貴方にキスの花束を――   作:充電中/放電中

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Re.Beyond Darkness 10.『パズルな日常~trouble Days~』

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チュンチュン…チュンチュン…―――――

 

眩しい朝の日差しがカーテンの隙間から溢れ、眠れる部屋の主と二人分の盛り上がりのあるベッド(・・・・・・・・・・・・・・・)をゆっくり照らしだしている。

 

 

現在、時刻は午前6時32分。

爽やかな朝の喧騒が例外なくこの家にも訪れていた。

―――――が、しかしまだその部屋の怠惰な主が起きるには幾分早く、未だ宵闇の安息の時間が広がっている。

 

既に起きて朝の準備を行っている妹達…キッチンからはトントンッ…トントンッ……と軽快な包丁のリズムがその部屋まで微かに伝わってきていた。

 

―――んー…ちゅ…はぁ…♡

 

そんなゆったりと(せわ)しない静けさを引き結ぶ―――淫らな水音、蕩けた声。

 

裸の体温と桃色の姫が耳元であげる悩ましげな声にも起きる気配はなく…くーくーと眠り続ける黒髪の青年。

 

二人分盛り上がったシーツからはハート型の尻尾がはみ出ていた。ふりふりと揺れる尻尾は犬が興奮し悦んでいる仕草にも見えるかもしれない。…あながち間違いでは無かった。

 

「はぁあ…♡今のうちにお兄様エキスを補給しておかないと…窒息して死んでしまいますから…」

 

すりすりと頬に熱く滑らかな頬をすりつけ、くんくんと匂いを嗅ぎ、すぅと息を吸い込む桃色の姫―――モモ・ベリア・デビルーク

 

「んー♡あぁ…まったく、美柑さんとイチャイチャしたり春菜さんとデートしたりと…ぺろっ…ぜんぶ知ってるんですから…ね、あむっ…」

 

モモは眠りこける秋人に潤んだ非難の目を向けると、跡を残さないように唇で首筋を甘く噛んだ。

そのまま再びしっかりと自身に主を刻みこむように、青年の躰にその柔らかくきめ細やかな躰を(こす)り付け、そのまま今度は主に自身を刻みこむように、首筋に何度も軽いキスを落とす―――

 

目を閉じ、口に軽く含み、ちゅううっと皮膚を吸い上げるが……朱い跡はうっすらとしか残らなかった。

 

「ン…キスマークをつけるのは案外難しい…と、頑張らないと…練習あるのみですね…はぁ♡…うふふ、お兄様も気持ちよさそうなお顔…、なんてカワイイ♡…起きていると手玉にとられてしまいますけれど、寝ている時までそうはいきません……から、」

 

シーツから顔だけを覗かせ、眠る顔を愛おしげに撫で擦る。ふふっと口元を(ほころ)ばせ、ちゅっ、ちゅっ…と顔の至る所にキスを落とす。再びもぞもぞとシーツに潜り込んで胸や腕、腹など、全身に所有印(キスマーク)をつけ―――そうして…このまま永遠にふたりこうしていたい、と恍惚に浸る桃色の姫は、はたと気づき手を止める。

 

「……はぁ、もう時間…、ね、まったく時間…止められないのかしら?…またバリア張って二人きり…とか、演技指導とか…あともう1回だけ―――――「曲者っ!」」

 

シュンッ!と空気を切って身に迫る金色の刃。―――――その刃は侵入者を刻むことは無かった。

 

「逃した…またメアでしょうか?…気配は違いますね」

 

スッと変身(トランス)させた金の髪を元へと戻すヤミ。ベッドの上では秋人はまだくーくーと安らかに眠りこけていた。

 

「…。」

すっと目を細め部屋の気配を探るヤミ、どことなく部屋に漂う…女の香。

 

すんすん、と秋人の身体に鼻を近づけ匂いを嗅ぐと匂いの元はここだと気づく。―――匂いに特に危険なものではない、と判断したヤミは乱れたシーツを元へと戻し、秋人の身体が冷えないようにしておき…ピタリと手を止めた。

 

「…。」

 

―――あの時、病室で、秋人の傍で眠った時…とても穏やかに眠りにつけた事を思い返す。

むくむくとヤミの中でずっと考えていた秘密の計画が頭を持ち上げる。

 

「…。」

 

―――チラと机の上のアンティーク時計を見ると…まだ僅かに起床までの時間はあった。

 

 

―――決断は、早かった。

 

 

サッ!と身を翻しベッドへ飛び込み、ガバッ!と秋人の腕をとり、カアッ!と頬を、顔を、体全身を真っ赤に染め上げたヤミは目を閉じると……ふんにゃりと顔を緩めた。

 

気持ちよさと安心…触れ合った肌と肌から流れてくる幸福感―――

にへらぁっと、だらしない微笑みを浮かべたヤミは頭の片隅に残された冷静さで万が一の時に備え、頭までシーツを覆い隠そうと…

 

「…何してるのかなぁ?ヤミちゃんは」

 

ビクッと声の方へ顔を向けるヤミ。

 

ドアの前で立ちすくむフライパンを手に持つヤミのお姉ちゃん兼アキトの妹兼お嫁さん(自称)春菜の。笑顔。

 

―――ヤミは朝食の準備を手伝っていたのを放りだし、秋人の元へ何も言わずにキッチンを飛び出したことをすっかり忘れていたのだった。

 

「おっおはっ、…おはようございま…ございます」

 

―――ね、寝ぼけてしまいましたお姉ちゃん……

 

昨晩夜遅く…ルナティーク号と打ち合わせした渾身の演技。

 

 

『…寝ぼけたフリとかどうッスかね』

「…寝ぼけたフリですか」

 

―――ルナティーク号は様々な案を出したが全てが直ぐ様却下されていた。やれ物語性だの展開にロマンスがないだのうんぬんかんぬん…と言われ"オシオキ"と称してコンピュータ・ウイルスを流される。そのたびにルナティークはうおおお!マスタぁあ!やめてぇえええ!と甲高い声を上げ、侵食されていくデータを保護しウイルスを除去して自我を保っていた。ルナティーク号はぐったりしていた。正直、かんべんしてくれと思っていた。最近では宇宙船内で眠ること無くサイレンジ家に居たのでルナティーク号はストレスの固まりであり、難題である絵本読み聞かせをさせられること無く、ひとり、きゃっきゃっと銀河を飛び交うのが趣味にしていた。勿論、燃料が少なくなっておどおどとヤミちゃん(旧名マスター)に報告し手酷いオシオキをくらった。その後、こうして"どうやって自然にアキトと寝るか"の会議が始まったのだった。果たして、その結末は……

 

 

いつもであれば春菜の心も表情も柔らかくする言葉を含んでいても、ピクリと眉を寄せ上げさせるだけだった。

 

(おにいちゃんのばか)

 

ゆっくりヤミと秋人に近づき、眠る片方の頬を抓り上げる。

 

「お兄ちゃん。起きてね、お野菜さんたちがもう起きてスタンバってるから」

 

カワイイ妹の演技にすっかり毒気を抜かれてしまった春菜はギリリと優しく秋人の頬をさらに引っ張る。

 

いてぇ!何すんだ春菜!おはようお兄ちゃん、朝から気持ちよさそうで良かったね。今朝のゴハンお兄ちゃんは"ミックスお野菜さんいっぱい食べようねスペシャル"のみです、良かったね、好きだもんね?野菜。さ、いこっかヤミちゃん、は、ハイお姉ちゃん、おい?!ミックス野菜なんとらってなんだ?野菜の中心のアレなのか!?オイ!こら!お兄ちゃん無視すんな!…。

 

……今日も西連寺家は概ね平和な朝を迎えていた。

 

 

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「おはようございます。リトさん…はやく起きないと…イタズラ、しちゃいますよ…?」

「……。」

 

呆然と自身の上に(またが)る男物のリトのものよりも大きめなシャツ(・・・・・・・・・・・・・・)だけを羽織ったモモを見上げる寝ぼけ眼のリト。

 

……少しの静寂が部屋を包む……

 

「うわあ!モモ!またお前…っ!?」

「あら、そろそろ慣れて頂きませんと……困ります♡」

「しっ下着くらいはいてくれっ!」

「今日はちょっと時間がありませんで♡…あんまり見ないでくださいね♡」

「みみっ見るかぁっ!!」

 

跨るモモを押しのけて叫ぶリトは、目に焼き付いたモモの白い裸体が脳裏にチラつき、ぶんぶんと頭をふって追いだそうと躍起になっていた。

 

「いつもはパンツくらい履いてるだろっ!」

「だから時間が無くって……あら、ちゃっかり見てらしたんですか?リトさんのえっち♡あ、まだこっちを向いてはダメですよ?」

 

いそいそと下着を身につけるモモに背を向け頭を枕で覆うリト。あ、違う、目だった、と思い至ると顔を覆い隠す。一瞬目に入ったモモの左手首にあったララの発明品…【ぴょんぴょんワープくん】が気になった。

 

「なんでそんなもん持ってるんだよ!?危ないだろ!?それ、たしかはははは裸で、ぜっ全裸でワープするやつだろ!?」

「あら、それでも目的地が任意に設定できる【ぴょんぴょんワープくん・改】ですよ?…もう、まだこっちを向いてはダメですよ♡リトさん♬」

「リトー……朝、いい加減起きてくんないと朝ごはん……「あ、美柑さん、おはようございます♪」…」

 

ガチャっとおたまを片手に現れるエプロン。どこか慣れた様子でジっと見つめる美柑。

 

……少しだけの平穏が部屋を包む…

 

「リト。」

「ハイッ!」

 

リトはピンッと背筋を伸ばしベッドで直立不動。頬を恐怖の汗が伝う

 

「アンタ、頑張んなさいよ」

 

バタンと閉まるドア。"オシオキ"がなされなかったことにリトは安堵し、ほっと息をつく

 

「美柑さんもリトさんの楽園(ハーレム)を応援して下さるようですね♪」

 

ふふっと可憐に微笑むモモは既に着替え終わり、彩南高校の学生服に身を包んでいた。

パチッ!とニーソックスを太腿に弾かせ「それではリトさんも着替えて降りてきてくださいな、」と部屋を去っていくモモ。その後ろ姿…小振りなお尻がふりふりとおいしそうに揺れるのをリトはじっと見つめ……ドアが閉められてもそのままだった。

 

「…なんで俺はモモのお尻を見てんだ!ヘンタイか!」

いい加減さっさと起きて着替えよう、とトランクスに指をかけ……ガチャっと音がした。

 

「おーい起きてんのか?美柑がバカ兄貴を…は?お尻?」

謀られたようにリトが起きている事を知らなかったナナがリトの部屋へ現れる。

 

「…。」

「…。」

固まる二人。ナナの目線の先には男のアレがあった。

 

なんでパンツ脱いでんだよバカァーッ!!ケダモノーッッ!!ここはオレの部屋だぞ!?リトー早くごはんたべよーよー?え?リトも今からお風呂?一緒に入る?ララ!いい加減裸ででてくるなぁ!…と結城家、というよりはリトの波乱の一日はこうして始まるのだった。

 

 

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『『彩南高校風紀維持!清廉潔白・文武両道ラジオ~!』』

 

♪♬~

『豚共、今日はわたし、"おにいたんだーいすき♡ロリロリねめしす"と』

『自分でロリロリ言うなや、えーっとなになに……その兄、"ねめしす大好きエロエロねめしす専用にく…"言えるかッ!西連寺、秋人。宜しく……おい!なんだこの構成台本、唯が用意したのと違うぞ!ったくツッコミは大変だ!』

『いいだろ?、おにいたんへの愛故にちょっとハッスルしてしまったのだ。テヘペロ、しかしなんだこのラジオタイトルは…これからは「ロリしす愛のおにいたん調教ラジオ♡」にするぞ、ククク…略名は"濡れラジ"だ。勿論盛り上がって濡らすのはお前ら視聴者だぞ、豚共』

『失礼な奴だな、ああもう、面倒だなーツッコミはよ、とにかく隙のないツッコミをやっていくかねーそれでは最初のコーナー…』

 

昼休み時間に楽しげな声が教室に木霊する。

食事をしていた者達はピタリ、と箸を一斉に止めた。それもそのはず「彩南高校風紀維持!清廉潔白・文武両道ラジオ」は昼休みを満喫する生徒諸氏にとっては煩わしい、やれ勉強しろだの、風紀がどうだの、社会情勢など、説教じみた情報提供しかしない、そんなウルサイラジオだったからだ。

 

―――楽しくがやがやと喧騒に包まれていた校舎を、混沌の静けさが満たしていく、―――

 

「最初はお悩み相談コーナーだ、」パラリ

「おい、(めく)るのはお便りだろ、なんでスカート捲るんだよ」

「見ろ、おにいたん…ああ、なんてことだ…………くッ………ねめしすは………………ねめしすは…………パ ン ツ は い て な  い」

「大げさに言うな!見りゃわかってるっての!…言い方変えてきやがって…ったくコレ履いてろ」

ぱしっとネメシスの顔にモモパンツ(ピンク)をぶつける。パクっと咥えるネメシス。犬かよ、

 

「しかし、なんだ、今気づいたのだが…」

「なんだよ?早く言えよ?昼休み時間中にコレ終わらせないと後で風紀委員の唯に怒られるからな」

「このピンクのパンツ…ちょっと厭らしくないか?スケスケのひもひもだ。清純ロリロリきゅんカワな私のキャラクターイメージに合わない。チェンジを要求する」

「ツッコミそこかよ、もっと言うところあるだろーが、この染みはなんだ?とかさ、おかしな奴だ。それにそういうギャップが良いんだろ?ギャップ萌えだ」

みょんみょんとモモパンツ(ピンク)を伸び縮みさせるネメシスにきちんとツッコミを入れる。―――よし、我ながら隙のないツッコミだな

 

「…なるほど!流石は私専用のにく…もがっ」

「危ない発言禁止ー!…ったくツッコミは大変だな、今のところ見落としはないな。凛の苦労がよく分かる…そんな危ない発言をムッツリ春菜が聞いたらどうする。あとで「アレって、どういう意味だったの?お兄ちゃん」って上目遣いで聞かれるんだぞ?大変なんだ、いろいろと…ちなみに唯はこっそり図書館で調べます…では早速一通目行くぞ」

 

《ちょっと!バラさないで(よ)!お兄ちゃん!》

 

「ペンネーム、モンキーマウンテンさんからだ…えーっと『俺の友達のRがモテすぎてマジむかつく。俺もおっぱいに埋もれたりパンツ嗅ぎたい。ペロペロしたいです。どうすればできますか』…か、思春期らしくてイイ相談内容ですね、ん?これって確か不真面目な相談でボツにされたやつじゃなかったか?まあいっか」

「ああ、モンキーマウンテン…本名は猿山か、そうだな…ペロペロか。ふむ」ペロリ

「おい!舐めんじゃねえ!」

「ああ、おいちい。おにいたん汁おいちいでちゅ♡。猿山よ、ペロペロしたいのは女も同じなのだぞ?しかし…おにいたんの今の台詞はカッコイイな、カッコイイおにいたんにねめしすキュンキュン♡濡れちゃった♡」

「…まぁペロペロしたかったらペロペロされるような男になれ、と。そういうことかね」

「ムシかよ。つれないな…うむ。では次だ、ペンネーム 暁の騎士から…本名は、レン・ジュリア・エルシ…知らんな?居たのか、『僕の好きなララ。嗚呼ララ王女。素晴らしきララ王女。可憐な花の君に誘われた僕はまるで食虫植物に捕らえられた虫のよう。溶解液で…』」ビリビリビリビリ

「あ、おい!途中だろ!」

「虫唾が走る。ムシだムシ。あー、吐気がする、イライラしてきた。ねめしすイライラしちゃった。そうだ銀河大戦起こそうそうしよう」

「まったく、落ち着けっての。たかがメールじゃねぇか。まぁ確かにちょっと気持ち悪かったな、ただララを好きなのはマジだったんじゃねーの?」

「…私は虫がキライなんだよ。エイリアンだ。地球外生命体だアレは。この青く美しい地球から出て行け!カブトムシなぞでかいGだろ!それにエロくないメールじゃ濡れない!せっかくこうしてラブなおにいたんと密室で二人きりなのだぞ!…もっとしとどに濡らしたいじゃないか」

チラッと浴衣の裾を捲るネメシス。パンツはちゃんと履いている、ちょっと染みが増したモモのやつだけど。

 

「…おまえって確か…まぁいいけど。次、ペンネームVMC会長さんから…ああ、アイツか『会員の皆様。こんにちは、モモ様のテーマ曲が完成しました。』ってCMじゃねーか」

「まったく。おにいたんと私のラジオで無粋な宣伝するとは、メアに襲わせて○してヤルぞ。」

「まぁまぁ、落ち着けっての…『絶対無敵・可憐な美少女モモ様の78・54・78を清い目で見つめる会員諸君。近くに居る美少女、モモ様に負けず劣らずの美少女を我らで保護しよう、さて私の目にとまったのは二年の西連寺春菜さんだ。スレンダーボディで身長160センチ、78・56・82であり、小振りなヒップとバストが…』」グシャ

「お、おい…おにいたん。コワイだろ、目に光がないぞ、ダークネスか」

「…ネメシス。コイツ、○せ」

「はぁんっ!わ、わかりましたぁ…おいメア?聞いたな、精神侵入(サイコダイブ)で…」ボソボソ

 

――雰囲気が変わってきたラジオ、突然あがった甘い嬌声と地を這うような低い声に男子一同の耳が大きくひくついた。

気づけば彩南高校でこのラジオを聞いていない者は一人もいなくなっていた。箸をとめ、紙パックの飲料を加えたまま聞き入る学生諸氏。

 

ゴクリ、と息を飲む音とラジオの軽快なBGMだけが響いていく―――

 

『んじゃ、ちょっと行ってくる』スタッ

『ぁあ…どうした?まだ番組の途中だぞ』

『ちゃんと中島を○して置かないと落ち着かないんだよ…』ガラッ

『あ、おい!おにいたん!…あああんッ!おにいたぁあぁあんッッ!!はぁ…はあ…あぁ…イッてしまった。びしょびしょだ。…ククク。この私を目だけで高ぶらせ触れるだけでイカせるとは…凄まじいヤりてだな。…厳しい調教を強いられそうだ…恐ろしい…。音声だけでは豚共も分からんだろうから懇切丁寧に解説してやるとだな、この時のイッたというのは二つの意味で…「ちょっと!誰がこんなハレンチなラジオにしなさいって、キャーッッッ!!!なんで○☓△!』ガチャッッ…ブツッ…

 

―――お、おい続きは!?なんだったの今の!?風紀委員会って実はこんなのだったの!?と混沌と化した昼休みは予定されていた時刻より1時間ほど長くなってしまっているのだった。

 

 

54

 

 

「…おい。中島とかいうヘンタイはどこだ」

「ヒッ!!じ、自分は知らないですっ!」「お、俺もっ!」

 

ダダっと逃げ出す二人の男子生徒。…眼鏡のやつを片っ端から捕まえて同じ問いをかけるがどいつもこいつも腰が抜けたように尻もちついて這ってでも逃げようとする。…邪魔だ

 

「おい、中島とかいうヘンタイはどこだ」

「ぼっぼぼくじゃありません!」「…ぶくぶくぶく」

 

「おい、中島は―――」

ひぃいい!逃げろおお!うわぁああ来るな!来ないでくださいっ!…役立たずどもが

 

「ふえええん!兄上ぇえ!」

ドンッ!と背にぶつかる小さな感触。このペタンコだけど柔らかい感触は…――

 

「――ナナか」

「あにうえぇえええん!」

えぐえぐと泣きながらグリグリと頭を胸に擦り付けてくるナナ。そうか、お前もあのヘンタイに…おのれ、ウチの妹たちに手を…許さん。金色さんにも応援を頼んでヤる

 

「まってろ、今そいつ○してやるからな」

優しく泣きじゃくるナナの頭を撫でる。細い桃色の髪はさらさらで艷やかだ

 

「ひっく…うぇえん…え?リト○すのか?」

「?…結城?変質者メガじまじゃなくて?」

「…中島じゃないのか?あの眼鏡の…モモのファンクラブのヤツ…まぁいいけど、兄上ソイツちがう」

「なんだよ…俺のナナはまだ無事だったか、良かった…ああ、良かった…」

 

瞳に涙をめいいっぱい溜めたナナをぎゅうと抱きしめる。あにうえ!?なにをするんだ!?あ、兄上(仮)だった!あ、えっと!そうじゃなくてっとジタバタともがくナナを更にぎゅうううと抱きしめる。―――とにかくナナが無事で良かった。

 

やがてナナは恥ずかしそうに顔を赤くしてジタバタを止めると「ちょっと強引ダロ…兄上…でもいいかも」と手をまわし、ぎゅっと抱きしめ返してきた。

…そのまま静かに抱き締め合う。ナナのちょっと小さく固い膨らみの感触…小さな頭、―――ツインテールが大きな耳のようで愛らしいな

 

「…そういえばなんで泣いてたんだよ?」

抱きしめた手を肩に乗せ身体を離し、尋ねる。ナナも本来の目的を思い出したかのように身体をそっと離した。

 

「あ!そうなんだよ兄上っ!」

「どうした?」

「リトのケダモノがぱおーんで!朝からぱおーんだったからメアにぱおーんのこと話したら…うぅ……」

ばっと身を離し、大きな身振り手振りで表現するナナ、思い出してしまったのか動きを止めるとじわぁ…と目尻に涙を溜めこむ。

 

……話している内容はよくわからんが、リトの半裸をみてしまったらしい。それだけでこれほど動揺するとは……これからいっぱい見ることになるはずだぞ?…ん?これから?なんかおかしなこと考えてるな、俺。

 

「まぁまぁ、これでも食えって」「んむっ…」

ポイッと口に飴玉を放る。

「飴ちゃん…ぶどう味だ!」

ころころと転がし味を言い当てるナナ。やっぱり甘いモノが好きらしい八重歯を見せてにんまりと笑った。よしよし、機嫌が直ったな。

 

「そういえば兄上(仮)はなんでコワイ顔してたんだ?」

「ん?俺は…ああ、そうだ…あのヘンタイめ…許さん…ウチの春菜に目をつけやがって…」

「お、オイ!そんなコワイ顔になるな!兄上!気をしっかりもて!」

 

ナナはジャンプし飛びつくと俺の顔をもみくちゃにしていく…うわっぷっちょっと止めんかコラ…補正は…イイからダメだ!じっとしてろ!コワイのはよくないぞ!――――――

 

「よし!元通りだ!」

目の前には八重歯を見せ、にんまりとした笑顔のナナ

「…そうかよ」

ぐちゃぐちゃにされた顔と髪……すっかり毒気を抜かれてしまった。

 

「まったく。そんなにハルナが大事か…ちえっ…」

「もちろんナナだって大事だからな?」

 

脚と腕でガッシリとしがみつくナナ、コアラみたいだな。俺が木だけど。しかし軽いな、ヤミといい春菜といい、女の子ってのは軽いんだな……でもちょっと近くないか?モモといいナナといい近寄るのがスキなんだな。……そういえばララも過剰なスキンシップがあるし…デビルーク姉妹ってのは身体の距離感がおかしいらしい。

 

「だっダマされないぞ!」

「だっダマしてないぞ!」

「マネすんな!じゃああたしと!…その…けっ、兄上になってくれ!」

 

顔を赤くし憤慨するナナ。首にまわされた腕に力を込めて鼻と鼻が触れ合う程に顔を近づけ、目をクワッ!と見開き熱く息巻く。…そんなに興奮してどうしたんだっての

 

「…だからな、ナナ姫、俺はもうお前のおにい…ふむっ」「んむっ!」

 

はい、ちゅー、とナナの後から声。―――がしたと思ったら目の前のナナと顔がぶつかった。歯と歯がガチッとぶつかるようなちょっと痛いキスをナナとする

 

「んもう、ナナちゃんダメだよー?ちゃんとわたしと打ち合わせしたみたいに"結婚してくれっ!兄上っ!"ってナナちゃんらしく言わないと…兄妹ごっこ(・・・)はもうおしまいにしなきゃ」

 

がりっと唇に痛みが走る。興奮したナナに噛まれてしまったようだった

 

「ぷはっ!メア!押すなっ!ご、ゴメン兄上……」

「いや、いいけど…ってか押すなってのメア」

 

ジトリとメアを睨みつけるとえへへーと無邪気な笑顔だった。ちょっと痛かったのでクイとおさげを引っ張る、あすかーとメアは謎の声を上げた

 

「でで、どういう感じだったー?せんぱい?」

 

瞳をキラキラと輝かせグイと近づきナナの後ろから顔を出すメア、ナナは神妙な顔をしながらブツブツと呟いたと思ったら、うきゃー!とでも声を上げそうな嬉しそうな顔をしたり、ぶんぶんと頭をふったりと忙しい。ツインテールの髪がぺちぺちと顔に当たってちょっと擽ったいぞ、ナナ

 

「どうって…ちょっと痛かった…かな、そんな感じ?」

「へー、キスって痛いもの?」

「いや、ナナらしいんじゃ、ないだろうか?」

「ナナちゃんっぽいキスってどんな感じ?じ?えっちぃ感じ?じ?」

「そうだな、薄くてキュッと閉じられた固い唇が…「そんなコト言うなぁあああ!!」」

 

ぶんっ!と音を立てて振り向きメアを睨んだと思ったら直ぐ様元へと戻り、キッ!と俺を睨むナナ。忙しいんだな、ナナは……ツインテール痛かったぞ、おにいたんに当たりまくりですよ

 

「ウルサイ!もうこうなったら母上に言ってでも絶対、なんとしてでも意地でも結婚してやるからナ!」

「は?」

―――結婚?なんか変な単語が聞こえた気がする。

 

唇に押し当てられるタオル地のハンカチ。ぐしぐしと唇を拭われる。しゃべるな!と言わんばかりに睨む真剣な表情のナナ。…手当にしては乱暴だが、ナナらしい。

 

「こっからがホントのだぞ!んっ!「!」」

 

礼も文句を言う間も無く塞がれる唇。重なる薄く強張った唇にちょっとだけ混乱。息まで止めているナナの顔が間近にある、首にまわされた腕も、抱きしめる脚もがっしりと掴み、離れないぞ!と全身で叫んでいるようだ

 

―――なにこの展開?またモモの仕業か?アイツめ……結城を一人占めしたいからってナナを俺に押し付けたな?

 

 

こうして混乱、混迷していくそれぞれの日常は、足早に過ぎようとしていた。

 

―――熱い夏はすぐ其処まで近づいていた。

 

 




感想・評価をお願い致します。



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【 Subtitle 】

52.桜印、同金、春野菜

53.桃惑、傍柑、粉バナナ

54.彩南高校風紀撲滅、破天荒解・漫語放言ラジオ


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