「なるほどなるほど、会長に捕まったからあんなにギリギリだったわけか。ドンマイとしかいいようがないな」
納得した顔で、窓際に腰掛けるカズ。
「会長はなんでもしつこいからな」
諦めろとでもいいたげな苦笑を向けてくる。
「まあそういうことでございます」
昼休みのことを思い出すと返事もぐったりするというものだ。
しかもこれから放課後に手伝うとかいっちゃって……。あの時の自分を思いっきり殴ってやりたい。本当に帰りたいんですけど?
「はぁ……」
「おいおい、ため息ばっか吐いてると幸せが逃げてくぞ」
「幸せならもうとっくに田舎に帰ったよ」
虚脱感に包まれ思わずため息が溢れる。
「そこの馬鹿二人は口ばっかじゃなくて手も動かしなよ」
「うーい」
注意してくるクラスの女子に、間の抜けた返事で応じつつ箒を動かす。
箒で視界の中に収まるゴミを掃きながらも無駄話を続行する。
「まあ友恵も手伝うんだろ?」
「お前は手伝わないのかよ……」
「そりゃあ俺はお前と違って、そこまでお人好しじゃないんでな」
にやりと唇の端をつり上げ、掃除に意識を向け遠ざかっていくカズ。
そういわれると返す言葉はないがお前はお前で酷くないですかね?
掃除も終わり放課後、いざ生徒会室に……行きたくねえ……。
椅子と尻がアロンアルファで強固にくっついたのかと錯覚するほどに立てない。というか立ちたくない。
「何やってんだよ、早く行かないと日が暮れちまうぞ」
気持ちも顔も下向いていると頭の上からカズの声が降ってくる。
「は? いやお前さっき行かないっていってたじゃ――」
「だから、手伝いはしないっていったろ」
「……」
「なんだよその顔」
目を細め文句あんのかこの野郎とでもいいたそうな顔で睨みを利かせてくる。
そういわれても自分の顔は見えないのでなんとも言えないが、おそらく今の俺は目を剝き口が半開きという間抜けな表情だろう。
手伝いはしないとは言いつつも、付いて来るらしい。
ちなみに今日は生徒会活動自体はない。
ということは、そういうことだろう。
自然に口元が緩むのを知覚しながら、ゆっくりと腰を上げた。
「そうだな、じゃあ行くか」
※※※※※※※※※※※※※※※
「あの時格好つけた自分を殴りたい……」
「いいから手を動かせよ」
隣で項垂れながらも殊勝にも手伝ってくれているカズは俺と同じ境地に至ったようである。
ざまあみろ。
いや感謝はしてます。
「いや~本当ごめんね」
手元をほとんど見ずに次々と書類を片付けていく会長。
そう思うならもっと働けこの野郎。というかこれもう会長だけで終わるんじゃないの?
「そう思うなら御礼というかご褒美をというか」
ニヤニヤとした嫌らしい笑みを浮かべ指をわきわきと動かすカズに対し、
「余裕がある上にそんなに器用に動く指と顔ならもっと任せても大丈夫よね?」
石川は綺麗な笑顔を浮かべカズの紙の束にそれをさらに重ねる。
「いや、あのね?」
「なにかしら? もしかしてまだ余裕があるの? 流石ね」
「は、はい」
カズは顔を引きつらせやんわりと抗議するも渾身の作り笑顔で打ち消される。
さらに分量まで増やされてはもう何もいえまい。
ああいう奴が将来嫁に尻に敷かれるんだろうな、憐れなり。
そんな雑念もそこそこに無我の境地に達しつつ手を動かすこと二十分と少し。
溜まっていた書類も最近の物も事務系統の作業はあらかた終えていた。
「いや~終わったね~」
同じ作業をこんこんと無心で続けることも終え開放感でも覚えているのか両手を上げて伸びをする会長。
まだまだ元気そうである。
「本当疲れましたね」
一方で疲労が少し表れている友恵。
目にもきているのか人差し指と親指で眉間を揉んでいる。
「これに懲りたらしっかりやってくださいよ、澪先輩」
さすがに俺や会長の尻拭いを数多く引き受けているだけあって余裕綽々といった面持ちで全員分のお茶を入れている。
まあ少しばかり疲れが見て取れるが。
「お~お茶ありがと、なっちゃん! やるやる」
ニコニコとそう答えているが実に説得力がない。
耳に届いているのかさえ疑わしい。というか絶対やらない。
え? 俺とカズ? はは、もちろん二人して息も絶え絶えのグロッキーなうですよ。
「あ、そういえばさ、そろそろ文化祭だけどどうする?」
会長が周囲の顔を見回してそんなことを言い出したのは、石川の淹れてくれたお茶を皆でズズズと音を点てて飲んでいた時だ。
「どうするってどういうこと?」
先ほどまでの疲れはどこへやら、すっかり元気になった様子で質問を返すカズ。
「いや生徒会は毎年何かしてるし、どうせやるならやっぱり今年は去年より派手で楽しいことしたいじゃん? でさ、もう実はいくつか候補を考えてきたんだけどさ――」
楽しそうに話し出す会長に、しかし横槍を入れる。
「ちょっと待った待った! いやいやそんなこと聞いてませんて!」
ガタっと椅子を揺らすほど思わず長机に身を乗り出す。
「え? いってなかったっけ? じゃあ今言ったからよろしく!」
綺麗な指を惚れ惚れするほどに美麗な頤にあてて、一瞬思案するようなそぶりをみせてから、ペロッと舌を出してサムズアップしてくる会長。
おいマジかよ、ただでさえ友恵が無茶な提案してきたのに無理に決まっている。
くっそ、こうなったらお前からもなんかいってやれ、と視線を友恵に向けると、長年連れ添った相棒の刑事の如くアイコンタクトで意思疏通を図ると確かに、うむと厳かに頷く。
よし、かましてやれ!。
友恵は満面の笑みで口を開く。
「そうだったんですか、じゃあ皆で何かやりましょうか!」
「そうじゃねえだろぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
今度こそ身を乗り出すだけではなく勢いよく立ち上がり心からの咆哮を上げる。
「うるさいですよ、先輩」
「ちょっと、一条うるさい」
「まあちと落ち着けよ相棒」
「元気だなしょうたんは」
「なんで俺がおかしいみたいな反応!? というか会長その呼ばれ方は始めてなんですけど!?」
俺のツッコミにケタケタと笑っている会長は全員見事に無視して話は続く。
「いや、そりゃあこうなるだろ」
「珍しくこの馬鹿に同意よ、どうせ反対しても澪先輩はいってきいてくれるような人じゃないしね。それならこっちが迎合した方が建設的な話し合いができると思うわよ」
悟ったような二人は不服ながらも仕方がないと嘆息している。
「お前ら、それでいいのか!? そういった妥協に譲歩を重ねていく過程を経てわがままで己のことしか省みない恣意的な駄目人間が育っていき、やがてはそういう奴らが全国津々浦々に蔓延り日本という国家が傾いていくんだぞ!?」
「なんか無駄に壮大な話になってる上に意味不明だよ、しょうたん」
いつの間に笑い袋状態から解けていたのか会長はやれやれといった表情でややオーバーに肩をすくめる。
誠に遺憾である。
確かに自分でも何をいっているのかわからないが、とにもかくにも反対だと主張したいだけだ。というかどさくさ紛れにその愛称定着させようとしてるんじゃないだろうな。
「まあまあどっちにしろ私たちも有志参加しようとしてたんですから、ちょうどいいじゃないですか」
そうなんだけど……。
「そうだったのか、よかったよかった! それとももしかして私が参加するの嫌!?」
ドンッと長机に手をつき勢いよく立ち上がり、涙眼になって視線を投げてくる。
「嫌というか面倒臭いですね」
「ひどいよしょうたん、私とのこれまでの関係も遊びだったのね!!」
袖で目元をぐしぐしと擦りながら、こちらとのキャッチボールが出来ているのか心配になる返答をしてくる。
なんだこの茶番は。
「誤解を招くような言い回しやめてもらえますかね、というか本当にその愛称定着させようとしてませんか?」
「よし、じゃあ何するか決めよっか!」
先程までの涙はどこにいったのか、ケロっとした華やかな笑顔でそう提案する会長。
ほらみろ演技じゃないか。というか何さらっと無視してくれてんだ。この場合の無視は肯定なんですかね。全然よしじゃないんですけど? お?
「そうですね、まず会長が何を考えてきたのか教えて頂けますか?」
「お、いきなりそれを聞いちゃうかい!? いくつか候補はあるんだけど、この人数でやるなら……」
そこで一度区切り、ドルルルと回りきっていない舌で自前のドラムロールを披露する会長。
「デデン! バンドだよ! これは盛り上がっちゃうね、五大ドームツアーまで確定だよ! うおぉぉぉぉぉ燃えてきた!」
ほう。それはあれかな、バンドゥビキニで皆でランデブーからのレッツパーリーみたいなことかな。それは妙案だ。是非ともそうしよう。これで集客率売上共にナンバーワンだ、やったね。ついでに公序良俗罪で捕まっちゃうね。
「バンドですか……」
少し俯き顎に手をやり逡巡するカズ。
すぐにパッと顔を上げると輝くような笑顔でグッと親指を立てている。
「いいですね!」
「だよね! いや~我ながら妙案だなと思ったんだよ! この人数ならちょうど良いし!」
「……そうですね、人数は、何も問題ないですね」
気鬱に陥りながらも口を挟まなければこのまま決定しそうなので発言する。人数は、のところを強調。
「お~しょうたんも珍しく賛成みたいだよ、決まりだね!」
プラス思考というか、それ以前に会話のキャッチボールに齟齬があるとしか思えない解釈をした会長はいたく上機嫌に手を打ち鳴らしそう言う。
なにいってんだこいつ人の話聞いてんのか、助詞のてにをは習わなかったの?
「いやだから無問題なのは人数だけなんですって、大体バンドなんて誰が楽器できるんですか。歌だけじゃ無謀というか、もはやバンドじゃないですよ」
その場合はボイスパーカッションかボーカルパーカッションまたはマウスドラムスである。全部同じじゃねえか。
「まだ一ヶ月以上もあるんだし余裕余裕」
その根拠のない自信はどこから湧いてくるのか、是非俺にも分けてほしいものだ。
正直会長ほどのスペックの高さを有するならば一ヶ月あれば文化祭で演奏しても恥をかかないくらいの腕前には上達できる気がしないでもないが、会長一人が披露できるようになったところで結局のところ俺たちができなければ無意味だろう。まあ会長弾き語りのソロライブでいいんならできるだろうけど、むしろそうしてくれないかなと冷めた視線を照射してから口を開く。
「それは会長だけですよ、とてもじゃないけど一ヶ月でなんて俺たちには無理です。バンドはやめときましょう」
「え~できるよ! 皆ならできる! 気合いだよ! ファイトだよ! 漢なら挑戦だよ!」
語気荒い言葉に連動しているのか、両手をぶんぶん上下運動させ、ぴょんぴょん跳ねてそういう会長。
というかここにいる大半が女子なんですけどね。
「まあ確かに一ヶ月でマスターはちょっと無理ですね」
苦笑いしてそういうのは友恵だ。
「そういえば友恵も何か案があったんじゃないの?」
ふと思いだした石川に問いかけられた友恵は苦笑から微笑みに切り替え手を打つ。
「そうでしたそうでした、会長が面白い提案してくれたんで忘れてましたよ」
「そういや聞いてなかったな。なにやるんだ? いや待てよ、今思いついた! メイドカフェとかどうだ!?」
一人で盛り上がり始めるカズに呆れを多分に含ませた睨みをくれてやる。
「この人数でメイドカフェできるわけないだろうが、寝言は寝てから――」
「お~カズカズそれいいね!」
どうやらカズの案は会長の感性には嵌まったらしい。それとも俺の感性がおかしいのだろうか。ちなみにこのニックネームも初耳である。
「ちょっと、そんなの絶対嫌よ!」
石川のこれが正しい反応だと思う。
「でも少し楽しそうですよね」
「友恵本気!?」
「いえ、もちろん進んでやりたいってわけではないんですけど、学生の文化祭らしくていいじゃないですか。それに卒業したらこういう機会もあまりないでしょうし」
確かにそういわれると学生の時しかやるチャンスなんてないだろうし、どうせやるならお祭り騒ぎのときにしておいた方が賢い選択な気もする。文化祭ってビッチがコスプレしまくってるイメージあるし。木を隠すなら森の中ってね。
などという馬鹿馬鹿しい思索が同期したわけではないだろうが、石川も俯きぶつぶつといいながら悩んでいる。
四対一、民主主義である我が国、日本である原理原則に従えば異端なのは石川らしい。
え? 三対二じゃないのかって? 人数的な問題を加味するならもちろん反対だけど、この美少女たちのメイドコスとか見たいに決まってるだろ、いい加減にしろ。
とはいえ。
「さすがにこの人数でカフェは無理だろ」
「まあそうですね」
しれっとそういう友恵。
ちっ、期待しちまったじゃねえか。
そんな俺の単純な心理を読み取ったのかフッと不敵に微笑む。
「で・も! 別にメイドカフェじゃなくてもコスプレはできますよ?」
なん……だと……?
俺とカズが血走った瞳でごくりと喉を鳴らす。
つまり……つまり……。
『生徒会で着てくれるのか!?』
「んなわけないでしょ!」
俺とカズ、二人同時に後ろから石川に頭を叩かれる。
む、違うのか。
でも今までの話となんの関係が、とそこで思い至る。
「まあ冗談は置いといて」
「本気だったくせに」
人の心情を勝手に読むな、エスパーかなんかなの?
「要するに、何するのかはまだ決まってないが文化祭の自分達の出し物の時はメイドコス着るってことだろ? まあ悪くはないけど、でもな~……」
「あれ、嫌なんですか?」
なんだよその意外そうな顔。そんなに俺がメイドコスフェチだと思ってたのかよ。俺よりカズの方が好きだろうし、なんなら個人的には普段の制服が一番好みです。
もちろんそんな思考は口にしない。
「嫌じゃねえけど……」
「けど?」
きょとんとしている友恵を始め、部屋にいる女子を順に見やる。
三人とも性格は置いとくとしても傍目からみればその容姿は充分に美少女といっても過言ではないだろう。主観ではあるがむしろ学校でトップクラスといってもいい。
そんな奴らがメイドコスなんてしてみろ、ほら……なんか……あれだよ、気色悪い客とか……そこまでいかなくてもこいつらの顔とか体とかみたいだけで来られてもこっちとしては迷惑だし? 女子たちを撒き餌に集客なんて小者がやりそうなことだし。そんな人を外見でしか判断できないような奴らから金を巻き上げるだけでもしたくない。うん、個人的な理由で、ひどく利己的な原理で反対するだけだから、うん。
誰に言い訳してるんだ俺は、と己に突っ込みを入れてから、それらを吐き出すために細く長い溜め息を一つ漏らしてから再度口を開く。
「……あれだ、ほら、生徒会役員があんま羽目外して、また風紀委員にいちゃもんつけられたり、教師連中から目をつけられんのも癪だし面倒だろ。後顧の憂いを自分達の手で作り出すのも馬鹿らしいしな。」
一度言葉が出てくれば、それを皮切りにスラスラと舌が回ってくれる。
だがそんな俺の様子がおかしかったのか、友恵は怪訝な面持ちでじと目を向けてくる。
思わず顔を背けてしまってからマズったかと思ったが、五秒ほど俺に視線を照射してから何に納得したのか、一人で相好を崩してしきりに頷いている。
「そうですね、じゃあメイドコスはなしの方向でいきましょう」
友恵のその言葉にほっとしつつも会長がむくれるのではないかと危惧するも、唇を尖らせつつもケロッとした顔で「ちぇ~じゃあしょうがないからそうしようか」といっている。
肩透かしをくらいつつもよかったと安堵する。
「元々着るつもりなんかないわよ、それで結局なにやるのよ?」
「あ、そういや聞いてなかったな」
石川がカズを睨み言う。
「あんたが話の腰を折ったせいでしょうが」
「そうだっけ? まあ細かいことは気にすんなよ」
ヘラヘラとそういうカズに対して石川は柳眉を危うい角度に傾け嗜める。
「あんたは少し気にしなさいよ」
このまま放置していてもいいのだがまた話が進まなそう(メタ発言じゃないよ)なので口を挟む。
「はいはいお二人さんそこまでだ、また話の腰折ってるぞー」
石川は、自分が指摘したことを自らが犯してしまったのがブーメランとして刺さったのか、ハッとしたように羞恥で顔を朱に染める。カズは、すまんすまんと一声。
全員の意識が友恵に集まったところで、彼女は少し得意げな笑みを浮かべて言う。
「私が提案するのはーー」
あけましておめでとうございます!
新年早々こんな勢いだけの物語に目を通してくださってありがとうございます!
本来は去年の内に投稿したかったのですが少し時間がありませんでした、もし微粒子レベルの可能性でこの物語を楽しみにしてくれている方がいたら、遅くなり申し訳もありません。
そしてできれば今年も読んでいただけるように登場人物共々全力で走りますので、暇で暇で仕方がないときにでもお目を通していただければ、それだけで幸いです。
そういえば先日、入間人間先生のデビュー作『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』という作品を読んだのですが衝撃を受けました。その感想を書きたいのですが、あまりに冗長すぎる気もするので割愛します。つまり何がいいたいのかといえば世の中天才多すぎよね! ということです。
以上、冗長なあとがきでした。
今年もよろしくお願いいたします。