貴方にキスの花束を――   作:充電中/放電中

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Re.Beyond Darkness 2.『暗闇の使者~Dangerous Plans~』

6

 

 

――――この状況は一体、何でしょうか

 

見上げながら、ふとこれまでを振り返る…全ての物事には"はじまり"があり、"はじまり"に至る理由(・・)がある………自身がこの地球に来たのは標的(ターゲット)殺す(・・)為、依頼の為だ。依頼の"はじまり"は電子メッセージだったが、ヤミにとっての全て(・・)の"はじまり"は………目の前のテニスエプロン姿の少女、西連寺春菜……ではなく、()アキトであった。

 

――――そしてこの状況の"はじまり"は「いい?ヤミちゃん。妹は…」からだった。

 

くどくどと説教をする視線の先の黒髪、ショートカット

 

「…だから……で……」

 

長々と御高説をしゃべる薄桃色の唇。いつもと違い留められていない前髪が、さらと揺れる。

 

「…と、そんなお兄ちゃんに苦労に苦労を重ねつつ…やがて…」

 

長々と――――――

 

「…それでも支えるのが妹として、いちばん大事…」

 

長々と――――――――

 

「…でも、それでも素直に慣れない妹は……」

 

長々と――――――――――――――

 

「……して月日は流れ、やがてふたりは……で………」

 

長々と――――――――――――――――――――――――

 

「…そして朝は食事や着替えの準備をして、昼はたまに会いに行ってライバルに牽制して、夜はいっしょにおふ……あ、」

 

長々と、を止めコホンと一つ息をつく唇。見上げる先には顔を朱くした()、西連寺春菜。

 

「…どうかしましたか?」

「ううん!なんでもないよ?なんでも!あはは…」

 

頬を朱くする春菜は髪を耳にかけもう一度「コホン、」と態とらしく息をついた。唇を拳で隠していても溢れた息がヤミの金の前髪を揺らした。

 

「はい!取り敢えず(・・・・・)おしまい!ごはんにしよっか、ね、ヤミちゃん」

「…ハイ」

 

――――やっとこの状況が"終わり"を告げたようですね

 

『むかしむかし、とおく過ぎ去った時間…

 

アキトとヤミがウチ(・・)へ帰るとアキトは蹴飛ばされ追い出され、ヤミは玄関で正座&お説教されました。

事態の始まりの合図は轟く悲鳴、なぜか(・・・)テニスウェアの上からエプロンだった西連寺春菜はスコートの中身を脱ごうと此方にお尻をむけ、パンツに指をかけていました。

 

ヤミには理解不能でした。

なぜなら其処はテニスコートではなくリビングだったからです。

 

「…えっちぃ人ですね」

 

ふいに零れた感想は、しんとした場によく響きました。

傍らのアキトも呆れた表情…ですがニヤっとしたことをヤミは知りませんでした。知らんぷりしたからです。

 

認識しなければ現実でさえ幻。

 

そしてそれからヤミの苦難の時間が始まりました。

長い長い時間がながれます、ヤミを助けてくれたのは…あろうことか事態の始まりを告げた少女、そして苦難の時間を創りだした目の前の姉、春菜でした。』

 

「ヤミちゃんの好きな食べもの作るね?あ、一緒に作るのもいいかも」

「ハイ」

 

視線の先の笑顔を見ながら"御伽話(おとぎばなし)"を紡ぎ、〆。現実に即し過ぎたそれにヤミは心の筆を置こうとし、やめる――――

 

「うん、じゃあキッチンはこっちだよ」

「…あの、」

「ん?なにかな?ヤミちゃん」

 

笑顔の春菜に対し、先ほどからヤミは無表情だった。

 

「…立てません。」

 

ずっと言いたかったが言えなかった言葉は、しんと静まり返った玄関によく響いた。既に時刻は午後10時。ウチへ帰ってきたのは午後7時。脚が痺れ、麻痺するには充分すぎる時間が過ぎ去っていた。

 

「ご、ごめん…」

 

『明るい玄関には、あはは…と乾いた笑いもよく響きました。おしまい』

 

――――と、一言添えて筆を置いた。

 

物事にはいつにでも"終わり"がある。こうしてヤミの辛い状況は正しく終わりを告げた。電気が流れたように痺れ続ける脚でそろそろと歩くヤミと、おろおろと彷徨う春菜の、二人の足音をBGMにして…

 

――――そういえばアキトの描写がありませんでしたね、ひぅ!

 

…駆け出し絵本作家のヤミは痺れた脚でぴこぴこと跳ねながら呟いた。

 

 

7

 

 

薄暗い部屋では――――

 

「…んっ…ああ…っ…!」

 

吐息混じりの声を少女が響かせていた。声には苦悶とこわばりの色が混じる。男はそれでも止める様子はない。無言で眉を寄せ睨むように、真剣そのものだ、その顔、その髪、その姿が――――

 

「…あっ!…んっ…はぁあっ!」

 

――愛しい凛々しい狂おしい……もちろん見上げる少女の感想だ。朧げなオレンジ色の灯りでは少女以外に男のスベテをみる事ができる者はない。それは男にとってもそうだった。だが少女にとっては覚悟の上であったし、むしろ望んだ事だった。少女は男にスベテを見て、知って欲しかった。

 

「んんっ!…もう…いい…よ…っ!」

「…もうか?美柑」

 

愛しい男、秋人の声が少女の耳朶に響き渡る。その音色に少女、美柑は歓喜に身を震わせる。

 

「うん、もう…ガマンできない…っ!…ほしい、から…っ」

「わかった。あんまムリすんなよ?」

 

少女の身を案じる男…秋人を潤んだブラウンの瞳で捉えた美柑は、はふと熱い息を可憐な唇からもらした。

 

「うん……キて…」

 

"その時"に備え、美柑は愛しい男の…秋人の身を掴む。その場所は衣服を纏ってはいなかった。

 

「くっ…!」

「ああぁっ!……ナカ(・・)で…出て……」

「…ふぅー…やっぱかけたほうが良かったか?」

 

緊張を解き、大きく息をつく秋人は達成感で満たされた笑顔を美柑へ向ける。美柑は恋する乙女の瞳でそれを写す、カシャ、「楽園(エデン)の花園フォルダに保存しました。」と、乙女の脳内で確かに響いた。

 

「ううん…はじめてはナカ(・・)で欲しかったから………かける(・・・)のも悪くないかな、とは思うけど…」

 

下腹部をそっと撫でる美柑。柔らかい表情、その微笑みにはしっかりと母性が宿っていた。

 

「でもホントに大丈夫か?美柑」

「うん…心配しないで」

 

頬をうっとりと染め上げる少女。いつもと違って敬語を使わない美柑、ふたりきり。この時ばかりは特別なようだ。

 

「ちゃんと他ではガマンしてるんだよ?」

「そっか?ならいいけど」

秋人は完成した冷たいソレを運ぶ。

「うん…」

美柑は掴んでいた秋人の手を小さく握り直し後に続いた。

 

「夜にアイスは太るもんな」

「でもお風呂あがりは食べたくなりますよね、最近暖かいですし」

 

―――ココは夜のアイスクリーム店。二人がはじめて(・・・・)訪れた人気店だ。間接照明のアンティークな雰囲気漂う店内では、客自身が狭い小部屋でアイスを作ることができ、ホットチョコクリームをバニラアイスの()に含ませるか、バニラにかける(・・・)か二人は選び、実践していた。湯上がりにアイスが食べたくなった美柑は秋人にコールし呼び出した。夜にアイスだなんて太ってしまうかもしれないし、甘いものばかり食べるところを…"食いしん坊な自身"をみせたくなかった美柑は、少し戸惑ったが秋人には"偽らない自身"を見せようと決めてスベテをみせた。幸い秋人も春菜に追い出され暇を持て余していた、故にこうして二人は落ち合っていた。

料理など普段しない秋人は、料理上手な美柑に手ほどきを受けながら実践中で、傍らの美柑は不慣れな手つきに頭二つ分、見上げながらヒヤヒヤして緊張の声(・・・・・・・・・・)を出していただけだ。

 

「結構上手にできましたね、またがんばりましょう」

「そうか?こっちからチョコが出てるけどな」

「…うん、いっぱい出したね、」

 

だからそっと下腹部を撫で艶っぽく微笑む美柑の台詞に深い意味など無い。………たぶん

 

「それで、相談って何でしょうか、お兄さん」

「いや、ヤミのこと何だけどよ」

「ヤミさん…ですか、どうかしました?」

「ああ、実は…」

 

店内に設けられた丸いテーブル席に座る。四人がけの席であったが美柑は向かいではなく秋人の隣に腰を下ろした。美柑が隣に座るのはよくある事だったので秋人は深く考えない

 

「…ナルホド、ヤミさんが秋人さんのウチに…」

「おう…はぁー…まいった」

 

―――"古典"の来週の授業で必要な連絡事項を親切な骨川センセが知らせに来てくれた。その時、轟音と共に金色の闇が訪れ、金色の大腕で俺の身体をがっしり掴みながら呟くようにこう言った。アキト、今度は私の棺桶(・・)になりませんか、と……骨川センセは恐怖のあまり失神した。大丈夫なのだろうか、頭から黒板にめり込んでたけど…あ、"家族"だったっけ、あまりに衝撃的だったから記憶改変されてしまった

 

「ではヤミさんと暮らすために春菜さんに許可を?」

「おう、まぁな、一応は…な」

 

大きな白いバニラアイスを崩し一口含む。美柑も同じく一口食べ、ん、おいしと呟いた。

 

「春菜さん怒ったんじゃないですか?」

「怒ってたのか?アレ…」

 

バニラを口に運びながら春菜ビンタ(弱)を食らった頬をさする。美柑はアイスを食べながら痛そうですね、と赤いもみじの頬を撫でた

 

「?違うんですか?」

 

小首をかしげた美柑を見ながら思い返す、いや、アレは…、と半脱ぎテニスエプロンコスの春菜が思い浮かぶ

 

「―――気合を入れてたんじゃないか?」

テニス部だしな、と付け加える。

 

知らなかったが、春菜ってスポ根じみたところもあるらしい、凛とテニス勝負してボロ負けしたそうだ。やたらと凛が「勝ったぞ、秋人。勝ったんだぞ秋人。私が(・・)勝ったんだからな、私が」と鬼気迫る様子で勝った勝った、と連呼してきた。背後の天条院と綾に目をやったが「凛が嘘をつくはずありませんわ、勝ったのでしょう…何についてかは(わたくし)には分かりませんでしたけど」「何にだったんでしょうか、沙姫様。夜にメールで『私は春菜に勝った』とだけ送られてきても…応援に行けばよかったのでしょうか」と、全く情報を膨らませてくれなかったが。「わかったわかった、凛、お前の勝ちだな、良かったな、お祝いしような」と言うと「そうか!」と清々しく笑った。それからいつもの落ち着きを取り戻した凛に、その話を聞いたのだ。話の中で春菜の様子は、やたらと真剣だったようだし……だから春菜にとっての戦闘衣装とか、意識を変えるスイッチとか?テニスウェアには、そういう意味があるんじゃないのだろうか―――

 

「何にですか?……ああ、ワカリマシタ」

「ん?なんに気合入れてたのか分かんのか、美柑は」

もぐ、とアイスを食べる。半分崩れたバニラに交じる暖かいチョコは、とろけるように甘い。

 

「…さあ?やっぱり分かりませんね」

美柑も同じようにアイスを口にする。ん、熱い…となぜか艶っぽい声を出した。

 

「そか、美柑にわかんねーなら俺に分かるはずもないな」

「ですね」

 

うまうま、と二人してアイスに夢中になる。中に含まれる茶色いホットチョコをぐるぐると混ぜながら食べるとウマイ……らしい。少しだけ試してみると、確かにウマイな。チョコは好きだ、ナナあたりも好きそうだな、連れて来てやるのもいいかもしれない。

 

「…。」

 

ジトッと此方を見る美柑。たぶん違う女の事を考えたのを気づいたのだろう、流石、鋭い。

 

「まぁまぁ、機嫌直せよ美柑」

肩を隣の肩にぶつける、座れば美柑と身長差は感じられない。歳の差も同じように感じないから不思議だ。

 

「まったく、お兄さんは仕方の無い人ですね」

スプーンを口に含みながら睨む美柑は歳相応の少女だ、確かに大人びているがまだまだ甘えたい年頃なんだろう、この春小6に…だったな。美柑のアンバランスな魅力が俺にイロイロ錯覚させるが、気のせいだろう

 

「ウマイな、このアイス…特にチョコがいい感じだ」

「ですね…」

 

既にアイスを食べ終わった美柑が腕をとり、甘えたように身を寄せる。いつもの事だから気にしない、寒くなったら美柑はいつもすることだし

 

「まぁ何とかなるだろ…お?」

するりと手に持っていたスプーンが絡み取られ奪われる。

 

「私が食べさせてあげますね、お兄さん」

 

差し出されるバニラアイス、はむと口にすると冷たく甘さ控えめ…ホットチョコがない部分。今まで甘ったるかった分、かえって物足りない。状況把握と場の調整がなにより上手な、気がきく美少女、美柑らしくない…ふと美柑を見ると小さく舌を出していた。やっぱりワザとだったようだ。まださっきの事怒ってんのか、と美柑に苦笑いで見つめる

 

「…これは勝手に居なくなろうとしたバツですからね?」

 

―――可愛くウインクする"ジゴクの料理人"結城美柑はいちばん甘くピリリと小粒なバツを秋人に与えた。

悪かったよ、と美柑の手をとる秋人、イタズラな微笑みを浮かべる美柑は応じたようにちゃんとチョコと絡められたアイスを秋人の口元へ差し出す。お、アマイな!笑顔の秋人に美柑もにっこりと笑う。

 

秋人が店を出るまで気づかなかったが、美柑が秋人に食べさせている時、使っていたのは自身のスプーンではなく美柑のものだった。自身の使っていたものは最後の〆として美柑が美味しく頂いていた。

 

結城家まで送られた美柑は「段階って大事だよね、まずは間接キス、から…」と美柑は閉じた玄関のドアにもたれ、呟く。ほのかに朱く染まった頬でふふっ、と小さく微笑う。それはとてもしあわせな、少女の笑みだった。美柑の"しあわせ家族計画"に一つ、済と刻まれた赤い判子が押された。

 

 

8

 

 

「いい匂いがしますよ?女の花園は…」

身を寄せ腕を胸に押し付ける。

 

「うぅ、モモ、くっつき過ぎだぞ」

「いいじゃないですか♡誰も見ていないんですから♡」

甘い声音をリトさんへ向ける、リトさんは更にぎこちなく足早に歩をすすめる。

 

――――美柑さんがお兄様と会いに行った、だからこうしてリトさんと二人、夜のコンビニへと買い物に出掛けている。リトさんには女性を惹きつける"力"がある。私の(・・)楽園(ハーレム)計画の為に、お兄様に負けるわけにはいかない。

 

「これもリトさんのハーレム計画の為に…」

「こんなとこでハーレムいうな!」

 

コンビニでリトさんは恥ずかしそうに声を荒げるけど…一番大きな声でハーレムって叫んでるのはリトさんですよ?

 

「あら、また聞きたいんですか?キチンとお風呂場で説明しましたよ?」

「う…」

 

――ふふ、思い出したように赤く固まるリトさん。負けないで下さいね♡

 

「と、とにかく!ハーレムなんて作る気はない!」

それは困りますリトさん♡と腕に強く胸を押し付ける。リトさんの腕に潰される胸でリトさんを固くする。

 

「さあ、ハーレム計画の為にがんばりましょう♪リトさん♡」

 

やけに明るい私の声が小さなコンビニに響いた。

 

 

9

 

 

―――楽園(・・)計画は順調か、メア

 

「うん!」

 

暗闇に無邪気に微笑むメア。天高くそびえ立つ高層ビルの屋上には一人の少女しか立っていない。

結われた赤い髪がビル風にたなびくように流れる。身に纏うのは暗闇と同じく黒…戦闘衣(バトルドレス)のマントが同じく、風に靡きメアの白い華奢な躰を月夜に晒した。

 

―――そうか、と再び暗闇の中からくぐもった声が響く。一つの月が浮かぶ夜空には他に星は無い。

 

「また邪魔が入っちゃったけどね」

 

微笑むメアにそうか、と暗闇は頷いた(・・・)。メアの瞳の色は漆黒の闇。

 

 

では行け―――

 

言葉を待たずに舞い降りる影。闇夜に浮かぶ銀の月の光を浴びて、朱い8つの()が不気味に光った。

 

 

10

 

 

こんばんわ、おねえちゃん。(・・・・・)そう日常の挨拶を口にした黒咲芽亜は変身(トランス)させた朱い刃で縦横無尽、自由自在に伸びて軌道を変え、追跡する蛇のように斬りつけてきた。

 

―――いきなりですか…!

 

地面すれすれから突き上げるように喉元を狙う刃をかろうじて金の剣で弾き、後ろへ跳ぶ。

 

「…貴方は誰ですか」

変身(トランス)させた腕で近くの電柱を掴む金色の闇

 

「私?メアだよ♪知ってるでしょ、ヤミおねえちゃん!」

 

先程までの漆黒の瞳、無表情だったその顔に楽しげな笑顔が浮かぶ。

手にした電柱をへし折りメアへ向けて投げつける。響く轟音、巻き上がる石礫。メアが躱し、宙を舞う。同時に金色の闇も地を蹴りメアへ迫る。空中で交差する朱と金の刃。互いの服…戦闘衣(バトルドレス)が切れる。――――が、躰には届かなかった。

 

「…いきなりの暴力は関心しませんね」

 

どのクチが、と秋人なら言ったであろう

 

「♪」

 

一瞬、漆黒の瞳が強く光る。獰猛なその光は鬼気と嬉々が宿っていた。

互いの刃が互いの命を奪うため火花を散らす。闇夜に浮かぶ銀月だけが輪郭を宿す光だった。

 

――――この状況は一体、何でしょうか

 

再びそんな事を思った金色の闇は、またもう一つ変身(トランス)で金の刃を生み出し大気を一閃、震わせた。

朱の剣閃と金の剣閃が剣の舞いを描く、互いに放たれる武技はすんでのところで相手をとらえることができず、澄んだ空気を一閃するか、弾かれ火花を散らすかその何方か一方だった。が、互いに手を抜いているわけではない。だからこそ、刹那の時間に生と死が垣間見える――――メアはますます瞳を爛々と輝かせる。しかし、金色の闇…ヤミにとってはそうでは無い。降り掛かってきた火の粉を払いのけているだけだ。払いのけた火の粉に深い興味があるわけではなかった。

 

「メア」

不意の声、メアの背後に出現した気配、金色の闇はぎくりと固まり剣を止める。

 

――――新手、でしょうか…さすがに(まず)いですね

 

メアは強い。疾く、鋭い。さらに相手が増えれば火の粉でも大火傷を負ってしまう危険がヤミにはあった。

 

「なぁに?マスター」

 

変わらずヤミへ朱い剣を向けたまま答えるメア。無論金色の闇も金の剣を向けたまま下ろさず、静かに睨み合っている。金色の闇が目を細めて見据えた先には暗闇ばかりが広がっていた。その闇は朱い8つの剣を持つメアに纏わりつくように寄り添っている。

 

「そろそろ頃合いだ」

「ぶー、もうちょっと…」

「楽しみは、快楽とはオアズケを喰らえば喰らう程に膨れ上がるものだ。今は我慢しろ」

…それって―――

 

―――ス・テ・キ♪そう笑顔を残してメアは飛び去っていった……暗闇を引き連れて―――

 

消えゆく殺気と鬼気。相手の気配が完全に無くなった事を確認したヤミは変身(トランス)を解いた。金色の流れるように美しい髪がヤミの背を覆う。大きく息をついた。

 

「…相手の都合を考えないのも関心しませんね」

 

どのクチが、と秋人なら言った…いや決死の覚悟で引っぱたいたであろう

気づけばヤミの握りしめられた掌は汗でしっとりと濡れていた。

 

――――全ての物事には"はじまり"があり、"はじまり"に至る理由がある…そして"終わり"も―――

 

「なにやってんだヤミ、お前も追い出されたのかよ?」

「…アキト」

 

うー、さみー、春って言っても夜はまだ寒いのな、と制服のポケットに手をつっこみながら微笑むアキト。西連寺春菜と同じ黒髪がヤミには先程のメアの瞳の色を連想させた。

 

「…どうして此処に?」

「はぁ?どうしてって帰り道だし、ウチそこだろうが」

 

ほれ、そこ!と指した其処にはアキトの…ヤミにとっては今日から自分のウチになったマンションがあった。

 

「…そうでした、西連寺春菜に言われてアキトを迎えに行く途中でした…」

「ん?追い出されたんじゃねぇのか?」

「…貴方と一緒にしないで下さい」

ジロリと睨むヤミ

「…失礼な、俺の方が悪いみたいな言い方だな」

ふん、とヤミを秋人は睨み返す。

 

「貴方がえっちぃ目で西連寺春菜を見るのが悪いんですよ、私も巻き添え…いい迷惑でした。」

不満の色をありありと宿す表情で変わらず秋人をじろりと睨むヤミ。流石に秋人も視線を外した。

 

「ありゃ春菜が悪い。俺は悪く無い。」

「…アキトがあの格好をさせたのでは無いのですか?」

「そんなワケあるか!」

 

それなら最初から、着替えるところから披露させるだろーが!ジョーシキだぞ!と言うアキトにヤミは思わず変身(トランス)で夜空に打ち上げてやろうか、と腕を作る。ゲ!と顔を青ざめるアキトが可笑しくて、ヤミはその腕の変身(トランス)を解いた。もう一度、金の長髪がヤミの漆黒の背を覆い隠す、背に感じるサラリとした感触にヤミは気分を変えさせられ………思い出したように「そういえば、」と呟いた。

 

「…おかえりなさい…アキト、」

 

か弱気なその声音は暗闇に溶け、まじり―――

 

「おう、ただいま、ヤミ」

 

消える前に掴まえ、ニヤリと微笑う秋人。つられ、ヤミも口元に小さく可憐な微笑みを浮かべる。"はじまり"に至る理由も、そして"終わり"に至ったのかどうかも、ヤミには分からなかったが、今は、この時間だけはこのままで、それを忘れて良い、とヤミは一人で完結させた。

 

―――それぞれの楽園へと至る道程は、如何ばかりのものか。それを識るものはいない。

 




感想・評価をお願い致します。



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【 Subtitle 】

6.くらやみ絵本劇場

7.初体験の味

8.その計画は誰がために

9.星のない闇

10.金赤の交わり


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