貴方にキスの花束を――   作:充電中/放電中

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Re.Beyond Darkness 21.『動く時間、向かうべき場所~Lovers Destination~』

43

 

 

「なあ春菜、その、春菜には好きな男とかっているのか?もちろん、おに…」

「え?知らないのお兄ちゃん…――――そんなの決まってるじゃない」

 

え?

 

「ほら、私の彼氏、結城くん」

「ど、ども…」

 

そ、そんな…

 

「あ~ん♡結城くんったら♡また転んで私を押し倒すなんてぇ♡」

「HAHAHA!ハルナの胸はチョードイイですネー!」

 

なぜ結城リトは外人口調なんだ なぜ春菜は胸を揉まれて喜んでいるんだ

 

「さあハルナ、ワタシとメイク・ラブしまショー」

「え…ここで?もう。しょうがないなぁ♡…――――お兄ちゃん見ないでね?」

 

なぜ春菜はすっぽんぽんになったんだ なぜそんなに幸せそうな笑顔なんだ

 

「HA☆RU☆NA…」

「結城くん…♡」

 

見つめ合う二人、重なる、重なりそうになる二人の唇…――――やめろ、やめるんだはる…

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!はるなぁああああああああああああああああっっっっっっ!!!!」

 

天を割る絶叫が木霊した。

 

「はっ!?夢!?夢か…――――なんて恐ろしい夢だったんだ…」

 

秋人はきょろきょろと周りを見渡した。

 

瞳に飛び込む見知った暗がりは、まさしく俺の部屋だった。あの黒い陰影はデスクとチェアで、その隣には春菜とヤミが整理整頓してくれた本棚、クローゼットを開ければ春菜がアイロンがけし、ヤミが片付けた制服がきちんと収まっていることだろう――――

 

秋人が居たのは此方の世界にやって来て、もう既に何度も寝起きした住み慣れた部屋であった。

 

今の、俺の居場所――――…

 

ドアを開ければリビングがあり、ダイニングキッチンがあり、そこから先には春菜の部屋とヤミの部屋があるだろうマンション…――――西蓮寺家(ウチ)

 

「ふぅ…夢、か…」

 

叫んだと同時に起こした半身。

ジワッと浮かび上がっている全身の汗は夏の暑さによるものなのか、恐怖により生まれたものなのか、秋人には区別がつかなかった。

 

夢、夢か…――――と確かめるように呟く秋人。

 

(夢は…眠っている時に感じたものと、将来実現させたい希望…その2つの意味があるけど、俺は…一体どっちとして…)

 

 

「んー…――――んんン…どーしたのぉー?」

 

沈み込む思考の流れを、気だるげに間延びした声が断ち切った。鼻にかかったような甘い幼声――――暗がりに浮かぶシルエットでは、誰かは分からない

 

「ん?ああ、起こしたのか、悪い…悪夢に泣き叫ぶとか…らしくないよな」

「ンー、コワイ夢だったんだねー?わたしもケイケンはあるから分かるよー…ふぁあ…こーしてあげる……」

 

タオルケットからにゅっと伸ばされた小さく白い手に引き釣りこまれ、薄い躰に抱きしめられた。

 

「…ん」

「んン…おにいちゃん…――――」

 

目元に優しくキスを落とされ"いいコいいコ"と撫でられる――――…直に触れ合う肌と肌。薄くても柔らかい感触――――高めの体温が心地良い

 

「エヘヘーおにいちゃぁん……」

 

耳朶を擽る甘い声――――擽ったく気持ちいい。

 

「ふっ…、んっ―――――――――」

 

頭に感じる熱い吐息、熱帯夜のはずなのに安らぐ熱

 

「んー、いいこいいこー……」

 

身体全身をやさしい安心感が包んでゆく―――――――――

 

「ンンー…‥………――――――――――――大スキ」

 

すうと瞼を閉じる。

 

花とミルクの混ぜ合わさったような甘ったるい香りに包まれ―――――

 

「おやすみなさぁい…」

「おやすみ…」

 

反射的に答えて返す秋人

 

 

(…――――――――――――なんでララが隣に…?)

 

秋人にしては珍しくマトモな疑問は、睡魔がゆっくり奪い去っていくのだった。

 

 

44

 

 

新しい一日の始まり、日の出前の朝。

 

春菜の心は落ち着いていた。

 

薄明に…トワイライトに包まれるリビングには、既に制服に着替え身支度を整えた春菜がいた。

 

賑やかで騒がしい西蓮寺家にしては珍しく一人で――――――――。

 

「…そろそろ行こう、かな…?」

 

尋ねる彼のいない呟き、現在時刻はそんな彼者誰(かわたれ)時―――――夕暮れの黄昏時に似た、薄暗くて人の判断がつきにくい時間帯である。

 

エプロンを外し椅子にかける春菜。住居者によく似た落ち着いた空間…――――テーブルやチェア、家具は全てが白で統一されていた。その白はまだ顔を出さない太陽の薄明を余すところ無く反射させ、仄かな明るさが春菜の身を包み込む。穏やかな美貌を秋人の部屋へ向ける春菜――――まるで淡雪の中に佇んでいるかのようだった。

 

ただ単一に真っ白。という味気ないものではない。木目が暖かい質感を与え、同じ白でも濃さ・光の反射具合がそれぞれ違う。嫌味のない白さ、揃えられた家具たちは部屋に揃う家族たちに安らぎと癒やしを与える…――――春菜のセンスは相手の立場になって考える、そこから発揮されたもの。それは黒咲芽亜の為に家具を"慎ましやか同盟”のナナと選んだ時にも発揮されていた。

 

いつもより数刻早く準備を終えた春菜は、静寂なリビングからしなやかな足取りで秋人の元へ向かう。

 

秋人を起こすのは春菜の大事な仕事である、はっきりと誰かに頼まれたわけではないが、春菜自身がそう自身に命じていた。

 

 

…――――お兄ちゃん…寝てる間は嘘つかなくていいよ…ね、

 

 

それにちゃんと見合った報酬もあった。

 

眠っている無防備な秋人を眺めるのが春菜は好きだった。

 

 

今朝と違ういつもの朝、静かな時間の流れの中、くーくーと眠る秋人、優しく見つめる春菜。

 

(この時だけは、私が独り占め…――――)

 

ほんの少し…嫌な思い出が脳裏を掠めるが、秋人の気配がその考えをすぐに霧散させる。

隣に寝そべり秋人を眺めそっと頬を撫でる…――――アナログ時計の秒針音、自動車の排気音が遠くから聞こえる中―――5分、10分と過ぎ去る時間。

規則性のある息遣いに、ゆっくり上下する布団の膨らみ…だらしなく開いた口、涎――――安心と愛しさ、切なさが混ぜ合わさった―――しあわせな気持ち。

 

ゆっくりとも駆け足ともいえる不思議な速さで幸福の時間は過ぎてゆき…――――

 

だらしない秋人が、なんとか身支度が間に合うギリギリのタイミングで「おはよ、秋人お兄ちゃん」と耳元で囁やけば、秋人はとろとろと揺れる瞳で春菜を見つめる。

 

私だけを…――――

 

その眼差しに胸の鼓動が高鳴り…――――春菜の夜も、明けるのだ。

 

 

しかし今朝はいつもと違う。

 

決意の朝、である

 

今日からいつも通り兄に甘えるわけにはいかなかったし、兄に春菜の計画をさとられるわけにはいかない。

 

「…そーっと…」

 

でも秋人は寝ているわけで、寝ている時は添い寝をしていても本人は気づかないわけで…

 

(――――?)

 

タオルケットが複雑な盛り上がりを作っている…――――ヤミちゃん…にしては小さい

 

ドスドス近づき、バッと捲る…とそこにはララと―――自身の大切な親友であり姉妹でもある女の子と、すやすや眠っている兄、秋人。

 

幼いララを抱きしめ眠っている。

 

裸の、少女を。

 

あまつさえ「んー…はるあぁ」と寝ボケ声で抱きしめる少女とは別な女の名まで呟いていた。

 

「―――はい、起きようね、お兄ちゃん」

 

呼び声に冷淡に応え、瞬時に鬼と化した春菜。ドスッと春菜パンチ(怒りの右ストレート)が秋人の脇腹に突き刺さった。

 

ぐふっ

 

声になら無い苦悶の声を上げ「く」の字に折れ曲がった秋人。

 

「う、お…は、はるな…」

 

悪夢から覚めた時と同じ台詞で秋人。よほど良い所へ入ったのか息も絶え絶えだった。

 

「おはよ、お兄ちゃん。私、今週末結城くんとデートだから忙しいの…だからあまり面倒かけないでね」

 

冷たく低い声。ララと秋人を同時に見やった後、踵を返し部屋を出て行く

 

「ま、待て…はる、な…デート…だと…?」

 

手を伸ばし呻くようにして発せられた呟きを、しかし聞くものは居ない

 

ベッドの上では一人、平和なプリンセスがぐーすかぴーと眠っていた―――険悪な雰囲気など関係なさそうな笑顔で

 

 

45

 

いつもの一日が始まる朝。

 

お姉様はとても上機嫌だった。

 

平日の朝、忙しなく慌ただしく過ぎ去る朝の身支度準備時間…――――

 

そんな喧騒の中、特に急いだ様子もなく鏡の前「んんーっ♪」と鼻歌混じりで双つに結われた髪をゆらゆら揺らす――――――次期銀河の王の妻、第一王女。

 

手を広げくるりと一回転してみせる。短いスカートとララの長いピンク髪が大小双つの沿線を描く―――――――――"銀河一のオテンバお姫さま"の天真爛漫な美貌を鏡が全て映していた

 

すっかり力を使い果たし、見た目も中身同様、可憐な幼女。元々無邪気に素敵にノーテンキであった為、背丈が縮んでしまってもあまり違和感を感じさせない。

 

にこっと快活な笑顔を浮かべてみせるララ、その笑顔を鏡越しに見ながら末っ子第三王女は第一王女()に問うた

 

「お姉様…――――お姉様はお兄様(偽)をどうなさるつもりなのですか?」

 

先程から鏡の中の姉を見つめる祈るような表情のモモを鏡が映し続けていた

 

「えー?どうって?」

「だから、その…例えば恋人にしてしまわれたりとか、その…――――結婚してしまわれるとか…――――」

 

一番遠くしてしまいたい未来は消え入りそうな声量だった。

 

「ンー、私はリトと結婚するんだし…お兄ちゃんを恋人にはしないよー?」

 

あっけらかんと答えるララ。「それに春菜はお兄ちゃんが大スキなんだし」と続け、浮かべる笑顔に全く邪気も他意もない。心からの祝福を送る笑顔

 

モモはホッと息をついた

 

「だってお兄ちゃんとわたしはもう家族だし…――――家族はずっと一緒だもん」

 

(――――?それってどういうことですか?…お姉様…それってまさか…)

 

続けようとした二の句が告げられない。ジワッとモモの白い太腿に汗が浮かぶ

 

「んー?姉上も兄上と一緒に暮らしたいのかー?」

「ウン!」

 

ぬっとモモの背後から顔を出すナナ。深夜までの体操のせいで一人遅れての登場だった。ボサボサに跳ねた髪とあどけない寝ぼけ顔が鏡に加わる。

 

「そっかー!ならアタシが兄上と結婚したら姉上も一緒に住もうな!」

「ウン!」

「大好きな二人とずっと一緒にいられてアタシも嬉しい!」

 

呆然と立ち尽くすモモを「よっ」と横へずらし鏡の前を姉と陣取る第二王女。鏡の前での身支度は姫たちにとっての大事な嗜み、オシャレで気になる異性にアタックする戦闘準備なのだ。蹌踉(よろ)めき、ぺたんと尻餅をつく呆然の第三王女

 

(――――そ、それって…?結婚とどう違うの…?もしかしてお姉様はリトさんともお兄様とも結婚するつもり…!?)

 

モモの疑問に答えられる者は誰も居ない。鏡の中では二人の王女が微笑みを交わし合っている。

 

笑顔と笑顔の間に写りこむ白。ウェディングドレスを思わせるプリンセス・ピーチの純白の下着が鏡の中、陽光を受け慎ましく輝いていた。

 

 

46

 

 

朝から娘は戸惑っていた。

 

「こ…こんな時…――――ど、どんな顔をすればいいのでしょうか」

 

一人ベッドの上、壁に向かって体育座りで問いかけるヤミ。

 

(今思えばダークネス化した時にも、元へと戻った時もヘンタ…タイヘンな行動・発言をしてしまった気がしますし…――――シミひとつ無い花柄の壁紙…小さなピンクの、あの花は何の花でしょう――――)

 

「…!人形相手にシミュレーションしてみるのが良いかもしれません…!」

 

浮かびつつあった無意味な疑問を即座に放り捨て、ズズ…と金の髪を"アキト人形"へと変身(トランス)させる

 

「『やあイヴおはよう、パパだよ』」

 

秋人が聞いたら問答無用で人形を踏みつけるくらいの爽やかな声

 

「『パパぁ♡おはよー』」

 

春菜が聞いたら問答無用で御門の元へ連れて行くくらいの甘えた声

 

「『今日もイヴはカワイイな、食べちゃいたいよ』」

「『だ、ダメだよパパ…』」

 

ひこひこと人形の腕を動かし胸に飛びつかせるヤミ

 

「『あん…ぱ、パパぁ…』」

 

人形の腕がヤミの躰をまさぐっていく、自分で動かしているはずなのに違う誰かに…――――アキトに触られている気分になり…――――

 

「んっ…あ、アキト…こ、こら…え…えっちぃのは…」

『――――』

 

火照り始める頬と躰。切なげに擦り合わせる太腿、たくしあがっていく制服スカート。膝と膝が無意識に離れ、広がっていき…――――人形が、その中へ

 

「―――っ」

 

人差し指を咥え、ぴくぴくと痙攣したように躰を震わせながら来る快感に備えるヤミ――――"ヤミちゃん"

 

『あの、マスタ…"ヤミちゃん"さん…あっしさっきからずっと見てるんスけど…』

 

ビクッ!と俯きかけた顔を上げ、即座に人形を金髪へと戻す。潤んだ瞳がとられたのは困惑顔をモニターに作り、冷や汗まで描写している人間味溢れるAI・ルナティーク

 

―――そう、春菜による"愛の説教部屋"行きから逃れる為、この日の朝は宇宙船ルナティーク号で迎えていたのだ

 

『"ヤミちゃん"さん…その…あっしは恋する年頃の少女らしくていいと思いやすが…』

 

AIなりに気を遣っているのか、痴態をずっと見ていたのに優しい音色の機械音声。ご丁寧に命じた呼び名に"さん"までつけ、なぜかBGMには"G線上のアリア"が流されている。クラシック音楽には穏やかな癒やしの効果がある故、ルナティークは選んだのだがこの時ばかりは荒ぶるマスター"ヤミちゃん"さんには効果がないようだった。

 

ストレートな曲を選んでしまった失敗も勿論ある…が、

 

「もう少しで…気持よくイ…――――いえ、マスターの気持ちが理解できないポンコツAIには躾けが必要ですね…」

『え!?あっし…何か粗相を…チョッ!マスタ、"ヤミちゃん"さん!中で暴れないで!こわれ!壊れるゥ!?』

 

この日、一機の宇宙船が彩南町の何処かに墜落した。幸いけが人はなく搭乗者も居なかったため即解体、撤去された。後に何処かの闇医者が溜息と共に回収したらしいが定かではない。

 

 

47

 

 

"ちょっとあいたい"

 

オニイサン(カレシ)からメールを受け取った里紗。退屈で暇な休日が着信音を立てて崩れ去り、オシャレに忙しい楽しい休日がはじまった。

 

"しかたないッスね~オニイサン♪貸しッスよ?"と光の速さで返信し、里紗は今日もオシャレに色香を纏い出てきたのだ。ニシシと鏡に笑う里紗が選んだのはエメラルドグリーンのニットワンピース。ピッタリと密着し躰のラインがはっきりと出る服装。薄い布地の下に、自身の躰で一番柔らかい丘が2つ、はっきりと存在を主張し上から覗きこめば―――――魅惑の谷間が見え隠れ

 

そんな魅了的で挑発的な服を着てきたというのに――――

 

 

「いいか、お前たち(・・)に集まって貰ったのは言うまでもない…ウチの春菜の、白百合姫の奪還だ」

「「「……。」」」

 

ピクッと器用に片眉を上げる里紗。視線の先には七分丈のカットソーを着た里紗の契約カレシが淡々と説明を続けている。ムッツリ春菜が突然、結城とデートするとか言ったらしい。―――しらないわよそんなの

 

(―――だから?で?何?アタシに対してなにか言うこと無いワケ?見えないの?谷間)

 

眉と胸を寄せ上げる里紗。カレシはラフな格好だったが、端正な顔立ちに白いカットソーがよく映えていた。…――――表情(カオ)は能面みたいな無表情だけど

 

「作戦司令官は俺、西蓮寺秋人が務める。作戦参謀は九条凛。」

「よろしく頼む」「「……。」」

 

「白百合姫護衛の任に籾岡里紗、古手川唯、お前達二人と俺。選んだのは比較的冷静に行動できそうだから、という点にある。隠密任務だからな、ターゲットたちにバレるわけにはいかない」

「あのね…」

 

トントン拍子に進んでいく話に我慢できず声を荒げる里紗

 

「発言には挙手が必要だ。籾岡里紗」

 

冷淡な声で作戦参謀の凛が(いさ)める。里紗はむっとした顔をして渋々手を挙げる

 

「なんでこんなに人数がいるのよ……のですか?どーせなら私とオニイサンの二人でよくない?…ですか?」

 

何故か丁寧な言葉づかいになってしまう…――――のは真剣な顔で睨む"凛々しい方の"唯っちのせいだ。アタシと同じで怒ってるのかも、ちょっとコワイし

 

「良い質問だ。尾行…護衛は交代で行うのがセオリーだ。リレーのように引き継いでいき"これ以上は無理"と判断した時に次の者と交代する。タイミングは店から出た時や電車の乗り換えなどだ、そうだな?凛」

「………ああ、そうだ秋人」

 

(―――なんでアンタらそんなに尾行に詳しいのよ)

 

里紗は薄くルージュを引いた唇を噛み言葉を声にしなかった

 

秋人の左隣には里紗を睨むように視線の鋭いメイド姿の九条凛が(はべ)っていた。

白と黒のツートンカラー、フリル多めのひらひらふんわりとした漆黒のワンピースにふりふりの純白のエプロンドレス、王冠のようなヘッドドレス。

スラっとしたモデル顔負けの長い脚をオーバーニーソックスが完璧なデコレートをしている。可愛らしく愛らしいメイド服。キリリと"凛"としたオトナな魅力を持つ凛には非常にアンバランスで…――――たしかにキレイだった

 

(――――大体ナニ?なんで腰に朱い刀なんてあるの?昼間は冷徹なボディーガードだけど夜は淫らな専属メイドってワケ?)

 

「本来服装まで変えられれば良いんだが…そこは跡をつける者が皆、春菜と結城リトの知り合いということでいつもの服でいい。」

「は、はい」「……」

 

補足を付け加える凛。ポーカーフェイスで"凛"とした凛が発言すると何故か背筋が伸びた

 

(――――いつもの?いつもアタシが気合いれた私服だとでも?いつもは制服よ、だって楽だし…アンタらもいつもと違う非常識(・・・)なカッコじゃない)

 

親友・唯が言うような当然の疑問は呟かなかった。面倒な答えが返ってきそうだったからである

 

(アタシの舞い上がったテンションと恋心を返してよ――――利子付きで。)

 

ふっとつまらなさそうに前髪を吹き上げる里紗。ウェーブがかった茶髪が跳ね鼻先へかかった

 

ムッツリ春菜のブラコンぶりは知っていたがその兄のシスコンぶりが、まさかここまでとは知らなかった。こうまで斜め上を行かれるとは里紗は思っていなかったのだ。―――里紗は乱れた前髪にすっと指で線を引くように横へと流す

 

「私はモニターしつつ、必要とあれば君たちに指示をとばす。くれぐれも二人には見つからないように。」

「は、はいっ!」「…。」

 

―――今ここで一番必要なのはハレンチ風紀委員の"ハレンチな!"っていう叫びなんじゃないの

 

里紗の横、ツッコミ担当である頼みの綱のハレンチ委員長・唯っちはうんうん頷き何やら思慮顔だ。"一致団結!"とした雰囲気と"理路整然"とした事を述べられると真剣に取り組んでしまう…真面目な唯は既に取り込まれてしまっていた。―――バカハレンチやくたたず

 

真面目なクセに。今日の唯は一際ハレンチな格好だった。キャミソールタイプのブラトップにホットパンツ…――――唯っちの部屋着だ。伸縮性の高い生地はハレンチ胸がはちきれんばかりに膨らませている。唯の胸の内、収まりきれないハレンチが具現化し胸のサイドラインまで、柔らかそうな肌色の曲線が完全に出てしまっていた。

 

たぶんアレは突然の呼び出しに服を悩みに悩んで、あげく時間がなくなり慌てて出てきたんだろうな、"時間に遅れるなんて非常識よ!"と走りながら叫んじゃったりして…――――と里紗は読んだ。そしてそれは正しい。

 

「…怪我などにはくれぐれも注意しろ、奴は危険な存在だ。救護班は御門涼子とティアーユ・ルナティークが担当。突撃部隊のヤミとメア達といつでも駆け付けられるよう改修された戦闘艦・ルナティーク号に待機させている…万事問題ない。」

 

(――――問題あるのはオニイサンっしょ。)

 

空を指差しニヤリと笑う秋人。邪気たっぷりだった、寝不足で作戦を考えたのか、濁った目の下にクマまで作っている。里紗は未だかつてこんなに邪悪な想い人を見たことがなかった。意地悪そうで邪な顔をしても、優しさの名残りがある秋人の表情…里紗の恋する(にく)い男の顔――――こんなんじゃないんだよね

 

つられて見上げる空は…青くて青い一面の青――――ずっと向こうに浮かぶ入道雲は大きく膨らみ泡立てた洗顔クリームのようだった。見上げる高い空から保険医・御門涼子の深々とした溜息が聞こえた気がする里紗。同じように溜息をユニゾンさせてみる…――――なんだか余計に疲れたじゃないの

 

「いちいち司令官の俺に判断を仰ぐ必要はない。俺はお前たち一人ひとりを有能だと判断したから此処へ招集した。だから己を信じ、こうすべきだ。と判断したならそれに従え、責任は全て俺が取る。以上!質問は!?」

 

どこか威厳さえ在る有無を言わさぬ秋人の声。

 

ハァー、やれやれ…と里紗は再び呆れの吐息を溢した。

 

(―――まさかこのアタシが常識的な立ち位置だとはね)

 

高く澄みきった綺麗な空がなんだか平和すぎて、なんだか憎々しくて…里紗は小石をこんっと大きく蹴飛ばした。

 

 

48

 

 

"白百合姫護衛作戦"の瓦解は早かった。

 

里紗が

 

「はーるなぁああっ!うしろ!うしろー!うしろにオニーサンとカノジョのアタシがぁあ!」

 

と叫んだからである。

 

秋人は当然激怒し、里紗の口を塞ぎ「帰れ」といった。

傷ついた里紗は「ふん!バカ!」とキツイビンタをカレシに食らわせ去っていった。

 

それからは唯と二人。真面目に尾行し…――――

 

喫茶店に、映画館。

 

移動の電車、バス。

 

百貨店に雑貨屋。

 

再び移動

 

そして最後は神社だった。

 

 

49

 

 

「神さま!」

「ん?」

 

秋人が振り返ると其処には一人の幽霊が居た。幽霊だ、と分かったのは彼女の躰が雨の風景に透けているから、顔横で2つに結われた髪は透明な黒。それごしの深緑へと目を向けたまま秋人はただぼんやりと答えた。

 

「神さま?」

「ハイです!」

 

激しい雨が躰を濡らしても気にも留めない二人。

視線を秋人の方に貼り付けたままキラキラと羨望に光る瞳。つられて秋人も視線の先の…背後にある自販機を眺める…――――微糖の缶コーヒーは100円。コーラ100円。チバリヨー10円。…飽きる程見つめたが、チバリヨー以外に神が宿りそうな怪しげな飲料(モノ)は無かった。

 

「あ、あのっ私、村雨静…――――お静とお呼びください!神さま!」

 

困惑した視線に答えるべきと判断したのか、お静は平伏した声を上げる

 

「なにそれ?俺、只のお兄ちゃんやってるだけなんだけど」

「神さまは…にいさま…?でもでもでも!力強い魂の輝き!私、こんなに凄いの初めて見たです!私、幽霊になって400年は経ってますけど…こんな凄いのは初めてです!」

 

興奮しているのか、もともと早合点する性格ゆえなのか早口でまくし立てるお静

 

「は?」

「人は縁という見えない糸でつながっていると聞きましたが、こうもハッキリ見えるなんて!………でもなんだか赤いご縁が途切れそう?」

「…俺には見えないんだけど?」

「とにかく私、同じ魂のみの存在として心より尊敬するです!神さま!神にーさま!」

 

なんだそりゃ、と秋人は心の中で嘆息した。そんな神様などという便利な存在なわけがない、春菜とヤミには振り回されてばかりの毎日だ。ふたりだけじゃない、ララやモモ、ナナのデビルーク姉妹に唯もそうだ。

 

それより今は、最も大切で最も重要なことがあるのだ。春菜、春菜。ウチのカワイイ西蓮寺春菜…―――唯に単独で見張らせている春菜は大丈夫だろうか

 

「神にーさまは強い想いと繋がってこの世に居るんですね!私の場合は未練ですけど…」

「なんでお静ちゃんはココにいんの?」

 

秋人はそれ以上聞きたくない。とでも言うように乱暴に話を変え背を向けた。顔をそむける前、不愉快そうに一瞥した瞳。その奥に不安の翳りをみとったお静は、怯えながらも話を続ける

 

「わ、私ですか?実は私、ひっそりこそこそ旧校舎に居たのですが、いいお天気だなぁ~とお外に出てみたら風に吹かれてココに飛ばされてしまいました!ずっと神社にお参りしたかったので丁度ヨカッタです!でもお天気くずれちゃってヨクナカッタです!」

「幽霊でも風に乗れるのか、いいなそれ―――」

 

ピッ!ガコン!と二度音が鳴り、秋人にしては面白みのない選択…コーラを2つ手にとった。

 

あの!邪な気配も近くからするので神にーさま!お気をつけてです!と立ち去る背中に叫ぶお静。秋人は一度だけ振り返りはいはい、と手を振った

 

秋人には透明なお静が、お静には透けて輝く白の光が―――暗む空、雨の中、どこか儚げに見えていた。

 

 

50

 

 

"手を貸してほしいことがある"

 

と凛の小型移動電話(凛命名)が電子(ふみ)の着信を知らせた。素早く万全の備えをし、出かける15分前行動。明かされる計画、心底呆れる凛。そうして始まる楽しい時間――――――――――――

 

「――。」

 

屋敷で一人、モニターを睨む凛は雰囲気に呑まれているわけではなかった。

秋人の傍で、秋人の役に立てる。それが一番重要で最も大切な事だったのだ。そして課せられた使命はどんな仕事でもしっかりと全うする。破茶目茶な沙姫の従者を長年務めている凛らしかった。

 

自身の想い人が別の女の身を憂い、その動向を共に見守る…――――などという莫迦げた行為でも。

 

「…。」

 

凛が、秋人が見守る中――――春菜と結城リトは自然なままに其処に居た。

 

幾つかの要所を巡った後

 

突然のにわか雨に春菜とリトは慌てて近くの神社へ走り…(ひさし)のある場所で雨宿り

 

激しい雨は走り去るようにすぐに降り止み、二人は安堵の溜息をついていた

 

春菜の薄着が濡れたせいで更に薄くなり…リトは慌ててハンカチを差し出す

 

若干強張り、緊張が在るリトだったが…向ける笑顔は優しげで、春菜も微笑んで返している

 

ありがとう と唇は動いた。

 

続けて話している内容までは――――分からない。

 

それは今はもう秋人だけを見ているからだった

 

秋人が一番、誰より気になるからだった

 

 

51

 

途中まで凛と同じ光景を見ていた秋人。

 

――――凛より先に分かったのは…――――

 

「…」

 

俺は何をやってるんだ

 

こうなる未来を望んでたはずじゃないか

 

春菜がリトを選んだんじゃないか

 

よく見ろよ、あんなに幸せそうじゃないか

 

あれが演技に見えるのかよ?秋人

 

晴れやかな笑顔だろ?どこも演技なんてしてる様子はないじゃないか

 

ならお前の役目は果たせたじゃないか、春菜はハッピーエンドにたどり着いたんじゃないか

 

なら、俺は祝福してやるべきじゃないか、なら、俺は此処には…この世界には…――――

 

 

「――――秋人ッッ!!!!」

 

消えゆく秋人を見つめていた凛が飛び出すより早く、秋人に近い者が動いた。

 

 

52

 

バシンッ!!

 

「っ!」

 

唯は思い切り秋人の頬を張った。自身を呆然と見つめる秋人をキッと気丈に睨みつける唯。

 

「お兄ちゃん…正座して」

「は?」

 

厳かな境内、生い茂る木々の葉を叩く雨音の中、有無を言わさない声が響く。喧騒の中でも頭の中へすっと入り込むような風紀委員長の声だった。

 

「正座」

「ここ地面だぞ唯…しかも泥が…」

「正座」

「あのな唯…外ではな、しかも雨ふった後でぐちゃぐちゃで…」

「正座」

 

全く取り合わない唯は切れ長の瞳で気丈に睨みつけている。一人、雨宿りとして森に残したことに不満があるのかもしれない

 

はあああーと、深々溜息。秋人はしぶしぶ従った。正座の秋人を腕を組み仁王立ちで見下ろす唯。

 

此処へ来るまでに濡れた薄手のキャミソールが肌に張り付き、大きく膨らんだハレンチ胸を更にハッキリさせていた。組んだ腕に押し上げられ、生地に収まりきれず寄せ上げられた膨らみは何本も指が入りそうな谷間をより深いものにしている―――雨粒が胸を伝い、谷間へと流れた

 

ふたりがいる静かな境内は夕立が過ぎ去ろうとしていた。木漏れ日は赤と黄が混ざった複雑な色合いの光、葉の隙間から覗く空は白く重そうな入道雲が弾けて散らばり、乱雑に染めてしまっている――――

 

どこかいつもと違うような夏の日。浮世離れした色鮮やかな幻想郷にふたりはいた

 

唯にはそれが失恋し、心がバラけていた頃を思い返させ…――――だからこそは唯は目の前の秋人の気持ちが痛いほどよく理解できた。自暴自棄に陥っていた時、里紗がこうして慰めてくれたのだ。まさか不良の里紗に真面目な自身が正座させられるとは思ってなかったが…――――

 

明るい日差しの天気雨。ずぶ濡れのふたりを日が照らし激しい雨が力尽きるように弱まる、始まったのはガミガミとした説教…――――ではなく、唯のサービスだった。

 

「………………………………固くなってる」

「男特有の生理現象的なものです」

「ハレンチ……――――でも最近それでいいかもって思うようになってきたわ」

「ん?」

「だってパートナーの雄がハレンチじゃないと…受け入れる側の雌は…種の保存が出来ないもの。そうできないと結果として人類が滅びるわ」

「…………なんか壮大な話だな」

「私は真面目な話をしてるのよ」

 

キッと気丈に睨む唯。興奮しているのか顔が赤い。真っ赤だった―――黒の濡髪が目尻に張り付く

 

―――こんな格好で?

 

と秋人は視線で問うた。

 

正座をしている秋人に跨る古手川唯。向かい合う二人。息をするのも躊躇うくらいに近い距離、秋人の胸で唯のハレンチ胸が押し潰され柔らかそうに形を変える――――

 

「だ、だって歩きまわって疲れちゃったのよ…他に座る場所は無いし、わわわ、私だって座って休みたいじゃない」

「だからって俺をベンチ代わりにするかよフツー…」

 

精神的に優位でいたいのか動揺をバレバレに隠す唯。座るなら俺を背もたれにすればいいのに、と思ったが文句は言わず黙る秋人。

 

どこか規則正しく舞い落ちる雨粒が森特製の葉緑の傘から雨漏りし、それきり会話のない二人を優しく濡らしていく…――――――――――――――――

 

 

怒りとも羞恥ともいえない複雑に入り乱れ選り分けられない気持ちの唯はひとり目を閉じ回想する――――

 

あの時狼狽えて答えられなかった質問に、もう一度向き直る為に―――

 

 

『ヤミちゃんって本が好きよね』

『地球にはおもしろい本が沢山ありますから…』

 

彩南高校、中庭のベンチで一人本を読みふける妹分、ヤミに声をかけた唯。

 

確かにそうね、と同意し頷く。昨日の夜読んだ猫ちゃんの絵本は最高だった。ハレンチなくらい愛らしかったのだ。

 

ヤミは「うへへへへにへへへ猫にゃんにゃ~ん」と不気味に笑う唯をチラッと一瞥し、また熱心に本を読み(ふけ)る。妄想世界から還ってきた唯はその姿に興味をそそられ――――

 

(……どんな本を読んでるのかしら?)

 

まるで唯の声が聞こえたかのように、ヤミは優しげな声音で詩を紡いだ

 

「"…恋は突然始まる。その時から運命の歯車は動き出し"」

「―――。」

「"ふたりの心は時計の針の如く離れては近づき…――――やがて重なる"」

 

 

――――古手川唯。貴方は恋をしたことがありますか――――

 

 

「…。」

「………何黙ってんだよ」

 

押し黙る唯、目を開くと…――――触れ合う鼻先には秋人が困惑した様子で自身の顔を覗き込んでいた。先程まで夕立の露と共に日光に混ざり消えてしまいそうであったクセに。今はこうも近くで、確かな息遣いで存在している。触れ合い続ける胸の熱が唯の躰を火照らせ続けていた

 

――――ええ、あったわ

 

心の裡でヤミに答える唯。

 

――――ただ、その恋は、運命の歯車が壊れて…時計の針は動きそうで動かず、震えて止まったままだった。

 

「…。」

「…だからなんで黙ってるんだっての」

 

今。

 

葉を叩く雨音。時計の針が動き出し――――

 

「おいゆ…」

 

(――――ごめんなさい、秋穂お姉ちゃん)

 

 

重なった。

 

 

53

 

ふぅ

 

凛の引き結んだ唇が緩み、安堵の息が溢れた。

 

心の中は複雑であったが…無意識に手にしていた刀の()を離せ――――なかった。

 

 

瞬間、黒が彼女の全てを支配(ジャック)した。




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2016/03/05 一部改定

2016/03/11 一部台詞改定

2016/04/08 文章構成改訂

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