貴方にキスの花束を――   作:充電中/放電中

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R.B.D閑話『御門涼子の憂鬱』

「はぁ…」

 

御門涼子は今日何度目かになる溜め息をついた。

もう数えるのはやめてしまっている。カウントすればするだけ、余計に憂鬱さに頭の痛みが増すからだ。

 

憂鬱な気分の原因ははっきり理解していた。原因そのものが、今も目の前に人の形を成して具現化している

 

「メア。パパ…アキトにてをだしたらゆるしませんよ」

「ぶー、ヤミおねえちゃんばっかりずるいよ…いっぺんしんでみる?」

 

二人の変身兵器は"モドリスカンク"により若返っていた。若返っていた。若返っていたのだ。

 

――――違う、問題は其処ではなく…

 

「メア、さきほどはてかげんしたんですからね?」

「…ヤミおねえちゃん。よゆうぶらないでいいよ、さっきちょっとあぶなかったじゃない」

 

フ…

…ふふ♡

 

とある男が迎えにやってくる、ただそれだけの事でこうもソワソワとする二人の幼女。

発している言葉はなにやら物騒極まりないが、それがただのじゃれ合い(・・・・・)であり本気ではないということは御門は知っている。…というより理解させられていた。自身の隠れ家である、瓦礫の山と化した屋敷を代償として。本気であればこの惑星ごと輪切りにできるのだ、これがじゃれ合いでなく何だというのだ。思い出した頭痛の種に顳かみを抑える妙齢(・・)の女医なのだった。

 

ヤミとメア

 

二人が二人共容姿の面で飛び抜けていた。

歳は共に6歳程度。女性としての容姿云々を語るにはまだまだ早すぎる年齢だが、それでも白く透明感のある肌は、同性の目から見ても魅力的だった。ヤミは張り、艶、文句なしの金髪ブロンド。メアも燃えるように輝く澄んだ朱い髪、そして共にくりくりと愛らしい大きな瞳。

 

彼女たちが持つ儚げな雰囲気とも相まって、神秘的な容貌をしている。院内で"妖精"や"天使"に喩えられるのも頷けるというものだった。勿論言うまでもなく不埒者にとっては死を届ける天使、死地へ誘う妖精となるのだったが。

 

いや、コレでは見た目が無垢なる存在なだけであって本性は悪魔や死神の類では――――――

 

「こらこら~ふたりともケンカはダメですよ~はぁーい、おやつのりんごうさぎさんだよー」

 

思考を断ち切る気の抜けた声、ぽやぽやとした人懐っこい笑みのティア…同僚のティアーユ・ルナティーク博士だ。保母さんでもやるつもりなのか、黒のタイト・スーツの上からいつもの白衣ではなくピンクのエプロンを締めている。

 

(だいたいあんたがワケもわからない妙な組織にスカウトされて…わけもわからない研究したからこんなことになったんじゃないの)

 

と、思ってはいたが口には出さない女医、御門。流石に子どもの前で不満をぶつけるような真似はしない。社会性を身につける大人であった。

 

代わりに目で訴え伝える…――――――が。

 

「うん?ミカド、どうかしたの?半分食べる?」

 

リンゴを差し出された。

 

不器用なクセに器用にうさぎちゃんにカットされている。

 

…先ほどから患者でごった返す院内に居ないと思っていたら、休憩室で長々リンゴと(じゃ)れていたらしい。そもそも"忙しいから手伝いに来て"と此処に呼んだのは不器用なティアーユにリンゴを器用に"うさぎちゃん"にカットさせる為ではない。言葉通り"忙しいから"である。ティアーユの生み出した"天使"と"妖精"のせいでとても忙しいのである。"医療の"手伝いをして欲しかったのである。

 

「…確かティアーユって、凄い分析力の高い頭脳の持ち主なのよね…生物の研究って構造解析だとか定性分析だとかあらゆる視点で対象を観察して、考察するのよね…単純な人の気持ちが理解できないはずないわよね…」

「ねえ、食べないの?ミカド?いらないならヤミちゃんとメアちゃんにあげちゃうけど?」

 

ねえどうするの?と可愛く小首を傾げるティアーユ・ルナティーク博士。御門と同じく妙齢の美女だが、優しい雰囲気とあどけなく開いた口も相まって年齢よりずっと幼く見える…肌の色も艶だってずっと良い

 

―――――――――――そう、自身よりずっと。

 

それが最近、多忙による寝不足で年齢・肌艶の気になる御門涼子のイラつきを加速させる原因の一つでもあった。

 

「……………………………――――――――食べるわよ」

「そう?そんなに物欲しそうな目をしなくてもいいじゃない。ふふふっ、ミカドったらいつまでたっても子どもなのね…あら?目元にクマが…それに肌もなんだか張りが…忙しくてもちゃんと寝なきゃダメよ?」

 

(…この女っ!)

 

言葉はすんでのところで飲み込まれた。"りんごうさぎさん"と共に。瑞々しく甘いリンゴの果肉が、なんだかやけに毒々しく感じる御門涼子なのだった。

 

 

1

 

「おーい、迎えにきたぞ?」「こんばんは、御門先生…ありがとうございました。」

「…アキト」「せんぱい」

 

そうこうして一日の激務を終えた御門の下へ、彼女たちの親がやってきた。娘たちは迎えに来たふたりのうち一人しか意識に入れてないようだが御門は気づかないフリをした。これ以上肌にストレスを抱えるわけにはいかないからである。

 

「…メア、アキトとてをつなぐとはどういうことですか?」

「え?はやいものがちでしょ?」

「…妹ならじちょうしておねえちゃんにゆずりなさい」

「えー?おねえちゃんなら妹にゆずってよー♪」

「……。」

「おいおい喧嘩すんなっての」

「ヤミちゃんメアちゃん。ダメだよ喧嘩しちゃ…、あとお兄ちゃんの手はエッチだから私が両手掴んでおくね」

「…はるなおねえちゃんはココにくるまでふたりっきりだったのでしょう…ゆずってください」

「そうだよジチョーしてよセンパイ」

「ふたりと手を繋いでたら、お兄ちゃん幼女誘拐犯として警察に連れて行かれちゃうよ?それでもいいの?」

「オイ。どういう事だソレ…春菜」

 

何やら言い争う四人の男女。

 

御門涼子はなんとなしにそれを眺めていた。疲れた脳への糖分補給…ティアーユに煎れさせたミルクティーを口へ含む。まろやかな甘さと程よい苦味。

 

―――あの不器用でドジっ子のティアーユもうまく淹れるじゃない…と、喉へと流し込み、ギッと軋む音と安堵の溜息。背中をデスクチェアへと預ける

 

―――カレ……随分と変わったわね

 

ぼんやりとしたフレームが秋人の姿をくっきり浮かばせた。彼との出会いを思い返す…患者と医師の出会い。あの頃も活発で無茶苦茶やる子どもタイプだと分析していたが、今は随分と落ち着きなんだか大人びて見える。大切なモノを見つけたアイデンティティの確立――――一皮むけ大人になった青年が居た。

 

そしてそう変えたのは…――――

 

青年の隣には可愛く頬を膨らませ"怒っているんだからね"と主張している西蓮寺春菜

 

ふたりの幼女、ヤミとメアに牽制しているようだ。彼女も押し殺していた自分の気持ち"負けるつもりの恋"を抱いていたあの頃とは違い"勝ちにゆく為の恋"へと変化し、以前より大人へと成長したように思える…彼女もまた大切なモノを見つけたのだろう―――

 

(お互いにお互いが良い刺激を与え合い、成長している…か、皆いつまでも子どもじゃないのね――――ん?)

 

自身の傍でニコニコと微笑み、頬を上気させているティアーユ博士。薄い肌の下、毛細血管が拡張したのだ。

 

「……――――今日はどうしました?」

 

医療者の立場で問診を始める御門涼子。

 

「ふたりの子持ちで結婚かぁ…でも私、まだそういうことをして産んだ経験はないし…うまく出来るのかしら…?私の方が年上なんだし…やっぱりリードしてあげないとダメよね…上に乗る?でいいのかしら…重くないのかなぁ?腰も振るのを頑張らないといけないのよね…?」

「……………………………――――――――お薬出しとくわ、ティアーユ」

「え?避妊薬?いらないわよ?」

 

いい加減帰ってくれない?――――――と剣呑な眼差しで伝える

 

「…ミカドってそういう経験あるの?実はないのよね?もうお互いトシなんだし…早く良い相手を見つけてね。フフッまさか貴方に心配ばかりされてた私のほうが先にゴールするなんて、世の中分からないものね…ウフフッ」

「この女ッ!」

 

この日も御門涼子の診療所は受付時間を過ぎても患者でごった返しているのだった。

 




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コメント等くださる方へ、いつもありがとうございます。

2016/03/19 文章一部改訂

2016/03/31 文章一部改訂

2016/06/29 文章一部追加

2016/11/21 一部改定

2017/06/12 一部改訂

2017/09/23 一部改訂

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