貴方にキスの花束を――   作:充電中/放電中

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Re.Beyond Darkness 4.『届かなかった想い~First "if"Love~』

15

 

 

ササ―――――…ササ――――…

 

 

縁側から涼しい風と柔らかな日差しが射し込む部屋。

ただ一人意識のはっきりとしている私は、柔らかい黒髪を撫で梳いた。出会った頃より伸びた髪が指の間をさらさらとすり抜けていく……

 

それは掴みどころのない心のようで、

 

つんつんした髪は普段の態度のようで…―――――私はこの男に恋をしている

 

緑林に遮られて舞い込む風が涼やかに風鈴を鳴らし、畳が浴びる日差しも穏やか。

 

自然の静寂が私たちの部屋を満たしている…だが、私はどうしても胸の高鳴りを抑えることができなかった。

 

「ふぅ……」

 

気持ちを切り替えるようと瞳を閉じ、思考の海へと沈み込む。そうして私は、以前どこかで読んだ本のことを思い出した。

 

本には確か、「全ての物事には始まる"理由"があり――」とあった。読んだ頃の私はそれに深く同意していた。きっと主のことを考えていたのだろうと思う

 

しかし、今の私はそれに同意はしない。

 

愛を綴った詩集に「恋の始まりには"理由"はない、終わりに"理由"があるだけで――」とあったからだ。

 

つまり、"理由"が見つかれば終わりが始まる(・・・)という事だから。

 

うぅん

 

抱きしめる頭が不意にくずれた。薄く瞳を開け、男の様子を伺う。まだ眠っているようで、安心する。起きた時にどんな顔をすればいいのか、私はまだ持ち合わせがないのだ。

 

 

吐息が熱い。

 

真昼の外も暑いようだが、人の温もりは心地が良い……もう少しの間だけと抱きしめれば、男は気持ちよさそうに胸に顔を埋めた。

 

大きる胸は私には邪魔だと思っていたが、この男が気にいるならば話は別だ。もっと大きくなってほしい。胸の大きさで悩むなど馬鹿馬鹿しいと思っていたが人は変わるものだ。

 

「ん………、」

 

深く息を吸い、抱きしめる。近すぎる男の匂いに勝手に息が熱を帯びる。乱れ、はだけてしまった浴衣では男の感触は遮れない

 

伝わってくる体温がもっと欲しくて、ねだるように脚を絡ませてしまう。肌の白と浮かぶ汗が艶めかしい。

 

――なんてはしたない

 

瞳を閉じながら独りごちる。嫁入り前の娘が床で男を抱きしめ、脚を絡ませるなど、父上が見たら何と言うだろう……

 

でも、それも今はどうでもいいことだ。

 

私はもっとこの男に近づきたい。心のキョリは見えはしない。どれだけ傍に居ても届かない、伝わらない想いは確かにあると私は思うから―――

 

「う…」

 

気づけば私は頭を強く抱きしめてしまっていた。腕を緩めると、秋人は再び安らかな寝息を立て始める

 

触れる寝息が私の胸を(しめ)らせる。この部屋の少しばかり暑い、壁に掛けられた温度計は36度を指して動いていない。私の熱は今も高まるばかりなのに。

 

このまま私の熱は上がり続け、高まり続け、そして死んでしまうのだろうか。私の吐息に混じる熱は既に死に至る温度を越えている気もするのだ。

 

『山間の女、淫夢の中で熱い午後』

 

火照る身体と頭で今の自分に題をつけてみる

 

――やはり、私にセンスはないらしい

 

零れた溜息が秋人の黒髪を吹き、揺れ髪が鼻を擽った。

 

「これでは官能小説の題だ………ね、秋人…」

 

全身で秋人を抱きしめる。黒い頭を枕にして、私も眠りの海に身を沈めることにしよう

 

このまま秋人と同じ海に沈み、火照った躰を冷やしたい―――そう願いながら

 

 

16

 

 

「はぁ…猫ちゃ~ん、おいでおいで~」

 

わたしの様子を伺いながら小さな小さな愛らしさ全開の子猫ちゃんがスリスリと掌に身を寄せる。"癒やし"、これって"癒やし"よね…

 

「んーカワイイなぁ…」

 

にへらぁっとだらしない笑みを浮かべる……わたしだって好きでいつもツンツンしてるわけじゃないわよ、ただハレンチな行為や誠実さのない男子がキライなだけで…

 

「バイト代奮発して此処まで来て良かったわ」

 

傷心旅行に出掛けたわたし。貯めに貯めたバイト代を全部使って、山間にある古い伝統のある温泉旅館へやってきた。彩南町より遥か南。飛行機と電車を乗継ぎやってきたそこは流石と言った雰囲気。風情と趣ある景色を石畳を踏みしめながら歩く、竹林がさやさやと風に揺れ音を鳴らし、沿道の柳もしなだれて美しい緑林が広がっている。気持ち良い暑さと爽やかな風…うん、流石は超がつく高級宿がある温泉地なだけあるわよね、と独り呟いた。

 

「はぁ、初恋にするはず(・・・・・・・・)…だったのに…」

 

――――そう、あれこそは本にある夢物語に似た初恋だ。電脳世界での大冒険で結城くんに助けられたり、助けたり。ふたりで苦難の時間を過ごして深まった絆。その絆は……最後に美しい王女さま…ララさんを選んだ花屋、結城君に摘み取られ儚く散ってしまった。恋に憧れていたわけじゃないけど、いつかは私も恋して、結婚して、子どもを産んで―――って思ってた。その相手を初恋にする(・・・・・)つもりだったのに…

 

はぁー、と深々溜息。里紗に愚痴を話したけどまだまだ言い足りない。徹夜して朝まで(からか)いつつも慰めてくれた里紗には感謝しかない……けど

 

「どうして胸を揉みながらだったのかしら、」

 

もみもみと自分の胸を触ってみる。最近また大きくなってきた。"ハレンチボディ"里紗がそう名付けた身体……ちょっと揉んでみると…不思議と気持ちが……いい……んっ……あ……はっ!

 

「ハレンチな!わたしのバカ!なんで自分で自分の胸を揉んで気持ちよくなってるのよ!」

 

ボカボカボカと頭を叩く、ハレンチな!叫ぶ私――――里紗に毒されたらしい

 

『恋がダメになったら次にいけばいいっしょ♪それこそ一番の"癒やし"よねー』

 

笹の風に揺れる音から里紗の声が聞こえてきた気がした。

 

「そんなに器用じゃないわよ…」

 

――――器用だったら始めから素直に、正直に自分の気持ちを表現している。再び出会った初恋の先輩(・・・・・・・・・・・)とふたりで周った彩南祭でだって……。あの時、1-Aクラスで私は孤立していた。口煩く男子や女子の風紀を注意していたのがまずかったみたい。だからハレンチなメイド服姿で呼び込みなんて、一番やっかいでハレンチなお客さんに絡まれる仕事を回された。それも一人きりで……そこで再会した私達。再生を始めた時間。――――もしもあの時。きちんと素直に気持ちを示していれば違う未来があったかもしれない。そう思ったことは今まで何度もあった。

 

「…時間は優しい"癒やし"…ね、初恋には効果なかったけど」

 

重いキャリーバッグを引きずりながら予約した宿へ向かう。そこに忘れた(・・・)初恋の相手が待っているとも私は知らずに

 

 

17

 

 

すぅ…すぅ…

 

顔に感じる寝息と心地いい柔らかな感触…また春菜(・・・・)か。もぞもぞと腕を伸ばし、たおやかに(・・・・・)膨らんだ胸を掴む。掌サイズの小振りな胸は春菜のスレンダーな躰によくあっている。そういえばモモも同じくらいだったな……こうして揉んでやるとハリがあって心地のいい弾力が……――――大きいな。

 

恐る恐る目を開ける。徐々に覚醒していく頭。ドクンドクンと跳ねる鼓動。

 

すぅ…すぅ…、と頭の上で小さく薄い桃色の唇が開かれ寝息を立てている。――――その唇はいつもはきちんと閉じられ、開くときは俺を励ますか、叱責するか、解説するか……そのどれかだ。だからこんな穏やかな顔で、口を半開きにして無防備に眠る凛を見るのは初めてだ。

 

目を閉じる。眠ろう。それが一番だ。

現実から逃避するには睡眠だ。起きたら嫌なことが…いや、イヤじゃない。凛の浴衣は開かれ顔に感じるブラの固い感触、胸の柔らかい感触、腰に感じる太腿の感触……どれもこれも最高だ。もっと見ていたいし、感じていたい。きっと凛には浴衣が似合うだろうし、はだけた浴衣は扇情的だろうし…。……やっぱもう一回見とくか

 

薄く目を開ける…すぅ…すぅ…、と頭の上で小さく薄い桃色の唇が開かれ変わらず寝息を立てている。

こんな顔を凛が…静かで何事にも動じないような、ぴんといつも姿勢よく"凛"とした凛。でも今は無防備で、安心しきった、そんな顔で眠っている。

 

――――――俺は彼女に何かしてあげただろうか。

 

この世界に来て、春菜と出会って……凛に手を引かれて―――転がるように駆け下りた階段を今でも覚えている。そういえば礼の一つも言ったことが無かったな

 

手を伸ばし髪を撫でる。すぅ…すぅ…と眠る凛が微笑った気がした。分かるのだろうか?女ってコワイんだな…春菜なんか最近俺の思考を読むのだ。オシオキを担当するのはヤミ。何?君たちいつの間に仲良くなったの?お兄ちゃん困っちゃう!春菜の最近の口癖をパクる。ヤミにこんこんと腰に手をあて"妹"について語る春菜はおもしろい。正座するヤミもざまーみろ。痛いだろう?それ、長いからな、春菜のお説教は。俺もよくされるのだ――――――思い出して嫌な痺れを脚が思い出す…ああ、止めよう。ヤミ、悪かった。「じゃあヤミちゃん。お姉ちゃんの部屋に行こうね」から始まるお説教にヤミはいつもの無表情の上に引きつった口元。乾いた声で「…ハイ」と呟くように言うその気持ちが、誰より俺はわかるのに…

 

んぅ…

 

撫でつつ全く違う事を考えていると凛が起きたようだ。浴衣の白雪姫の目覚めだな

ふぁ…、と唇から吐息が溢れる、俺の前髪を揺らした。

 

「…おはよ、凛」

「…ん」

「起きたのか」

「…ん」

起きてないな。ぎゅうと胸に押し付けられる。

「ふぉきろりん」

「…ん」

ぎゅうううと胸に押し付けられる。口が柔らかい胸で完全に塞がれる。

「んー」

絡められた長い脚ががっしりとホールドする。

バンバンと甘く苦しい束縛に抗議の声を背に叩く。

「んー…?」

違うのか?とでも言いたげな甘えた蕩けた音。違うぞ、違くないが違う。今は。

 

閉じられた瞳がいよいよ開かれる。見上げる俺と視線が交わる。黒い瞳はとろとろと揺れている。―――徐々に理性の光がやどり、広がっていく――――…そんな様子を俺はずっと眺めていた。

 

「ぷはっ!おはよ、凛」

「…ああ、おはよう秋人、眠ってしまったようだ」

 

やや鼻にかかった声だが、口調ははっきりしている凛。まだ完全ではないようだ。がっしりとホールドは解けていない。なんとか頭だけ自由になる

 

「そうか、良かったな」

「ああ、布団に入ると私はすぐに眠たくなるのだが…今日はなかなか眠れなかった」

「なんで?」

「それは好いた男と同衾していれば眠れるはずが―――

 

――ないだ、ろ…キャ――――――――――――ッッッ!!!!!

 

バッ!と身を離し突き飛ばされる俺。おおぉう!!と畳の上を転がる。ゴンッ!と机にぶつかり止まった。「ぐぎゃ!」と真昼の和室に響き渡った。

 

はぁはぁと乱れた呼吸、同じく乱れた浴衣。

たぐり寄せる浴衣で身を隠そうとするが桜色の肌、伸びた脚は太腿を晒し続け、胸を抱くようにして秋人の視線から逃れるように四肢を隠す凛。合わせた太腿の隙間から純白の下着が覗く。

 

柔らかく縁側から光が凛に降り注ぎ、乱れた乙女の四肢を隠すこと無く露わにし続けていた。

 

「違うんだ!」

「っぅ…いてぇ…何がだよ」

 

後頭部を擦りながら叫ぶ凛のいろいろを見続ける。

 

「ああ!すまない!だ、大丈夫か秋人」

 

慌てて畳の上を四つん這いで近づいてくる凛

 

「いや、待て。いいから、大丈夫だぞ…隠さないでいいのか?」

「きゃあ!」

 

可愛い声。ばっと元の姿勢に戻る凛。ちっとも隠せてないからな、むしろさっきよりはだけて良く見えている。

 

「…ほらコレやるから」

 

近くに立て掛けてあった竹刀を凛へ投げる。凛の頭にコツッと当たり「あいた!」と可愛い声をださせた。

 

凛がぶつかったモノが竹刀だと気づいたのが1秒

立ち上がって竹刀を振る凛が13秒

深呼吸が2秒

いつもの落ち着きを取り戻した16秒後に"凛"とした凛は言った。

 

「おはよう秋人、昼寝とは随分とだらけているな。」

 

―――――――――――お前が言うな……

 

静かに苦笑いをこぼすが、何も言わない。最早肩に羽織るだけとなっている浴衣や、だらしなくずり落ちている帯。湿った胸元がテラテラと光を反射している事や、乱れ、結われていない髪が汗で口元に張り付いている事や、ブラの肩紐が片方ずれている事など触れないし言わない。「誘ってんのか凛」な状態だが、言わないからな。言ったら凛が可哀想だろ………あの可愛いキャーって悲鳴は聞いてみたい気もするが、

 

「ああ、そうだな…春菜にもよく言われる」

「全く。仕方のない男だ」

「わりぃわりぃ…、で何ココ?俺はどこ?夜に出掛けていたはずだけど?」

「ああ、それはな、実は沙姫様が…」

 

広い12畳程の和室で転がされた俺。縁側の近くに敷かれた布団から大分離れていた。こちらへと歩み手を差し出す凛。見上げた先で大きな胸が溢れそうに揺れる…ちょっと見えただろ、まずい、このままじゃ全部ぽろりしちゃうんじゃないのか?

 

「ああーっとその前に凛、前を隠せ」

 

あ、しまった。

 

「うん?前……あ―――――

 

キャ――――――――ッッッ!!!!!

 

ゴスッ!!!っと振り落とされた竹刀で俺の意識が暗転した。…結局凛に礼の言葉を伝えられないままだったな、と完全に気を失う前に気づいた。

 

 

18

 

 

「遠路はるばるようこそいらっしゃいました。」

 

深々と頭を下げる上品な和服に身を包んだ老女将、舞台の一部のように古く年季の入っている旅館に馴染んでいる。

 

「いえいえ、温泉はとっても癒やされますから」

 

同じように笑顔でお辞儀をするわたし。礼には礼を、当然の礼儀。バッグを恰幅のいい中年の男性が丁寧にわたしから受け取った。

 

「まぁ、礼儀正しい。素敵な女性のお客様ですね…こちらへどうぞ」

 

スリッパ代わりの下駄を用意されミュールを履き替え後に続く。長い木製の渡り廊下をカランカランと音を鳴らし歩く女将とわたし

 

「…なんだか違う、遠くに…―――別の世界に来たみたいです」

「あら、そう言っていただけると嬉しいですね」

 

女将さんは落ち着いた声でそう言いながら部屋へと案内を続ける。わたしは自分の言葉に再び初恋の相手に想いを馳せた。再び出会った初恋の先輩は別の異世界から来た男となって、自分の想い出は別の記憶。理解すると昔の想い出たちは消えたが、代わりに異世界の男への想いと思い出が鮮明になった。本来そうだったのかわたしには分からないけど、姉の元カレに好意を寄せる事を良しとしなかったわたしは、それが別のものだったと知り、もしもあの時、想いを伝えていたら…と"もしもの初恋"を発展させていた。真実を識り、気づいた時には全てが遅かったけど…溜息が溢れそうな唇を結びかぶりを振って思考を過去から現在へと向け直す。

 

「本日はもう一組ご予約が入っておりますが、古手川様のお部屋からは離れておりますので、どうかお気兼ねなさらないで下さいね」

「はい、ありがとうございます。」

 

笑顔で応じるわたし。女将さんが立ち止まったその部屋が今日泊まる場所みたい。

 

「では、どうぞごゆっくり…」

 

引き戸を開ける女将、木地色の戸がカラカラと音を立てる。部屋の中へ入るわたしは―――こういう感じが"異世界"へ来た感覚なのかしら、と呟いた。

 

 

19

 

 

「おはよう秋人」

「……凛か」

「ああ、気絶していたようだぞ」

お前のせいでな。

「そうだったのか」

「ああ、心配していた、気がついて何よりだ」

 

布団に一人、寝かされていた俺が横を見ると、凛が一部の隙もなく藍錆色(あいさびいろ)の浴衣を身に纏い正座で"凛"として控えている。いつもと違い結い上げられた長い黒髪はまとめられてお団子のようになっていて――――温泉旅館仕様の凛だな

 

「んー…よっと…!」

 

元気に跳ね起きる。ポトリと額に載せられた濡れタオルが落ちた。

 

「で、ココ、どこ?」

 

モモの"今週のハーレム王対決経過報告"に向かおうと夜道を歩いていた、気づいたら凛と布団に居たのだ。…俺も凛と同じ藍錆色(あいさびいろ)の浴衣を着ている。温泉旅館仕様の凛…温泉?ん?着替えた覚えがない。凛に絡みつかれていた時から浴衣だった気がする。

 

「ああ実は、沙姫様が―――」

 

『凛、貴方の恋を恋愛女王(クイーン)であるこの(わたくし)が全面的に応援致しますわ!』

『え!?あ、あの沙姫様…』

 

「いい加減そろそろ進展がなければ大変なことになりますわ!」

「いや、あの私はそんな…い、いつから知って…?!」

だまらっしゃい!とピシャリと、沙姫は言う。傍らの綾の眼鏡が光を反射した。恋愛女王(クイーン)の沙姫は最近放送されているテレビドラマにドハマリしていた。そのドラマの内容とは…

 

〚お前のことなんかゼンゼン好きじゃないんだからなっ!〛

~あらすじ~

子どもの頃から兄妹のように育った主人公としっかりものの姉御肌な幼馴染。ある日父親の再婚で一つ年下の妹が主人公にできる。幼馴染と妹の間でゆらゆら揺れる主人公。妹は病的に兄を慕うが、兄はそんな妹に困惑する。なぜなら妹はとてつもなく可愛い天然美少女だからだ。誘惑に負けそうになる主人公だったが、それを美しい大人っぽい幼馴染が(いさ)める。波乱の日常の中で主人公は誰を選ぶのか―――

 

というもの。

 

「妹よりの展開ですわね、綾」

 

ポリポリとせんべえを齧りながら沙姫が傍らの綾へ言う、午後九時半。沙姫の部屋にやや呆れた声が響く。テレビでは妹が主人公のパンツの匂いを嗅いで恍惚としていた。

 

「…まぁ姉や幼馴染は、ぽっと出の運命的な出会い方をした女の子にずっと好きだった人をとられてしまうのが定石ですよね、沙姫様」と、恋愛小説やドラマをよく見る綾は眼鏡を押し上げて言った。

 

「しっかりものの姉御肌で、甘えベタ。残念ながら可愛くないですよ」

「…まぁ、そうですわね」

 

バリッとせんべえを齧る音が響く洋室。繰り広げられるテレビドラマでは、幼馴染が主人公の事が好きだがそんな素振りは見せず、パンツの匂いを嗅ぐ妹にドキドキしてしまった主人公に《バカ!ゆうくんはお兄ちゃんなんでしょう!しっかりしなさい!》ときついビンタかましていた。グーで。主人公は壁に激突。次々と壁を破り三軒となりの家で止まった。

なかなか腰の入ったいいパンチでしたわね、喧嘩女王(クイーン)の沙姫が呟く。部屋には弛緩しただらけた空気に包まれていた。

 

「そこへ甘え上手な妹が現れたら主人公はそっちに行きますよね、幼さが残っていて隙がある…幼馴染の隙がない分強調されますし、大抵しっかり者はいつもやられ役―――」

 

やれやれ、と首を振る綾は、気づいた。沙姫も気づいた。目を見合わせ頷いた。

 

―――こうして"匿名武士娘の恋の応援団"主催の、人知れず人里離れた宿へぶち込みましょう、アホの下僕が早まる事でしょうから、おーっほっほ、流石は計略女王(クイーン)天条院沙姫の隙の無い素晴らしい計画ですわ!題は"温泉宿でしあわせを掴む武士娘、それを助ける華麗なる天条院沙姫の活躍"ですわ!……が実行されたのだった。(春菜)から切り離してしまえば()もなんとかなるだろうと、テレビを真に受けた些か乱暴な計画案だったが…そこは流石の喧嘩女王(クイーン)、沙姫である。無謀です絶対邪魔が…と伝える冷静な理性など横四方固め。こうして夜道を歩く秋人は拉致され、深夜に呼び出された凛は冒頭のように"応援"され今に至る。

 

「―――と言うわけだ。まぁ費用もかからないし安心してほしい」

「そうか、天条院のアホがか」

 

凛の分かりやすい解説を聞きながら部屋を見渡すと、落ち着いた趣ある和室に煩わしい邪魔なモノをみつける。

 

「こら、沙姫様を悪く言うんじゃない」

正座を崩さない凛が咎めるように言うが、困っている声音だった。

 

「いや、アホだろ」

ベリッと掛け軸を剥がす。そこには筆で「凛。大切なのは既成事実ですわ 式は任せなさい  恋愛女王 天条院沙姫」と書かれていた。せめて名前を隠せバカ、ベリベリと破いてゴミはゴミ箱へ

 

「温泉あるんだろ?温泉行こうぜ温泉」

「…ああ、別館にあるようだ、行こう」

 

向き直ると、やっぱり気になっていたのか、凛は安心したような、悪いことをしてしまって申し訳ないような微笑みを浮かべる。天条院が書いたものをどうしていいのか分からなかったのだろう。

 

「おんせんおーんせん♪楽しんで~♪単純温泉硫黄の匂いがキツイの~♪」

「なんだ?その妙な歌は」

凛が形の良い眉を寄せる

「温泉のテーマ」

腕組みをして正座の凛を見下ろす

「?」

「いいから歌え凛、おんせんおーんせん♪楽しんで~腰痛リウマチ火傷にも効果があるの~♪」

弾みながら歌う

「おんせんおーんせん楽しんで…ようつうリウマチ火傷にも効果はあるの~」

凛もやや弾んで歌う

「ヘイ!」

「へい」

パンッと凛とハイタッチする。凛は困惑顔で応じてくれた。

 

「…秋人はいつも楽しそうだな」

「温泉は好きだ!楽しみだな!凛!」

 

その手を掴み、凛が立つのを促せる

そうだな、私も実は楽しみにしていた、と微笑む凛の結い上げられた髪が弾み、絡んだ手に応じた。

 

――――今度は俺が凛の手を引き、共に楽しい世界へ舞い降りたい。平屋の旅館に階段がないのが残念だが、たぶんきっと、どんな高層ビルでも届かないような見渡しきれない楽しさに溢れた場所へ連れていけるはず、今の俺には春菜やララ、妹たちと皆の絆があるから

 

 

20

 

 

「はー、癒されるわねー…」

 

カコーン…と鹿威しの音が響く露天風呂。源泉かけ流しのその温度はやや高く、数刻まえに入った唯の躰は既に桜色に染まっている。

 

「うーん、でも一人はやっぱり寂しかったかしら?里紗でも誘ってみればよかったかな」

 

でも胸揉むのよね…あれは何とかならないのかしら、と浮かぶ膨らみに視線を下げる。

 

『好きな男の指を想像しながらぁーおっぱい揉むとおっきくなるんだよねェー♪』

 

本当にそうなのかしら、と恐る恐る手でつかみ揉んでみる……んっ…あっ……せんぱ…ハレンチ……な…だ…めぇ…

 

「おーい…どっか具合でも悪いんですかー?」

 

湯場に声なき悲鳴が轟いた。あの時みたいに自分の世界にいた私。声をかける初恋の人。あの時再開した時間が再び流れる音を聞いた。

 

――――それが自分の嬌声まじりの悲鳴だったなんて私ってハレンチよね…

 

 

21

 

 

「おー、スゲーな…さすが貸し切り。さすが金持ち。」

 

もくもく湯気を上げる露天温泉は川沿いに岩で囲まれ作られていた。奥の方は綺麗な小川が流れている。白いにごり湯がそこが温泉であると示している。…緑と青の景色はきれいだな…竹林が広がり空を見上げると青い空。雲が左へとやや早く流れる。風が強いらしい、竹がササー…と靡く音を立てる。そして鹿威し。これぞ日本の温泉、露天風呂といった光景だ。ん?なんか人がいるのか?この昼間に温泉とは粋だな!真の温泉好きとみた、気分が優れないのか妙に艶めかしい声が聞こえる……ん?大丈夫なんだろうか、声をかけるとそれは女で…は?女?

 

「え?!せせせ先輩!?」「は?古手川じゃん」

 

ザバッと立ち上がる古手川唯。タオルを湯船につけるのはマナー違反だし、ふむ。。。。全裸か、

 

……凛と同じくらい?……アレが入るの!?とそれぞれ謎の感想を思った。

 

「で?何?ここ男湯なんですけどミス・ハレンチ?」「は!?そんな…?え!?」

 

あと一組しかいない(ほぼ貸し切りね)→この時間だし誰も入ってない露天風呂にいこう(泳いだらダメ?)→ふんふ~ん温泉♪温泉♪癒やしの温泉♪(女湯か確認しなかった)→……。(秘密)→全裸で指さし確認(現在の状態を)の唯。

 

こっちが男湯、こっちは女湯だ……覗くんじゃないぞ…家族風呂以外は混浴じゃないからな(ジロリ)はいはい(ひらひら)→温泉だー!やっほい!でっかい!広い!よし。泳ごうそうしよう(うきうき)→誰かいるな(邪魔だし、どいてもらおう)→全裸で指さし確認(凛との違いを)の俺

 

「あ…きゃあ!ハレンチな!」

「イヤイヤ…おかしいだろそれ」

 

ふぅ、と温泉に浸かる俺とザブン!と浸かる唯。白いにごり湯が俺たち二人の肢体を隠す。唯の胸は隠れきっていなかったが…

 

「なんで此処に!?先輩」

身体を抱きしめ睨む唯…寄せた胸が余計に浮かぶ

「ん?招待されたのだよ…フッフッフ」

チラと見ながら顔に湯をかける。ごしごしと顔をこすると硫黄の匂い、温泉の香り

 

「なにそれ…本当?」

「ホントだっての―――」と、理由を話す。

 

全部話終わると古手川唯はやけに落ち着いた口調でそうですか、とだけ呟いた。

 

「ん?なんだよ」

 

そういえばふたりきりになるのは彩南祭以来初めてだな。これまでロクに会話したことなかった。なぜか分からないが……黙りこくっている唯。切れ長の瞳で俺を一瞥すると、視線を外して白い湯を見つめた。髪はタオルで纏められていて温泉で傷まないようにされている。なんだか誰かに似ている気がした。

 

「…先輩はお姉ちゃんの事、識ってるんですか?」

「は?姉?お前の?」

「…先輩はお姉ちゃんの事、どう思ってたんですか?」

「は?お前に姉が居んのか?兄貴じゃなくて?」

「答えてくださいッッ!!!」

 

再び唯が立ち上がる。タオルで巻かれた髪が一房落ちて頬にかかった。切れ長の瞳は泣きそうな程に潤んでいるが、真っ直ぐに睨みつけていて鋭い視線で俺を刺した。

 

「識らないよ、どう思ってたのかも分からない。」

 

真っ直ぐ見つめ返し、答える。

 

「そう、ですか…」

 

何をそんなに怒っているのか、何がそんなに悲しいのか。唯の頭からタオルが落ち、湯に浮かぶ。白いタオルが白い湯にゆらゆらと流されていく――――

 

「じゃあ先輩を好きになってても良かったんですね…異世界とか、非常識にも程がありますよ…」

ん?

「…なんでもありません。」

ざぶっと湯に浸かる唯、長い黒髪も湯に浸かった。

「昔、先輩によく似た人が好きだったんです、たぶん」

「…。」

「でもその人はお姉ちゃんの恋人で…気分屋のお姉ちゃんはすぐにフッちゃったんですけど…私は気になってて」

「…。」

「それから高校に入ってもう一度出会ったら……後から識ったんですけど。その人は別人で、違う人だったらしくて、でも全然違和感がなくて、でも気になってて」

なにがだろう?

「気づいたら目で追って探してて…真実を識った時には……馬鹿みたい。」

なにが言いたいのだろう。

 

話している唯にも解っているのか、解るように話したくないのか。しっかり者の風紀委員らしくない独り語りが続く。笹の擦れる音と、時折響く鹿威しの音。自然の静寂の中をゆらゆらとタオルが流れていく。

 

「"理由"って必要なんです、私は理屈とか、法則とか、規則とかが好きですし。形よく整ったものが大好きなんです」

「…ああ、だろうな。そんなタイプだし」

 

理屈っぽく背伸びをして注意する姿が生き生きとして唯には似合うと思う。

 

「でも、よくわからない。心は、ままならないものですよね…」

 

だろうな、と頷く。うまくいかない。春菜やヤミもそんな感じだ。俺も…だった。思わず苦笑い

 

「だから、初恋の"理由"探しを手伝って下さいね、先輩」

「…。」

 

なんで俺が、と唯を見る。唯はギロッと釣り上げた瞳で俺を見ていた。――――なんだか懐かしい気がした。

 

――――はいはい、手伝ってやるよツンデレめが。誰が"詰んでれ"よ!ハレンチなクセに!ツンデレだぞバカ。あ、お前そういえばデレたとこないよな……可愛くねー、なに?出れ?まだ浸かってたっていいじゃない!温泉好きなのよ!はぁ、このコ、アホのコだったのね…よよよ…誰がアホのコよ!

 

―――煩いぞ秋人!温泉で暴れるんじゃない!

 

隣の女湯から凛が怒鳴るまで俺たちは言い合いを続けた。春菜と同じくらい慣れたようなやり取りをする俺と唯だったが、俺も唯も違和感を感じない。

 

こうして唯の"もしもの初恋"が幕を開けた。流れた白線が何処へ流れ着くのか。それはまだ誰もしらない。

 

 




感想・評価をお願い致します

2016/10/10 一部改訂

2018/01/25 一部改訂

2018/07/05 一部改訂

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【 Subtitle 】

15.死へと至る不治の病

16.傷心、転じて…?

17.昼下がりのあれこれ

18.異世界からの来訪者

19.退かぬ、迷わぬ、ためらわぬ、ですわ!

20.効能:ハレンチ

21.取り戻した恋の路


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