58
それは、突然の来訪だった。
ピンポーン!
「 ?はーい」「ふぁぁあ…はるなぁ、メシー…んぶ」「…こんな朝からお客さんですか?」
いつもの朝。
西蓮寺家の呼び鈴が来客を告げる。丁度その時、春菜は秋人へ味噌汁を注ぐ為キッチンに。起きたて秋人はテーブルに顎を乗せ寝ぼけ顔、ヤミはまだ顔も洗ってこない秋人の顔面に容赦なくタオル(台拭き)をぶつけていた。
ピンポーン!
「はぁーい、今出まーす!…お兄ちゃん、おねがい!」「んぐんぐんぶっ!」「"分かった、任せとけ春菜、ごちそうさま"…………だ、そうです。ふふっ」
急かすように再び鳴る呼び鈴。お玉片手にあせあせと慌てる春菜、顔を乱暴に拭われくぐもった悲鳴を上げる秋人、もがく
ピンポンピンポンピンポーン!
「お兄ちゃん!ほら、早く早く!ヤミちゃんも遊んでないで!お姉ちゃん困っちゃう!」
「…なに遊んでるんですか、急いで下さいアキト。…ん、少しはマシな顔立ちになりました」
「顔くらい洗ってくるっての!それに誰がごちそうさまと言った!まだ何も食ってねえってのによ!…で、なんだ?今日の朝メシは――こちとらそれだけが楽しみで…「ほらお兄ちゃん早く早く、」「…早く行って下さいアキト」おい、押すなっての春菜、ヤミ…!ったく、行けばいいんだろ!行けば!」
自覚なき仲良しこよしな家族三人。ほかほかと湯気を上げる朝食たちをほったらかし、三人縦並びで玄関へ
ピンポンピンポンピンポーンピンポンピンポンピンポーンピポピポピポ…!!!
「「「はいはーい、今行くっての(行きます(よ))!!」」」
やや乱暴に返す三人
――――ったくこんな朝っぱらからピンポン連打するなんて随分非常識なやつだ。内なる唯も呆れて外人のように肩をすくめ"やれやれ"のポーズを決めている。…何?「朝なんだから玄関先にヤ○ルトでも置いてあったら幸せになれるのに。」だと?まったくだ。あのなんとも言えない色のヤ○ルト…そしてあのボトル…。くびれとかが人の形に見えるよな?な?「見えないわよアンタ、バカァ?」んだと!バカとはなんだバカとは!
ガチャ ←牢獄の開く音
「ハイハイ、誰だよこんな朝っぱらから…んぐ!!」
―――ドアを開けると其処は薄布に包まれた、ヤ○ルト色のしっとり柔らかい場所でした。
「アキト~~~~~!!!」「んぐうぅうううう!」「きゃあ!お兄ちゃん!」「…誰ですか」
驚愕の三人、いや四人か
「もう!もうもうもう!心配したのですよ!手紙の一通も寄越さないなんて!なんて親不孝な息子なのでしょう!」
「むっむっ!むむむにぐぅうう!」
「おっ!お兄ちゃん!ちょっと!離してあげてください!……――――う、おっ大きい…」
「…ピンクブロンドの髪、顔を覆うヴェール――――なるほど。貴方はデビルーク王妃、セフィ・ミカエラ・デビルークですね」
「ああっ!アキト!アキト!アキト!何度こうして逢う事を夢に見たことか!ああ!もう!世話のかかる息子なのですから!どれだけ私がこうして抱きしめたかった事か!ああ!まったくもう!本当に!」
「☓○▲Å…!?」
別々の方を向いたまま交わらない会話。春菜はいつまで経っても訪れない春の芽吹きのない小ぶ…慎ましい胸に絶望し"春菜の秘密の花園"という殻に閉じこもり、ぶちぶち花を摘み取り、セフィは一人で秋人祭りに大フィーバー、ヤミは努めて極めて冷静。
そして唯一状況を動かせそうな主人公はしっとり胸の極上牢獄に閉じ込められてしまっていた。尚、その牢獄に酸素はない。愛はあったが
「ああ!私のカワイイ一人息子!まったく!寂しがり屋なくせに素直でないのですから!」
「〠!!¶??! ?! !?」
むぎゅ!!と全身をホールド&滑らかな絹とそれごしの柔らかすぎる感触。マシュマロの海に溺れる秋人、薄れゆく意識。なんとか愛の捕縛から逃れようと藻掻くが
プツン ←ファザコンがキレた音
「フ。私のパパを…私がいつもしたくてしたくて我慢している"ぎゅっ!"を…フ、フフフ。どうやら私を本気で怒らせてしまったようですね…!」
「ん~♡アキト!アキト!まったく、セフィお母さんが大好きなくせに素直ではないのですから!」
「自分で言うのもなんですが、私は気の長いタイプではありません。メアは私の大事な妹。少しくらいは譲歩していましたが…フ、フフフフフ!!」
「¥¥!?!!…――――…!――――…、――――。」
「ん。ようやくおとなしくお母さんの胸に甘えるようになりましたか、アキト…♡」
まったく聞いちゃいない
「ふふふ――現在の銀河統治はデビルーク王の妻、セフィ・ミカエラ・デビルークが行っているのは誰もが知る常識、そのセフィ王妃に何かあったら銀河はどうなるのか……フフ――――ですが、まあ…知ったことではありません…!――――…さぁ、戦争しましょう!」
パパを愛する穏やかな心と激しい怒り。相反する2つの感情を臨界させたヤミは――――
カッ!と閃光。
「パパだぁいすきぃ♡」
「あぁ、愛しい私のアキト……………ん?なんですか?どこからか卑猥な子鬼が…」
「わたしをお邪魔虫扱いするな!淫乱ピンクの親玉め!パパを返せ!」
きゅ~…ぱっちん!と紐パンを食い込ませ吼えるダークネス
「まぁ、なんて口の悪い……ああ、成程。貴方が破壊の化身・ダークネスですね。私の大事な娘、ララの力を奪い幼女に変えた…許せません」
子を想う母のそれを瞳に宿し睨むセフィ。ぎゅっ!と更に秋人を抱きしめる――――動かない、ただのシスコンのようだ
「何?イヴとヤる?」
「いいでしょう、アキトを賭け勝負しましょう。」
「いいよ、じゃあ…」
スッと剣呑に目を細めるダークネス、長い爪が
「ちょっと待って下さい。」
「なに」
刃の切っ先を向け「怖気づいたの?」とダークネスが問う前、セフィは提案した
「同じ本を愛するもの同士、物語で戦いませんか?」
「物語……お話――――いいよ、それで。じゃあ最初はイヴから」
『
幼い少女は年齢には不釣り合いな妖艶な笑みを浮かべ、見下げる男に問おた
「フフ、どう?パパ…きもちいい?」
ふにっ、しゅっ…しゅっ……
問われた男は答えない。それは答えないのではなく
「んむっ…むぐっ…!」
「あ…ん…くすぐったい…よ、パパ…ぁ」
父の顔に腰を下ろした少女・イヴは小さく呻き、切なげに身悶えする。薄い漆黒のワンピース、両肩のストラップがスルリとズレ下がる。初雪を思わせる白い肌は…――――今ではほんのり朱に染まっていた。
「んっ…ふ…イヴのはずかしいトコ見た………あぅ………オシオキ」
暗い廊下に漏れる灯り、ドアの隙間から漏れ聞こえる我が娘の苦しげな声に男が…父が駆けつけるとイヴが一人ベッドに寝そべり服を乱し、小説を読みながら――――――――
「…イヴがひとり、指でオベンキョウしてたのに…のぞくなんて、えっちぃパパ…んっ」
「うぁっ!…むぐぐっ!」
しゅりっ…しゅっ、しゅっ…しゅっ、しゅっ…
少女の脚が擦り立てる、漆黒のワンピースに合わせた黒のニーソックスはなめらかで柔らかい。弾力と心地いい抵抗感。いつもの口ではなく脚でされる分、動きと力加減が乱暴だ。だが、男にとって一番大切な部分を踏まれる屈辱感が更に興奮を煽っていた
「どうしたの…パパ、お口がお留守だよ…?…ふっ、ん………イヴに踏まれるのがそんなにきもちいい?」
ぐりぐりと顔へ体重をかけながらイヴは囁く。少女も相当興奮しているのか下着は最早その役目を為していなかった。
「うあっ……くっ…うむっ…んんっ!」
「ふぁっ…ぱぱぁ…♡そう、じょうず、…だよ…こんなに下を
ぬちゅっ、にちゃりっ、にゅくっ!にゅっく!
足裏をすり合わせるようにして
「うっ!?うぶっ!…………んぅ~!!」
「あふっ…!んっ…ぁうんっ!…これはこれできもちいいかも…足の裏、熱い……いいよ、パパ…出して…――――んっ…イヴがぜんぶ受け止めてあげる…からぁ…!」
「んん!きたぁ♡!」
』
「どう?イヴとパパ…"禁断の父娘・愛ドールシリーズ"の第三話だよ」
平然と言ってみせるダークネス。誰かに披露し自慢したかったのか、いやに満足気だ
「なんて淫らな………貴方ってやはりというか、ドSなのですね」
「ふふん、まぁね。どう?どう考えてもイヴの勝ちでしょ…――――じゃ今度はアンタの番だよ」
「いいでしょう…―――ではいきますよ」
『
暗い牢屋。闇に同化するような浅黒い男たちに囲まれる白い女。血と汗と、むせ返るような生臭い―――
「お、おう!コイツ…!この女すげぇイイぞ!」
「ああ、ホントだな…!うっ!胸も尻も最高だ…!うっ!」
「んぐっ…!おぶっ…!うぅ…!」
「ハッ!中で出されたくなかったらもっと腰を『ヤーーーーーーーーーーーッッッ!!!』」
』
涙目で叫ぶダークネス。顔は青ざめ躰を抱きしめ震えていた。か弱い小動物のような姿はとても最強の
「ちょっと、何です?急に…まだ出だしですよ?」
「イヤ――――――――――――――――ッッ!!!パパ以外の男なんてイヤッ!気持ち悪い!いやっ!やだっ!想像しちゃったじゃない!もうイヤっ!やだーーッ!」
シュルシュルシュル…とダークネスの角が縮み、
「…――――――――――――はっ!なんだ?すげー叫び声が…」
「ふふん、真の愛とは蹂躙などされないのですよ…。覚えておきなさいな。ちなみに場所は牢屋っぽいバーです。踊り子が踊って、くぐもった声は飲み過ぎて戻してる人ですからね、あしからず…オホホ」
「うぅ………パパぁ…春菜おねぇちゃぁん…」
「お、おい、抱きついてくんなヤミ…まったく、なんだっての」
「む、胸…――――おっきぃ…いいなァ…ヤミちゃん?――むー…おにいちゃんのばか」
狭い玄関に集うお兄ちゃんパパ、お姉ちゃんママ、嫉妬する妹に涙目で震える娘。
混乱が収まったのは春菜が暖めた味噌汁が、ヤミが作った朝のおかずたちがすっかり冷めてしまった頃だった。
59
「アキト。貴方、妹の西蓮寺春菜にフラれたそうですね」
ゴンッ!
秋人は顎をしたたかテーブルにぶつけた。ついた頬杖から驚きのあまり滑り落ちたのである。
そして押し入れに潜む白桃姫のガッツポーズは誰にも見られることはない
「おいセフィ、母さん…チンしないのか?」
秋人は心を落ち着かせる時間稼ぎをしようと話を変えた。先ほどの玄関騒ぎですっかり遅めの朝食になっている。なんとか落ちついた母に妹、娘はとりあえず共に食事を取ろうとそれぞれ準備に
「ち、ちん…?アキト、あ…朝からですか?したいのですか?まだ日も高いのですよ?聞き間違いでなければもう一度お願いします」
「?チンしないのかっての」
「ふぅ……………………分かりました。契を交わすには多少早い気がしますが、夫の男を
背中を向け、料理を温めなおす作業に没頭していたヤミは流石に振り返ってセフィを見やった。心底呆れたジト目の無表情はどこか彼女の親友を思わせる
「あら、何か言いました?ダークネス化してアキトを消し去ろうとした"金色の闇"さん」
「ぐ!」
ヤミの具は大きい。それは愛するパパの為
今日の朝ごはんは
朝食に用意されたそれは中華鍋で豚肉とキャベツやピーマンなど野菜は炒められ、ほくほくと香りが立ち登っていた。――――セフィが来るまでは
そう、今ではすっかり冷えてしまっている。
高い気温故にそこまで冷たくはないが出来立ての美味しさが失われた気がして、ヤミはせっせとコンロで作りなおしていた。そこにセフィの分は含まれていない。セフィの分は元・秋人の分…―――秋人が食べるはずだったものである。
「別にアレは………アレは内なる少女・イヴのせいです。私は悪くありません」
「内なる少女・イヴ?」
「ハイ…アキトの心に潜む内なる唯…"ツンツンデレゼロ古手川唯たん"、通称"ツイたん"がいるように私にも居るのです」
なんだそりゃ、と秋人は頬杖をつき直し行方を見守る。内心、話が逸れて安堵していた。先ほどまで話の主役だった春菜は今、此処には居ない。しっとり胸の牢獄を持つピンポン連打の来訪者・セフィがララの母であり銀河を統べる王妃だと知った途端、
『セフィ、ミカエラ…ママ妃さま!?』
『落ち着け、ごっちゃになってるぞ春菜…』
と心底驚き、慌てて歓迎の花を買いに走っていった。
(春菜…――――お前な、ララとかモモ・ナナも王女さまなんだぞ…そりゃ普段おんなじガッコ行ってりゃわかんないかも知れないけど…ったく、セフィ母さんくらいに驚くなよ、小市民め。花まで買いに走るとは…俺が行ってやるってのに。それに…そんな心配そうな顔すんなよ)
なんだか逃げるように出て行った春菜がずっと気になっていた。
(ったく、最近朝もちゃんと起こしに来ないじゃねーか。朝起きたら目覚めのキスがしたいって言ってたのは春菜、お前だろ…)
「…アキト、アキト、ちょっと、聞いているのですか?」
「あ、悪い…なんだ?アレ?ヤミは?」
「ああ、イヴという単語に先ほどの私の"虜の汚濁姫~堕ちた女神~"の話を思い出したのか、あちらの部屋に逃げ込みましたよ」
ついとドアを指をさすセフィ――――あっちって俺の部屋じゃねぇか…ヤミのヤツまた俺の布団に…
「ではアキト、今後の予定を話しますね。これから親衛隊員への顔合わせ、後に家族での会食、ああ、テーブルマナーは大丈夫でしたか?分からなければ母さんが教えてあげますね。」
「は?」
呆然とする秋人をよそに、しっとり谷間から手帳を取り出しテキパキと仕事を振り分け始まるセフィ
「夜はそれから銀河史の授業。終わり次第、王宮の礼儀作法。後継者はアキト貴方に決まりました。そしてダンスの練習、明日会談予定の惑星についての対策会議…「ヤダ!」では全てキャンセルで」
「エエェ―――――――――――――ッッッ!!!!」
ぼろっと棚から白桃姫
「…………………やっぱり居ましたね、モモ」
銀河一美しい冷笑はヴェールで窺えない。
「ちょっと!お兄様(偽)が後継者ってどういうことですの!?リトさんと皆さんをくっつけてお兄様を独り占めする私の計画は!?しかもそんな大切な事をしれっと…!」
「情報の羅列は真ん中が一番覚えにくいからですよ、モモ。大事な、一番重要で困難な交渉事を速やかに相手の潜在意識に入れる…交渉の常套手段です。それにモモ、こうすればズル賢い貴方が気づいて――――」
出てくるでしょ?愉しげに微笑うセフィ
「お母様!なんて悪い笑顔…はっ!?まさか私をハメ…!」
「フフ、母はこの銀河にて最強……覚えておきなさい」
「くぅっ!悔しい…お兄様(偽)以外にハメられるなんて…!悔しいですわ!」
「モモ…そのお兄様(偽)というのは本当は"御主人様"と呼ぶところを
「なっ……!!?」
――――そんなことまで見抜くなんてッ………!?
――――フフフフフフ。母は、この銀河にて、最強…!
「なに目でアホな会話してんだ、どっちもヤバイヘンタイじゃねぇか…」
ガサッ
「ん?」
音に振り向くとそこにはセフィの為に買ってきたであろう綺麗な花束を抱えた春菜が、怒っているような困っているような複雑な顔で佇んでいた。
60
「―――…。」
秋人は久しぶりに彩南高校屋上に独りだった。
屋上から見渡せる風景はどこか世界の全てを見渡しているように錯覚でき、自分の存在がやけにちっぽけに思えてくる
時刻は放課後、晩夏の午後であった。
(なんだか最近日も短いし………日差しもずっと優しい気がする)
乾いた空気にまた日が差した。不揃いな雲、斜光から伝わる熱の向こう、遠い海へと沈みゆく太陽。オレンジ色に染まる空、真下を走る運動部と帰路につく学生たち――――――――取り残されていくような隔絶感。
以前感じ慣れていた懐かしくもほっとするような寂しさを掌で弄ぶようにしながら、秋人は眼前の風景を眺め続けていた。
終わる夏風が髪を撫でてゆく、同じ風速でふぅ、と息を吐く
―――風が、どこかへもやもやを運んでくれる気がしていた
わけもなく黄昏れているわけではない。先程から見ているようで見ていない景色の、うつろな瞳に浮かぶのは一人の大切な妹の面影だ
(…………まったく、ウチの春菜は何がしたいんだか…俺が嫌いになったってのかよ)
春菜と秋人の関係はぎこちないものになっていた。今はもう昔、秋人と春菜が初めて出会った頃、困惑する春菜と突き放す秋人。過ごした日々に交わした言葉。告白、喪失、復活。急速に縮まったふたりのキョリ―――そのキョリがふたりに錯覚を産み出していたのかもしれない。
想う気持ちを言葉にせずとも伝わるなどと――――
『もう、強引なんだから…お兄ちゃんは…』
『おい、今日は違うんだろ?』
『…秋人くん』
『おう、』
もう戻れない追憶に目を細めながら、秋人は夏の日を思い返していた。何度も何度も脳裏に響くのは…――――己の名
春菜は最近"秋人"という名を呼ばなくなっていた。意図的に避けているのかそれとも…――
――――春菜…………俺…………お前を…お前が…
ぽふん
背中に優しい衝撃
「ん?」
「――――ハイ、コレ食べてお兄ちゃん」
「?……………お好み焼き…、か」
「ウン!」
振り向くとピンク頭。幼いララが…――――すぐにまた顔を正面に戻された
「なんだよ、見えないだろーが」
「後ろ向いちゃダメ!お兄ちゃんは前だけ向いてなきゃ!」
「んあ?」
「心は体に表れるんだよ?気持ちが落ち込んでたら顔は下がるし、後ろばかり向いてたら後ろ向きになっちゃうんだよ」
「…――――で。振り向かずにコレを食えと」
「ウン!そう!」
腹を抱く手に不格好なお好み焼き。俺とララの思い出の品
辛うじてソレと判断させるのは鰹節と海苔、ソースの香りだ。それ以外は焦げて黒い塊になっている……それでもララなりに一生懸命作ったことがよく分かる。
たとえ指に絆創膏が無くとも――――
「ありがとなララ」
「ウン!」
パクッ、もぐもぐもぐ…ガリッボリボリ
「………――――」
「…」
パクッ、もぐもぐもぐ…ガリッガリリッ…
「――――う」
「……………………ど、どうかな?お兄ちゃん」
「…マズイ、苦い、お好み怖い」
「うー」
こてんと背に当たるララのおでこ。背中の方から哀愁を感じる…――――まったく、ふてくされるなよ
「でもララらしい。これはララしか作れない味だな」
「え!ど、どんな味?」
「最早これはお好み焼きじゃない、自由な創作料理だ……お好み焼きの"お好み"を強調している、"お好きなモノを入れて焼きました"って味だ。ララの好きなモノの世界地図だな」
「ヘヘー…照れるなぁー!」
「いや、褒めてないからな。苦味しか無かったぞ…、これ
「はーい!オソマツサマー!…――――だったっけ?」
「うむうむ、ララも大分会話が成立するようになったな」
「えー!お兄ちゃんひっどーい!」
はは、と優しく微笑む秋人は手すりに両手を乗せもう一度遠くを眺める。遠い黄昏の情景は先程までとは違って見えた
「…ワクワクするよね、学校って高いところにあるからすっごく眺めが良いし」
「そうだな……――――ってなにがワクワクするんだよ?」
背中越しの会話、背を抱くララの小さく柔らかい感触、子ども特有の高めの体温
「地球って小さな星で、彩南町って小さな街で…すっごい出会いがいっぱいあったから!ここから見える景色には見えてる以上にたくさんのものが隠れてるんだなーって!」
「…ふーん」
それは優しくも暖かい。
ララにはこの景色は、色を失い終わりつつある一日の風景は、綺羅びやかなものに見えているらしい。そして確かにララと共に見る世界の風景は此処から全てを見渡せているわけでも、色褪せてもなく――――
沈みゆく夕日も、眩しい西日もなんだか余計に優しく暖かく――――新しい
きっともっとよく見れば…――――
「ホントだな、飛行機雲に…おっ、あっちにはトンボ…もう秋だなコレは」
「もー、今頃気づいたのー?お兄ちゃん鈍いよー!」
それだけ言ってララは秋人の背をよじ登り肩車の体勢になった
「おい」「わー!すっごい眺めイイー!」
楽しげな笑い声、はしゃいで脚をパタつかせるララ、呆れつつもしっかり脚を押さえ支える秋人
「身長縮んでから見える景色が違って楽しかったけど、また新しい発見しちゃったよー!」
「そうか……いてっこら、髪引っ張んなっての」
「お兄ちゃんのおかげだよ!」
「そうか?俺は何にもしてないけどよ…」
「居てくれるだけでワタシはしあわせなのー!」
「…そんなもんか?」
「そうだよー!好きになるのに、しあわせになるのに理由も理屈もないよー!わたしはお兄ちゃんが大好き!お兄ちゃんはわたしたちを……―――――――わたしの事好き?」
覗き込んでくる逆さまのララ。きらきらと輝くエメラルドグリーンの瞳は美しく楽しげで、悪戯っ子のように細められている
――――――――こいつめ
南風がララのピンクの前髪を撫でてゆく――――俺の髪も撫でてゆく
違う色の髪が同じようにゆらゆら揺れる、頬を擽ってゆく細く美しい髪、覗きこむ瞳の輝きは楽しげで、優しげなままで――――
数瞬の戸惑った後、俺は真実を告げた
「………………………………………好きだ」
「えへへ~~~~~~、アリガト♡お兄ちゃん」
ふんにゃり笑顔の逆さまララが優しく頬を、頭を撫でる。不慣れな手作りのお好み焼きも、いつも見ていてちゃんと見ていない景色への言及も、全ては俺に告白させる布石だったらしい
――――生意気な、死ぬほど恥ずかしい……顔が日差しで熱いだろーが
「じゃあ今度はそれを春菜にも言えるように練習しよー!」
「…ララは気にしないのかよ、その…」
「ウン!わたしがお兄ちゃんを好きで、お兄ちゃんもわたしが好き。それだけでわたしはサイコーにしあわせ!もう充分すぎるくらいしあわせだよ!」
「そんなもんスか…――――ってこら、ほっぺたまで引っ張んなっての!いてぇ!力加減しろって!デビルーク人は力強いんだぞ!」
「あ、ごめんお兄ちゃん嬉しくってつい…ちっちゃくなってから加減がよくわからなくって…えへへ」
「ったく…春菜も力、強いからな…やっぱ似てんだ。お前たちふたりは――――ふん、言ってやるよ春菜にも…ふふっおい、今度は弱すぎだ擽ったいだろ!ぷっ…」
「あれー?ごめんねお兄ちゃん、やっぱり加減が…ふふ、」
はは、あはは――――逆さの笑顔を向け合う彼方者兄妹。異世界の兄と異星の王女
笑顔を向け合うふたりの頬を日差しが柔らかく輪郭付ける。その朧な輪郭をなぞるようにして、二人は頬に手を当て微笑みあった
確かに感じさせる秋の気配に、柔らかな風にそよぐいつもの夕暮れ風景。いつもと違う何か、それをふたりはともに感じ合っていた。
61
その頃、ファザコン娘は――――
「気にする事ないよ」
「そうでしょうか…」
ヤミと美柑。二人は並んで住宅街を歩いていた。夕暮れの長い日差しが二人の影を色濃く地面に縫い付ける
「そうだよ、そのメロンムネおばけさんが何言ったってヤミさんの心はヤミさんのものでしょ?」
「…そうです。私は断じてファザコンを患ってなどいませんし…娘ヒロインというのは確かですが」
俯きがちに何やらぶちぶち呟くヤミ
娘ヒロインってなんだろう。また秋人さんかな、と美柑は疑問に思ったがひとまず無視した。顔に当たる西日がやけに強い、眩しさに顰めた目は…――――次には悪戯っ子のような笑顔の一部となる
「それじゃヤミさん練習しよっか」
楽しげな美柑の声
「…練習…また、ですか…」
やや引きつったファザコン娘の声
「うん。そうだよ、」と大きく頷く美柑。更にヒクつくヤミの頬、たじろぐように仰け反る、が美柑はとられた距離を顔を近づけ縮めた
「ハイ、どーぞ。ヤミさん」
「……………………………………す、好きです――――――――――――ママ」
「ハイ、よく言えました。たい焼きあげるね」
「あ、ありがとうございます……美柑―――――――――ママ」
「ん。よろしい。じゃあ次ね」
ヤミは親友・美柑に母・ティアーユに対する複雑な想いを相談していた。話を聞いた美柑は練習台となる事を提案する。そしてこのように金色の殺し屋少女、ヤミちゃんさんは調教されていた。
「や、やはり美柑が母…ママというのはムリが…」
「でも、こんなふうに練習できるの私しかいないんじゃない?春菜さんにママっていうのも違うんでしょ?」
「ハイ…春菜は大事なお姉ちゃんですし………ですが、」
「はいはい、ともかく練習練習だよ、ヤミさん。次は『パパとおんなじお湯に入りたくない!ママァ!お湯かえて!』」
「……美柑、流石にそんなことは言わないですよ」
「大丈夫。ヤミさんがホントは秋人さんが浸かったお湯に入るのが好き過ぎるのは知ってるから」
「………美柑、どうしてソレを…いえ、あの、しかし…この練習に意味は…」
「"備えあれば憂いなし"って言うじゃない。いつか役に立つ時が来るよ、ティアーユさんだってパパに反抗するヤミさんが、ファザコン娘じゃないヤミさんが見たいかもしれないよ?」
「そうでしょうか………――――そうですね、私は断じてファザコン娘ではありませんし」
流れるように話を変える美柑。ドSな調教師・ネメシスも真っ青な程の自然な調教手管。のちにネメシスは「一番恐ろしいのは妹だな」と語ったという
そして美柑が大親友でありライバルでもあるヤミを秋人の娘ポジションに抑えこみ、自身はしっかり秋人の正妻ポジション…――――それどころか既に娘までもうけているということにヤミは気付かない。
「さ、練習練習♪」
「は、ハイ…美柑――――……ママ」
やけに明るい間延びした声に若干強張りが解けてきた声が続いた
62
「えっと、コピーはあと4枚して…」
ウィイン、ガコガコ…――――音を立てて刷られる"今週の校長の悪事の傾向と対策"プリント40枚。年季の入ったコピー機は先程からやや疲れたような音を立てている。熱気のこもった排気は不満の溜息のようだ
そして姉の春菜は狭い資料室で一人、地味で機械的な事務作業に追われていた。真面目で優秀な彼女は仕事も早い――――だがコピーは延々終わらない
―――なんだかこういう作業を淡々としてると無我の境地というのか、普段は見えないものが見えてくるって…い、いうけど…
(春菜さぁ~ん、西蓮寺春菜さぁ~ん)
―――だ、だからだよね、聞こえないはずの人の声が聞こえてくる。私以外に誰もいないはずなのに。和服を着た、楽しげな笑顔の女の子が目の前に浮いてる。でもでもでも目の前にはコピー機、コピー機から人は生えないし出てこない。出てくるのはせいぜい紙だよね、お、お兄ちゃん…、秋人くぅん…――――
「え、えーっと…、こここコピーをあと40枚…」
ウィイン、ガコガコ…――――音を立てて刷られる"今週の校長の悪事の傾向と対策"プリント40枚。既に40の倍数が多重連鎖していた。印刷口には数メートルの束が積み上げられている。
(春菜さぁ~ん、西蓮寺春菜さぁ~ん…もぉ~、聞こえてるんですよね~???神にーさまの大事な妹さんの春菜さんなんですよね~?わたしなんだか気になって探しに出てきちゃいました~)
―――神にーさま?それって秋人お兄ちゃんの事?…――――だめだめ、答えると連れてかれちゃうんだよね…うぅ、こ、怖いよぉ…
(んもぅ~聞こえないんですかぁ~じゃあ、ちょっと身体を拝借して…)
「ちょっちょっちょっと!…――――きゃっ!助けておにいちゃ…秋人くん!」
もがく春菜の身体にスルリと入り込むお静
『コレで聞こえますかぁ~?』
脳裏に響く声
「ささささささっきから聞こえてますですからぁっ!!」
手足をバタつかせる春菜、スルリと身体から抜け出るお静
(
「だだだだって…お兄ちゃんは…………」
(…)
深呼吸をし、落ち着いた春菜は目を閉じ過去と未来へ想いを馳せる。過ごした日々は、交わした言葉は、告白は、自分の心は――――この想いは何より大切な宝物だ
「――――お兄ちゃんは…、その…秋人くんは私のお兄ちゃんで…私が好きでも…――――その、結婚とか、それに今日来たララさんのお母さんには後継者だって…」
(はい…)
「…私、ウソついてまで頑張ったのにダメだったのかな……、結城くんに地球の常識を変えてもらってお兄ちゃんと、秋人くんと結婚できるようにしようって……つくるのかな、ハーレム………それにまだ私、ちゃんと告白だって…――――」
俯いた春菜がぽつりぽつりと話しだす、先程から春菜の前に在るのは印刷の終わったコピー機。しんと静まり返った資料室には先程から春菜が一人だけであった。だけども春菜は独りではない。傍には見える、感じられる気配がある。見えるものには気配が分かる思念体…村雨静は途端に優しい表情になって春菜を見つめる
(いいじゃないですか、神にーさまがにーさまで、妹の春菜さんが恋をしたって)
「それでいいって…どうして?」
優し過ぎる言葉に反発して強まる声音。開かれた瞳、静かに澄んだ紫の瞳が揺れる
(だって好きなんですから……人が人を想うのを止めたりできませんよ、それに愛さえあれば神様でも、兄様でも、ふたつを兼ね備えた神にーさまでも関係ないです!想いは言葉にしなくては!わたし!春菜さんの恋を応援し
先ほど慌てた時にでてしまった不思議な口調を真似るお静。優しい笑顔をやめ、今ではおどけたような表情だ
「いいよ、別に…応援してもらわなくっても…自分の恋は自分で頑張れるもん」
拗ねたように唇をとがらせる春菜。秋人に甘える時だけにみせる女としての仕草、いつもの調子が戻ってきている
(言いますね!では!おおきな池…ぷーる?ですか?そこでのすぽーつふぇす?でガンバってくださいです!あ、ガンバってくださいますです!……でも紐みたいな水着?はやめたほうが良いです。すっごい高いんですね…買ったんです?乙女なら長襦袢です、和服の白くて薄いやつですよ。あと、水着で水中でのせっぷ…)
「そっ!そんなとこまで覗いてたの!?いつの間に!?い、いいから!それ以上言わなくていいからぁ!」
慌てて口を塞ごうとする春菜から逃れ、楽しそうに浮かぶお静。狭い資料室を走り回る
2016/06/07 改訂版 再投稿
2016/06/29 一部改定
2016/10/13 一部改定