貴方にキスの花束を――   作:充電中/放電中

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R.B.D小話⑨ 『平和な西蓮寺家~√オレンジロード~』

 

 

 

プシュー…!

 

「…。」「おー」

 

街中から少し外れた路地裏、二人の少女がカプセルから現れる。

ブラウンの髪をビーズで結い上げる表情少ない美少女と、金色の髪を揺らし人形のように整った美貌の殺し屋――こちらはやや困惑気味といった表情だ

 

「どうかなー?ヤミちゃん、美柑?」

 

「フ…。問題ありません」「おー、ヤミさんになっちゃった」

 

びっくり、それから楽しそうに表情豊かに笑うヤミ。一方、美柑はというと…

 

「フフフ…ついに手に入れました。美柑の身体を…!フフフ…!」

 

手を開いたり握ったりしながら、邪悪に笑っていた。

普段の美柑は思っても決してそんな事はしない。それは『邪悪な魔王役より助け出されるヒロイン役が似合いだから』とは美柑含む全員一致の見解である。

 

「ヤッター!今回も成功してよかったー!」

 

そう、二人の体は入れ替わっている。

邪悪なる殺戮天使・美柑とクールでしっかり者の奥様・ヤミ――二人を召喚したのはピンク髪の無邪気な悪魔…もとい、ララ・サタリン・デビルークである。

 

「フフフ…!ついに美柑の身体を…!」

「…何してるの。ヤミさん」

「美柑…入れ替わったらこうするのが様式美だ、と以前アキトが言っていました」

「ふぅん…、そうなんだ。私もやってみていい?」

「問題ありません。」

 

表情を動かさないまま頷く美柑と頬に指を当て思案顔のヤミ。やがて二人は仲良く同時に

 

「「コホン!」」

 

と喉を整えて

 

「クックック…!これが金色の闇の力…!クックックッ!!」

「フフフ…!美柑…ッ!フフフ…!」

 

路地裏に木霊してゆく怪しい笑い声。

ニヤリと歪めた唇といい、高笑いといい、美少女二人組は完全無欠の不審者である。ビル壁に反響してゆく笑い声は魔界から召喚された魔王のそれであり―――

 

ボフンッッ!!

 

「ん?」「おや…?」

 

「あ!"まるまるチェンジくん"壊れちゃった!」

 

二人の魔王を生んだカプセルがぶすぶすと黒煙を上げている。なぜか壊れてしまったらしい。ララは慌てて駆け寄り消火活動、機械の様子をチェックする。ぼんやり見つめるヤミと美柑…

 

「あらら、結局元の身体に戻っちゃったね。ヤミさん」

「…せっかく美柑になれたのですが……残念です」

 

入れ替わったはずのヤミと美柑の意識は自分の身体(もの)へ戻っていた。身体が変わったことで浮気調査をしたり、宣戦布告するつもりだったりと色々な計画を練っていた二人は珍しく落ち込んだ様子だ

 

「うーん…!許容量(・・・)オーバーだったみたい。ゴメンネ、二人とも」

 

煙と火花を散らしているアイテムをいじりながら、ララが申し訳なさそうに謝った。

 

「ララさん、それって使いすぎちゃったってこと?」

「えーっと、使いすぎちゃったというよりも、ヤミちゃんはヤミちゃんの身体じゃないと、美柑は美柑の身体じゃないとダメみたい。」

「…そうですか」

「ふぅん…?よく分かんないけど残念だったなぁ」

「もしかしたら、性格とか言葉遣いが変わってるかもしれないから…何かヘンな事あったら言ってね?」

 

ララは"まるまるチェンジくん"をデダイヤルにしまいながら、二人へ向き直った。故障の原因は詳しく調べてみないと分からないが、どうやらヤミの中にいる"何か"と美柑の中にある"何か"が強く反発したようだ。視線の先にいる二人は特に変わった様子はなさそうだが……

 

「うーん……ゴメンネ、二人とも楽しみにしてたのに…」

「問題ありません。プリンセス」

「うん、まあ私もヤミさんなら性格変わっても問題ないしね」

 

珍しく落ち込んでいる様子のララを励ますように、ヤミと美柑は微笑んだ。

 

「アリガトー!ふたりとも!」

 

そして、そんな危険な二人にララも笑い返していた。

 

 

1

 

 

「…ただいま戻りました」

「おかえり、ヤミちゃん」

 

帰宅したヤミをエプロン姿の春菜が出迎えた。ぱたぱたとスリッパを鳴らし近づくと、そのままヤミの頭をぽん、と撫でる。

 

「今日はどこに行ってたの?」

「…美柑と公園で遊んでいました」

「そう、楽しかった?」

「はい」

 

穏やかに語りかける春菜にヤミも優しく落ち着いた気持ちになる。傍目から見たらまるっきり母娘のような二人だが、二人にその自覚はない

 

「…料理中ですか、春菜」

「うん、まだ時間がかかるから…ヤミちゃんは座って待っててね」

「いえ、お手伝いします……………得意(・・)ですから」

「そう?ありがと」

 

ヤミは春菜にそう言うと壁にかけてある専用エプロンを変身(トランス)で回収、装着した。ピンク色のエプロンは胸に"たい焼き"の刺繍がされた逸品、ヤミが一目で気に入り購入した品である(ちなみに秋人のものもある)

 

「じゃあヤミちゃんは……これをお願いするね」

 

春菜も既に見慣れた光景なので驚きもせず、ヤミを見守っている。普段着のヤミならともかく、戦闘衣(バトルドレス)にピンクのエプロンはシュールだったが………

 

「さあ、見せてあげましょう…私の力を。キッチンは私のステージです」

「?よろしくね、ヤミちゃん」

 

普段見ない自信に満ちたヤミの笑顔に、春菜は不思議に瞳を瞬かせる。しかしながら、ヤミは漫画に影響されるとこういう事を言い出すこともあるので、春菜も特に問いかけることはなかった。

 

 

その頃、美柑は…――――

 

 

1

 

 

結城美柑は歩いていた。

 

夕暮れに沈む商店街は平和そのもので、特に危険はない。

赤いランドセルを背負うには不釣り合いな、スラリと伸びた四肢。夕日そのものを閉じ込めているようなオレンジの瞳がついと周りに目を向ける

 

クールなオレンジが捉えたのは、サラリーマンや高校生、主婦といった彩南の住人たち。すれ違う美柑を知っている近所の主婦は「おかえり、美柑ちゃん」と笑顔で声をかけてくる。いつもより表情の少ない美柑は軽い会釈で応えていた。

 

「ひっ、ひったくりだ!誰かソイツを止めてくれ!!」

 

前方から男の悲痛な声が聞こえた。平和な住宅街が急に物々しい喧騒に包まれ始める

 

「へっ!相変わらず地球人は平和ボケでヒッタクリやすいぜ!」

 

帽子を目深に被った中年風の男…ヒッタクリ星人は走りながら振り向き、ほくそ笑む。ヒッタクリ星人は引ったくりが得意なのである。俊足な逃げ足は地球人ではとても追いつけない、そんな俊足が向かう先に不幸が―――パインヘッドの美少女(殺し屋)がいた。

 

「ヒヒヒ!この調子で次も簡単に――」

「…それは残念でしたね」

 

メキョっ

 

美柑の飛び膝蹴りがヒッタクリ星人の顔面に炸裂した。

錐揉みしながら吹き飛び八百屋の商品棚へブチ込まれる。崩れ落ちたスイカやトマトが割れ潰れ、赤い果汁が飛び散り凄惨な事態になっている―――もともとの速度も相まって凄まじい威力であった。

 

「…あれ?なんか今、自然に動けちゃったけど…もしかして」

「み、美柑ちゃん…?」

「?」

 

真っ赤に染まった商店街、美柑が振り向くと乃際真美が立っていた。呆然と見守る彩南の住人たちと一緒に固まっている。

 

真美は美柑に憧れる少女であり、仲の良い友達だ。そして同時に"憧れの美柑ちゃん"に不幸な目に合わされる少女でもある。無論、この時もその始まりだった。

 

「まみちゃ…………貴方は美柑の――私の友達ですか?」

「も、もちろんそうだよ!?」

 

美柑のあまりにもストレートな物言いにショックを受ける真美。しかし真美はへこたれない、この程度の毒を吐かれることは日常茶飯事、慣れているのだ。涙目だったが

 

「…そうですか。それでは」

「ええっ!?それだけなの!?」

 

質問に大した意図はなかったのか、すたすたと足早に去る美柑。凄惨な現場も涙目の真美も置き去りである。あまりにも軽すぎる真美への扱い。

 

いつもならもうちょっとボコボコ毒を吐かれるのに―――

 

「美柑ちゃんってば格闘技も強かったんだねえ!おばちゃんびっくりよぉ」

「あ~、ありゃあスゴい威力だっただなあ~『メキョっ!』ってオラ初めて聞いただよ。お、コイツ宇宙人じゃねぇべか!珍しいこともあるもんだなあ~」

 

真美は真っ赤に染まりノびている宇宙人と美柑の背中―――ランドセルを見比べる。美柑はいつもテストで100点をとる上、体育も得意な万能美少女だが…宇宙人との戦闘も得意とは聞いたことがない。

 

もしかして、結城美柑(美少女)とはそういうものなのだろうか―――

 

「あの、少々よろしいでしょうか」

「はひっ!?」

 

突然声をかけられ、真美はビクッと振り返った。振り返ってみるとスーツ姿の紳士な男が微笑んでいる。

 

「お尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」

「は、はい…構いませんけど…?」

 

冷たく去ってゆく美柑のランドセルをチラ見しながら、真美は男へと向き直った。すると紳士的な男はズボンを脱いでこう言った。

 

「私、このようにブルマを愛用しているのですが店に売っておらず…どこへ行けば購入できるのでしょうか。やはり平成という時代は悪しきじだ…ぶべっ!!」

「…このヘンタイが!」

 

美柑のハイキックが紳士へ炸裂。紳士はそのまま真っすぐ横へ吹き飛び本屋の壁へブチ刺さった。か細い脚からは信じられない程の威力、腰を使って撃たれたハイキックは見事な一撃である。ピンと伸びたつま先が夕日を宿し光っている

 

「…美柑の友人、大丈夫ですか?」

「は、はい!」

「人に迷惑をかけるとは…ヘンタイの風上にも置けません。この男は悪い方のヘンタイですね」

「わ、悪い方の…?」

 

「良い方の変態っているの!?」と真美は一瞬叫びたくなったが、美柑に問いかけることをしなかった。それよりいつもと様子が違う美柑が気になる。気になりすぎる。

 

(美柑ちゃんいつもと違う…いったい何が…?)

 

宇宙人や変態を蹴りの一撃でブッ飛ばし、表情も少なくどこか不機嫌で―――…もしかしてあの(・・)用事で急いでいるのかもしれない

 

「あの、美柑ちゃんってもしかしてこの後さ…お買い物?」

「…………うん。あと5分くらいしたらアキト(・・・)がスーパーに来るし」

 

最後の方で「なんか感情が昂ぶったらヤミさん混ざるなぁ…、でも"アキト"って呼ぶのは新鮮でいいカモ」とニマニマ笑う。その笑顔に真美はようやく得心がいった。

 

結城家の家事を担っている美柑はスーパーのお買い物が絡むと真剣(マジ)になる。家計を預かってる美柑は特売などで節約したいからだ―――と真美は思っているがそれは違う。

 

美柑はスーパーへ行けば、たまたま(・・・・)偶然(・・)ばったり(・・・・)秋人と出会うのである。銀河の殺し屋とスケジュール共有しているので毎回思いがけず出会うのだ。

 

「じゃ、急いでいるから…真美ちゃん、ヘンタイに気をつけてね」

「えっと…うん、またね美柑ちゃん。」

「ボク!ちくわ大明神!ボクのちくわを…ブベッ!?」

「ひぃ!い、いま何か…?」

「…気のせいでしょ」

 

新たに現れた変態を回し蹴りで撃退している美柑。少し焦っているのはそろそろ偶然(・・)が始まる時間だからだ。

 

「金色の闇を殺したら~♪お買い物~♪お買い物しちゃお!地球製のバッグってカワイイの多いしぃ~♪」

 

とそんな美柑たちの方へ、地球外ファッションのセクシー美女が向かってくる。21世紀の今時、スキップしながら。

 

「ラン♪ラン♪ラ………はっ!見つけたよ!"金色の闇"のお友達!」

「…さっきの浮ついた声って何?」

「ゲ!聞かれてた!?ヤッバ~!あたいのクールなイメージがあ~↓(>_<)(空耳さね!!ハッ!地球人には平和ボケばかりいるね!)」

「…………セリフが逆になってますよ(・・・・・・・・・・・・)

 

美柑の前に現れた銀髪をひとつ結びにしたハデな美女。薄い布地の服から赤銅色の肌が大胆に露出し、スタイルも抜群だ。ダイナマイトなセクシー美女であるが巨乳は下半分が完全に見えており、ヘンタイ痴女でもある。

 

そして……今も揺れたその大きさは間違いなく美柑の敵、美柑の敵はヤミの敵である。シンクロ率急速上昇中の美柑は拳をぎゅっと握った。

 

「…"暴虐のアゼンダ"、念動力(サイコキネシス)使いの貴方が思考を漏らしてどうするのですか」

「おっ、お漏らしなんかしないもん!(なんであたいの名を!?それにあたいが念動力使いだとよく知ってたね!)」

「…今すぐ土下座して涙ながらに許しを請いながら足を舐めれば、貴方を見逃してあげます」

「あ、アンタには人質として来て貰うんだからねっ!それからそれからっ!金色の闇を公園に呼び出してムチとかでフルボッコして涙目に―――」

「…ふぅ」

 

美柑は溜息をついて、肩の力を緩めた。隣にいる真美からは、美柑が力なく落ち込んでいるように見える。ウェーブがかった長い髪を頬の上に散らし、長い睫毛が影を落とす―――翳る表情もたまらなく美少女だ

 

そして当然ながら、アゼンダからは美柑が観念したように見えていた―――が、実際にはどちらも違う

 

「この痴女がッ!ブチ殺されたいんですかッ!?私も美柑も怒る時は怒るんですよ!?」

 

「「ヒッ…!」」

 

息を呑んだ真美は見た。

 

ビシッと伸びた美柑の五指。指と手の甲を相手に見せつけ、そして果実を潰すように握りしめる!

幾人もの告白男子を、屈強な体育教師を、実の兄を、真美を死地へ葬ってきたその技の名は――!

 

次の瞬間、美柑はアゼンダの懐へ飛び込んでいた。豊満な胸に胸が擦れ合うほどに肉薄し、その手が額へ伸び――

 

ずだん!

 

踏み込みの音が夕暮れを震わせた。美柑の右足がアスファルトにめり込むと同時、アゼンダの身体が浮き上がる。額を掴まれ、視界を奪われ、回避不能となったアゼンダは雷槌の如く頭から地へ叩きつけられてた。

 

「みっ美柑ちゃん必殺技、"爆熱美柑フィンガー"!私も昔食らって…ううっ!美柑ちゃん!恐ろしい子っ!」

 

轟音と巻き起こっていた土埃晴れると、そこにはまるで生花のように地に植えられたアゼンダ(ソレ)。思っていた通りの惨事に真美は身を震わせる

 

真美も以前、親友のサチに唆され『アタシもおにーさん狙っちゃおうっかな~』と冗談で言ったことがある。あくまでも冗談で。しかし美柑にそれが伝わらず……シャレにならない目にあった。

 

今も地面に突き刺さったままピクピク悶ているアゼンダ(アレ)のように―――

 

「じゃ、今度こそ私、行くから…またね」

「はひっ!お疲れ様でした!美柑ちゃん!」

 

そうして、美柑は手をひらひらさせて去っていた。なぜか敬語の真美も頭を下げて見送る。

 

ちなみにこの日、美柑が真美へプレゼントした不幸は警察官からの事情聴取やテレビ局からの目撃取材が殺到し、真美がてんてこ舞いしたことである。マイクを向けられ、あわあわ喋る真美は一躍時の人となった。

 

 

2

 

 

「えーっと、次はホウレンソウ……これか」

「…そっちは小松菜ですよ、アキト」

「お、サンキュー!……ん?"アキト"?」

 

スーパーでよく会う声に振り向くと、やっぱり美柑だった。特徴的なパインヘッド、重ね着されたキャミソールとミニスカートからにゅっと伸びる脚が眩しい

 

「やっぱり美柑だよな、ヤミかと思ったぞ。」

「ごめんなさい、アキト。実は…みかみかみかみかみかみかみかみかん」

「ああ、なるほど。ララの発明品の失敗で時々言葉使いがヤミになるのか」

「はい、そうなんです………アキト、さん」

 

美柑が頬を赤くして目を逸らす。きっと慣れない呼び方に戸惑っているんだろう

 

「まあ、ララの失敗はよくあることだし、すぐ治るし大丈夫だろ…気にすんなよ?」

「ありがとうございます。…優しいですね」

 

"心配するなよ"と言わず"気にするな"と言ったのは、暗に呼び方で恥ずかしがらなくていいぞ、と伝えたかったからなんだが―――流石、美柑だ。あっさり見破られてしまった。ちょっと恥ずかしい

 

「アキト、って呼び捨ては恥ずかしいので…アキトさんって呼びますね」

「まあ、発明品の失敗じゃ恥ずかしいけど仕方ないしな」

「ふふ、まあそうなんですけど…フフッ……そういえば、アキトさんは昔出会った時も野菜を間違えてましたね。」

「あれ、そうだったっけ?」

「はい、あの時は確かキノコでしたよ」

「おお!思い出したぞ!そうだったな。あれ以来間違えてないぞ?買ってないしな」

「ふふ、それは良かったです。では買う時にはお手伝いしますね」

 

スーパーの黄色いカゴをぶら下げながら、美柑と一緒に食品棚を見て回る。今は夕方のセール中で、スーパーは主婦さん達でごった返していた。年齢層高めのこの場所にこんなにも溶け込めるのは美柑くらいだろう

 

「私、実はこういうお惣菜コーナー見てるの好きだったり…」

「へぇ、意外だな。美柑なら買わずに作りそうだけど」

「作れる物もあるんですけど見るのは楽しくって…アキトさんはこういう煮物はお好きですか?」

 

美柑が惣菜を一つ手に取り、差し出してくる。"肉じゃが"―じゃがいも、人参、玉ねぎ、深葱。黄、赤、緑の三色で飾られとても美味しいそうだ。そして、小さく首を傾げながら見つめる美柑を見て閃いたことがある。

 

「作れる料理でもこんな風に綺麗に盛り付けされてると参考になりますし…」

「美柑、ちょっといいか?」

「アキトさん、どうかしました?」

「なんかさっきの差し出し方がなんかこう、清涼飲料水のCMっぽかったと思ってな。ちょっとこう顔の横に持つ感じが…」

「こうですか?」

 

ニコリ

 

薄っすらと微笑む美柑、笑顔の横に大事そうに両手で支えられた"肉じゃが"がある。

 

「今夜のおかずにもう一品、愛で煮込んだ肉じゃがです」

 

そしてこの一言、トドメのウィンク―――唯や春菜が逆立ちしたって言えない素晴らしいキャッチコピー、美しく艶っぽい微笑みから放たれるウィンク、微笑みの爆弾。コレで買わない奴なんているかっての!!

 

「すみません、それください。全部買います」

「…アキトさんは駄目です」

「げ。なんでだ」

 

ぺろっと可愛く舌を出して、美柑がくつくつ笑っている。急にドキドキしてきたのはきっといつもと呼び方が違うこと、

 

「アキトさんには、私がちゃんとしたのを作ってあげます」

 

恥ずかしげに顔を背けた美柑の一言が色っぽくて、妙に現実的だったからだ。

 

「あ!あっちで生活用品の特売セールやってますよ、アキトさん見に行きましょう」

「…おっ!?ああ、分かったぞ!行くか!」

 

その後、幸せに浸りながら買い物を終えた美柑と秋人の二人には全くの余談ではあるが、二人が去ったのち、彩南町全ての地域から"肉じゃが"が消えた。

 

各地のスーパーで見られた激しい惣菜争奪戦は後に"第一次 愛の肉じゃが大戦争"と呼ばれることとなる―――二人が知る由もないことである

 

 

3

 

 

 

「――…。」

 

ヤミは小皿に煮汁をとり、目を閉じて味見をする。落ち着いた雰囲気にうっすら感じる、にじむ母性。その横顔を春菜は洗い物をしながら眺めていた。

 

(今日のヤミちゃんってばスゴかったなぁ…もしかして美柑ちゃんから料理を教わったのかな?)

 

『煮物にはお酒をいっぱい入れたほうが美味しくなりますよ』

 

とは春菜も知らなかった事だ。いつの間にそんな知識を仕入れたのだろう…それにヤミが呟きながら歌った『いっせんだって♪』という謎のメロディーも春菜は知らない

 

(他にも味見のタイミングとか煮物の空気の含ませ方とか…今日のヤミちゃんって貫禄あるなぁ)

 

煮物とは奥深い料理。そして味噌汁と同じく家庭の味がよく出る料理でもある。ヤミにはまだ加減が難しいと思っていたが…

 

フッ

 

今夜の"ブリ大根"は上出来だったようだ。味見を終えて、ヤミが微笑んでいる。なんだか勝ち誇っているように感じたのは気のせいだろう

 

「…やはり、料理に関しても私の方が上のようですね。」

「…?ヤミちゃん、なにか言った?」

「いえ、別に何も…」

 

「ただいまー」

 

不穏な呟きが運良く聞こえなかった春菜とヤミの待つ家へ、秋人が帰ってきた。ささっとエプロンで手を拭きながら春菜が秋人を出迎える。そんな様子を今度はヤミが眺めていた。

 

「ほれ、頼まれてたやつ」

「うん、ありがと。お兄ちゃんいいコいいコ」

 

差し出されたスーパーの袋を(うやうや)しく受け取り、頭を撫でる春菜。

背伸びしてまで撫でる春菜に、秋人はだらしなく頬を緩ませる。二人のその様は仲睦まじい新婚夫婦………というより、なんだか飼い主とペットの方が近い

 

「……なんだろう、最近兄の威厳とかそういうのが失くなっている気がするんだが」

「ふふ、大丈夫。少しも失くなってないよ、お兄ちゃん」

「…そうか、ならいいんだが」

「元からないものは失くならないよ?心配しないでね、お兄ちゃん」

「…そして、春菜の性格もだんだん曲がってきた気がするんだ」

「それはきっと…最初からだよ?」

 

クスッと照れ笑う。艶やかなショートカットが赤い頬で弾かれる。穏やかに楽しげに笑う春菜は幸せそうだ。ムスッと見返していた秋人もやがて優しげに笑う

 

いつもならイチャつく二人を微笑ましさ半分、羨ましさ半分、ヤキモチ少々で眺めているヤミだったが、この日は違った。

 

「…それでは、食事にしましょう。アキトさん、春菜さん」

「!う、うん!そうね!」

 

不機嫌を隠さないヤミの冷たい声に、春菜は慌てて返事した。たまに春菜はヤミの存在をすっ飛ばしてしまう事がある。それは当然ながらヤミを大事に思っていないからではなく、恋をしているせいである。秋人以外見えなくなるのだ

 

「すぐ準備しますね、アキトさん。座って待っててくださいね」

「うむ。苦しゅうないぞ」

 

故に春菜はヤミの口調が変わっていることに気づかなかった。ちなみに、秋人が気づかなかったのはヤミになじられる春菜を見てニヤニヤしていたからである。

 

 

***

 

 

「「「いただきます」」」

 

三人は食卓につき、手を合わせた。今日のメニューはブリ大根、大根と水菜のサラダ、白菜の漬物とご飯、味噌汁。主菜のブリ大根で余った大根はサラダにするといった経済的かつ栄養バランスも優れた夕食であった。

 

「ん…?うまいなコレ。大根だというのに」

「ありがとうございます。」

「お、ヤミが作ったのか?」

「はい。春菜さんと一緒に作りました」

「ふぅん…」

 

秋人と会話しながらチラッと隣の春菜を見やるヤミ。その視線を受け止めて、春菜は苦笑いをした。先程の秋人とのイチャつきを見られたのせいもあり、ちょっと肩身がせまい。それになぜか、隣にいるのがヤミではなくお姑さんに思えたからだ。そして想像上のお姑さんは美柑である

 

『あらぁ、春菜さん…あなたウチの秋人にいつもどぉんなものを食べさせているのかしらぁ?』

『うぅ…、すみませんお義母様…』

 

「春菜さんは料理が上手なので、お手伝いも必要なかったんですけどね」

「まあ春菜の飯は美味いからな…………?」

 

二人の視線がテーブルに並ぶ料理を辿り春菜を見れば、春菜は目を白黒させたり無言であわあわしている。首を横に振ったり、ぺこぺこ頭を下げて謝ったりと忙しそうだ。

 

『もうそろそろお料理くらい完璧にしてもらえないと…困るんですのよ?春菜さん』

「ひぅ!す、すっすみません…!お義母様!」

「誰がお母さんじゃい」

「…さあ?」

 

きっとまた妄想しているのだろう、と家族二人はさらっとスルーしてあげる。いつものことなのである

 

「ですが、美柑の方が料理上手のようです。この本に載ってました」

「総選…きょ、とら……くいー……ず?宇宙語か?読めん」

「本によると、"料理の腕前ランク"は美柑が第一位です。春菜さんは二位で美柑は第一位でした。しかもぶっちぎりの一位です。神からのコメント付きです」

「そ、そうか…なんでヤミがそんなドヤ顔で、しかも三回も言うのか謎だが……美柑は凄いんだな、よく分かったぞ」

 

変身(トランス)でいきなり本を取り出して読み始めるヤミ。得意げな表情だが、そのランキング本はどこで買ったんだか…付箋までつけて随分読み込んでいるらしい

 

「ちなみに春菜さんは"恋人にしたいランク"一位です。……春菜さん」

「ふぁい!?」

 

妄想世界からこっち側へ戻ってきた春菜、ぶんっと隣のヤミを見た。ヤミは冷ややかな目で焦る春菜を見つめている―――あんまりウチの春菜さんいじめてあげるなよ?

 

「"恋人にしたいランク"()一位です。おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます…?」

「それでは受賞者コメントをどうぞ」

「ええっ!?えーっと、そんないきなり言われても………あっ、ありがとうございます。こんな私で良かったら、これからもどうぞ、よろしくお願いします…」

 

チラチラ俺を見ながら受賞者コメントするウチの西連寺春菜が一番カワイイ!!―――とお兄ちゃん思いますよ!

 

「…さて、そんないつか別れる恋人(・・・・・・・・)ランクは置いておいて、」

「いつか別れる…っ!?」

 

ガーン!

 

はにかんでいた春菜の照れ顔が一転、泣きそうな顔になる。落ち込んだりあわあわしたり、照れたり泣き顔になったり…今日は大忙しだな、春菜。

 

ずっと一緒にいる(・・・・・・・・)"家族にしたいランキング"は美柑が第一位ですよ」

「ふぅん、なんか納得だな」

「お兄ちゃんも納得しちゃうの…っ!?」

「そりゃな?美柑なら家事も得意だし、しっかり者だし…おいこら、聞いてんのか春菜」

 

口に手を当てたままショックで固まっている春菜

秋人にまでずっと一緒にいる(・・・・・・・・)に納得されたと誤解し、ショックで妄想世界に引き篭もってゆく

 

妄想世界では美柑(お姑さん)

 

『あらあらまあまあ…春菜さん、どちらへ行かれるのかしら?まだお話は終わってませんよ?』

 

と追い打ちをかけていた。

 

「おーい、春菜ってば……ダメだこりゃ、しばらく戻ってこないな…ヤミはなんかランキング入ってないのか?」

「ヤミさんは人気ですから…私もカラダが入れ替わってみたいですね。」

「ふぅん…?」

「ちなみに、他にも美柑はですね…―――」

 

突然始まったヤミのヒロイン談義に花を咲かせながら、秋人とヤミは仲良く夕食を続ける。ちなみに春菜は

 

『春菜さんには早くウチの味を覚えて貰わないとねぇ~?』

『ううっ…』

『もしかして、秋人ったら少し太ったかしら?ストレス太りかしらねえ~?』

『ひぅっ!すみません…っううっ』

 

春菜は妄想世界で美柑(お姑さん)と楽しく(?)いじめられる嫁と意地悪な姑遊びをしていた。

 

 

――――今日も、西連寺家は一応、平和です。

 

 

 

 




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2017/08/09 一部改訂

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2017/08/21 一部改訂

2017/08/24 一部改訂

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