ソードアート・オンライン ーハートリライアンスー 作:トンカチ
《証拠物件》のロープを回収し、ミキ、キリト、アスナは部屋を出ると、教会の出入り口へと戻った。同じく証拠品である黒い短槍は、キリトがアイテムストレージへ格納してある。
キリトが入り口にいるプレイヤー二人に訊ねたが、やはり通過した者は一人もいなかったようだ。
と、突然、
「アスナ! 何かあったの!?」
「げっ!!」
ミキは声のした方に振り向いた瞬間、つい呻いてしまった。突然の来訪者はミキにとってSAOプレイヤー中最も会いたくないプレイヤーの中の一人だったのだから、致し方なかったのかもしれない。
「あ、ユキ!」
プレイヤー名《ユキ》
ミキとユキは名前は似ているが、この二人はいわば、犬猿の仲で水と油だ。
「いいところに来たわね、ユキも手伝って。人数が多い方がいいし」
アスナはユキに手短に今回の事件について説明する。
ユキに説明するのに30秒もかからなかった。別に説明が終わるのを待たなくてもいいだろ、とミキはキリトに言ったのだが、キリトは「まあ、そういうな」と苦笑してミキに言った。説明し終わると、キリトは大きな声で呼びかけた。
「すまない、さっきの一件を最初から見てた人、いたら話を聞かせてほしい!」
数秒後、人垣から一人の女性プレイヤーが進み出てきた。
キリトを見てやや怯えたような顔ををする女の子に、アスナが優しい口調で問いかけた。
「ごめんね、怖い思いしたばっかりなのに。あなた、お名前は?」
「あ……あの、《ヨルコ》っていいます」
そのか細い震え声に、聞き覚えかあったミキは彼女に聞いた。
「もしかして、最初の悲鳴は君?」
「は……、はい」
ヨルコという女性プレイヤーは頷いた。年齢はおよそ17、8歳ぐらいだ。
ヨルコは瞳に涙を浮かべた。
「私……、さっき……殺された人と、友達だったんです。今日は、一緒にご飯食べにきて、でも広場ではぐれて……それで……そしたら…………」
震える肩をアスナがそっと押し、教会の内部へと導いた。
何列も並ぶ長椅子の一つに腰を下ろさせ、アスナが隣に座る。
ミキとキリト、ユキはやや離れたところに立ち、女の子が落ち着くのを待った。ミキはこいつは隣に座らないのか、と思ったが、おそらく、一部始終を見ていないから、なんと声をかければいいのか解らなかったのだろう。
アスナが背中をさすっていると、やがてヨルコは泣き止み、すみません、と言った。
「ううん、いいの。いつまでも待つから、落ち着いたら、ゆっくり話して、ね?」
「はい……、も……もう大丈夫、ですから」
ヨルコはアスナの手から身体を起こし、こくりと頷き話始めた。
殺された男の名前は《カインズ》で、同じギルドにいたことがあったこと。今でもたまにパーティーを組んだり、食事をしたりしていること。それで、今日もこの街で晩ご飯を食べに来たが、広場で見失い周りを見回したら、教会の窓からいきなりカインズが落ちて宙吊りになったことを四人に話した。
「その時、誰かを見なかった?」
アスナの問いに、ヨルコはゆっくりと首を縦に動かした。
「はい……一瞬、なんですが、カインズの後ろに、誰か立っていたような気が……しました」
(やっぱり、犯人はあの部屋にいた。なら、あの監視のなか脱出したのか……、だが、ハイディング機能付きの装備は移動中は効果が薄くなるはずだ。それより、高度な隠蔽スキルを持っているのか?)
「その人影に、見覚えはあった?」
「………………」
ヨルコはしばらく唇を引き結んでいたが、数秒後、解らないというようにかぶりを振った。
最後にキリトが、カインズが誰かに狙われた理由に心当たりがあるか訊ねたが、否だった。
ヨルコを宿屋まで送り届けて、ミキたち四人は転移門広場まで戻った。
この事件の報告を聞くために待っていた人たちに、事件の概要を伝え、未知の《圏内PK》手段が存在するかもしれないということも伝えた。
「さて……、次はどうする」
キリトが他のメンバーに聞くと、アスナが即答した。
「手持ちの情報を検証しましょう。特に、ロープとスピアを。出所が分かれば、そこから犯人を追えるかもしれない」
「なるほど……動機がダメなら物証ってわけか。となると、鑑定スキルが要るなぁ。おまえ、上げて……るわけないよな」
「当然、きみもね。……ていうか……」
キリトを一睨みする。
「その《おまえ》ってやめてくれない?」
「へ?」
その会話を聞いていたミキが、にやっと笑ってキリトに言う。
「そうだぞ、キリト。せめて《貴女》、それか《副団長》だろう」
「そうだな……、あとは《閃光様》とか」
「普通に《アスナ》でいいわよ」
「りょ、了解」
キリトは素直に頷き、話題を戻した。
「で、鑑定スキルだけど……ミキは上げてないよな」
「上げてないよ。《
剣姫はユキの二つ名である。刀を武器にトップレベルの実力を持ち、まるで踊っているかのように闘う美しい姿から付けられた名だ。
「その呼び方やめて、《赤服》」
剣姫と呼ばれるのは嫌なのか、顔をしかめてお返しにミキの二つ名を口にする。なぜミキが赤服と呼ばれるようになったかというと、いつも赤い服を着ていて、誰かが勝手に赤服と呼び出し、そのまま定着したためだ。
「じゃあ《姫様》」
「ほんっと、あんたうざいわね。私も名前でいいわよ」
「へいへい、でどうなんだ?」
「上げてるわけないじゃない」
上げてるわけないじゃないを、ミキは何故か頭の中で、上げてるわけないじゃない、バカなの?っと解釈してしまった。
「まあそうだわな。……フレンドとかにアテは……?」
キリトが訊ねたのをアスナが首を振る。
「友達の武器屋やってる子が持ってるけど、今は一番忙しい時間だし、すぐに頼めないかなあ……」
「そっか。じゃあ、俺の知り合いの雑貨屋斧戦士に頼もう」
「それって……あのでっかい人? エギルさん……だっけ?」
アスナがそういった瞬間にミキが右手の拳でぽんっと左の手のひらを叩いて言った。
「おー、あいつがいたな。忘れてたぜ」
メッセージを打ち始めたキリトに、アスナが口を挟んだ。
「でも、雑貨屋さんだってこの時間は忙しいでしょう」
「知らん」
キリトは容赦なく送信ボタンを押した。
第50層主街区《アルゲート》につくと、アスナが屋台で串焼き肉を買い、もともとそういう話だったでしょ、といい他の三人にも分けた。
雑貨屋に着くとキリトが店主に来たぞー、と呼びかけたが背を向けているエギルは、
「……客じゃないやつにいらっしゃいませは言わん」
とムクレ声でそう唸った。
まだ店内に客がいたが、今日は閉店だと言い、謝罪しつつ全員を追い出し閉店操作を行った。
「あのなあキリトよう、商売人の渡世は1に信用2に信用、3、4が無くて5で荒稼ぎ……」
エギルが振り向いて、キリトの隣に立つプレイヤーたちを見た瞬間フェードアウトした。
アスナは笑顔でエギルに頭を下げた。
「お久しぶりです、エギルさん。急なお願いをして申し訳ありません。どうしても、火急にお力を貸して頂きたくて……」
「エギルさん、こんばんは~。私からもお願いします」
「よっ、エギル。よろしく」
アスナとユキに対してだが、エギルは即座に任せてくださいと胸を叩いた。
「圏内でHPがゼロになった、だとぉ? デュエルじゃない、というのは確かなのか」
「あの状況で、誰もウィナー表示を見つけられないとは思えないし、今はそう考えるべきだと思う」
「仮にデュエルだとしても、飯を食いにきた場所で申し込みを、ましてや《完全決着モード》を受託するなんて有り得ない」
「直前までヨルコさんと歩いていたなら、《睡眠PK》の線もないしね」
「そうね……、睡眠薬があるのかどうかは知らないけど、睡眠薬を飲ませて殺害、なんて少しはぐれて見失ったぐらいじゃ、時間的にも不可能だわ」
4人がそれぞれ意見を補足し合う。
「第一、突発的デュエルにしては遣り口が複雑すぎる。事前に計画されたPKなのは確実と思っていい。そこで……こいつだ」
キリトはウインドウを開くと、ロープを実体化させ、エギルに手渡した。ロープはまだ、先端が大きな輪になったままだ。
エギルはロープを太い指でタップし、開かれたポップアップウインドウから、《鑑定》メニューを選択。
「……残念ながら、プレイヤーメイドじゃなくNPCショップで売ってる汎用品だ。ランクもそう高くない。耐久度は半分近く減ってるな」
「だろうな。あんだけ重装備のプレイヤーをぶら下げたんだ。物凄い加重だったはずだ」
「まあ、ロープには期待してなかったさ。わざわざ、ロープをオーダーメイドする物好きなんていないだろうしな」
キリトはミキの言葉に微笑みながら確かにな、と言った。
「さて、次が本命だ」
キリトはストレージをタップし更にアイテムを実体化させた。
出現したのは全体が同一素材の黒い金属で出来た、長さ1メートル半くらいの
特徴は全体に短い逆棘が生えていることだ。
キリトは慎重に槍をエギルに渡した。
「PCメイドだ」
鑑定を終えたエギルが告げた。
4人が同時に身を乗り出した。キリトとミキは本当か!、と思わず叫んだ。
「誰ですか、作成者は?」
アスナの切迫した声に、エギルはシステムウインドウを見下ろしながら答えた。
「《グリムロック》……。聞いたことねぇな。少なくとも、一線級の刀匠じゃねえ。まあ、自分用の武器を鍛えるためだけに鍛冶スキル上げてる奴もいないわけじゃないが……」
エギルが知らない鍛冶屋を4人が知ってるわけがなく、短い沈黙が満ちた。
が、すぐにアスナが硬い声で言った。
「でも、探し出すことはできるはずよ。このクラスの武器を作成できるレベルに上がるまで、まったくのソロプレイを続けてるとは思えない。中層の街で聞き込めば、《グリムロック》とパーティーを組んだことのある人がきっと見つかるわ」
「確かにな。こいつらみたいなアホがそうそう居るとは思えん」
「エギルさんの言う通りね。アホも大概にしろって感じ」
エギルとユキが深く頷き、アスナと同時にアホソロプレイヤー二人を見た。
「な……なんだよ。お、俺たちだってパーティーくらい組むぞ……なあ?」
「キリトの言う通りだな。《剣姫》にアホと言われる筋合いはない」
「だーかーらー、《剣姫》って言うのやめろっつの。ユキって呼びなさい」
「へいへい」
ミキが適当にユキをあしらう。
「パーティー組むってあなたたち、ボス戦の時だけでしょ」
アスナに冷静に突っ込まれ、反論できずにキリトは押し黙る。
「阿呆に付ける薬なしってね」
ユキがとどめと言わんばかりにアスナの言葉に引き続いた。
アスナはふん、と鼻を鳴らし、エギルの手中のショートスピアを見た。
「ま……正直、グリムロックさんを見つけても、あんまりお話ししたい感じじゃないけどね……」
「それは、私も同意見ね。もしかしたら、武器を何に使うか知ってて槍を鍛えたのかも知れないし……」
「……少なくとも、話を聞くのに、タダってわけにはいかない感じだな。もし情報料を提供されたら……」
キリトがそう呟くと、エギルはぶんぶん首を横に振り、アスナはじろっとキリトを一瞥した。
「均等にいきましょう……、ユキも手伝ってくれる?」
ユキは両手を腰に添えふふん、と言ってから首を縦に振った。
「当然よ、ほっとくわけにもいかないしね。それにアスナの頼みとあらば、断るわけにはいかないでしょ」
「ありがとう。助かるわ」
キリトはエギルに最後の質問をする。
「いちおう武器の固有名も教えてくれ」
禿頭の巨漢は、ウインドウを見下ろした。
「えっと……《ギルティソーン》となってるな。罪のイバラ、ってとこか」
「…………罪……か……」
ミキは囁くように呟いた。
ミキは黒髪で目にかかるくらいの長さで、いつも赤い服を着ています。