貴方にキスの花束を――   作:充電中/放電中

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Re.Beyond Darkness 13.『夏物語のプロローグ~ Beginning Rain ~』

 

 

その日は雨が降っていた。

 

 

「結城さん、いっしょに帰ろう」

「…うん」

 

しとしと…と地に落ちる雨つぶたち。夏の夕日を奪い隠す分厚い雲。

 

雨の日は髪が湿気で纏まりが悪い。洗濯物を外に干せない。湿気と気温でカビが生える。

ウチへと篭りがちになる。食材だってすぐ駄目になる。などなどなど……―――憂鬱。陰鬱。

 

―――――これじゃ咲いてた花も散っちゃうな、折角キレイだったのに……

 

庭の花壇に咲いたオレンジ色のペチュニアの花。またの名をツクバネアサガオ。大切に育てていたそれ、その無残に散った未来を思い浮かべて一度溜息。

 

朝のニュースの大雨注意報。

グラウンドには薄い水の花びらがとろどころに落ちてる。形も不揃い、茶色くちっともキレイじゃない。

 

代わりに赤い小花を咲かせましょう。と、スイッチを押せばシュバッと空気をきって膨らむ音。それを合図にマリンブルーやレモンイエロー、水玉模様などなど、カラフルなビニール花たちが咲きだし、グラウンドへ飛び出していく―――――大小様々なその花達は雨を弾き、笑顔を振りまき、ウチへと目指し、駆けていく―――。

 

しとしと雨の中を一人(・・)で帰る。

 

今日の私の沈んだ気持ちと今日のお空はぴったり一緒。重くて深い鉛色。

――其処から落ちる…私を濡らして困らせよう、と透明な妖精の雫…まったく可愛くない。

 

傘を上手に傾けないと髪も服も濡れてしまう、すぐに洗濯しないと色が落ちたり、染みになったり…おまけに足元に気をつけないと靴下が…脚が濡れて気持ちが悪い。ぱしゃと水たまりに足を突っ込んだ。ほら、思った傍から―――――靴に染みができていく。

 

「…結城さん、機嫌…よくない?」

「…うん」

立ち止まり足をハンカチで拭う、泥まで靴下に跳ねている。

 

―――サイアク、

 

重い空を見上げ悪態をつく―――――ざあざあと私に文句を返すように雨が強くなってきた。

 

「あの…結城さん、もしかして聞いてない?」

「…うん。」

 

―――秋人さんに逢えていない。逢えない時間が続いてた。

 

その切なく重く長い時間は私の喉をつまらせる。胸がとっても痛くてくるしい。(さんそ)を求めてクチをパクパクさせるけど、たりなくって…頭の奥で光がスパークするほど息苦しい。まるで冷たいプールに躰を沈め、じっと息をこらえてるみたい。

 

「あの…結城さん、僕もいるんだけど…?その…ね」

「…うん。」

 

…そんな切なくてくるしいときは秋人さんとの想い出に浸る。ほんの少しだけ気持ちは暖かくなり重く冷たい寂しさの氷はゆるゆる溶ける……でも、それも僅かな間だけ。すぐにソレまで以上に寂しさの欠片が集まり、凍って膨らんで……産み落とせるなら赤ちゃん5,6人前産んじゃうかもしれない、…"5、6人前"って…コレじゃなんだか鍋料理とか、そんな大皿ものみたい。自分で自分の考えに、ふふっと可笑しく笑っちゃう

 

「か…かわいい…僕の彼女はなんてかわいいんだ!」

「…は?」

"彼女"聞き捨てならない言葉。…誰だっけ?っと隣の同級生を見る。性別男子。

 

「えーっと……C組大好(おおよし)です。」

 

…どなた?

 

「えっと…前に結城さんにオッケー貰った…その…」

 

…ホッケー?スポーツ?それともお魚のホッケが好きなの?グロテスクだよね。美味しいケド

 

「結城さんの…彼氏に…ぐあああああ!!」

うるさい。うるさい口には好評発売中の美柑激おこアンブレラアタック。…ワザと気づかないフリしたにきまってるでしょ、察しなさいよね

 

「痛い…ひ、酷いよ結城さん…また傘で口をつきさすなんて…僕、何もしてないのに…」

「…そうだね、ごめんなさい」

 

―――確かに傘で人を突き刺すなんてよくないよね。ヤるなら自分の手で直にヤらなきゃ

 

「あ、いや、いいんだよ!…きっとぼくと一緒に帰れて照れてるんだよね…えへへっ…ごあああああ!」

うるさい。うるさい顔には新発売の美柑ファイナリアリティぷんぷんドリームアンブレラストライク。誰がオマエのようなウソイケメンにデレるもんか

 

「うぅ酷い…結城さん…付き合ってるのにぜんぜん僕に優しくない…」

…そうだった。コイツあたしの彼氏だった。そういう関係にしたんだった。初めてソイツ…大好(おおよし)くんを意識に入れる。―――――隅のほうに、だけど。

 

はぁ…本当なら今頃…

 

「大好くん、あのね…実は私―――――」

 

また雨が強まった。

 

 

1

 

 

「お兄さん。この日、空いてますか?」

「ん?いつだ?」

ココですココ、と壁のカレンダーを指差す美柑。赤く色づけされたその日は祭日だった。

 

「おう、空いてる」

「愛してる?」

「おう…ん?」

「……なんでもないですよ、お兄さん…はも」

 

うふふと頬を赤らめ微笑む美柑が咥え直す。中断されていたそれは唾液でぬらぬらと光っていた。埃っぽい薄暗い空間、昼間だというのに、良くないよなこんな事……いや、昼だからイイのか。

上目遣いの美柑と目線が交わる。なんだか色っぽい、頬、汗。ちょっとあついな、なんでこう中は狭いのかね

 

「…では、この日一緒に…じゅちゅ…じゅる…」

「特にやることないしな、お、うまいな美柑」

お金を払ってこの場所でちょっと御休憩。ムラリとしたので二人で立ち寄ったのだ。勿論貸し切り、俺達以外に人は居ない。

 

「おいし…じゅるる…!んじゅぶぶぶ!…んじゅ…おいしいです…」

「おう、たまには俺が先にイこうかね」

「はい…いつでも…んじゅ!じゅるる!じゅぶ!」

どうですか、と期待を込めた瞳で見上げる美柑。おう良いぞ、と微笑う。

 

「んじゃ俺が迎えに行く(・・)な」

「はい。いつもの待ち合わせ場所で」

 

美柑はアイスを食べ終えた。ボロくて狭いおまけに古い駄菓子屋でよく売ってる、二つに折るアイス、チューペットは強く吸わないと出てこない。

 

「楽しみにしてますね」

「そうだな、買い物ねー」

 

美柑が「今度買い物に行きましょう、お兄さん」と、相談事の後でそう言った。

家族のヤミを気遣ってくれる美柑だ。こっちも美柑に報いてやらないとな。

 

「そういや何を買うんだよ?」

「…ふふっ、それは後でのお楽しみってやつです」

 

ぷうっと息を空の容器に入れ膨らませる美柑がちらっと上目遣いの目線を投げかける。

小さな舌をだして名残惜しそうにぺろぺろ舐めているが…もう出ないぞ?

 

という感じで決まった二人の祭日デートだったが、その日は生憎の雨模様。だけではなく…―――

 

 

2

 

「特別補講ぉ?」

 

シャープペンシルを唇に押し当てスケジュール帳をニヤニヤと見つめていた美柑に受話器がトゥルルル…と話しかける。それは無情なる新たなタスクで、丁度見つめていたハートマークの位置への追記事項であった。

 

「あんの眼鏡…」

『美柑ちゃん何か言った?』

「なんでもなーい」

机から立ち上がり、サッ!とカーテンを開く。ガラス窓に映る半透明な、不機嫌そうに眉を寄せる自分の顔が映った。

 

「で?なんとかならないの?ソレ」

『え?なんとかって?』

「だからやったことにして済ませるなり、フザケた教頭(ハゲ)をブッ飛ばすなり、その他モロモロだよ」

『ヒッ!美柑ちゃんこわいよぅ…サチのやつぅ…こうなるの分かっててあたしに"美柑への連絡はアンタしかいないのよガンバ"って…うぅ…』

 

乃際真美…まみちゃんは恨みがましく泣きそうな声を出した。たぶん本当に泣いてるのかもしれない、鼻を啜る音が受話器から消えてくるから、ちょっと可哀想かな……でも本当に可哀想なのは私の方だよ…

 

はぁーと零した息が目の前のガラスを曇らせる。半透明な不機嫌に泣きそうな私も曇る。

なんとなく、傘の絵を書いた。ここのところ天気はずーっと晴れていて、いよいよサマー、夏到来!と言った抜けるような青空の日々ばかり。雨なんて余程のことが無いと振りそうにも無かった。すぅうーと、曇ったガラスが縮んでいく―――慌てて私は続きを書いた。

 

みかん あきと

 

と傘の下にならぶ文字。ニヤニヤと笑う私の…透ける私の顔の真下辺りに作られた愛愛傘(・・・)

 

『美柑ちゃんは日直と今度の町内清掃会の話し合いもあるから絶対来るようにって先生が…ヒッ!』

ガギギッ!と悲鳴を上げる受話器。ほんのすこしのいい気分が新しい煩わしい情報で台無し。

 

分かった、行くよ…、それだけ呟き、会話を強制終了させる。すぅーっと消えていく相合傘、あとには何も残らない。泣きそうな半透明人がいるだけ

 

子機をベッドに叩きつけると美柑は"秋人さんと初デート記念日"とでかでかとハートマークで囲われたスケジュール帳を折りたたみ、ベッドへ倒れこむ。下敷きにされた子機はもう一度か細い悲鳴を上げたが不機嫌全開の美柑には関係ないようだった。

 

 

3

 

「どう思います?リトさん…」

「うーん……やっぱり最近の美柑…おかしいよなー心ここにあらずっていうか…」

 

リトとモモの二人は部屋で紅茶を飲んでいた。確かに此処のところの美柑は不機嫌さを隠すこと無く毎日を過ごしていた。つい昨夜もリトの茶碗を"手が滑って"豪快に壁にブチ叩きつけ割ってしまっていた。リトは恐怖で戦慄した。…オレ何かした!?と、思い当たるフシがある…ついこの間も美柑のトイレに突入してしまったり(爆熱美柑フィンガーをくらった)真っ暗闇のリビングでナナとヘンな体操をしているところを目撃してしまったり…と、あれ、おかしい。その後の記憶がナイ…、リトの背中を冷たい汗がつたう

 

「もしかして学校関連で悩んでいるのでは?人間関係とか、勉強とか、美柑さんもお年ごろですし…」

「悩み、あのしっかり者の美柑が…」

「美柑さんもお年ごろですから、リトさんには言えないような…そうですね、例えば…」

 

【CASE.1】

『はぁはぁ…お兄ちゃんのパンツ…すんすん』

熱い息を吐き、焦点の定かでない瞳をリトのパンツに向け嗅ぐ美柑

 

【CASE.2】

『はぁはぁ…お兄ちゃんの使用済みお箸…じゅる…』

熱い息を吐き、焦点の定かでない瞳でリトの箸を舐る美柑

 

【CASE.3】

『はぁはぁ…お兄ちゃんの…ゴクリ』

熱い息を吐き、焦点の定かでない瞳をリトの…に向ける美柑

 

【CASE.4】

『はぁはぁ…お兄ちゃん…お兄ちゃん……おにい、ちゃぁああああんっっっ!!!』

熱い息を吐き、焦点の定かでない瞳をぎゅっ!と閉じてリトの枕を抱きしめ達する美柑

 

「…という感じに」「それはないんじゃないかな?」

パッとスクリーン表示された美柑のあり得ない痴態の数々。

 

「これじゃただのヘンタイだろ…校長より酷いと思う」

「え"…そ、そうですか?それもそうですね!これはタダのヘンタイでしたアハハハ…」

真顔でそう述べるリトにモモは顔を引き攣らせ、乾いた笑い声を響かせる。自身の行為を参考に制作したものがまさか純情純粋なリト(最近はそうでもないが)にヘンタイ呼ばわりされるとは思わなかったのだ。

 

「なにはともあれ私にお任せ下さい♡リトさん♡」

「え…う、うん。頼むよ、モモ…」

くるりと踵を返し部屋を去っていくモモ…後ろ姿…ちろっとリトはモモのキャミソールワンピから伸びた白い生脚を見た。おいしそうに揺れる小さなお尻を見た。思わずゴクリと喉を鳴らす。

 

「…あ、それとリトさん、リトさんから私に触れちゃダメですからね?」

「あっ!?えっと!見てないぞ!?」

 

その音が聞こえてしまったのかと慌てるリト、思わず椅子から立ち上がってしまい―――

 

「…なにも見ちゃダメとまでは言ってませんけど……」

 

くるりともう一度踵を返しリトに向き直るモモに、見られてしまう

 

「あら…♡」

「あ!?いや!違う!モモ!これは…!!」

 

まぁリトさんもお年ごろのオトコノコですから♡とクスクス微笑むモモにリトは小さく萎縮するのだった。

 

4

 

昨夜はやけに蒸し暑かった。むしむしとした熱帯夜、たぶん今日の天気が雨だから、そのせいだ

汗でべとついて気持ちが悪い。ホントは朝からウキウキのはずで、朝のシャワーはオシャレの為の大切な準備…のはずだった。

ホントは今日はデートだった。この日に私はどうしても秋人さんに逢いたかった。だって今日は…

 

 『七夕』

 

それは1年に一度しか逢えない切ない恋人たちの記念日。織姫と彦星の逢瀬の日。

 

そんな記念の日…その日に朝から買い物デートしたかった。浴衣を買って、そのまま着替えて、そして二人でしっぽり縁日へ……って私のプラン。でもそれも台無し。なーにが特別補講よ、まったくあんの眼鏡め…お父さんに頼んでファンであるらしい漫画の主人公を爆死させて貰おう。それとも"おれたちのたたかいはまだまだこれからもつづいていく!"とかいって終わらせてもらうか、それじゃウチが経済危機に落ちちゃうか……それとも最近Hな目でモモさん、ララさんナナさん、ルンさんなどなど周囲の女性を見るリトみたいな隠れスケベなキャラクターに改変とか。……あまつさえ私までやらしい目で見た時はもう本気で…

 

苛々な気分を冷たいシャワーで流す。結局七夕デートはナシにして、また今度になった。だってハジメテのデートが補講で疲れた後だとか、お天気サイアクとか、縁日も終わり間際とか、そんな悪い状態…想い出にしたくなかったから。もちろん秋人さんとデートできないのは非常に甚大で深刻なダメージを私に与えた。だからこっそりちょっとだけ夜に逢う。そういうのもまた好き。秘密の逢瀬には…暑いからまたアイスでもイイかもしれない。ナカにだされるあの感覚はたまらなくいいものだ

 

「ん?私の下着…パンツこんなのだったっけ?」

しげしげと見慣れない純白のパンツを眺める。……あやしい。なんかヘンに湿ってない?コレ

 

(私の勝負下着は黒の上下ガーター付きだし…最近はこんなコドモッポイの履かないし)

 

「まぁいいっか、」

取り敢えず今日はコレで、と。

 

5

 

すやすやと眠るララを見つめ、ピンクの髪を撫で梳いてやる。艷やかさで蛍光の光を反射し、天使の輪っかのような光の輪がララの髪の上に浮かび上がっていた。細く長いその髪は主の無邪気で天真爛漫な性格に反して繊細で丁寧な扱いが必要に思えた。けれど全く傷んでなどおらず指に絡みついて引っかかりもしない程柔らかく、そして撫で梳けば何とも言えない甘い匂いがふわりと香る

 

ララ、俺、春菜の順に座る三人用のソファは既に定員いっぱいで、ララは窮屈そうに仔猫のように身体を丸めている――だがその狭さが眠るプリンセスには心地よさそうだった。

 

ンンー……

と満足そうな寝息。俺の膝に擦りついてそのまま眠ってしまったララ。その頬と顎を撫でてやると口元に小さく笑みを浮かべどこか満足そうだ。「もっとして」とでも言いたいのかを膝の上でウンン、と溢し身じろぎする。愛らしいその仕草は彼女のいつもの性格とかけ離れた、控えめな主張で見る者の微笑みを誘う。それは膝枕をしてやっている俺も例外ではなく――――

 

「ふふっ…ララさん、しあわせそう」

 

くすっと微笑む春菜も眠るララを見つめ、飲みかけの紅茶を片付け始める。

 

「まったく、大きな子どもだよな」

「…お兄ちゃんは人のこと言えないと思います」

 

失礼なやつだな、と春菜をじっと()めつける。ぷいっとそっぽを向いてソファーを立ち上がる春菜……しらないもんってか、視線を受け止めもしやしない。前に「ララさんがお兄ちゃんに甘えるのはなんか許せるんだよね、やっぱり大切なお友達で…姉妹だからかな?」なんて言ってたけど、ララにこうしてやってから落ち着かないようにチラチラコソコソ視線を投げかけてるのはお兄ちゃん気付いてるからな

 

―リトとケンカしたー!リトのばかばかばかばかばぁあああかー!

 

とデビルークの正装姿で飛びついてきたララ。

 

祭日の正午。雨だったので外へは出ず、春菜とふたりでのんびり紅茶を飲んでいた。ちなみにヤミは「…アキトに読んで貰いたい本があります。すこし図書館へ行きますので………お姉ちゃん……私が居ないからといってアキトとイチャコラしないように。いいですか?春菜お姉ちゃん、最近ドが過ぎますよ?西連寺家(ウチ)の風紀を乱さないように」と春菜にしっかり言い聞かせると飛び立っていった。

「もう、分かったってばヤミちゃん」苦笑いで頬を掻く春菜()…"風紀"とか、唯が教えたのか……ヤミがツンツンになったらどうするんだよ…それにしても情けないぞ春菜、一体どっちが姉なんだかね―――――

 

ぽんぽんとララの頭でリズムをとる。なんとなくだが、悪い予感がするのだ。どうか早く起きてほしい。ぐーすかぴーと無邪気に眠るララは一向に起きる気配はない。

 

ララはこうして俺以外の誰かが居ると途端に子供っぽくなる。二人きりで話をするときは聡明で、高貴な魅力を放つ王女の顔を覗かせるのだが……相変わらずララはよく分からん。

 

「そういえばララさん、今日がお誕生日なんだよ?識ってた?お兄ちゃん」

「あー…へぇーそうなのかー、いやぁ識らなかったなぁHAHAHA」

 

ララの頭を撫でながら思案している秋人をジトぉ…っと見つめ、ホント?と問いただす視線を向ける春菜。分かっているくせに案外人が悪い。

 

――随分図太くなったな、春菜…その髪留のように白百合のような清純清楚なヒロインなんだよな?手に持ってるティーカップちゃんは片付ける為に持ってるんだよな?投げつけるつもりじゃないんだよな?お兄ちゃんは信じてますよ?

 

「今日の夜にはデビルーク星からお母さんが会いにくるんだって、久しぶりにママに会えるってララさん喜んでたよ?私と結城くんはもうプレゼントあげたけど…誰かさんには既に貰ってたらしいね、とーっても喜んでたよ、そういえば何か相談事…というかお願いだったかな?ママにするんだって言ってたけど…そういえばナナちゃんもそんな事を………何かなぁ…ね、すごぉく気になるね、お兄ちゃん」

 

――可愛く小首を傾げふふっと微笑、パァアッ……!と後光が射した気さえする。何も知らない男が見たら即座に恋に落ちていたことだろう。(そんな奴は勿論許さん)女神か何かだったのか、春菜…そんな表情(かお)、あの夕暮れの再会以来だな、でもあの時は手に裁きの天秤は無かった気がする。なるほど、ここは法廷だったのか…ならばきちんと弁明しないといけないな

 

「ン…おにいちゃんのちゅう…」

 

―――――最悪だ。

 

なんてタイミングの悪さ…ララ、お前ホントに寝てるんだよな?楽しそうに緩む口元の笑みはさぞかしい良い夢を見ていることだろう

 

「ふーん…ね、秋人お兄ちゃん…ううん、秋人くん、秋人くんはララさんに何をシてあげたのかなぁ?」

 

変わらぬ眩しい女神の微笑は既に判決が決定されている事を示している。

 

《異議あ「却下します」り!》

《情状酌量の余地が「ありません」》

《被告人は深くはんせ「してません」》

 

外から差し込む朧げな日差しが窓辺に立つ春菜の…透明感のある白い輪郭、その微笑に異様な凄みを与えている

 

「最近なんだかお兄ちゃん…モテモテさんだね、まさかヤミちゃんにまで手をだしてないよね?」

「そりゃ…――――――――」

 

だしてないぞ――――

 

と視線を外し、戸惑わせてしまう。

 

―――あのキスの意味は俺にもよく分かっていなかった。正直、持て余していたのだ。

 

「…。」

 

春菜はもう何も言うつもりも無くなったのか、もう一度俺の隣にちょこんと居直した。

 

春菜としてはそこまで本気で責めているわけではなかった。だがこうまで自身の一番大切な、一人占めしたい程大好きな秋人が女の子に人気があれば気になる、戸惑った視線に悲しくなる。一緒にいる時間は優越感と共に心は複雑なのだった。

 

―――それに何よりまだ私は秋人お兄ちゃんに…―――

 

「……最近お兄ちゃんはヤミちゃんにばっかり、他の女の子にばっかり優しいんだもん」

「拗ねるなよ、春菜」

「お兄ちゃんのせいだもん、お兄ちゃんのばか」

 

春菜が不機嫌(お兄ちゃんなんかしらない)モードから甘えん坊(お兄ちゃんのばか)モードにシフトチェンジしたことを見とって秋人は春菜をゆっくり抱き寄せた。

 

…繊細で華奢な躰、靭やかなそれは女らしい曲線を保ち細い腰のくびれは見とれるほどに美しい。

 

肩に頬を寄せる春菜…その艶とこしのある髪をくしゃりと撫でる、ぱらぱらと零れた一筋の髪が薄い唇に張り付く――――その扱いの悪さをララの時と、優しく撫で梳いていた時と比べ不満だったのか春菜は秋人の首筋をぱくっと甘噛みした。痺れる甘い刺激。ちゅっ、ちゅっ…と噛んだ朱い跡に口付けられる――――――

 

"お兄ちゃんはわたしのもの"か、……言葉にしないところが春菜らしいな――

 

苦笑いをした秋人は春菜のおでこに"キスをやめなさい"とキスで返し、今だ口元にある数本の髪をはらいのけてやると―――

 

「春菜には感謝してる」と口にし、微笑った。

 

「…―――」

 

うっとりとまつげを震わせる春菜は問いかけるような視線で見上げる。促される形で秋人は答えた

 

「俺がこうして楽しくこっちで暮らしてるのは春菜のおかげだからな」

 

と目を細めてもう一度微笑む

 

…―――窓の外では今も止まぬ本降りの雨、灰色に染まる彩南の街並み…すでに見慣れ、住み慣れた風景……遠き故郷の事はもう、何も思い出せなかった。虫食いの記憶も、少しずつぼんやりと…だが確実に無くなっていくのが分かる。

 

―――望んでいたことであったが、それでもやっぱり不安で心はどこか不安定だった

 

(どこか自分で無くなる気がして)

 

瞳に気持ちが表れないようゆっくりと閉じる。静かに唇を春菜に近づける。春菜も震える瞳をそっと閉じて唇を差し出した

 

――毎回の事なのにどうしてこんなにどきどきするんだろう――

 

ふたりは同じことを考えていた

 

躊躇うように重ね、触れ合う一度目。それから柔らかい熱の感触を確かめるように啄む唇。二度も三度も甘く噛み合い――心を重ね、見つめ合う。

 

「ん…ふぁ…私がこんなに楽しく暮らせるのはぁ……あきとおにいちゃんの…あきとくんのおかげ、だよ…」

 

甘い快感に蕩けてきた春菜は掻き抱きたい秋人を見上げ、腕を背に回し抱きしめることで押しとどめる。

 

――高まり続ける愛しさと切なさは、それだけでは済みそうになかったから

 

「………春菜は今、しあわせなのか?」

 

何気なく口をついた言葉に、秋人はいつの間にかたくさんの意味を紛れ込ませしまっていた。

 

――少しの寂しさ、少しの戸惑い、複雑でそれでいて単純な心とその表情を愛しい――

 

と、ふたりはまた同じく思った。

 

答えない春菜はあの夕暮れと同じく、秋人の頭を優しく愛おしそうに胸に抱く。(あふ)れ出た愛しさの雫は瞳を閉じたことで一筋だけ、流れた。

 

何かを口にしてしまえば、言葉がずっと続いてしまう―――もちろんだよ、しあわせだよ、お兄ちゃんが居てくれて、皆が居てくれて、わたしはとっても、とってもしあわせだよ…―――秋人お兄ちゃんは……秋人くんもそう…?…向こうへ帰りたいって、向こうの世界が良かったって…あっちに居たほうがしあわせだったのに…って後悔してない…?―――

 

そして自分の中の大きくて、両腕では抱えきれないほどに大きくて、暖かくも切ない愛をうまく言葉にする(すべ)を春菜は持っていない――――それがダメなら、ただ黙ってこうするしかない。

 

そしてこうして全身で、体温で、鼓動で伝えるほうが正確にまっすぐ届けられるような気がした。

 

「(―――好き……大好き、ずっと一緒にいたい)」

 

秋人のつむじに唇を押し当て口を塞ぐ。

それでも勝手に声は溢れて――――――その事に春菜は気づかない

 

気付いてはいなかったが、これ以上溢れないように今度は秋人の唇で自身のそれを塞ごうと抱きしめる腕を緩め、見つめ合う。

 

涙に揺れる同じ色の瞳と瞳が、互いだけを見つめとらえている

 

二人の胸の高鳴りが、雨音が響く部屋の中に大きく広がってゆく錯覚。

 

二つの唇が、それぞれの想いをのせてゆっくりと近づいていく―――

 

じ~っ、いーなぁー、いーなーいーな

 

――――ララか

――――ララさんだね

 

二人は繋がった心の中で、そう声を掛け合った。

目を瞑り、お互いの唇をあと数センチの位置でピタリと止めたまま。

ふたりの落ち着いた神秘的な雰囲気は、一瞬で霧散してしまう。

無論―――自身の痴態に気付いた、恥ずかしがり屋の白百合姫によって。

 

ちっちがうよ!?ララさん!?これはリビングの妖精さんのイタズラがね?目にゴミが入ってね?!とワケの分からない言い訳(?)をする真っ赤に震えあわてるりんご、春菜。…痛い、突き飛ばさなくてもいいだろ…ったく

 

目の前で妙な説明を捲し立てる春菜。ん?お兄ちゃんの目を見つめると幻術にかかってえっちぃ感じになるよう操られてしまう?術を使うと徐々に視力がなくなって?…よくそんな事思いついたな春菜…呪いを解くにはキスが必要不可欠?…呪われててたのか…俺…ララはそれにふんふん、うんうんと楽しそうに黙って頷いている。

 

 

―――同刻、幾つかの宇宙船が彩南町上空に現れる。

整列する無数の黒塗りの戦闘艦、優美なラインで描かれる豪華な一つの艦を護衛するように菱型陣形で取り囲み、その艦がどれだけ重要であるか周囲に威嚇していた。正確に言えばその艦が重要なのではなく、その中で優美に佇む"絶世の美女"が重要なのであったが…また別の箇所にも幾らかデザインの異なる宇宙船が現れる。

 

…既に一足早く彩南へ上陸していた宇宙船の持ち主は()を求めて雨の街を彷徨っていた。

 




感想・評価をお願い致します

2015/12/17 情景描写 モノローグ改訂

2016/01/24 情景(キス)描写 モノローグ改訂

2016/02/29 文章構成改訂

2016/04/13 文章一部改訂

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【 Subtitle 】


0.傷心模様なメランコリー

1.真昼の契りの行く末は

2.急転直下のデプレッション

3.藪蛇ガールと墓穴なボーイ

4.取れぬデートの胸算用

5.解けない呪いに隠した気持ち




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