貴方にキスの花束を――   作:充電中/放電中

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Re.Beyond Darkness 結城美柑END 『オレンジ・デイズ』

この世界で、どんなに恋する少年・少女も待ち望んでいる結末がある。

 

ふたりは出会い、求め合い、愛しあい、時に切なく、時に甘い、幸せな物語を紡ぐだろう

 

くるくるとまわり繰り返されるそれは輪舞曲(ロンド)、ネバーエンディング・ストーリーというものかもしれない

 

しかし恋物語にも定番がある、落ち着くべき場所、辿り着く場所があり、

 

その場所は毎朝訪れる陽の光のように暖かく、そして―――

 

 

 

 

 

 

 

栗色の、毛先に少しだけ癖のある髪がシーツの海に波打っている

 

 すぅ…  すぅ…

 

眠りの海に沈む少女、乳白色の頬に採れたての陽光が降り注ぎ――

 

「ん、んん……ふぁ、」

 

大きな真夏のオレンジからさんさんと発せられる陽の光は、今日もまた暑い一日となる事を十二分に示していた。

 

「ん…朝、」

 

とりあえずの現状確認。

 

鼻にかかった甘ったるい声を出し、

 

低血圧にボーッとした頭を枕から起こし、

 

栗色の頭を掻きながら、んー!と伸びをする。

 

 

――朝お決まりの一連の動作は、一日の始まりの合図だ。

 

 

「起きよ、起きて朝ご飯作らなきゃ…あ、そっか、今日はモモさんが当番なんだっけ」

 

よっと、と勢いをつけた美柑は名残惜しくもないベッドから離脱を試みる。日の匂いが香るベッド、スラリと長い脚が床へと下ろされ――身長の割に長い脚の付け根は藍色のホットパンツが隠していた。

 

「んっ、しょっと…」

 

少女が立ち上がると、彼女の体温が惜しいかのように白いシーツが滑り落ちた。整理整頓を家族に躾けている彼女はそれを良しとせず、直ぐ様整えようと身を屈める。

 

するり

 

キャミソールのストラップが滑り落ちる。滑らかな肌は摩擦抵抗など存在しないかのようだ

 

「…。」

 

ムッと眉を上げて、はだけた胸を素早く隠す。朝日が露わにしていた白い小丘、そこに咲く紅いさくらんぼは元通りに布が隠す。"収穫される前に傷まされたら堪らない"というような早業だ

 

この家には彼女以外にも美しい少女が何人も住んでいるが、とある王女を筆頭に同居の男に無防備な女性が多い。そんな家で彼女は数少ない良識派だった。

 

ガチャッ!ガタッ!

 

「おはよー!リトー!朝のシャワーはキモチイイねー!」

「ララ!お前また裸で…うわっ!」

 

ドタッ!

 

「あん!」

「おーい、リトも起きて……姉上に何してんだこのケダモノーッ!」

 

ドバキッ!!

 

「ア"――――――――ッッ!」

 

「まったく、リトはしょうがないんだから。転んだら何しても良いワケじゃないし……あとでオシオキ」

 

騒がしい隣室の壁を見ながら、美柑はひとりごちる。静かな部屋に響くその声は寝起きで気だるげだったが、台詞はやたら物騒であった。

 

 

1

 

 

――――"結城美柑は美少女である"

 

 

騒がしい朝の日常をくぐり抜けた美柑は、頬杖をつきながら担任教師――父・栽培の描く劇画調・熱血漫画のファンで同じ気質の新田晴子を待っていた。

 

「おはよ、あっちーよなー今日さー」

「おはよー、暑いって言うから暑いんだよ。そういえば今週の…」

 

次々登校してくるクラスメートの挨拶と雑談をどこか遠くに聞きながら、美柑は窓際の席からぼうっと景色を眺めていた。月一である席替えで今回はこの場所となったのだ。

 

校舎の窓から見える光景は、そこそこ見晴らしがよかった。

 

眼下のグラウンドには何やらさっきと似た話をしながら校舎に入ってくる生徒達が。

 

ゆっくり視線を引き上げれば…………住宅街。

 

その中、隠され見えない何処かには深緑に囲まれた場所があり…――美柑にとっては隠し切れない思い出の"審査員特別賞"を受賞した公園がある。

 

―――見える白い建物が秋人さんの住むマンションで、幾つかのビルを挟んだ所に私の、結城美柑のウチがあって…

 

美柑は見えない誰かに案内するように視線を滑らせてゆく、

 

―――こっちは逆側で見えないんですけど、向こうには繁華街が…あと最近オープンした8階建てのデパートの8階には美味しいアイス屋さんがあってですね…はい、秋人さん、明日一緒に行きましょう

 

が、それもやがて放棄した。住み慣れた街では探す興味がすぐ尽きる。

 

 

様々な色の屋根、どこか似通ったデザインの住居が立ち並ぶ住宅街。そのずっと先に見える高層建築群は都市の中心地。ビルに切り取られる山々の稜線、空の青。

 

頬杖をつく少女、結城美柑の茶色の瞳はそれらの光景を捉えるともなしに捉えていた。

 

リトの妹だからなのか、美柑はたまにこうしてぼうっとしている事があった。兄のように迂闊に転倒し、男子の股間に顔を突っ込むことは無かったが…

 

「…ふぅ」

 

心地良い夏風が美柑の前髪をゆったりとそよめかせた。わずかに開いた唇が溢す吐息。空ろな眼差しに物憂げな表情(かお)

 

絵に描いたような美少女の姿に幾人もの男子が憧憬の視線を投げかけ、速やかに冒頭の結論へ辿り着くのだった。

 

 

「ねえねえ、美柑ちゃん」

「…何?」

 

そんな美少女にクラスメイトの乃際真美が声をかける。美柑は頬杖をついたまま視線だけを真美へ向けた。真美は美柑に憧れる少女でありよく一緒にいる仲の良い友達だ。そして同時に"憧れの美柑ちゃん"に不幸な目に合わされる少女でもある。無論、この時もその始まりだった。

 

「今度、美柑ちゃんのウチに行ってもいいかなぁ?」

「…ダメ」

「お願いっ!"お兄さん"を見てみたくて…っ!」

「はぁ、またあ?ダメって言ったじゃん」

 

同年代にはない、どこか色気を感じさせる放心の表情を瞬時に剣呑なものに変え、睨む美柑。見守る男子たちは半ば本気で自分を睨んで欲しい、と思っていた。

 

「いーじゃん、真美は気になってるんだってば…美柑ちゃんがどんな運命の"お兄さん"と付き合ってるのか」

 

――――"結城美柑には心に決めた運命のひとがいる"

 

どかっと真美の頭上に腕と顎を乗せ、んふふーと笑う少女は木暮幸恵。大抵この少女が真美を不幸へ誘い、美柑が不幸をプレゼントしていた。

 

「ふ…付き合ってるんじゃないってば」

「えーなによそれじゃ」「うんうん」

 

とあるフラレ男子・大好(おおよし)から聞いた噂の真相を迫る二人の少女。対するは二人に向き直ってフッと余裕の笑みを浮かべる美柑。

戯けたつもりなのか、口調が何やらおかしかった。普段大人びた雰囲気をもつ美柑の歳相応の仕草と笑顔に、興奮の記者二人はより一層身を乗り出した

 

「既に結婚してますの」

「「え!マジ(ホント)!?」」「「「ぶーっ!!!」」」「「「ぐぎゃぁああ!!!!うそだあぁあああああ!」」」

 

教室を震撼させる、震源地は結城美柑。地震の規模を示す生徒たちはガタガタッ椅子から立ち上がり、そこらかしこで激しい苦悶の叫びを上げた。

 

そんな阿鼻叫喚騒ぎの中、眼鏡教師がやってくる

 

「えー、おはよう、お待たせみんな…ハーイ、静かにしてね。今からせんせい大事なこと言いますよー、おホン。今日も朝からミンミン(・・・・)暑いわねーミンミン。どう?おもしろいでしょー?あ、このミンミンは"むしむしした夏の暑さ"からヒントを得て先生が創作しました。むしむし=虫=セミ。うまいでしょー?上手いこと言うでしょー?これは栽培先生も"採用"の二文字よね。さあ先生を口々に褒め称えつつ席についてねー、ではお知らせを…」

 

「うぎゃぁああ!マジで!?マジで結婚してるの!?美柑ちゃんてそこまでススンでるの!?」

「クソッ!結婚だと!よろしい、ならば戦争だ!」

「うぅ、俺の…俺たちのアイドルがぁ…!結婚、引退…いいこと!これはいいこと!祝うべきなんだよ!うぅ…!」

 

晴子が徹夜で編み出した会心のネタ。のたうち回る生徒諸氏は全く聞いていない

 

『聞いてた』というよりは『聞こえてしまった』が正しい生徒の一人は「つまんねー、ボツ」と溢していた。

 

呟きの聞こえた晴子はムンクの叫び顔で後ずさりプリントをドサドサ落とす―――そんなオーバーリアクションをしても、誰も見ていない。気にも止めちゃいなかった

 

「ちょっと待って、美柑ちゃんがいくら美柑ちゃんでも結婚はまだムリなんじゃ…?」

 

震源地の一番近く、二段だるま落とし最下部の真美はもっともな事を尋ねた

 

「事実婚てのがあるじゃない。真美ちゃんてバカ?察してよ」

 

ぱすこーん!

 

予期していたのか、直ぐ様カッ飛ばす美柑。美少女は運動能力も人より秀でているのだ

 

“そんな手が!"と打ち飛ばされる困惑顔の真美はショックによろめき後ずさる。「うおっとっと!コラ!まみぃ!」と幸恵が下にずれ落ちる。晴子(独身)と同じようなリアクションでも少女たちがやると花があった。独身にはない若く幼い花が…

 

そんな可愛いくも地味な友人に追い打ちをかけるように

 

「なに?そんな事も考えつかなかった?空気読んでよ真美ちゃん」

 

(さげす)む美少女、結城美柑。よりにもよって自身に憧れを抱く少女、真美へと向けた。美少女は結婚の事を突っ込まれてご機嫌ナナメなのだ。

 

「うぅ…ごめんなさぁい、美柑ちゃぁん……」

 

打ち飛ばされ追撃コンボまでキめられKO。涙目の真美を幸恵は「よしよし、アンタはよく頑張ったわ。ホントはあたしもちょっと思ってたことなのよ、コンティニューしなさいね」と飴と鞭の要領で連れ戻し、自身の腕と顎の下へと導いた。楽するのに丁度いい高さなのである

 

「そうよ、ほら泣かないの、アンタはつよい子でしょ真美。事実婚なのよ」

「ぐす…そ、そうなの…?」

「「そうよ」」

 

ハモる美柑と幸恵。二人はとても仲が良い

 

「も、もしかしてもう事実的な赤ちゃんが居たり…?」

 

おどおど頭上と前へと視線を彷徨わせる真美が再び問うた。彼女に同調(シンクロ)し、静まり返る教室

 

 ついこの間の体育の授業で、新田晴子せんせい(独身未経験)による"おしべとめしべ"講座があったのだ。ちなみにその抗議者(・・・)本人は喧騒の収拾を図ろうと

 

「みんなー!こっちー!こっち見てーッ!ココに私はァー!!わたし!はっけーん!わたし発見はるこっちぃい!私はかえってきたぁああ!」

 

と美柑を取り囲む低くて高い生徒の壁に叫んでいるが、全く取り合ってもらえていない。

 

「んー、それはまだ」

「そっそれはそうだよね!流石にね、いくら美柑ちゃんが美柑ちゃんでもムリだよね!」

 

あせあせと早口でまくし立てる真美。美柑ちゃんを一体なんだと思ってるのかしら、この子…と疑問に思っても敢えて聞かない幸恵。連れない親友だった

 

「でも…、もう差し押さえられちゃってるから」

 

ぽうっと頬を赤らめ俯く美柑。潤む瞳を栗色の髪と瞼が隠す、大切なものが宿っているかのように撫でる下腹部、窓辺から差し込む真夏の陽光が微笑む美少女に後光を与えていっそ神秘的ですらある。

 

「あ…み、美柑ちゃん‥」

 

長い栗色の、毛先にゆるい癖のある髪が夏風に揺れる。震えるまつげに小さく微笑む形の良い唇。同性でさえゾクリとする色気が彼女にはあった。見つめる真美も知らず頬を赤らめる

 

(み、美柑ちゃん…か、可愛い…すっごい可愛くて綺麗。それにすっごい色っぽい、皆が噂してる"魔性の女”ってやっぱりホントなんだ…で、でもなんだろう、可愛いんだけど………)

 

「…可愛いんだけど美柑ちゃんの纏う雰囲気は時々強暴で、揺れるビーズのヘアゴムがたてがみで…なんだかライオンさんみたいなんだよね…だってサ、美柑ちゃん」

 

真下の真美の頭、のせる腕と顎下から流れこむ思考の一部をぼろっと暴露する幸恵。真美と幸恵は思考が読めるほど長い付き合いなのである。

 

穏やかな幸せ笑顔、美少女・結城美柑の表情(カオ)がビキッ!とひび割れ

 

「だれがメスライオンよ!私は猫!白い仔猫!秋人さんの正妻としてミルクをねだるカワイイ仔猫なの!」

 

ドスッ!と怒りの美柑フィンガーが真美へと突き刺さる―――――モブっ子エンド。

 

「うぎゃああ!!目が!めがぁあ!」

「わっ!ちょっと!コラ真美!のたうち回らないでよ!腕と顎乗せられないでしょ!楽だったのに!」

 

騒ぐ友人たちに溜息ひとつ、美柑は再び頬杖をつきなおす。視線はやはり窓の外だ

 

「………。」

 

ただし純然たる現実の壁が美柑にはあった。歳の差である。

 

そんなある日、ファッション誌で"年上のカレに誘惑!幼妻の魅力!"という特集を読んだのだ。美柑は"幼妻"というジャンルを学んだ。そして"しあわせ家族計画"を練り上げる。秋人が美柑を優しく見守る兄の眼差しを、いつしか愛する妻へ欲情を向ける血走ったものに変えたいと決意し―――今日まで毒を散布してきたのだ。

 

じわじわと少しづつ近づき…今ではひざ上に座って上目遣いで「秋人さぁん…」とアイスを舐めても違和感なく秋人は受け入れるようになった。近づいたのだ、心と身体のキョリと距離が。

 

――――いつかは熱くて固い特製棒アイスを…と無垢なる美少女、結城美柑は夢想する

 

そして、

 

「いよいよ明日…ふふっ」

 

美柑の前髪を再び夏風がそよめかせた。宙を漂う視線の先には望む未来の映像集。口角を上げ、浮かべる微笑も未来へ想いを馳せたものだ。それは先程までと違い物憂げなものではない。確かな未来を確信した幸せな微笑みだった。

 

そんな笑顔を眺め続ける騒ぐ少年、少女たちは――――やはり冒頭の一言を口にするのだった

 

 

2

 

 

――――"結城美柑はデートである"

 

 

"デート"――――"それは想い合う男女ふたりが日付と時刻を決め逢うことである。"

 

そう、結城美柑はこの日。とある男と日付と時刻、ゆく場所、目的地を決め逢う約束があった。それは冒頭の単語以外の何物でもない。

 

「…デート、ふ、えへへ…」

 

とろけ顔の結城美柑は回想する――――

 

『デートしましょう、秋人さん』

『デート?おう、いいぞ』

 

そして直ぐ様、回想を終える。

 

「…おっと、いけないいけない、考えこんでる場合じゃないよね」

 

目を瞑り思い返すべきは過去ではなく、見つめるべきは現在・未来。過去の言葉は『買い物に付き合って、』などと生半可なものではなく。いつものスーパー帰りの『ちょっとお話したいです…』などでもない。"デートしましょう"と言っていた。

 

そこから繋がる現在進行中の今日、デートなのである。

 

『おう、いいぞ』と、秋人がそれに同意していた。

 

「ふ、フフフ…えへへへへ♪んん~♪~♬」

 

口ずさむハミング

結城美柑は上機嫌だ。そりゃあもう思わず心のテーマ曲くらい歌ってしまうくらいに

 

"デート"――――それは想い合う男女ふたりが日付と時刻を決め逢うことである。そして、それらの行為そのものよりも、それを通して互いの感情を深めたり、愛情を確認することを主目的とし恋人同士と認識したのなら、交際をしたい旨を正式に申し込む。初めてのキスをする、プロポーズをすることなどがあり…――その夜は

 

「いっせんだって♪こえ…「それはあぶないぞっ!みか「結城リト…!美柑の邪魔です!今日の私は少し、いえ、かなりムカついているので手加減しませんよ!!」」

 

ズゴキャドバキッ!

 

「ィヤア"ーーーーーーーーーッッ!!!!」」

 

ん?と小鳥のように首を傾げる美柑。大親友のボディーガードがリト(だれか)を排除してくれたらしい。

 

朝も早くから『み、美柑。デート、デートなんだよな?大丈夫なのか?なんかオレ、お兄ちゃん心配で心配で早起きして…ぎゃぁああ!!!!めがあああああああああ!』とウルサイ誰かを沈めたのに起きて着いてきたようだ

 

「…ヤミさんにお願いしといてよかった。帰ったら私もリトにオシオキしよ」

 

シュッシュッとシャドーボクシングをする少女。彼女はいつもより断然早起き一分の隙もなく身支度を整えた完全無欠の美少女・結城美柑だ。決して昔のように無様に手鏡で身なりをチェックしたりなどしない。なぜなら一人待つ、待ち合わせ場所のデパート入り口前。見つめる右斜め前方に光り光る、よく磨かれた反射鏡―デパートのショーウィンドウがあるからだ。

 

にっこり

 

夏を彩る新作水着、それを纏うマネキン。囲む黄色のひまわりやハイビスカスの造花の横。静止画背景のように佇む、実際の年齢よりずっと大人びた美しい少女が映り込み微笑んでいる。

 

ん――――よし、特におかしなところはない…かな、ふふ

 

微笑む少女は華奢で小柄な身丈だが均整のとれたプロポーションであり、身を包むのは薄手のキャミソール。デニムスカートから伸びる素足は細く長く――――その抜群のシルエットはある意味完璧な造形のマネキンよりも美しい。

 

挑戦的に魅せる素足はどんな男も感嘆の息を漏らす程に整っており事実、先程から道行く男たちは彼女を見つめ足まで止めていた。しかし、声をかけるまでには至らない。なぜならそれは…少女の瞳が一瞬、強く光る。

 

―――気は熟した。あとは収穫あるのみ

 

メラメラと闘気を滾らせる結城美柑は決意する。気のせいか纏う闘気で陽炎が揺らいでいた。夏の暑さのせいかも知れないが…

 

―――一か八かの競争社会、秋人さんのヒロインは多い。だからこそ、この私が真のメインヒロインとして決定的な言葉を。

 

「今日こそ…今日こそは…!」

「よう、おはよ。なんか拳作ってどうした?そんなに何か買ってやるって言ったの楽しみにしてたのか?相変わらず早いな美柑、俺も急いできたんだが…いつ頃から居るんだよ?」

 

決意と威圧の美少女に秋人が声をかけてくる。驚愕の美少女は頬を赤らめ

 

「あ、秋人さん!お、おはようございます。少し前…2時間くらい前に来たトコです」

「は!?いや、早すぎだろ、なんか嬉しいを通り越して申し訳なくなってくるレベルだぞソレ」

 

ふるふると首を振り小さく呟くような声で言った

 

――――待ってる時間もデートなんですよ?

 

「…。」

 

俯きがちに見上げる美柑、見つめる秋人は目を(しばたた)かせ――――クラスの男子たちと同じ結論へと行き着いた。

 

 

そしてふたりはデートを開始する。

 

日どりは真夏。時刻は正午。向かう場所、目的地は目の前のデパート8階、おいしいアイス屋―――でなく、その下、7階のアクセサリー売り場

 

「さあ、行きましょう!秋人さん」

 

手をとり駆け出す幸せ満開の微笑(びしょう)女・結城美柑。夏風に揺れ煌めくクリアビーズのヘアゴム、纏め上げる髪が真夏のオレンジ――――強い日差しを弾き

 

「おう!行くか!」

 

手を取られ微笑み返す黒髪青年・秋人は踊る栗色の流れに続いた。

 

 

3

 

 

――――"結城美柑は指輪(おくりもの)を選ぶ"

 

 

3階、書店コーナーにて。立ち読む男女の二人組み

 

「…これ、なかなかおもしろいですね」

「ん、どれどれ…"男をオトすテク100、恋の魔道士・恋野姫子著"――――ララが持ってた気がするな」

「あ、私も見ました…アピール方法に悩むララさんがリトに『きゃるーん☆私。実はデビルーク星人だったのー☆尻尾ビームうっちゃうぞー!えい』って言ってました。正直、可愛かったです。あと、ホントにビームうっちゃってリトが焦げたとこも」

「あー…簡単に想像できてコメント困るわ」

「あ、ちょっと私もやってみていいです?」

「ん?いいぞ、でも美柑に不思議っ子は似合わないんじゃ…」

 

微笑み見上げる美柑は「いいですから、じゃ、目を閉じてて下さいね」と続ける。「おう」と従う秋人

 

「きゃるーん☆私。実はオレンジ星からきたオレンジ星人だったのーおいしく召し上がれ♡」

「ぶふっ!」

 

秋人は思わず吹き出した。そのまま笑い顔で音源の少女・オレンジ星人を見つめる

 

「…やっぱり似合わないですか?」

 

頬を赤らめジトッと睨むのは美少女・美柑。望んでいた反応と違ったことに不満なのか、それとも恥ずかしいのを誤魔化しているのか、ちょっとコワかった

 

「いや、あの、面白かったけど…美柑は今のままが一番カワイイぞ!時々コワイ感じなのもいいスパイスだな、うん」

 

そんなコワイ美少女相手でも目を線のようにして笑う秋人。先ほどの声を思い出したのか、もう一度声を出して笑った。

 

「む…」

 

不満気に頬を膨らませるジト目の少女は、しばらくその笑顔を見つめ…――――

 

「ぷっ、もう…秋人さん、笑わないでくださいよ」

 

と幸せな笑顔を目の前の青年と同期させた

 

 

6階、水着売り場にて

 

『コレ、ちょっと試着してきます…待っててくださいね』

 

ニッコリ、と美笑女(・・・)・美柑に言いつけられ一人、試着室前で待つ秋人。

 

「なんか………――――居づらいな」

 

水着売り場は色とりどり、派手なビキニタイプやスポーツタイプ、競泳水着やらキャミソールタイプのもの、パレオつき…――――秋人にとっては摩訶不思議アドベンチャーなもので満たされていた。

 

「お、紐っぽいの…キワドイ」

 

ジロっと感じる数多の視線。無論、真剣に水着を選ぶ女性たちのものだ。びくっと肩をすくめる秋人。不慣れな場に取り残されすっかり精神を削られていた。ちなみに下着売り場では全く平気な秋人。たまにモモに連れだされ付き添うからである、

 

それはランジェリーショップ内にて突然始まる――――

 

『お兄様!"ブラの外し方講座、スマートな男になる為に!"を開催しますわよ!男として!私の御主人様として!女性の下着くらい簡単に脱がせなくては!セッションワン!まずはホック位置の確認!大抵うしろですケド!ペタン娘ナナより断然おっきい私!ハレンチ胸の人などは外す時、後ろに手を回すのは苦しいので前にある場合があります!そう!見ての通り今日の私もフロントホックなのです!では――――召・し・あ・が・れ♡』

 

と意気揚々と声を上げ実践しようとするモモの方がよほど恥ずかしい存在だった為、秋人は羞恥を克服していた。

 

しかし今現在、水着売り場に大胆不敵なモモはおらず…秋人は少し落ち着かない。

 

「秋人さん、お待たせしました」

「お、美柑…」

 

シャッ、とカーテンの開く音に振り向く秋人、言葉を続けようとし――――言葉を失う

 

「どうでしょうか?」

「なん…だ…と、」

 

息を呑む秋人。美麗に微笑む美少女・美柑が纏っていたものは店内のどこにも置いてないし勿論、決して売ってなどいない水着。それは――――

 

「"4-3 ゆうき”――――スク水!それも旧スクだ、と…ッ!」

「ふふ、好きでしょ?秋人さん………知ってるんですから」

「美柑…――――っ!!大好きだ!」

 

小柄で全てが小作りな美柑によく似合うスクール水着、しかも旧スク。不審者のように鼻息を荒くする秋人。思いがけぬ突然の告白に目を見開く美柑。ソレを見ずに拳を作りうんうん唸っている不審者・秋人…――――イヤイヤ、やっぱスク水は旧スクだよな、唯!…そりゃビキニとかそんなのもいいかもしれんけどスク水と浮き輪はセットでな…と内なる唯とトーク開始

 

「秋人さん…大好きって――――ん」

 

栗色の髪を揺らし、頬も顔も、躰全身を赤らめるスクール水着の少女。二年前の水着のため躰に合わずキツいのか、美柑は躰に実る柔らかい桃の食い込みを直した。潤んだ瞳からは内なる唯は見えないが「ハッ!このドヘンタイ!いっぺん死ねばいいのよ!………スクール水着とわたし、お兄ちゃんはどっちが大事っていうのよバカァ!」と叫んでるだろうことを正確に予測していた。そして秋人はニヤけている

 

「好き、なんですか?秋人さん」

「…ああ!大好きだ!美柑!」

 

告白がもう一度。見つめ合う秋人と美柑。勿論、賢い少女はその言葉がどこを指しているか察している。しかし愛の告白は告白だし、きちんと”美柑”という固有名詞も得ている。そして録音も完璧にデキている。

 

「では着替えますね…覗いたらダメですよ?」

「…――――む。覗かないぞ、もう終わりか」

「秋人さんがはしゃぐから皆こっち見てるんです。さすがにちょっと恥ずかしいので…」

「あ、悪い…つい」

 

――――また今度、今度は部屋で見せてあげますから

 

シャッ、とカーテンが閉まる前。秋人はそんな嬉しそうな声を聞いた気がした

 

 

そしていよいよ目的地…7階のアクセサリー売り場――――の前。

 

 

次々ながれ、上へ自動で登りゆく階段。美柑と秋人はエスカレーターに乗っていた。

 

「…。」

 

美柑は秋人の背中を眺めながら胸を高鳴らせていく――――なんだかオモチャ買ってもらうの楽しみにしてる子どもみたい

 

「あの、秋人さん。楽しみですね」

 

秋人は後ろに居る…一つ下の流れに身を預ける美柑を振り返り言った

 

「ん?そうか、そう言ってもらえると嬉しいな」

「…ええ、ずっとこの日を楽しみに…あ、」

 

頭3つ4つ分、見上げる美柑は名案を思いつき…とととと軽やかにエスカレーターを駆け上がり

 

「ん?なにそんなに急いで…――――お」

「ふふ、私の方が背が高いですね。秋人さん」

 

ひとつ上の階段。その流れに身を任せる美柑は秋人を見下ろし微笑んだ。確かに美柑が言葉の裏に潜ませるように同い年くらいだ。

 

「確かに…――――随分成長したな、美柑。ちょっと見ない間に…」

「ふふ、そうでしょう?美柑(・・)の成長は早いんですから、あっという間に熟して甘くなるんですよ?」

 

確かに成長すればそんな笑顔が似合う美女になるだろう、流し目で艶っぽく微笑む美柑。秋人も見上げながら笑った。見上げる少女、美柑に答えられるよう――最上級の笑顔で

 

 

7階、ジュエリーショップにて

 

 

「コレ、カワイイですよね」

「うーん…正直、こういうのは俺、よくわかんねぇ……」

「そうなんですか…あれ、それは?」

「ん?これか…――――?なんとなく良いかな、と…」

 

秋人が指で掴んでいたのは星屑をあしらったシルバーリング。店内で数多くある指輪の中でも細くシンプルなデザインのものだった。秋人は無意識の内にそれを手にとっていた――――一昔前の冬、春菜から貰った"星屑のマフラー"そのデザインに近いものだと知らずに

 

「…――――それ、それにします」

「そうか?もうちょいいいのでも…――――」

 

こうして将来を担う、約束の指輪は決まった――――の、だったが

 

う、あたっ!――――突き飛ばされ蹌踉(よろ)めく秋人の声

 

秋人さんっ!――――手を伸ばし抱きとめる美柑の驚愕の声

 

へへっ!金めのモノはいただくぜ!――――手癖の悪いことで有名なヒッタクン星人の声

 

「うお!なんだ!宇宙人か!みんな!にげろ!」「きゃあああ!こわい!なんか武器みたいなの持ってるわよ!」「どけ!バカ!」「うわあ!こっちくる!押すなバカ!」

 

騒然となる店内。奪われたのは決して高価なもので無い指輪。だが美柑にとっては何よりも、店内に溢れるどの宝石よりも高価で確かな価値のあるモノだ。

 

「私の指輪を…――――ッ!!返せーッ!ゴラーッ!待ちなさぁあああああいッ!」

 

指輪物語のアングマール魔王もかくやの低い声をだし、美柑は走って追いかけた

 

 

3

 

 

――――"結城美柑、最期の日"

 

 

「チッ…あのナメた宇宙人…ナメっく星人……――――どこいったのかしら」

『美柑さん…その発言危ないと思いますよワタクシ…』

 

ぴゅ~と風を切る、空飛ぶ美少女――――"デビルーク王女コスチューム美柑"

 

――――ふくらみ始める入道雲って大好きな甘く冷たい…プロポーズした秋人さんと食べる予定だった―――

 

『美柑さん、あそこに!アレじゃないですか?』

「―――え?どこ?」

 

思考を断つしゃがれ声。ナメっく星人を走って追いかけていた美柑、途中でスペシャルアイテム"ペケ"を手に入れる。

 

ララの衣装データ収集をしていただけのペケであったが、鼻息荒く迫る美柑にガッシリ頭を捕まれ「カート的な乗り物でレースをする赤い帽子のヒゲとかのアイテム!キノコみたいね!ペケ!連打加速!!!」と血走った目で言われてしまえば手を貸さないわけにはいかないのだった。

 

「あ!居た!あんの傍若無人のぼーじゃっく星人…――――美柑フィンガーで爆熱させたろかしら」

『あの異星人、そんなギリギリに強くないと思いますよ、美柑さん…ワタクシ、考えがあります』

 

走り逃げる異星人を上空から見据える美柑。「え、なになに…」と作戦を話すペケに耳をかし―――――舞い降りた

 

 

「ゲ!その姿ッ!お前はもしかして…!」

「…さあ、盗んだものを返しなさい…。日常が平凡でいてほしければ、ね…」

 

作ったクールな無表情と声色。栗色のくせっ毛が風に靡く――――漆黒の戦闘衣(バトルドレス)、そのマントと共に

 

――――美柑は"金色の闇"にフォームチェンジ。ヤミは決してこんな気取った台詞は言わないが美柑にとっては言ってそうなイメージなのである

 

「お前はあの伝説の…―――――――って騙されるかぁあああい!」

 

体当たりの勢いで走り来る異星人――――"金色の闇"がこんなカワイイわけあるか!

 

「ゲ!バレた!?!ぺ、ペケ!トランス!」

『ゴメンナサイ無理です、イヤーダメでした。残念!次回をお楽しみに!』

「んな!なにノンキに言ってんの!あとで目潰し!…イヤ!あき…!」

 

慌てて叫ぶ、叫びを無視し"栗色のオレンジ"に向かってくるヒッタクン星人。トランス能力など持たない只の美少女な美柑。そんな中、一つだけ答えたものがあった。

 

「え、」

 

聞いたのは肉を蹴る音、そして

 

リト(ひと)の妹になにしてんだ

 

そんな呟きと共に。黒髪をゆらす、一人の青年が少女と異星人(デブ)の間に割って入った。

 

 

4

 

 

――――"雨にキスの花束を"

 

ポツ、ポツ、ポツ…――――ザ――――…

 

降りだした突然の通り雨。

 

もこもこと大きな入道雲は美柑の好きなソフトクリームのよう。降り注ぐ雨粒はきっと大きなキャンディーだ

 

「あ、秋人さん…」

 

雨濡れの少女。美柑が呟くように言う

 

「大丈夫か美柑?」

 

同じく濡れ鼠で心配気な表情(かお)の秋人――――自身の妹でなく、リトの妹であっても美柑は護るべき存在だ

 

「あきとさぁあああああああああんっ!!!」

「うおっ!」

 

そんな秋人に美柑はたまらず飛びついた。グワシッ!と胸に抱きつき、くるくるくると回る、水たまりを浮いたつま先が蹴り―――べしゃっ!

 

「秋人さん………私と家族になってください」

 

見つめる美柑の潤んだ茶色の瞳も、背を掴む手も秋人を捉えて離さない。秋人の顔に涙なのか、雨粒なのか分からない熱い雫がこぼれ落ちる

 

『…アキト、今度は私の"家族"になりませんか』

 

秋人の脳裏にヤミの声も響く、ふたつの問いに力強く答える。

 

「当たり前だろ」

 

「幸せにしてくれますか?」

 

「もちろん」

 

将来を誓う約束。こうしてこの日、結城美柑の姓は変わった――――目の前の男のモノへと

 

そんなふたりを狙う光線銃。

 

「ぐぎぃ…おのれちきゅうじんめぇ…!」

 

震える銃口が黒髪の男へ向けられ――――「ゲフッ!」

 

「……私の家族に銃を向けるとはいい度胸ですね…」

 

アキトを迎えに来たのか、それとも遂に不死身の結城リト(ターゲット)の始末を終えたのか。片手に傘を持ち、たい焼きを咥え、デブを踏みつけながら金髪のヤミ(最後の鍵)が登場する。

 

「ヤミさん!」「お、ヤミ…買い食いはイカンぞ買い食いは」

 

「アキト…貴方もよくするではないですか、いったいどの口が…――――おそろいですか?美柑、いいですね……似合ってます」

 

秋人を親友と同じようにジト目で睨むヤミ。ペアルックスタイルの美柑を見て頬を赤らめる、嬉しいらしい。

 

「あ、ヤミさん!ほら!練習の成果を今こそ!」

「い、今ですか…――――――――わ、解りました。いきますよ」

「うん!」

「?なんだよ?」

 

何やら目配せをしつつ打ち合わせる美柑とヤミ。美柑を立ち上がらせながら秋人も「…大丈夫です。やれます」と何やら息巻くヤミの前に立つ

 

「…アキト」

「なんだよ」

 

頬を赤らめ俯いたヤミ。それでもまだ足りないのか、傘で秋人の視線を遮る。直立し震えて拳まで握るその姿はいつもの儚げな雰囲気とは違い小動物のように弱々しい、一呼吸おいて決心したように顔と傘を上げ

 

「パパ…………ヤミは世界で一番パパが好きです」

「…………は?」

「ねぇパパ、つくって欲しいのです」

「え?は?プラモ?夏休みに牛乳パックとかで作る工作?」

「パパ、ヤミはもう一人―――家族が欲しいです‥……つくって」

「…は?どうしちゃったの?脳がやっぱりトランスしちゃったの?」

「パパ…――――どうして……。ママ」

 

「はい、なぁに?ヤミちゃん」

 

落胆し、肩を落とすヤミ。そして呼ばれた母のように慈愛に満ちた眼差しと声で答える美柑

 

「ママ――――パパがヤミをいじめるの…家族、つくってくれないって」

「それはいけないパパだね、ママがうんと叱っておくからね」

「…うん」

 

ヤミの小さな頭を撫でつけながらちらっと目配せしてくる美柑。秋人も「なるほど、演技か」と察する。同じ漆黒の戦闘衣(バトルドレス)を纏い、身を寄せ合う二人は母娘というより姉妹に近い

 

「パパ…たい焼きなくなりました。食べたいです…買ってもらってもいいですか?」

「…ああ」

 

早く正気に戻らんかい、またダークネスになったらどうすんだこのバカ。あといつの間に食い終わったんだよ!などと思いながら取り敢えず答える秋人、ヤミの頭には角が見え隠れしている気がして落ち着かないのだ

 

「ねぇ、ママもアイス食べたいな。あなた、買ってもいいかしら?」

「――――ああ」

 

美柑、お前もか。と思いながらなんとなしに答える秋人。「ねぇ、早く行こうよぉ…パパぁ」とくいくい手を引くヤミの甘々な雰囲気。そして美柑の優しく身を包むようなオーラに挟まれ秋人は更に落ち着かない。思考を断ちオートドライブモード――――聞いているようで聞いてないふりをする

 

「パパ、ヤミはたい焼きはつぶあんがいいです」

「そうだな」

「ママもつぶあん入りがいいな、ね、あなた」

「そうだな」

「…ヤミ、おトイレ行きたい。パパ」

「そうだな」

「ママが連れて行ってあげるね?あなた」

「そうだな」

「結婚してくれますか?秋人さん」

「そうだな…――――――――んンン!」

 

大変な約束をした事に気づき、目を見開いた秋人が見て、感じたものは――――潤んだ瞳にクリアビーズを揺らし飛びついてくる美柑、そして唇だった

 

 

 

 

 

黒色の、固そうな印象を受ける髪がシーツの海に沈んでいる

 

…――――すぅ……――――…すぅ…

 

眠りの海に沈む青年、頬に採れたての陽光が降り注ぎ――――

 

「…すぅ……すぅ…」

 

大きな真夏のオレンジからさんさんと発せられる陽の光は、今日もまた暑い一日となる事を十二分に示していた。

 

「ふふ……朝だよ、ねぼすけさん。お・き・よ・う・ね」

 

とりあえずの現状報告

鼻にかかった甘ったるい声を出し、

友人・幸恵のように顎を手とベッドの上にのせ静かに眺める

 

朝お決まりの一連の動作は一日の始まりの合図だ。

 

「起きて…ね」

 

やがて頬杖を崩し、以前より伸びた栗色の髪先で眠る主人の鼻を擽る。その指には奪い返した銀色の指輪が光っていた。

 

「うぅん…んー」

「ふふ、早く起きて下さいったら…かわいい」

 

文句を言う美女の唇には幸せそうな微笑みが浮かんでいた。眠る主人が身を捩り、鼻を擽る髪から逃れようとする。白いシーツがはだけると、だらしなくよれたパジャマ、それから昨晩首につけた所有印(キスマーク)がのぞく。あどけない寝顔は身体に疲れが残る美女とは好対照だ。

 

「ふふ、かわいい。こっちにも私がつけた跡…ふふ、結構おっきなのつけちゃった…あ。」

 

真面目な妻は自身の役割をしっかり思い出す、眠る主人をゆさゆさ揺らし

 

「いつまでも見てたいけど…今日はダメだよね、結婚式だもん。ほら、起きて下さい秋人さん、あなたったら」

「んん…ひとの話はちゃんと聞こう、うっかりとんでもない約束を…えっちぃ事も一日一時間…名人とのやくそく…だ、ぞ」

「何ワケのわからないこと言ってるんですか…もう、仕方ないですね」

 

こうなっては仕方ないので栗色の髪をトップで纏めた美女は強行手段に訴えることにした。眠る主人の耳元で囁くように言う

 

「あなた…きゃーるん、私、実はオレンジ星からきたオレンジ星人だったのー起きてくれないと"もう食べられない、気持ち良すぎてみかんちゃん死んじゃう"って満足するまで寝かさないわよ?」

「おはよう!おはよう美柑!」

 

残像が残りそうな速さで跳ね起きる秋人、流石に連日連夜の連戦はまずい

 

やっと起きてくれた最愛の人に、美柑は今日も一番の笑顔を魅せる

 

「おはようございます、秋人さん………いえ、あなた」

 

にっこり、幸せそうな微笑み。美柑の背後に広がるテーブルには湯気をあげる朝食たち。昨晩の疲れが吹き飛ぶような精のつく、元気になる料理たちだ

 

「今日もがんばってね、あ・な・た♡」

「ああ…ん?何をだ?」

 

うふふ、と意味深に微笑む美柑。少女時代と違う胸がエプロンを大きく押し上げている。スラリとしたプロポーションや長い脚はそのままだが全体的に成熟した雰囲気だ

 

「ふふ、さあね?ご飯食べましょ」

 

若妻の魅力をたたえた美女はゆっくり立ち上がり去ってゆく「なぁ、美柑、何をだっての…仕事とか、そういうのだよな?」と背中から聞こえてくる狼狽えた声がたまらなく嬉しいように、足取りは軽やかだ

 

「なぁ美柑、何をだっての…………お、うまそう。今日も豪勢だな」

 

子どもを欲しがる若く美しい妻、その夫は湧き上がった疑問も別の興味に流されたらしい

 

立ち止まり振り返りながら美柑は言った

 

「秋人さん…秋人さんさえいてくれたら、私は何もいらないです」

「ああ、ありがと。美柑…」

「だから………だから、ずっと一緒に居ましょうね」

「ああ、分かった。美柑」

 

しっかり頷く秋人、心からの同意に美柑も心からの微笑みを向ける。それはそれは世界の誰も見たことがない美しい微笑みで、

 

「秋人さん………大好きです」

 

頬を赤らめ微笑む新妻・美柑の立つ場所。足元に朝の陽が暖かく降り注ぎ、そして――――その場所は熱を集めるひだまりの場所だ。

 

しあわせ満開の笑顔と強い日差しを弾くクリアビーズ

 

 

――――今日もまた、熱い一日になりそうだった

 

 

 

                                   HAPPY END

 

 




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2016/05/27 一部改定

2016/05/31 タイトル、一部内容改訂

2016/06/23 一部改定

2016/07/16 一部シーン改訂

2017/07/11 一部改訂

2017/07/17 一部改訂

2017/08/09 一部改訂

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