。

全身の汗腺が開き、その全てから汗が吹き出してきているのではないかという錯覚。

早く喋らなければ、けど何を。

俺はさっき何を話そうとしていた。

ふと気がつけば、動いてくれていた足さえも止まりそうになっている。

 

「冗談ですよ~何、本気にしてるんですか! というかせめて『友恵も同じくらい可愛いよ』って切り返してくださいよ」

ちらと視界に入る友恵の後ろ姿は欧米人かというくらいのオーバーな動きで頭を振りながら肩をすくめて両の手を天に向けている。

「はいはい世界一可愛い可愛い」

「それほどでもあります」

友恵は多分ドヤ顔で慎ましい胸を張っているだろう、みなくても容易く想像できる。

そんな小さな配慮が本当に助かる。

足を止めないように意識して歩く。

 

「そういえば先輩、明日の生徒会って――」

その声は殊更大きく、誤魔化すような、茶化すような、そんな声音。

情けないとしか言えないけれど、そういう気遣いをしてくれる友恵がなによりもありがたかった。

 

今俺はうまく笑えているだろうか。

 

そんなことを気にしながらも、その後は生徒会の話、今日の遊んだ話、海帆と朝ぶつかって出会った話、どうでもいい話、そんな中で無理矢理に頭の悪いことをいって笑って、そんなことをしながらも足を動かし家に近づく。

 

「それにしても夏休みの宿題の存在ごと忘れてるなんて先輩らしいですね~だから夏休みの時ちゃんと注意したのに」

「うるせ」

「まあまあ拗ねないで、なんなら私が今度勉強教えてあげましょうか?」

「友恵に教えてもらうことなんて誰かさんの胸くらいないっつーの」

「なっ!?」

ぼっ‼ とSEがつきそうなくらいに頬を真っ赤に染めた友恵は片足を機転に遠心力と鞄の重みが詰まった一発を俺の顔面に炸裂させる。

本日二度目の鼻血である。

 

朝と同じく、鼻にティッシュを詰める。

 

「先輩が悪いんですからね?」

「いや、まさかそこまで気にしてるとは思わないだろ」

「別に気にしてません! ええ、これっぽちも気になりません! 今日はこれで失礼します!」

プンスカ怒り、怒らせた肩で風を切りながら、キビキビとした足取りで遠ざかっていく。

その光景に思わず足を止め微笑が零れる。

「また明日な!」

背中に向かって別れの挨拶投げる。

数秒後、俺も家に帰ろうと足を踏み出そうとした間隙、友恵は立ち止まりポツリと溢す。

 

「先輩、私たち一体何になりたいんですかね?」

 

その問い掛けは音量自体は大きくないにも関わらず不思議と耳朶を打った。

思わず踏み出しかけていた足も元の位置に戻る。

ふと見上げた空は心なしか、さっきよりも灰色の雲が大きく厚く垂れていた。

 

――問いに対する答を俺はまだ知らない。

 




よかった、一方的な約束までにギリギリ間に合った。
もし、仮に読んでくれた人がいたなら、ありがとうございます。

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