貴方にキスの花束を――   作:充電中/放電中

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Re.Beyond Darkness 九条凛END 『この世界で、行けない彼方【前】』

この世界で、どんなに恋する少年・少女も待ち望んでいる結末がある。

 

ふたりは出会い、求め合い、愛しあい、時に切なく、時に甘い、幸せな物語を紡ぐだろう

 

くるくるとまわり繰り返されるそれは輪舞曲(ロンド)、ネバーエンディング・ストーリーというものかもしれない

 

しかし恋物語にも定番がある、落ち着くべき場所、辿り着く場所があり、

 

その場所は毎朝訪れる陽の光のように暖かく、そして―――

 

 

 

 

 

 

「どうぞ。沙姫様」

「ええ、ご苦労ですわ凛」

 

九条凛がリムジンのドアをうやうやしく開く、するりと身を乗り出し天上院沙姫は校門前へと降り立った。

 

「沙姫様、おはようございます。今日もお美しいです」

「おはよう、綾。あら、わたくしが美しいのは当然ですわよ」

 

フッと高飛車で勝ち誇った笑みの沙姫を藤崎綾が出迎える。沙姫たちの後ろでは凛が車へ"行っていいぞ"と手で合図を送っていた。

 

「では行きますわよ、凛、綾」

「「はい、沙姫様」」

 

始業開始15分前、この日も天気は快晴だ。清浄なる朝の日差しを踏みしめ、従者を伴なった天上院沙姫がゆっくりと歩む、迷いのない足取りは優雅そのものだ。沙姫と共に歩む凛と綾の穏やかな美貌が沙姫の高貴さをより引き立ている。遠くでは学生たちが「天上院先輩も黙ってたらお嬢様っぽいのに…」と羨望(?)の眼差しで見ていた。

 

これが、いつもの朝の風景。天上院沙姫たち三人の優雅なる登校風景………………だった(・・・)

 

「はぁっはぁっ!まに、あっ、たっての!」

「ふぅ、間に合ったぁ…もう、お兄ちゃんのせいなんだからね」

「…昨日よりは早く着きましたね、なかなかのタイムでした。アキト、やるじゃないですか」

 

後ろの方が騒がしい、振り返ると案の定いつもの三人が居た。肩で息をする秋人と穏やかに微笑む春菜、満足げに頷くヤミの三人だ

 

「お前はいっつも途中で飛んで楽しやがって…っ!はぁ、はぁっ…!」

「…仕様です」

「おかわりするのはいいんだけど、ちゃんと学校に遅れないようにしなきゃ、ね。毎回走って行くのは身体によくないよ、お兄ちゃん」

「妹の春菜は息も乱れていないというのに…ダラシないですよアキト」

「テニス部のエースと一般人一緒にすんじゃねぇっての!それにだな、俺だって本気で走ればきっとすげー速くてだな、高速でバビュっと…」

「…言い訳ですね」「うん、言い訳だねヤミちゃん」

「ぐっ…!お前ら…!」

 

何やら言い争う三人の男女。ぎゃーぎゃー文句を言う秋人をヤミは冷ややかに見つめ、春菜が優しい笑顔で(なだ)めすかす。これもいつもの朝の風景、沙姫の下僕であり沙姫が"チョット"だけ気を許す友人・西連寺秋人たちの登校風景だ。

 

「まったく…あのアホ下僕。わたくしの下僕らしくもう少し優雅に登校出来ないのかしら…ね」

「全くですね、沙姫様。」

 

そんな三人を遠目に呆れる沙姫、頷き同意する綾。しかしもう一人の従者が反応しない、いつも傍にいる気心知れた従者は"凛"とした眼差しで三人を見つめていた。

 

「凛、どうかしまして?」

「………………いえ」

 

沙姫から見える彼女は確かにいつもの"凛"とした凛だ。聡明な光を宿す純黒の瞳、透き通るような白い肌と風に靡く一つ結び―――なるほど、名は体を表すとはよくいったもの、厳しくも美しい横顔からでは思考が読めない。

 

しかし、沙姫と凛は歯が生え変わる前からずっと一緒にいるのだ。彼女が今何を考え何を望んでいるかなど沙姫にはお見通しだった。

 

「ほら、いってきなさないな、凛」

「…え」

「喧嘩を仲裁してきなさい、あのように校門前で騒がれては見苦しいですわ、このわたくし、天上院沙姫の優雅なる朝にふさわしくありませんもの」

「沙姫様…」

 

主である沙姫の気遣いを言葉裏に読み取ったのであろう、困惑顔で凛は沙姫と騒ぐ三人を、秋人を交互に見比べて

 

「かしこまりました、沙姫様……………ありがとうございます。」

 

ペコリと一礼し三人へ、秋人へ向かって駆けてゆく

 

「騒がしいぞ!お前たち!喧嘩は良くない、どうせ秋人が悪いのだろうが…今日は何があったか話してみろ」

 

三人の輪の中へ一人の少女が加わる。そこには先程までの"凛"と大人びた従者は居ない、年相応の怒り顔をする少女が居た

 

「凛!おはよ、俺は悪くないっての!」

「おはよう秋人。まったく、お前たちはいつも騒がしいな…今日は秋人以外が原因の喧嘩か?」

「あ、えっと…あはは、おはようございます。九条先輩」

「また新手が…アキトのせいですよ」

 

騒ぐ秋人を手で制し、(さと)す凛。春菜は困ったような優しい笑顔で笑っているが、ヤミは相変わらずの表情だ。秋人を野次っているのだろう、背後から何かを呟いている。沙姫には四人がぴったりはまったパズルのように思えていた。

 

「それにな凛!俺はおかわりするんじゃない!させられてるんだっての!」

「…どういうことだ?春菜」

「わ、私は特に何も…お兄ちゃんが「おいしいおいしい」って言うから…その、」

「だから次々おかわりを食べさせる、"わんこそば"といったものに近いですね。春菜は確かにやりすぎです。」

「や、ヤミちゃんひどい!私ばっかり悪いみたいに!ヤミちゃんだって嬉しそうにお味噌汁注いでたのに!」

「う、嬉しそうになんてしてません!」

「ウソ!ニヤニヤしてました!耳もぴくぴくしてたもん!お姉ちゃんちゃんと見てたんだから!」

「『味覚の掌握は最優先事項』と美柑に教わったからです!そういうのではありません!」

「思っいっきりそういうの(・・・・・)でしょ!」

 

「ということで俺は悪くない。罪人はこの二人だ、凛、懲らしめてやりなさい」

「はぁ…どっちもどっちだな。しかしこういう場合は殿方が責を負うべきだぞ、秋人」

「あだっ!」

 

結局は騒ぐだけになる四人。凛がどこからか竹刀を取り出し秋人を小突く、頭をかばい膝をつく秋人に春菜が駆け寄り「お兄ちゃん!大丈夫!?」と頭を撫でる。ヤミは「攻撃の動作に淀みがありませんね。素晴らしいです」と小さく拍手を送っていた

 

「まったく…凛も素直ではないのですから、下僕のもとへ行きたいなら行きたいと言えばいいですのに」

「ふふ、全くですね。沙姫様」

 

溜息をつく沙姫に同意する綾。凛が何やら秋人へ説教をしているようだが――――唇は笑っている。親友である沙姫も綾もなかなか見れない楽しそうな凛の笑顔だ。

 

「……あのアホ下僕のどこのなにが良いのやら、わたくしにはさっぱり分かりませんけれど。凛が幸せなら万事オッケー!…という事ですわね。行きますわよ、綾」

「ですね、沙姫様。凛は置いていきましょう、待っていては遅れてしまいますから」

 

沙姫はわざとらしく肩を竦めて踵を返す、主と全く同じ仕草をした綾も共に歩みだした

 

「頭殴るなよ!バカになったらどうすんだっての!」

「その痛みで少しは反省しろ秋人、だいたいキミはいつもいつも…」

「大丈夫、腫れてないよお兄ちゃん。それにお兄ちゃんは殴られる前も大概(・・)だったから心配しなくていいよ」

「春菜さん……………………なんだか最近俺への当たりが強くなってきた気がするんだが」

「それはアキト、貴方が目の前で九条凛とイチャついているからですよ」

 

「ふぅ、まったく。やれやれですわ」

「…ふふ」

 

相も変わらず騒ぎ続ける四人の声を背中に聞きながら、沙姫の唇にも微笑みが浮かんでいた。

それは従者であり固い絆で結ばれる凛と綾の二人でさえ稀にしか見ない"高貴なる令嬢の微笑"だ

 

優雅に登校を終える沙姫と綾に、チャイムの音に慌てて駆け出す四人の男女。

 

 

――――これは最近見かけるようになった朝の光景であった。

 

 

1

 

 

「神にーさま!大変です!」

「ふあぁあ~…なんだっての、眠い」

「神にーさま!わたしですね!"でぃーぶぃでぃー"というものを"れんたる"したいです!」

「…すれば良いんじゃないか、ってか大事な睡眠学習中に起こすなっての」

 

授業終わりの休み時間、机に突っ伏し寝ていた秋人に村雨静が声をかけた。彼女は学年もクラスも別だが、時々こうして秋人の元へやってくる。クラスメイトたちも最早見慣れた光景であるので特に騒ぎ立てもしない

 

「どこで"れんたる"できるのでしょう??わたし、最近こーんな感じで身体を手に入れたのですけれど、身体にも今の生活にも慣れなくて…それで現代(いま)の生活を"どらま"で勉強しようと思ってるです!えっへん!もむもむ!」

「自分で自分の胸を揉むんじゃねえっての!ハレンチだぞ!…御門先生(ヤブ医者)あたりに薦められたのか、いいんじゃね、何見るんだよ?借りるなら一緒に行ってもいいぞ」

「ありがとうございますです!神にーさま!見るならもちろん"時代劇"です!チャンバラです!ぜひとも"暴れん坊な将軍様"や"ご老公様"が出るお話を見たいです!」

「それじゃ意味ねぇだろうが!」

「ひう!」

 

相手が年下の女子でも容赦ない秋人、お静に正座&説教している。彼は春菜に対してもそうだが自分をよく見せようと取り繕う事をしない。そんな裏表のない彼を慕うものは数多く居た

 

「…まったく、アホ下僕の周りはいつも騒がしいですわね」

 

頬杖をつきながら呆れ眺める沙姫もそんな一人である

 

「まぁ、西連寺秋人もああ見えて面倒見は良いですから、慕われてるんでょうね」

「アホで食い意地が張っていてアホでバカでわたくしの凛を大切にしないドアホな下僕が慕われる………………"彩南高校七不思議"のひとつですわね」

「ふふっ確かにそうですね、凛の場合はわかりますけど」

 

微笑む綾が視線を廊下へ向ける、沙姫もそちらへと視線を向ける。

 

「…ふむ、成程。それならばこういった方法はどうだろう?」

 

廊下では凛が女子二人となにやら話し込んでいた。話の内容は沙姫たちには聞こえなかったが、いつもの"凛"とした凛と見つめ合う女子たちは緊張した様子だ、表情が強張っている。だがそれは凛を恐れているわけではなく、彼女たち自身に(・・・・・・・)問題があった

 

「…また相談されてますね、凛」

「凛は信頼できますし、何と言ってもこの天上院沙姫の大親友ですもの。慕われるのは当然ですわ」

「凛、カウンセリングの資格とかもってましたかね…?」

「さあ?持ってなかったと思いますわよ」

「…今度試験を受けさせてみましょうか、案外すんなり合格したり…そこから私と同じ資格マニアに目覚めてくれると嬉しいのですが」

「綾、貴方は沢山の資格を持ってますものね、クレーン・デリック運転士の資格なんてマニアックなものも…」

「はい、いつか何かの役に立つと思って…趣味で」

 

思い悩んでいた事が解決したのか、表情が明るくなってきた女子二人。それを眺めていた沙姫はチラと綾に視線を向けて

 

「フ…貴方の趣味は面白いですわね綾、いつもありがとう」

 

沙姫は綾へ微笑みかける、綾は恥ずかしげに頬を染め「いえ、こちらこそ沙姫様」と笑顔を返した

 

仲の良い主従の二人。綾と沙姫が出会ったのは、いじめられていた綾を助けたことがきっかけだ。それから主従として行動を共にしている、そこから綾は本当によく頑張ったのだ。体力がないぶん一生懸命勉強し沢山の資格をとった、他ならぬ沙姫の役に立つ為に。沙姫はそれをよく知っている

 

「ところで面倒見がいいあの二人…凛も西連寺秋人もある意味似たもの同士ですよね」

「同意したくないですけれど、まぁそうですわね…ん?」

「似てる者同士惹かれあうってことですかね………どうかしましたか?沙姫様」

 

沙姫は傍らの綾をまじまじ見つめた。凛と違い、綾は普通の一般人だ。天上院家と関わりある者ではないが彼女はとても優秀である。

 

一般人だが優秀な従者であり友人。そして沙姫に関わったものは、更に言えば従者となったものは優秀に育つ――――凛と"似たもの一般人"である秋人(アホ下僕)も、鍛えれば立派な従者に育つのではないだろうか。もしそうなれば"凛"とした武士娘も素直になるのでは…

 

「綾!わたくし良いことを思いつきましたわ!」

 

あまりの名案ぶりに輝く沙姫の笑顔。彼女の脳裏では燕尾服を着こなしキリリとした秋人(アホ下僕)と頬を染める"凛"としていない凛が並び立っていた。

 

「なるほど!流石は沙姫様!早速実行しましょう!」

 

主の笑顔に名案の全貌を見たのか、闘志をたぎらせ頷く綾―――"匿名武士娘・恋の応援団"の野望はまだ潰えてはいないのだ

 

「「ありがとうございました!九条先輩!」」

「ああ、助けになったなら何よりだ」

 

そんな"匿名武士娘・恋の応援団"の野望を知らない"凛"とした武士娘は少女たちに笑顔を向ける、照り返しに光る廊下は三つの笑顔をいっそう優しくさせていた。

 

「…だろ?そうすりゃ早いし、楽だっての。俺がな」

 

窓際の青空を背にニヤリと邪に笑う秋人。もちろん彼も"匿名武士娘、恋の応援団"の野望を知るはずもなかった。

 

「さすが神にーさまです!メアさんにとり憑いて操ってネットの海で情報収集なんて考えもしなかったです!早速実行しますです!」

 

物騒過ぎる発言が爽やかな青空を突き抜けてゆく、

 

「オーホッホッホッホ!わたくしの日常に愉悦を!日常が退屈でヒマなら楽しみを作ればいいじゃない!ですわ!」

「流石沙姫様!まるでどこかの王妃みたいなセリフですね!」

 

物騒過ぎる発言に沙姫の高笑いが重なり、明るい教室に響き満たしてゆく――――

 

 

つまりは、これが全ての始まりだった

 

 

2

 

鹿威し。

 

石灯籠。

 

五重塔。

 

池に鯉。

 

そんな由緒正しい日本の庭を持つ九条家。厳格な居ずまいの住居は古き良き日本家屋だ。

月明かりに陰を帯びた厳かなる屋敷は、住むに相応しい少女を迎え入れていた

 

「ただいま戻りました。父上」

「おかえり、凛。今日もご苦労であったな」

 

時刻は深夜一時、仕事を終え家に帰ってきた凛を和服姿の九条戎が出迎えた。嫁入り前の娘が帰ってくる時間ではないが、凛の仕事は天上院家の一人娘、沙姫の護衛である。就寝時まで連れ添った後、交代に引き継ぐのだ。戎も執事長として日々多忙だが、娘が帰るときはいつもこうして待っている。

 

「今日は何も変わり無かったかい?」

「はい、特には………いつもの沙姫様でした」

 

本当はとても大きな出来事があったのだが、アレ(・・)はいつもの沙姫の発案である。背を向け靴を脱ぐ凛は父にだけは言わないことにしていた。凛の父である戎はとても有能だが、娘を溺愛し時に冷静でなくなる、執事長の権限をフル活用し凛の為に尽くすのだ。しかも凛が望んでいない方向に…

 

「しかし、この"西連寺秋人"という男を新たな執事にするとは…沙姫様にも困ったものだな」

 

ポトッ

 

凛は思わず脱ぎかけの靴を落とした

 

「緊急事態にアルバイトを雇うならまだしも、正式な執事として雇うらしい。フフッ、これだけなら私も笑って済ませたが……‥これはいけないな」

「ち、父上?」

 

父である戎の声が地を這う如く重く低くなってきたことに凛はまさか、と思った

 

「フフッ、安心しなさい、凛。父はここに至って極めて冷静だよ、劉我様も困ったお方だ。天上院グループも暇な企業ではないというのに」

「ち、父上、その、落ち着いて下さい」

「更には"凛の婚約者にする"と総帥から正式な通知も来たよ。私が引退したら跡を継げるよう育てて欲しいそうだ。SHI・KA・MO私との顔合わせから結納、結婚式場の手配などもう済ませているらしい…ッ!」

「ち、父上…!あの、落ち着いて深呼吸を!これは、その」

「あの総帥(バカ)BU・CHI殺されたいようだなァッ…!決して"飼い犬に手を噛まれる"など生易しいものでは済まさんぞッ!」

「父上!お願いですから落ち着いて下さい!…ん?これは…」

 

なだめようとする凛の眼前に一枚の上質紙が突き出された。見ればそれは確かに天上院グループ総帥・天上院劉我のサインと捺印までされた正式な指令書。劉我の茶目っ気なのか文の最後に『従者の幸せを願うとは流石沙姫、天晴(あっぱれ)である。善の女神も裸足で寺に駆け込むであろうな。戎よ、孫が楽しみであるなフハハハハ!!!』と手書きで添えてあり――――グシャッ

 

「あ!」

「フン、あの娘バカめ…!こんな紙切れ一枚、決して現実になどしてやるものかよ」

「ち、父上!いい加減落ち着いて下さい!」

「隠密部隊"影"をこれへ!天上院家を影から守ってきたのは我々だッ!主の愚行を許すなッ!」

 

「「「「「「「「ハッ!」」」」」」」

 

戸惑う凛を尻目にどこからともなく黒い"影"たちが舞い降りる。忍装束に身を包み全身黒一色、メン・イン・ブラックの特殊部隊が古き良き日本家屋の内外に結集していた。

 

「既に全員集結しているだと!?しかも"突撃仕様"じゃないか!父上は本気だ…ど、どうすれば…」

 

世界有数の大企業である天上院グループ・護衛部隊"影"。つまりは企業が持つセキュリティ・サービスである。スタッフは厳格な実力主義に勝ち上がった猛者でしか構成されず、装備は一見簡素なものに見えて特殊な武器・防具がセットされている。"突撃仕様"とは、対テロ仕様の武器防具を備え一個人で重戦車大隊まで撃破できる武器を所持する過大(・・)戦力であった

 

「…仕事ですから、仕方ありませんね」

「フッ…この眼は闇がよく見える」

 

驚き固まる凛の耳に真っ黒の中から知った声が聞こえてきた

 

「しかしこの俺を呼び寄せるとは…今夜の暗殺(パーティー)は盛大なものになるらしい、"組織"が感づかなけりゃいいがな」

「…組織?未だに貴方を狙う組織などあるのですか?」

「フッ…"金色の闇"知っているか?このセカイを構成している数字は"12"だ。12で構成される時間、12ヶ月の1年、12ある星座と12の神…俺のナンバーは13(サーティーン)。12に1つ加えられた数を持つ俺はセカイの1つ上のセカイに居るのさ…狙う敵も多くなる」

「…質問とズレた答えが返って来てイラッとしました。貴方も相変わらずですねクロ」

「フッ…"金色の闇"と踊る夜があるとはな、まだまだ俺の日常に退屈な真昼は来ないらしい」

 

見ればやはり声の主は戦闘衣(バトルドレス)を身に纏うヤミ、その背後に立つ黒ずくめの男は――――

 

「秋人!?いや違うな」

「九条凛、この勘違い男とアキトを一緒にしないで下さい。確かに見た目は似てますが全くの別物です」

「そうだ、別物だ。ヒトはヒトリヒトリ違う、俺と同じ存在がこのセカイに在るはずがない。俺の存在を認められるのは俺だけだ」

「ヤミ!どうして君までココにいる!?うしろのその男は?」

「私は面白い情報(・・・・・)を耳にしたのでアルバイトに来ました。この勘違い男はクロ。頭はアレですが腕は確かです、頭のリハビリに連れてきました」

「"金色の闇"、俺達はセカイの(ことわり)から外れた者だ。今更常識(ルール)など通用しない」

「……………私にはさっきから彼が何を言っているか分からないんだが…」

「大丈夫、それが正常です。」

 

ヤミの背後に立ち、なぜか背中越しに会話するクロ。クロは顔立ちも髪の色も秋人によく似ていたが、雰囲気は似ても似つかない程禍々しい。話す言葉は病的で理解不能だが、居るだけで威圧される空気を纏っていた。確かに只者ではないらしい

 

「それにしても、アキトの同意もなく天上院沙姫と結婚が決まるとは…流石に娘として私も納得いきません」

「沙姫様と秋人が結婚!?一体何のことだ!?」

「知らないのですか、九条凛。悪の秘密結社TJグループが天上院沙姫とアキトの結婚を目論んでいるのですよ」

「TJグループ…?天上院グループがそんな事を?」

「フッ…いつの時代も政略結婚なんてものはある。それを阻止とは随分と青臭い仕事だが、たまには悪くない」

「しかも今夜中に阻止出来なければ法的にも結婚が認められ、その事実を世界に向けて発信し公にも認めさせるようです。つまり、決戦は今夜。私たちの仕事は秘密結社TJグループの壊滅。日が昇るまでがタイム・リミットです」

「フッ…失敗すれば陽の出と共に新たなセカイが始まり、そして終わるのさ…"金色の闇"の初恋がな」

 

ぱあんっ!

 

金色の大腕がクロを襲いクロは盛大に吹き飛んだ。宙を回転しながら庭園の鹿威し、石灯籠を派手に破壊し五重塔にぶち当たって動きを止めた。距離にして10メートルを水平に飛んだ姿はさながら交通事故にでもあったかのようだ

 

「「むぅ…」」「なんたる早業、やはりあの少女只者では…」「我らの対戦車バズーカと同じ威力であったな」

 

流石の特殊部隊"影"たちも突然始まった身内同士の戦闘に動揺している。誰も岩の下敷きになるクロの身を心配しないことが悲しい。"影"たちも若干ウザいと思っていたのだろう

 

「…すいません、九条凛。綺麗な庭を壊してしまいました、あとで直させますので」

「あ、ああ…」

 

にっこり。

 

年頃の少女らしいキレイな微笑みを浮かべるヤミに凛は二の句を告げられず黙ってしまう。

確かに壊された庭の方も気がかりだが、凛にはすぐにでも確かめなければならないことがあるのだった

 

「ヤミ、その分かりやすい秘密結社名と秋人が沙姫様と結婚などという情報は誰から聞いたんだ?」

「"プロフェッサーK.K"という人物からのメッセージで知りました。」

「ほう、"プロフェッサーK.K"か…なるほど。」

 

九条(K)(K)は鋭すぎる娘の視線に耐えかね目を逸らした。

 

「メッセージを私に届けてくれたのは"神の使い・サイレント"という人物。この人物は銀河ネットを荒らしまくっていて、かなり高い情報処理技術を持っているようです」

「"神の使い・サイレント"…?そちらは聞いたこともないな」

「怪しげな人物でしたが、私にクロの現状を知らせるあたり只者ではありません」

「…"金色の闇"勘違いするなよ。アレは罠に嵌められたんじゃない、此方からワザと乗り込んだんだからな」

「チッ…もう回復したんですか…壊した庭を直しておきなさい、クロ。それに罠というのはオリハルコン製のフライパ…「わ、分かった!ソレ以上は禁則事項だ!"金色の闇"!」…」

 

派手に吹き飛ばされて瓦礫に埋もれていたクロだったが、いつの間にかヤミの背後に立っている、相変わらず会話はなぜか肩越しだ。凛はそれにはまったく触れずヤミへと話を続けた

 

「…ところでヤミ、その秋人と沙姫様が結婚というのが嘘だったらどうする?」

「嘘だったら……ですか?」

「ああ」

「そうですね…まずは"プロフェッサーK.K"を始末します」

 

九条(K)(K)は冷たすぎる声音に肩を震わせた

 

「そうか、偽の情報に踊らされたのだからそれはまあ当然だな。ところで私は"プロフェッサーK.K"という人物は知らないが、そこでコソコソ逃げようとしている九条戎は私の父で執事長をしている。」

「執事長…天上院グループで二番目に偉い人物ですね」

 

九条(K)(K)は冷酷な殺し屋二人に睨まれ動けない!

 

「その執事長、九条戎がどうやら秋人を執事として雇い入れたいらしくてな、給料も普通より多く出すし、仕事もそこまで難しいものではないし…どうだろう?秋人に伝えてもらえないだろうか」

「…分かりました。子飼いの執事となればそう簡単に結婚はできない、という策ですね」

「ああ、そうなんだ。よろしく頼む。その間にプロフェッサーK.Kについても調べておこう」

「フッ…策士だな、そういうヤツは嫌いじゃない」

「家族旅行の資金を稼ぎたかったのでちょうど良かったです。早速アキトに伝えてきます」

 

「では、失礼します。」と殺し屋・金色の闇(とクロ)は飛び去っていった。すっかり元通り綺麗な庭園から"凛"として見送る凛。手にはいつの間にか朱い刀剣(・・・・)が握られていた

 

『御主人、どうしやすか?そこのキツネ男はとりあえず斬り刻んで細切れにしやすか?』

 

意識の中に声が響く、それは言わずと知れた銀河大戦負の遺産"ブラディクス"の生まれ変わった姿"ブラディクスver2.0"――従来以上の斬れ味に御主人様の身体能力向上および感覚の鋭敏化、Wi-Fi、3Dカメラ、メール読み上げ機能、その他お掃除機能まで搭載した魔剣である。

 

「どこの世界に実の父親を斬り刻む娘がいる…冗談は大概にしろ」

『す、すいやせん!失礼しやした!』

 

魔剣は学んだのだ。世の中には決して敵に回してはいけない者もいる、従順に従うことで得られる悦びもあることを

 

「ということで秋人が執事として雇われることになったら…―――よろしくお願いします。父上」

「あ、ああ…そうだな!彼も慣れない仕事で大変であろうから私も気を配ることにしよう!」

「父上、お心遣いに感謝します」

「いや、なに気にすることではないよ凛!ハハハ!は、ははは!」

 

戎が助けを求める視線を彷徨わせれば、流石の特殊部隊"影"はいつの間にか撤収していた。真の強者たちは引き際をしっかり心得ているのである。勝てない戦いはしないのだ

 

「はぁ…、これからおかしな事にならなければいいが…」

「そ、そうであるな、凛。やはりおかしな気を起こしてはならんな」

「…父上が落ち着いてくれたようで何よりです」

「う、うむ!我ながら取り乱していたようだ、すまんな凛」

「ええ」

 

すっかりいつもの静けさが戻る庭園で、月明かりを映す朱い刀を見ながら九条戎は魔剣と同じことを学んだのだった

 

世の中には決して敵に回してはいけない者もいる。今も"凛"とした微笑みを浮かべる凛は本当に美しく、優しくそして…――――――――怒るととってもコワイのだ

 

 

3

 

 

翌日、天上院屋敷にて

 

「よく来ましたわ!西連寺秋人!これから立派な執事として働けるよう頑張りなさいな!」

 

「オーホッホッホッホ!!」沙姫の高笑いが高らかに響く大広間。豪華絢爛でゴージャスな室内、埃一つおちていない赤い絨毯。王宮のような広い屋敷は世界的大企業・天上院グループの一人娘の私物(もの)である

 

そんな広間のど真ん中に凛と綾を従える傲慢女王(クイーン)沙姫――――は今日から秋人の正式なご主人様で、従者である秋人はさっそく主に不満を言った

 

「おい、コロネ。なんで今更正式に雇うとかそんな話になってんだ?今更すぎだろっての」

「アアァン?"ころね"とは何ですの?もしかしてわたくしのことですの?」

「当たり前だろ、アホな巻き髪でこんなアホみたいな事しか考えつかないアホなお前は…」

「凛。」

 

パシンッ

 

竹刀の一振りが秋人の脳天を直撃した

 

「おぉぉうう…いてぇ……っ!」

「全く、主であるわたくしになんて口の悪い。もう一度わたくしの名を言ってみなさいなアホ下僕」

「お前の名前なんか知るか!コロネ!」

「凛」

 

パシンッ

 

竹刀の一振りが秋人の脳天を直撃した

 

「おぉぉうう…っ!マジいてぇ……っ!」

「で?残念なその頭はわたくしの名前を思い出しまして?」

「アホ!中身すっかすかのコロネ!とんちんかん!」

「…凛」

 

パシンッ

 

竹刀の一振りが秋人の脳天を直撃した

 

「おぉぉうう…!マジ激いてぇ……っ!」

「それでも凛は加減してくれてるんですのよ?そういえば『とんちんかん』なんて今日び聞きませんわね」

「最近でもまだ言うんだよ!知らないのはコロネなお前だけだ!」

「はぁ…まったく、わたくし達だけが居る場ならまだしも、ちゃんと主の名前が言えないようでは恥をかくのはわたくしと凛ですのよ?」

「む。コロネだけならまだしも…なんで凛が?」

「凛は貴方の先輩ですし、それに教育係ですもの」

 

訝しむ秋人の視線を受けて、凛はコクリと頷いてみせた。先程から凛の表情が"凛"として変わらないのは教育係として責任を感じているかららしい。

 

「ですからそこをちゃんと考えて発言しなさいな。それを踏まえた上でその残念な頭はわたくしの「親玉コロネ!」はぁ…」

「秋人、キミは一体何を怒っているんだ?」

 

深々と溜息をつく沙姫の傍ら、我慢できずに凛が問いかける。沙姫と秋人はよく言い合いをするが、凛の記憶ではここまで秋人が強情なのは初めてだ。いつもなら秋人が嫌々渋々従ってケンカは終わる頃合いなのだ

 

「怒ってる?凛、このアホ下僕は今怒っているんですの?」

「はい、理由は分かりませんが…。秋人、理由をきかせてくれ」

「そんなの、決まってるっての!」

 

秋人は凛をビシッと指差し主の沙姫へ向けて叫んだ

 

「なんで凛はメイド服じゃないッ!」

 

「…え」「は?」「ん?」

 

「いいか!主であるコロネはともかく!お付きの凛たちはメイド服じゃないと色々おかしいだろ!従者なんだぞ!付き人なんだぞ!仕えてくれるメイドさんなんだぞ!メイドさんがメイド服着ないでどうする!俺でさえこんな執事の服着てんのに!なんだその凛の真っ黒なTシャツとズボンは!おもいっきり私服だろ!喧嘩売ってんのか!いい加減にしろ!」

 

「秋人…まったく、キミはそんなことを」「やっぱりアホなんですの?」「はぁ…メガネメガネ」

 

「メイドさんが着るメイド服は優しさと気遣いの象徴であることを知らんのか!ヘッドドレスに神が宿ることをしらんのか!コロネ!お前は金持ちなんだから本格的なメイド服作れるだろ!なんで凛と綾に着せない!凛のメイド姿は似合うんだっての!なのにお前は何を考えてる!その目はコロネの穴か!凛にメイド服着せないコロネに従うことが出来るかっての!」

 

「はぁ…」「はぁ…」「はぁ…」

 

仲良し主従三人組は皆そろって溜息をつく。主の沙姫は腕組みをし心底呆れた表情、綾はずれたメガネを掛け直し、凛は困った表情で俯いてしまう。凛の頬が少し赤いのは恥ずかしいからか、それとも「メイド姿が似合う」と言われて嬉しいからだろうか。口元が微かに緩んでいるので後者かもしれない

 

「なんだその溜息は。俺は間違ったことは言ってないぞ!」

「いいか、秋人。よく聞け」

「…なんだよ」

 

平静を取り戻した凛は沙姫の傍から離れ、秋人へと向き直る。"凛"とした眼差しを受け取った秋人は、凛の話は聞くつもりがあるようで黙って見つめ返している。主人と同僚は見つめ合う二人を無音カメラでこっそり撮影していた。強情な武士娘を説得するために証拠を集めているのだ

 

「秋人、そもそもメイドというのは主に家事・炊事・掃除などを担当するものを指す言葉だ。本来の意味とは少し違うが、掻い摘んで言えば家事(・・)使用人だ。」

「…それがどうしたんだっての」

「その家事(・・)使用人は主の護衛を仕事に含まない。故にメイド服のようなひらひらのスカートや胸元の空いた服は護衛には適さない。だから私は着ない。以上だ」

「ぐぅ…ッ!正論ッ…!」

 

がっくり項垂れる秋人に踵を返す凛。表情は"凛"としていつも通りだが『秋人があそこまで言うなら特別に着ても…いや、しかし…』と思っている事など主と同僚にはしっかり見抜かれている。だから沙姫にも綾にもニヤニヤと見守られていた。

 

「そういうことなら凛はあとで着替えさせるとして、アホ下僕はわたくしをしっかり名前で呼びなさいな」

「はい沙姫様」

「はぁ…なんて素直で単純な…………って本当に私も着替えるんですか」

「どちらにせよ着替えは必要ですもの。あなた達二人(・・)には試練を受けてもらいますから」

「二人?私もですか沙姫様?」

「試練?なんだっての」

 

同じように首を傾げる凛と秋人を見ながら、沙姫は執事長・戎との話を思い返していた。曰く『凛には越えるべき壁が一つあり、奴はまだまだ未熟者である』――――

 

 

「沙姫様、お時間を宜しいでしょうか」

「あら執事長、どうされましたの?珍しいですわね…お父さまの方は大丈夫なんですの」

「この度の件、微力ながら私も協力させて貰います。バカ(総帥)は現在会議ですので問題ありません」

「あら、心強いですわね、では早速…」

「沙姫様、凛はまだまだ未熟者です。」

「凛が、ですの?よくやってくれていますわよ」

「いえ、まだまだです。我が娘にはまだまだ成長してもらわないと困ります。ですのでこちらを…」

「資料?今回の"天上院沙姫原案の華麗で優雅なる山デート・アホ下僕成長物語"に追加したい仕掛けでもあるんですの?」

「はい、一つあります。自身の大切なもの…あの秋人とかいう男に惚れているかどうかは別にして、あの男が居るからと冷静さを欠いてもらっては困ります。それではいざという時、守るべき主人も守りたい誰かさえも守れません」

「…。」

「ですので、私が考えた試練をそれに追加してもらいます。」

「試練?」

「ええ、もしこの試練を二人が突破できたなら………この九条戎、ふたりの結婚を認めましょう」

 

涙を堪え、なんだか震えた様子の戎を見る。確かに戎が心配するように凛はボーッとする事が多くなったように思う

 

朝の登校時の事といい、休み時間は秋人(アホ下僕)に何くれと構っていた頃に比べて距離を置いているように感じる。秋人の様子を探るように盗み見る姿は勇敢な武士娘らしくない、だから"天上院沙姫原案の華麗で優雅なる山デート・アホ下僕成長物語"に戎考案である――

 

 

「――"山ごもり"を命じますわ!」

「「はぁ?!」」

「凛は心の修行を!アホ下僕は凛の足を引っ張らないようしっかりサポートしなさいな!」

 

オーッホッホッホッホ!驚き固まるふたりに沙姫(主人)は再び高らかに笑うのだった。

 

 

 




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2017/02/15 誤字修正

2017/07/16 一部表現修正

2017/07/17 一部修正

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