貴方にキスの花束を――   作:充電中/放電中

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Re.Beyond Darkness 18.『闇の光~Papa! I Love You!~』

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「…アキト、今回はコレをお願いします」

「はいよ、今回の絵本はなんだ…?ん?"パパだいすき"…熊の話か」

「なっ…!違います!こっち!此方です!間違えました」

「"パパだいすき ママだいすき"…子ぶたの話か」

「ちがっ!こっちです!白い表紙にお姫さま…これなら間違いありませんッ!」

「"あたし、パパとけっこんする!"……。」

「ファ――――――――――――ッ!!!」

 

夜の静寂さを保つ一室に間抜けな、天を割るような絶叫が木霊する。秋人はすぐ隣で寝そべる、命を獲りに来た殺し屋少女の超音波攻撃を辛うじて防いでいた。耳を覆い隠しても防げなかったソレはキンキンと耳奥で未だに木霊し――――ヤミへと批難の目を向ける

 

「なんちゅう叫び声上げてんだ。ちゃんと見ろっての…地球の文字も覚えたんだろ?」

「お、覚えてます!ちょっとその落ち着かなく……"白雪姫"これです」

 

ぼんやり灯る間接照明。まとなりに感じる体温に「コホン、」と鳴らさなくてもいい喉を鳴らすヤミ

 

待ちに待ったいつもの『寝る前、秋人に気になった絵本を読んでもらう』という日常恒例の行事だ。だが、ヤミにとっては"いつもの日常"とは多少異なっていた。

 

 

その原因は――――

 

 

「いい?イヴ、そのアキトくん…パパのことが大好きなあなたは立派なファザー・コンプレックスを患ってるファザコン娘なんだから、ちゃあんと今のうちにパパに甘えておくのよ?」

「ファザコン娘とはなんですか…」

 

冷ややかな眼差しを向けながら不満気に返すヤミだ

 

パパ大好き…ファザコン娘…と頭のなかで反芻してしまい、ヤミは俯き長い髪で顔を隠した。

 

「だから私は…アキトがその…違うと…その…」などとぶちぶち呟き、その頬は赤い。金の輝く髪で覆われ隠された羞恥の変化は、目の前に立つティアには見られないはずだったが、ぴょこんと隠れずつきでた可愛い耳まで真っ赤だった為しっかりとバレていた。

 

「ファザコンはちゃあんと今のうちに解消しておかなきゃ、イヴがパパを卒業して貰わないと、ママが安心してパパに甘えられないものね」

「…ママ?」

「なぁに?イヴ、イイコイイコ…なでなでなでなで「ちょっ…!ティア!子ども扱いしないでください!」」

 

ティアーユは「はぁい」と手を上げ、幼い声で返事をする

ヤミは「まったく」と不機嫌そうな顔してため息をつく

 

―――(はた)から見れば、どちらが子どもか分からないようなやりとりだった

 

「うん、とにかくねイヴ…せっかくパパを見つけて、しかも家族になってくれて一緒に暮らしてるんだから、いーっぱいチャンスがあるんだよ?」

「…チャンス、ですか?」

「そうだよ?イヴは立派なファザコン娘。パパとひとつ屋根の下で暮らしてて、四六時中パパの傍にいられて、だぁい好きなパパの色々な姿が見られる。それどころか、見るだけじゃなくってイヴは娘なんだから、イヴが望めばお風呂に一緒に入ったって、添い寝してもらったって、おはようからおやすみのチューでさえも自由自在。べーったり甘えても全然、全く不自然じゃないのよ?」

 

段々と口調が熱を帯び、最後は握りこぶしまで作って力説するティアの姿をヤミはただ呆れた様子で眺めていた。

 

夕焼けの赤い日差しが、自身によく似たその顔に満足気な輪郭を与え続けている…――――

 

"教師"という立場を思う存分利用した目の前の似た少女(・・)は二人きりになれば、

 

「ねえイヴ?職員室はどこかなぁ?わかんなくなっちゃって…えへ」

「…。(そんなはずないでしょう!貴方はどこから来たのですか!)」

 

など

 

「ねえイヴぅ~プリント…重いから手伝ってほしいなぁ~」

「…。(2枚しかないじゃないですか!そのメロンムネのほうが重いでしょう!)」

 

などとアレコレ理由を付けては甘え、つき纏い続け、他に人がいる場所でティアを見上げれば「あら、どうかしたのかしら?」と知らんぷりした自信と冷静さを併せ持つオトナの微笑、台詞とのギャップにヒクつくヤミの頬…

 

しまいには

 

「皆さん、帰りのSHRを始めます。席について下さいね…うん?イヴ、ヤミちゃんにはどうやら真面目な性の悩みがあるみたいですね。皆さん、身体の悩みは決して恥ずかしいものではありませんよ?気軽に私か保健医のミカド先生に相談しましょうね…フフッこういう悩みはこっそりコソコソ女同士じゃないとね!」

 

と事実無根の爆弾を落とし、茶目っ気たっっぷりに笑うティアーユ教師。ぱちっとウインクを飛ばして魅せるその姿は愛らしく、普段の聡明で落ち着いた姿からかけ離れている。その姿にクラス一同の信頼を集め、同時にヤミちゃんの恥ずかしい秘密を真実に変えた

 

「この女…ッ!」

 

ガタッ!と立ち上がり怒れるヤミを、羞恥の真っ只中にいる少女の細腕を意気揚々と掴み、こうしてティアーユは進路指導室へと連れ込んだのだった。

 

普段は理知的で落ち着いた雰囲気。大好きなものの前では地がでる―――確かに彼女はイヴの(おや)だった

 

(一連の行動、発言…もしかして…私を、慰めてくれているのでしょうか…)

 

イヴ(ヤミ)はティアと再会した時、遠く離れてしまった心のキョリに寂しさを感じていた。そうつき離したのは自身の…"金色の闇"となって、殺し屋の身に堕ちてしまった自身の――――後ろめたい気持ち

 

ティアが少女・イヴにどうあって、どう育って欲しかったのかは定かではなかったが、少なくとも(すさ)んだ生活を、血で両手を、返り血で全身を汚すような人生を…――――イヴに望んでなかったように思う

 

「せっかくイヴが大好きなヒトと"いちばんほしいひと"と一緒に生活してるんだから…もっと幸せにならなきゃだーめだよ?」

「…。」

 

優しくしとやかに笑い、ヤミの金の髪を…小さな頭を撫でつけるティア、ティアーユ・ルナティーク博士。細める目元に美しいブロンドの髪が数本、眼鏡の縁へと流れる

 

――――あの頃、私はこの笑顔に同じ笑顔で返事をしていたような気がする、とヤミはただぼんやりと眺め見ていた

 

無垢なる少女イヴの"いちばんほしいもの"を知っているのは家族であり、姉であり、生みの(おや)でもあるティアーユだけだ

 

ティアと暖かな光に満ちた日を過ごし、そしてそれを失ってから、イヴという名を失ってから、"金色の闇"となり堕ちてから、闇を彷徨い歩いてから…今また再び、光に溢れる生活を送っている

 

――――無垢なる少女が欲しかった(もの)を汚れた闇が手に入れる

 

(…皮肉なものですね………)

 

ヤミのそんな感慨も「うんうん、やっぱりイヴはファザコン娘だよね、いっぱいパパに甘えようね。でも、ママからパパとっちゃだめよ?」と、自分の理屈に満足そうに頷き、揺れる豊満すぎるメロンムネの前では霞のように消えてしまった

 

「…まったく、誰がファザコン娘ですか、誰が。まったく、もう…」

 

ヤミちゃん困っちゃう!ですね―――

 

遠くの茜雲にぼんやり目をやって、ヤミは呆れたように呟いた。

 

 

そうして図書室で絵本を選び、スタスタとウチへ帰る頃にはすっかりその気になっていた。

(まあ、絵本を読んでもらう時くらいは…添い寝しつつ読んで貰うくらいは…いいのではないでしょうか…春菜お姉ちゃんもたまに布団に潜り込もうとしていますし…)

 

そうして今現在、仲良くベッドに寝転んで絵本を読むというふたりが出来上がっている。

 

いつもであれば三人ソファに三人並んで穏やかに過ごすこの時間。秋人に絵本(じょうほう)をねだるヤミ、そこに春菜も参戦しリビングで提供される貴重な情報達、読み聞かせの時間

 

たまに春菜が女性の登場人物の台詞を読み、ヤミが「春菜、黙って下さい、正直、演技が下手ですし…声もそのまま春菜そのものですよ」と釘を刺す。冷たい言い方に「ひ、ひどい…っ!ヤミちゃんそんな言い方って…ぐすん」とショックを受ける春菜。まあまあ、と頭を撫で慰める秋人という時間だ

 

しかし、今はふたりきり、体勢も部屋も異なってふたりっきりである。

西蓮寺春菜は入浴中なのである。念入りに躰を洗い一日の疲れを落としているのだ、迂闊である。

 

「えーっと、むかしむかし…』

 

ヤミは黙って目を閉じた。目の前の枕を抱き口元をうずめ、語る声のみに集中する…――――

 

『うつくしい少女、白雪姫は…』

 

だんだんと夢現(ゆめうつつ)のセカイへ誘われて行くヤミ

 

―――ヤミは本が好きだ。理由はいくつかある。知識が増える、価値観も変わる、気分が変わる…その中で一番大きなものは心が震える…気持ちのいい感覚(・・・・・・・・)に浸れるからだ。別なセカイで別なカラダで、よく識っている知らない人物たちと語り合い…素晴らしい話は、読み終わった後に、現実に身体が追い着いていないようなふわふわとした浮遊感をくれるあの感覚が好きだから―――

 

『そして小人たちが山に働きに入っている間、そうじやせんたく、針仕事、ごはんを作ったりして、毎日を楽しくすごしました。…』

 

穏やかな音色はヤミを酩酊状態のような心地の良い気分にさせる…

 

『――リンゴの毒で眠りに落ち…小人たちは悲しみ…』

 

ふわふわと漂う思考。水の上に躰をたゆませているような、そんな心地のいい…

 

『―――王子さまがキスをして白雪姫は目を覚ましました』

 

パチッ!とヤミも目を覚ました。漂っていた思考の流れを瞬時に引き結んだ二文字の単語…

 

「(き、キス…)」

 

顔を上げて、その唇へと目を向けたのは限りなく反射に近い反応だった

 

(キス…)

 

ぼふっと枕の中に口元をうずめ直し、金の髪に覆われる大きな瞳で見つめるヤミ。視線はなぞるように男の唇を滑っている

 

―――自身が得た情報で、世の娘が父親に向ける感情…それと自身の気持ちが、少しズレていることをイヴは知っていた。

 

(ティアのせいです…私は悪くありません)

 

無自覚を自覚させられてしまった気持ちと想いは、これまで隠されていた事に不平をいうように膨れ上がり、激しく自己主張している。その激動がイヴの幼い心を困惑させ…一つの恐怖(・・)さえも感じさせていた。

 

「そして二人は結婚して白雪姫はいつまでも幸せに暮らしました。おしまい………ってなんだよ?」

 

秋人のすぐ隣には瞳を潤ませる一人の少女がいた。瞬きをすれば星が、涙の雫がとび散るような大きなルビーは熱っぽい視線をおくり、自身の顔を覗き込んでいる。

少女にとっては愛しの青年が至近距離で自身の顔を、その瞳…落ち着いた色の瞳で覗き込んでいるのと同じ事であった。

 

そうして今、2つの双眸は、お互いの顔しか写していなかった。

 

すっと至近距離で顔と顔…鼻と鼻を突き合わせるほどに近づける二人、勿論近づけたのはイヴの方だ

 

何かが始まってしまいそうな漠然とした予感…、しんと静まる夜の空気、普段と違うふたりのキョリに今更ながら、なんだかイケナイコトをしているような…ドキドキと高鳴り、加速する鼓動……

 

―――触れたら最期、そう直感で感じていたのは、恐らく間違いではないと"金色の闇"は思う

 

(――――あのような攻撃…受けたことなどありませんから)

 

"金色の闇"はアキトのキスを攻撃であると理解していた。全てのものを一切合切奪い取ってやろうとする猛毒攻撃。一生、ソレなしでは生きていけないワクチンと毒、両方を併せ持つ…そんな、猛毒である、と。

 

ほんのすこし、触れただけで、触れ合わせただけでああだったのだから

 

この身がもたなくなるような、破壊しつくされ魂の在り方から作り変えられるような、そんな、

 

そんな―――

 

甘い、毒。

 

誘蛾灯に蝶が誘われるように、砂漠でオアシスを発見したように―――ふらふらと更に近づいていく顔――――――唇。

 

緩やかな時間の流れと朦朧とする意識を動かしたのは、秋人の(エンジェル)ちゃんでありお嫁さん(自称)であるところの春菜であった。

 

「ヤミちゃんお風呂あがったよ、…………何してるの?お兄ちゃんたち」

 

ビクッと声の方を振り向く二人。

鬼が、ドアの前に立ちすくんで二人の事を不審全開に見詰めている。首にかけられたバスタオルがさながら鬼のちゃんちゃんこのようだ。随分と清楚で可憐な鬼ではあったが

 

「「おっおあがりよ」」

 

ぎこちない親娘のユニゾンが、やけに明るい光の方へと響き渡った。

 

 

28

 

「「「モモーモモモーヴィーナスモモー♪」」」

「はぁ、」

「「「凄いぞモモさん可憐な笑みで男を悩殺♪煩悩地獄へ♪」」」

「はぁー、」

「「「凄いぞモモさん白い素肌で男を悩殺♪快楽地獄へ♪」」」

「はぁー…ってちょっと…それってどういう…どこの淫乱ですかまったく、失礼ですね…」

 

(ウ・ザ・い)

 

という言葉をすんでで飲み込むモモ。代わりに…

 

「皆さん…私を楽しませたいという気持ちはありがたいのですが…少しだけ一人にしていただけませんか…?皆さんも私のお世話ばかりでお疲れでしょうし…ゆっくり身体を休めてください…」

 

と愛らしい声とキラキラのプリンセスオーラ全開で労りの()笑。慈悲深きヴィーナス・モモの微笑みに会長・中島をはじめとするVMC一同は感動に涙する。けーっ!と教室の隅でナナはその"いい子チャンぶりっ子"に毒を吐く

 

「ナナちゃん?そんなに睨んでどうかしたの?アノ日?」

「?メア…モモが全然ジを出さなくて…ぶりっ子しちゃってさーバっカみたいだアイツ……素直になればいいのにさ、そういえば今日はなんだか妙に機嫌良さそうだナ?」

「うん!とっても!スッキリ!」

「またナンカと闘ったのか?メアはバトルマニアだからナー…」

「うん♪激しく素敵な…最後にはまっしろな灰になった戦いだったよ…………せんぱいとの」

「へー…強敵だったんだな…ん!?せんぱい?!リト、じゃない!兄上か?!兄上と何したんだ!?」

「ナニってー…えへへー、ナナちゃんにも言えないよ♪えへへー」

 

コラ!メア!教えろ!いや~んつかまえてごらんなさぁ~い♪と追いかけっこをする二人。

モモはそのじゃれ合いをするふたりを遠目で眺める…

 

(バカとか言わないでよナナのクセに…バカは昨日すっぽかしたお兄様の方で………もう、こうなったら…)

 

 

――――あの時、最初に感じたのは喪失感だった。

 

 

29

 

 

「モモ!?」

「いらっしゃいませ♡リトさん♡」

 

体育倉庫にリトさんを呼び出した。そうするつもりはなかったけど腕を掴み、マットに押し倒し、上に跨る――――

 

「もう…来るの、遅いですよぅ」

 

甘い声で

 

「ご、ごめん…大事な話って?」

「…どうでしょう?埃っぽい体育倉庫・マットの上・跨る体操着の女子……なにか感じるものはありませんか?ハーレムの王として…」

「い、いや…俺はその…ハーレムを作る気は…」

 

彷徨う視線、

 

「……ホントに…?……ちゅっ…ちゅむっ…」

 

男のヒトも感じるソコ、ソレを口に含む…ちろちろと輪郭をなぞれば舌先から躰の震えが伝わる…――――

 

「うう……も、…モモ…………」

 

気持ちよさそうなリトさんの声――――、

 

震える肩……………………………………掴まれて――――

 

「―――!いや!……………――――――あ、」

 

ガバッと身を離してしまう。

 

――――リトさんに私の怯えが伝わってしまう。

 

私の楽園(ハーレム)計画…その為にはリトさんに勝っていただかなくてはいけないのに――――。

 

「す、少しはその気になってくれました…?」

「も、モモ…オレ「モモ様ーッ!!!!!!!」」

 

振り向くと、ソコには、私がこの場へ呼び出した(ヒト)…ではなくウザいファン集団がいた

 

 

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蜘蛛の子を散らしたように逃げていくウザい男達…その背をモモは鋭く睨みつけ、小さく開いた口からは牙が覗く、双子のナナにもあるソレはさながら獰猛な肉食獣のようだった。

 

「全く、あともうちょっとだったのに…」

 

何があともうちょっとだったのか、それはモモにも分からない。

 

"あともうちょっと"でその気になったリトに襲われてしまうところだったのか―――――

 

"あともうちょっと"でモモの恐れや怯えが完全にリトに伝わってしまうところだったのか―――――

 

「…。」

 

くせっ毛を直した髪、その毛先を指に一度絡ませたモモは踵を返して歩き出す。足音さえ立てない上品で優雅な、いつもの歩み…それがモモを一層不機嫌にさせていた。いっその事ドスドスとでも音を立てれば気分も少しは晴れるのに、と。

 

だけれどそうはしない、先程のリトの前での動揺と自身のファンクラブの前で見せてしまった憤怒の発露……――――これ以上本当の自分を誰にも見せるわけにはいかないから――――

 

「ヴィーナスモモ~♪」「まだ居たんですか…」

 

だけれどつい、地を這うような冷たい声が漏れ出てしまう。――――…視線を向けると…今度こそモモの望んだ男がいた。

 

31

 

「よ、モモ、今日だったよな?あれ昨日?」

「お、お兄様ぁあ♡」

 

モモは秋人の胸に飛びつき、体育倉庫へ連れ込む……というより共に倒れこんだ。ドンッと二人分の衝撃、壁に秋人の背がぶつかり劣化した倉庫の錆びた欠片がパラパラと落ちる。

 

「んー、お兄様♡もう…来るの、遅い、いっつもいっつも遅いんですよぅ♡」

 

甘い声で縋り付き、モモは顔を埋めるシャツを愛おしげに噛んだ。少しだけ、布の繊維に交じり秋人の味がした。

 

「悪かったな…?なんだそのデレは、そういえば声も怖くないな」

「い、イイんです!たまには…その…サービスです、」

呆けた視線、はっとなって躰を素早く避難させる…ナナとは別の意味でお兄様にくっつくわけにはいかないから…くっつきたいのにくっつけない、もどかしい、気持ち。

 

「では!今週の戦況報告です…こう!」

 

コホン、とスクリーン。

 

《正統ハーレム王、愛しの愛しのリトさん》

お姉様、春菜さん、ルンさん、セリーヌちゃん、モモ♡

 

《要排除(デリート)要らないコなお兄様(ウザ邪魔なんですから)秋人さん☠》

春菜さん、美柑さん、ペタツン、古手川さん、籾岡さん、メアさん

 

がっくりとマットに項垂れるモモ…「こんなはずでは、こんなはずでは……うぅ…」とぶちぶち恨みをこぼしている。柔らかい生地の体操着、その背に哀愁が漂う

 

「うぅ……うー…うまくいかない…」

「ほら、立てってっての…まだ互角な戦いだろ」

「ん…気安く、触らないで下さい。お兄様(ウザ)」

 

ぽんぽんと、背中を叩くお兄様。今言った言葉は本心。だって……躰が勝手に準備をはじめてしまうから、きゅんきゅんとしまるソコは先程から貪欲な蠕動(ぜんどう)を繰り返していた

 

「まぁまぁ、ピーチ姫、元気を出してくださいませ」

「ウルサイ、ピーチ姫はイヤだと言ったでしょう、ブチ○されたいんですか…?」

斜め上から作った声が聞こえる、ぽんぽんと、今度は頭を叩くお兄様。今言ったのも本心。

 

「何をそんなにいつも怒ってるんだっての、」

「お兄様が――――バカだからです、バカアホドスケベシスコンドヘンタイだからです」

「ふふん。甘いな、男は皆どこかアブノーマルな部分があるんだぞピーチ。ドヘンタイは認めよう…だがシスコンはない、断じて違う。違うからな…んで?俺、勝ってるけど…なにくれんだっけ?」

「いえ、オータム、貴方はシスコンでしょう…それも重度の、あげるのは…私のH権です」

「そうだったっけ…?お願い聞いてくれるんじゃなかったのか?「お願いといえば男のヒトならばソレしか無いはず…!」

 

鈍感を気取るお兄様、お預けばかりくらって苛々する私、どれだけいつも私が我慢に我慢を重ねているのか、知らしめてやりたかった。さっきの事もあってお兄様を貪欲に求める、欲求不満があの日を思い返させていた。

 

あの日、いつものオシオキ――――その最中私は唇を奪われてしまった。身体を弄ってきても唇は重ねてはくれなかった(・・・・・)お兄様。女の子にとってキスは特別。勿論私にとってもそうだった。

 

――――その時、一番最初に感じたのは喪失感だった。

 

リトさんへの気持ちの喪失、私の一番大切なものを奪われてしまった喪失、恋心の喪失、

 

などではない。

 

時間的(・・・)、喪失だった。

 

快感が弾け、まっ白になる。白が私の全てを呑み込んだ。遥か高い天へと昇り、頂点でプツッ…と途切れる、意識……

 

―――まさかキスで意識を飛ばされるとは思わなかった。躰には性感がある、それは快楽を得るたびに開発されていく、弱い刺激でもより敏感に、今までの快感をより強い電流(もの)へと押し上げ…と知識では知っていた。だからこの躰がお兄様専用に開発されてしまったのは知っていた。でもこうも簡単に花開かされるなんて、もしかしたら躰の相性が抜群に良いなのかもしれない

 

でもキスは特別。心まで性感開発はできない。が、心と躰は密接にリンクしている…深い、強烈な絶頂は、心をも重ねなければ到れない。つまりは…

 

―――認識してしまってからはもう想いは止まれないものになっていた。

 

 

あのキスをもう一度―――

 

 

昔から計略・計画を練るのは得意だった。だから…―――

 

「お願いといえば男のヒトなら、ソレしか無いでしょう…」

 

だから今度も私から誘う、お兄様の胸に手をつき、押し倒す、上に跨る――――ぎゅっとシャツを掴んで見つめ、捕まえた。

 

「なにすんだモモ、淫乱ピーチ」

「…。」

 

悪態を、ギラつく視線一つで黙殺し、

 

 

そしてあの日と同じく(それ)を重ねた

 

 

31

 

 

水面(みなも)はさざ波一つないほど静かだった。

 

それもそのはず、人工の湖…プールには波に弛む水面はあっても寄せ返す流れは無い。

夏のプール。底の水色…水の透明。水面は今も鏡のように満点の星空を写し出している。カルキの匂い、輝く水面。夜闇の冷たい静けさがまるでヤミには脅すように聞こえていた。音ひとつ無いこの場では胸の鼓動がやけに煩く聞こえてたから

 

「アキト……来ませんね……」

 

勝手に言葉が溢れてしまう。来るはずもないというのに。なぜなら「…少し、ひとり夜風に当たってきます、追いかけて来ないで大丈夫です」と言い残しこうして当てもなく街を彷徨って、ふらふらと夢遊病者のように歩きまわった後――此処へと辿り着いた。真夏の熱帯夜…熱い身体に涼を求めて…――結果として水のある場所へとやってきただけなのだから。

 

気を紛らわして違う興味を探しだす…固く細かい砂のような凸凹のプールサイド。膝を抱えるようにしてしゃがみ込みザラザラを撫でてみる…ブーツの底から感じた感触は、手でもやはりそうだと返した。

 

そんなところ、そんな場所、真夏の夜、彩南高校プールサイド、其処に今――――私は独り。

 

興味を失った意識と視線がそのまま水面へと流れる。鏡のように夜空を写しキラキラと煌めく星と水の揺らめき…2つの星の海へと誘われるように息を潜めて覗きこんだ。

 

紅い双つ星が星の海に加わる。揺れる紅星の奥、その中に自分でも知らないような激情を見つけた気がして―――――――――

 

星空をそっと(すく)ってみた。小さな掌に捕らえられた冷たい水は光る無数の宝石たち。ならこの手は宝石箱だろう。液上の白い燐光は暗い闇の中、一つ一つが懸命に輝きその存在を主張する。決して強くない光、夜闇の帳を落とされた後でしか輝き主張でき無いその光。昼間は陽光に阻まれ存在を知ることはできない。月が出る夜も同様だ。

 

なんとも頼りなく儚い光たちなのだろう…一つだけでは闇を切り裂く事すらできず、同じ光を束にしてなんとか月と同等だ

 

それでも綺麗だった。綺麗だと思う。

 

この儚い光は…自身の中にある生まれつつある激情を癒やしてくれる気がした。

 

「アキト…来ません…」

 

独り言。宝石たちは箱から溢れ、消え落ちてゆく――――――

 

「来ないのかな…私が此処に居るのは知らないのかな、」

 

そうして全部溢れてしまった。その時―――

 

「識ってるっての」

 

呼び声は、小さな背中にかけられた

 

32

 

 

優しい銀光を放つ水面を背にゆっくり立ち上がる―――金色の闇(・・・・)……通名とのギャップに口元を綻ばせる秋人、だがすぐに真剣な表情(もの)へと変える。自分を真摯にまっすぐ見つめる少女の瞳に、揺れる想いを見つけたからだ。

 

―――なぜ此処が、とヤミは秋人に尋ねなかった。それより知りたい、知るべきことが先にあったから

 

「アキト……この気持ち、確かめさせてはくれませんか…?」

「どんな気持ちなんだ?」

「…私は………貴方が好きです、アキト……この気持ちは、そうなのだと思います……でも春菜も好きです、並んでる貴方たち二人を見るのが好きです…三人での今の生活が大好きです…暖かい光…その中に居ると感じられるから」

「…。」

「…だからこそ分からなくなる……貴方を独占したいとは思ってません…むしろ、独占したいのは今の生活…」

 

『ねえティア、わたしにもおトモダチできるかなぁ?』

『ええ、もちろんできるわよ、いつかわたしにも紹介してね』

『おトモダチもほしいけど、お兄ちゃんもほしいな』

『まぁ欲張りさんね』

『でもいちばんほしいのはね!―――――』

 

「ですから、この気持ちが…心の平穏をくれる貴方が…、私の…"いちばんほしいもの"なのか、そうでは無いのか、それを確かめさせて下さい」

 

頷く秋人。その肩に両手を置くヤミ。促されるままに秋人は身を屈め、片膝をつく

 

"目が覚める"とは発見(・・)に似ているとヤミは思う。眠っている意識、闇に隠れた意識を見つけ出し、動き流れる現実へと連れ出す…ふとした日常の中、美しい光景を見て目が覚めるような思いをするように―――――そういう発見を、唇でしたのではないだろうか、『白雪姫』は、眠る意識と、自身の恋するにふさわしい相手を―――――

 

星の輝き、水の煌めき。

揺らめく2つの星の、星座の海…それは美しい金色の妖精と忠誠を誓う…傅くひとりの騎士にコントラストを与え続け、淡い光たちに挟まれたその二人は儚くも幻想的であった。

 

騎士(ナイト)を自身に従わせているという事実が、妖精(ヤミ)の心をより一層高鳴らさせていく…

 

「では……――――」

 

いきます

 

最後の五文字の言葉は声にならずに煌めきへと流れて消えた……秋人はそれでも従い、目をつぶる。

 

ゴクリ、と息を呑む音が聞こえるほどに静寂。誰もいないプールサイド。

 

認識できる空間、此処には、今、自分たちふたり以外に…誰も邪魔するものは居ない、その現実(いま)という事実がヤミを戦闘時にも似た緊張と興奮を与えていた。

 

(かしづ)く騎士の…黒い前髪を一度に掻き上げる、柔らかい感触、汗の匂い、顔を上げたその顔……唇を、

 

ゆっくりと近づける、少しずつ…ゆっくりと、意識もスローモーションに。だけども確実に狹まる空間的、キョリ――――

 

(…ヒトはなぜこのような行動をとるのでしょうか――忠誠、誓い…この場合は…)

 

――――ふいに浮かんだそんな疑問も縮まり続けるキョリに剥がれ落ち、消えていく…

 

「…っ」

 

重なる寸前。小さくひとつ、息が跳ねる。もう止まれないと息を呑み込み――――重ねた。

 

「―――!」

 

最初に感じたのは心臓を鷲掴みにされたような、確かな感触。衝撃。生殺与奪権を相手に奪われているような恐ろしくも激しく揺れる、心の震え。次いで全ての感慨をも吹き飛ばす快感。恐ろしい程高い激情の波は、まるで天を突き破る高さまで昇り―――水面に揺れる脆弱な理性をザブンと一気に飲み込んだ。

 

「んっ…………――――っ…ちゅっ………!」

 

より強く、と押し付ける。もっともっとと、小さく開けた口で唇を少しだけキツく噛んだ。背筋がビリビリと快感に震える

 

『おトモダチもほしいけど、お兄ちゃんもほしいな』

『まぁ欲張りさんね』

『でもいちばんほしいのはね!―――――

 

とっさに心の筆をとろうと腕を伸ばすが直ぐにどうでも良くなった。行き場をなくしたその腕は、現実では秋人の横髪あたりを掴んだ。

触れ合う唇からは先程から生々しいほど甘い、とろけていくような快感だけが伝わり続けている。心臓の鼓動も追いついては来れない速度で、心は激しく振動し続け快感だけが鋭敏だ、電気の槍が体中を突き破る。好んだ孤独も、静寂さもない―――瞳の奥で光が弾ける

 

――――――パパ!』

 

ドクン、と一つナニカが跳ねた。それは早鐘を打ち続ける鼓動の悲鳴なのか、もうシャーベット状となり融けきってしまった精神(こころ)なのか、ヤミにはもう何も分からない。

 

――――――そしてその精神への過大な負荷、それが…

 

「…ちゅっんんっ…あ…っ!」

 

――――――"兵器"のリミッターを解除させ

 

「ああっ!」「うっ…!」

 

カッ!と広がる閃光。眩しい光が瞼の上からでも感じられ秋人は思わず顔をそらす

 

――――――ヤミの裡なる深淵を呼び覚ます

 

そこに居たのは

 

「―――パパ、だぁいすきぃ♡」

 

――――――ヤミに目覚めたダークネスだった。

 




感想・評価をお願い致します。

2016/02/18 改訂、再投稿

2016/10/17 一部改定

2017/02/27 一部改訂

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