ソードアート・オンライン ーハートリライアンスー 作:トンカチ
プロローグ
2022年11月6日、日曜日。
午後1時に《ソードアート・オンライン》の正式サービスが開始された。
立延幹也は偶然にもSAOを買うことができた。
幹也は15歳。つまり、受験生だったのだが、どうしてもSAOでフルダイブを体験してみたかったのだ。幸いにも、幹也はまだ勉強が出来る方だったので、志望校はA判定をとっている。だから、少しぐらいなら遊んでもいいだろうと思ったのだ。
幹也はサービスが開始されてすぐにログインをした。
プレイヤー名は《ミキ》。
ミキは、ログインして《はじまりの街》の石畳を初めて踏んだ時の記憶はたぶん一生忘れないだろうな、と思った。
最初はこれが本当に仮想世界なのかと疑った。リアル過ぎたのだ。
感動もつかの間に彼は武器屋に駆けつけた。ミキはゲーマーだ。これまでも、ゲームを始めたらまず最初に、武器屋に行っていた。それはSAOでも変わらない。
安い武器を適当に買い、早速フィールドに出てモンスターと戦ってみた。自分で体を動かし、モンスターと戦う。ミキにとって、まるで夢のようだった。相手は青イノシシ、正式名《フレンジーボア》、レベル1の雑魚モンスターだったが少々手こずりながらも何とか初めて倒すことができた。倒した瞬間はとても気持ち良くて、ミキはずっと戦っていた。時にはマニュアルに載っていた《
ミキは空が夕焼けに染まるまで、モンスターと戦うのに夢中だった。ミキは今日はここまでにしようかなと思い、《メインメニュー・ウインドウ》を呼び出すため、右手の人差し指と中指をまっすぐ揃えて掲げ、真下に降り、ウインドウを操作した。
そして、ミキは異変に気付く。
ログアウトボタンがなかったのだ。
ミキはSAOにログインする前に隅から隅までマニュアルを読んでいたが、ログアウトボタンを押す以外に仮想世界から現実世界に戻る方法は載っていなかった。
最初、バグかとミキは思ったがなにか妙だった。すぐにGMコールをしたが、返事はない。
しばらく呆然としていると、突然、鐘のようなサウンドが鳴り響いた。
直後、ミキの体を、鮮やかなブルーの光の柱が包んだ。彼の視界をみるみる奪っていき、視界が真っ白になり、気が付くと彼は《はじまりの街》の中央広場にいた。周囲には彼と同じように転移させられたのだと思われる人が一万人近くいた。
数秒間、人々は押し黙り、きょろきょろと周囲を見回していた。
ミキは視線を上に向けてみた。と同時に誰かが上を見ろという声がした。そして、そこに【Warning】と書かれた単語がずらりと並んでいた。
やがて、それは空全体に血の海のように広がり、形を変えた。
出現したのは、身長二十メートルぐらいの真紅のフードをまとった人の姿だったが、その中身は空洞だった。
周囲の無数のプレイヤーたちから、ささやきが沸き起こる。
と、それらの声を抑えるかのように、不意に巨大なローブの両腕を一万のプレイヤーの頭上で、左右に広げ、男の声が降り注いだ。
『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』
唖然としたミキの耳に、赤ローブの何者かが両腕を下ろしながら続けて発した言葉が届いた。
『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』
茅場晶彦。SAOの開発ディレクターであると同時に、ナーヴギアそのものの基礎設計者でもある、若き天才ゲームデザイナーにして量子物理学者。
茅場はメインメニューからログアウトボタンが消滅しているのは、不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》の本来の仕様であり、自発的にログアウトすることができない。また、外部の人間によるナーヴギアの停止、解除は有り得ない。もしそれが試みられた場合、ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブで脳を破壊し殺す、と言った。
一万人のプレイヤーは伝えられた言葉が理解できない、もしくは拒んでいた。
茅場と名乗った男はさらに無情に、残酷に告げる。
『この条件は、すでに外部世界では当局およびマスコミを通して告知されている。ちなみに現時点で、プレイヤーの家族友人等が警告を無視してナーヴギアの強制除装を試みた例があり、その結果――残念ながら、すでに二百十三名のプレイヤーがアインクラッド及び現実世界からも永久退場している』
ミキはもう何がなんだか分からなかった。
――二百人以上のプレイヤーが死んだ? そんなこと信じられるわけがない……、そんな馬鹿げたこと。
しかし、茅場はあくまでも事務的に続ける。
『多数の死者が出ていることも含め、繰り返し報道している。諸君のナーヴギアが強引に除装される危険はすでに低くなっているだろう。諸君には、安心してゲーム攻略に励んでほしい。しかし、充分に留意してもらいたい。諸君にとって、《ソードアート・オンライン》は、すでにただのゲームではない。……今後、ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』
脳が破壊される。それはつまり死ぬということ。≪死≫という言葉がミキの頭をぐるぐると回る。
ミキは昼に青イノシシと戦ったことを思い出した。青イノシシは雑魚だったがそれでも攻撃はくらった。ずっと戦っていたからダメージが蓄積されていて、彼のHPバーは半分にまで減っていた。
――残り半分のHPが無くなったら俺は……死ぬ。
ミキは悲鳴をあげそうになった。いや、もう少し恐怖が少なかったら、彼は悲鳴をあげていただろう。ミキはよろけてしまい、無様にも尻餅をついてしまった。
『諸君がこのゲームから解放される条件は、たった一つ。アインクラッド最上部、第百層まで辿り着き、そこに待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすればよい。その瞬間、生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされることを保証しよう』
(第百層をクリアなんて出来るわけがない。ベータテストでは、二ヶ月で六層までしか上がれなかったって言ってたはずだ……)
ベータテスト時はプレイヤーが千人で、今は一万人いるが、これはベータテストの時とは大きく異なる。死が付きまとうのだ。
さらに、赤ローブは一切の感情も持たずに告げた。
『最後に、諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれたまえ』
ミキはメインメニューを出現させ、アイテム欄のタブを叩き、所持品リストの一番上にあった《手鏡》をタップし、オブジェクト化のボタンを選択すると、小さな四角い鏡が出現した。
ミキは鏡を除きこんだが、変化はなく、呆然とする。
が、突然、彼と周りのアバターが白い光に包まれた。
光は消え元の風景が現れた。何も変化がない。しかし、周りのプレイヤーから口々に、「お前誰だよ」という言葉が聞こえ、まさかと思い鏡を見る。そこには、見慣れた現実世界の彼の優しげな、大人しい顔が映っていた。
まるで、この世界は現実世界だとでも言うかのように鏡の中のミキが彼を見る。いや、おそらく茅場は現実だとミキたちに認識させたかったのだ。
茅場は最後にこの世界を創り出し、観賞するためにナーヴギアを、SAOを造った、と言い残し、
『……以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の健闘を祈る』
巨大なローブ姿が音もなく消えた。
「嫌ああ! 帰して!」
「ふざけるな!」
「ここから出せよ!」
一万のプレイヤー集団の悲鳴や絶叫が広大な広場を震動させた。
ミキは頭を抱えて、その場にしゃがみこんだ。
「……どうして、こうなったの? お願いだから帰してよ……」
その言葉が声に出された物だったのか、それとも心の中で思ったことだったのか、彼には分からなかった。
HPがゼロになったら死ぬ。そして、ここからは出られない。現実世界に戻るためには第百層のボスを倒さなければならない。
――そんなこと本当に出来るの? 出来たとしても、何年かかる?
負の連鎖が彼の頭の中を支配する。
「……俺はいったいこれから……」
悲痛な声で小さくミキは呟いた。
ゲーム開始から、一ヶ月で二千人が死んだ。しかし、まだ第一層はクリアされていない。そして、プレイヤーの《ミキ》は未だ、《はじまりの街》のベッドの上で膝を抱えて