貴方にキスの花束を――   作:充電中/放電中

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R.B.D小話⑥『平和な西連寺家~男女五人、夏物語編~』

 

 

 

「それじゃ、楽しい楽しい"パジャマパーティー"のはじまりぃ~!カンパーイ!!」

「かんぱーい!」「わ、わ…かんぱーい!」

 

キン、グラスの軽やかな音が響いた

 

夜に街が沈む頃、とあるマンション一室は明るい声で華やいでいた。

声の主は缶ジュース片手に笑う里紗、モモ、零しそうになって慌てる春菜の三人である。

 

「パジャマパーティーって、私はじめてです」

「私も…ねえ里紗、パジャマパーティって何をするの?」

「うん?パジャマ着てオシャベリとかそんなんじゃん?」

「里紗もよく分かってないんだね…」

 

里紗は大人っぽい紫色のパジャマ、春菜は淡いブルーの落ち着いたパジャマ、モモは髪の色と同じピンクのパジャマ。美しい少女たち三人が春菜の部屋を飾っていた。

 

春菜は里紗が注いでくれたオレンジジュースをちびちび飲みながら、ふたりを眺める。

この二人と一緒にいるのって珍しいな、と考えていると

 

「いや~しっかしさぁ、ウチらの三人って珍しいよね」

「そう言われてみると…そうですね。」

 

昔からの友達の里紗も同じ感想だったみたい、モモちゃんもしとやかに頷いている

確かに里紗がウチに泊まりに来るのも珍しいけど、モモちゃんが遊びに来るのはもっと珍しい。もしかしなくても初めてだとおもう

 

「で、結局モモちぃってヤミヤミに何の用だったの?」

「え…いえいえ!特に大した用があったわけではないんですよ、あははー」

 

なんだか焦っているモモちゃん。綺麗な桃色の髪を指にクルクル絡めてる

 

モモちゃんは私と里紗がお風呂に入ろうとした時、なぜか出会った。なんだか誰かを待ち構えてたみたいに、その、下着姿で………お風呂だから当然と言えば当然なんだけど。

 

その時、ヤミちゃんと約束があるって聞いて

 

『あれ、ヤミちゃんは今日は美柑ちゃんの家に泊まりに行ってるよ?』

 

そう伝えると、モモちゃんはちょっとだけ驚いた顔をして

 

『あらぁ~そうだったんですかぁ!それはそれは困っちゃいましたねぇ!あははー』

 

って今みたいに笑ってた。

その後三人でお風呂に入って、急遽こうして女の子三人の"パジャマパーティー"が開催されてる、というわけだった。

 

「それはともかく!せっかくこうして三人集まったんですから!ガールズトークしましょう!ね、春菜さん!」

「う、うん。そうね」

「ぬーん、怪しいなぁ、怪しいとは思わないの春菜ぁー?これは胸の成長具合を確認して、ついでにしっかり問い詰めておかないと…」

「もう、里紗ダメだよ。モモちゃんは私たちの後輩なんだから、優しくしてあげなさい」

「ちぇっ、相変わらずイイコだねぇー春菜は。分かったわよ」

 

手のわきわきをやめてジュースを煽る里紗、里紗ってば女の子なのにお兄ちゃんと同じでセクハラが大好き。たとえ女の子でもやって良いことと悪いことがあるんだから、

 

「じゃ、さっさく…モモちぃって今好きなオトコいるの?」

「わ、私からですか?!」

「そりゃ当然っしょ」

「い、います…」

「ほーう」

 

里紗が悪戯好きのネコみたいにニヤニヤ笑って、モモちゃんは顔を赤らめる。俯いて答える前に私と目があった気がしたけど、何かあるのかな

 

「私は答えました!さあ、次は籾岡さんの番ですよ!」

「あたしぃ~?好きなオトコならいるよ」

「え、里紗って今好きな人いるの」

 

さらっと答える里紗のそれがとても意外で、思わず私は聞き直していた。里紗は男女問わず友達が多い。特に後輩や年下の男子に人気で、たまに部活終わりに呼び出されている。けれど、どの男の子も本気って感じじゃなくて…里紗はただ仲良く話をしているだけのように思ってたから。

 

「ま、アタシもJKだしね~好きなオトコの一人や二人いるっしょ♪」

「一人や二人って…好きな人は一人だけじゃないの?」

「んふふー、春菜ぁ…まだまだお子様だねぇ」

「そうですよぉ、春菜さん。本命とキープは確保しておくのが宇宙でも常識ですし、乙女の嗜みですよ?」

「そ、そうなんだ…」

 

知らなかった。宇宙ではハーレムも普通なことで、それはモモちゃんに教わったこと。ララさんもハーレムには反対してなかったし…宇宙ってやっぱり広くて大きい

 

「でも、私は好きな人は一人だけでいいかな…好きな人が何人もって、たぶん私は無理だと思う」

 

それは正直な気持ちで――――…もしも、お兄ちゃんに何人も好きな人がいるとしたら、多分私はヤキモチを焼く。それはきっとお兄ちゃんも同じで、私に好きな人がたくさんいたらきっとヤキモチを焼く…と思う。そしたらケンカになって、それは幸せじゃないから

 

「にしし、まぁ春菜の好きな人はオニイサンなわけだしねェ」

「まあ、春菜さんてブラザー・コンプレックスなんですか?」

「うっ、そんなことない……と思う、普通だよ?」

 

私の番が来る前にあっさり里紗が当ててみせた。あまりにあっさり見透かされて、それが凄く恥ずかしい。確かに私はお兄ちゃんの事は好きだけど…普通だもん。宇宙でだって

 

「ささ、春菜の性癖は暴露できたわけだし…次、モモちぃはどんな時ドキッとするの?」

「ンー、そうですねー…」

 

真っ赤になって俯く私をみかねて、里紗がしれっと話題を変える。この辺は流石だと思う…ちょっとデリカシーないけど

 

「私はちょっと強引な方のほうが…ドキドキしますね」

「ふぅん、モモちぃってMっ気があるんだ。私も普段大人しいけど、たまにワイルドな方がドキドキするかも。春菜は?」

「私は……ちょっとした事に優しくされるとドキドキする、かも」

「ふぅん、例えば?」

「うーんと…」

 

お兄ちゃんにドキドキした時の事を思い返してみる。あれは…――――

 

 

***

 

 

「おーい、春菜。おつかれ」

「あれ、お兄ちゃん?どうしたの」

「ん?ああ、まぁ暇だったし。たまにはな」

 

夏のある夕方。

部活を終え、帰ろうとしたらお兄ちゃんが迎えに来てくれた。もうかなり遅い時間だったから、さきにウチに帰っていると思ったけれど待っていてくれたみたい。

 

手には二つの傘があって…――――あれ?

 

「これはだな、ヤミが『持っていきなさい。アキト、持っていきなさい』ってうるさかったからな、持ってきた」

 

視線に気づいたお兄ちゃんは焦ったみたいに弁明した。確かに今日の天気は「晴れのち曇り」降水確率30%で夕方から傘が要る…かもしれなかった。私も傘を持っていこうか迷ったけれど、結局雨は降っていない。

 

「忘れてんなよ、春菜」

「うん、ありがと。お兄ちゃん」

 

そう言って笑うお兄ちゃんが茜色に包まれて――――なんとなく、お兄ちゃんは緊張してるような…そんな気がした

 

「帰ろっか」

「おう」

 

なんだろうと思ったけれど、理由は正直どうでも良かった。お兄ちゃんとふたりで帰る、いつも一人で帰る道が楽しくて、ドキドキして…――――いつの間にか陽も落ちて、夜空には薄い曇が浮かんでた。

 

こんな風にふたりで帰るのはいつぶりだろう。

とりとめのない話をしながら、私たちはゆったり歩いていた。誰も居ない夜の道は本当にふたりっきりで、此処をいつも一人で帰ってるかと思うと少しだけ怖くなった。隣を歩くお兄ちゃんが逞しく見えて――――離れたくない。大好きなお兄ちゃんといつまでもこうしていたい

 

「ウォッホン!……春菜」

「?どうしたの、お兄ちゃん」

 

態とらしく咳をして、お兄ちゃんは真剣な表情で私を見つめた。けれど、すぐに視線を逸らして何か言いたげにもごもごして………もしかしたら、私と同じ気持ちなのかもしれない。

 

迷っていたのも数瞬、意を決したようにお兄ちゃんは切り出した

 

「春菜、ちょっと寄り道しようぜ」

 

**

 

「んっ…ひゃっ、お兄ちゃん、もう目を開けてもいい?」

「まだダメだ…あともうちょっとだけ、頑張れ春菜」

「う、うん…あっ!」

「おっと、早かったか…大丈夫か?」

「うん…お兄ちゃん、もうちょっとだけゆっくりお願い」

 

目を閉じたまま歩くのは難しい。エレベーターに乗るまでは良かったけれど、階段を上がるのはやっぱり難しくて…お兄ちゃんが手を握ってくれないと登れそうにない―――って、そもそもこんなことをさせたのはお兄ちゃんなんだけど…

 

「よし、ついた。目を開けていいぞ春菜」

「うん…――――わあ、」

 

綺麗。

 

息を呑んで見惚れてしまう。夜を彩る街の光、暗闇を切り裂いてゆくヘッドライト。いろんな色の光が彩南の街を彩っている。宝石箱をひっくり返したような、そんな美しい夜景。

 

「きれい…」

「だろ」

 

ざあっと吹いた風が髪を撫でた。下を見て思わず足がすくむ

美しい夜景が一望できる場所。ここはビルの屋上で、とてもとても高い場所だった

 

普段は人が来れない場所みたいで申し訳程度のフェンスしかなく、今も私とお兄ちゃん以外だれも居ない。どんなに美しい夜景を見ることが出来ても、一人で居ると寂しくなりそうな場所――――昔のヤミちゃんが好きそうだと思った

 

「ほら春菜、あっち見てみ」

「あ、ここってウチが見えるんだね」

 

お兄ちゃんが指差した方角に私たちの(ウチ)がある。

流石に部屋の中までは見えないけれど、私たちの(ウチ)は他のたくさんの灯りの中で一番あたたかな気がした。

 

「ヤミは昔ここでよく景色を見てたらしいぞ」

「あ、やっぱりそうなんだ…――――それって、もしかして私たちの家が見えるから?」

「…たぶんな、あのアホめ。見てないで早く来ればよかったんだ」

「ふふ、確かにそうだね。もっと早くウチの子になれば良かったのにね」

 

言い終わって、自分の言葉にドキドキした。"ウチの子"って、それじゃまるで私とお兄ちゃんが夫婦みたい。そんな未来を想像すると嬉しくて、恥ずかしくて。頬がどんどん熱くなってゆく、顔はもう真っ赤になっていると思う

 

「ほら、見て見てお兄ちゃん」

「…?どうかしたか」

「こうしたら手で掴んだみたいに見えるでしょ?」

 

真っ赤になっているのをお兄ちゃんに気づかれないように、夜の街へ手を伸ばした。

指で輪をつくり、その中に街の灯りを閉じ込める。すり抜けて掴めない光は指の輪の中にすっぽりと収まっていた

 

「お子様だな春菜は…俺くらいになると光も掴めるんだぜ?見てろ」

 

そう言って笑ってお兄ちゃんも手を伸ばした。それから街の明かりをかき集めるみたいに手を動かして、そして私に握った手を差し出す。なんだかドキドキして不思議な気持ちのままその手を手で包み込んだ

 

「春菜、コレやるよ。プレゼントだ」

「わあ」

 

綺麗だった。

 

手のひらの指輪は、まるで星のように輝いている。街の灯りを一つ手に入れた気がした。

 

「ありがとう、お兄ちゃん…でも私、今日は誕生日でもないのに……貰っていいの?」

「ぷっ、変な事気にするんだな春菜は」

「だって…」

「心配すんなよ、俺からのプレゼントってわけじゃない。ヤミたち皆からのプレゼントだ」

「ヤミちゃんから?」

「おう。ウチの春菜に世話になってるからって、そのお礼なんだと」

 

俺には何もくれなかったけどな、ってお兄ちゃんは笑った。

星のように光輝く指輪は素材探しをヤミちゃんメアちゃんナナちゃんたちが、精巧な指輪のデザインをモモちゃん古手川さん美柑ちゃんの三人が、指輪への加工と細工をララさんが担当してくれたみたい

 

「…で、こうやって春菜に渡すのは俺の役目だったというわけだ。みんな春菜に感謝してるってことだな」

「そうなんだ…ありがとう。みんなにもちゃんとお礼を言わないと」

 

ちなみに、このプレゼントを言い出したのも、みんなにお願いしたのもお兄ちゃんだってことは後からヤミちゃんに教えてもらった。やっぱり、って聞いた時そう思った。

 

「それに明日はテニスの試合だろ?がんばれよ、楽勝かもしれないけどな」

「うん。ありがと、お兄ちゃん…」

 

さっきまではどこか緊張してたお兄ちゃん、今はホッとしたみたいな顔してる。このプレゼントのを渡すために、私のために色々準備をしてくれて…――――胸の奥があたたかくなる

 

ぎゅっと心を掴まれて、やさしい気持ちが広がってゆく。どこまでも広がってゆくこの気持ちはお兄ちゃんとヤミちゃん…――――みんながくれたもの。とても嬉しかった、とっても。

 

「なあ春菜、明日のテニスで"春菜ゾーン"とか使って恐竜滅ぼしてくれ」

「ふふ、やってみようかな」

「おお!出来るのか!」

「うん、がんばってみるよ」

「そうか!じゃあさじゃあさ!勝ったら『フッ、まだまだだね』って言ってくれ」

「そのお願いはちょっと難しいかも…」

「そ、そうか…?ウチの春菜はテニスで恐竜は滅ぼせても、嫌味な台詞は言えないのか…」

 

がっかりして肩を落とすお兄ちゃん。情けない姿に私は笑って、その肩に寄り掛かる。美しい街の灯りとあたたかな幸せに包まれながら――――

 

 

*

 

 

「おーい、春菜ってば」

「…へっ?ああ、なに、里紗」

「春菜さん、ものすごーくだらしない顔でニヤけてましたよ?」

 

里紗の呆れ顔、モモちゃんにまで呆れた眼差しで見られていた。気がついた私に二人は同時に深ーく溜息をついて…

 

「え、えーっとね!さっきの質問だとテニスの試合前に『がんばれ』って応援してくれる時とかかな!ドキドキすると思うの!ど、どうかな?」

「はぁー…テニスの試合ぃ?ああ、この間の」

「テニスの試合というと、あの初っ端から本気出した春菜さんが恐竜滅ぼして『まままっ、まだまだだね!』って言ったアレですか?」

「ああっ!あれはね、その、あの…」

「アレは凄かったよねぇ、よく分かんないけど会場めちゃめちゃに壊れちゃって…アタシ来るとこ間違えたかと思ったもん」

「お姉様もとても驚いてました。『わあ!春菜って凄いパワーがあるんだねー!』って…、それにしても眺めのいい屋上でそんなロマンチックなことをしていたなんて…羨ましい。」

「ええっ!?モモちゃんもしかして見てたの?!」

「…春菜さん、後半ほとんど口に出してましたよ?」

「っ!」

 

慌てて口を塞ぐ、里紗もモモちゃんも面白そうに私を見てる。なんだか優しく見守られている気もする

 

「はぁ…春菜さんは羨ましいですね、同じ屋上でも私の時はこんな感じでしたのに…」

 

☆☆☆

 

「やや!あそこにカップルが居ますよ!お兄様!」

「ほんとだな、ぴったりくっついて…えっちぃ感じだ」

「そうですね、まあ私たちもぴったりくっついてますから、羨ましくはありませんけど!」

 

モモは秋人の腕を取り、ぴったり身体をくっつけた。柔らかい膨らみはもちろんワザと当てている。抱きしめる腕と胸から微熱が身体に伝わって、モモは薄っすらと頬を赤らめた。彩南高校屋上にいる二人は傍から見ると初々しいカップルにしか見えない。

 

「こら、くっつくなっての…ム!あのカップルキスしてるぞ?ハレンチな奴らだ」

「!ホントですね!このまま盛り上がってくれると…私たちまでヘンな気分になりますわね♡」

「ならないっての……ってなんでお前はボタンを外してるんだよ」

「ちょっと暑くなってきまして♡『たまらないんだリエコ…!』『ヨシオさん!いけませんわ!』ってカップルが盛り上がってきましたよ!?」

「声聞こえてんのかい」

「デビルークイヤーは地獄耳ですから♪あ、双眼鏡入ります?」

「常備してるとか…流石モモだな、どれ」

「呆れつつも覗くお兄様、流石です…♡あんっ…!」

「おーよく見えるな、全くハレンチな…」

 

秋人の腕はモモがきゅっと抱き締めており、手のひらが時々内股に触れている。その為モモはさっきから悩ましい声をあげて身を揺すっているのだが、覗きに夢中な秋人は気づいていない。淫靡な声を上げるモモと覗き見してる秋人の方が余程ハレンチだった。

 

「ああっ…!ご主人さま、んんっ!折角ですからあのカップルがどこまでいくか賭けませんか…?」

「男子中学生かお前は…いいぜ、俺はキスまでしかいかないと思う。勝ったらアイスな」

「フフ…あの二人は今から私たちと同じように獣のようにまぐわうと思いますわ!私が勝ったら、ご主人さまの貞操を頂きます♡」

「俺が失う物の方が遥かに大きいんだが…ま、いいだろ。俺が勝つしな」

「うふふ♡いざとなったら"アドレナの花"で興奮させますから、私の勝ちです…!あんっ♡」

「…口から悪巧み漏れてるっての」

「ああんっ!指があたって…っ!ご主人さまぁ♡」

 

それからもモモはスカートをたくし上げてパンツを見せつけたり、秋人の腕や胸、髪を触って誘惑しつつ気持ち良くなっていたが、最終的には一緒になってカップルを覗き見してしまうのだった。

 

そしてその夜、日課であるモモの一人レッスンが捗ったのは言うまでもない

 

 

☆☆☆

 

 

「――――…ということがありました。まあ賭けに負けたのは残念でしたけど、嬉しそうにアイスを食べるお兄様が可愛かったので良しとします」

「ふぅん…オニイサン、モモちぃとも遊んでるんだ」

「ふふん、実はラブラブだったのです♡」

「モモちぃのキライはやっぱウソだったわけか……ってお~い、春菜?」

 

里紗が呼びかけても春菜は反応がない。グラスを手にしたまま、モモを見つめてボーッとしている。春菜の顔は赤くダラシなくなっていることから、きっとモモの話が刺激的すぎて妄想世界にトリップしているのだろう、と里紗は正確に判断した。

 

「ダメだこりゃ、しばらく帰ってこないね」

「そういえば籾岡さんはお兄様とデートされないんですか?」

「アタシ?へへ、アタシはねぇー…」

 

✗✗✗

 

「ああん…早くぅ、焦らさないでよぉ」

「ちょっと待てっての、今…入れるから、よしっ入った!いくぜ!」

「あっ…やっときたぁ!ずっと待ってたんだからぁ♡」

「よし、指示だしてくれ」

「そのまま右に……あんっ!行きすぎぃ、穴に入れる感じで、ゆっくり…」

「…こうか?」

「ン!…そう!凄くいいカンジ、そのままもっともっと奥に……奥にいって…そこっイイ!」

「これくらいだな?」

「うん、キて!最後はちゃんと抱きしめてっ!………よっしゃああっ!やった!やった!ヤったぁ!きゃーっ!」

 

ガコン、秋人たちが狙っていた"はっぴーうさぎ"のぬいぐるみは穴の中へ滑り落ち、里紗はそれを大事そうに抱きしめた。ぬいぐるみにチュッチュッとキスまでしている。

 

「素晴らしい!!!」「なんてイイものをッッ!!」「良かったな!ネエちゃん!」「羨ましいッッ!!羨ましすぎる!!」「俺は今猛烈に感動している!!!!」

 

そんな里紗へ周りから鳴り止まない拍手が送られていた。UFOキャッチャー周辺はいつの間にか人だかりができている。里紗の悩ましい声とセリフに引き寄せられたのだ

 

「やあやあ、ど~もど~も!」

「フフン、まぁ俺ぐらいのテクがあればな……いや待て、なんで全員俺を見てないんだ。俺だぞ!取ったのは」

「みんなアリガトー!私たちきっと幸せになりまぁーす!」

 

ぬいぐるみを掲げ元気よく手を振る里紗に万雷の拍手と歓声が降り注ぐ。テンション高い里紗が跳ね飛ぶ度に短いスカートがひらひら揺れ、シャツの隙間から覗く臍が眩しい。そして何より屈託のない笑顔が群衆(主に男子)を悩殺していた。

 

「だから!とったのは俺だろ!?お前らゲーマーじゃないのか!?」

「まあまあオニイサン、イイじゃないの♪」

 

里紗は秋人の腕に絡みつき微笑んだ。仲睦まじい様を見せられ、集まっていた群衆から秋人へは

 

「チッ…」「アイツ、あと寿命どれくらいかな」「○ねばいいのに。あなたの事はそれほど、大大大キライです」

 

「おいザス!もう百円よこせ!コイツ倒せねえ!こんなのバグだ!チートだ!」「もうお止め下さい王!我らの軍資金はゼロです!」「HA・RA・E!!」

 

「お前らな、言いたい放題…って最後の方なんかヘンなの居なかったか?」

「ん?さあ?」

 

ぬいぐるみを見ながらニヤニヤ笑う里紗、楽しくって仕方ないといった表情で、ちっとも周りを見ていなかった。

 

「じゃあさ、アタシ喉乾いちゃったし、奢ってあげる。あそこいこっか!」

「まさかそれは…」

「もち♡メイド妹カフ「きゃああああ!誰かぁ!助けて!」…ん?」

 

ゲームセンターに突然、悲鳴が木霊した。何事かと騒ぐ人だかりと一緒に里紗と秋人が覗き込むと……

 

「誰かあ!いやぁ!誰か助けてッ!」

「グヘヘ、カワイイぜ!恭子ちゃん!大人しくしてもらおうかッ!」

 

おさげと眼鏡の可愛らしい女子高生がモヒカン男に襲われている。尻もちをついた女の子は悲壮な表情で後ずさり、モヒカンはそれをゆっくりゆっくり追いかける。

 

「いやぁ!だ、だれか助けて…!近くにいるのはわかってるんだから早く!」

「ぐへへへ!大人しくしろってのい!………………まだかな、実は長いことやってるんだよねぇコッチは」

 

女の子はチラチラと周りへ目をやりながら後ずさる。モヒカンはゆっくり追いかける。一向に縮まらない距離、最後の方ではモヒカンも周りを見渡し誰かを探していた

 

「…なにアレ、ドラマの撮影かいな?他にもどっかから役者出てくるの?」

「なんだ、ニセ春菜の大根演技か。ハイ解散解散。みなさーんこの萌え袖メガネはウチの西連寺春菜ではありませんからねー、実在の人物とは一切関係ありませんからねー」

 

踵を返して立ち去る秋人、腕を抱く里紗も同じく立ち去る。今は秋人とデート中、楽しい時間を他の事にくれるつもりはなかったのだ。それに里紗は気づいていなかったが、ココには元・銀河最強の戦士と従者である剣士も居る。荒ら事が起こっても安全なのだ

 

「ちょおおおっと!!待ちなさあああい!!」

「?」「ん?」

 

冷たく遠ざかっていくカップルに、襲われていた少女が声をかけた。

尻もちをついたまま手を伸ばす姿は正に『あの男に置き去りにされました』といった様相である

 

「どういうことよ!なんでアンタ私を助けないの!?馬鹿なの?!アホなの!?燃やされたいの?!」

「(´・ω・`)?」

「アンタよアンタ!なにそのすっとぼけた顔は!ケンカ売ってんの?!」

「…この子、オニイサンの知り合い?」

「さあ、人違いだろ。さっさと行こうぜ」

「待たんかいコラァ!」

 

襲われていた少女はついには立ち上がって秋人へ近づいていく。心配げに見守っていた人だかりも、清純派アイドル霧崎恭子の怒号に怯える新人モヒカンも丸無視である。

 

「オホン、久しぶりね。また助けてくれてありがとう」

「…俺、何もしてないんだが。」

「い、一応セリフはちゃんと言わないと気持ち悪いの!」

 

眼鏡とおさげと整った顔立ち、アイドルのような特徴的な声。100人いれば100人ともが可愛いと評するだろう女の子が秋人の前で顔を赤らめている。どことなく親友に似た少女を見ながら、里紗は必死に誰なのかと記憶を検索していた。里紗は子供向け番組を見ないのである。

 

「それで、またウチの春菜のニセモノだって文句言われたのか?ちゃんとごめんなさいしたのか?」

「またって、一度も言われた事ないわよ!というより私が襲われてるのにムシしてさっさと行こうとするとか!アンタ、心ないの!?優しさとかないの!?」

「んなもんあるかっての。ニセ春菜のお前にやる優しさなんかない!」

「むきぃ~っ!!ムカつく!ムカつくムカつく!!コイツほんとに燃やしてやろうかしら!」

「もやし買ってきますよ、おいそこのモヒカン!お前買ってこい」

「あ、ハイ!」

「アンタも買いに行こうとすんじゃあないッ!」

 

ボウッ!

 

「ぎゃあああああああ!種もみが!小道具とかその他諸々と種もみがあああああああ!!」

 

顔を赤くして怒る少女が炎を放った。モヒカンはのたうちまわりながら悲鳴を上げている。

その炎を生み出す能力と風に解けて揺れる黒髪を見て、ようやく里紗は思い至った。

 

「ああ~っ!!!思い出した!キョーコちゃんじゃない!ララちぃが好きなあの!マジカルキョーコちゃん!」

「え!あなた私の事知ってるの?」

「あー…うん!もちろん知ってるよ!アタシの友達がさ、キョーコちゃんのファンなんだけど…良かったら一緒にお茶しない?」

 

思い出すのに時間がかかった里紗は、一瞬言い淀んでしまったがすぐに持ち直し微笑みかけた。恭子もそれに気づいていたが特に責めない

 

恭子は秋人に会いたい一心で一芝居うったのだが、再会してからの行動は全く考えてなかったのだ。里紗から誘ってくれてむしろ好都合、それに秋人の他にも友達が居てくれた方が話しやすい。即断即決で恭子は快諾した

 

「いいわよ、別に…ちょうど今暇だったし」

「やりぃ~!ナンパ大成功だね」

「ヒマとか…ついに干されたんだな。良かったじゃないか、これでもう全国の茶の間から春菜のニセモノだって非難されないな」

「干されてない!それに非難されてもない!アンタはちょっと黙ってなさい!」

「ハイハイ、ケンカしないの。二人とも行くよー?」

 

✗✗✗

 

「…――ってことがあってさ、楽しかったよ」

「そんな楽しそうなことが…アイドルのキョーコさんと仲良くなるなんてスゴイですね」

「ん~!なんかこんな話してたらさ、オニイサンに会いたくなっちゃった。モモちぃ、夜這いかけにいこっか!にししし!」

「!それは素晴らしい提案です!では行きましょう♡」

「いこいこ!ほらぁ~春菜もいつまでボーッとしてるの」

「もう、秋穂だめよ、子マロンいじめちゃ……?」

 

なんだか意気込んでる里紗に声をかけられて、私はやっと気がついた。そういえばここは私の部屋で、まだお兄ちゃんと結婚もしてなければ娘の秋穂も生まれてない、親マロンもまだ生きてて子マロンも居なければ猫のクリちゃんも居なかった。

 

「えっと、はい。春菜大丈夫です」

「………。春菜が何考えてたのかは知らないけど、春菜も唯っちもそーゆーとこ気をつけなさいよ?」

「メアさんに見つかったら妄想覗かれちゃいますから、気をつけて下さいね春菜さん」

「う、うん…!って二人ともどこに行くの?」

「オニーサンのとこ♪」「お兄様のところです♡」

 

二人は楽しそうな声と嬉しそうな笑顔でそう答えた。当たり前のように言われて、一瞬言葉が出てこない

 

「え…ダメだよ、お兄ちゃんもう寝ちゃってると思うよ」

「そのほうがイイじゃん、夜這いなんだし」

「よば…!?」

「ええ、その方がむしろ好都合です♡無防備な寝顔を思う存分眺めたら、抵抗しないように縛って美味しく頂きますから♡」

「やだぁ、この子鬼畜だわ」

「籾岡さんはどうするんです?」

「アタシはずっとキスして口塞いで声が出ないようにして…上に乗るかな」

「…籾岡さんの方がずっと鬼畜じゃないですか。お兄様は私が満足させますから♡」

「イヤイヤ、アタシが…じゃあモモちぃ競争だね!よーいドン!」

「ああっ!ズルい!負けませんわよ!」

「あ!ダメだってば二人とも!」

 

部屋を出て行く里紗とモモちゃんに一瞬遅れて、私も二人を追いかけた。

 

 

1

 

 

すぅ…すぅ…

 

お兄ちゃんの部屋は真っ暗で、やっぱり寝てるみたい。聞こえてくるのは時計の針が進む音と

寝息だけ、とても静かだった――――里紗たち以外は。

 

「にしし、カンペキ寝てるね。お、寝顔カワイ―じゃん♡」

「あぁ、ご主人さま♡もうモモはたまりませんわ…!ではいただきまぁす♡」

「モモちぃーアタシが先っしょ?」

「むーっ、こんな時だけ先輩面はよくありませんよ籾岡さん」

 

なんだか言い争ってる二人。寝てるお兄ちゃんを起こさないように声を抑えながら、私は声をかけた。こういうのはやっぱり良くない。

 

「ちょっといいかな、二人とも」

「ん?どったの?春菜も混ざる?」

「春菜さんにも譲りませんよ?」

「そうじゃなくて、お兄ちゃんと何かしたいならちゃんと起こしてからじゃないと…可哀想でしょ」

 

目をぱちくりとさせてる里紗とモモちゃん。お兄ちゃんの部屋が少しだけ部屋が静かになる。

 

そのまま一秒、二秒、三秒……

 

「…そうね、確かに。起こした方がビックリして楽しいかもね」

「確かに春菜さんの言うとおりですね。寝込みを襲うなら今度二人っきりの時にしますね」

「ほっ…、分かってくれて良かった。」

 

二人とも分かってくれて本当に良かった。モモちゃんが『今度寝込みを襲う』なんて言ってたけど、今は聞こえなフリしてあげよう。もしそんな事をしたらモモちゃんの部屋にあの"恐竜絶滅サーブ"を打ち込むんだから

 

「それじゃあ、私が起こすね。お兄ちゃん起きて、起きてお兄ちゃん」

「…ん、ふぁああぁあ………おはよう、女子のパジャマ姿ってドキッとするよな」

「お兄ちゃん、ちゃんと起きてね」

「春菜のパジャマ姿ってドキッとするよな」

「うん。ちゃんと起きたね」

 

(調教してる…)(調教されてる…)

 

ベッドの上で伸びをする秋人を里紗とモモは神妙な面持ちで眺めていた。里紗でさえ起きた秋人に騒いで声をかけたりもしない。春菜の表情は背中越しで見えないが、『ちゃんと起きてね』と妙に甘く優しい声が二人はちょっぴり怖かったのだ

 

「なんだよ、三人とも一緒で…あれ?モモはウチ来てたっけ?」

「ええ、ヤミさんに誘われててそれで来たんですよ」

「…モモちぃさっき言ってた事と違わない?」

「気のせいです♡」

 

「いいや気のせいじゃナイぞッ!!!」

 

「きゃっ!」「ん?」「んあ?」「へっ?」

 

突然灯された照明、その白い光の中、居るはずのない第三者が立っていた。

制服の腕につけた風紀委員の腕章をグイッと見せつけ

 

ジャッジメント(風紀委員)だぞ!モモ!今まで兄上と何してたんだ!!」

 

ナナが吠えた。桃色ツインテールを揺らしてモモを睨んでいる。

 

「ナナ!?…チッ、こんな時に危ない発言までして…!」

「こんな時とは何だ!オマエラは全員、ケダモノとして学園都市第七学区(ナナの電脳空間)に入ってもらうぞッ!転送!」

「ちょっ…!」「へ。アタシも?」

 

秋人の部屋に天から光が降り注ぐ、四つの光柱に包まれてナナたちは消えていった。「えっ、あの私…」と呟いた春菜もろとも。

 

「…一体あいつらなんだったんだ。あまりに会話がドッチボールすぎてついていけなかったぞ……とりあえず寝よ寝よ」

 

 

次の日

 

電脳空間へと探しに行ったヤミが、「銀河コング」を従えて王となっている春菜を発見したのはまた別の話である。

 

 

――――西連寺家は今日も平和です。

 

 




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2017/07/14 一部改訂

2017/07/17 一部改訂

2017/08/02 一部改訂

2017/08/27 一部改訂

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