54
土砂降りの雨。
風が―――――、深緑の森を乱暴にそよがせる。
「おい!凛!殿中でござる!――――クソっ!聞こえないか………しっかりしろ!」
「喋らないで下さいアキト!舌を噛みますよ!」
ヤミは秋人の襟首を引き剣閃から退避させた。
空を斬る、澄んだ音。
暴風を伴う飛ぶ斬撃は獲物に代わり周囲の木々を切り裂いてゆく…――――――
『飛んで火に入る夏の虫』
魔剣"ブラディクス"は寄生型生命体。
「『血を……よこせ……――――』」
躰を乗っ取り操っているブラディクスの思考を凛がだだ漏らす。虚ろな瞳に重い引きずるような声。だが動作と刃は鋭く疾く、獲物に迫り続けていた。
「くッ…!」
「血を…―――!」
迫る刃。狙うは黒髪と金髪。目的は血、赤い赤い鮮血だ。求める鮮血より赤黒い刃が今しがた避けたふたりの身に迫り…――――
キンッ!
――――凶刃は、赤毛に防がれ目的は果たせない。
「…やっぱり
「メア!ダメだと言ったでしょう!」
濃厚な殺気に当てられたメアは先程から激しく闘争本能を刺激されていた。
それは同じ兵器としてどちらが格上かを示したかったのもある――――――が
「…だって私の
大きな原因はまったく別だった。
「…誰が貴方のですか!」
更に殺気が追加される
「お前らケンカすんじゃないっての!えっとあの刀…なんだっけ…ああ!思い出せねえ!」
「そうです!私の御主人様ですからね!」
「うぷ!おま…!どっから出てきたんだよモモ…!」
木の影から飛び出し飛びつくメイド姿のモモ。意識をメアへ向けたヤミからちゃっかり秋人を奪い胸に抱く
「御主人様ぁ♡」
「もご!もが!」
歓喜のモモ、雨濡れの服の感触と、もごもごと胸元で動かされる唇にモモは微かに躰を震わせ火照らせる
「んっ…ぁ♡御主人様の影に常に私、アリ!そしてあわよくば邪魔なライバルを蹴落とし……なぁんて考えてませんよ…――――♡」
空、雨を斬る高い音。赤い軌道線がふたりを割くように襲う。モモは余裕を持ってエプロンドレスを靡かせ躱した。切れ味鋭い刃の斬破は先程から大気を弾き、怖じ気立つ程澄んだ音色を奏でている
いくら切れ味が逸脱している魔剣といえど当たらなければその切れ味を味わうことはない。そして当然、大切な主の肌に傷を負わせるような真似はしない『従順×純愛×メイド』が今日のテーマなプリンセス・モモ――――華奢なモモが秋人の身を抱え、服下に手を這わせる姿はチェロ奏者のようだった
「なにアキトに触ってるんですか!うらやま…えっちぃですよプリンセス!パ…あ、アキトを此方に渡しなさい!」
「ぶー…わたしも触りたいのに。モモちゃんズルい。妄想腹黒姫のクセに…いっぺん死んでみる?」
殺気と共に攻撃を仕掛ける
「ちょ…っ!ちょっと!な、ななななんで攻撃してくるんですかぁっ!!敵さんはあちらですよ!」
モモの躰のみを正確に狙った真紅の刃と凶刃、秋人を狙う大きな掌の計3つをモモはなんとか躱した。切り裂く糸の剣閃は雨粒を弾き、弦を弾いたような音を立て――――味方からのあんまりな連携プレーに流石のモモもセクハラの手の動きを止められてしまう――――同時、木々が重く低い音を立て倒れた
「まったく…―――!怪我したらどうするんですか!これだから"病みさん"と"シュガラー"に御主人様は任せられないんです!」
ぎゅっと秋人を胸に抱くモモが叫ぶ
「誰が"病みさん”ですか!ティアと同じく私を病人扱いしないで下さい!私はファザコンではありません!ただパパの愛を独り占めしたいだけ…――――ゴホン」
「
殺気の篭った視線を向け続ける変身姉妹
「"シュガラー"です!マヨラーとか居るじゃないですか!砂糖をバカみたいに摂るからシュガ…「!メア!俺を凛と繋いでくれ!んぐっ!」んっはぁん♡御主人様ぁ♡しゃべると胸がぁあん♡」
悶え震えるモモ。純白の薄い下着が更に薄く透ける
「うん♪いいよー、でもせんぱいだと強く繋がりすぎちゃうから帰りは九条センパイに切り離してもらってね…………………何せんぱい抱きしめて喘いじゃってるの、離さないの?やっぱり死にたいみたい……?それにネーミングセンス無いよね、ピーチ」
「プッ…確かにそうですね、たまには意見が合うじゃないですかメア。少し気分が良くなりました。まるでココロの声が聞こえたよう。流石、私の妹、第二世代ですね。――――アキトの心や思考を読み取れたりするのはいいですね、………やっぱり妹のクセに姉の欲しがる能力を持つとは生意気な…………気分が悪くなりました。――――敵はド淫乱えっちぃピーチだけでは無いようですね」
「あん…ぁ♡…ヤミさん…く、それにメアさんも…!しつこく攻撃を…!御主人様に集中できない…!”ペタンコ×わんぱく×コザルナナ”と同レベルのクセに…ッ!私の邪魔するなんてオシオキして…わわ!ちょっと!九条先輩なんだか私たちばっかり狙ってませんか!?」
「それはせんぱい独り占めしてるからだ・よ♪」
「あ、メア!」
打ち出される光弾、乾いて響く電子炸裂音
巻き起こった土埃と雨粒が円舞曲の第二楽章の幕開けを告げる。
境内の森。美貌の黒髪メイド剣士、金と朱の美しき
おかしな四人の
それは今も振り続ける、夏の夕立のように――――
55
乙女達の演奏会が始まる数刻前――――異常を察知したヤミは乱心の武士姫をメアに任せ、秋人の元へ飛んだ
「アキト!大変です!九条凛作戦参謀が………………………………………なにしてるんですか」
瞬時に切羽詰まった表情を無にしたヤミ。
その無感情な瞳は現状を正確にとらえていた。母ゆずりの聡明な頭脳は現状をしっかり認識している。それでも敢えて尋ねたのは、理性で状況を認識しながら連想される不快な想像を意識からカットしたからである。そんな
「……ん――――――――あっ、えっとね、ヤミちゃん…、ちょっと御休憩を…」
ハレンチなことはしてないのよ!ね、これはそのね…!などとたどたどしくまくし立てる唯。普段の簡潔な物言いをする…真面目過ぎる風紀委員長らしくない。そしてその言葉たちはヤミの疑問にまるで答えていなかった。案の定ヤミは
―――説教と称してキスをしてたわけですね、えっちぃ
と感想をもった。唯の年上・厳格な姉の威厳丸つぶれである
「緊急事態。アキト、行きますよ」
普段の唯のように簡潔な物言い。
「まったく……………………パ、アキトはキスで皆を籠絡し過ぎです、これはもはや能力の域ですね」
「何が能力だこのバカ。絵本大好きなおこちゃまなクセに」
「…おっと、手が」
「うわっ!バカ揺らすな!落ちてグシャッ!ってなるだろ!グシャッ!って!」
「すみません、アキト。ついうっかり………プッ」
「オマエな、ヤミ…――――覚えてろよ」
「なんですか?その目は……?反抗的ですね、やっぱり降りますか?この場から」
「いんや止めて」
軽口を叩きあうふたり。
いつもの調子に戻ってきた秋人。その様子にヤミは密かに微笑む。その優しい笑顔を秋人に向け、そしてすぐに元へと戻す。真剣で整った表情は…――――これから先を見つめていた。
睨み、見据える先にはやさしい雨を落とした鱗雲がなく、代わりに生まれた入道雲が分厚い影を落としている
そこに
「―――…」
その気持ちをヤミは
怪我しないでね、パパ…
つぶやき声は地を激しく叩く雨にも関わらず、誰の耳にもよく聞こえた。
56
凛の精神世界。
う…っ…ぐ………あ……はぁっ…
綺麗な裸身を触手が巻きつき凛は苦悶の声を溢している。精神が繋がっている秋人には嫌なくらいに凛の苦しみが伝わってきていた。
「おい凛!しっかりしろっての!」
巻き付く触手を引き剥がそうと近づく秋人。だが触手が、凛が、そうはさせない。触手は一層強く凛に巻きつき、凛は――――秋人と距離を広げ遠ざける。
(あき…と…、ダメ、だ…キミまで取り込まれてしまう…そんな迷惑を…うっ、あ、私はかけたくは…)
「そんなもん気にしてる場合か!」
叫ぶ秋人。
上も下も右も左もない漆黒の世界。それはまるで無重力空間の中に居るようだった。近づきたいと念じればどんなに距離が離れていても瞬時に移動できるし、空間の情景も思うがままだ。
だけど凛にまるで近づけない。足を走らせても、手を伸ばしても、どんなに近づきたいと願っても縮まらない
だから凛が俺を拒み、意識は暗い闇に飲み込まれて――――この水とは涙だ。それは精神を繋げなくても…――――分かる。こんなのきっと、誰にだって
(すまない。秋人…――――意識が………もう、全部無くなりそうだ……最期に寝言を聞いてくれ…ない、だろうか…――――)
「起きてるだろーが!寝てる奴がそんな事言うか!」
(――――秋人…春菜を大事にしてやれ……春菜は…春菜は本当はキミが好きなんだ、キミが好きで好きで堪らないんだ………だから、だから今はあんなバカな真似を……は……うっ…)
「凛ッツ!!!」
(………………私、は、…………――――…秋人、キミ、が……私に向けるものが愛じゃなくても、恋じゃなくても…私はキミが…――――……
キミが――――………)
ぽろり、と涙がこぼれ落ちる。
涙の雫は暗い水に混じり…………気泡となって消えていく――――――――
春菜と秋人の為を想い、ひた隠しにしていた凛の本心。たった一つの真実の想い。
告白は、秋人の
「…………――――で、お前はどうするって?気づいてんだろ変態触手野郎」
「ああん?誰だァてめぇ…?………………目障りな光だ」
「さっさと凛を離せよ、触手陵辱プレイは好き嫌い別れるんだ。ちなみに俺は嫌いな方だ―――今からな」
囚われの凛は見えていた。既に精神の自由されも完全に魔剣に奪われたが重なる
精神世界では肉体の強さは関係ない。秋人の身体は一般地球人だ。髪を、身体を
――――そしてそう決めつける秋人は自身が無力な存在だと信じて疑っていない。故に、気づかない。
「いいからさっさと離せっての、ヒロイン傷つけると…――――怒るぞ?」
「くひひひ、『飛んで火に入る夏の虫』…って諺。小僧、てめぇバカそうだが識ってるか?"自分から危険に身を投じ、災難を招く"って意味だ…くひひひひ、例えの通り 燃やし喰らう"火"とはオレ様の事、喰われる"虫"はこの女と斬られる小娘共…そしてこれから乗っ取る光。小僧…――――オマエの事だ。」
「そうかよ、頑張ってな。男も同時に触手プレイの餌食とはずいぶん斬新だな。需要、あるといいけどな」
誰かを想う、心の強さは誰より強い…――――この世界の、誰よりも。
そして此処は
その世界によく似た、心根と精神をトレースした電脳世界――――"とらぶるくえすと"内であの時。真面目で優しく、時にリーダーシップを発揮する春菜は強き者――――"勇者"だった。
ではその兄、いつも"勇者"を困らせ怒らせ惑わせる秋人は――――
はっはっは、と秋人は愉快だというように笑った。まぁ頑張れなーと、ブラディクスを励ましてもいる。そして全てが凛には分かっていた。
――――今や秋人の心は怒りに満ち、怒りの炎は全てを焼き尽くそうとしている事も
「てめェ…舐めたクチ叩きやがって……後悔しろ!稀人風情がこのオレ様に逆らった事をなァ!!」
叫びと共に無数の触手が秋人に迫る。秋人は作り笑顔を止め無関心な表情でただそれを眺めていた。
――――――"白い炎"、其れを私は生まれてから一度も見たことが無い。いや、無かった。
今、目の前に在るのがまさしく其れだ。眩い光の白き炎。身を焦がす灼熱の火焔の熱と、美しい閃光を併せ持つ…――――――――光焔
『飛んで火に入る夏の虫』
凛は閉じた意識の中、目の前でこれから為される光景に題をつける。それは偶然にもブラディクスの知にある諺と同じだった。躰と精神を支配されているせいかもしれない。ただ魔剣と違うのは裁いて燃やす"火"が秋人、焼かれ死に絶える罪人の"虫"は―――――――
今にも秋人を取り込もうと伸ばされていた触手たちが、まるで綿毛を吹くようにバラバラになりながら消し飛んだ。
それを見たブラディクスが驚愕の声を発しようとするが、既に秋人は凛の側まで移動している―――――そして手は、凛の首へ添えられていた。
「………返してもらう。大事なヒロインだからな」
次の瞬間、凛を引き"千切った"。捉えていた触手から、凛の心を縛る枷から
「ぐぅぉぉぉぉうぉおおおッッッツ…!!!こっ小僧…て、テメェエエエッッ!!!」
獣のような悲鳴と怒号。それを聞かず、秋人は両腕で抱きかかえる凛の無事を確認し安堵の息を零す
「クソッがぁああ!稀人風情がこのオレ様をコケにしやがって…!!オレ様の所有物を奪いやがってェ!」
己を見つめる視線が強まったのを凛は感じた。「所有物…?」と不愉快そうな声は精神の自由が戻りつつある凛にも届く。注げられた睨む視線はそのままにプラディクスへ向けられる――――と同時、再び秋人と凛に支配の触手が迫っていた
(流石は私のせんぱい――――――――上出来♪)
「……メア、見てるだけじゃなかったのかよ」
秋人の元へ迫った無数の触手は両手を広げたメアの裸身に深々と突き刺さった。
(♡)
(大丈夫ですか?メア…………ああ、その
(あら、ヤミさん、それだけじゃ物足りませんわ♡私の御主人様に手を出したんですもの♡一本一本汚らしい触手を切り落とし、本体そのものはホルマリン漬けにでもして生かしておいて気が向いた時に痛みを与える…などはいかがでしょう?)
暗い闇に浮かぶ白く美しい裸の少女たち。可憐で淫靡な姿とは裏腹に浮かべる冷笑は魂すら底冷えさせるようで――――――――
――――ヒッ!
ブラディクスはあまりの恐怖に精神世界へから現実世界へと戻る
さっきまで争いの渦中にいた三人娘たち。三竦みであったはずだが今はしっかり標的を共有、ロックオンしていた。
「ではサクッと○ってしまいましょうか……メア、遊んでいないで汚い駄剣を捨てなさい。なんともなくても少しは心配します」
「ぶー、はぁーい」
「うーん、斬って血を浴びるのがお好きなようですし、駄
少しだけダークネスの角を生やしたヤミ、暗い瞳で嬉々とした表情のメア、ブラディクスより遥かに濃い殺気を撒き散らすモモ。
魔剣より数段上位の存在である悪鬼たち三人はどれも悪魔より恐ろしい笑みを浮かべている。
ブラディクスの脳裏に先の諺がよぎる、自身が何度も繰り返していたあの諺が――――
炎に焼かれ調理された虫は…不味そうだったので食べずに捨てられた。
そもそも虫を好む者自体少ない。乙女なら尚更だ。焼いたとて、食すはずもなかった
だから三人の乙女に袋叩きの細切れにされる魔剣は…こんなもの食えるか!という怒りをぶつけられるのが至極当然だった。
厳かな雰囲気が完全崩壊した境内の森に取り残されるボロボロの…――――最早原型すら無い、何なのか判断の付かない塊は…
それ故の結末だった。
57
「おい、凛。起きろ、朝だぞ」
「ん…――――秋人」
凛の揺れる黒曜石の瞳が秋人をとらえた。相も変わらず凛と秋人の意識は漆黒の空間の中、佇んでいる。
――――同じ黒でも落ち着く色もあるものだ
秋人の髪と背後の暗がりを見つめ、凛は心の中で呟いた。
先程まで自身の意識は冷たく暗い深海に沈んでいたように思う。
だが、今も居る暗がりは恐怖ではなく安心させるような暗がりで………静寂で――――――
ふたりだけの世界だ
凛は助けだされた時と同じ…生まれたままの姿で秋人の胸に抱えられ………ふたりはただ見つめ合っていた。
秋人の姿は、今はどういうわけか
「おう、無事か良かった良かった」
「…そうか、私は…――――ありがとう秋人」
「気にすんな」
「すまない」
「気にすんなっての」
澄んだ紫の瞳が凛を捕らえ見つめる――――秋人が時折そんな、刻み続けるような…懐かしいものを見るような眼差しで自身と街の情景を眺めている事を凛は知っていた――――勿論、その理由も
「何か礼をしなくては…………何が良い?やはり食事か」
「いいっての。気にしすぎだ」
「そうか?そういうわけには…」
「いいんだっての」
戻りある躰の気配。ふたりだけの世界、精神世界での逢瀬は終わりを迎えようとしている
「それより此処はどこなんだろう?暗く、無限の中へ居るようだ…私の心はまだ暗がりを望むらしい」
「?自分のことなのに分からないのかよ」
「自分の事だからこそ解りたくない事もある…そしてそれを自分ではない誰かに気づいて欲しい…………そういうもの、誰しもあるだろう?」
「そんなもんか?」
「そんなものだ…………で?気付いたのか、秋人」
沈黙の静寂。未だ腕の中に居る凛は秋人を見上げ愛おしそうに見つめ続けている。――――愛があるところに視線は向かう、秋人はそんな事などは識っているだろうか
「さあ?分からないな」
「そうか…………――――では秋人、先ほど言った言葉…"大事なヒロイン"とは私の事だろう?ヒロインには相手役が居るはずだ。そうでなくては芝居は成り立たない……"ヒロイン"の相手役は――――私の"ヒーロー"は誰だ?」
目を細め微笑う
穏やかさの最果てにいる私は思う――――――秋人は湖に投げられた小石のようなものだ、と。鏡を張った水のように澄んだ世界に落ちた石。波紋は世界の歴史を変え、漣は心をざわつかせる。そして沈みゆく小石は世界を構成する多くの人物……成分たちに磨かれ、今はや小石はダイヤより光輝く石になった。一目見てしまえば誰もが絶対に欲しがるだろう宝珠に――――――
手を引き此方へと案内した
今も繋がる精神が、やはりそうだと教えてくれる。
秋人が誰を一番想いやり、何を恐れ、何を希っているのかを―――私もあの夏の日まで同じ混乱の中にいたのだから
秋人はまだ、きちんと伝えていないものがある…春菜に―――私が伝えた想いの言葉を
秋人を心底信頼し、同じ信頼を向けてほしいと願う私は"それをしろ"と言うべきだ。
でも、言えない。
"気持ちを伝える言葉をきっとずっと春菜は待っている"
それも、言えない。
――――――流石に其処まで手を引いてやる勇気は、私にはない。
そして今は、
「…――――ヒーローね、ここにそんな凄いのが居たのか…分からないぞ」
「…そうか、ふん。分かっているクセに…。随分と私のヒーローは鈍感なようだ…そんな駄目なヒーローは――――私が懲らしめてやる」
「竹刀だして殴るのか?」
「莫迦を言うな…それだけでは生ぬるい。至上の仕置をお見舞いしてやる、秋人。覚悟しろ」
そして今は、ふたりだけの世界だ。その世界で、ほかの誰にも見られない暗がりで、秋人のまごころが向かう先などそれこそ彼方――――今は私だけを考え、見つめ囚えて欲しい
我ながら卑怯だと思う。悪い人間だと思う。
だがそれはきっと目の前の男が、秋人が悪いんだ。私は悪くない
すっかり淫らにされた心と唇が向かうのは、きっとだから秋人のせいだ
「?…なんで笑ってんだよ」
「――――ふふ、いや…なんだか自分で自分の考えが可笑しくてな…ふふっ、それに秋人。ヒロインを救いだしたヒーローは――――救出劇の締めは……正しい結末はいつの世界もこれで終わる筈だろう――――――んっ!」
こうしてお伽話の月の姫君は地上の者に捕らえられてしまった。
姫が絡める長い脚は男の腰を挟み、腕は首に回されしっかり全身でホールドしている…が、彼女の心を真に捕らえているのは覆いかぶさる男の方だ
―――傍目から見たら姫が男を捕らえているようにしか見えなかったが
あ…ふ、んむ…んっ。あき…ん…!んん!!
それは暗がりが白み、現実世界へ二人が戻るまで…――――囚われ姫の抱擁と熱烈なキスは続いたという。
秋人に散らされたブラディクスの意識の残響は、完全に消える意識の前"とんでもない女を囚えていた"と感想を得る。"どうりで自身と波長が合うはずだ"とも
果たして現実世界の森へと戻った秋人は先程まで乱れに乱れた時と違い、すっきりケロリとした"凛"とした凛を見て溜息をつく
「…どうかしたか?秋人」
「いんや、別に――――――…はぁ」
"昼は貞淑な妻、夜は淫らな娼婦"を地で行く、凛は秋人だけのヒロインだった。
真夏の夜の夢に居た秋人の…――――家族の物語が紡がれるのは次の季節まで。
その前に――――家族にとっての最大級の、超弩級の
感想・評価をお願い致します。
2016/04/11 改訂・再投稿
2016/06/23一部改定
2016/09/17 一部改定