貴方にキスの花束を――   作:充電中/放電中

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Re.Beyond Darkness 25.『世界最期の告白を――~Akito's Strike!Ⅱ~【中】』

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ンああああん!!!!ちょっと、りさ…!強いわよちぎれちゃうバカぁあああんんっ!!

 

 

「はぁっ!、はぁっ…、暑い、しんど…――い?なんかえっちぃ声が聞こえたような…唯か、な?はっ、はぁっ、」

 

"アタシじゃないわよ、勘違いしないでよねバカ"

 

内なる唯が代わりに答える。それに今度は秋人が答えなかった。

 

「はっ!はっ!はっ!はっ!っ!…くっ!」

 

それもそのはず、秋人はウォーターランドを無我夢中で走りまわっていた。

 

走り向かっている場所は秋人が気配を感じ、里紗が指差し唯と蹴飛ばしたおおざっぱすぎる方角。そして広大かつ大小様々な施設が入り乱れる敷地内でのこと、秋人には春菜の居る明確な場所は分からない。

 

終わる夏が残す熱、傾く太陽の強烈な日差し、おまけに全力疾走。心はともかく身体の方はもう限界だった。

 

「はっ!はっ!はっ!…っ!」

 

が、秋人の頭にはとにかく走る事しかなく――

 

「はっ!はっ!はぁっ!春菜…!どこだっての…――――っ!すいません!」

 

人混み溢れる彩南ウォーターランド。秋人は何度もその人だかりに肩がぶつかり、よろけて転びそうになる。それでも走る速度を落とすことも立ち止まることもなく懸命に走り続けていた

 

「春菜っ!――――っ!クソッ!はぁっ!はぁっ!どこだっての!」

 

彩南を夕陽が朱色(あけいろ)に染め上げる。黄昏に包まれてもウォーターランドは人でごった返していた。その多くはスポーツフェスに集う彩南高校生徒たち。最後を飾る一大イベントを待ちつつ遊び、愉楽に湧いていた。視界に映る人、人、人……、その中には春菜に似た髪型、似た水着の人物が幾人も居たが見間違う秋人ではない―――焦る頬にいくつもの汗が川を作り、滴った

 

「はぁっ!はっ!あついっ、どこだ!はる…はっ、はっ!はるっ、な――――」

 

走りながら、叫びながら探せば良いのかも知れないが既に息が上がり叫ぶことが出来ない。

 

春菜――――ッ!!!!

 

もどかしい現実に歯噛みして、秋人は心の内で声を上げ叫んでいた。内なる唯もこれには流石に耳を塞ぐ、だが決して文句は言わなかった。

 

 

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その時。

 

「…?秋人お兄ちゃん?」

「どうかしたのー?春菜ー?」

 

西蓮寺春菜は振り向いた。何だか誰かに呼ばれた気がしたのだ。しかし視線の先には楽しげにおしゃべりをする同級生たち。もしくは水遊びにはしゃぐ同級生たち。声をかけた人物も想い人も見当たらない。

 

夕焼けの茜に淡く色づけられ、跳ねる水飛沫はあの時の桜のようで――――

 

『…なんだよ、なに俺見てニヤニヤしてんだっての』

『んーん、なんでもないよ。それにニヤニヤもしてません。…ただ、お兄ちゃんだなぁー、秋人くんだなーって思って見てただけ…――ふふ』

『なんだそりゃ…』

 

一瞬、目の前の光景に過去の記憶が重なった

 

「………気のせい?でも…」

「ンー?どうかしたの春菜ー…―――あー、ナルホドー!」

「…ね、ララさん。きっと秋人お兄ちゃんもう近くに来てるよね?」

「んふふふー、はーるなっ♪」

「?どうかしたのララさん」

 

ララは目を輝かせ春菜を見ると、今度は先ほどの見返り視線をなぞるように重ねる。ララの動きを追随する春菜、重なる視線の先には…―――

 

「「…"天上院沙姫の華麗なる監修!彩南高名物セルフお好み焼き!オーッホッホ!貴方が焼けばいいのですわ!じわじわとなぶり焼きにしておしまい!わたくしのお手製を希望するなら価格は53万ですわ!"」」

 

出店の横。無駄に豪華絢爛な看板、イタリックな文字を綺麗なユニゾンで読み上げる二人

 

「んふふー、春菜ー!おなかすいちゃったんだね!私に作って欲しいだなんてー!食いしん坊なお兄ちゃんみたい!ふたりはやっぱり似たもの兄妹だねー!」

「え"?あの、違うよ?ララさん」

 

にっこり。天真爛漫な笑顔に一瞬だけ見えたエメラルドグリーンの瞳は喜びにキラキラと輝いていた。大輪の薔薇が弾けたような魅力を放つララ。目の前の美貌(それ)を春菜は呆けたように見つめ返した。誰もが見惚れるだろう無邪気な笑顔に当てられたわけではない、意図が解らなかったのだ

 

「もしかしてお兄ちゃんから聞いたのー?私がつくったお好み焼きが美味しいってー!んふふー!それなら私が焼いてアゲルねー♪」

「え?…あっ!い、いいよ!ありがとうララさん!気持ちだけ受け取っておくね!」

「いーからいーから♪エンリョしないっ」

「え、えっと…そもそも"貴方が焼けばいいのですわ!"って、お客さんが自分で作るってことだよね?」

「うんうん、私が作るからね!頼まれて料理するのなんてハジメテだよー!うーんとおいしいの作ってアゲル!」

「お客さんが作るんじゃ天上院先輩の監修も何もないよね?それに名物って初めて聞い…」

「ンふふふふ~ん♪さあ!いこー!」

「ちょっ、ララさん!ひっぱらないで!いいの!お願いっ!お腹すいてないから…!」

 

兄たる秋人のように話を変えようと試みるが全く成功せず、腕を引くララは年頃の少女らしい単純で単色なる笑顔を振りまき楽しそうだ。そしてそんな喜びにはしゃぐ愛らしいララに今更、

 

『違うの、秋人くんのこと考えてたの。ララさん』

 

などと言おうものなら()邪気な彼女は

 

『ホント!?やっぱり春菜も?じゃあ一緒に空から探そうか!ペケ!ウイング出力全開だよっ!ぎゅーーーーーーん!』

『きゃああああああ!』

 

くらいはするかもしれない―――春菜はララの内に芽吹く可愛らしい気持ちに気付いていた

 

「ね、ララさん…お、お願いだから…、ね?」

「ウン!春菜のお願いならいつでもお好み作ってアゲル!私に任せて!」

「ち、ちがうのララさん!そういうことじゃなくてっ…!ちょっ!あのっ、お願い…っ!」

 

経験者たる秋人から「ララのお好み焼きはフツーの人が食べたらヤバイと思う。たぶんだけど、なんかそんな気がする。アホしすにダークマター吸いだして貰わなかったら俺も危なかった」と聞かされていた春菜。ララを(いさ)めようとしていた穏やかな笑みを引きつらせ、

 

「いいの!ホントに食べなくて大丈夫だからララさぁああああん!!!」

 

夕の茜空に轟く春菜の絶叫、悲痛な想いはすぐ傍の無邪気なララにはなぜか届かなかった

 

 

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その時。

 

「…やるじゃない」

「フ…貴方もね」

 

満足そうに微笑みを交わし合う二人。

 

銀河最強の座を譲り受けた変身(トランス)兵器、金色の闇・ダークネス。そして美貌と知性で銀河を治めていたセフィ・ミカエラ・デビルーク元王妃は競い合っていた。ふたりの足元には惨劇の爪あとが所狭しと広がっている。セフィは丁寧に膝を折り、その残骸のひとつを手にとった。

 

「…この話、これまでドSで父を手玉に取っていた少女イヴが今度は逆に父に調教されてしまうシーン。お風呂場で繋がりながらの愛の告白は正直、とても興奮しました。」

「ふふん、でしょ?イヴの自信作なんだから当然じゃない。…あたしはねー、」

 

金の髪を変身(トランス)させ同じく足元に散らばる和紙――――丁寧な文字で書かれたセフィの作を手に取るダークネス

 

「ココのシーン、ピーチ姫が城から民衆へ向けて祝辞の挨拶をしてる時、その後ろでは婚約者であるはずのオータムと王妃が☓☓☓(ピ―――)してるのがイイね。ドレスを利用して繋がってるのを隠すなんてやるじゃない。王族ならではってやつ?」

「フフ、唇を噛み締め声を漏らす王妃が背徳的でしょう?」

「なに、その満足そうな顔。ムカつく…アンタもドSなのかドMなのかよく分からないよね。まぁ好きな相手にだけはドMになる淫乱ピンクのモモと同じだろうけど…ところでこのオータムって"秋"って意味だよね?…まさかパパの事じゃないよね?」

 

口元を優雅に隠し微笑むセフィと睨みつける金色の闇・ダークネスの闘いはまだ続くようだ。

 

 

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「はぁっ、はぁっ――――くっ!…ここでもない!」

 

飛び込むように辿りついた"流れるプール場"――――春菜は居ない。

 

代わりに今度はぽつりぽつりと人影があった。先ほどまで探し周った場所より随分少ない。どうやら別の場所で大きなイベントがあるらしい。移動する人の流れが目指す先と一致していた。

 

「ったく、なんでこう。もっと……!」

 

立ち尽くす秋人。握りしめる拳。落ちてゆく夕陽はひたすら眩しく、微かな陽炎の中を揺らめいている。

 

「ったく、なんでもっと早く…………………」

 

――――素直になれなかったのだろう

 

世界の全てが優しい茜色に染まっていた。

 

決して顔を伏せず、眩しさとやるせなさに目を細めて見る太陽。大きな夕陽は茜色の空に滲んだように広がっている。真昼より大きな、それはそれは大きな太陽。その日差しは柔らかく、夕暮れ特有の静けさに少しの寂しさを感じればそれは秋の気配だ。

 

夕陽は今も刻一刻とずっと先の遠い海へと、建物と山々で阻まれ見えない水面(みなも)へと沈もうとしている。

 

終わる夏の夕陽は何もかもを丸ごと包んで飲み込んで、何もかもを忘れさせるくらいに…

 

「…綺麗だ」

 

 なぁ、春菜…

 

傍らに居ない最愛の者に語りかける秋人。目に映る終焉の茜色に一瞬、秋人は過ぎた去った季節と邂逅する―――

 

 

 

 

「綺麗…ね、秋人お兄ちゃん」

「だよなぁ…」

 

傍らに居る春菜は桜を見上げ、目を細めた。

 

皆と騒いだ花見も終わり、今や公園に居るのは俺と春菜のふたりだけだ。昼間に酒も飲まずジュースで盛り上がった制服姿の一団は、周囲の目にはさぞかし異様にうつったことだろう。

 

しかし今は昼のどんちゃん騒ぎが嘘のように静かな夕暮れ時。

春とはいえ、日が傾くと肌寒い。大きく傾いた夕陽は公園も、すぐ傍にいる春菜も一緒に茜色に染め上げている。夕陽に染まった桜の影がどこまでも長く伸びていた。

 

友人たちは皆既に帰宅したが、俺はなんとなく去りがたい気持ちで公園に留まってた。此方の世界に還ってきたことをはっきり実感したかったのかもしれない。

 

そしてもちろん、春菜が俺を置いてウチへ帰るはずもなく、傍らに寄り添い微笑んでいる

 

「…なんだよ、なに俺見てニヤニヤしてんだっての」

「んーん、なんでもないよ。それにニヤニヤもしてません。」

「してるだろ、なーにが面白いんだよ?」

「ただ、お兄ちゃんだなぁ、秋人くんだなぁーって思って見てただけ…ふふ」

「なんだそりゃ…」

「ふふ、なんでも…――っくしゅん!」

 

春菜が可愛いらしいくしゃみをしたので俺は慌てて上着を脱いだ。春菜の細い肩にそっと掛けてやる

 

「悪いな、これ着てちょっと我慢しててくれ。それとももう帰るか?」

「ううん、私もまだ此処に居たい。上着ありがとう、お兄ちゃん。とっても暖かくなったよ」

「そうか、良かった」

「…でも今度はお兄ちゃんが寒くなったんじゃない?」

 

申し訳無さそうな顔をする春菜に俺は笑ってみせた。華麗なステップでダンスを踊り極力平気な顔をみせる

 

「フフ!こんな事もあろうかと!こんな事もあろうかと!俺はいっぱい着込んできたからな!…フフフ!『こんな事もあろうかと!』一度は言ってみたい科学者っぽい台詞だよなー」

「何それ、またヘンなこと言ってる…それにその踊りってラジオ体操?マイム・マイム?」

「いや、華麗でオシャレっぽいダンス…」

「プ、何それ…ちっともオシャレじゃないよ、お兄ちゃん…」

 

くくくっと小鳩のように喉奥を鳴らし微笑む春菜。「お兄ちゃんてやっぱりヘンだね」と笑って呟きなんだかとても幸せそうだ。ひらひらと桜が舞う中、目を線にして微笑む春菜

 

――――――――やっぱりウチの西蓮寺春菜が一番カワイイ――――――――

 

「…でも秋人くん(・・・・)。どうしてふたりで残ろうって言ったの?」

 

ウチの春菜が悪戯な微笑みを浮かべ聞いてくる。

 

しかしながら俺は「ふたりで残ろう」などと言っていない。それにこうしてふたりでいる理由など、コイツは分かっているクセに。清純清楚なウチの春菜は随分と性格が曲がってしまったらしい。全く、一体誰がこんな春菜にしたんだか………

 

「皆と一緒に見る桜もいいけど、やっぱり春菜とふたりで見たかったからな」

 

春菜の望み通り、正直な気持ちを告白する。少し照れながら言ってしまったかもしれない。

 

「あ、秋人くんったら…」

 

春菜は頬を赤らめ照れ笑い浮かべると、上着に顔を埋めてそっぽを向いてしまった。言わせたのは自分のクセに…慣れない悪戯するからだぞ、俺も笑って照れる春菜を撫でてやる

 

「…でも秋人くん、茜色の桜ってとっても綺麗だね」

 

茜に染まる頬を隠そうとして、春菜が同じ事を言う。見つめていた俺も視線を外し、春菜と一緒に桜を見上げた。

 

次第に色彩を失ってゆく世界で、茜色に染まる桜だけが可憐に咲き誇っている。

 

淡い色合いの桜は夕陽の色と交じり合い、柔らかい輝きを放っていた。静寂な夕暮れ時をひらひらと桜が舞い踊る――――…きっとそれは誰も彼もが見惚れるだろう美しき春の風景だ。

 

でも、そんな当たり前に綺麗な風景よりもずっと―――

 

「綺麗…ね、本当に」

 

夕闇が迫る中、茜色の桜を見上げる春菜は本当に美しかった。どこか幻想的で儚く俺の目に映る。

 

(綺麗だ。でも……)

 

淡い色の桜のように清楚で、咲き誇る桜のように美しく、そして季節が変われば散ってしまう桜のように儚げで――――そのまま春菜が、ふっと何処かへ消えてしまうような気がして俺は不意に恐ろしくなった。

 

一度生まれた不安は容易に消せず、闇雲な恐怖だけが膨れがってゆく、もしも春菜が俺の傍から消えてしまったら…

 

それは俺という存在がこの世界から消え去ることよりずっとずっと恐ろしい事で、

 

「…春菜っ!」

「きゃっ」

 

思わず声を掛けてしまう、それだけでは足りず彼女を強く抱き締めた。

 

「ああああ秋人くんっ!だめっ!こ、ここお外だよっ!」

 

目を白黒させる春菜の困ったような嬉しいような声が耳朶(じだ)に漏れ聞こえてくる

 

「は、初めてはその…!ちゃんとシャワー浴びて綺麗にしてからっ!今日ちょっと汗かいちゃってるし!それにベッドのあるお部屋がいい!お、お外でするのは流石に恥ずかしいよっ!」

「…一体お前は何考えてんだ春菜。…―――全く、うるさいっての」

 

あたわたともがく春菜をきつく抱き締める。暖かく、柔らかく、いい匂い…

 

綺麗なものはいい匂いがする。俺は単純なそれを法則化して桜のものなのか、春菜のものか分らない心地いい匂いと感触に身を委ねた。それでも心の奥には未だ冷えた恐怖がくすぶっていて…

 

…考えてみれば俺は春菜とリトを結びつけ、この世界を終わらせようとしていた。それは俺が元の世界へ還る為だ。しかしこの世界での異物たる俺が春菜と結ばれれば、結局今度はソレをきっかけに世界が終わってしまうかもしれない。

 

そうなれば、今この腕の中にいる春菜はどうなる?ララは、ヤミは、美紺は、凛は、唯は、ナナは、モモは――――――――――皆はどうなる?

 

(俺は、俺は本当に春菜を守ってやれるのか?)

 

そんな事を思うと堪らなく不安になってくる。自分がいかに非力な存在か、よく分かっているからだ。俺自身に特別な力など在るはずもない。大事な俺の春菜ひとり満足に守ってやる自信がない。

 

「落ち着いて、秋人くん…」

 

優しい囁きと共に春菜の手が背中に回される。暖かい掌の感触が俺を我に返させた

 

「…む。俺はいつでも落ち着いてるっての」

「肩、震えてたよ。秋人くん…私には強がらなくてもいいの」

 

身体を離そうとしたが、今度は春菜に優しく抱き締められていた。繊細で華奢だが春菜の腕に抱かれていると不安も、迷いも、何もかもが消し飛んで安らげる気がした。

 

「心配しなくても、私も、秋人くんも。何処かへ行ったりしないよ」

「…そう、だな」

「それに、私は何があっても秋人くんの傍にいるから…」

「…それでも、もし俺と春菜の仲を割こうとするやつがいたらどうする?」

「そのときは私がやっつけちゃうよ」

 

屈託のない笑顔で春菜が言い放つ。その言葉には迷いの欠片は微塵もない

 

「私は秋人くんが傍に居ないと、秋人くんが幸せじゃないと幸せになれないんだよ。だからどんな事があっても秋人くんとの生活の邪魔はさせません」

「春菜、強くなったんだな…お兄ちゃん嬉しい!」

 

何だか無性に嬉しくて、頭を乱暴に撫でる。すると春菜は力を抜き嬉し気に目を細めた。

 

(ああ、安らぐな。いつまでもこうしていられたら…)

 

ふと気づくと辺りはすっかり暗くなっていた。水銀灯が夜の桜を涼しげに照らし出している。青白い光りに照らされて桜がはらはらと雪のように降り注ぎ、俺と春菜の周りを一面真っ白い花弁で染めていた。

 

この調子だと見頃は今日で過ぎてしまうだろう―――そして、それは次の季節の幕開けだ。

 

「お、もう随分暗くなったな…。腹も減ってきたし、ウチに帰るか」

「うん。一緒に帰ろ、私たちの家に…。それにもっと肩の力を抜いて甘えていいからね、秋人くん。私だって秋人くんを支えてあげることくらいできるんだから…。」

「おう、ありがとな春菜。」

「う、うん。そ、それに秋人くんから色々おベンキョウしたし…その、ウチに帰ったら早速甘えてきても…抱き合うよりもっといっぱい甘えてきても…受け止めてあげられるから…、ね?」

 

上目遣いで見たと思ったら、ウチの春菜は顔を赤らめて怪しげな事をぶちぶち呟いている。

 

「んじゃあお言葉に甘えまして…」

 

春菜を抱いたまま身体の力を緩める、細身の春菜はぐらりとよろめいた

 

「きゃっ!ちがっ!秋人くんっそれはものの例えで…!ふぇっ!?」

 

いくらテニスで鍛えているとしても華奢な春菜に俺の体重は支えきれない。春菜はよろめいてそのまま桜の幹にもたれかかった。

 

春菜が幹にぶつかる寸前、手を伸ばし彼女を支える。そして俺の春菜を幹と自身の間に閉じ込めた。おこがましくも誰にも、何にも奪われないように…

 

そんな俺を春菜は黙って見上げている。その表情からは不安そうな気配はまったくない。全幅の信頼を寄せている顔だ。そしていつものように至らない俺を叱ってくる

 

「まったく、ものの例えってことくらい秋人くんでも分かるでしょ?それに私がこのあと何に期待してたなんてことも…もう、秋人くんのバカ」

「ハイハイ、悪かったっての。けど期待してた事なんて分からないし知らないぞ春菜。にしても『ふぇっ!?』って珍しい鳴き声だしたよな、凄くマヌケなお声でしたよ?はっはっは」

「…む。じゃあ秋人くん、桜の花言葉って知ってる?」

「桜の花言葉…?なんだそりゃ?」

 

首を傾げて春菜を見つめる。春菜は俺がそう答えると分かっていたかのように話を続けた

 

「"心の美しさ"、だよ」

 

春菜の頭に桜の花びらがひらひらと舞い落ちる。恐らく俺にも同じく降り積もっているのだろう。春菜が俺の髪に触れ、ひと撫でするとその手はなぜか頬に添えられた。

 

「ふーん、"心の美しさ"か。確かにそんな感じだな、綺麗だし…で?なんだよ春菜、何を笑ってるんだよ」

「ふふ、ね…秋人くん、これは知ってる?」

 

瞳の奥に(あで)やかな輝きを灯し、微笑む春菜がもう一度聞いてくる。

 

「何をだよ、流石に"これ"じゃ分らないぞ」

「綺麗なものを見つける為には、自分の中にも綺麗な何か(・・)がないと見つけられないってこと。つまり、この桜を綺麗だって見つけられた秋人くんには綺麗な()があるってこと―――…私は秋人くんの心はきっと、誰より綺麗なんだと思う」

「…それは言いすぎだろ春菜。それに心の美しさならお前に勝てるやつなんか―――」

「反論は認めませ、ん…っ!」

 

春菜は素早くそういって俺の唇を塞ぎにかかった。キスで言葉の続きを封じられそのまま抱き締められる。こうされては、最早抵抗など出来るはずもない――――甘く、痺れる愛の捕縛

 

首に両手を回す春菜が俺を捕まえているのか、幹と身体の間に閉じこめている俺が春菜を捕まえているのか。それは腰を抱きしめ返す俺にも、唇を啄むのに夢中な優等生の春菜にさえも分らないだろう。

 

「ん…、」

 

俺と春菜の周りには今も桜がひらひらと舞い降り積もっている。そんな音無き暗がりで、キスをする春菜の甘い唇の感触。顔に当たる柔らかな髪の感触。蕩けてゆく思考の中、やがて俺も春菜の愛を受け取る為、瞳を閉じた。

 

 

ぽむっ

 

「……いてっ、」

 

柔らかい何かが頭に当たる。

 

"コラ!いい加減ハレンチな回想から戻ってきなさいっ!間に合わなくなっても知らないわよ!鬼ぃちゃんのバカ!"

 

内なる唯の怒鳴り声。遠くからも同じく聞こえる「お兄ちゃんのバカ!」に秋人は閉じていた瞳を開いた。足元を転がるビニール製ドーナツ、頭に当たったものはどうやら浮き輪らしい。跳ね飛び転がった浮き輪がプールへ流れ浮かんでいる

 

「ん?あれはさっき唯が膨らませてた浮き輪じゃないか…?なんでここに…?」

 

"ぴ~♪"

 

内なる唯が鳴らない口笛を吹いた。きょろきょろ周りを見渡せば、真っ赤なビキニに覆われた量感あるハレンチ胸が目にとまる。

 

(唯が唯を呼んだのか、躰隠して胸隠さず…――――って難しいことやってんな唯…)

 

ヤシの木で身を隠しジトーーーッと視線を投げかけている唯。俺は見なかったことにする。何があったのかは知らないがビキニが半分ずれていて美味しそうなメロンが露わになっていたからだ。もしアレに気付いたらセミより煩い「ハレンチな!お兄ちゃんのハレンチ!ハレンチ!ハレンチな!ハレンチなのは駄目よ!でもお兄ちゃんからハレンチはほしい!バカ!私のハレンチ!ハレンチ!ハレンチ!ハレンチな――――――――ッ!!!!!」のハレンチ大合唱が始まってしまう

 

代わりに流れていた浮き輪を掬い上げ唯に放り投げた。

 

「あわわわ…!きゃっ!」

 

すっぽり。

輪投げの要領でハレンチな胸が覆われる。これでよし、相変わらずどっか抜けている妹だ。それで唯は俺の意図に気付いたらしい、ずれたビキニを急いで直し涙目になっている、マズイ。

 

「ッ!? !??? !? ハレンチっ!お兄ちゃんのハレンチ!触ってくれないのはハレンチ!」

 

 ハレンチな――――――――――――ッッッ!!!!!

 

"ああもうウルサイわね、ちょっとアタシがあっちにいって本体慰めてくるわ"

 

頼んだぞと頷き内なる唯に任せることにする。あと本体って言うな

 

秋人はかぶりを振って視線をプールへと戻した。ここからずっと見ていては比較的常識的な唯のことだ、いつまでも恥ずかしい思いを忘れられないだろう

 

「ふぅ…ったく、唯のやつ…少しは大人になってるのかね…」

 

足元の波打つプールは終わる夏を、夕暮れを縮小サイズで正確に宿し続けていた。今もこうして世界は少しずつ色を失ってゆく。終わりゆく一日は――――移り変わってゆく世界の姿はきっと今の自分の気持ちと同じだ。春菜の事、ララの事、ヤミの事。確かに大切だと思っていたが世界を終わらせてまで、覚悟の上でそれを口にする勇気はなかったように思う

 

だが今は、はっきりと自分の気持ちを叫ぶことができる。

 

「…。」

 

強い深愛は先程から頬と身体を熱く滾らせていた。ただ一人に向けられる想いは今の今も大きく膨らみ、ともすればそのまま叫び出してしまいそうだ

 

「ふん、春菜のやつ…俺の心を乱しやがって………お仕置きしてやる。」

 

お仕置きと称して、いっそのことこの小さな海に飛び込んでやろうか、と思う―――春菜をお姫様抱っこして。照れてもがく春菜を問答無用で抱き上げ飛び込めばきっと絶対楽しいはずだ。あとで春菜はきっと文句を言うだろう、でも嫌ではないはずだ。本当に嫌なら春菜はキッパリ断る。それにウチの春菜は俺がやろうとすることなど、いつでもお見通しのはずなのだ。だからもしも嫌なら飛び込む前に防いでくるだろう

 

普段は優しく穏やかな春菜だが、嫌なことは嫌だと言える勇気も行動力もある。そして何よりも誰よりも真っ直ぐで優しくて―――とても綺麗だ。そんな春菜を!

 

地を蹴り再び走りだす。だけれど今、ふたりで飛び込むのは出来ない、傍に春菜は居ないのだ

 

「はっ!はっ!はっ!…ッ――――!」

 

息が上がり、酸素を求め馬鹿みたいに開けていた口。それを親友である武士姫と同じく引き結ぶ、奥歯を強く噛みしめた。

 

『この世界で出来ない何か。それを成す為にキミは今、ココに居るはずだ!』

 

―――この世界で、出来ない何か…!

 

走りながら浮かぶ凛の言葉。何故かこの場所で、彩南ウォーターランドで。結城リトが皆に春菜たちに何か(・・)をしてモモの"楽園(ハーレム)計画"が始まった気がする。何をしたかまでは識らないが…

 

『この世界で出来ない何か。それを成す為にキミは今、ココに居るはずだ!――――そうだろ?秋人』

 

―――この世界で出来ない何か…………春菜、俺はお前と――――!

 

叫びたくなる想いを、今までの後悔だとかを、懺悔だとか迷いだとか決意だとかを。心の奥底に秘めていた大切なものと一緒に纏めて飲み込んだ。心と身体に滾る燃料が打ち込まれる。

 

秋人は走り、地を蹴り続ける足で真下、白いラインを強く踏みしめ一気に前へと―――

 

その時。

 

パンッ!!!

 

ピストルの弾ける音を聞く――――どこかで遂にスポーツフェスを飾る最後のイベントが、天上院の言っていた豪華懸賞付きの何でもアリのレースが始まったらしい。その弾ける音は冬の日に鳴らした爆弾クラッカーの音に似ていて

 

春菜――――!

 

『…何泣いてんだ馬鹿め、不遇ヒロインがいよいよ板についてきたか?』

『…ぅっ、ひっく、』

『ふん。心配すんな、お前が、【西連寺春菜】が捨てられる未来はない。不遇ヒロインだろうが"この世界"ではヒロイン全員が最後には幸せになるはずだ。最後には――――』

『…っく、ぅっ、』

 

 

春菜の泣き顔は嫌いだ。見るならあの時の、冬の日の結城家で鍋を囲んだ時のような幸せな表情がいい…―――

 

 

< お い し い ね >

 

――――お前が作ったんだろーが

 

< あ っ た か い ね >

 

――――できたてだし、鍋だしな

 

< ち が う よ >

 

――――何が?

 

ゆっくり周りを見渡した後、もう一度俺を見つめる春菜が優しく微笑む

 

< み ん な が い て >

 

< お に い ち ゃ ん が い て く れ て >

 

「…わかりづらいぞ、いい加減声出せ」

 

「私、今しあわせだよ、お兄ちゃんがいて、みんなとこうして鍋を囲めて、間違いなく今まで生きてて一番しあわせ…秋人お兄ちゃんも…幸せ?」

 

 

瞳を微かに潤ませ、嬉しいような困ったような笑みを浮かべる春菜。その顔を見たのは、実はこの時が初めてではなかった。

 

 

 

 

同じく冬の日。俺と春菜は学校帰り、ふたりで並んで歩いていた。

 

俺は補習、春菜は部活。一緒に帰る時間はいつもより断然遅く夕陽も既に沈みきり、辺りはすっかり暗くなっていた。青とも黒とも見分けの付かない不思議な色の夜空には白い雲が浮かんでいる。

 

「…お兄ちゃん」

「なんだよ」

 

ここまでずっと黙って歩いていた春菜。唐突に声をかけてくる。何かを深く考え、思い悩んでいた春菜に俺はこの時まで何も聞いていなかった。春菜が自分から言い出すのを待っていたのだ。何でもかんでも手を引いていては春菜が成長できるはずもない。この頃の俺は春菜の魅力を上げ、結城リトと結びつけることだけを考えていた。

 

「ララさんて、いい子…素敵な人だよね」

 

春菜が消え入りそうな声で呟く。歩みも止り、一人佇んでいた。

 

「…春菜」

「お兄ちゃん?」

 

俺は振り向き、思い悩む春菜を撫でる。らしくないぞ、と伝えたくてできるだけ優しく

 

「春菜、お前の悩み…それはリトの傍に居るララが真っ直ぐ気持ちを表現するから眩しくて、羨ましく見えるんだろう」

「…―――うん」

「俺に教えられて色々試してみるけど、リトのいちばんになれるか、本当に成長してるのかどうか良く分からない…そうだな?」

 

春菜は数瞬迷ったようだが、やがてコクンと頷いた。あどけないその仕草。真面目くさった顔に幼子のような仕草は清楚な春菜に不似合いで、愛らしい。こんなにカワイイウチの春菜が結城リトに貰われていくのかと思うと…――――思わず撫でる手に力を込めてしまう

 

パチッ

 

「…あ」

「…あ、悪い悪い」

 

髪留めがパチリと外れてしまう。俺は慌てて付け直す、大分昔からつけていたものらしい、その髪留めは随分年季が入っていた。もうすぐクリスマスだしプレゼントしてやるのもいいかもしれない。

 

「でもな春菜、皆誰でもすぐに成長できるわけじゃない。ララが羨ましいからって背伸びをして、ジャンプしてみたところで肩を並べられるのは一瞬だけだ。春菜にはトランスの翼も発明アイテムの翼もないんだからな。結局、自分の成長を信じて地道にやるしかないんだよ、そうすれば必ず報われる時が来る」

 

春菜は黙って俺を見つめ続けている。それから目を伏せ瞼を震わせて嬉しいような、困ったような笑顔で言った

 

「秋人お兄ちゃん…も?」

「?ああ、そうだな。だと思うぞ」

「うん…、わかった。ありがとう、お兄ちゃん…」

 

瞳の輝きは一瞬、だが強く。俺はそれを見逃さなかった。いつか消えてゆく者をそんな目で見て欲しくない。春菜には自分の幸せだけを考えていて欲しい

 

――――だから俺はあの時答えをはぐらかした。だけどな、ホントは――――

 

この場所にないはずの想い出。次々と展開される想いたち、更にスピードをあげられる燃料が加えれ

 

「ッ―――!」

 

――――ホントは、

 

追憶の欠片を集め、秋人は放たれた矢のように()け出した。凄まじいスピードで敷地内の狭いコース。カーブをスリップしながら突入し遊具と遊具の狭い隙間を一直線に駆け抜ける

 

――――春菜ッ!!!俺はお前が好きだ!ヒロインはいつだって一人だけのはずだろ!

 

誰かの為に、春菜の為に駆ける秋人に迷いはない。風を切り飛ぶが如く駆ける。通れば発動する"百発百中投げつけとりもちトラップ"さえ、当てられないスピードで―――

 

 

その時。

 

「…っ!」

 

西蓮寺春菜はララとの話を中断し、目を見開いた。清楚な美貌の横頬に、鮮やかな薔薇色が宿る。

 

僅かに濡れた瞳にはたったひとりの男が映っていた。

 

自分の元へ誰より早く向かってくる男の名は――――

 

 

その時。

 

疾走し狹まる視界、駆ける先に同じく走る背中が映る。そいつの名は――――

 

――――とにかく今は、とにかく今は、()よりも早く春菜の元へ急ぐのだ。走って、急いで、そして見つけて。あの白い手を掴んで捕まえて初の愛の告白をするのだ。受け入れられずとも構わない。何度でも立ち向かってやる、何故ならこの世界でこの俺こそが西蓮寺春菜の唯一の兄であり育ての親であり恋人なのだ。これはこの世界では既に決定事項であり、春菜の都合など知ったことではない。絶対俺が幸せに、毎日面白くておかしくて楽しく新しい日々を過ごすのだ。世界が終わろうともかまわない。そんなもの春菜と一緒に蹴散らしてやる

 

 

だから、だから目の前を懸命に走ってる奴がどれだけ純情でどんだけイイ奴だろうが―――!

 

 

「邪魔だッ!!!」

「おっ!うわあああああああ!」「ちょっ!きゃあああ!!」

 

力任せに引き倒す。

倒れたソイツの巻き添えで誰かも転びラッキーなスケベ展開が起こっていた。今まで気づいていなかったが、どうやら走っているのは他にも大勢おり男女問わず何処かへ走っているらしい。いつの間にか俺もレースに参戦しているらしい――――天上院のアホめ、聞いてないっての

 

「おお!西蓮寺先輩が1位の結城リトを倒したぞ!きたねぇ!なんでもアリってこいう事かよ!」

「こえええ!迫力ハンパねぇ!つーか早ぇ!スタート位置、たしか一番遠かったのに!」

 

疾走し見据える視線の遥か先からも、そして横からも。大きな歓声、悲鳴、批難の声が湧き上がる。

 

その中、

 

――――…くん!

 

その中に今一番に逢いたい、捕まえてこの気持ちを伝えなければならない、同じ黒髪の清純なる春菜が――

 

――――秋人くんっ!!!

 

見つけた!

 

「春菜ッ!!…―――うおおおおおおおおあああッッッ!!!???」

 

思いきり倒れこむ。

それは一瞬の油断。全力で疾走を邪魔するべくトラック内に仕掛けられた罠が、固いコンクリート製と見せかけ実はそうでなかった砂地が、捕獲用ネットが身を襲った為であり

 

「ぐ!いってえ!…クソっ!天上院のアホ!コロネ髪!んなもん仕掛けやがって!相変わらず空気読めない奴…!…ぺっ!口にも砂はいった!――――んぶっ!いて!ぐぎゃ!」

 

倒れ、ネットにもがく秋人を追い抜き踏みつける団体多数。秋人は幾人にも身体を踏みつけられる

 

 

「よっしゃあ!僕が1位になって未だ来ないモモ様のハートをゲットだぜ!」

「ふげっ!」

 

とVMC会長のヘンタイ中島にも

 

「すいません!先生!ララちゃんの元へ僕は!」

「ぐげ!」

 

と秋人をジャンプで爽やかに踏み越えるレンにも

 

「すいません!西蓮寺のお兄さん!」

「…」

 

と申し訳無さそうに謝り踏まないように走る、先程潰したリトにさえ――――追い抜かれて置いてゆかれて

 

「…ぺっ!ぺっ!クソッ、あいつら……っ!」

 

無様にもがく秋人は脚に絡まったネットに苦戦していた。見れば周りにも自身と同じようにトラップに足止めされている者たちが視界に入る

 

(急げばまだ間に合うはず…ッ!レースなんか、んなもんどうでもいいんだっての!でも春菜がリトに何かを、リトが春菜に何かをしようとするなら…――――俺はそれを全力で阻止してやる!)

 

「クソっ…!ったく!はずれろっての!」

 

焦りもがく秋人。視線の先、一塊の団体を飛び抜けて並んで走る2つの背中――――早い、周りの奴らとは違う何かを持ってるだけはある

 

――でもな、お前らがどんだけ凄い奴だろうが、純情でイイヤツだろうが、メモルゼ星の王子だろうが未来のハーレム王だろうが…

 

「負けて………………………………いられねぇんだよ!!」

 

固く握る拳で砂を掴む。解けたネットを蹴飛ばし弾けたように駆け出す秋人に

 

――――秋人くんっ!こっち!頑張って!負けちゃダメ!

 

騒がしい歓声の中から声が投げられる。周囲の盛り上がりは最高潮、もはや悲鳴に近いような歓声の中では春菜の声は百分の一以下に過ぎない。だが秋人にはしっかり聞こえていた。

 

「―――当たり前だ!!!!」

 

力強く答え、駆ける秋人に

 

「うおお!西蓮寺同士が生き返った!しかしモモ様は―――!神聖なる同士たち諸君!」

 

「「「「任せろ会長!」」」」」「ズバリ任せるべきでしょう!」

 

リトとレンの後を追う後続の団体、VMC会員一同。レースを諦め逆向きに走りだす――秋人を潰すため全員で襲い掛かる算段であった。

 

――――喧嘩上等!春菜と俺の間を邪魔するやつは絶対許さん!!!!!

 

――――"やっちゃいなさい!鬼ぃちゃん!"

 

「邪魔だッ!!」

「あぎゃ!!!!」

「どけッ!!」

「ぐはっ!西蓮寺パンチ、噂通りケンカも強い…ッ!あとは頼んだ同士た、ち―――」

「いいから邪魔すんなって、のッ!!あとお前!眼鏡借りるぞ!」

「ぐげっ!」

「あ、眼鏡を!!奪ってから殴るなどズバリ紳士でしょう…っ!しかしズバリ此処からさギエピ――――ッッッ!!!!」

 

迫るVMC会員たちに蹴飛ばし必死の(ツラ)を殴り飛ばし蹴散らす秋人。ひらひらと木の葉のように飛ばされるVMC会員たち。流石、春菜の兄だけあって精神が肉体を凌駕し凄まじいパワーを発揮していた。一番強く蹴飛ばされた的目はコースを塞ぐ会員達へぶつけられ

 

「ぐおおおっっ!」「うわああ!」「バカ!コッチ倒れてくんな…!うぉおああッ!!!!」

 

ズズーン…ッ!

 

地鳴りと悲鳴を上げてボーリングのピンの如く倒れこむVMC会員達。巻き起こる土煙、先にある砂地トラップに引っかかったのだ。

 

「―――はるなあッ!待ってろよッ!」

 

秋人はその土煙に飛び込み、這いつくばる屍の山へと駆け――――ジャンプ

 

「ぜったい告白してやるぞおおおおおおおおおおおおおっっ!」

 

高々と跳躍。夕陽が秋人の輪郭を朧に形どる。(よこしま)な、満足そうに笑う頬には土埃がついていて――――落下。

 

「「「「「……ぐげっ!!!!」」」」」

 

山となったVMC会員たちを踏みつけ立つ頂。逃げる3位と首位二人の背中を捉える。

"マジラブMOMOサマ"ピンクの羽織の会長・中島。そのほんの(わず)か先に肩を並べ走るレンとリト

 

――――よっしゃ、もう一回。覚悟せえやお前ら

 

「!…同志たちっ!なんて事だ!この無念は私が脳内で可憐なモモ様に半脱ぎスクール水着でたくさんの棒アイスをしゃぶらせて…」

「そんなもんはもうリアルにやったってっ!!!!の――――ッ!!!!」

「なんですと…っ!うぎゃああぁああ!」

 

中島の顔面に飛び蹴りを入れる。ついでに「チョコソースも身体に塗りつけてやったけどな!色白いからよく映えてたぞ!」と付け加え着地。地平の彼方までかっ飛ぶ中島に振り向き驚き、それでも走り続けるリトとレン。直ぐ様奪った眼鏡をかけ自身の前へと砂を投げる。勿論目だ、目を狙って

 

「っ!うぎゃああ!美柑!じゃない!う!目がぁっ!!」

「う!砂ぁっ!?へっくしゅん!――――…リトくぅうん♡やっと会えたね♡」

 

「うわぁあ!裸で抱きつくなよルン!う…!砂でよく見えない!」「見たいのリトくぅん、えっち♡「そんなワケあるかぁあ!」」

 

絡まり合う男女二人

 

そして

 

パァンッッ!!

 

「ゴォオオオーーーーールッッッ!!!!ですわッ!!オーッホッホ!一着はアホ馬鹿食いしん坊の下僕さん!流石、(わたくし)の下僕ですわ!褒めてあげますわよ!オーホッホッホ!!!…ぐげっ!」「やったー!お兄ちゃんオメデトー!!!」

 

地鳴りみたいな歓声。飛び交う罵声に文句や批難。頭が割れるくらいの大きな拍手。壮絶なレースの決着に観客たちが秋人へと雪崩れ込んでくる、駆け寄る少女たちも大興奮。そこに秋人は

 

「好きだッ!!!!!!!!!」

 

心からの叫びをぶつけていた。

 

「え…?」

「あら、ホント?」

 

突然の告白に唖然とした様子の美しき少女、美女たち

 

――――あれ…なんか、この展開識ってるような…

 

 




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2016/07/24 改訂・更新

2017/04/03 一部改訂・更新

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