ダンジョンに裸で潜るのは間違っているだろうか 作:白桜 いろは
――ドンッ、ドンッ!
「……なんだ?」
翌日。俺はやけに五月蠅く響くノックの音に眼が覚めた。
……昨日受けた印象からすれば、あの神様はこんな乱暴な起こし方をするような
――いや。そういえば、他の眷属は前のホームで寝泊まりをしているって言っていたな。もしかしたらそいつらが朝になってこちらへ来たのかもしれない。
「ふぁい……どちら様ですか?」
このまま無視しようとも思ったのだが、そろそろ朝練の時間なので丁度良い。眼をこすりながらのっそりとベッドから起き上がり、俺は自分に与えられた部屋の扉を開けた。
すると、目の前に現れたのはやけに筋肉質な大男だった。身長は二メートル弱あり、チョコレート色の肌に黒のアンダーシャツを着ている。
そんなおっさんはこちらの姿を見た後、驚いたかのように眼をパチパチとさせ、俺の姿が現実であるのだと理解すると、口を開いた。
「ん?誰だ小僧?」
「あぁん?名乗るならまずは自分からだろうがおっさん、テメェから名乗れや」
「は、知らねぇのか?昨日もここに着たはずだが……俺は不動産屋のミレニアだ。今日はここの引き取りに来たんだよ小僧」
「んぁ、引き取り……?」
「なんだ、知らねぇのか?ここはとっくに
そうおっさんはしっしっ、と俺を部屋から追い出すような素振りを見せた。
それにしても……売却済み、だと。なんかあの神様から聞いた話と違うんだが。
「どういうことだおっさん?俺はここがアフロディーテ・ファミリアの本拠地だって聞いてるんだが」
「そりゃ昨日までの話だな。今日からはヘファイストス・ファミリアのモンで、それが俺達の元に売り払われたって話になってるんだよ」
「……はぁ!?」
俺はおっさんの体を押しのけて、とりあえず今の話を確認するために昨日の大広間へと向かう。恐らくあの神様も起きているならば、そこに居るだろう。
急ぎ部屋から駆け足で彼女の元へと向う。廊下をいくつか渡り、階段を三段飛ばしで駆け下りて、昨晩の食事の所へと風を切って走る。
そうして辿り着いた広間では、ここの主神のアフロディーテが一人の黒服となにやら話をしていた。筋肉でパツパツになったそのスーツを見るからに、恐らく奴も先ほどのおっさんの仲間なのであろう。
俺は昨日見たのと同じ姿の彼女の側に駆け寄って、その肩を掴んで自分の方へとひっくり返す。そしてそのまま彼女に当面の疑問をぶつける。
「おい神さん、こいつは一体何がどうなってるんだ?」
「あら、カタナ君。丁度良かったわ」
「良かったわ、じゃねぇよコラ。なんで朝っぱらから筋肉達磨を見なきゃならんのだオイ。悪い意味で一発で眼が覚めたわ」
「まぁ色々あったのよ。とりあえず君は一旦部屋へと戻って、昨日持っていた荷物を丸々纏めてきてくれないかしら」
「はぁ?なんでだよ?」
「なんでも、よ。とにかく行ってらっしゃい」
問い詰めようとした俺の言葉に対して、彼女は適当にはぐらかそうとする。……やけに気になるな。
そのまま責めても良かったのだが……。
「ほら、早く行って頂戴?」
俺に向けられた眼からは、どうやっても今は答えようとしないことが読み取れる。
「……ったく、良く分からんが、後でちゃんと説明しろよ」
「もちろんよ。後で全部教えるわ」
とにかく訳の分からないまま、俺は言われたとおりに一旦部屋の方へと戻る。
もっとも、準備と言っても荷物なんて無いようなものだ。昨日ベッドに横になる際に近くに脱ぎ捨てたままのシャツとズボンを着て、壁に立てかけてあった剣を腰の帯に吊るし、その上からコートを羽織る。所持金はゼロなので、財布などを入れるポーチは空っぽだ。
それらの支度を一分くらいで終わらせ、再度広間へと戻る。
「終わったぜ、神様よ」
「よし、それなら問題無いわね。それじゃあ皆さん、私達はこれで失礼するわ」
「えぇ。確かにこれで、元アフロディーテ・ファミリアのホームの押収を完了とさせて頂きます」
「……押収?」
信じられないような単語を耳にして驚いた俺は、つい体を硬直させてしまう。
しかし目の前の男達は既に話が終わっているかの如く、流れをトントンと進めていく。……いや、実際に終わっていたのかもしれない。俺の知らないうちに、全てが。
「今からここは我々の元に入りますので、早速ですが、すぐにでも出て行って頂きたいのですが……」
「はいはい、分かってるわよ。全く、せっかちな連中ね」
「すみませんが、これも人間社会の規則なので」
「そうね。私達もそれを納得で降りてきているのだから、致し方ないわ。さっさと出ましょう、カタナ君……カタナ君?」
わずかながら放心状態にあった俺の背中がペチペチと叩かれる。
「うーんと、今は何が起こっているのか分からないでしょうけど、とにかく外へ出ましょう。ね?」
「あ、あぁ……」
半ば彼女に引っ張られるようにして、俺はファミリアのホームの外へと引っ張り出される。
途端に、ぼーっとしたままだった俺の瞳に眩しい朝の光が差し込んでくる。同時に外気の寒さが肌を通して頭を刺激する。
「とりあえず説明は朝ご飯を食べなからにするから、一緒に着いてきてね」
現状が良く分からないままの俺は、言われるがままに彼女の後に付いていくことしかできなかった。そのまま数分歩いて、やがて“豊穣の女主人”という一つの酒場に辿り着くと、彼女はその中に躊躇無く足を踏み込ませる。
見たところ結構大きそうな店なのだが、朝早くと言うこともあるのだろう。店の中には誰一人として客らしき人の姿は見えない。ウェイトレスの服を着た女性達がせっせと掃除をしている最中だった。
「ん、客かい?悪いが未だ店はやって――お、アフロディーテ様じゃないかい」
店の主人らしき、一回り体の大きい女性が奥の方から顔を出す。と、彼女は神様の顔をみてビックリしたような声を上げた。
そんな彼女に軽く手を振って挨拶すると、神様は早速要件を取り次いだ。
「どうも、ミアさん。実は悪いけれど、少し早めに朝食を取りたいの。出来ないかしら?」
「いや、まぁ神様は常連みたいなモンだし、構わないけど……いいのかい?今は確かファミリアも大変なんだろう?」
彼女は気の毒そうな表情を浮かべて俺達を見る。
しかし俺の方はさっぱり現状が掴めていないので、首を傾げることしかできない。
「そうだったのだけれど、今日でもうそれもお終いよ。全部綺麗さっぱり片付いちゃったし、もうノープロブレムなの」
「ふーん、そうなのかい?だったら良いんだけれど……」
「えぇ。だからその話はここまでにしましょう?それで、ここに四百ヴァリスあるから、これで朝食をお願いね。中身はお任せで」
「あいよ。……そうだねぇ、アンタはパスタ一人前。後、神様はいつも通りパンだね。よぅし、手の空いてる奴でいいから早速準備にかかりな!」
「「はい!」」
店の奥からそんな威勢の良い返事が聞こえてくる。
女主人はその声に満足そうに頷くと、こちらに近くの座席に座るように促した。
「それじゃあカタナ君、そこに座りましょうか」
俺達はカウンター近くの座席に上がったままの椅子を下ろし、隣同士になってゆっくりと腰掛けた。……さてと、もう良いだろう。
俺は彼女の方へと体を動かして、ここまで我慢してきた例の疑問を率直にぶつけた。
「さてと。もういい加減、話してくれますよね?一体、何がどうなってるのかを。どうしてさっきの連中はあのホームを差し押さえするみたいなことを言ってたんですか?」
「そうね、話すって言っちゃったし、一からちゃんと説明して上げる。……まずは一言、先に謝っておくわ。ごめんねカタナ君。――君の所属したアフロディーテ・ファミリアは、
「……はぁ!?」
「分かりやすく言えば、解散しちゃったのよねー。ふふっ」
「か、解散……」
目の前の女神はなんてこと無いかのように笑っているが、どう考えたってただ事ではない。いくらオラリオ新人であるこの俺でも、ファミリアの解散なんて普通じゃないことは分かる。正直、聞いた事も無い話だ。
――まぁ、ある程度の内容は予測できないこともない。例えばメンバーが全員神の下を去ってしまった、とか。
しかし、そんな内容は到底信じられるようなものではない。
一体なにがあったのだろうか。眷属全員が消えてしまうなんて、よほどの事がなければまず有り得ないハズだ。眷属というのは神の恩恵を受けた存在。一般人よりかは多少なりとも強い。少なくとも、ダンジョンで全滅する以上にスケールの大きな話になりそうだ。
俺は唾をごくりと飲み込んで、彼女に眼で続きを促す。運ばれてきたお冷やを丁寧に一口飲み干し、それで唇を湿らせてから、彼女はゆっくりとその内容を語り出した。
「まず、一言で纏めちゃうと――騙されちゃったのね」
「騙されたって、一応神様であるアンタが?」
「一応、は余計よ。ともかく、えぇ。そうよ。本来信じ合うべき子供たちに、私は裏切られたの」
そこから朝食が運ばれてくるまでの間に、彼女はアフロディーテ・ファミリアの崩壊、その歴史を語るのだった。
彼女がここ、オラリオに来たのは四年前。
下界に存在する“美しいもの”を集めるため、というのが目的だったらしい。その為には下界のお金が必要で、それで先に降りていた神々の作ったファミリアというものに眼を付けたらしい。
最初の内は少々苦労したものの、知り合いの神様などに手伝って貰いながらなんとか勢力を拡大した。とりあえず最初は数を揃えるために手当たり次第に、特に差別することなく若い男女であれば希望する者全員を引き込んでいった。
ファミリア自体の目標は迷宮探索。
彼女自身に鍛冶や道具作成と言ったスキルが無く、そんな状態において金を集めるのに手っ取り早いのがそれだと思ったから。
最初の二年が過ぎると徐々にレベル2に到達した者も現れ始め、それに釣られた者が加入してくることにより、爆発的にファミリアは大きくなっていった……ように見えたらしい。
そうして順調に育っていったのが、二ヶ月前までのことだった。
その頃には既にレベル3に到達した者も数人ながら出てきており、オラリオの中でも中堅に食い込む程度の実力を見せてきた。
しかしそこでファミリアの命運を断ったのが、とある一つのファミリアとのいざこざだった。
「……どこなんだよ、そのファミリアってのは」
「知らないわ。その時深くは聞かなかったし、処理とかも全部部下に任せてたのよ。私にとっても相手なんてどうでも良かったし、ふて腐れちゃって神会の手続きも代理証を渡して彼らに投げちゃったから」
ともかく、その騒ぎの正体とは――
眷属が、所属するファミリアをなんらかの目的により変更することだった。
最初の内は週に一人二人が申し出る程度で、その時には既にかなりの規模に膨らんでいたせいか彼女自身特に眷属の中身に興味なかったから、特に引き留めたりはしなかった。
ただの二十過ぎの男性から始まり、次は十代の女子。その次は三十後半の男性。十代前半の男子。二十歳の女性。……最初の内は気にも留めなかったのだが、やがて一週間に一人、二週間に七人――そうやって、自らの元を去っていく人間が増え始めた。
それでも彼女は気に留めたりはしなかった。十、二十が減ったところで自身の手元に入って来る金額に大した差はなかったから。
しかしある日の朝。
彼女がファミリアの朝会に出ると、残っていた千人近くのメンバーが全員、一気に
「ちょっと待てよ。よく分からんが、そんなことはあり得たりするのか?」
「知らないわよ。でも実際にあったんだから、あり得るみたいね。相当珍しい事案だとは思うけれど」
彼らが言うことには、“このファミリアの方針に着いていけなくなった”らしかった。
しかし方針と言っても“迷宮探索したときに一定の上納金を納める”だけで大した内容ではない。その他の運営などは全部眷属達に任せっきりだった。
どう考えても彼女自身に非はない。有るわけがない。故に彼女はそれを許可しなかった。一人二人ならともかく、こんな人数ともなればさすがに困るからだ。
しかしそれを見越していたのか、リーダー格だった一人の眷属――対外的には団長であった人物が、こう言った。
改宗先の神には、彼らの意志に従い速やかに
「
「眷属同士の戦いで決める、下界における神同士の意地の通し合いよ。今回ならば“眷属を引き渡せ”という相手に対し、“渡すわけないじゃない”っていう私。その二柱の神の眷属を使った争いね。けれどこっちに味方は居なかった」
そもそも眷属全員が
戦争したところで、眷属にやる気が無い以上は勝てる訳がない。
「それでも今の状況から考えるに、その提案に乗ったんだろ?」
「……勢いで、つい」
「なるほど、馬鹿なんですね」
「余計なお世話よ!……いえ、そうね。実際あの時の私はどうかしちゃってたし。いくら眷属の中身に興味が無かったと言っても、ショックだったわ。で、結局私たち――ううん、違うわね。味方なんて居なかったんだから。私は見るも無惨に、眷属の誰もが剣を取らないで敗北したの。で、
「――まさか」
わざわざ
そう、神に知られたと言うことは則ち、オラリオ全体に知れ渡ったと言うこと。そうなったとなれば、今更それを無かったことには出来ない。それこそが遊戯の真の目的。
つまりは――。
「そう、全部
「最悪だな……」
話を聞く限り、その眷属達は明らかに碌でもない者達だろう。いくら武器一筋でやってきた俺でも、一般人とどうしようもないクズの区別くらいはつく。そもそも神に対する敬意すら持ち合わせない……それどころか、他人に対しての最低限の礼儀も持っていない真性のゴミだ。
――しかし。
「そこまでは分かったんだが、そこからどうやったらあのホームが売り払われるなんて話に繋がってくんだよ。メンバー全員抜けたところで、売却には関係無いだろうに」
「えぇ。だからここまではあくまで前置き。本題は今からよ」
彼女はそう言って、続きを語り出した。
「中堅ファミリアになった私のファミリアは、当然ながらそれなりに名前が売れていたわ。少なくともオラリオの中ではそれなりに有名だったし、さっきのミアさんの態度から見てもそれは分かるでしょう?」
「ああ、そうだな」
「連中は私からの信頼を裏切るだけでなく、そういったファミリアの名前すらも弄んだのよ。
「手紙?」
「端的に言えば、連中はファミリアの名前を使って借金をしていたの。手紙の内容はその催促だったわ。――額にして、五億ヴァリス」
ご……五億ヴァリス!?
「額にして五億ヴァリス。ヘファイストス・ファミリアでそれだけの武器を購入していたの。アフロディーテ・ファミリア名義でね」
彼女はそういって、一枚の紙を胸元から取り出した。……何処に仕舞ってたんだアンタは。
とにかく彼女が広げたその中には、今言ったとおりの内容が書かれていた。恐らくこれが、先ほどの手紙の中に入っていたものなのだろう。
「ファミリアを乗り換えるついでに一級品の装備を揃えていったってわけか。それも、元のファミリア持ちで。……まさかそんな奴がいるとはなぁ。呆れてものも言えん」
「恥ずかしながらその通りよ。私だって読んだときにはその場でしばらく固まっちゃったし。ともかく、その借金を埋めるために、私はあそこを手放すしかなかったの。それでも数百万足りなかったんだけど、その辺りは私のドレスとかを売ったりしてなんとか賄ったりしたわね」
「ファミリアの貯金なんかはなかったのか――いや、そうか。全員に任せていたってさっき言ってたよな。その中には当然、金庫の管理も含まれていたわけだから……」
「そうよ。私への上納金もそこに仕舞われてたんだけど、試しに確認してみれば、中身はもぬけの殻だったわ。出て行く前に全部持っていったか、使い込んじゃってたみたいね。一日で使い切れる金額じゃないし、多分全員で分割したんだと思うわ」
「それで、その売却日が、今日だったってわけか……」
「えぇ。貴方が朝に見た彼らは、引き取り手達だったってわけ。――これが真相の全てよ。アフロディーテ・ファミリア崩壊の、ね」
……到底信じられる内容ではないが、嘘では無いのだろう。
彼女の眼は、真実しか語っていないと告げている。何より、嘘をつくためだけにあんな大男たちをわざわざ雇ったりはしないだろう。
「はい、お待ちー!パスタ一丁にパンですよ!」
そこで丁度調理が終わったらしく、こちらに来たウェイトレスによって俺の前にパスタが、神様の前には一切れのパンが置かれる。
「とりあえずそれを食べましょう。冷めちゃうわよ」
目の前の彼女はそういってから、自身のパンを丁寧に一口分千切ってから食べ始めた。
俺も言われるがままに、目の前のミートパスタにフォークを突き刺して一気に齧り付いた。コクのある肉のソースにトマトの酸味が混じり、コクのある甘さが舌を楽しませる。
……あんな話を聞いた後でも、飯だけは美味い。
しかし、なんとなく、スッキリとしない。妙に嫌な後味が残る。話に聞いた馬鹿共のことは、あくまで俺の与り知らぬところの事だったとしても、吐き気がするようなものだ。
食事時に聞く話じゃなかったよな、これ。まぁ、聞いてしまったものはしょうがない。純粋な料理としては普通に美味かった。
「美味いな、コレ」
「当然よ。ここって凄い人気なの、夜になったら凄く騒がしくなるわよ」
「へぇ……」
俺はその後味を感じる前に、一気に皿の上のものを掻き込んだ。
山盛りになっていたパスタは彼女は一切れのパンを食べ終わる頃には空になる。
その様子を見ていた神様は、その余りの速さに眼を見張っている。
「……昨日も思ったけれど、ご飯を食べる速さは天下一品ね。美しくないけど」
「別に良いだろ、散らかしているわけでもないぜ?」
最後に口まわりに付いたソースを紙ナプキンで拭き取ると、俺はフォークを置いて、ふぅ、と一息ついた。
「それにしても、不自然だよなぁそいつら。いくら改宗するって言っても、予め相手の神の言葉も取り付けておいて、更に借金まで全部こっちに押しつけるなんてよ。いくら神にこだわらない俺でも、そんなことはしないぜ?」
「そうね。そこは私もおかしいとおもったわ。でも幾ら考えてた所で今更後の祭りよ、分かりはしないわ。どうして彼らが突然こんな行動を起こしたのかなんて。本人達に問いただそうとしても、実はあれ以来、誰一人として行方が知れないもの。神の名前も、実際には手続きを任せた眷属が神会に通さずに非公式にしてたみたいで、記録されてなかったの。神会の代わりに世論で強制力を持たせる気だったのね、きっと」
――そこから先は暫く、俺と彼女の間で無言の時間が続いた。彼女は改めてその内容を振り返ったせいか暗い気分になっているのだろうし、俺も聞いていて気分が悪い。
少なくとも計画的な犯行であるのは間違いなくても、その内容は犯人もろとも闇の中。明らかにしようとしても、手の打ちようがない。
今のアフロディーテ・ファミリアでは、その闇を照らせるほどの光がない。
神様たった一柱、それも
彼女は溜息をつきながら、小さく呟く。
「フレイヤみたいに情報屋を経営してる男神をたらし込めば少しは分かるかもしれないけれど、私はそんな節操のない事はしたくないし……」
「いやそれは単なるビッ――」
ごほんごほん。
流石に神相手にそれを言ってはマズいか。
「結局、諦めるしか、ないのかしらね……」
そう言って彼女は、悲しそうに俯いてしまった。
「……だったら、一旦この話はおいておこうぜ。ともかく、どうしてこんな現状になったのかは分かったからさ」
特に対策がないと言うのなら、朝メシも食べ終わったことだ。これ以上嫌な気分になるのも無駄だし、そろそろ本題――迷宮探索の方に話を移したいのだが。
そんな考えは顔にも表れていたのだろう。彼女は申し訳なさそうな顔と不思議そうな顔を半々にしながら、静かに口を開いた。
「……貴方、やっぱり止める、とか言わないの?」
「なんの話だよ?」
「だって貴方、まだ
「んな訳ないだろ」
俺はそんな彼女に、びしっとデコピンを当てる。
「痛っ!――にゃにするのよ!?」
「あのなぁ。昨日言ったろ、正直どこのファミリアでも良かったって。それに、それはそれで丁度良かったのかもしれんし」
「どういう事よ?」
「そもそも俺は集団行動なんかが苦手だからな。誰もいない?それならそれで構わないさ。んな訳の分からん阿呆共が消えたんなら丁度良い。足手まといがいないって事で、分かりやすいし」
「……え?」
「なぁ神様、そもそも俺は今までのアフロディーテ・ファミリアといった、終わったものに興味はないんだ。今の俺はアンタの性格が気に入ってるんだよ。馬鹿な気まぐれで一宿一飯を提供してくれたアンタが、な」
「カタナ、君……」
彼女は眼をうるうるとさせてこちらを見てくる。――しかし。
「いや、純真とは言い難いか。アンタ、最初は騙すつもりだったろうし」
「ぎくっ」
彼女の顔から、悲劇のヒロインみたいな表情が消える。そうして今度は額に冷や汗を浮かび上がらせ始め、顔をこちらから背けようとするが……そういうわけにはいかない。
俺は彼女の頭を掴み、無理矢理にこちらへと再度振り向かせる。
それでも眼を反らそうとする彼女だが、俺はそのまま語り始める。
「昨日の話、忘れたとは言わせないぜ。さもまだメンバーが存在しているかのように言って、暗に巨大ファミリアであると思わせようとしてたよな。どうせそれに釣られて入らせよう、とか思ってたんじゃないのか?大規模ファミリアであることに加えて、主神は美の女神なんだ……そりゃ、田舎から出てきたばかりの左右も分からん男性からしたらまさに天の助けに見えるだろうなぁ、オイ」
「ええっと、……なんのことやら分からないわね」
「それで誤魔化せるとでも思ってるのか?」
俺はそんな彼女の頭にチョップを入れる。
「にゃっ!?また何するのよ!」
「あん?それが人を騙そうとしてた奴のセリフか?」
「――いえ、なんでもないわ……」
俺が軽く睨み付けると、それだけで彼女はしゅんと縮こまってしまった。
……ま、別にいいんだけれども。
「それでもとりあえず、適当に流さずに全部話したんだ。それくらいの嘘なら問題は無いし、俺がアフロディーテ・ファミリアに入ることに変わりはない。これで話は終いだ。落ちぶれたファミリアが恥ずかしいってんなら、また今から名を上げてけば良いだけの話だ。幸いにも俺の目的にはダンジョンの上層だけじゃ足りない。最低でも深層にはいかなきゃならん。それまでにファミリアの名も戻るだろうし、そう気にするな」
「……ごめんなさいね、カタナ君」
「いいからさっさと恩恵を寄越せ。どうせさっきので金も尽きたんだろ、今日の分の宿代くらいは速攻で稼いできてやるよ」
「……分かったわ。ミアさん、悪いけれど朝食ついでに一室貸してくれないかしら。この子に
「あいよ。それじゃ、上の一室が開いてるから……シル、案内してやんな」
「はい、それではお二人とも、行きましょうか」
気分を取り直し、俺達は一人のウェイトレスの案内の元に一つの部屋へと入る。
案内してくれた女性が出て行ったのを尻目に、神様は部屋のドアを鍵まで掛けて厳重に閉じた。
「変に見られるものではないから、これも仕方ないわ。……それじゃ、まずは上着を縫いで、そこのベッドの上に寝転んで頂戴ね」
俺は言われたとおりに、上着を脱いで寝転んだ。
その上にとすっ、と彼女が馬乗りになる。どうやら、恩恵は背中に刻まれるらしい。
「それじゃ、今から恩恵を刻むのだけれど……」
彼女はそこで、何故か躊躇うかのような口調になる。
「どうかしたのか?」
「いえ、せっかく新生:アフロディーテ・ファミリアなんだから、いっそのことファミリアの紋章も変えちゃおうかと思ってね。カタナ君、何かアイデアを出しなさい」
「それじゃ、剣で」
即答した俺に彼女は図々しいわね、と溜息を着く。
「……まぁいいわ。新生できるのも、貴方が話を聞いて受け入れてくれたお陰だもの。さて、それじゃあどうしましょうかね、っと」
そうして彼の背に刻まれたのは、元々の
本来ならばそれだけなのだが、新たな証として、その周囲を覆う
それが一柱の神と結んだ、契約の証。
新たなアフロディーテ・ファミリアの、紋章となるのであった。