ダンジョンに裸で潜るのは間違っているだろうか   作:白桜 いろは

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第八閃 十層の怪物宴

 時間の流れというのは早いもので、俺がここ、オラリオに来てからもう一ヶ月が経とうとしていた。いい加減この混沌とした都市の空気みたいなものも肌に馴染み、時折訪ねる店の連中とも出会えば軽い挨拶くらいは交わすようになった。

 もちろんダンジョン攻略の方も順調であり、現在の到達階層は十階層(・・・)

 ウチの女神様曰く一ヶ月にしてはかなりハイペースな攻略らしい。

 とは言えそれなりに無茶も重ねているため、「納得は出来るけれど、出来ないわね」との微妙なお言葉もセットで頂戴している。命知らず故に高い攻略速度が成り立っているのは理解出来る。しかし、その躊躇無しに危険地帯へと踏み込む度胸が理解出来ないらしい。

 治療の際に毎回同じようなことを言われるが、こればかりは俺も譲れないので話は平行線を辿るばかりだった。俺の意見としては、武器を磨き上げるためには自身の力量よりも上である強敵に挑戦した方が良い。彼女の意見としては、もし万が一のことがあったらどうするのか。

 本来ならば向こうの意見の方が筋が通っているのだが、それでもなお俺は強敵への挑戦を止めては居ない。ここ一ヶ月で何度死にかけたか分からないくらいの戦闘を経験としてステイタスに刻み込んでいる。

 そんな状況を神である彼女がなった黙認しているのは、他ならない彼女の恩恵の一端(スキル)にあるのだが――それはさておき。

 そろそろ、目の前の問題に意識を戻した方が良さそうだ。

 

「……さて、いい加減、話してくれないかしらね?」

 

 冒険者ギルドの片隅に位置する小部屋。ここは普段、冒険者とそのアドバイザーが迷宮探索に必要な相談などを行ったりする場所だ。

 しかし俺の目の前に座っている俺のアドバイザー、黒髪の受付嬢アンナの纏う雰囲気は、相談などとはほど遠い雰囲気を纏っている。

 

「ほら、黙ってただけじゃ分からないでしょう。さっさと吐くものを吐いたらどうなの?――どうしてこの私に断りもなく、勝手に十階層にまで進んじゃってるのかなぁ?」

 

 明らかに怒ってますよ、と言わんばかりの彼女に俺は溜息をつくしかなかった。

 朝の探索を終え、昼飯ついでに回収した分の魔石を換金しようとギルドを訪れたのだが……その際に、偶然彼女が俺の手にある魔石に目を付けたのが運の尽きだった。

 俺が彼女に報告していた到達階層は五。以前六層のウォーシャドウ相手に散々にやられたことから、そこでしばらく力をつけると言うことにしていたのだが……運悪く俺が持っていたのは、第七層のウォーシャドウの魔石。

 明らかに話とは違うサイズの魔石を盛っていたところを見咎められてしまったのだ。

 それからあれよあれよという間に首根っこを掴まれ、この部屋の中に引きずり込まれて今に至るというわけだ。……ホント、失敗したなぁ。昼飯を食べようとギルド近くの出店でじゃが丸君を買おうとしたのが間違いだったか。

 

「カ、タ、ナ、くーん?」

「いや、別に、言い忘れてただけだぜ?決してホントのことを話したら後が面倒だとか思ってた訳じゃなくてだな」

「つまりは黙っておけば問題無いって思ってた訳ね?」

「……単純に言えば、そうなるかな」

「ホント君は馬鹿なの!?馬鹿なのよねぇ!?」

 

 こちらに身を乗り出して叫ぶ彼女。完全に怒り状態に移行した彼女は、恐ろしいほどの睨みを利かせる。

 

「せめて私に相談しなさいよ、じゃないとなんと為の迷宮探索アドバイザーなのか分からないでしょうが!」

「別に階層を下げる位、アンタに相談する必要はないだろうが……」

「君はここへ来てまだ一ヶ月でしょう!どう考えてもその判断を下すには、新人冒険者には早いでしょうが!」

「一応神様には言ったぜ?それでもって、『ええ、良いわよ?別に死なないで帰ってきてさえくれるのなら』って許可は貰ってるし」

「その神様に相談すること自体が間違いだらけよ!」

 

 ぜぇー、ぜぇー、と彼女はツッコミの連続で息を切らす。

 

「そもそも貴方の迷宮探索アドバイザーは私なんだけど!そのことはキチンと理解してるのかなぁ!?」

「もちろんだぜ?初日から六階層を勧めるような人間だろ」

「それは迷宮を舐めてる貴方に一回現実を直視させようと思ったからよ……。まさかウォーシャドウを倒して戻ってくるなんて、思うわけないじゃない!」

「んなモン俺の知った事かよ。というかそんな頭の奴に俺を怒る資格は無いんじゃねぇのかよ……」

 

 今更知った真意に、俺はピクピクと口の端を引き攣らせる。

 

「え、だって冒険者なんて言っても聞かないような連中ばかりじゃないの。言ってダメなら体で覚えさせた方が良いと思って」

「とりあえずお前に俺を注意する資格はない。というか、そんな感じに格上を勧めたりする態度だから、相談する必要は無いかなって思ったんだよ」

「もうちょっと深く考えなさいよ馬鹿」

「冒険者を単細胞呼ばわりしたのは何処のどいつか、少し前のセリフを思い出してから言えよ」

「そんなの知ったことじゃないわよ。――ともかく、これからそう言うことは私に相談してからにしなさい!勝手に突き進んで自滅でもされたら溜まったもんじゃないんだからね!」

「んなこと言ったってよ……」

 

 時既に遅し、なんて言ったら更に切れるだろうから言わないでおこう。

 

「というか、いつまで俺はここにいれば良いんだ?いい加減ダンジョンに潜りたいんだが」

 

 そんな俺の態度に、彼女の怒りは更に噴火を続ける。

 

「貴方私の話を聞いてて良くも未だそんな口がきけるわね!っていうか……」

 

 そこで彼女は俺の体をじろりと眺め回す。

 

「そんな装備で潜るつもりなの!?」

「どこか問題でもあるのかよ?」

「――っ、大ありでしょうがこの馬鹿!防具どころか服すらない、そんな格好で迷宮に潜るなんて馬鹿の極みよ馬鹿!というか体だって所々怪我してるじゃない!」

「これくらい今更だ」

「今更ぁ!?」

 

 そんな風に彼女は驚くが、俺は特に何とも思わない。

 現在の俺の姿は上半身に服を着ておらず、下半身に血に染まりつつあるズボンをはいているだけだ。それも所々繕っている痕があるくらいだ。迷宮で戦うモンスター相手では服装が毎回毎回血塗れかつ切り傷だらけで使い物にならなくなる。だから、ここ最近は基本この状態で潜っているのだが。

 そう説明すると、彼女は顎に手を当ててなにやらブツブツと考え始める。

 

「……ステイタスの上昇は?それだけ戦ってればすぐに余裕が出来るくらい成長すると思うんだけれど。……いえ、まさか……初日もあんなだったし……。もしかして、ちょっとでも物足りなくなったら直ぐに下に行くとかしてるんじゃないでしょうね?」

「お、良く分かったな」

「良く分かったな、じゃないわよ!!」

 

 再度彼女の怒声が響き渡る。

 

「ダンジョンってのはそう気安く潜れる場所じゃないのよ!」

「へいへい、そうですねー」

「生返事しない!」

 

 ギャーギャーわめく彼女に、だから嫌だったんだと俺は首を振る。

 

「とりあえず、分かったわね!もうこれからは私に黙って階層を降りたりしないこと。せめて私に何か言ってからにしなさい。――アドバイザーの与り知らぬ所で死んじゃったなんて知れたら、私のお給料だって下がっちゃうじゃない!」

「結局心配してたのはそこかよオイ」

「そうよ、何か文句ある!?」

「分かったよ。それじゃ、予定を言えば良いんだろう。そうだな――」

 

 少しの間迷った挙げ句、俺は語る。

 

「――後一ヶ月で上層の探索くらいは終えてくるわ」

「貴方結局何も反省してないわよね!」

 

 結局俺が解放されたのは三十分後で、それまでグチグチと迷宮に潜ることの危険性を言われたのだった。

 

 ■

 

 未だに彼女の小言が頭の中で鬱陶しく響く中、あの後じゃが丸君を二十個ほど腹に収めた俺は、早速午後の探索へと乗り出していた。一ヶ月も経てば自然とダンジョンの中にも慣れたもので、行きずりに出会うモンスターを適当に斬り捨てていきながら俺はさっさと奥の方へと進んでいく。

 わざわざ階段を探すのも面倒なので、時間短縮のためにダンジョン内に存在する縦穴――下の階層へと続く一種の抜け道――へ発見と同時に飛び込んでいくと、やがて三十分も経たない頃に俺は目的地である十階層へと降り立った。

 一応アンナの方には七階層以下には潜らないよう厳命されてたのだが、魔石の換金を見られなければもうバレる事もないだろう。約束したその日に破ったと知れればまた雷が落ちてくるに違いないが、黙っておけばどうとでも取り繕えるだろう。

 

 ――さて、そんなことはどうでも良いとして、準備を始めようか。

 一旦彼女のことを頭の片隅に追いやり、俺はポーチから一つのアイテムを取り出す。

 脂ぎった血肉の大きな固まり――モンスターを誘き寄せるための餌。密封された瓶の中に入っていたそれを、地面の上に置く。封を解いたそれは生臭い臭いを周囲に撒き散らし、早速勢いよく近くに居るモンスター共を誘き寄せ始める。

 少ししたところで最初にやってきたのは、コボルト・ゴブリンの混成隊。

 一応、階層内では弱い魔物として分類されている方だが……。

 

「「「――ギャッ!!」」」

 

 俺の基礎アビリティは現在平均H(・・・)――本来であれば、三、四階層辺りが妥当な数値だ。

 前列にいた三体のゴブリンが、天然武器(ネイチャーウェポン)のナイフを構えたかと思うと、気付いた時には既に(・・・・・・・・・)目の前に迫ってきていた。

 

「おっ、と!」

 

 咄嗟に三方向から振り下ろされたナイフに対し、反射的に前方から来たものを抜剣と同時に切り払い、残った二つを横に身を投げ出すことで回避する。しかし完全には避けきれなかったらしく、右腕と左のふくらはぎに刺すような痛みが走る。

 

「ゲギャッ!」

 

 地面を転がって距離を取ろうとすると、息つく暇無く次はコボルトがまたも気付かぬ間に距離を詰め、俺の頭を砕こうと片手用石鎚を振り下ろした。

 体勢を整える暇も無かったので、それを咄嗟に左手を突き出して掌で受け止める。そしてそれを引っ張り、お返しとばかりにバランスを崩した奴の首目掛けて右手の剣で突きを放つ。それを理解したコボルドは即座に得物から手を離し、なんと後ろへ跳び退った。付け加えて空中で一回転して、数歩分離れた地面へと降り立つ。

 その魅せつけるような余裕は、どちらが優勢なのかをハッキリと示すかのようにも見える。

 余りの実力差に、苛立ちを抑えきれず、思わず舌打ち一つ。分かっていたことだが、やはり単なるステイタスだけでは勝利の目は見えない。

 軽く周囲に目を走らせると、今度は先ほど斬り掛かってきた三匹の内一匹が、こちらへ再度飛びかからんと足に力を込めたのが目に入った。剣は未だ突きの姿勢のまま、防御のために引き戻すまでの時間は無い。

 ――仕方ない、な!

 奴の足下が爆発した瞬間、俺は咄嗟に石鎚を握っていた左手を盾代わりに掲げる。奴の姿が視界から消え、代わりに――ズブリ。奴のナイフが深々と腕に刺さった感触が伝わってくる。

 

「っ!」

 

 肉が貫かれ、中の骨が嫌な音を立てると共に強烈な痛みを訴える。……折れてはないものの、罅くらいは入ったかな。

 中々に後に響く傷を与えたと確信したのか、間近にあるコボルトの顔が歪んだ笑みを見せる。

 しかしこれくらいなら村にいるときに慣れたもの。痛いことは痛いが、それで反撃の手が鈍るような覚悟はしていない。防御に間に合わなかった右手の剣も、既に構え直した。

 奴の心臓、魔石のある位置を狙って――一閃。

 ガキッ、と魔石を砕いた感触と共に、モンスターの体が一瞬で灰となって消え失せる。

 ……深い斬撃を腕に二つ、ふくらはぎに一つ。それでようやくコボルト一匹、か。三日前に比べればまだマシか。あの時は三体を相手にして、全身が死に体になるまで戦ってようやく倒せたってくらいだからなぁ。

 

 やはり、本来分不相応である死地を生き抜いた分、成長率も半端無いってことか。

 

 ■

 

 一ヶ月前、あのウォーシャドウを相手に死にかけた日。

 俺のステイタスには二つの大きな変化が有った。

 

 第一に、基礎アビリティの大幅な上昇。五項目合わせて計二百五十近くの数値成長。通常なら一日掛けて十から二十くらいだそうだ。

 要するに、異常なまでの成長効率。

 しかし俺の場合は、原因は明らかなせいか、神様はさほど驚いた様子ではなかった。

 ――まあ、明らかに格上であるウォーシャドウを一日に数体、それも瀕死の重体で倒したのよ?そこまでの無茶を通せばそれは誰だって経験値が跳ね上がるでしょうね。

 もっとも、オススメできる方法ではないんだけれどもね、と彼女は苦笑いしながらそう付け足した。

 

 そして第二に、スキルの発現。

 【戦剣祈願(ソード・オラシオン)

 ・剣を扱う戦闘時のみ発動。

 ・戦闘の際、一時的に恩恵強化。

 ・意志(ねがい)の保つ限り戦闘可能。

 言わずもがな、最初の一行でウチの主神は顔を引き攣らせていた。

 スキルに限らず、魔法や発展アビリティと言った恩恵の一部は本人の資質や望みに左右されるというのが常識だ。それでいてこんな一行が表れると言うことは――単純に、それだけその願いが自分の魂に深く刻まれていると言うことだ。

 まぁ、そのためだけに昔からモンスターの巣に飛び込んだり、今も足りないステータスで十層のモンスターの団体を相手取ったりしているのだから、俺自身は不思議だとは思わなかった。

 

 ともかく、そんな発動に関する一線を定めた一文は良いとして、俺の目はむしろ最後の説明に惹きつけられた。

 ――意志が続く限りは、戦闘が可能となる。

 しかし、単に戦闘可能と言ってもその詳細が定かではない。一体どのような効果があるのかが不明なままだ。

 が、俺はここで一つの仮説を思い付いた。

 戦い続けることが出来るというのであれば、本来ならまだ力の及ばない相手に対しても闘う事が出来る。目上の敵と斬り結べば、それだけ上質な経験値(エクセリア)が積み重なっていく。つまり、普通より早く望む頂へと近づくことが出来る、と。

 もちろんその考えを話したとき、アフロディーテは少しばかり眉をひそめた。

 それでも結局は、自身の与えた恩恵に俺が応えた証だと納得して、自身の力よりある程度高い相手に挑むことの背を押してくれたのだった。

 

 ■

 

 一々回収している暇は無いので、地面に落ちた先ほどの魔石を他のモンスターが口にしないよう踏み砕いておく。少々もったいない気もするが、帰り際だけでも十分に必要な量は稼げる。

 グリグリと丁寧に魔石を潰しながら、俺を囲むように陣形を組んだモンスター達をぐるりと見渡す。

 

「さてと、一匹減って……後は五体か」

 

 加えてモンスター寄せのアイテムがあるので、後続の団体がまだまだ押し寄せることだろう。効果時間はおよそ半刻程度だが、それまでに一体どれだけのモンスターと対峙することになるのだろうか。

 薄暗く霧のかかったこの空間の向こう側からは、餌の匂いに釣られたモンスター達の足音が徐々に近づいて来るのが聞こえてくる。

 この十層からはオークのような大型モンスターだって出没する。一ヶ月前から何度も対峙し、もはや宿敵のようになっているウォーシャドウも普通に現れる。

 普通なら笑っていられるような状況ではない。

 それでも俺の口元は自然とつり上がる。浮かび上がるのは、獲物を前にした獰猛な獣の笑み。心には現状への妥協なんて選択肢はない。ただ、自身と剣の糧とするために目の前の敵を喰らう(斬る)一心のみ。

 死ぬ可能性が有るというのなら、その前に――

 

「――ここにいる奴ら、全員俺の剣の糧にしてやるよ」

 

 その言葉と共に、一対数十の『怪物の宴(モンスター・パーティー)』は幕を上げた。

 

 

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