――マズイ、マズイ、マズイ。非常にマズイ。いや違う、味のことじゃない。目の前の卓上に並んでいる友恵が作った手料理に文句なんてこれっぽちもない。……こともないけど、そうじゃない。これはもっと深刻だ。どれぐらい深刻かといわれれば、それはもう元気玉で死んだと思ってたフリーザが死んでなかった時くらいの深刻度である。いやあれは絶望か……。
とりあえず、早急に友恵にはおかえりいただかなければならない。
さて、どうやって早めに――
「――ぱい、せんぱい、……翔太!」
「お、おう、なんだ?」
意識が全て内側に向いていたところを、友恵の呼びかけによって現実に引き戻される。
弾かれるように顔を上げると、机を挟んで真向かいに座る彼女は訝しむような、いや不安の色を瞳に湛えている。なんだ、俺なんかやらかしたっけか。
「……もしかしてごはん不味かった?」
思考に耽っていたせいでぼうっとしていたのを、不味くて固まっていたと勘違いしたのか、そんなことを訊いてくる。
「いやいや、普通に全然うまいよ」
手と首を左右に振りつつ内心で、普通に全然うまいってなんだ日本語としておかしいだろ。とか自分にツッコミをいれる。そしてごまかすように眼前のクリームコロッケにかぶりつく。サクッとした歯ごたえの後、口内に広がるのはとろりとした熱いクリーム。
当然のことながら、そんなものにかぶりついたりすれば――
「あっつ!?」
――やけどする。
「ちょっと、なにしてるの……」
呆れつつも、箸を置きすぐに立って水を持ってきてくれる。それをありがたく受けとり一息にあおる。
「悪い悪い、いや旨いからついついほうばっちゃってよ」
飲み干したコップをテーブルに勢いよく下ろす。少し舌がヒリヒリするも笑顔を浮かべ、そういってほうれん草のお浸しを口に運ぶ。しゃきしゃきして出汁も効いてるし実に美味である。
そんな俺を友恵は怪訝な面持ちでたっぷり五秒ほど見つめてきたかと思うと、数瞬後ににっこりと作ったように綺麗な笑みを張り付ける。
「……翔太、何か隠してる?」
凍てつく冷気を孕んだ言葉と視線が俺を貫く。
ぜったいれいど、いちげきひっさつ。めのまえがまっくらになった!
とは残念ながらならない。いっそそうなったら楽なのになー、と現実逃避しつつも脳みそと舌を回転させる。
「おいおい、なにいってんだよ、俺が嘘ついたり隠し事する? ファニーファニー! ありえないっての、大体お前に嘘ついて俺になんの得があるってんだよ」
よしよし、舌の滑りは上々、今なら外郎売りも噛まずにスラスラ言える気がする。
身振り手振りを交えて大袈裟にそうのたまう俺に、しかし友恵は尚も疑惑の目を向けてくる。
おかしい。なかなかうまく捲し立てたと思うのだが、どうやら流れてはくれないらしい。
感触としては暖簾に腕押しといったところ。
旗色が悪い、そう判断してさらにいい募ろうとすると、
「はぁ~……ついこの前も言ったけど、話したくないことなら別に話さなくていいよ」
半目の呆れ口調でそういって、クリームコロッケをその小さな口でかじりしっかりと咀嚼。嚥下してから、明るいはしばし色の瞳と鮮やかなピンク色の舌を覗かせる。
「で・も! 体調悪いんならいって」
少し怒っているのか不機嫌そうな語調。刀身の穂先のように刺さる視線。
その瞳と言葉は問われているものではない。その両方ともに込められているのは確信だ。
「っ! 悪くないって、大体食欲だってこんなにあるんだからそんなことあるわけないだろ、なんなら今から逆立ちで町内一周してきてやろうか? いやもうどうせなら日本一周、否! 地球一周してきてやろう!」
会長とカズのハイテンション時のものをサンプルに道化を演じるようにおどけてそういう。
チラリと薄目で正面に座っている友恵を確認すると、無言で責めるような眼差しでこちらを射ぬき静かに座している。そして一言。
「そう」
無。まさかの無反応。いや、もうちょっとなんか反応あるでしょうよ。くそ、やはりあの二人と比べるとテンションの高さは敵わないか。
ならばと切り口を替えて、
「そういえば知ってるか? 今俺たちが貸してもらってる楽器ってな、実はカズが――」
「しょ・う・た!」
ダンっと机に手を置きズイっと小くて整った顔が迫ってくる。近い近い。
吐息がかかるかというくらいまで迫ってきた友恵は目を細めて俺の顔をジロジロと観察する。
「大体そんな赤い顔して、なんでもないわけないでしょ。熱でもあるんじゃないの?」
いや多分顔が赤いのは君に原因があると思うですよね、はい。
「……元気だっていってんだろ」
お茶を飲んで言葉も表情も濁す。
なおも至近距離から見つめてくる、というか睨んでくる。
汚泥に浸かりきってまとわりついてくるような居心地の悪い空気が十秒ほど流れる。ついにこちらが観念してゆっくりと深く座り直して脱力。ため息を一つ。
背もたれに体重を預け降参とばかりに両手を上げる。
「ほんのちょっと……それこそ素粒子レベルで疲労が溜まってるのは否めないけど飯しっかり食って、明日までにはきっちりかっちり体調万全で行くから大丈夫だって。なんせ明後日は大一番だからな」
そういって残りのおかずを口に放り込み、米も一気に掻き込む。そして空にした茶碗の内側を見せつけるように対面につき出す。それらを向けられた彼女は眉間に皺を寄せて不服そうだった顔を、フッと微かに頬を緩めると、諦めたように苦笑いを綻ばせた。
「そうだね、じゃあ翔太は今日と明日は早めに寝てよ。皆に迷惑かかるといけないし」
「俺の健康のためじゃねえのかよ」
「あれ、体調悪いんじゃなくて疲れてるだけなんじゃなかったの? 素粒子レベルで」
ニッと意地悪くからかう笑みを向けてくる。そう言われると、もちろん俺の返答なんて決まってる。
「当たり前だろ、疲れてるってのもこんなもん誤差の範囲内だ。今からライヴだって余裕だよ」
軽口を軽口で返し、勝ち気な笑顔を刻む。
「じゃあその元気は明後日まで取っておいて明日は皆で気楽に回ろっか」
「俺はそれでいいけど、あいつらは俺たち以外にも付き合いある奴らがいっぱいいるだろ」
ジロリと目を正面に向ける。
「……というか、お前だって俺に気使わなくていいから友達とか彼氏と回れよ」
彼氏の部分は茶化すように響く。
「そうしたいのは山々なんだけど、誰かさんを一人にすると一日目来ないでしょ」
溜め息と睨みを一つちょうだいする。
「別に俺が行かなくても問題ないだろ」
「いーえ、生徒会メンバーが来ないのは駄目。生徒会にだって少しは仕事あるの忘れたとは言わせないよ?」
そういえばそんなもんあったけか、と記憶をまさぐりながら答える。
「あ~……うん、わかった。行く、行きますよ、行くからお前は好きな奴と行動していいぞ」
「却下」
まさかの即答である、気を使ってやったってのに。
「なんでだよ……」
「残念ながら翔太にそこまでの信用はありませーん」
腕を交差させバッテンを作る友恵。
なんだそのポーズ、ちょっと可愛いじゃねえか。
今までの会話からもわかるように、明後日はライヴである。ちなみに俺たちの通う稲星高校では文化祭は二日に渡って営まれる予定である。一日目は在校生だけが参加できる、なぜ二日目にライヴを演るのかというのは一般開放は二日目のみという理由からだ。
俺たちのバンドは在学生のみで構成されているため有志といえども、一日目に演っても許されるのかも知れないが、そこはやはりどうせやるなら客が多い方が良い。という満場一致の形で収まったわけだ。
まあ早い話、特別に手を抜いているわけでも力を入れているわけでもないということである。
クラスによる出展も、文化部による発表や展示も、あまり客いりが期待できそうにない演劇部も、ろくに料理していない出来合いの物を出すくせにぼったくりだとしか思えない値段の飲食店も、ダンボールで作られたお化け屋敷も、オタサーの姫が生息してそうなマン研のオナニーイラストも、他にも上げればキリがないが、そのどれもがどこの学校でもみられる普通の光景なはずだ。他校に友達いないから同じかどうかはわかんないんだけど。
至極つまらないということもないが、特に面白いわけでもない。それでも、大人も子供も一緒くたになって盛り上がり、熱狂の渦の中で最高だと青春だと喚き立てている。ならばこれが正解なんだろう、多分。
なんにせよ文化祭といえばクラスや部活、学校全体で一致団結。弾ける汗、溢れる笑顔、結ばれる男女の仲。なーんてイメージがあるのは俺だけだろうか。去年とか学校に友達いなくて自主休講したので実際どうなのかはこれっぽっちもわからないんですけどもね。いや違うって、文化祭の後の期末テストに備えて勉強したかっただけだから(勉強やらなかった)。テスト目前にひぃこらいいながらやるの嫌だし、間に合わなかったら悲惨じゃん?(寝てた) ちゃんとやっとかないと泣いても喚いても後悔しても後の祭りってね、文化祭だけに! ……いやごめん、我ながらないと思ったわ。
だがなんだかんだいいながらも去年とは違い少し楽しみではある、何せ晴れ舞台があるのだから。我ながら現金な奴だとは思うが誰だってそんなもんだろう。緊張もあって胃に穴が開きそうではあるが。
フスーと鼻で空気を噴射してから、
「わかった、そんなに俺と一緒がいいならしょうがない付き合ってやるよ」
冷やかすように唇の端を吊り上げる。
すると友恵は俯き、口を開いたり閉じたりむにゃむにゃと、か細い声を洩らす。
「じゃ、じゃあ」
そこでほんの数ミリ顎を持ち上げてチラリとこちらに視線をやる。紅潮する頬、蠱惑的な声、潤んだ眸。その全てに庇護欲が掻き立てられる。
「もう一つ、お願いして、いい……かな?」
誤魔化すようにはにかみ居心地悪く体を揺すり、チュニックの裾を握りしめる。
「ぉ――」
自分の喉とは思えないほど音にならない。
頭が一斉に仕事を放棄、無味乾燥な白紙が脳内を占拠している。
停滞した世界の中で交錯するのは、互いの視線。
友恵は机に両手を置き、身を乗り出して顔を近づけてくる。俺は金縛りにあったように動けない。粘度の高い何かが絡みついてきているかのような緩慢とした速度で彼我の距離をなくしていく。とにかくわけもわからず声を出そうとするも、声帯から発せられるのは「ひゅーひゅー」と隙間風のような意味をなさない音だけだ。
薄く瞼を下ろし軽く唇をすぼめる彼女の顔が視界を埋めつくし、ついに目を閉じる。そして――
「ぷっ、あっはははっ!」
――直後に響いたのは弾けるような笑い声だった。
……へ?
「何その乙女みたいな反応!」
ゆっくりと瞼を上げると眼に写るのは、椅子を逆向きに座り、背もたれを抱え込んでケタケタと笑う声を上げる友恵。
活動を停止していた脳みそが稼働する。
「お、お前な……」
怒りやら羞恥心やらで頬をピクピクとひきつらせて、口を開くが出てきた言葉はそれだけだった。
一方友恵はまだ笑い続けており、それを呆れつつ眺め嘆息する。全く、さすがにこの手のやり取りでは敵いそうもない。
「はぁ~……ったく、もういいから、帰れ」
そこで友恵はようやく笑い声を止めると、目の端に浮かんでいる雫を指でなぞって払う。
「あれ、拗ねた?」
その言葉は無視。
「……明日はちゃんと行くし生徒会の活動もちゃんとやるよ。それは約束してやるから、本当にお前も好きな奴と行動していいぞ。せっかくの文化祭なんだしな」
矢継ぎ早にそういって、二人分の食器を流し台へと持っていく。汚れをとるためにシンクにそれを浸けこんでいると、背後から声が飛んでくる。
「却下、ってさっきもいったでしょ。だから、しょ・う・が・な・く! 一緒にいてあげますよ」
一音づつ区切り『しょうがなく』の部分を強調して謳うようにいう友恵に、しかし悪い気はしなかった。
だからなのだろうか、なんの捻りも意味もない憎まれ口しか出てこなかったのは。
「別に頼んでねえっての、アホ」
俺は自分の言葉が嬉しそうに響いたのに気がつかなかった。
いつもならもう少しグダグダしたり勉強を教えろだの本を貸せだのなんだのとうるさく騒いで帰りが遅くなるのだが幸いというべきか、それから友恵はすぐに帰宅していった。
どうやら、疲れている俺に配慮してくれているらしかった。本当に周囲をよくみている奴だ。あいつがせっかく気を使ってくれたんだ、今日はやるべきことをさっさと済ませて大人しくいつもより早めに就寝しよう。そう考えて少し重い体を動かして布団に入ったまではいいが、そこで唐突に脳裏に去来するものがあった。
……明日の生徒会活動って何時からでどこでやるんだっけ。その疑問に答えてくれたのは、すぐに電話をかけた先のカズだった。
ただ、このとき彼によってもたらされた情報は全くの無駄になる。
――翌日、文化祭に俺の姿はなかった。
いつものことながら無心で書くの楽しい、でもストーリーもクソないから困りものです。後何も考えていないと俺ガ●ルに引っ張られてる気がしなくもない。
……それと皆さん忘れているかも知れませんが海帆がメインヒロインです。一応……多分、もう友恵でもいいかなと思わないでもない。
感想待ってます。